若さかねぇ。若さだろうな。あーきっと若さだ
「相変わらず不気味な男でしたね。ラキュラ様」
ギャスリガの城内にて、ヒノクは、両手に何本かの注射器を抱えながら、玉座に佇むラキュラに声をかけた。
「そうだな。相変わらず何を考えているか分からん。それで? 預けられたケルも客間に通したのか」
「そうしました。今ある程度話ができる改造獣人が城を案内してます。まったく面倒な話だぜ。なんでも、ターゲットAやBとまた別で気になるやつがいるみたいですよ。まあ俺たちはそんな奴と戦った覚えはないけど」
「おそらく、フーガやレイがそいつと当たったんだろう。何処の馬の骨とも分からんやつに負けるあいつらではないからな」
ラキュラは散っていった彼らを思い出すように、視線を遠くへと浮かべた。そんなラキュラを見て、ヒノクは呟く。
「なんですか。ラキュラ様。らしくない顔しないでくださいよ。寂しいんですか? あいつらがいなくて」
「……寂しい? 馬鹿を言うな。あいつらは弱いから負けた。それだけだ。そんな未熟な感情はとうの昔に置いてきた。貴様を拾ったあの時にはもう、そんなもの持ち合わせていなかったよ」
「そうですね。そしてあの日、あの場所で『0号』ができたんだ」
そしてヒノクは、頭の中でラキュラと初めて会った時のことを思い出す。絶望に打ちひしがれ、世界の光全てを失ったあの時期に、この人は自分の目の前に現れた。そして、枯れ果てた自分の世界に、この人が色をくれた。
「懐かしいな。現五神獣のオルクの前に、神剣『デメテル』の所有者だった伝説の剣士であり、お前の父親の『ブナ』。奴の手足を再現するため、随分と、シーラの奴らの遺体を使ったものだ。だが、その価値はあった」
「ええ、あれの戦闘能力はラキュラ様にさえ届きうる。あいつら如きに父さんは負けない。父さんと俺の力で、ラキュラ様、あなたを野望を果たして見せますよ」
ヒノクはそう言って真っ直ぐにラキュラの目を見つめた。きっとあの時、この人が自分を拾ってくれなければ、今の自分はない。だからこそ、自分は、この人の野望を命に替えても叶えてみせるのだ。
「そうだな。だが、もしもの時がある。入念に準備をしておけよ。俺たちはあんな奴ら如きに足止めを喰らうわけには行かない。手を伸ばさなければ行けないんだからな。貴様の父も目指した、神の座に」
「はい、そうですね」
するとラキュラはゆっくりと立ち上がり、ヒノクとともに別の部屋へと消えていった。そして、彼らは薄暗い闇の中で、着々とこの城にて準備を進めていくのだった。
「ここですよね? 橋って」
ユニは前方を眺めながらそう答えた。彼ら2人の目には漆黒の巨大な橋が聳え立っている。ナマズラの話では、この橋に0号がいるということだったが、距離が長すぎるせいか、ユニにもシェドにもまだそれらしき姿は見えていなかった。
「まあそうだろうが、デカくて先がよくわからないな。特にそれらしき気配がするわけでもないし」
「とりあえず進んでみますか? このままここにいても仕方ないですし」
「まあ、そうだな」
そうしてユニとシェドは、ゆっくりとその橋へ足を踏み入れた。しかし、特にそれで何か変わったわけでもない。徐々に霧が濃くなり、奪われていく視界。そんな中とにかく警戒しながら歩みを進めていくと、ユニの真横から声がかかった。
「……あらぁ、お客かい? いいねぇ、退屈してたんだ」
「――――!?」
ユニは、突然の声に身体を震わせ、すぐに後退する。どんな気配にも勘づく事ができるよう警戒していたはずだった。それにもかかわらず、こうも簡単に、近づかれてしまうとは。
「どうした? ユニ?」
先ほどの声は、ユニの近くで密やかに発せられたようで、シェドには聞こえていないらしい。しかし、すでに敵はこちらを完全に捉えている。ユニは叫んだ。
「シェド! います! 霧の中に! すっごく強い敵が!」
「敵? そんな気配どこにも――!?」
――ガキィィィィン!!
シェドは、唐突に自身の首に迫る刃を、獣力を覆った左手でガードした。そして彼もまた、即座に後退し、その何者かから距離を取る。すると、シェドを襲った細い剣を持つ剣士は、にやにやとした笑みを浮かべながら、ゆっくりと霧から顔を出してした。
「ほー、ちゃんと今のも反応できるのか。いいじゃないの。最近誰も来なくて、寂しかったからよぉ、ちょっくら遊んでくれないかい」
妙な見た目ではあった。シャチのように真っ黒な背びれがあり、腕はうなぎのようなまだらな体表をしていた。そして足にはうっすらと吸盤のようなものがあり、腰にはエイのような鋭い針を持った尻尾がある。
ユニは目の前の敵をじっと見据えながら小さく呟いた。
「随分色々な動物でできているみたいですね。でも――」
「ああ、サンが言ってたのとは全く違うな」
とはいえ橋にいるのだからこっちが0号なのだろう。しかしとすればサンは一体何をみたのだろうか。決して嘘をつくようなタイプではないし。
「おいおいおいおい、若者だけで話をするんじゃねぇよ。全く俺たち年寄りはいつも蚊帳の外だな!」
――ガキィィィィン!
『……重!』
こちらに迫ってきた0号の攻撃を、ユニは獣発した二つの鉄拳を交差するようにして受け止める。剣に潰されぬようジリジリと耐えるユニ。そんな彼に、0号はにやりとした笑みで言葉をこぼした。
「あららー。ダメだぜそんなに耐えちゃ。すぐ逃げないと〜。いくぜ、スイッチオンだ」
0号の腕から バチバチとした音がなる。シェドは、すぐに彼が何をしようとしているのか察しがついた。彼は叫ぶ。
「ユニ! そいつから離れろ!」
「え?」
「もうおせぇよ。いくぜ、バリバリの電気だ!」
――バチバチバチバチ!!
「っがぁぁぁぁぁ!!」
「チッ! こいつ!」
剣を伝って、高電圧の電流がユニの体に流し込まれる。シェドはその攻撃を止めるために、0号に向かって拳を振る。しかし、彼はそれをいち早く察知して後退した。
「うお、あぶねー。中々いいパンチ持ってるじゃねえか。若さかねぇ。若さだろうな。あーきっと若さだ」
ブツブツ言葉を繰り返す0号。そんな彼から視線を外さないようにしながら、シェドは、ユニに声をかける。
「おい、生きてるか。ユニ」
「大丈夫です。それにしても電気とは、これも魔法ってやつですかね?」
「いや、多分違うな」
シェドは、今までレイなどが魔法を使用していた場面を頭に思い浮かべる。彼らは全て、そういった魔法を発動するときは、光る陣のようなものを発生させていた。とすると、考えられるのは。
「デンキウナギってところか? その腕は」
「ご名答だ。よくわかったなぁ。大したもんだ。やっぱり若さか」
「若さ若さウルセェなぁ。そんなに俺たちが羨ましいのかよ。随分俺たちよりも戦闘経験が豊富そうだが」
「まあ体は覚えてるが、あいにく記憶がなくてなぁ。ただただこの老いた頭とよくわからん体だけが残ってるんだよこっちは。だから、お前らみたいにこれから自分で歩む道を決められる奴らは、羨ましくて堪らなくてなぁ!」
すると0号は、地面を蹴って間合いを一気に詰め、再び剣を2人へ振り下ろした。あの剣から電気が流れる以上、素手で受けるわけにはいかない。シェドとユニは、左右別方向に飛んで攻撃を回避する。
「ほーお。互いに別々に回避するか。いい連携じゃないの」
「合わせろよ、ユニ! 鎖烈獣術、牙槍!」
「はい! 蹄鉄拳、黒鉄!」
――ガキィィィィン!
0号に向けて全く同時に、技を当てに行くユニとシェド。しかし0号は、シェドの手刀を剣で、ユニの拳を左の掌で、容易くガードした。
「なん……だと?」
「うそ……ですよね?」
「いい攻撃だな。でもよ。もっと燃やすもん燃やさないと俺には届かないぜ。パッションがたらねぇよパッションが。若いんだろ?」
0号は、まず剣に力を入れると、シェドのことを弾き飛ばした。そしてそのまま左足を出してユニのことを蹴り上げる。凄まじい力に大きく吹き飛ばされながらも、橋の上に着地をする2人。ユニは興奮した様子で言葉を発する。
「すごいですね! 僕たちの攻撃を同時に受け止めるなんて! 剣にも拳にもしっかり力を出力していないとできない」
「そうだな。まあだから獣発できず、電気はこなかったんだろうが、そういう力の扱いは俺たちよりもうまそうだ」
そんなことを呟きながらも、シェドはどうにかこれからの展開を考える。確かに0号は強い。しかし、ユニが全力を出し、自分も『例の力』を使い切ればおそらく互角以上に持っていくことは可能だろう。
けれどもそれをすれば、どうしてもこちら側が重大な被害を受けることになる。これからの戦闘を見越せばこれ以上の消耗は避けたい。やはりこの敵に対しては後からサンと協力するのが無難だろう。この場はユニと力を合わせれば、十分逃げることは可能なはずだ。
「まあでもとりあえず、ある程度のデータは取れたな。さて、そろそろ逃げるぞユニ。サンたちと作戦を立ててからまたこいつに挑もう」
そしてシェドは横にいるユニのことを見る。
『あ、まずい、聞こえてないな』
その時ようやくシェドは、ユニに流されて彼を連れてきたことが、この視察において最大の失敗であったということに気づいた。よくよく考えればそうなのだ。このユニという男が、強敵を前にして一度退くなどという判断をできるはずがなかった。自分は彼が0号と戦いたいと言った時、殴ってでも止めておかねばいけなかったのだ。
目に灯るはギラギラとした光。ユニは息を荒くし、興奮した様子で0号のことを眺めている。どうやら完全に入ってしまったらしい。スイッチが。
「すごいですね! 強いですね! あの人! あー今からどうやって攻めよう! 黒鉄か、黒曜か、それとも赤銅か! あー考えるだけでもにやけてしまいます! シェド、次は一体、どうしますか??」
シェドはそんな彼のことを呆れたように眺めながら心で呟く。
『ああ、ほんとに、どうしたもんか……』
0号のモデルは青雉です。