弱者の眼差し、強者の選択 1
「でもどうするのよ」
小鬼の村の中に見つけた、小鬼たちからの死角で二人は話している。
「どうするもなにも蹴散らすんだ。お前の魔法と、俺の両手斧で」
「そんな大雑把に?」
「じゃあどうすんだ? なんか考えあんのか?」
アルマと口論というか、アルマに対し一方的な怒りをぶつけたからか、二人とも多少の苛立ちを見せており、ただでさえ考えられない作戦がより幼稚なものになっていく。敵を目の前にしてサリナは、エリスが言っていた「アルマは俯瞰する能力がある」ということを思い出し、やはりアルマに従っていた方がよかったのではないだろうかと思い始めた。しかし人が後悔した時に限って、悪いことは巡ってくるもので、小鬼の家の影に隠れていた二人の後ろを、一匹の小鬼が通った。
【ギャッギャッギャ!】
そんな声を上げる小鬼の鳴き声は村全体に響き渡る。もちろんこれは味方をを呼んでいる声であり、二人は後悔し始めていた戦闘はもう避けられないということに気付く。
初めて外で訓練をする二人であるが、他の生徒とは動きが違う。サリナは冒険者の父を持ち、何度か父と共に魔物を狩ったことがあった。その時はほとんど父が倒したが、魔物は人の力で倒すことができるという経験と学びは、敵意を剥き出しにしている魔物を目の前にした時にこそ、自信となって現れる。それはイギルも一緒で、それこそ十数分前に小鬼を倒したイギルには、アルマから大隆牙を貰ったこともあり、圧倒的な自信があった。
二人はするりと武具を構え、イギルが前に、サリナが一歩下がる形で陣形を整えた。本能的なものか、サリナが後方支援ということを前提に流れるように組まれた陣形は隙が無い。
「いくぞサリナ!」
「うん!」
イギルは仲間を呼ぶ小鬼に肉薄し、大隆牙を振りぬいた。これは先ほどの戦闘と同じく小鬼はするりと避ける。しかし今はサリナがいる。
「火を以て、迸る閃光を体現せん【フラム・ラピッド・ショック】」
サリナがそう唱えた瞬間、立てていた右手の人差し指と中指の先に赤く小さな魔方陣が浮かび上がり、それが消えたと同時に灯がともったかのように、右手が赤く輝き始める。そして破裂音と共に拳大の炎の塊が一直線に小鬼に飛んでいく。
――炎属性中級魔法炎弾――
炎属性下級魔法火球とは違い、質量を伴う炎を放つ炎弾は、小鬼の頭部に命中し、後方へ小鬼を吹き飛ばした。
追撃しようと肉薄したイギルは無残に頭部を吹き飛ばされた小鬼を見て、衝撃を受けた。
「お前の魔法……」
「強いでしょ!」
「炎弾は見たことあるけど、こんな当たって頭がはじけ飛ぶ魔法なんかじゃなかったぞ」
「ほかの魔法は使えないけど、炎の魔法だけは得意なの!」
改めて小鬼を見るイギルは、その規格外なサリナの魔法の威力に、底知れぬ恐怖感すらも覚えていた。本来炎弾は体を撃ち抜く程度の魔法であるのだが、サリナの炎弾は小鬼の頭部を破砕してみせた。圧倒的な強さに対する恐怖もそうであるが、それと同時にイギルはこの村を壊滅させられるという自信がより強くなってきていた。
【ギャッギャ!】
突如背後から不愉快な鳴き声が聞こえ、二人は向き直る。その方向にはすでに五匹以上の小鬼が集まっている。自分たちパーティより多い相手を目の前にすれば、尻込みするのが普通であるはずだが既にそれぞれ一匹ずつ、計二匹の小鬼を倒した彼らにとって五匹程度の小鬼はもう敵ではない。
「行けるよなぁサリナァ! 行けるだろォ!」
「もちろん!」
本来魔法は一詠唱に一発、一回が限度であるが、炎弾は例外であった。詠唱に込められた力によって装弾数が変化する。ただでさえ炎に適性のあるサリナは一回の詠唱によって莫大な装填数の炎弾を発現できた。
先ほどと同じくイギルを前に、サリナが後ろを守る。
小鬼たちは先ほどとは違い、果敢にいや無謀に向かってこようとは思わないらしい。相対している敵の足元に無残にも頭部を吹き飛ばされた仲間の死体があるのだから、下手に動かないのも当たり前だろう。小鬼はそれだけ頭が良い。ここでサリナたちはなぜ五匹しか来なかったのかということを考えるべきであった。しかし驕り高ぶっている二人はここで今一度攻撃を始めた。
「見せてやるよここでさァ! 唸れ大隆牙!」
武器に魔力を込め、その刃を地面に勢いよく叩きつける。刹那、刃に内包されていた魔力は爆発を起こし、その振動は大地をも震わし、小鬼たちの足元の地面の魔力に共鳴を引き起こす。
――大地斬り――
刃を突き立てた地面から小鬼たちの足元にかけて、ヒビが入っていき、それが小鬼たちに到達した瞬間、巨大な土の刃が小鬼に向かって突き出された。見るも無残に土の刃によって串刺しにされた小鬼たちは、【グギャ】という聴き難い断末魔を上げ、息絶える。
「ははっ……。すげえ、すげえよこれ!」
イギルが新たな武器に喜んでいる後ろで、炎弾の発現音が鳴り響く。
「イギルッ! そんなこと言ってる暇ないよ!」
サリナの手から放たれる炎弾は迫り来る鎌鼬たちに命中していく。
「鎌鼬!?」
「多分、さっきのは囮なのかも! 素早い鎌鼬は仕留めきれない!」
既に十数もの鎌鼬の死体を作ったというのに、止まらない鎌鼬の波の前にサリナの炎弾は底をつく。もう一度詠唱を始めるサリナを庇うため、イギルはすぐさま切り返し、大隆牙を振るう。次は直線ではなく、自分たちの周囲を囲わせるように、大地斬りを放った。自らを取り囲み始めていた鎌鼬に一矢報いるための判断だったのだろう。二人の周囲に鋭利に突き出された刃は、まるで防御壁のように立ち上がるが、鎌鼬の小さな体躯はその刃の壁をするりと抜け、イギルが作り出したはずの壁は二人を囲う檻となる。それどころか半径二メートル弱の檻の中には既に多くの鎌鼬が入り込んできていた。
「炎よ、熱き闘志によって邪を討ち払え【フラム・グラン・パーセル】!」
サリナが地面に手を着いた瞬間、二人を炎が包み込む。触れるものは全て焼き払う聖なる炎による完全防御。
――炎属性結界魔法炎壁――
「サリナッ。開けてくれ! 俺はまだやれる! 魔力だってまだ残ってるからこいつで!」
そういうイギルの手にはアルマから貰った大隆牙が握られている。アルマと共にいれば全く怖くなかった鎌鼬も、自分一人ではどうしようもなく殻に閉じこもるしかない。なぜあそこで父が信頼し、実力を保証していた彼ではなく、自らの驕りを取ってしまったのか、サリナは酷く後悔していた。もしあの時自分やイギルではなくアルマを選んでいたら、少し結果は変わっていたのだろうか。外部からの攻撃によって魔力を消費する結界を張ったサリナは、じわじわと削られていく体内の魔力を感じながら自らの行いを悔いた。
「おい、サリナ!」
「わからないの? もう無理。私が見た時点で鎌鼬は三十匹はいた。万に一つ、ロードたちが村の反対側に多くの小鬼を引き寄せていてくれたとしても私たち二人で三十匹の鎌鼬を相手にしなきゃならない」
「すりゃいいだろうが!」
「わからないの!? 二人しかいないの! ただの生徒の世間も知らない戦士でもないただの、ただの!」
サリナは自らの無力さに激昂した。その叫びとも聞こえた声にイギルは怯み、多くを話そうとはしなかった。そのままへたり込むように、地面に尻を着き、手から大隆牙を落とした。地面に激突した大隆牙が無機質な金属音を鳴らす。
「魔力はまだ持つのか?」
イギルの声音は静かだった。
「うん。大丈夫。ヒーローが来てくれるまでは、持つ――持たせる」
サリナは確かな意思の炎を瞳の奥に宿しながら、続ける。
「これを脱したら戦うんだ。三人で。だからイギルは休んでて」
「何もできなくて――」
イギルがそう言いかけた瞬間、サリナは何かに気付いた。
「どうした?」
魔力の消費が先ほどより緩やかになっていることを感じたサリナは、不敵な笑みを浮かべる。
「もう来てくれた」
そして最後の鎌鼬が今、息絶えた。