銀杏
どこからか、鐘が鳴り響く。
はて、ここに鐘があっただろうか。とワタシは首を捻った。
なんてことはない田舎の道だ。
唯一の特徴は立派な銀杏並木が続いていると言うことだ。
時刻は夕暮れ。いわゆる黄昏時だ。
よく先が見えない薄暗さと相待って、鐘がどこから鳴っているのかよくわからない。
鐘の音に耳を澄ませていると、「もし」と声をかけられた。
「はい?」
「もし、そこの方」
「ワタシですか?」
声のする方を見ればいつの間にか老婆が立っていた。
「今からここを立派な御方がお通りになられます。銀杏の下にお下がりください」
「えっ、は、はい」
ワタシが戸惑っていると老婆に手を引かれて銀杏の影に連れて行かれた。
「さ、ここでこっそりと覗きなされ。特別ですぞ。くれぐれも声を出しませぬように」
言い残して老婆は行ってしまった。
鐘が鳴り響いている。
その荘厳で威厳のある雰囲気にワタシはすっかり飲まれてしまった。
声を出すなと言われたので、手で口元をしっかりと押さえて音が漏れないようにする。
なぜか、言うことをしっかりと聞いたほうがいいと思ったのだ。
じっと周囲を観察する。
すると西の方からポツリポツリと明かりが近づいてきた。
ワタシは息を潜めて銀杏の影に隠れ、じっとしている。
ワタシの目の前を通っていくのは、とても荘厳な行列だった。
不思議なのは灯りに照らされて進んでいくのは全て老婆だということだ。
老婆たちの行列が、灯りだけを頼りに静かに進んでいく。
中央まで進んだ行列の、その中に一際美しい少女がいた。
この行列の主役だろうか。
一瞬、美しい少女と目があった。
少女が微笑むのが見えた。
それは今まで見てきたどんな人物よりも美しかった。
その後、行列は静々と進んでいつの間にか途切れた。
鐘の音も聞こえない。
ワタシは、ポーッと銀杏の下に立っていた。
美しい少女の一瞬の微笑みが頭にこびりついて離れなかった。
銀杏の葉っぱが静かに揺れていた。