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死刑のあとに出来る事  作者: 和泉こまる
5/9

第2話 名前というこの世で一番手軽な烙印 後編

次回は3/9 8時頃に更新予定

「そういえばここに来てから君の名前聞いてなかったなぁ、なんていうの?」




「だから、僕もわからないんですって!シギは以前の僕の名前……」


 ふと自分に罹っている呪いのことを思い出し、思わず口を噤む。


 シギは少し首を傾げながらも、すぐに納得した表情になり「大丈夫、大丈夫」と手をヒラヒラさせた。




「その呪いは既知の人間や同じ境遇の人間相手には起動しない仕組みだからね。誰構わず息できなくなっていたら、君がいた施設とかで不便だろ?」


 た、確かに……。そういえばさっきもシギと死刑囚の会話をしていた。引き取った本人なら既知の人間と判断されるようだ。  





「まあそれは置いといて、君がさっき私に訊こうとしていた『以前の君』の名前だけど、勿論この世界のどこにも記録は残っていないはずだよ。執行のされた瞬間に全部ポンって消えちゃうんだ。それも便利なことに『以前の君』を知っている人の記憶からもね」


 シギはこめかみに指を押し当てながら説明する。




「それって……僕のやったことさえも――」


「いや、君は何もしていないのさ。書類上はね。だからもし君が大量殺人をしていたとしてもその被害者の遺族が君の所にグローブをはめて強襲……なんてことは無いから安心して良いよ」


「……」


 それって……いや、うまくは言えないけど、あんまりすっきりしない終わり方だ。僕も、そのいるかもしれない被害者も。






「まあそんな暗い話は後に……というかもうしなくてもいいんだけど、今大事なのは君の名前だよ。これが無いと君の戸籍もつくれないし、外も出歩けない、グローブも買ってやれない。何より、呼ぶときに困る!」


「今まで通り『64番』で良いんですけど……」


「一体何ネームなんだそれは……。さっきの私達美女のやり取りの中にそんな色気ねえ名前の奴いなかっただろ?」


 それならよっぽどセクシーな名前を付けてくれるんだろうな?


「それに、名前は物を区別するだけのものじゃあ無いんだ。付けられたものは、そこから魂が宿るって言っても良い。特に君みたいな事例のヤツはな!」


「それじゃあ、シギが付けてくださいよ。僕には名前を付けられるような教養すらないんですよ?」


「それは嫌だね」


 シギは自信満々に言う。なんで?


「それも研究の一環だ。何もない所から何かをひねり出すんだ、非常にクリエイティブな初めの仕事だろう?」


 


 そんなこと言ったって何一つ僕には知識が無い。


 思いついたとしてもそれが名前に相応しいのかとか、この文字は語感が良いとか縁起が良いとか分からないんだ。施設には図書館もあって僕らも入ることが出来たが、僕は一回も入ったことが無い。


 元々勉強とかと無縁な人生を送っていたのだろう。




「そういえば、シアは……彼女の名前は誰が考えたんですか?」


「ん?考えるも何も……『名前はなんだ?』って聞いたら自分で答えたぞ」


 な……なんだと……。


「何も覚えてないはずでは?」


「ああそれは間違いない。だからコイツが自分で考えた以外に考えられないんだな」


 シアに視線を移す。


 相変わらずその青い目で僕をジッと見つめている。


「シアが出来たんだ。君にも出来るさ」






 


 あれから少し時間が経ち、昼食の時間になったらしい。


 自分の名前のヒントをと思いこの部屋の本棚や積まれているプリントにも目を通したが、あまり収穫は無かった。


 というか読める言葉が少なすぎる。


 たとえ読める文字があったとしても、読めるだけで理解ができないからまったく意味をなさなかった。


 本の整理をしていたミャーに名付けてもらおうと思ったが、




「名前は基本付けられる人がこんな風に育ったら良いな~って願いを込めて付けるモノなの!ちょうど私の研究している人類起源学の中で出てくる言葉で『強くたくましい』って意味で――」


 


 という具合で、そこから100文字くらいの名前を提案されたが、当然覚えきれるはずもなく僕は聞く耳を閉じた。


「え~、まだ半分なのに!」とも言っていたがもう良いだろう。




 文字に飽きたため窓(名前はミャーに教えてもらった)を除いた。


 外の景色でも見ていたら何か思いつくんじゃないかと考え、窓を開き頭だけ外に出したら、部屋中に、いやこの建物中に警報が鳴り響いてしまい危うく再び捕まりそうになってしまった。


 


 どうやら外では戸籍の無いものが外を出歩いてしまうと不審者として速攻捕まってしまうらしい。


 建物の中、というよりはこの大学は政府の研究機関という事になっており、外気に充満している探知魔術が薄いんだとか。


 これじゃあ外も大して変わらないじゃないかと感じてくる。


「ご飯できたよ~」と肩まで伸びている茶色の髪を後ろで括ったニャーが料理を持ってテーブルに並べ始める。


 ソファの机には3つ。そしてシギの目の前に1つ。野菜が多く入った麺のようなモノがお皿の上にのっている。後で訊いたらこの料理はナポリタンというらしい。


「決まったかぁ~?」とニヤニヤしながらシギは僕にいじらしく訊いてくる。


「警報まで鳴らしたんだ、今日中に決めてくれよ。じゃないと、うかつに外にも行けないからねえ」


 そう言っているうちにミャーがシアを連れて戻ってきた。


 抱えられているから正確には持ってきたというのが正しいだろう。


 ミャーはそのままソファにちょこんとシアを座らせ、その横に自身も座る。


 シアはまるで置物の様に身動きを取らない。


 実は人間じゃなかったりするのか?外見こそ人の形をしているが、髪色や目の色もなんだか……、いやそういえば僕だってさっきまで看守以外の人間を知らなかったのだ。


 見たことないだけでこんな容姿の人間が一杯住んでいる人里離れた辺境の地とかがあるに違いない。


 


「ほら手を合わせて『いただきます』って言うんですよ、あっこら、フォークはそう持つんじゃないってば!直接頬張るのもダメ!女の子なのにお行儀が悪いですよ!」


 ニャーはずいぶん苦戦しているようだ。それを尻目にシギはナポリタンを黙々と口に運んでいる。


 この手の食べ物はいくつか施設でも出てきたことがある。


 僕はフォークにパスタを絡ませて、それを口に運ぶ。


「……おいしい」


「え、今なんて?」ミャーが驚いた目でこちらを見ている。


「お、おいしいです、この料理はミャーが?」


「そうです!魔素無し加工魔術無しの手料理!うれしい!初めて行ってもらえましたよ先生!」


「お、おう、まあ私も初めからそう思っていたぞ」


 シギは顔を上げてバツが悪そうに返事をする。


「そー言って!二人とも全然感想言ってくれないんですから。おいしいって言われるのってこんなに嬉しいのね!」


 ミャーは両頬に手を当て顔をブンブンさせている。


 思わず出て言葉だったけど、そんなに喜んでくれるなんて思いもしなかった。


 少しだけ僕も嬉しい。施設じゃあありえなかった会話だ。




「……」




 シアの方から視線を感じる。


 視線をやるとやはりちょっと睨んでいるような気もする。


 やっぱりさっき裸をじっくり見てしまった事を根に持っているのだろうか。何もかも忘れているとしてもそういう生物としての本能のようなモノは備わっているものなのか?




「――しい」


 え?


「おいしい……おいしい?」


 誰の声でもない。


「今のもしかして……シアちゃんですか?」


 ミャーの声に反応してシアも振り向く。


「シアちゃんがおいしいって言ってくれました……聞きましたか先生?」


 シギは食べる手を止め、口元に手を当てながら真剣な眼差しを彼女に送っている。


 『おいしい』の一言が何をそこまで二人を仰天させているのか、初めは理解できなかった僕だが、そのわけを出会った時のシギの言葉を思い出し、そしてこの状況を何とか理解した。




「まさか、今初めて喋ったんですか?」


 ミャーは頷き、シギは口元から手を放すと口を開いた。


「君やミャーの言葉をオウム返ししただけの可能性も大いにあるが、最後の訊き返したような言い方はその使い方で合っているかを私達に訊いているような素振りにも見えた……、ここにきて突然言語を理解しようとしているのか?」


「このひと月は全くなかったのですか?」僕はシギに尋ねる。




「無かったよ、一度もね。名前を訊いて答える。そして寝食の最低限の技能しか無かった」


 それを言ってシギは視線を僕に移した。


「私達が知らないだけで君に何か特別な術式が彫られていてそれが影響しているか、もしくは単純だが同年代の君がここに来た影響か……」


 と言い終えるとシギはアッハッハと高らかに笑い、こちらに向き直った。


「まあ現時点ではなんもわからないからこれくらいにしておこう。でも間違いないのは、君が来てから彼女はこれからもちょっとずつ変化していく、いやもう何かしら変化があるかもしれないね」


 まあわかんないんだけどね!とシギは付け足す。


「でもすごいですねぇ、初めて喋った言葉が君の言葉だなんて。もしかしたら同年代とかだけじゃなくて本能的に似た境遇だってシンパシー的なものを感じていたり……、もしかしたらどこかで会っていたのかも」ニャーも独自の見解を述べる。


 


 そんな馬鹿な!と言うには僕はあまりにも自分を知らなさすぎた。なにせお互い何も覚えていないのだから。


 「……おいしい?」


 気にいったのか、それとも喋ったことで僕らが大きなリアクションを取ったからもう一度言っているのか。何にせよ彼女が初めて喋ったのは間違いないのだ。




 そう、初めて――




「……あ、あの!」


 思わず大きな声になる。


「なんだい少年?」




「僕……僕の名前、決めました」

読んでいただきありがとうございます。


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