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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第九十八話  貴族からの警護依頼


 メルディエズ学園の訓練場では多くの生徒たちが戦いに備えて訓練をしていた。訓練場にいる生徒は全員汗を掻いても問題無いよう制服は着ておらず、動きやすい訓練服を着ている。

 自分の技を磨くために素振りをしたり、実戦の感覚を鈍らせないために友人と手合わせするなど、生徒たちは色々な方法で自分を鍛えている。中には魔法の威力を上げるため、的に向けて魔法を放つ生徒もいた。

 汗を掻きながら訓練をする生徒たちの中でユーキも月下と月影を振って訓練をしていた。誤って他の生徒を傷つけてしまわないよう、周りに注意をしながら素振りをしている。

 しばらく素振りをしたユーキは月下と月影を下ろして静かに深呼吸をし、月下と月影を鞘に納めると右手の甲で汗を拭って訓練所の隅へ移動した。訓練場の隅には休憩用の長椅子が置かれてあり、そこにはユーキの物と思われるタオルが掛けられている。ユーキはタオルを取ると額や首の汗を拭いて長椅子に腰かけた。


「フゥ、疲れた。……振る時にもう少し力を抜いたほうが振りやすくなるかもしれないな」


 青空を見上げながらユーキは改善するべき点を見直す。少しでも強くなるため、ユーキは自分の悪い癖や欠点を直そうと思っていた。

 ユーキはスイージェス村で遭遇したマドネーとの戦いでアイカ、パーシュ、フレードの三人と一緒に戦ったにもかかわらず苦戦を強いられた。その時の戦いでユーキは自分が弱いことを思い知らされ、次にマドネーや彼女に匹敵する強さを持つ敵と遭遇した時に負けないよう、これまで以上に訓練に力を入れることにしたのだ。

 ただ、強くなるためと言って度を越した訓練をすれば過労などで倒れてしまう可能性もあるため、ユーキはしっかり訓練の時間や流れなどを決めて無理をしないよう訓練をしていた。


「昔、一人で無茶苦茶な訓練をして倒れた時、爺ちゃんにこっぴどく叱られたからなぁ。あの時の爺ちゃんの顔、マジで怖かったわぁ」


 転生前の記憶を思い出したユーキは苦笑いを浮かべた。その時の祖父は鬼のような顔でユーキを叱っており、今でもその顔は脳裏に焼き付いている。

 祖父の顔を思い出すと叱られた時の恐怖も思い出してしまうため、ユーキは訓練の時は絶対に無茶をしないようにしようと思っていた。

 無茶な訓練をして体を壊すよりは時間をかけて訓練をした方が効率よく強くなれると知ったユーキは倒れた日以降、二度と無茶な訓練はしなくなった。


「それにしても、あれほどの力を持った奴がベーゼ側に付くなんて、マドネーは何を考えているんだ」


 この世界の人間でありながら侵略者であるベーゼの味方をするマドネーの考えが理解できず、ユーキは難しい顔をする。

 異世界にはベーゼを崇拝する者たちがおり、そういった者たちが犯罪組織を結成してベーゼを支援したりしているとユーキはスイージェス村の依頼から戻った後に先輩の生徒たちから聞かされた。

 どんな世界にも悪者を崇拝したり、尊敬する者がいるのだと知ったユーキは今いる世界も転生前の世界と殆ど変わらないのだと知って複雑な気分になった。しかし、だからと言って現実から目を逸らすことはできない。

 ベーゼを崇拝する者がいるのなら、そんな者たちと戦うのもメルディエズ学園の生徒の役目であるため、ユーキはベーゼだけでなく崇拝者とも戦おうと思った。


「これからはベーゼに魂を売った人間たちとも戦うことになるから、そのこともしっかり覚悟しておかないとな」


 もしベーゼを崇拝する者が人間だからと言って戦うことを躊躇すれば自分が命を落とすことに繋がるかもしれない。ユーキは自分が生きるためにも崇拝者と戦うことから逃げたり、気を許してはいけないと心の中で自分に言い聞かせた。

 ベーゼを崇拝する者たちのことを考えている間に体の疲れも抜け、ユーキは訓練を再開するために長椅子から立ち上がる。今日は依頼を受ける予定も無いため、自分を鍛えることだけに集中しようと思っていた。


「精が出るな、ルナパレス」


 訓練を再開しようとした時、誰かがユーキに声をかけて来た。ユーキが声が聞こえた方を向くと、そこには腕を組むカムネスの姿があった。

 神刀剣の使い手であり、生徒会長であるカムネスが訓練場にいることを知った他の生徒たちは訓練を中断してカムネスに注目する。特に女子生徒たちは美形であるカムネスを頬を薄っすらと赤く染めたり、目を輝かせたりしながら見惚れていた。


「会長も訓練ですか?」


 ユーキは小さく笑いながらカムネスに尋ねる。カムネスは表情を変えず、落ち着いた顔をしながら首を軽く横に振った。


「いや、君を探していたんだ」

「俺を?」

「ああ、学園長が話があるそうだ。すぐに学園長室へ行ってくれ」


 学園長であるガロデスが呼んでいると知ったユーキは意外そうな顔をする。ガロデスから直接呼び出されることはとても珍しく、しかも知らせに来たのが生徒会長のカムネスであるためユーキは内心驚いていた。

 なぜガロデスが自分を呼び出したのか疑問に思っていたが、今は考えるよりもガロデスの下へ向かうことが大切だとユーキは感じてすぐに考えるのを止めた。


「分かりました、着替えてすぐに行きます。会長、わざわざありがとうございました」


 カムネスに礼を言うとユーキは走って訓練場の出入口へと向かう。カムネスはユーキが走っていく姿を見るとユーキに続くように出入口に向かって歩き出す。

 寮に戻り、訓練着から制服に着替えたユーキは学園長室へ向かう。汗を掻いたので本来なら浴場で体を洗ってから行くべきなのだが、学園長を待たせるのは失礼だとユーキは思い、部屋にあった新しいタオルで汗を拭いて校舎に向かった。

 校舎に入り、学園長室も前までやって来たユーキは制服が乱れていないか確認すると学園長室の扉をノックした。


「ハイ」


 学園長室からガロデスの声が聞こえ、声を聞いたユーキは真剣な表情を浮かべて扉を見つめる。


「ルナパレスです、遅くなりました」

「入ってください」


 許可を得るとユーキはゆっくり扉を開けて学園長室に入る。部屋の中にはガロデスが自分の机に座っており、机の前ではカムネス、フィラン、ロギュンの三人が並んで立っていた。


「会長? それにフィランと副会長も……」


 カムネスたちを見たユーキは意外そうな表情を浮かべ、カムネスたちは振り返って入室してきたユーキを見つめる。


「遅いですよ、ユーキ君」

「すみません……て言うか、副会長たちも呼ばれてたんですか?」

「ええ、学園長から大事なお話があるそうなので……」


 ロギュンの返事を聞いたユーキは少し驚きながらカムネスたちの方へ歩き出す。同時にカムネスがわざわざ訓練場に知らせに来たのは、彼もガロデスに呼ばれていたからだと悟った。


(会長も呼ばれていたのなら一緒に行けばよかったんじゃ……)


 ユーキはカムネスを見ながら複雑そうな表情を浮かべて心の中で呟く。しかしカムネスに声をかけられた時のユーキは訓練着を着ており、制服に着替えてから学園長室に向かう必要があった。

 ガロデスが呼んでいることを伝えた後にわざわざ寮まで同行し、着替えるのを待って一緒に行く必要は無い。カムネスはそう思って先に学園長室で待っていることにしたのだろう。

 ユーキはカムネスの隣までやって来るとガロデスの方を向き、カムネスたちもガロデスの方を向いた。


「ユーキ君、忙しいところを呼び出してしまってすみません」

「あっ、いえ、大丈夫です。訓練してただけですから、忙しいなんて……」


 謝罪するガロデスを見てユーキは首を横に振る。ただ訓練していただけだったので呼び出されてもユーキにとって都合の悪いことではない。それなのにガロデスが謝罪をするので逆にユーキが申し訳ない気持ちになっていた。

 ユーキが気にしていないのを確認するとガロデスはユーキの全身を確認し、少しだけ目を鋭くしてユーキの顔を見た。


「ユーキ君、体はもう大丈夫なのですか? ベーゼに味方をした混沌士カオティッカーと戦って怪我をしたそうですが……」


 突然真面目な話を始めたガロデスにユーキは小さく反応し、しばらく黙り込むとガロデスの顔を見て小さく笑う。


「ええ、大丈夫です。大した傷じゃありませんでしたから」

「そうですか。敵の中には私たちの予想を超える力を持った者も大勢います。無茶だけはしないでくださいね?」

「ハイ」


 忠告するガロデスを見ながらユーキは返事をし、そんなユーキを見てガロデスも安心したのか小さく頷く。


「さて……揃うべき生徒が全員揃ったことですし、本題に入りましょう」


 ガロデスが気持ちを切り替えてユーキたちを呼び出した訳を話そうとする。ユーキたちも本題に入ると聞くと、フィラン以外の全員が目を鋭くしてガロデスに視線を向けた。

 ユーキたちはガロデスから見て左からユーキ、カムネス、ロギュン、フォランの順に並んでおり、ガロデスは四人を見つめながら静かに口を開く。


「皆さんに集まってもらったのは、我が学園に入ってきた特別な依頼を引き受けていただきたいからです」

「特別な依頼、ですか?」


 普通の依頼とは違うことを知ったユーキは小首を傾げながら聞き返し、ガロデスはユーキを見ながら小さく頷く。


「依頼主は私の古い友人で私に直接依頼されたのです」

「学園長に直接……どのような依頼なのですか?」


 ロギュンは眼鏡を直しながら尋ね、ユーキも学園長であるガロデスに直接依頼するくらいなのだからかなり重要な依頼なのではと予想しながらガロデスを見つめる。カムネスとフィランはただ黙ってガロデスの話を聞いていた。


「依頼はリンツール伯爵のお孫さんの警護です」

「警護依頼、ですか」


 カムネスは若干低い声で確認するように呟き、ガロデスは目を閉じながら小さく頷く。


「リンツール伯はバウダリーの町の南、首都との中間にある大都市クロントニアを管理されている方です。そこには武器の密売を行う組織、凶竜きょうりゅうが拠点を置いているとのことです」


 ガロデスは既に得ている情報を丁寧に分かりやすく説明し、ユーキたちは黙って説明を聞いている。ユーキたちが聞いている中、ガロデスはより詳しく依頼主と依頼の内容を説明した。

 リンツールは一ヶ月前から凶竜を壊滅させるために拠点の捜索や組織のメンバーの捕縛を行っているそうだ。この一ヶ月で既に大勢のメンバーを捕らえ、密売ルートや顧客の情報をも掴み、拠点も見つけて制圧した。

 だが、まだ凶竜のボスと幹部、僅かなメンバーが逃亡しており、リンツールは残っているボスたちを捕らえるためにクロントニアにいる冒険者や警備兵たちにボスたちの捜索をさせ、町の外に出る人々も正門前で細かく身元を調べるようにしているらしい。

 捜索により力が入り、正門前の身元確認までも厳しくなったことで逃亡中の凶竜のボスたちは動きにくくなり、クロントニアから出るのが難しくなった。このままでは捕まるのも時間の問題だと感じたボスは身を隠しながらリンツールに様々な脅しをかけて自分たちを見逃す要求してくるようになった。

 しかし、リンツールは嘗てラステクト王国軍の騎士団に所属していたため、戦闘能力も精神力も常人より強く、凶竜の脅しに屈することなくボスたちの捜索を続行した。


「何度か凶竜のメンバーが刺客として襲って来たりしたそうですが、リンツール伯自身や彼が所有する私兵部隊が刺客を返り討ちにし、少しずつ逃亡する者たちの手掛かりを得ていったそうです」


 これまでのリンツールの活躍や凶竜の情報をガロデスは細かく話し、説明を聞いたユーキは「おおぉ」と感心したような表情を浮かべる。カムネスたちは表情を変えずに黙って聞いていた。


「その後もリンツール伯は凶竜の足取りを追っていき、もう少しでボスたちを捕まえられると言うところまで来ました。そんな時、追い詰められた凶竜が最終手段に出たのです」

「それが先程話した孫、というわけですか?」


 カムネスが目を僅かに細くしながら尋ねるとガロデスは目を鋭くし、チラッとカムネスを見ながら頷く。


「ええ、『我々を見逃せ、さもないと孫娘を殺す』と凶竜はリンツールを再び脅してきたのです」


 凶竜の卑劣な手段にユーキ、カムネス、ロギュンは目を鋭くする。特にユーキはリンツールの家族を殺そうとする凶竜のやり方に腹を立てており、右手を握りながら軽く力を入れた。


「お孫さんが殺すと言われてリンツール伯も流石に無視することはできず、冒険者や警備兵たちに指示を出して凶竜の捜索を中止させたそうです」

「自分ならともかく、お孫さんが狙われているとなれば当然ですね」


 ロギュンは小さく俯きながら目を閉じて呟く。ユーキもリンツールの行動は間違っていないと思いながら視線を動かしてロギュンを見た。


「ただ、リンツール伯も何もせずに凶竜を逃がすつもりはないのか、正門での身元確認だけは続けているそうです」

「成る程、いくら脅迫されているとは言え、自分が管理する町にいる犯罪者を黙って逃がすことはできませんからね」


 カムネスはリンツールの正義感と責任感に感心したのか腕を組みながら呟く。


「ただ、リンツール伯が正門の身元確認を続けていることに腹を立てたのか、凶竜はお孫さんを暗殺しようと何度も刺客を送り込んだのです」

「ええっ?」

「とんでもない人たちですね」


 凶竜のやり方にユーキは驚き、ロギュンは苛立ちを感じて目を鋭くしながら呟く。


「幸いお孫さんはリンツール伯の私兵部隊のおかげで殺されずに済みましたが、お孫さんを護るためにもリンツール伯は逃亡中の凶竜のボスたちを必ず捕らえようと決断しました」


 孫を護りたいという家族愛と孫を狙われたことに対する怒りからリンツールが凶竜のメンバーを捕らえるために捜索を再開したとガロデスは語る。ユーキたちは孫が狙われれば祖父として怒りを感じ、戦おうとするのは当然だと思いながら話を聞く。


「ただ、ボスたちを捕らえるまでの間にお孫さんがまた狙われる可能性も十分ありますのでお孫さんを護りながら密かに捜索する必要があります。ですが私兵部隊の方々はこれまで襲ってきた刺客と交戦した際に大勢が負傷し、人手が足りないのです。そこで私にお孫さんを警護する生徒を派遣してほしいと依頼されたのです」


 リンツールがメルディエズ学園に孫の警護を依頼した理由を聞いてユーキたちは成る程、と納得したような反応を見せる。


「皆さんにはリンツール伯のお孫さんを警護しながら凶竜のメンバーの捕縛に協力していただきたいのです」

「成る程……分かりました。引き受けます」


 カムネスは迷うことなく依頼を受けることを決め、ロギュンもカムネスと同じ気持ちなのか真剣な表情を浮かべながら頷いた。

 ガロデスは友人を助けるために依頼を受けてくれたカムネスとロギュンを見ながら嬉しそうに微笑む。


「ユーキ君、フィランさん、力を貸していただけませんか?」


 カムネスとロギュンを見た後、ガロデスはユーキとフィランに視線を向けて尋ねる。すると、ユーキはガロデスの顔を見ながら小さく頷いた。


「分かりました、全力を尽くします」

「……ん」


 ユーキに続いてフィランも無表情で頷く。どうやらフィランも依頼を受ける気でいたようだ。

 フィランが依頼を受けた理由は分からないが、ユーキはリンツールの家族である孫を護りたいと強く思っていたため、迷うことなく引き受けた。

 全員が警護依頼を引き受けることを確認したガロデスは安心したのか目を閉じて軽く深呼吸をし、気持ちが落ち着くと目を開けて四人を見る。


「それでは、ここまでで何か質問はありますか?」


 ガロデスは何か理解できない点は無いがユーキたちに確認をする。するとユーキがゆっくりと右手を上げた。


「学園長、いいですか?」

「何ですか、ユーキ君?」


 ガロデスが質問を許可するとユーキは視線を動かしてカムネスたちを見た。


「今回の警護依頼を受けるのは俺たち四人だけなんですよね?」

「ええ」

「私兵部隊の兵士が負傷して人手不足ならもっと大勢の生徒を派遣するべきなんじゃないかって俺は思うんですけど、なぜ俺たち四人だけなんですか?」


 人手を必要としているのに僅か四人しか派遣しないことが不思議なユーキはガロデスに尋ねた。確かに警護しながら凶竜の捕縛をするのなら、大勢の生徒を派遣した方が効率がいいと思われる。なのに僅か四人だけなのでユーキは疑問に思っていたのだ。


「理由は簡単だ」


 ユーキの隣に立っていたカムネスが静かに語り出し、ユーキは左を向くと自分よりも背の高いカムネスを見上げる。


「確かに人数が多い方が効率よく動ける上に警護対象であるリンツール伯の孫も護れるだろう。だが、大勢で行動すると目立ってしまい、リンツール伯爵がクロントニアに隠れている凶竜のメンバーに捜索していることがバレる可能性があるからだ。違いますか?」


 カムネスは自分の推測が当たっているかガロデスはの方を向いて尋ねる。ガロデスはカムネスの答えを聞くと小さく頷いた。


「そのとおりです。お孫さんを護衛しながら凶竜のメンバーに気付かれないよう捜索をしたいというリンツール伯の希望があったため、皆さんだけを派遣することになったんです」

「成る程……」


 ガロデスの答えを聞いてユーキは納得する。ロギュンは少人数しか派遣しない理由を見抜いたカムネスの洞察力に感心したのか笑みを浮かべながらカムネスを見ていた。


「でも、それだとお孫さんの警護はできても町に隠れている凶竜のメンバーを捜索するのはできないんじゃないですか?」

「その点については問題ありません」


 凶竜のメンバーの捜索はどのように行うのかユーキが考えているとガロデスが語り掛け、ユーキはまばたきをしながらガロデスを見つめた。

 ユーキたちは注目する中、ガロデスはどこか複雑そうな顔をしており、ガロデスを見たユーキとロギュンは不思議そうな顔をする。


「依頼を受けた時にリンツール伯から聞いたのですが、凶竜のメンバーの捜索は冒険者に任せるそうです」

「は? 冒険者に?」


 ロギュンはガロデスの口から出た言葉を聞いて目を見開く。メルディエズ学園と犬猿の仲である冒険者ギルドの人間が同じ依頼主に雇われていると聞いたのだから驚くのも無理はない。

 ユーキもガロデスの話を聞いて驚きの表情を浮かべている。ただ、カムネスはあまり驚いていないのか表情に殆ど変化は見られない。フィランは相変わらず無表情のままだった。


「なぜ冒険者が凶竜の捜索を?」

「リンツール伯の話では中止する前に捜索を行っていたのは冒険者と町の警備兵なので、そのまま冒険者に任せた方が効率よく捜索できると考え、冒険者に任せることにしたようです」

「それなら捜索だけではなくお孫さんの警護も冒険者に依頼すればいいのではないですか?」


 メルディエズ学園か冒険者ギルドのどちらか片方に依頼すればより効率が良く、問題も起こらずに仕事ができるのになぜわざわざメルディエズ学園に警護を依頼したのか、理由が分からないロギュンは不満そうな顔をする。ユーキもロギュンと同じことを考えており、複雑そうな顔をしながらガロデスを見ていた。


「私もそう思いました。ですが、冒険者たちでは雰囲気と歳の差からお孫さんが緊張して上手く打ち解けることができない可能性があるとリンツール伯は仰っていました。ですので未成年で歳の近い生徒がいるメルディエズ学園に警護を依頼することにしたそうです」

「そういうことですか……ですがやはり、メルディエズ学園と冒険者ギルドの関係を考えると揉め事が起きる可能性が……」

「ですから皆さんはお孫さんの警護を、冒険者は凶竜の捜索を行い、お互いに相手の仕事には干渉させないようにするとリンツール伯は仰っていました」


 ガロデスの話を聞いたロギュンはまだ納得できないのか、不満そうな顔のまま黙って俯く。

 依頼人が一つの仕事でメルディエズ学園と冒険者ギルドの両方に依頼を出すことは禁止されている。だが、何かしらの関係性があっても双方の仕事内容が違うのであれば話は別だ。

 今回のように凶竜という一つの組織が相手でも、ユーキたちは凶竜から孫を護るという仕事を任され、冒険者たちは凶竜のボスたちの捜索を任されることになっている。敵は同じでも依頼の内容が異なり、共に行動するわけではないため問題は無いのだ。

 依頼を受ける際の問題は何も無いが、不仲である冒険者が近くにいることから問題が起きるのではとユーキとロギュンは少し不安を感じていた。


「まぁ、同じ依頼を受けているわけではないのだから問題無いだろう」


 不安を感じるユーキとロギュンの隣でカムネスは冷静に語る。カムネスもメルディエズ学園と冒険者ギルドが不仲なのはよく知っているが、依頼中に冒険者から喧嘩を売られる可能性は低いと考えているため、それほど気にしてはいないようだ。

 ユーキはカムネスが問題無いと考えるのなら大丈夫かもしれないと感じる。だが、ユーキはこれまで何度も冒険者と会っており、その度に冒険者に馬鹿にされたり、喧嘩を売られるような言動を取られたため、心の底から安心することができなかった。


「と、とにかく、皆さんには冒険者と共に凶竜の一件を担当していただきます。リンツール伯もメルディエズ学園と冒険者ギルドの仲は理解していますので、問題が起きないよう配慮してくださるはずです」


 複雑そうな顔をするガロデスを見ながらユーキは周りに聞こえないくらい小さく溜め息をつく。ロギュンも依頼なら仕方が無いと冒険者と共に凶竜と戦うことを渋々受け入れた。


「出発は明日の早朝です。今日中に準備を済ませて体を休めてください」

「分かりました。失礼します」


 カムネスは頭を下げると出入口の方へ歩いていき、ロギュンも軽く頭を下げるとカムネスの後をついて行く。ユーキも同じように頭を下げて二人の後を追い、フィランは頭を下げることなく出入口へ向かう。

 学園長室を出るとユーキたちは廊下の真ん中で向かい合った。


「学園長が仰ったとおり、今日中に依頼の準備を済ませ、明日の午前五時に正門前に集合だ」

「分かりました」

「……ん」


 カムネスの指示を聞いてロギュンとフィランは返事をする。ユーキも冒険者のことで複雑な気分になっているが、割り切って依頼のことだけを考えることにした。


「それとルナパレス、分かっていると思うが今回はグラトンは連れていくな?」


 ユーキの方を向いたカムネスがグラトンは置いていくよう伝え、カムネスと目が合ったユーキは思わず苦笑いを浮かべる。


「分かってますよ。凶竜の動きに警戒しながら警護をしないといけないのに体のデカいグラトンを連れていくのはマズいですからね」

「それだけじゃない。凶竜の一件でクロントニアは出入りが厳しくなっている。そのため、怪しい存在を都市に入れたり、都市から出したりすることはしないはずだ。そんな所にグラトンを連れていけば僕らもクロントニアに入れない可能性がある。そうなっては依頼どころではない」

「あっ、確かに……」

「仮に僕たちが入れたとしてもモンスターのグラトンだけを外に残されることになるだろう。都市の外にグラトンだけを残したら何かしらの問題が起きるかもしれない。そうなれば色々と都合の悪いことになる」

「ア、アハハハハ……」


 カムネスの言葉にユーキは思わず笑ってしまう。ロギュンはユーキを見ながら軽く息を吐き、フィランはまばたきをしながらユーキを見つめていた。

 グラトンはユーキの言うことには従い、自分から人間を襲うようなことはしない。だが、凶竜のことで色々問題になっている今のクロントニアにモンスターであるグラトンを連れていくことはできない。ユーキもそれを理解しているため、カムネスに連れていくなと言われてすぐに納得したのだ。


「では、荷馬車の手配は私がしておきます。会長は依頼受付に報告をお願いします」

「分かった。ルナパレス、ドールスト、君たちはポーションや食料の手配をしてくれ」

「ハイ!」

「……分かった」


 それぞれやるべきことが決まるとユーキたちは下の階へ向かうために階段へと向かう。クロントニアでどんな依頼を受けるのか、ユーキは歩きながら考えた。


 その翌日、ユーキたちはクロントニアへ向かうため、予定どおり早朝にメルディエズ学園を出発した。


今日から投稿を再開します。

第七章も一定の間隔を空けて投稿しますので、よろしくお願いします。


もしかすると今回の章も短めになるかもしれません。

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