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本当の理由

「今日もマジで疲れた……」


 俺は聖水露天風呂に浸かり、大きなため息をつく。

 今日は色々あった。

 空き巣して、魔王の配下を復活させて、ルルフェルがやたら強くて……。

 ざっと思い返しただけでお腹いっぱいだ。

 俺はルガルに火傷させられた部分をそっと撫でる。

 この風呂には打ち身、切り傷等々色んな効能があるが、火傷にも効くようだ。

 すっかり痛みは無くなっている。


「凄いな、これ。俺の手からこんなのがドバドバ出るなんて……」


 1人だけだと気が緩んでいたのか。

 自然と独り言を呟いてしまう。


「源泉垂れ流しですもんね」

「嫌な言い方すんな、何か汚……」


 ん?

 今誰と会話したんだ、ここには俺しかいないはず……。

 嫌な予感を感じながらも、俺は恐る恐る後ろを振り向いた。

 すると……。


「うお!?何でいるんだよ、お前!?」


 そこにはいつの間にか、湯船にちゃぽんと浸かっているルルフェルがいた。


「や、お風呂の方がゆっくりお話しできるかと……」

「全体的に倫理観が欠如してんだよ、お前はぁ!」


 風呂に入ってるということは、お互い無防備な状態なはずだ。

 少なくとも俺はそうだ。

 ということは、しっかり確認してはいないが、恐らく今あいつは……。


「大丈夫ですよ?ちゃんと着てますし」

「え?いや、でも……。え?着て入ってんの?」


 何か心の中を読まれてしまっていた。

 色々考えて顔を上げられなくなっていたが、気になってルルフェルの方を恐る恐る向いてみた。


「って、着てねえじゃねえか!?あっぶねえ!」


 湯に浸かっていてはっきり見えなかったが、生まれたままの姿だったのは確かだ。

 こいつ、体張ってからかいやがって……。

 アハハと笑うルルフェルを背に、俺は少し不貞腐れる。


「……………」


 その笑い声も止み、しばらくの間、静寂が俺たちを包み込んだ。

 聞こえるのは煽ってくるような風音だけだ。

 何で黙ってんだよ、自分から乱入しておいて……。

 あまり沈黙が続くので、さすがの俺も少し気まずさを感じる。

 先に上がったら負けたみたいで嫌だし、何か話そうと話題を探した。

 適当な話なら普段いくらでもするのに、意識すると途端に何も思いつかなくなる。

 一生懸命考えに考え、そして……。



「なあ」

「あの」



 同時に話し出してしまった。


「な、何ですか!?」

「いや、お前から話せよ!どうでもいい話だし……」


 互いに譲り合う。

 新感覚だ、こいつと話しててこんな気を遣うなんて。


「分かったよ……。あのさ、お前の能力ってさ」


 仕方ないから俺から話すことにした。


「肌に悪いとかってある?」

「……?どういうことです?」


 ルルフェルは困惑している。

 急にこんなこと言われたら無理もないだろう。

 俺はもっと詳しく話すことにした。


「いや、あの白い光をさ、細ーくして毛穴にさ……」

「毛穴に!?」


 湯船をばしゃっと叩く音が聞こえた。


「照射したらツルツルになったんだけど……。問題ないよな?」

「事後ですか……」


 こいつ今どんな顔しているんだろう。

 多分ドン引きしているんだろうな。


「ほ、ほら、ユールがうるさいだろ?俺の風呂の後、変な毛が浮いてるって。だからさ……」


 こんな話題しか出てこなかった自分が情けない。

 ルルフェルは少し絶句した後、こんなくだらない質問にもちゃんと答えてくれた。


「問題はないと思いますけど、その部分は二度と生えてこないです」

「二度と!?」


 図らずも永久脱毛を施術していたらしい。

 まあ無くても……。いや、でもちょっとは無いと……。


「じゃ、次は私の番ですね」

「え?ああ、そうだな」


 自分の毛事情を心配していると、今度はルルフェルのターンになった。

 そして……。


「あの……すいませんでした」


 突然謝りだした。


「何がだよ?」


 正直、心当たりが多すぎて何についてか分からない。


「私が大天使で、戦えるのを黙ってたことです」


 ああ、それか。


「隠そうとしてた訳じゃないんです。何て言うか、言うのが怖くて……」


 正直何が「怖い」のかよく分からなかったが、とにかく言葉を返さなくてはと思った。


「……別にいいんじゃねーか?」


 我ながら適当な返答だと思った。

 でも、こいつのしおらしい声を聞くと、後ろ向きなことは言えなかった。


「で、でも、そのせいで何回も危険な目に遭わせてしまいましたし……」


 そのしおらしいのをやめてくれ。

 調子が狂うんだ。

 俺は浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「本当に危険な時は戦ってくれただろ?誰だって、秘密の1つや2つあるだろうし……。俺も貴族だった時、ずっと猫被ってたし」

「カイネさん……」


 何かを堪えるような声が聞こえた。

 もしかして、泣いてるのか?俺の言葉が優し過ぎたから。

 だが、それは杞憂だったとすぐ分からせられた。


「アハハハハ!ですよね!普段のカイネさんだと、貴族でやってけないですよね!ずっと不思議でした、言葉遣いとか賊ですもんね!」


 爆笑された。

 そして賊扱いされた。


「うるせえよ!急に元気になりやがって!」

「アハハ、すみません。それじゃあ元気になったついでに、もう少しお話に付き合ってくださいよ」


 こいつの頬を思いっきり引っ張ってやりたかったが、残念ながら今後ろは振り向けない。


「ったく、変な声出すから泣いてんのかと思っただろ」


 変に深読みしてしまったのが、無性に恥ずかしく思えた。


「残念でした。私、生まれてこの方泣いたことないので」

「嘘つけ!簡単に泣きそうなくせに!そのうち必ず泣かしてやっからな!」

「フフフ、でも心配してくれてたんですね。やっぱりカイネさんは優しいです!」


 こいつ……。

 忘れた頃に泣かしにいくからな、どうしてやろうか。


「……それで、カイネさん」


 俺が子供のような悪巧みをしていると、流れを切るようにルルフェルが言葉を挟む。


「もうちょっとだけ、私の話をさせてもらってもいいですか?」

「え?あ、ああ」


 そう言えばさっき言ってたな、もう少し付き合えって。


「私が天界にいた時の話です。今話しておかないと、また言えなそうな気がしたので」


 段々と分かってきた。

 ルルフェルが真面目な話をしたい時は、若干声色が違う。

 今みたいに。


「前にお話ししましたよね?私が処刑担当の天使だったこと」

「ああ……」


 ……そんな話すんのか?

 お互い全裸の状態で。


「なので、私は天界では少し怖がられていて……。お友達も少なかったんです」

「気にすんなよ、俺も少なかったし」


 何で変なフォロー入れちゃったんだよ。

 余計なカミングアウトしちまった。


「その数少ない友人の中に、人間へ贈るスキルを作る天使がいました」

「スキルを……作る?」


 昔から人間が天使から授かっていたスキル。

 そういうものなんだと深く考えたこともなかったが、あれ天使の手作りだったのか……。


「はい。私達は同時期に生まれて、こんな私にも裏表なく接してくれて……。そう、一番の親友でした」

「何だよ、よかったじゃん」


 俺よりしっかりした交友関係築いてそうだな、ユール達もいるし。

 変に気を遣って損したと思ったが、そんな俺の楽観的な考えは、その後のルルフェルの言葉ですぐに崩れ去った。



「彼女は、私が処刑した最後の天使でした」



 俺は言葉を失った。

 何の前触れもなく、淡々と語られるその言葉に。


「彼女は堕天スキルを隠れて作った罪で、処刑されることになったんです。あの時の私は、与えられた仕事を実行するしかありませんでした……。私はこの手で、親友の命を奪ったんです……」


 自嘲気味に語るルルフェルに、俺はかける言葉が見つからなかった。

 水面に映る自分の瞳を、じっと覗いているだけだった。


「死の間際、私は最後にこのスキルを託されました。このスキルで、誰も傷つかなくていい、自由な世界をと……」


 不自然なほど整然としていたルルフェルの声が、段々と感情的になっていくのが分かった。

 震えるようなその声を、俺はただじっと聴いていた。


「知ってるんです。彼女があんなスキルを作ったのは、私が処刑を続けることに耐えられなくなったからだって……。私を自由にするためなんだって……!」


 こんな天界にとって不都合なスキルが、なぜ作られたのか。

 俺は全然考えていなかった。

 そんなことも考えなくなる程、ここでの生活に慣れ切っていた。


「だから私は、つくらなきゃいけないんです。みんなが自由で居られる、楽園のような場所を……。それが私に出来る、最後の償いです」


 顔を見なくても分かる。

 背中越しにでも感じられる決意に満ちた声だった。


「今のうちですよ、ここから出ていくなら」

「え?」


 突然、吐き捨てるようにそう言われて、俺はドキッとした。


「神様は手出ししてこないでしょうけど、やっぱりここは危険な場所です。まさか、悪魔が生き残っているなんて思いもしませんでした」


 確かに、俺もあんな冗談みたいなものが出てくるとは思わなかった。

 ルルフェルがあんなに強くなければ、あそこで全滅だったかもしれない。

 でも……。


「今さらですけど、これ以上カイネさんが危険な目に遭う必要はありません。天輪を壊す時だけ、カイネさんの所にお邪魔させてください。それ以外は私が……」

「おい、勝手なことばっか言うなよ!」


 俺はルルフェルの言葉を遮った。


「俺達でやるって決めただろ、そんな簡単に出ていけるかよ。それにあんな国もう戻りたくねーし、そもそも戻れねーし」

「でも、私は!仲間の命を奪うために生まれて……!私は、あなたの傍にいてもいい存在じゃ……!」


 居ても立っても居られなくなった俺は、もう一度ルルフェルの言葉を遮る。


「らしくねーな!!俺はお前の……!」




── バシャア!!




「ちょっと!?カイネさん!?」


 感情がヒートアップした俺は、水飛沫を上げて勢いよく立ち上がってしまった。

 そして、ルルフェルの悲鳴にも似た声でその事態に気付く。

 何も考えずに正面を向いていた俺は……。


「うおおお!?」


 見せつけてしまった。

 こんなものを見たのは初めてだったんだろう、目を丸くしたルルフェルの顔が忘れられない。


「お、俺の堕天使が……」


 全速力で湯船に戻ったが、時すでに遅し。


「も、もう上がれよお前!!」

「へ?や、でもその、私も何も着てないですよ……?」

「うるせえ!!俺、後ろ向いてっから!早くしろ!のぼせちまうだろ、しんみり長話しやがって!」


 俺は最後に何を言おうとしたのか。

 丸出しのインパクトのせいで、もう自分でも思い出せない。

 ただ、あのままだと、俺はあいつに言わせてはならない言葉を言わせてしまうような気がした。

 だから、いいんだ。

 代償に見せてはならないものを見せてしまったとしても……。

 

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