白木蓮
美しい少女がいた。
いや、少女がいること自体はいい。いや、よくないのか?
とにかく、白木蓮の花をのぞき込んだら、美しい少女がいた。
ワタシは驚きのあまり固まってしまい、言葉も出なかった。
高い脚立から落ちなかったのは、偶然の産物だった。
「おい、どうした」
「い、いえ。なんでもないです……」
ワタシは親方に咄嗟に嘘をついてしまった。
ワタシは少女のことをじっと見つめていた。視線が反らせない。
なぜだか、白木蓮の中で気持ちよさそうにしている少女のことを報告する気になれなかったのだ。
「早く確認してくれ。終わらせよう」
「はい」
その美しい少女から視線を引き剥がして、ワタシは白木蓮の木を見て回る。
「どうした。何かあったか?」
「いえ、何もないですね」
ワタシは親方に嘘を重ねた。
白木蓮の花の中で寝ている少女のことを報告しなければならないはずなのに、ワタシは黙っていることを選んだのだった。
ワタシと親方は小さな造園業を営んでいる。
十人もいない小さな業者だ。
今回、受けた依頼は奇妙だった。
依頼人曰く「白木蓮の木が歌うから見てみてほしい」
「歌う? なんだそりゃ」と親方は不思議そうに首を捻っていた。
依頼人によると夜になると美しい歌声が白木蓮から響くのだとか。
美しいならいいじゃねぇか。というのが親方の意見である。
しかし、依頼人はお得意様だった。
無下に断ることもできない。
というわけで親方と入社一年目のワタシが仕事道具と共にやってきたわけだった。
白木蓮の木に異常はない。
ラジオが引っかかっているわけでもないし、鳥が巣を作っているわけでもなかった。
親方は今、依頼人と談笑をしている。
どうやら、この後の季節の手入れの相談をしているようだった。
楽しそうな笑い声が庭先に響いている。
ワタシは脚立を片付ける際にもう一度、さっきの花をのぞいてみた。
少女がいた白木蓮の花だ。
白木蓮の花は白く、咲いている。
そこに少女はもういなかった。
ふと、あの美しい少女が歌ったのならきっと宝石を転がすような美しい音色に違いないと思った。