生還者0の竪穴
以前までは性別と認識されていた、"雄"と"雌"は、実は人間が認識できる部分限定の特性だった!
特性とは、人間の性質を決めるものであり、本来であれば多種多様な形態を取る。しかし、人間の科学力ではそこまで多くの種類を把握することができず、唯一違いとして認識できた外見から雄と雌という二種類に分けた。実際、性別などと呼ばれてはいるが正しくは特性と呼ぶべきモノである。
ただ、全てが間違っているかというと、そういうわけではなく特性には大きく分けて雄型と雌型の二種が存在する。
雄型は自身の特性から別の特性が派生しやすいのが特徴だ。例えば、特性:火を持っていたとすると、訓練次第で特性:陽や特性:焔、また陰陽の関係から特性:月などをその身に宿すことがある。
対して雌型は、雄型と違って成長型だ。特性が派生しないことはないが、雄型の特性と比べてその確率は極めて低い。代わりに、その特性を習熟させやすいという、研究結果が出ている。特性そのものは発現させれば良いのではなく、より効率的に応用しなければ意味がない。
したがって、雄型は状況対応型、雌型は一点突破型となる。
各々が生まれつき一つだけ持つ特性と雌雄の特性によって、特性の取得状況が個性的にもなる。
さらに近年わかってきたことがある。それは、雌雄の差が雌雄だけではなかったということだ。
中性型や反転型など、雄型、雌型の枠に囚われない特殊個体の出生も確認されている。近年わかってきたことであり、収集できたデータも少ないため、特殊特性に対する有識者たちの見解はひどく割れているが、それでも全ての人たちが口を揃えていうことがある。
常識の埒外の存在だ、と。
特性が発現している時点で、以前の人類から見れば既に社会そのものが常識の埒外にあることは確かなのだが、それでもその常識外の存在達から常識の埒外と言われているあたり、察することができるだろう。
特殊特性持ちは、物理法則を逸脱するだけにとどまらず、社会に良くも悪くも大きな影響を与えている。
そんな特殊特性持ちがここに一人。
場所は、深度6000mの竪穴の底。特性の存在が解明され始めてから、世界各地でよく確認されるようになった超常地形のうちの一つ。存在しているだけで不穏分子なのだ。国家直々に探索を行なっている。
他の超常地形だったのなら、どれほどよかったのだろう。ただ、空に浮かんでいるだけの島。ただ、海にぽっかり空いた穴。そんな、生ぬるい超常地形はこの国にはなかった。あるのは、ただ一つ。探索に入ったものが誰一人として生還しなかった底の見えない穴。
有能な特性持ちも、何人かが既に犠牲になっている。しかし、生半可な特性持ちでは、探索から生還する見込みはない。そこで遂に、国家としては保持しておきたかった特殊特性持ちを投入することを決めた。
名を、CODE:999。国家お抱えのP.T.Eの一員だ。
獲得している特性は
・特性:中性
|
+ー>派生特性:分裂
・特性:次元超越
|
+ー>派生特性:圧縮
|
+ー>派生特性:展開
のみだ。
医学的に見れば、彼は男性であることは確かなのだが、持っている特性は中性。雄型ほど、特性が派生することもなければ、雌型ほど特性が習熟しやすいわけでもない。ほどほどに特性が派生し、ほどほどに特性が習熟する、器用貧乏にもなりきれない特性である、と彼は自負している。
ちなみにだが、雄型の派生特性は軽く2桁にのぼり、雌型の習熟速度は一つに特性に対し1ヶ月と言われている。
対してCODE:999はというと派生特性は1桁どまり、習熟速度は雄型よりも速いとはいえ、基本半年。ましてや、特性:次元超越は名前からしてもわかる通り、曲者だ。今は使いこなしているが、習熟するのに3年かかった。本人の才がないのか、はたまた。それは誰にもわからない。
派生特性も派生特性で、使い道もあり、それなりに便利なのだが如何せんパッとしない。
CODE:999は、あまりに考えることがなく、自分の境遇に嘆きつつ応援を待っていた。探索は成功した。収穫もあった。なんなら、竪穴に潜るだけでここまで大きな収穫を得るとは思いもよらなかった。むしろ、なぜ今まで誰も生還しなかったのかが謎だ。しかし、しかしだ。彼は一つ問題を抱えていた。
「帰るのだっる」
誰も生還しない超常地形に潜ったのだ。当然行きは神経をすり減らしながら潜った。しかし、どうだ。いざ潜り終えると、神経を使ったことすら馬鹿馬鹿しく思えるほどの難易度だったのだ。彼の心情的に何もやる気がなくなった。しかし帰らねば、当然給料は出ない。そこで、CODE:999はP.T.Eに応援を要請した。もちろん、自身のプライベートジェットも一緒によこすようにと。この後の彼には大事な予定があるのだ。
しばらく穴の底で寝っ転がっていると、イヤーカフスに連絡が入った。
『こちら、護送オペレーター。CODE:999、応答せよ』
「こちら、CODE:999。探索及び収集が終了した。上空からの回収を頼む。」
『危険度は。』
「すくなくとも、俺が降りる時はなにも起こらなかった。危険性は拭いきれないから、判断を任せる」
『非常時も考慮して、CODE:001を投下させる。CODE:999、彼女の指示に従うように。』
それにて、交信が終了したのだが、CODE:999は若干不安に感じていた。
「なんで姉さんが...」
P.T.Eは常に人材不足もあり、大体のメンバーは各地に飛ばされている。といっても、この国ではそれほど超常地形もないため、大体は怪しい部分の調査にあたるわけだが。
そして、彼の言った姉さんとはCODE:001。すなわち、最初のP.T.Eである。彼とは比較にならないほどの場数を潜っており、経験も豊富。なにより、CODE:001はCODE:999の師匠であった。
大体会うとしごかれているため、極力会わないようにしていたのだが。
「なんでよりによって、姉さんが。」
P.T.E1番の実力者である、CODE:001がなぜこんなところにいるのか。本来であれば、国中のあちこちを飛び回っているはずなのだが。
そんなふうに考えていると、上空から影が降りてきた。
「やぁ、クロ。ひさしぶり。」
「姉さんも。元気そうで何よりです。」
ちなみに、CODE:999は、CODE:001を"姉さん"、CODE:001は、CODE:999を"クロ"と呼び合っている。クロという名は、9が6つあることからきている、らしい。
「なぁ、姉さん。なんでこんなところにいるんだ。たしかまだ任務中だったはずじゃ。」
「とりあえず、先にヘリに戻ろう。」
「今はぐらかしましたよね。あと、俺プライベートジェットあるんで。今話してもらわないと俺一生聞けなくなるんですけど。」
「ほら、無駄話は後にして。私に捕まれ。」
よく見ると、姉さんの体には見えないほど細い糸が無数に絡まっていて、それが上空のヘリに繋がっているようだ。俺は姉さんに捕まり、そしてヘリは姉さんを引っ張り上げる。こんなことなら、はなから自分の力で戻った方がよっぽど楽だったのかもしれない。ただ、自分で応援を要請した手前、無下にするのも気が引ける。
「生き急いでいると、老けますよ。」
そう言われた姉さんは、一瞬顔を曇らせた。
「なにそんな顔しているんですか。姉さん不老不死の特性持ちでしょう。」
CODE:001は、見た目が18歳だ。ちなみに、CODE:999も見た目は18歳。後者は実年齢に対して、前者は特性によるものだ。
ヘリが捕まったのを確認したのか上空への搬送が始まった。姉さんは、雌型の特性にも関わらず、不老不死を利用した年月によるパワープレイで派生特性が多いことが知られている。そのおかげで成人男性ごとき、片腕で軽く持ち上げられるほど、丈夫で力もあったはずなのだが。
「(今日の姉さん、心なしか脆いように感じる)」
「このままでいい。聞いてくれ、クロ。」
「どうしました」
CODE:999の心のうちを悟ってか悟らずか。CODE:001は、急に独白を始めようとした。そのときだった。
壁から、極細の針が放たれたのは。
CODE:999は、研ぎ澄まされた感覚から、気配を察知。咄嗟に、首を逸らして避けた。しかし、避けた先にはCODE:001の姿が。
ただ、CODE:999はその後の展開を予想だにしていなかった。CODE:001といえば言わずと知れた最強の名を冠する存在。たかだが、針ごときのギミックで倒れるような存在ではない。
慢心していたわけでもない。むしろ、師匠であるCODE:001を信頼していた。だからこそ、彼女ならばと信じていたのだ。この程度のギミック、簡単にあしらうであろうと。
この時、CODE:999の頭の中からは、とある事実が抜けていた。それは、超常地形とは不可思議な地形でああるが、人工物ではないと。ギミックなどという、人間らしいものが存在するはずがないと。そして、この竪穴は生還者0の超常地形であるということを。本来であれば、CODE:999であれば、この針をただの針とみなさずに、対処していただろう。しかししなかった。彼はこの選択をすぐに悔やむことになる。
針は、CODE:999の首筋を通り過ぎ、CODE:001の胸を貫いた。そのまま、彼女を吊るしていた、糸束のうち一房をちぎり、絶妙なバランスを保っていた糸が、CODE:001の体重の重みに耐えきれず、全てちぎれた。そのまま、二人とも落下していく。
CODE:999は落下しつつも、動揺を隠せないでいた。目の前で師匠である彼女がなんの抵抗もなく射られたこと。そして、その後もなんの対処もできていないこと。よく見れば、彼女は歯を食いしばりながらも、針の痛みに耐えつつ傷の再生を待っていた。
不死性を持つCODE:001は、多少の負傷も無かったことにできる。それも即座に。しかし、今の彼女の再生速度は以前までの彼女からは考えられないほど遅かった。
彼が、CODE:999が、彼女よりも体の面積がでかいことが幸いしたのか。CODE:001を俯瞰する形で落下していた、CODE:999は、CODE:001に向かって放たれようとする針の先端が壁から生えているのを見つけた。
「(どこまで、悪趣味なんだここの穴は。)」
わざわざ、嬲り殺したいのか一瞬でとどめを刺さず、少しずつ命を削っていく。この竪穴にはそんなコンセプトがあると教えられても、違和感を感じないだろう。
CODE:999は、自身の特性:次元超越を発動させ、自身の存在を4次元上に移し、移動する。4次元は、3次元の全てに通じる空間である。故に、彼に届かない場所はない。
CODE:999はCODE:001の横まで3次元移動では叶わない速さで移動すると、自身の存在を3次元に戻す。そして、CODE:001の体を抱えると共に、打ち出された針を、圧縮の特性で自身が保持していた空気を特性:展開で開放、風圧にて打ち返す。
特性:次元超越は自身に対してのみ有効でCODE:001など他者に対して効果を発揮しない。CODE:999的には、すぐさまここを離脱したかっただ、CODE:001を置いていくわけにもいかず仕方なく、竪穴の底に降り立つ。
オペレーターから、連絡が入った。
『CODE:999、応答せよ』
「こちら、CODE:999。超常地形のギミックと思われるものに攻撃を受けた。CODE:001の状態がよろしくない。至急増援を頼む。」
『その必要はない。』
「どういうことだ。」
CODE:999は、さきほどまでとは雰囲気の変わったオペレーターに困惑を覚えた。
『まだ知らないのかもしれないが、CODE:001は弱体化した上に情報を知りすぎた。また、CODE:999貴様は、我々組織で扱うには少しばかり強大な力を持っている。したがって、この場で処分させてもらう。』
「随分と一方的なんだな。だが、俺を殺すことはできまい。」
『だが、CODE:001は始末できる』
そう言葉を発すつと同時に交信が終了し、上空のヘリから竪穴に向けて機関銃による一斉射撃が始まった。
CODE:999は、上空の空気を極限まで圧縮、高密度の空気層をつくりだし飛来する銃弾を減速させる。その隙に、自分は次元超越にて4次元移動に移行。ヘリまでたどり着くと3次元に戻り、ヘリを圧縮する。
時間にして、わずか3秒。あっけない幕切れであった。案の定プライベートジェットなどはどこにもない。
「組織にはめられたか。」
CODE:999は、4次元に移動して落下を防ぎつつ、CODE:001の元まで戻ってきた。どうやら、CODE:001は既に傷を回復させており、壁に体を預けつつ休んでいた。
「姉さん。」
「うまいことはめられたね。」
「何があったんですか。」
それを喋ると長くなる、そう言ってCODE:001は重そうに体を起こした。
「クロ、ひとまず場所を変えよう。」
そうですね、と肯定して二人は竪穴を後にした。
あっけないほど竪穴から脱出できたが、CODE:999はこの竪穴はP.T.Eの最終処分場なのではないかという考えが頭の中でよぎった。
「(一体どれ程の人員が処分されたのか...)」
気分は重く、それはきっとCODE:001も同じであろう。二人はひとまず、体を休める場所を求めてしばらく彷徨い歩いた。
ゾロ目の識別番号持ちってなんか強いイメージある
<<解説>>
この世界では、特性学という分野が発展していて特性をもとに人類を紐解こうとしていますが、医学も発展していて医学サイドとしては、今まで積み上げてきたものが特性学で片付いてしまうため、若干敵視しています。