月に吼えろ 2
それからアルマたちは岩鬼を中心に、マドスライムとライトスライムの討伐を行った。
最中に手に入れられた能力は岩鬼が岩腕の再現と岩鬼の固有魔法大地斬り、マドスライムの泥弾とライトスライムの自己再生であった。
マドスライムやライトスライムの発現は身体がゲル状になってしまうのではないかという不安があったが、再現に乏しい魔物の場合は、再現しなければ魔法を扱うことのできない鎌鼬や蜥蜴人とは違い、そのまま無詠唱という形で発現できるようだ。
それら表層にいる魔物たちの魔法を複製してみるとやはりこのあたりにいる魔物は弱いということがわかる。全ての魔物が自らの力を前面に押し出して戦うタイプではなく、支援がメインの者ばかりであるということだ。
理由は言うまでもないだろう。
この迷宮の花形は黒狼を筆頭とした狼型の魔物たちであり、絶対的な前衛近接型である彼らに近接でかなわない魔物は彼らの支援という形でしかこの迷宮を生きていく術を持てなかったのだろう。
一階層を中心に要るやつらは特に支援においても溢れた者たちであり、二階層、三階層と階層を深めていけば当たり前の如く魔物の強さは上がっていく。
そして狼たちがその姿を現し始めるのは三階層から。この迷宮の本番は三階層からであるということ。
「もうこいつらには慣れたろうから、ここから階層を二つ下げる」
「二つもか?」
「突然そんなに下げても大丈夫なの?」
「二階層の敵は一回層の敵と種類が変わらない。今回俺らはどこに来た? 狼の迷宮だぞ。俺たちは今から狼を狩る。今まで戦ってきた鎌鼬や小鬼、岩鬼、スライムとは比べ物にならない強さだろう」
アルマの言葉に、初心を取り戻したように固唾を飲む二人の目の中の火はまだ消えていない。
「慣れた時が一番危ない。でもそのくらいの緊張があれば大丈夫だろう」
二人の緊張を笑ったアルマは迷宮の階段へ向かって歩き始める。
そして目当ての階層には、奴がいた。
白銀に輝く毛の中に三つ獲物を静かに狙い続ける黄金の眼。その眼で捉えた獲物をどこまでも逃がさない嗅覚を持つ黒い鼻。時々剥き出している牙は豪快で噛まれれば、肉だけでなく骨すらも断たれることだろう。
地面に着いている四肢は勇ましく、鋭い爪は地面を抉り、一歩一歩歩くごとに雷光が迸る。
「白……狼……」
この迷宮の狼は皆電気を体内に蓄積しており、それを利用して運動能力を劇的に高める帯電という技を使う。
そのため初心者で構成されたパーティなら六人の最大パーティでもかなり手古摺るであろう。下っ端の狼と言えど、弱いとは言えない。
「二人に頼みたいことがあるんだ」
突然のアルマの言葉に二人は少し驚きながらも、その言葉の真意を尋ねる。
「最初の一匹は俺だけでやらせてくれないか?」
「白狼に一人で?」
サリナは心配そうな面持ちでアルマを見つめる。
「そうだ。力試し。頼むよ」
やはりだめだといった表情を浮かべたサリナに対し、イギルは静かに一歩引いてアルマのタイマンを認めた。
「俺は見てみたい。アルマと白狼の戦いをさ」
「え、そんな。イギルまで!」
「やばかったら助けに来てくれればいいからさ」
アルマのその言葉に二人は目を丸くする。先日の離れ森の騒動のアルマの雰囲気から、アルマから誰かに助けを求めるなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
しかしそんなアルマの変化にサリナも一歩後退して彼の戦いを見守ることにする。
「ありがとな」
そう言うとアルマは静かに白狼の元へ歩いていく。白狼もアルマに気付いたようで歯茎をむき出しにして威嚇をしている。
アルマは紅魔眼を発現し、白狼を睨みつけ、銀の短剣と黒鋼のトレンチナイフを抜き、戦闘に備えた。
耳を裂くような強烈な破裂音と共に白狼は走り出す。電気を利用することで、生み出される高速移動は、筋力も魔力も捨て、速さのみを鍛え上げたはずのアルマを遥かに凌駕する。
異様な速さで駆けてくる狼はその姿の何倍もの大きさに見えたがアルマは大喰手によって編み出したアルマ専用の魔術で対抗する。
「疾風迅雷!」
体内に独立して存在しており、複製魔力の元となる吸収した魔物の魔力を脚に回す。そしてその速度は電気の力を借りた白狼に匹敵するほど。その速さのまま白狼に肉薄し、トレンチナイフを振るった。トレンチナイフは白狼の爪を喰いと止めるとともに、多大な金属音を響かせ、火花を散らす。
迷宮内では感じられない明るさを感じた瞬間、心に灯がともった。頭が熱くなり鼓動が早くなる。戦いを感じ、武器の感触が確かになる。共に相手の武器に弾かれ、再度距離が開く。その瞬間を見逃さず、アルマは白狼の顔目掛けて、マドスライムから手に入れた固有魔法、泥弾を放射状に三発飛ばす。
放射状に飛ばしたのが功を奏し、右側の一発が白狼の左目に直撃した。
動きが鈍った白狼に尚、追い打ちをかける。
岩鬼の腕を発現し、固有魔法大地斬りを放つ。それによって白狼の足元を崩し、体勢が崩れた白狼の顔面を殴りつけ、魔力を喰らう。
しかしその瞬間、雷撃の音と同時に異様なほどの電流が体に流れ、意識が一気に薄れていくのを感じた。
遠退いていく意識をなんとか繋ぎ止めるため、銀の短剣を太ももに突き立てようとするが、その電流のせいか体を上手く動かすことができない。
通りで白狼は動かなかったのだ。体に蓄えた電気を毛や皮膚に流すことでアルマが攻撃するのを待っていた。その電流にやられ魔力操作もままならない。
「やべえな」
そう自分を嘲笑した時、不安げに見守るサリナの姿を見たアルマは痺れ切った身体を岩鬼の身体強化、筋力増強を使用することで、なんとか立ち上がり、自らの魔力を心臓に集中させることで無理矢理循環させていく。
現実主義者で精神論の嫌いなアルマでも、こういうときには頼るのだ。気合いと根性に。
「ぐおおおおおおおおお!」
麻痺とは身体の働きを助けている魔力の流れを抑止し、身体機能を鈍らせる状態異常。絶大な魔力の奔流によって、弱められた流れを無理矢理元に戻すことで、自ら麻痺を脱したアルマは、先ほど吸い上げた白狼の魔力を複製する。
白い体毛に覆われたうえで、手は狼の足先のような形になった腕だが、アルマの身体には白狼の特殊身体強化、帯電が施され青白い電流が発されている。
アルマは服を叩き、白狼の元へ走る。その速さは凄まじくそれこそ、白狼のようだった。
こいつは本気でやらなければやられる相手だ――そんな心意気でアルマは全力を誓った。
こちらに走ってきている白狼目掛け、新たに手に入れた白狼の固有魔法雷爪を発現する。
しかし白狼はそれを見事に躱し、アルマに噛み付こうとするがここまで近ければアルマの間合いだ。体を回転させ、白狼の牙を躱しつつ、トレンチナイフで白狼の脇腹を突き刺す。そのままトレンチナイフをきっかけに体を引き寄せ白狼の背に乗った。
アルマを振り落すために、体にある電気を放出し、攻撃を行う白狼であるが、雷爪に合わせて発現している特殊身体強化によって、その電気はアルマの体に蓄積されていく。
そして溜まりに溜まった電気を、雷爪を放つと同時に、白狼の脳天へと流し込む。バチチチチッと凄まじい雷撃音が鳴り響き、白狼は痙攣を起こし、地面に倒れこんだ。
そしてその身体は光が弾けるように消失し、その代わりに拳大の魔晶石へと変化した。
アルマはそれを拾い、見守ってくれていた二人にお礼を述べる。
「ありがとう……」
「アル……」
「その腕……」
サリナやイギルはあの離れ森での戦いを見ていたからこそ気付いているものだと思っていたが、このリアクションを見るに、何も察していないようだった。
「ああ。言ってなかったか」
と言って、発現を解除すると、アルマの腕は人の腕に戻り、左手の甲に灰色の魔方陣が浮かび上がる。
「人体方陣……」
サリナが呟く。
「違う違う。俺の恩恵だよ。自分でやったんじゃなくて」
「魔物の力を使う恩恵だって!?」
驚き声を上げるイギルの脳天に鉄槌を食らわせる。
「声が出けえよバカ。パーティだから話してるってのに」
「ご、ごめん」
イギルは頭をさすりながらも、小さく頭を下げた。
「魔物の魔力を吸収して、魔物の固有魔法を複製する能力。ものによっちゃあその魔物の身体的特徴を発現できるっていう能力だ。これから使っていちいち驚かれても困るからな」
と言って、今発現できる鎌鼬、蜥蜴人、岩鬼、白狼の身体複製を二人に見せた。
「す、すごい……」
「小鬼たちを一瞬で倒したのも?」
「そうだ。純粋な俺だけの力じゃない」
その言葉にイギルは何とも言えない表情でアルマを見つめた。自分でも恩恵を得ることで強大な力が得られる可能性と、求める力が博打であることの事実が彼の心で対立を起こしていたのだろう。
アルマはイギルの表情からそれらを察し、一人笑った。
二人はアルマが笑った理由を尋ねたが、何でもないと告げるだけで、アルマは理由を話そうとはしなかった。でもイギルは強くなるだろうとアルマの中で確信が生まれたそんな瞬間だった。