第3話 しまうことが出来ない思い出 前編
「『ハジメ』か……、苗字は私と同じでも良いか?」
「良いですけど……」
結局シギが決めるのなら本名も決めてくれればよかったのに。
「まあ私の苗字の方が何かと都合も良いからな。これからたくさん感謝することになるぞ」
それと引き換えに実験のモルモットなのだからバランスとれているんじゃないのか?『都合の良い』っていう内容にもよるが。
あんまり期待できないが訊いてみるか。
「たとえばどんなことが?」
「大学教授の権限で戸籍登録をこの場で終わらせることが出来る!」
いまいちわからないが少なくとも僕にはあんまり関係なさそうな内容だった。
「納得いってないような顔だがさっきの警報が大事にならなかった事も私の権限があってこそだぞ」
そういえばさっき、まだ僕が名前を決める前に窓から顔を出したら大きな警報と共に黒いマスクをした人間が3人ばかしやってきていた。
が、それもシギが一言二言何かを言うと一瞬にして姿を消した。それは例え話でもなくそのままの意味、一瞬でだ。
「あの瞬間移動の様な術ってシギにも出来るのですか?」
もしできるのなら教えてもらえたりなんかしちゃったりして。
「するのは可能だけど勝手にやると捕まるんだよね」
捕まるって……。
「あれは許可を得た状況で初めて使用できるんだ。魔術履歴が洗われてバレちゃうと速攻お縄だから気をつけろよ」
バレるも何も僕は使えないから。
「まあそのへんは学校で習うだろうから私から聞かなくても大丈夫だから心配すんな」
え?
「今なんて?」
シギはきょとんとした目でこちらを見る。
「何って……お前14歳だろ?外では12歳から魔術とその知識を学ぶ義務があるんだ。元死刑囚つっても今は『ハジメ』なんだからこっちのルールで生きなきゃな」
お前の部屋はここを出て二つ右の部屋だ。取っ手を引けば開くからちゃんと入れよ。と言われ僕は言われるがままその部屋へと向かう。
入ってみるとなんてことは無い。さっきの部屋の半分くらいの大きさで床の質や壁紙の色は違うが殆ど前いた場所と大差は無い。
ベッドの毛布が見たことのないキャラクターの様な絵が印刷されている。
シギのお下がりか、14歳少年の僕の為に安直な発想で買ってきたかの二択だろう。
僕はベッドの反対側にある勉強机に向かう。
そこには大きな白い袋が一つ、開け口は紐で縛られている状態で置いてあった。
シギ曰く――
『部屋には君の生前の身持つが置いてある筈だよ。返しても問題ないような代物ばかりだから殆ど持って行かれているだろうね』
らしい。
確かに少ない。
袋の膨らみから察するに、さっき食べたナポリタンぐらいしか入ってないんじゃないか?
僕が生きてきた14年がこんなちっぽけな袋で収まっていることに少し情けなくなるが、不思議なことにそれほどショックには感じていなかった。
これは生前の僕の遺品で今の僕のものじゃない。
少し不誠実だけど、何となくそう思える。
僕が『ハジメ』になったからかもしれない。
シギの言っていた『魂が宿る』って感覚がもしやこれではないだろうか。
……何となくだが前進できている気がする、『ハジメ』として、少しずつではあるけど。
そうは言ってもこれ見よがしに机にどんと置かれていたら気になってしまう。
僕は括られている紐を解き、開け口を広げる。
中には無地のタオル、シャツと半ズボンが1セット。
肩掛けカバン、ちょっと小さいがこれはあった方が便利そうだ。
チャックで開け閉めするタイプで僕の拳二つくらいは入るか?シギの部屋にある本は何一つ入らなさそうだけど。
少し重さを感じる。中に何か入っているのかもしれない。
チャックを開けてみると中にはまたタオル―—いや包帯か?
少し茶色の汚れのついた包帯、いや、触ってみると少し硬いものを包んでいるようだ。
解いていくと所々引っかかる。
まるで何かがこびりついているような――
見ない方が良い気もしてきた、でもこれがもしかしたら僕の、死刑囚としての僕の手がかりの一つかもしれない。
そう考えると解く手を再び加速させた。
そしてついに解き終わる。
僕の遺品として遺されたモノ。
それは15センチくらいか、
乾いた血液がこびり付いたボロボロのナイフだった。
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