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WOLFRIC 合成獣と聖魔の冠  作者: 九詰文登
第一章 大喰者
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過去との再会 2

 美しかった白銀の毛並みは、じわじわと墨に染められた布のように黒く染め上げられていく。敵意を剥き出しにしたかのような漆黒へと変化した狼の体躯は、魔力の鼓動によってゆっくりと大きくなっていく。

 毛並みが白い状態の時ですら白狼(ホワイトウルフ)双頭狼(オルトロス)と比べ、一回りも大きかったというのに、今では高さだけで二メートルは行くのではないかというほどの大きさになっている。

 明らかな魔力の増大――この狼も本気を出すということだろう。

 アルマは自らが睨まれたことを、狼の敵視だと取ったが、違った。狼にとって今までは遊びだったのだ。

 この瞬間にアルマたちを敵だと認識した。


 もし毛並みが白い状態であったなら、遊び合い程度になった自分たちは殺されなかったのではないか――。

 そんな情けない考えがアルマの中を駆け巡った。まるで自分が今から殺されることを自覚したかのようなそんな考えが。

 それほどまでにこの狼の闇の魔力は禍々しく、果てしないほど強い。慣れていないイギルとサリナは恐怖に戦き、地面に腰を付いてしまうほどに。

 まるで自らの心臓の鼓動を操られているかのような、この狼によって脈動が行われているのかと勘違いするほどの、強い魔力の波動がアルマたちを襲った。

 アルマが恐怖に包まれてしまう――その瞬間に一際強い魔力の波動が放たれ、アルマは迷宮(ダンジョン)の壁に叩きつけられる。左腕は狼の紫色の血に染まり、致命傷を与えたのは確かなはずであるのだが、気付いた時には心も体も、アルマは重傷を負ってしまっていた。

 しかし不幸中の幸いか、この一撃によってもたらされた痛みがアルマの意識を覚醒させた。言うなれば巨大な槌にぶん殴られた程度の衝撃を受けた《だけ》。そう自分に言い聞かせたアルマはもう一度立ち上がる。

 生憎アルマにはライトスライムから手に入れた自己再生があるから、軽度の傷であれば修復は一瞬だ。

 それからアルマは狼の反対側で剣を構えているであろうかつての仲間の存在を伺うが、空しく転がる大剣(クレイモア)を見つけてしまい、力が増強されたこの敵を一人で倒さなければいけなくなった事実を知る。


 本来であれば、致命傷を与えたはずのアルマの方向を見るだろうが、狼はあろうことか魔力に中てられ動けなくなったバンディの方へ向き、そのバンディに向かって前足を振り上げた。

 その一瞬を切り取ったかのような速さでバンディに叩きつけられた前足は、凄まじい勢いでバンディを吹き飛ばす。

 後方へ飛ばされ、バンディが激突した迷宮(ダンジョン)の岩壁には軽くであれど、ひびが入った。

「バンディ!」

 たった一撃だというのに、一瞬でバンディを血まみれにして見せた狼の力の上昇値たるや測り知れない。

 思いがけない死闘の始まりに、アルマは固唾を飲むが、狼に対する違和感を覚え、狼の歩いた地面を見る。

 しかしそこには全くなんてことのない地面が続いていた。

「出血してないのか……?」

 アルマの方へ向き直った狼を見ながらアルマはそう呟いた。絶望の籠った一言だったことは言うまでもない。

 しかしよく見てみると狼の首筋に穴は開いている。そこから血液が溢れ出ないように魔力が傷口を塞いでいる。もちろん繊細な魔力操作が必要なため破れた血管同士を繋ぎ合わせるほどには至らないだろうが、失血死は狙えないだろう。

 当初こそ消耗戦を狙おうとしていたアルマだが、本当にこの狼と全力のぶつかり合いをしなければならなくなったことに先程までの恐怖とは違う、高揚感のようなものを覚え始めていた。

「そうか、そうか――。最高だ」

「アルマ……。逃げろ――」

 不敵な笑みを浮かべるアルマを制止しようと、バンディは声を上げるが、それはまともに音にならずアルマには届かない。


 アルマのかつての仲間たちはそれを変異(スイッチ)と呼んでいた。

 アルマが何か自分より強大な何かと相対した時、本来のアルマではない別の黒い何かが現れるような感覚。明らかに人とはかけ離れたアルマのその状態は危うさのようなものがあるものの、確かな強さが存在していた。

 そしてアルマは右手に持っていた黒鋼のトレンチナイフどころか、ありとあらゆる装備を地面に投げ捨て、姿勢を低く構えを取る。

「勝つにはこれしかねえ……」

 サリナやイギル、バンディだけではない。その階層にいた全ての者たちがアルマの力の増幅を肌を通じて感じていた。

 狼に似た、黒い魔力のようなものの増幅。アルマの中の魔物が大喰手(ビックイーター)を通して、顕現していくのをアルマ自身が感じていた。

 それは狼も一緒で、警戒の声をうならせながら、アルマの隙を伺う。

「そっちがその気なら先手は頂く」

 鎌鼬の刃を発現したアルマは帯電を使いながら狼に肉薄し、その腕を振るった。アルマの刃を軽々と避ける狼だが、アルマはすかさず鎌鼬の刃に込められていた魔力を放出し、風刃を放つ。

 それはさながら飛ぶ斬撃。腕以上の斬撃のリーチを持つアルマは、不意の攻撃に特化していると言っても過言ではない。

 が、狼はその上手を行った。

 狼は影のように、靄のようにゆがみ、ゆっくりとその姿を消し去った。

「幻影……? 後ろだろ!」

 アルマの後ろにいた狼は大きくその手を振り上げるが、それをわかっていたアルマは軽々とその一撃を避ける。狼は先ほどもそうだった。それがなぜかはわからないが、攻撃を避けたら後ろに回る癖がこの狼にはあった。

 それに気づいたアルマは、その一撃を避けた後にノールックで岩腕斧(ロックアクス)を地面に叩きつけ、背後に迫っていた狼に隆起させた地面を食らわせることに成功する。

 それほどのダメージはないだろうが、確かに鳩尾に食い込んだ岩塊によって狼は大きく宙へと打ち上げられた。いくら実力のある狼とて、宙で身動きが取れるわけではない。

 アルマはその隙を見逃さずに、瞬時に竜ノ雷槌(ドラゴライトニング)の体勢を取り、狼へ肉薄した。近づくと同時に放たれる雷は狼の後ろ脚を貫いた。

 しかしやはり大きく出血することはなく、傷口は魔力によって固められる。

「果てしない――。どう勝ったらいい」

 まるで超再生能力がある魔物と戦っているかのような、まさに闇の様な果てしなさがこの狼との戦いにはあった。

 それでもここで勝つことができなければ、バンディも、イギルも、サリナも誰もが殺される羽目になるだろう。


――それだけは絶対に避けなければならない。

――今、俺がそう思ったのか?


 アルマの中で、守るという感覚が――仲間を守りたいという感覚が新たに芽生え始めている。アルマは今それを自覚したようだった。


 恩恵とは呪いである。

 誰かがそう謳っていた。

 力として授けられるそれは、自らの前世に起因するものであり、それはかつての自らを知る切っ掛けになるであろう。

 アルマが魔物の力を有することができるのは、前世に魔物との繋がりがあったからであろうか。

 アルマの力が狼との攻撃を交わしていくごとに増している気がするのは、狼との繋がりがあったからだろうか。

 今、それはわからない。でも確かに呪いと謳われた恩恵がアルマに力を分け与えているのは確かだった。

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