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WOLFRIC 合成獣と聖魔の冠  作者: 九詰文登
第一章 大喰者
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過去との再会 1

 爆発によって階段の周りが砂塵に包まれる中、突然その砂塵からぼろ雑巾のような何かが吐き出された。

 ごろごろと転がったそれは傷だらけの男であることがわかる。しかしその男は傷だらけでありながらも、立ち上がり同じく地面に転がっていたその男の得物であろう大剣――クレイモアを拾い上げ、構えなおした。

 ただでさえその一振りを振るうことすら大変だというのに、その男の腰にはもう一振り直剣が提げられている。アルマはその大きな背中と、不相応な大小の剣の二刀流を好む戦士を知っていた。

 アルマがかつて所属していたパーティの内の一人――双大剣のバンディ。

「バンディ!?」

 アルマの言葉に、一瞬振り向いたバンディはすぐ向き直り、砂塵の奥を見つめるが、彼の顔には笑みが浮かんでいる。

 三年以上もの時が二人の間には流れていた。今年で齢十五歳のアルマは、三年前のアルマと比べれば明らかに成長し、見た目も大きく変わっているのだろうが、面影と、変わらない装備でバンディは自分の名前を読んだ少年がアルマであると気づいた。

「戦い方、忘れてねえか? ――アルマ」

 アルマはその言葉に敢えて応えようとはせず、サリナとイギルに「手ぇ出すなよ」とだけ告げ、黒鋼のトレンチナイフを引き抜きつつ、バンディの隣に立った。

「状況は?」

異形種(イリーガル)の依頼だったんだが、迷宮主(ダンジョンマスター)並みの個体だ。狼型、力、魔力共に馬鹿にならねえし、扱う属は闇だ」

 火、水、風の基本属性に、土、木、召喚、契約の使役属性。そして光、闇、空間の上級属性という十種類の魔法属性の中で唯一人間種の扱えない属性であり、人間種の弱点となる属性が闇であった。

「他の仲間は?」

「寄せ集めの討伐隊が六人。全員死んだ」

 淡々と告げるバンディは仲間の死を嘆いているというよりは、すぐに死んでしまった彼らを情けないと思っているようで、アルマはその言葉で彼も時が三年前から止まっているということに気付く。

「そうか――」

 その二人のやり取りに、ただ見てろと言われたサリナとイギルは文句を言おうにも、間に入ることができない。それどころか強大な圧力(プレッシャー)に中てられ、身動きすらまともに取ることができず、鳥肌が立ち、背中を冷たい汗が伝う。

 自らでは敵わない何か強大で未知なものに見つめられているような、まさに蛇に睨まれた蛙でいることしかできない二人にとって、アルマと、バンディが普通に立っていることが信じられなかった。

「アルマ……。久しぶりじゃないか」

 ここで初めて大男が悲しい顔を浮かべたのを見て、サリナとイギルはアルマとバンディの間に何かがあったことを察する。

「そんな思い出に浸ってる場合じゃないんだろ?」

 アルマはバンディの思い出の中のアルマと変わらず、不敵な笑みを浮かべながら、まともに会話を取り持とうとしない。

「そうだな――」

 バンディのその言葉が発されたと同時に、まるで二人の会話が終わるのを待っていたかのように砂塵の中から一匹の狼が現れた。

 白狼(ホワイトウルフ)のように靡く白銀の毛はより美しい。しかし美しさには不相応な丸太のような腕の先には剣のような爪が備えられており、ぐるぐると喉笛が鳴るごとに見え隠れする牙も剣のように鋭くそれでいて剣よりも太かった。

 アルマは咄嗟に紅魔眼(マジックセンス)を発現し、巨大な狼の魔力量を測ろうとするが、紅魔眼(マジックセンス)による視界は赤の警戒色で染まっていた。

 この狼の強大すぎる魔力が空気中を舞う魔素すらも侵食しているようで、これでは狼の魔力の増減が判断できない。

「先読みは無しか。まあバンディもいるようだし……」

 覚悟を決めたアルマはバンディに尋ねる。

「行けるか?」

 バンディは嬉しそうに応えた。

「もちろんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、アルマは弾かれた様に狼へ肉薄し、発現した鎌鼬の刃を振るった。しかし手応えは全くなく、気付いた時には、狼はアルマの背後に佇んでいた。

 最初からそこにいたかのような振る舞いを見せる狼の速さに、アルマは呆気にとられ、麻痺したかのように体を動かすことができない。

 だというのに、狼はアルマに見向きもせず、先ほどまで戦っていたバンディのことを見据えている。

「くそが――っ。俺は敵じゃねえってか」

 悠然と美しく歩く白い大狼に向かって、アルマは風刃を三発放ち、もう一発を地面へと放つことで砂塵を焚く。

 この程度の魔法がこの狼に敵うとは、到底思っていなかったアルマはこの道中で新たに手に入れた白狼(ホワイトウルフ)の身体強化から生み出した大喰魔術(ビックマジック)を発現する。

大喰魔術(ビックマジック)弐型――竜ノ雷槌(ドラゴライトニング)

 白狼(ホワイトウルフ)の身体強化、帯電によって筋力と敏捷を大幅に上昇させつつ、左腕に蜥蜴の爪を発現し、指を閉じて貫手の構えを取る。

 一瞬アルマの頬の辺りでバチっと白く小さな電撃が走った瞬間に、アルマは凄まじい勢いで狼へ肉薄する。

 稲光のような閃光と、爆発音を鳴らしながら突き出されたのは木を軽々とへし折る腕と、獲物を抉り取る爪から放たれる最高速の貫手であり、それは狼に致命傷を与えることはなかったが、左肩の肉を抉り取って見せた。

 どろりと溢れ出る紫色の血液と、バンディではなくアルマを睨む眼光は、アルマを敵だと認識したということ。

「余所見すんなよ。寂しいだろ!」

 アルマに意識を割かれた瞬間に、頭上から叩き落されたのはバンディのクレイモアだった。

 アルマに圧倒的な力を見せていた狼も、傷によって意識を削がれたのか、バンディの一撃に気付くことなく、背中に大きく斬撃を食らう。

 ただの大剣(クレイモア)ではありえないほどの裂傷を付けて見せたバンディは、華麗に地面へと着地し、二撃目を狙いに肉薄する。


 文字通りの追い風がバンディには吹いていた。それもバンディはただの戦士ではない。自らの得物に風の属性を付与して戦う風の付呪戦士(エンチャンター)。だからこそ彼の得物は誰の武器よりも鋭く、誰の武器よりも速かった。

 そして今一度斬撃に風を載せ、放つ。

 しかし狼はバンディの攻撃に魔力が灯されていることに気付いたらしく、バンディに視線を送ることなく、その一撃を避けて見せる。

 軽々と避けることのできる攻撃を行ったバンディを、狼は軽視しただろうか。

 表情が読めず、言葉を発さない狼が今二人にどういう印象を持っているかはわからない。しかし一瞥もせずにバンディの攻撃を避けたということは、それだけでバンディを軽視したということがわかる。

 それが最大の悪手であるということを知っている者は人間含め誰一人として存在しない。

 アルマとバンディは約三年もの月日を共に戦い抜いた戦士だ。だからアルマは次にバンディがどのような動きを見せるかを《知っている》。

 察することができるのではなく、知っているのだ。

 横にスライドするように避けた狼の、次の避けの動き方は恐らく同じであろう。一瞥もしないという行動だけでそう考えたバンディは今一度同じ動きをする可能性を上げるべくその巨大な大剣を振るう。

 そしてアルマは、そんな避け方をされたバンディはムカついたりせず、冷静にアルマが二撃目を入れられるための布石を打ってくると知っているが故に、再度竜ノ雷槌(ドラゴライトニング)を準備し、狼が避けてくるであろう側面に回り込む。

 今立っていたところに自らの魔力を残して。


 イギルとサリナは高度すぎるという感覚しか覚えられない二人の戦いを固唾を飲み、見守るしかなかった。

 そして無駄な一撃とも思えるバンディの大薙ぎの瞬間、アルマが姿を消したことに気付き、度肝を抜かれた。

 それは狼も同じようで、アルマが消えたことに気付かず、アルマがいた地点を見据え続けている。しかしそれは狼の程度がイギルやサリナと一緒だったというわけではない。

 魔物は須らく皆、魔力に対する感覚器官が大きく発達している。

 アルマは命を懸ける程の戦いでこの選択をし、狼を欺いて見せた。

 地面に対する魔力マーキング――強力な魔力を物質に放出することで、長時間自らの魔力の香りをその場に残す――。

 紅魔眼(マジックセンス)を持っていたアルマだからこそ発想できた魔力の応用操術が狼への一矢となった瞬間だった。

 ずぼっと狼の首筋にアルマの左腕が突き刺さる。血を失えば死に絶えるのは魔物だって一緒だからこそ、貫手によって太い血管をブチ抜いたアルマは、ただこの首筋から自らの腕を引き抜けば良いだけ、のはずだった。

「抜けねぇ!」

 焦り、自らの腕をぐんぐんと引っ張るアルマだが、腕は中から別の何者かに掴まれているかのように錯覚するほどびくともしない。

 そう騒ぐアルマを横目に狼は変化を始める。

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