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WOLFRIC 合成獣と聖魔の冠  作者: 九詰文登
第一章 大喰者
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月に吼えろ 1

 あれから一週間が経った。クラスの中で異様な立ち位置であったアルマも、お喋りなサリナが、アルマがどのように小鬼(ゴブリン)蜥蜴人(リザードマン)と戦って、全員を救ってみせたかを熱弁したがために、教室の机で囲まれるようになった。しかし全てを一蹴して、「ロードのおかげだ」と告げ続けるアルマには寧ろアルマの思惑とは裏腹に謙虚な男だという評価に落ち着いた。

 ロード、セラ、ナディアの三人はもちろんあの後しっかりとエリスからの説教を受け、今日皆で行くはずの迷宮(ダンジョン)での訓練は教室で反省文を書くことになり、今回は罰として訓練に不参加だ。ナディアは安堵の表情を、ロードとセラは心の底から残念そうな表情を浮かべている。

 そんないつも通りの朝、教室の前の扉から入ってきたエリスの後ろには見慣れない男が続いている。白いローブに、小さな片手で振ることの出来る杖を腰に下げ、そのローブの背面には大きな丸とその丸を囲うように炎のような模様がついている。

「あれは太陽か?」

 静かにそう告げるアルマだが、男がこちらを向いたため、背中の模様は隠されてしまう。

「皆さんおはようございます。私はアイロス、アイロス=ヘリ。ここに来る前は聖教都市で冒険者をやっていたのですが、昔から魔法が得意で、特に扱いが難しい空間魔法を会得したということもあり、この学校で臨時の教師として働くことになりました。皆さんの副担任として皆さんと一緒に勉強をしていきます。これからよろしくお願いしますね」

 アイロスが話している間に、女子生徒が小さな声で話し合うくらいには良い見た目をしておりその話し方もまるで、幼き獣を優しく包み込むような、猫なで声までいかないまでも温かみのある話し方であった。

 しかしアルマだけはその言葉の節々に何か魔力の断片のようなものを感じ取っており、魔力を声に乗せて放つ圧力(プレッシャー)を感じていた。


 魔力により空間を捻じ曲げ、ある地点とある地点を一時的に同じ座標に置き換えることで、場所を一瞬で移動する転移を代表とする魔法属性が空間の魔法であるのだが、詠唱の他に洗練された魔力操作が必要とされる高等魔術であるため、使用者は本当に数少ない。

 この男は未だ若さに溢れており、この歳で空間魔法を会得したという技量はどこか疑心とは言い切れない不安感をアルマの中で渦巻かせる。

 アルマのそんな不安をよそに、エリスは淡々と今回の訓練の説明をいつもの台本読みで話している。

 今日の訓練の目的地は学園から一番近いところに存在する│迷宮ダンジョン狼の迷宮(ダンジョンウルフ)迷宮主(ダンジョンマスター)が狼型の魔物であるということもあり、迷宮(ダンジョン)内に多くの狼型の魔物が生息するためにこの名前が付けられた。

 大喰手(ビックイーター)の身体強化などを扱ううえで、アルマの憧れである狼を多く狩ることのできる迷宮(ダンジョン)であるため、ゆくゆく行こうと思っていた手前、その選択はありがたかったが、それよりもこの素性の知れない副担任の方が気になるというのも事実だった。

「それではエリス先生のお話も終わったようですので」

 そう告げたアイロスは腰に提げていた杖を手に取り、宙に簡易魔方陣を描き出す。


――無詠唱だと!?――


 圧倒的な魔力量を感知したアルマは、その腰に提げていた銀の短剣を引き抜き、その暴挙を止めようとしたが、時すでに遅し。眼前には転移による白い光が迫っており、為す術なくその光に包まれ、次に気付いた時には、目の前に狼の迷宮(ダンジョンウルフ)の入り口が広がっていた。

「三十人単位の転移なんて聞いたことない……。もし敵地に飛ばされてたらたまったもんじゃないぞ」

 小声でそう呟いたアルマの背後から突然男の声が響く。

「そうだね。もしそういう状況だったら君はどうする」

 その声に驚き、弾かれた様に声から距離を取ったアルマに対し、アイロスは拍手を送る。

「良い反応だね」

 アイロスは笑いながらそう言ってエリスの元へ歩いていく。初対面の男にしてやられたアルマは一人舌打ちをして、他の者が集まっているエリスの元へ歩いて行った。


――人を試すような真似しやがって――


 あの笑い方や雰囲気からして敵意というものはないのだろうが、明らかに自分に対して、探りのようなものを入れてきている感覚を覚えたアルマは、エリスの隣で悠々と立つアイロスを鋭く睨みつけた。

 そんなことがあったこともつゆ知らず、エリスは既に説明を始めており、しかし説明といっても既に教室である程度の説明が終わっていたので、一つ「班ができた人から入場許可証を私から受け取って、迷宮(ダンジョン)へ入ってください」とだけ告げて、アイロスと共に迷宮(ダンジョン)の前へと歩いて行った。


 今回の訓練は迷宮(ダンジョン)内での戦闘特化型魔物の討伐訓練だ。迷宮(ダンジョン)内の魔物は外にいる魔物と違い、生命活動を行わない。戦うために群れを組んだりする魔物もいるが、それは小鬼(ゴブリン)の村のような生存を高めるためのコミュニティではなく、純粋に戦うための同盟のようなものであった。

 それと共に、迷宮(ダンジョン)内の魔物は、肉や血を残さない。外の魔物は適切な解体を行えば、素材と魔力を結晶化させるが、迷宮(ダンジョン)内の魔物は数分と死体を放置すると魔晶石のみを残して、消え去ってしまう。

 そして肉体は魔素に還元され、新たな魔物の誕生の礎となる。

 そう迷宮(ダンジョン)内の魔物は親を必要としない生命の理から外れた存在であった――。


「俺からしたらこの三人で一括りにされるのは心外なんだが」

 アルマは腕を組み、初めての迷宮(ダンジョン)に心躍らせる二人の背中を見ながら溜息をつく。

「でもワクワクするでしょ? 迷宮(ダンジョン)だよ! 初めての迷宮(ダンジョン)!」

 赤い宝玉が先端についた杖を持ちながら、目を輝かせて振り向くのは炎の魔術師サリナ。

「今回こそは俺も成果を上げて見せるんだ!」

 前の時からさらに太くなった腕で、艶やかな紋の刻まれた両手斧を握るのはイギルだ。

 あの森で活躍した三人は、生徒の中で一つの銘を受け、皆が認めるパーティとなっていた。


――でこぼこ三銃士――


「パーティ名も最低だ――」

 そんな溜息をつきながらも、アルマは迷宮(ダンジョン)入場許可証を手に、迷宮(ダンジョン)の門を潜る。

 瞬間、冷たい風は三人の間を吹き抜けていった。




 迷宮(ダンジョン)は主に二種類の層に分かれている。広々とした空間に定期的に魔物が出現する闘技区と、入り組んだ迷路のような構造の迷宮区の二つ。今回の訓練で使用するのは闘技区であり、本来であれば大抵の冒険者は素通りしていくような区画であった。

 しかし今回の訓練は闘技区のみの限定であり、しかもアルマにとっての目的は狼の魔物の複製で、鍛錬ではない。


岩鬼(ロックオーガ)だ……」

 イギルがそう告げた先には、体が岩石で構成されている巨体の魔物がいた。右腕の先は手ではなく岩で作られた斧が備えられており、頭部には特徴的な(オーガ)の捻じれ角が形成されている。

 イギルが岩鬼(ロックオーガ)を畏怖の念を持って見るのは、その背中に背負っている大斧が故だった。

「そうだ。お前の持っている大隆牙を落とす中位の魔物岩鬼(ロックオーガ)だ。あいつはその強固な体と強力な一撃によって油断をすれば、一瞬で命を落とすくらいの魔物だ」

 アルマの言葉に二人は固唾を呑み込み、アルマの話をまだちゃんと聞いている。

「だけどそのjitu、その強固さが故に動きが酷く鈍重だ。本来なら関節部など、魔力によって接続されている部分に負荷を与えることで切り崩していくという攻略法になるが、今回はサリナがいる。岩をも砕く魔術師だ」

 突然話を振られたサリナは驚きつつも、背負っていた先端に紅い宝玉のついた杖――烈火の杖を手に取った。

「俺が回避メインで岩鬼(ロックオーガ)に攻撃を振らせる。その隙にイギルが胸部に斬撃を叩きこむんだ。そして核を露出させ、それをサリナが打ち抜く。もちろん最初はうまくいかないだろうが、今回の目的は指示されている中での最下層五階層を目指す。さっさと慣れるぞ」

 アルマが黒鋼のトレンチナイフを装備すると、イギルも同じく背負っていた大隆牙を手に取った。

「準備は?」

「大丈夫だ」

「もちろん!」

 その言葉と同時にアルマは岩鬼(ロックオーガ)へ瞬時に肉薄し、蜥蜴人(リザードマン)の身体強化を使いながら、黒鋼のトレンチナイフの拳鍔(メリケンサック)岩鬼(ロックオーガ)の頭部に殴打を行った。

 今までの非力なアルマとは違い、蜥蜴人(リザードマン)の力によって生み出された膂力は遥かにアルマの予想を超えており、凄まじい勢いによって、岩鬼(ロックオーガ)の頭部をそれも凄まじい音を以て粉砕して見せた。

「なっ――!」

 自らの行き過ぎた力に、驚きを隠せないアルマは畳みかければいいところを咄嗟に後退する。

 突然の攻撃に頭部を破砕された岩鬼(ロックオーガ)は視界が失われているものの、音を頼りに自らを攻撃したアルマに照準を定める。

 (オーガ)という名前をついているものの、魔物としての系統は泥傀儡(ゴーレム)に近い岩鬼(ロックオーガ)はその胸部に存在している核を破壊しない限り、その動きを止めることはない。

 想定外の攻撃ではあったものの、敵の視界を奪うことに成功したアルマは平静を装いながらイギルたちへ告げる。

「これで敵の視界を奪った。いけるだろ?」

 想定以上のお膳立てをされた以上恥ずかしい姿を見せられないと、イギルは大隆牙を手に、こちらへ向かってきている岩鬼(ロックオーガ)目掛けて走り出す。

 自らへ接近する何かがいることを音で察した岩鬼(ロックオーガ)もすぐさま攻撃できる体勢へ移行し、イギルが射程圏内に入った瞬間に、その巨大な岩塊をイギル目がけて振るった。

 イギルは思いの外、その一撃が素早いことに驚きつつもしっかりとその殴打を避け、アルマの指示通りその胸部目がけ大斧による強打を放つ。

「サリナっ――!」

 青白い光を灯した核を一撃で露出させたイギルの攻撃力はやはり目を見張るものがあるだろう。

 その言葉に、既に詠唱を済ませていたサリナは人差し指と中指を立てた状態の拳を岩鬼(ロックオーガ)へ向け、核目掛け炎弾を放つと、拳大の炎の塊が一直線に飛んでいき、ガラスが弾けるような音と共に岩鬼(ロックオーガ)の核を破壊した。

 瞬間核から行われていたはずの魔力供給が止まった岩鬼(ロックオーガ)の体は一瞬で魂が抜けたかのように脱力し、ごろごろとそこらへんに転がっている石ころのように変わり崩れていく。

 その中から一つ青紫色に輝く魔晶石を取り上げたアルマは、二人を見ながら「簡単だろ?」と告げ、二人目がけて勝利の魔晶石を放り投げた。

「わっとっ」

 慌てふためきながらもそれを受け取ったサリナは自らが仕留めた魔物の魔晶石を見つめ感嘆の声を漏らした。

「綺麗……」

 それを覗き込んで見つめるイギルに対し、アルマは告げる。

岩鬼(ロックオーガ)、まだ怖いか?」

「いや、倒せることが分かったから」

「この調子で行こう」

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