第3話 しまうことが出来ない思い出 後編
『部屋には君の生前の荷物が置いてある筈だよ。返しても問題ないような代物ばかりだから殆ど持って行かれているだろうね』
シギの言葉を頭の中で反芻する。
「……問題無いわけないよな」
こびり付いた血痕をなぞりながら呟く。
明らかに新品ではない使用感がある。
しかもとても不穏な使用感だ。
第一、元死刑囚の僕の荷物から出てきて良いものじゃない。
焦燥感が頭を駆け巡り、頭ヒリヒリする。
「おーい、入って良いか?」
僕は慌てて手に持っているソレを包んであった包帯でぐるぐる巻きにする。
とにかく錆びた銀色とくすんだ血痕が見えないように。
「ちょ、ちょっとまって……」
袋から出したタオルや服も畳まずに袋へ押し込もうとする。
なるべくナイフを下へ下へ押し込むように……、
「……どうぞ」
ドアが開き、シギが部屋に入ってくる。
「もともとここは倉庫だったんだけど、まあ形にはなっているだろ。そこの机とベッドはインスタント製品だから大事に使わないとすぐ壊れるから気をつけろよ……どうした?」
「い、いえ……すみませんわざわざ部屋まで用意してもらって」
中々目を合わせることが出来ない。
シギが手に持っている袋の話題をするのはまずい。もしかしたら中身を見ているかもしれないが、万が一見ていない時中身を改められたりしたら……
「そうだその袋の中……」
「い、いや!まだ見ていません!」
「まだ何も言ってないだろ……。その中に服とタオル入ってるけど、それミャーが持ってきてくれた奴だからな。後でお礼を言っておくんだぞ。まあ元々はシアの為に持ってきたんだけどサイズがでかすぎてな」
心臓がバクバクする。さっきとは違う緊張だ。
「わかりました、あ、あとで会った時に言っておきます」
オウ、と言ってシギは部屋から出ようとする。
「それじゃ、身支度終わったらまたこっちの部屋に来るんだぞ。中に入ってるカバン持ってな」
あ、それと、とシギは続ける。
「その囚人服だと見栄え悪いからな……ちょっと待ってな」
シギは再び部屋に入り、そのまま机に向かう。
「この辺で良いか……」
そう言って彼女は机の横の空間に手を添える。
彼女の右手につけてある手袋の上にはサイコロが乗っていた。
シギは掌にあるソレをそのまま床に落とす。
サイコロはそのまま部屋の隅まで転がり、壁にぶつかって『2』の目を出した。
「2か~、君つくづく運が無いなあ」
そしてシギは僕が呼吸困難に陥った時の要領でバチンと指を鳴らす。
そのサイコロはそれに呼応するようにみるみる大きくなっていき、それはとうとう天井に達した。
プシュ、という空気の抜けるような音のあとそのサイコロは崩れ去り――、なんと中から大きな赤いタンスが現れた。
「す、すごい……」
さっきもいくつか魔術を体験したが今目の当たりにしたものは、そのどれよりも僕に魔術というものを実感させるものだった。
「まあでも出目は2だからあんま良い服は入ってないんじゃないかな。とりあえず中に入ってる服に着替えてから来てくれ」
シギはそういうと今度こそ部屋から出ていった。
少しの間その突然現れたタンスを眺めて動けなかった。
指先で突いてみたり、掌で擦ってみたりするが少し暖かいことを除けば立派なタンスだ。
中の服が出目で変わるシステムなのか?それならもう一度振ればよかったのに。
中には上下黒のジャージが3セット入っていた。
正直の良し悪しというものは自分にはよくわからない。何分この前生まれたばっかりなのだ。
ここで着替えるまでは灰色でポケットもないタイツの様な服だった為、それ以外の服を着る事自体僕にとっては新鮮な体験そのものだ。
そしてシギに言われた通りカバンを手に取ろうと机に目を向ける。
「……」
白い袋と目が合う。
奇跡体験から忘れていた。
あのナイフどうすれば……。
いや、悩んでも仕方がない。とりあえずカバンを持ってシギの部屋に行かないと。
もしかしたらこの世界でのナイフは必需品で誰が持っていてもあまり問題じゃない事だってあり得るんだ。
何故なら僕には記憶が無いから!
この外の世界で一番ズレている自信は誰にだって負けない筈だ。
何故なら僕には記憶が無いから!!
そう自らに言い聞かせ、僕は着替えた後元の部屋に向かう。
……ドアノブ慣れないな。
「お、来た来た……、やっぱりそういう服か」
シギはこの服を見て少しがっかりしている。
「シギだって真っ白の服だ」
「はは、まあそうだね」
頭をボリボリ掻きながら手招きしてくる。
「あとは……、その頭を何とかしないとね」
そういうと、シギは僕の頭を掴む。
「え?」
「流石にこの時代に五厘はなあ、何とかするから少しだけジッとしてて。目閉じてたら気が紛れるから」
シギが掴んだ場所から何か熱い物が広がる感覚がする。
「か、かゆい!めちゃくちゃ痒いです!」
「ホラ動くな、ミスると眉毛やらまつげやらも伸びちゃうからさ……、あら君の髪パーマかかってんの?」
「知りませんよ!」
覚えていないもの!
なんか頭が重いし!
「ほら、終わったよ」
そう言われて僕は目を開ける。
視界の少し上に何か見える気がする。
「まあ……見栄えとかは後で良いか!今日は初日だしね」
初日って言うのはどういう意味だ?
ここに来て初日ってことか?
「記念すべき初登校だし、はいこれ」
そう言うとシギは僕に手帳とボールペンを渡す。
「じゃあ、元気に行ってらっしゃい」
手帳を手に取った瞬間——
景色がグルグル回り始める。
地面がどこか判らなくなる。
気持ちの悪い浮遊感が頭をかき混ぜる。
「お~い、大丈夫か~?空間通路使うのは初めてか~?」
誰の声だ?聞いた事の無い声がする。
気が付いたら床に足が着いている。
「じゃあ、パパっと自己紹介してくれ、手短にな~」
目を開くと、そこは今まで見た中で一番高い天井の部屋だった。
そして周りには沢山の座席、そして沢山の髪型の違う人間がそこに座っておりこちらを見ていた。
眼鏡をかけて髪がぼさぼさの男性が僕の隣から話しかける。
「ホラ早くしてくれ、授業の時間が減っちゃうぞ~」
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