世界は今日も火に焼かれている 3
いくらこの世界が魔法という力が蔓延る世界だとしても、この武器が希少価値の高い代物だとしても、聖剣と称される神の加護を受けた武器のように、手にした瞬間から身の内から力が湧き上がってくるなんてことはない。
だが学園で、木製の武器で、人を相手にして、ぬるい訓練を続けていたイギルにとって、この真新しい魔力の込められた武器は彼にとって伝説の武具のように輝いて見えた。
「すげえ武器だ」
「繊細な彫刻ね」
イギルに続いて、サリナも感嘆の声を漏らす。
「大隆牙だ。武装魔術は何か知っている?」
「ああ。大隆牙の魔法は大地斬り。斧の強靭な一撃と込められた魔力によって任意の地面を隆起させる」
「そうだ。なんでこれを渡したかも」
自らが強いと奢る彼にとって、アルマがこの武器をどのように手に入れたのか。明らかに弱者たるアルマがこれを自ら調達したとは到底思えなかった。だから彼は今一度、悪しき気迫を持ってアルマに近づいた。
「いや、それよりもなんでお前がこんなもの持ってるんだ」
「本当のことを言ってお前は信じるのか?」
もうその言葉で、イギルは彼が自らの力でこれを手に入れたということを察することができたが、それと同時に岩鬼を――何人で立ち向かったかはわからないが――倒せる力を持っているのになぜ自分の横暴ともいえる暴力に黙っているのか理解できなかった。何か彼をそうさせる深い、他人が触れてはならないような理由があるのだろうか、と。しかしそんなことを気にかけさせるアルマがより気に入らなくなり、イギルはアルマに食って掛かる。
「なんでそんな力があって……。俺を馬鹿にしてるのか!?」
そう激昂するイギルに対し、アルマはいつものように無力に抵抗しない。
「いや、俺は弱いよ。それだって昔の――。いやなんでもない。さっさと助けに行こう」
まさに暖簾に腕押しのアルマに対し、嫌気がさしたイギルは諦めて、小鬼の村に向かおうとするが、手掛かりがないことに気付く。どうしようかと振り返るイギルに対し、アルマは言わんこっちゃないとイギルが無残にも惨殺した小鬼の死体に視線を送る。
「仕方ねえだろ! お前が見つかっちまったんだから!」
アルマはそう文句を垂れるイギルの前に出て、自らの眼に魔力を集中させた。この世界に住む者は皆、持つとされていた魔力。その用法は多岐にわたり、生命維持などにも必要とされていたが、この世界での一番の用途はもちろん魔法の発現材料であった。アルマは皆と同じく等しい素質を体に備えていたが、魔術という技術に体が馴染むことはなく、一度たりとも魔法を発現できたことはなかった。
しかし魔術と同じくして、人が神から授かる幻の力がもう一つ存在した。恩恵と称されるそれは、魔力を介して発現するものであったり、一定条件下で勝手に発現するものであったりと、その種類は無限であった。魔法大陸と称されるこの世界で、アルマが生きてこられたのはこの恩恵があったからに違いない。
眼に魔力を集中させることで、本来不可視である魔力を視覚化する恩恵。
――紅魔眼――
アルマの意識的な発現によって、眼は黄金に染まり、真ん中に赤の魔方陣が浮かび上がる。
「なんだよそれ」
「私も初めて見る……」
一気に真っ暗に染まったアルマの視界には、薄らと細い白い線や太い白い線が浮かび上がってくる。これらは全て三人の周りにある植物たちが有している魔力だ。後ろを振り返れば、燃え滾るような大きな魔力が二つある。それはサリナとイギルの魔力であろう。サリナはまさに炎のようにめらめらとしている魔力に対し、イギルは体の隅々にしっかりと魔力が行き渡っている。炎を扱うサリナに対し、近接戦闘がメインのイギルの差であろう。二人が漏らした声はアルマには届いておらず、アルマはその洗練された聴覚によって、小鬼の声を探り当てる。
「ここから西に少し行ったあたりだ」
瞳の色を普通に戻したアルマは、黙ってアルマの様子を見守っていた二人にそう告げる。
「なんでわかるんだ?」
「恩恵で魔力を可視化して、聴力を強化した。小鬼の声は特徴的だから」
「そんなことできるのか」
イギルは察しつつあったのだろう。この目の前にいる自分より体の小さい男は自分より果てしない力を秘めているということに。しかしその力を心の底から認められるほど、大人ではない。
「行くぞ」
明らかに話の流れがあっていない発言に、困惑しながらもサリナは、父が話していたアルマの実力について思い出す。しかし実際にアルマに会ってみると、それはそれは冴えない同い年の男であった。アルマは父から頼まれたからという理由でサリナと行動を共にしたが、正義感の強いサリナにとっては自分がアルマを守ってやらなければならないという意識が芽生えている。しかし今回のアルマは今までとはまるで別人のようで、開いた口が塞がらないというより口が開かず、普段のようにアルマに話しかけることができなかった。
少し歩けば、アルマの言う通り小鬼の村がそこにはあった。木の枝と魔物の皮で作られたテントの様な家。村の真ん中には木が組まれた焚火。その村を無数ともいえる小鬼が闊歩している。これだけの量の小鬼が集まると、ここまで人を不愉快にさせるのかというほどに、村は不快な鳴き声で喧騒に包まれており、それと同時に獣臭さが充満していた。
それほどの量の小鬼だけでも大変だというのに、小鬼の村の一角には、柵が立てられており、その中にはこの森で小鬼と共に最弱の一角をなす魔物である鎌鼬の群れがいた。
「引き返した方がいい」
「なんだって?」
突然尻込みをするアルマに対し、イギルは先ほどと違いまともに話を聞く姿勢を持っている。
「村の一角に鎌鼬を囲っている柵がある。この森には一つ大きく発展した村があって、そこには名付きがいるって」
「名付きか……。でもやるしかないだろ? 聞こえないのか?」
その言葉にアルマは耳を澄ますと、酷く怒っているような小鬼の声が聞こえてくる。
「まだ戦ってる……」
そう漏らしたアルマに対し、イギルは焦りを強く見せながら捲し立てる。
「そうだ。俺たちが教わった大人数の敵に囲まれた時の対処法は、逃げるもしくは結界による籠城だ。逃げてきていないってことはどういうことかわかるだろう? 今行かなきゃ救えない――」
「だが俺たちが失敗したらどうする? 初めて訓練に出た学生がたったの三人。村にいる奴らと一緒に戦えたとしても、疲弊している学生が何人か増えるだけ。場所と戦力のあらましがわかったなら戻って先生を呼んでくるべきだ」
「はぁ? 先生は多くの生徒を置いていけないから俺たちに任せたんだろうが。なんでそれがわからないんだ」
未だ渋り続けるアルマに対し、イギルは胸倉をつかみ、言う。
「もうてめえが強ぇってのはわかってんだよ! なんでそんな出し惜しむ。人を馬鹿にして、仲間を救えないで、その力は何のためにある!」
啖呵を切ったイギルに少しは触発されたアルマは、自らの手を見つめた。かつては強靭な武器の多くを手に、渡り合ってきた戦士の手だった。二、三年の仮初の平和によって、武骨さは失われていたが確かに未だ戦いの記憶が刻まれている。しかし最後に残ったのは、仲間の血だった。叶え切れなかった夢だった。無念だった。なぜ自分が戦いを忘れたのかを思い出したアルマは、静かに握った拳を緩めた。
「なんだよ、ただの腰抜けじゃねえか。俺は一人でも行くぞ。これはもう俺がもらったもんだからな」
イギルは大隆牙を手に、ゆっくりと小鬼の村へ入っていく。
「待ってイギル!」
その後ろを追っていくのはサリナであり、彼女は振り返りながらアルマに告げた。
「そんなに弱い人だとは思わなかった」
アルマはそのまま重力に身を任せ、地面に座り込み、二人の背中を見ることはなかった。