幸せな夢
せめて…夢の中だけでも。
そう祈りながら、わたしは夢に落ちる。
カビ臭い部屋。
風通しの良過ぎる窓。
太陽と月の恵みだけが、この家の灯り。
学校は好き。
ご飯がいっぱい食べられるから。
お休みの子が居れば、おかわりも出来る。
先生は、余ったパンをこっそりくれる。
学校は嫌い。
皆がいじめるから。
貧乏だと。臭いと。頭が悪いと。
話し掛けるのが怖くて友達も作れない。
わたしはいつも一人。
ママは、わたしが寝た後に帰り、起きる前に家を出る。
一週間近く顔も見てない。
わたしは辛い現実から逃げたくて、夢に救いを求めた。
◆◆◆
「こんばんわ。今夜の月は綺麗ね」
カビ臭い布団で寝ようとした私に、誰かが声を掛けた。
ママはまだ帰ってない。
この家には、わたししか居ないはず。
わたしは声のした方を見た。
小さな女の子が居た。
割れた窓ガラスが歪ませた月を背にして、窓枠に腰を掛けていた。
ストロベリーブロンドの綺麗な髪色。
フリルとレースで装飾された可愛らしい服。
背にした月明りが影になって瞳の色は分からない。
でも、顔の造形は良く見えた。
今まで見たことの無い綺麗な女の子だった。
何故、彼女がここに居るかは考えなかった。
少しの間、見惚れてしまった。
まともなご飯も食べられなくて、やせ細った身体。
数日に一度しか洗濯できない臭い服。
手入れも出来なくてボサボサになった髪。
そんな自分と比べてしまって、すぐに目を伏せた。
「私は夢のソムニウム。
不幸な子、可哀想な子に、幸せな夢を届けるの」
…夢?
わたしがポカンとして居ると、彼女は軽く手を振った。
彼女の手が通った場所に、小さな泡が現れた。
その泡の中では、色々な子供が幸せそうに笑っていた。
ある男の子は、家族と食卓を囲んでいた。
笑いながらお喋りをしている。
「この子はね、戦争で家族を失ったの。
毎日泣いていたから、夢の中で会わせてあげているの」
ある女の子は、草原を走っていた。
とても楽しそうに飛び跳ねている。
「この子はね、肺の病気で走れないの。
毎日泣いていたから、夢の中で走らせてあげているの」
ある男の子は、バイオリンを演奏していた。
演奏しながら踊っている。
「この子はね、事故で腕を失ったの。
毎日泣いていたから、夢の中で演奏させてあげているの」
ソムニウムはわたしをじっと見て、口を開いた。
「毎日泣いているあなたは、どんな夢を見たい?
あなたの望む夢を見せてあげる」
「どんな夢でも…?」
わたしが尋ねると、彼女はコクリと頷いた。
お金持ちに成る夢でも。
お腹いっぱいご飯を食べる夢でも。
お母さんが常に一緒に居る夢でも。
友達がいっぱい出来る夢でも。
あなたが、幸せになる夢を見せてあげるわ。
私は夢のソムニウム。
皆に幸せな夢を届けるの。
彼女はそう言って、わたしの目を覗き込んだ。
「あなたの望みはなぁに?」
とろける様な甘い声で、彼女は囁いた。
…私の望み…
お金があれば、暖かくてカビ臭くない布団で寝れるのに。
お金があれば、ご飯を毎日食べられるのに。
お金があれば、お母さんが毎日働かなくても、暮らしに困らないのに。
お金があれば、皆から貧乏と罵られないのかな…?
お金があれば……。
「見たい夢は決まったかしら…?」
彼女の声がわたしの意識を、冷たくてカビ臭い布団に戻した。
わたしは、自分が座っている薄い布団を見下ろした。
「もちろん、暖かい布団で寝る夢を見せる事も出来るわよ?」
わたしの視線に気付いた彼女が、わたしに声を掛けた。
わたしは、ウンウンと悩んだ。
どんな夢なら幸せになれるのだろう…?
今の辛い現実を忘れられる、幸せな夢。
わたしは、いくつもの夢を思い描いた。
「どう?決まったかしら…?」
ソムニウムは、わたしの目を覗き込みながら尋ねた。
わたしはコクリと頷きながら口を開いた。
「わたしの望む夢は…」
◆◆◆
わたしは、叫んで飛び起きた。
まだ早朝だった。
ママが出勤の支度をしているところだった。
「どうしたの?悪い夢でも見たの?」
ママが心配そうに声を掛けてくれた。
「ううん、大丈夫よ。ママ」
そう言って、ママに抱き着いた。
…良かった。ソムニウムは望んだ夢を見せてくれた。
わたしは、すぐに起きてママの支度を手伝った。
◆◆◆
「しかし…変わった子だったわね。
今より不幸になる夢を見せて…だなんて」
そう言ってソムニウムは、彼誰時の空をフワフワと漂う。
「その理由が、目覚めた時に『夢で良かった』と思いたいから…なんて。私の存在を全否定してない?
でも…こういうのもアリなのかしら…?」
朝焼けの光は、少し嬉しそうなソムニウムの顔を照らしていた。
少し年齢層高めなお話。
幸せって何だろう?
童話にしては重い話かも…