あなたの剣となることを、ここに誓いましょう
「はぁ、はぁ、ここまでくれば、大丈夫ですかね?」
「まあそうだな。橋さえ越えれば、追ってくることはないだろ」
橋の入り口から少し戻ったところで、ユニとシェドは地面に腰をかける。そしてユニは懲りずにどこか目を輝かせながら、言葉をこぼした。
「しかし、思った何倍も強かったですね! あの0号って人! 僕もうワクワクが止まりませんでした」
「ああ、強かったな。本当に、誰かさんがちゃんと冷静さを取り戻してくれてよかったよ」
シェドはからかうような目でユニのことを見てそう言葉をこぼした。ユニは彼の発言に対し、渋い顔を作る。
「悪かったですよ。次は気をつけます。でも、あんなに強いなら、シーラの人たちも苦戦しそうですよ。確か明日の朝でしたっけ、総攻撃するのは」
「ああ、確かそうだったな」
そこでシェドはゆっくりと頭の中で計算を始めた。0号の戦闘力、自分達の戦闘力、その後のため残しておきたい戦力量に、シーラの民の熱量。
彼はゆっくりと思考を巡らせて、自分達が0号との戦闘において取るべき作戦を導き出す。そして、深くため息をつきた。そんな考えを最善と選び取る自分自身に。
「……ユニ、決めたぞ。俺たちは、ナマズラたちが戦った後に、あの0号ってやつと戦う」
「え?」
「その方が遥かに勝率が高いし、後々のことを考えても、その作戦をとるべきだ」
力強い言葉でそうユニに話すシェド。それに対してユニは少し迷うような様子を浮かべた。
「でも、大丈夫ですかね? だってシーラの人たち、絶対勝てないですよ。その前に戦った方がいいんじゃないですか」
おそらくサンも同じことを言うだろうな。シェドはそう考える。だがしかし、この場においてユニだけならば、シェドがしっかりと話せば納得してくれるだろう。
「だろうな。だからもちろん戦い全てが終わる前には向かうつもりだ。けれどな。ユニ。考えてもみろ。シーラは長い間虐げられてきた。そしてその溜まり溜まった怒りをぶつけるのが明日って訳だ。それなのに俺たちがその戦いの前に0号を倒したらどうなる?」
「……確かに、彼らの怒りはどこにいくんだって感じですね」
「そうだろ? なんでも助けろってもんじゃない。俺たちはある程度彼らの戦いを見届けるべきだ。それで勝ってくれたらありがたいし、壊滅しても、誰かが命を落とす前に俺たちが行けば良い。長老の話を聞いて、そうするべきだと俺は思った」
その言葉は全て彼の本心で間違いなかった。シェドもまたシーラの民と同じように、何者かに虐げられた過去を持っている。そしてその復讐を果たすために今の今まで必死で修行を重ねて来たのだ。それにも関わらず、第三者が、急に横から現れて、善意であの黒い鎧の神を殺されてしまえば溜まったものじゃない。
シーラの総攻撃を見届ける。そこにはもちろん、0号を弱らせると言う打算的なものもあると同時に、シェドにとって彼らに戦う場を与えてあげたいという気持ちもあった。
「なるほど。シェドの過去ならではの意見ですね」
ユニは、シェドの言葉に深くうなずいた。ユニもまた師や兄を何者かに殺されている。しかし、そう言った情ではなく武の心で動くユニは、彼らを殺した相手に対しても、越えていきたいという感情しかなかった。だからこそユニは、そういった感情を深く理解できないのにも関わらず、シェドの考えを簡単に否定してはならないと判断したのだった。
「……そうですね。じゃあその作戦で行きましょう。シェドの気持ちはよく分かりましたので。……えっと、サンには、どうしますか?」
流石のユニにも、サンがこの考えには賛同しないことは予想できた。彼のことだ。きっとシーラの人たちが0号と戦うなどということを知れば、彼は瞬く間に、敵の元へ飛んでいいき、戦闘を開始してしまうだろう。そして確かにそれでは、シーラの人たちの今日のための準備は全て台無しになってしまう。だからこそ、ユニは、シェドにそう尋ねた。
シェドは特に迷うこともなく、ユニに言葉を返した。そう、そんなことは、この作戦を口にした時から決めているのだから。
「サンには言うつもりはない。黙っているつもりだ。そもそもあいつだってラキュラへのダメージが完全には癒えているわけじゃない。その上、今日もあの刃物だらけの怪物と戦ってきたらしいじゃないか。それなら明日の朝戦うのはダメージ面からみても控えるべきだ」
「確かに。サンのためにも、伏せた方がいいかもですね」
こうしてユニとシェドは、サンに対して真実を伏せておく方向へ話を進めるのだった。
――過去――
「はぁはぁはぁ、ここは……どこだ?」
動かすだけでキリキリと痛む体。リサメはそんな体内から、掠れ切った声を出した。どうやら喉がやられたようである。でも、どうして。
――ピトッ。
ゆっくりとその場から立ちあがろうとするリサメ。そんな彼の手に触れたのは、一本の腕だった。小さな子供の、小さな腕。
「―――――――――――――!?」
その時リサメの頭に激流のように先ほどまでの記憶が流れてくる。そうだ。自分たちが先生の元で剣の稽古をしていた時、怪物が現れたんだ。そして、目の見えなくなった先生の代わりに自分達が戦った。その時自分は敵の攻撃を受け山から転げ落ちてしまい、ここにたどり着いたのだ。
「……この手のマメ、ヒラマのだ」
おそらくこれも転げてきたのだろう。ヒラマはこの道場で最年少の子供だった。しかし、それでも一生懸命鍛錬に取り組み、いつかは自分を超えるからと笑顔を浮かべていたのだ。けれど、今では。その手に残る努力の証など、なんの意味もなさない。
リサメは、深く拳を握りしめた。そしてそれを何度も地面に叩きつけ、彼は、叫びを上げた。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」
本来ならば、こんな大声を上げれば、先程の怪物たちに自分の居場所がバレてしまう。しかし、幸いなことに、リサメの喉はすでに壊れていて、そこからは空気が漏れ出るような音しかでなかった。リサメは、そんな掠れ声で何度も何度も拳を打ち付け、叫んだ。
「なんで! 俺だけ、生き残った!! みっともなく! のうのうと! 何が最年長だ! 何がヤドさんの最初の弟子だ! クソ! クソ! クソ! クソォォォ!!」
その手には傷がつき、何度も何度も喉は痛みを訴え咳を漏らす。しかし、それでもリサメはやめなかった。気がすむまで彼は、その行動を繰り返し、自分のことを痛みつけた。
しかし、その時そんなリサメに何者かの声が聞こえてきたのだ。
「全く、見てらんないわ」
「………え?」
リサメは声に気づき、自身の周辺を見渡した。しかし、妙なことにその声の主の姿はどこにも見えなかった。辺りには木々や草むらが広がっているだけだ。
「ここよ、ここ」
ただ、リサメには確かに何かの女性の声のようなものが聞こえて来る。彼は、その声の方向を把握し、目を凝らした。すると、草むらの中に、ほんのりと青い光を発している物体があるのに気づく。リサメがその場所へゆっくりと歩み寄っていくと、そこには、まるで透き通る氷を思わせるような、薄水色の刀身と柄を持つ美しいナイフがあった。
「……え? ナイフがしゃべってる? なんで?」
「そんなの私だからに決まってるじゃない! 舐めないでよね。そんなことよりも、あんた、こんなところで騒ぐのはやめてくれる? もし死にたいならどっか他所でやってくれない? 目障りだわ」
「……そっか。確かにそうだね。……………ごめん……行くよ」
――ポタッポタッポタッ。
するとリサメの瞳から、静かに二つの雫が流れてきた。急に声が聞こえてきた驚きで怒りが収まり、それに塗りつぶされていた悲しみが再び戻ってきたのだ。リサメは、涙を腕で拭いながらそのナイフの元から離れようとする。するとそのナイフは、リサメのことを呼び止めた。
「ちょっと、待ちなさいよ。あんた、ほんとに死ぬ気?」
ナイフの呼び声にリサメは動きを止め、じっと彼女の方を見た。そして力無い声で彼は言葉を返す。
「……わかんない。でも、なんだか、そうなりそうな気がする。今のままじゃさ、俺、許せないよ。みんなを置いて生き残った自分が。そして、みんなの無念を晴らせない力を持たない自分が」
「…………力なら、ここにあるわよ」
すると、そのナイフはためらうようにしながら、そうリサメに言葉を伝えた。その意味が飲み込めず、リサメはそれに疑問をぶつける。
「え? どういうこと?」
「一応、私を手に取ればあなたにあの気味の悪い化け物を超える力をあげることができるわ。……でも、あなたに適性がない時、その力はあなたにさえも牙を剥くようになる。力はあなたの体の獣の力を暴走させ、あなたは恐らく毎日苦痛に苛まれる。そこまでしても強くなりたいなら、手を貸すわよ」
リサメは、まじまじとそのナイフのことを見た。そして彼はどこか優しい目をして、それに対して声をかける。
「……君は、優しいんだね」
「……は? 何言ってるの? 変に関わったやつを見殺しにするのは、寝覚めが悪いだけよ」
ナイフは自分に力があることを隠そうとしていた。つまり、きっとこの声の主は、誰かに自分の力など貸したくなどないのだ。おそらく、その適性がない者が自らのことを使用し、痛みに苦しむ様子を見て、快くない思いをしてきたのだろう。しかし、それでもこのナイフは、憎しみの矛先をどこにも見つけられない自分に、力を貸そうとしてくれていた。それを優しいと言わずして、なんと言うのか。
「……じゃあ、ごめん。君には辛いかもだけど、力を貸してほしい。どんな痛みや苦しみも、何もできない今から抜け出せるなら、僕はきっと耐えられる」
「…………わかったわ」
やはりどこかためらいながらも、その美しい光を放つナイフはその言葉を口にした。そしてリサメに対し、静かにそれは言葉を続ける。
「言っておくけど、効果は保証しないわよ。どれほどの力が出せるのかは、あなた次第。最悪、大した力も得られずに、苦痛だけが残るかも知れない。それでも構わない?」
「……ああ、構わないよ」
「……そうよね。じゃあ、私の持ち手に触れて」
「うん、わかった」
そうしてリサメは、ゆっくりとそのナイフの持ち手に手を伸ばした。するとそれを覆っていた薄水色の光はさらに輝きを増し、彼の体を覆った。
「――――――――っっつ、がぁぁぁ!」
リサメは、自分の中の力が激しく膨張する感覚を覚える。そしてそのうねりはどんどん増していき、まるで内側から自分の体を食い破ろうとするかのような激痛が走った。リサメは、声にならない声を上げ、顔を顰める。しかしそれでも、決して彼は、そのナイフを離すようなことはしなかった。
そんな彼の痛みを感じながらも、彼女は、リサメの強い思いを受け取り、力強く言葉を発する。
「私『神剣ヘスティア』は、あなたの心が安らげるその時まで、あなたの剣となることを、ここに誓いましょう」