ふにゃふにゃの山(厨二の頃描いた剣と魔法ファンタジー)
フニャフニャの山…その場所はそう呼ばれていた。
その呼び名はかつてスライムが大量発生していたことに由来する……らしい。
ならばスライム山だとかグチャグチャ山だとかまだ気の利いた呼び名があるだろうと、腰に剣を携えた少年、シオンは思っていた。
そのような山に、ふもとの村の住民に依頼されて彼は足を踏み入れた。曰く、山に向かった人間が帰ってこないというのだ。
返ってこない村人の救出、依頼内容は簡単であった。ちょっとした旅費稼ぎになる。シオンは打算して以来を受諾したのだ。
そして唐突に山の名前の由来を理解する。柔らかいのだ。何もかも。
山なのだから森かもしくは木すら枯れ果てた荒野である物だと思っていたが、その山は確かに木が生えている。透明感のある、青や赤、白緑などの色とりどりの、そして柔らかい木が。
「…まさか、これもスライムか?」
少年はその”木”に触れようと手を伸ばす。それより一瞬早く彼の連れ合いである魔法使いの少女セレネが触れようとする先に炎を出現させた。元素にしたがうだけの簡単な魔法である。
勢いに任せて炎に触ってしまえば火傷は間違いなしだったが、その行為に特に快も不快も現さずにシオンは自分より頭一つ分は低い少女に、何?と尋ねる。
男女の関係かと周りの人間に聞くと微妙な顔をして、ならば戦いでのパートナーなのかと聞くとまた周りを微妙な表情にさせる二人組であるが、それでも連れ合った期間は短くはない。そんな二人組だがお互いの性格は分かっていた。何かあると。
「…死にたい?」
ぼうっと宙を眺めたままセレネは声を発した。彼女は本当に興味のある事柄以外はどこかに意識が行ってしまっているのかのような対応をする。しかし話しかければ返事をしないわけではない、モンスターが現れたら戦うこともする。それこそ簡潔に『どこかの世界に意識が旅行中であるのが日常』という少女である。
彼女がこのような性格であるのは上級魔導師の素質を持って生まれ、育った過程に原因があるらしいのだが、少年シオンは知らない。ただ、生まれつきの『化け物』は人間社会に馴染み難い。彼女も例に漏れなかった、という事だけは言葉の端々から察することはできた。
ただ、現在目の前の事項では火に手を突っ込む方が被害が少なかったということは理解できた。
スライムであるのならば、ゼリー状の身体にうっかり触れでもしたら骨も残さず溶かす種類もいる。つまりはそういう事である。木として“生きている”奴らにスライムとしての特性を忘れるな、と。
だったらそういえばいいのに、とシオンは思ったが彼女の性格に関してはもう突っ込むのを止めた。
何より怒らせると怖いのだ。剣では太刀打ちできぬほどに。
さて、自由奔放なセレネは次の瞬間にはスライムの森の中へと走り出していた。
慌てて少年は追いかけるが木に触らぬように追いかけるのは至難の業であった。それ以前にどうして少女はここまで速く走れるのか。木を避けて進む速度ではなかった。
「ッセレネ…!おい!」
名前を呼ぶが少女は止まらない。そのうち少女はスライムの森に溶けてしまったかのように見えなくなってしまった。シオンは追いつくことを諦めて歩いて進むことにした。いつものことである。
色とりどりの透明な木々が太陽の光を通してなかなかに幻想的な影を作る。もし、この木々が危険なものでなければ、人間たちの観光スポットにでもなっていたのではないかと、シオンは推測した。まあ、人間に汚されるよりは危険なものであった方がいいだろう…そのような思考も共に廻ったが。
ともかくして、森を抜けて開けた場所で一点を眺めている少女に追いつき、意味のない小言をぼやきながら少年は少女の隣に立つ。
少年は寒気のする違和感に気が付いた。
少女が目を輝かせているのだ。不審に思い、少年は彼女の視線の先に目を向ける
フニャフニャの山…
違ったのだ。木々が柔らかいからフニャフニャなのではなかったのだ…
少女の視線の先には、巨大なスライムの木があった。植物の木ならば樹齢数百年といったレベルの巨木である。
「赤は血を原料に…白は骨を原料に…青はなんだろう鉱石かな…!!」
少女は先程までの抑揚のない声が嘘のように、頬を紅潮させて年齢相応の跳ねるような声で鳴る。
対照的に少年の顔は真っ青に、口を手で押さえて吐き気と必死に戦っていた。
巨木の透き通った幹の中に何かいる。
その物体から巨木は何かを吸出し、瘤のように枝が膨らみ、重みにしたがって膨らんだものが垂れ、地面に落ちる。まるで樹木が木の実を実らせるかのように仲間を生み出していたのだ。
そして、“何か”を吸い終わった残りカスが幹から押し出されて地面にぐちゃりと情けない音を立てて落ちた。
「な、何だよコレ…」
いや、何かは分かる。しかし脳が理解させまいとしているのだ。
……ソレは、ニンゲンだった。ただし、骨を溶かされ血を抜かれた、グニャグニャとした青白い肉の塊…骨が無く原型をとどめていないそれが積み重なる幹の根元はまさにフニャフニャの山である。
「生殖の出来ないスライムは細胞分裂によって個体を増やすの。でも分裂だけじゃ個体情報は増えない…その割にはたくさんの種類が年々発見されてて長年の謎だったんだけど……こうやって繁殖してたんだ……」
いわばあの巨木は母体、少女はうっとりと言った。いまだにこのマッドサイエンティスト…いやマッドリサーチャーに通じる思考は理解できない。シオンは思った。
おそらく、この後少女は巨木の周りを調べまわって、少年が止めて元の依頼を完遂するのだろう…少年は目の前の惨状から目をそらし、早く依頼を終わらせようと少女の名を呼ぶ。すると少女は小さく返事をして踵を返して元来た道へと歩き出した。
「たべられる前に帰ろ」
「あ、おい!依頼があるだろ!」
少女はきょとんとした表情で本日初めて少年の目を見た。
「人間は全部死んじゃってるよ?山の中に生き物の気配なんて、私たち以外にはないよ?」
驚くほど穢れのない言霊にシオンは黙り込む。
気が付いていないわけじゃなかった。この母体の生殖活動を見た瞬間、村人の生存は絶望的だと。
「それに…」
セレネは巨木のさらに向こうを指さした。
『繁殖行動』に集中してしまって気づかなかったが、奥にスライムが住む村があったのだ。
木々と同じように赤や青などの透明な家の下で、数匹のスライムがまるで家族のように暮らしている。同じような家がいくつも建っておりそのすべてに『家族』が住んでいた。必要な生活は人間と違うのかもしれないが、その光景は人間の家族とそう変わらない。
戦闘の時にスライムが雄叫ぶのを聞くが、ここではやさしく、子供がキャッキャッとはしゃいでいるような鳴き声をしている印象を受けた。
「…化け物も幸せな生活があるんだよ…」
誰にも聞こえぬよう、少女は呟いた。そして再び歩き出す。
シオンはセレネの隣について歩きだし、そして少女の頭を軽く叩いた。
「…村人にこの山に入らなければ大丈夫だって言いに行くからな。勝手に次に行くなよ」
叩かれた頭をさすって少女は小さく笑った。
「いつも私を置いて勝手に行っちゃうのはだぁれ?」
「うっせえ」
これからも彼らの旅は続く