仲良くなれそうです!
「あの聖水の、ユール……だっけ?」
何らかの覚悟を決めて、力強く目を閉じているユールには、戸惑っている俺が見えていない。
ルルフェルはと言うと、何かじっと見ているだけだ。
何をするでもなく、じっと見守っている。
そして、俺に小さく頷いた。
何のサインだよこの野郎。
「えっと……じゃあお前の輪、壊すぞ?」
「………うん」
ユールは俺の身長に合わせるように、顔を少し上へ向ける。
急にしおらしい声出しやがって……。
こいつが何を勘違いしていようが、俺は俺の仕事をこなすだけだ。
俺は右手から例の黒い霧状のスキルを発動し、ユールの天輪に一気に触れる。
─── パリーンッ!!
俺の運命が狂いだしたあの日と、同じ音が鳴り響いた。
この音を俺は、あと何回聞くことになるのだろう。
「ほら、終わったぞ」
「え……?え?」
目を開けたユールは、天輪がなくなった自分の頭を何度も触って確認する。
本当にこれで終わりなのかと言いたそうに、きょとんと俺を見つめている。
「触るだけでよかったの……?」
「ああ、この右手の黒いのでな」
俺は例の黒いのを見せて、淡々と説明した。
ユールが口をパクパクして何か言いたそうにしたところで、ようやくルルフェルが話に参加してきた。
「ユールちゃんは、天界のおとぎ話に出てくる堕天を想像してたんですよね?」
ルルフェルは屈託のない笑顔で、楽しそうに語りだす。
「おとぎ話?」
「はい!人間と天使が恋をする有名なお話です!それは天界の禁忌で、二人は引き裂かれてしまうんですけど……。最後に二人が別れのキスをしたら、奇跡が起きて輪が壊れたっていう……」
「し、知らないわよ!!そんな子供騙し!!」
それは、どこにでもありそうな純なおとぎ話だった。
どちらかというと、おとぎ話に出てくる側のやつが何を信じてるんだ。
「ユールちゃんってば、そんな甘々なおとぎ話を無邪気に信じて……」
「ちょ、ちょっと!いい加減にしなさいよ!わざわざこんな所まで来てあげたのにぃ!」
優しげな視線を送るルルフェルに、真っ赤な顔したユールが襲いかかる。
「な、何よ!!おとぎ話を信じてて何が悪いの!?ユールは、小さい頃からそう聞かされてたんだから!!」
夢見るピュアな少女は、腕を組んで開き直る。
「お前も結構かわいいところあるんだな、安心した」
「か、かわっ!?はあっ!?」
天使と言えども、見た目相応な部分があって良かったと、そういう意味で言ったつもりだったのだが、何気なく言ったその言葉に、ユールの赤くなった顔がさらに赤くなる。
「カイネさん。天使はそういうこと言われ慣れてないので、気をつけた方がいいですよ?」
直後にルルフェルが、こそっとアドバイスを授けてきた。
こんな分かりやすく赤面されたことで、そんなつもりのなかった俺もすごい恥ずかしくなってきた。
「あ、あーよかったぁ!!こんな汗臭い人間とキ、キ、キ……口づけなんて冗談じゃなかったもの!!あんた、ちゃんとお風呂入ってるの!? 」
そんな心の防御力を剥がされた状態で、俺は急に痛いところを突かれてしまった。
華々しい生活を送っていた貴族出身の俺は、風呂に入れず臭いなどと言われた経験は、ただの一度もなかったのだから。
「な……!?し、仕方ないだろ!そんなものねえんだから!お前だって、磯臭いだろ!羽についてるワカメ早く取れよっ!」
俺の苦し紛れの反撃にユールも応戦してきた。
「仕方ないでしょ!空からだと見つかるかと思って、海から頑張って潜って来たのに……。ここら辺の海、何でやばい化物ばっかりいるのよ!?聖水が効くモンスター全然いないし!貴族崩れのチンピラみたいなのしかいないしっ!」
「チンピ……!?」
こいつの言葉には、さっきから動揺させられてばかりだ。
今まで言われたことも、言われるはずもなかった言葉を次々と言い放ってくるのだ。
俺達は喧嘩する猫みたいに威嚇し続ける。
「ワカメ!ワカメの妖精!!」
「妖精じゃないもん、天使だもん!勝手にランクダウンさせないで!!」
言いながらユールは、羽に絡みついたワカメを投げつけてくる。
「生臭っ……おい!おかしいだろ!こいつら話で聞いてた天使と全然違うぞ!どうなってんだ、これ!!」
「天使に夢見すぎなのよ、人間はぁ!天使なんて皆こんな感じよ、自分の理想を押し付けないでよね!!」
そんなことあってたまるか。
幼い頃から何の疑いもなく崇め奉ってきた天使像。
それがどいつもこいつもこんなんだとしたら、健気に信仰してきた人間達の何と哀れなことか。
そう人類を悲観していると、この辺が頃合いだと言わんばかりに、ルルフェルが宥めながら無理やりまとめようとする。
「ていうことで、二人ともすっかり仲良くなったみたいで、私嬉しいです!あ、ユールちゃんも釣りします?私の釣り竿、もう直角に曲がっちゃってますけど……」
「「なってないッ!!」」
呑気なルルフェルの言葉を遮るように、息ぴったりのハモりがヘルヘイムの大海原に響いた。
ちなみにこの後、聖水を浴びたら臭いも汚れもイライラも全部浄化された。
味は市販のミネラルウォーターくらいの美味しさだった。




