もう少しだけ、吸わせてくれよ
――過去――
「ペガさん。なんでまたさ、2人も弟子増やしたんですか?」
ラビは、切り株に腰をかけて、渋くタバコをふかす師の背中に問いかける。ラビの師匠ペガは、ラビの方を振り向きながら、彼に優しく問いかける。
「どうしたんだよ。そんなこと聞いて。なんか不満なのか?」
「別に違いますよ。でもあの2人、兄の方は、才能はありそうでしたけど、弟の方はからきしですよ。だからなんでわざわざ教えるのが苦手なペガさんが弟子を増やしたのか気になったんです」
「そうだなぁ」
ペガは、また大きくタバコを吸い込み、煙を吐き出す。ラビは、自身を取り巻く煙の匂いに少しだけ顔を顰める。そんなラビの表情を見て、微かに笑みを浮かべながら、ペガは続ける。
「ファルいるだろ。昔あいつに聞いた話だが、あいつは将来ガキに剣術を教える道場を開きたいらしい。それを聞いてから、そういう自分が消えてからも受け継がれるものに興味が出てきてな。……あと、それとお前が才覚がないって言った弟の方、あれは化けるぞ?」
「化ける……ですか?」
「ああ、あいつは体が弱かったからか、はたまたその辛い境遇からか、人一倍強さへの飢えを持っている。そしてその飢えを持つ奴が、数年に一度の天才なんて肩書きを打ち破るところを俺は何度も見てきた。だからこそ、俺はあいつが今の殻を破る瞬間が楽しみだよ」
「…………」
ラビは、自分より後にできた弟子を、褒めそやす師を前にして、少しだけ虚しい感情を覚える。そんな感情を抱えながら、ラビは、ぽつりとつぶやく。
「そうですね。たしかに、あいつ、師匠と似ているところがありますよね」
「……まあな。だからこそ、少し心配ではあるんだが」
上空を見つめ、何か自身の記憶を振り返るような目をしているペガ。ラビは、そんな彼を見てから自身も空を向き、少しだけ拗ねたような声で、言葉を紡ぐ。
「そうですね。じゃあ、あの2人が立派に成長して、蹄鉄拳を継いでくれるのを祈るばかりですね」
するとペガはそこで何かに気づいたような顔をし、ラビの横顔を見て、また笑う。
「ははは。おいなんだよ。お前、もしかして、自分が蹄鉄拳を継ぐのには力が足りないから、俺が新たに弟子を作ったとでも思ったのか。なんか機嫌悪そうだなぁとは思ったが」
小馬鹿にしたような師匠の笑い声。ラビは、そんなペガに向かってムッとしながら言葉を返す。
「なんですか!? 悪いですか? そりゃ不安になるに決まってるじゃないですか! だって、だって俺は、まだあなたの背中に、追いつけるとは思えない」
彼は頭に、同年代の天才剣士の姿を思い浮かべて、ふと涙を流しそうになる。自分は無理を言って、弟子を取る気なんてないと言ったこの人に、たくさんのことを教わった。あまりにも偉大な背中を、遠くからずっと眺めてきた。それなのに自分の強さは、まだその背中に決して追いつく気配がない。
するとペガは、自身の持っているまだ火のつけたばかりのタバコを消し、灰皿に捨てた。そして、その手でそっとラビの頭を撫でた。
「お前は本当にファルにそっくりだな」
「え?」
「いや、どうせまた、あの生意気な妖精族のオルクと自分を比べたんだろ。確かにアサヒも立派な弟子を持ったけどな。あんな頭よりも先にセンスから生まれたような男と自分を比べんなよ」
「でも、俺は自分が許せないです。師匠は本当にすごいんだ。でも、でも、弟子がこんなんだったら、まるで蹄鉄拳がその程度の力しかないって思われそうで」
ラビは自身の拳を強く強く握りしめた。そんなラビに対し、ペガはそっと笑いかける。
「そこがお前のいいところなんだよ、ラビ。自信持てよ。お前は、何度も壁にぶち当たって、自分の才能の無さを実感しても、歩み続けられる根性を持ってる。そんなお前だから、強さにしか興味のなかったこの俺が、初めて誰かを弟子に取ったんだろ」
「…………だって」
「でもやだってばかりだな。心配すんな。これから先何人に蹄鉄拳を伝えることになったとしても、この蹄鉄拳の次の当主はお前だよ。頼りにしてるんだからな」
するとペガは、ラビの頭から手を外すと、再びタバコに火をつけゆっくりと吸い込んだ。そして彼は、ゆっくりとそれを吐き出す。
ふわふわと空に溶け出して消えていく白い煙。ふと、ラビには不思議とその煙とペガの姿が重なって見えたような気がした。
蹄鉄拳の次の当主、ペガは今までそんな話を自分にしたことはなかった。今を全力で生きる師匠は、そのように未来の話を今まで自分に対してすることは少なかったのだ。それが、なんで、今。
「師匠」
「なんだよ、ラビ」
「タバコ、二本も吸わないでくださいよ。体に悪いですから」
ラビは、何を恐れてか、自身も意図しない内に、そんな言葉を発していた。何かに怯え少しだけ、声が不安で震えるラビ。ペガは、そんなラビに対してほんの少しの寂しさが残る目を向ける。
「……悪いな。いつも心配かけて。でももう少しだけ、吸わせてくれよ」
それから数日後、ペガは、ラビ、ユニ、ユナの元から姿を消した。不安になったラビがファルに聞いたところ、ペガは、神のとある依頼を受けて旅立ったとのことだった。
そして、それから数ヶ月経った頃、彼らの元に、師が死亡したという知らせが届いた。