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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第六章~苦痛の魔女~
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第九十六話  痛みの混沌術


 アイカとパーシュは得物を構えながらマドネーを睨み続け、マドネーは細剣を回しながら自分を睨むアイカとパーシュを笑って見ている。その笑みはアイカとパーシュを小馬鹿にするような笑みだった。

 パーシュは笑っているマドネーを見て自分たちを見下していると感じて不愉快に思う。しかし、戦闘では冷静さを失った方が不利になるため、自分を落ち着かせながらマドネーの出方を窺った。


「どうしたのぉ? 構えてばかりいないでかかって来なよぉ~」

「相手がどんな戦い方、どんな混沌術カオスペルを持つか分からないのにいきなり突っ込むわけないだろう?」

「つまらないなぁ~、折角の殺し合いなんだから楽しまなくっちゃ~♪」


 細剣を回すのを止めたマドネーは満面の笑みを浮かべる。アイカはそんなマドネーの笑顔を見て本当に心の底から殺し合いを楽しもうとしていると知り、軽い悪寒を走らせた。

 パーシュは楽しげに語るマドネーを見てますます気分が悪くなり、奥歯を噛みしめながらヴォルカニックを握る手に力を入れる。


「何度も言わせるんじゃないよ。あたしらはアンタみたいに戦いを楽しむ気は無いんだ」

「……あっそ」


 マドネーはつまらなそうな声を出しながら細剣を下ろし、目を細くしながらパーシュを見つめる。


「なら、戦いの楽しさを知ることなく……無様に死ねよっ!」


 力の入った声を出すと同時にマドネーは地面を蹴ってパーシュに向かっていきおいよく走り出し、一気にパーシュとの距離を縮める。もの凄い速さで走って来るマドネーを見てアイカとパーシュを目を大きく見開いた。

 パーシュの目の前まで近づいたマドネーは袈裟切り放ちパーシュを攻撃する。驚いていたパーシュは咄嗟にヴォルカニックで細剣を防ぐが、マドネーは攻撃が防がれると素早く細剣を引き、今度は右から横切りを放つ。パーシュはヴォルカニックを下向きに構えて細剣を防ぐとマドネーに反撃しようとする。だが、パーシュが動くよりも先にマドネーが次の攻撃に移った。

 マドネーは軽く後ろに下がり、細剣の切っ先をパーシュに向けると連続突きを放つ。パーシュはヴォルカニックでマドネーの突きを素早く防いでいくが、その表情は少し歪んでおり、マドネーの攻撃に押されているように見えた。

 しばらく連続突きを放っていたマドネーは後ろに跳んでパーシュから距離を取り、切っ先をパーシュに向けて構える。パーシュも距離を取ったマドネーを睨みながら中段構えを取った。


「へぇ~、少しはやるじゃん? デカい口を叩くだけはあるってことねぇ。少なくとも、さっき殺したそこの二人とはレベルが違うみてぇだなぁ」


 自分の攻撃を防ぎ切ったパーシュを意外に思いながらマドネーは小さく笑みを浮かべ、倒れるオロボルとパティに視線を向ける。パーシュはオロボルとパティを小物扱いするマドネーの態度が気に入らず、悔しそうな声を漏らす。

 パーシュはマドネーの次の攻撃を警戒しながらどのように戦うか考えている。すると、後ろにいたアイカが左隣に来たプラジュとスピキュを構えた。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、何とかね。……気を付けな、アイカ。アイツの剣、思ったよりも速いよ」


 アイカはパーシュの言葉を聞いて驚き、思わず彼女の方を見る。上級生の中でも上位の実力を持つパーシュに速いと言わせるのだからマドネーはかなりの実力者なのだとアイカは衝撃を受けた。


「先輩が速いと言わせるということは、まさか会長と同じくらい……」

「いや、カムネスほどじゃないよ。だが、少しでも気を抜けば斬られちまうほどの速さだ」


 メルディエズ学園最強であるカムネスと比べれば遅いと聞いてアイカは少しだけ安心する。だが、それでもパーシュが押されるほどの力と技術をマドネーは持っているため、油断することはできなかった。

 パーシュが押されるほどの相手なのだから、気を抜けば自分などあっという間に倒されてしまう、アイカは油断してはならないと自身に言い聞かせながらマドネーを見つける。


「どうします、先輩? 二人で同時に攻撃を仕掛けますか?」


 アイカは小声でパーシュにどのように戦うか尋ねる。パーシュは無言でマドネーを見つめ、しばらくするとマドネーを見つめたまま静かに口を開いた。


「いや、普通の敵ならともかく、相手は混沌士カオティッカーだ。混沌術カオスペルがどんな能力か分からない状態でいきなり二人同時に攻撃を仕掛けるのは危ない。まずはあたしが戦ってアイツの実力と混沌術カオスペルを確かめる。アイツの情報をある程度得てから二人で戦った方がいい」

「……分かりました」


 パーシュの答えを聞いたアイカは小さく頷く。確かにマドネーがどんな混沌術カオスペルを持っているか分からないため、下手に近づけば混沌術カオスペルを使われて二人同時に倒されるような事態になるかもしれない。

 少しでも有利に戦えるようにするため、相手が強敵でも最初は一人で戦って情報を集めるのがいいという作戦が今は一番いいかもしれないとアイカは感じていた。

 パーシュはヴォルカニックを右手で持ち、空いた左手をマドネーに向ける。マドネーは構えを解いたパーシュを見ると不思議そうな顔でまばたきをした。


「んん~? どうしたのぉ、いきなり左手なんか前に出しちゃってぇ~?」


 先程まで荒い口調だったマドネーは少女の口調に戻ると小首を傾げながら尋ねた。パーシュはコロコロと態度と口調を変えるマドネーを目を鋭くしながら見つめる。


「アンタがただの馬鹿な女じゃないってことが分かったからね。こっちも本気で戦わせてもらうよ」

「え~、ホントォ? うっれしいなぁ~。私、早く全力で戦う貴女を見てみたいってず~っと思ってたのぉ♪」


 軽く跳びはねながら楽しそうにするマドネーをパーシュは無言で見つめる。この時、パーシュは本気で攻撃してマドネーを圧倒し、今のようなふざけた態度を取れなくしてやろうと思っていた。

 戦場にいることを忘れているかのように笑っているマドネーを睨みながらパーシュは混沌紋を光らせて爆破バーストを発動させた。


火球ファイヤーボール!」


 パーシュは爆破バーストの能力を付与した火球はマドネーに向かって放つ。火球は勢いよくマドネーに向かって飛んで行き、火球に気付いたマドネーは「おっ」という表情を浮かべ、左に軽く跳んで火球を回避した。

 かわされた火球はマドネーの後方、十数m離れた所で地面に当たり爆発する。マドネーは振り返り、爆発した箇所を見ながら意外そうな顔をした。


「凄~い、火球ファイヤーボールが爆発するなんてぇ。もしかして、あの爆発って貴女の混沌術カオスペルが関係してるのぉ~?」

「……訊かれて素直に混沌術カオスペルの秘密を教えるほど、あたしが素直に見えるのかい?」

「うん、見える♪」


 低い声で訊き返してくるパーシュを見てマドネーは再び笑顔を浮かべて頷く。パーシュはマドネーの顔を見て再び不愉快な気分になるが、取り乱したりはせずに小さく笑みを浮かべた。


「悪いね。あたし、あんまり素直じゃないんだよ」


 パーシュは挑発し返すかのように言うと再び左手から火球を放ってマドネーに攻撃する。勿論、火球には爆破バーストをしっかり付与していた。

 飛んでくる火球を見たマドネーは再び左へ跳んで火球を簡単にかわす。パーシュは火球がかわされるのを見て、今度は連続で三発の火球を放って攻撃した。

 三つの火球は真っすぐマドネーに向かって放たれ、パーシュの隣で火球を見ていたアイカは三発同時に撃てば避け切れないだろうと思っていた。ところが、マドネーは慌てずに笑顔で火球を見つめ、右、左、右の順に跳んで全ての火球をかわす。

 かわされた火球は地面に当たって爆発し、爆炎が薄暗いスイージェス村の中を照らす。同時に爆風がアイカたちの髪を揺らした。


「そ、そんな、全ての火球をかわすなんて……」


 アイカは火球を避け切ったマドネーを見ながら愕然とする。パーシュは火球をかわされたのを見ても驚いてはいないが悔しそうに舌打ちをした。

 マドネーは左手に持っている日傘を肩に掛け、楽しそうにしながらパーシュに視線を向けた。


「凄いわねぇ~、爆発する火球ファイヤーボールを連続で放つことができるなんてぇ。やっぱり、それが貴女の混沌術カオスペルなのかなぁ~?」


 視線を上に向けながらマドネーは考えるような素振りを見せる。どうやらマドネーはパーシュの火球を見ても大して驚いていないようだ。

 アイカとパーシュは爆破バーストの付与を受けた火球を見ても驚かないマドネーを見て、マドネーは何度も激しい戦闘を経験しているのではと考える。これまで得た情報から二人はマドネーがかなりの実力者に違いないと悟った。


「爆発する火球も凄いけどぉ、もっと他にも凄いものを隠してるんじゃなぁ~い?」


 マドネーは笑みを浮かべると細剣の切っ先をパーシュに向けながら尋ねる。パーシュはマドネーの余裕の態度にカチンと来たのか目を僅かに鋭くし、アイカは緊迫したような表情を浮かべた。

 パーシュはマドネーに視線を向けたままその場で姿勢を低くし、足元に落ちている小石を左手で幾つか拾って混沌紋を光らせる。パーシュが何をやっているのか分からないマドネーは不思議そうなパーシュを見つめた。


「確かに火球ファイヤーボール以外にもあるよ。……こんなのとかねっ!」


 声を上げながらパーシュは持っている小石をマドネーに向かって投げつけた。マドネーは投げつけられた小石を見ると閉じていた日傘を開いて前に出し、盾代わりにして全ての小石を防ぐ。小石程度なら日傘で十分だと思ったようだ。

 パーシュはマドネーが回避行動を執らずに日傘で防ぐ姿を見ると小さく笑みを浮かべる。


爆破石ブラスト・ストーン!」


 マドネーが小石を防いだ瞬間、パーシュは左手の指を鳴らす。その直後、パーシュが投げた小石は一斉に光り、マドネーは小石の異変に気付くと軽く目を見開く。次の瞬間、全ての小石が一斉に爆発した。

 爆発によって発生した煙がマドネーを包み込み、姿を確認することはできない。だが、至近距離で爆発を受けたのだから確実にダメージを与えられたとパーシュとアイカは考えていた。


「へっ、アイツもまさか小石が爆発するとは思ってなかったようだね」

「今の攻撃で倒せたのでしょうか?」


 アイカが煙の方を見ながらマドネーを警戒する。マドネーは仮にも混沌士カオティッカーでベーゼと手を組んだ存在であるため、倒れている姿を見ないと安心はできなかった。パーシュも先程の攻撃でダメージは与えられたと思っているが、この程度で倒せたとは思っていない。

 

「それは分からないね。ただ、至近距離で爆発を受けたんだ。無傷ってのは流石に無いと思うよ……」

「ざ~んねんでしたぁ~♪」


 突如煙の中からマドネーの声が聞こえ、アイカとパーシュの顔に緊張が走る。二人は咄嗟に得物を構えて警戒心を強くした。

 スイージェス村の中で風が吹き、爆発で起きた煙が吹き消される。煙が消えるとそこには日傘を盾代わりにした状態のマドネーが立っていた。驚いたことにマドネーは爆発に巻き込まれておらず、火傷一つ負っていない。しかも盾代わりに使った日傘も無傷で砂埃が僅かに付いているだけだった。


「ば、馬鹿なっ!?」

「目の前で爆発したのに傷一つ付いていないなんて……」


 パーシュとアイカはマドネーと日傘が無傷なのを見て驚きを隠せずにいる。混沌術カオスペルによる爆発を至近距離で受けて無傷なのだから驚くのは当然だ。

 どうしてマドネーが無事なのか、アイカとパーシュは驚きながらも理由を考える。二人を見たマドネーは日傘を回しながらゆっくりと肩に掛けて笑みを浮かべた。


「今のは少しビックリしたなぁ、まさか小石が爆発するなんて思わなかったよぉ~。でも、おかげで貴女の混沌術カオスペルが物を爆発させる能力だってことが分かっちゃったぁ~♪」

「クッ! ……アンタ、どうやって爆発から逃れたんだい?」

「んん~? これだよぉ」


 そう言ってマドネーは肩に掛けていた日傘をアイカとパーシュに見せる。二人はマドネーが持つ日傘を見ると僅かに目を鋭くした。細剣が仕込まれていたり、至近距離で爆発を受けても無傷な点からマドネーの持つ日傘がただの日傘ではないと二人は確信していた。


「これは“天子傘てんしがさコポック”って言ってただの仕込まれた日傘じゃないのぉ~。生地と骨組みに防御魔法が施されていてねぇ、弱い魔法や混沌術カオスペルによる攻撃を防ぐことができる盾としても使えるんだよぉ~」

「防御魔法? ……まさか、魔法武器なんですか?」

「ピンポ~ン、あったりぃ~♪」


 アイカの推測を聞いたマドネーは満面の笑みを浮かべる。まさかマドネーが混沌士カオティッカーである上に魔法武器まで所持していたとは思っておらず、アイカは微量の汗を流す。パーシュも自分の混沌術カオスペルの秘密を知られ、日傘が防御にも使えると知って自分たちの方が僅かに不利になっていると感じていた。

 マドネーを改めて強敵と理解したアイカとパーシュは得物を構えたまま足の位置を少しずらしてすぐに動ける体勢を取る。マドネーは二人を見るとニッと笑って細剣を中段構えに持つ。


「さてと、それじゃあ今度は私が攻撃するねぇ~。折角だから、貴女たちに私の混沌術カオスペルの力を少しだけ、見せてあげる♪」


 構えを崩さずにマドネーはゆっくりとアイカとパーシュの方へ歩き出す。二人はマドネーが混沌術カオスペルを使用すると聞いて軽く目を見開いて驚くが、すぐに表情を鋭くしてマドネーを警戒する。

 距離を縮めてくるマドネーを睨みながらアイカとパーシュはマドネーがどのように攻めて来るか予想する。魔法武器を装備している上に混沌術カオスペルまで使用してくると言ってきたので一瞬の油断も許されなかった。


「それじゃあ行くよぉ? 久しぶりに楽しめそうな戦いなんだから、すぐに死なないでよねっ!」


 アイカとパーシュにある程度近づいたマドネーは強く地面を蹴って走り出し、一気に二人との距離を縮める。突然走り出したマドネーにアイカとパーシュは体勢を崩さずに得物を強く握った。

 マドネーは細剣の切っ先をパーシュに向け、勢いよく突きを放つ。パーシュはヴォルカニックで素早く細剣を左に払って突きを防ぎ、そのままマドネーに反撃しようとする。しかし、マドネーはパーシュが動く前に軽く後ろに下がって距離を取り、今度はアイカに向かって逆袈裟切りを放った。

 突然攻撃されたことにアイカは驚き、咄嗟にプラジュで細剣を防ぐ。プラジュから伝わってくる強い衝撃にアイカは僅かに表情を歪ませ、同時に細腕のマドネーが強い力を出していることに驚いた。

 マドネーは表情を歪ませるアイカを見て楽しそうに笑い、それを見たアイカはマドネーを睨みながらスピキュを左から横に振って反撃する。マドネーはスピキュを見ると後ろに跳んで難なくかわし、素早くアイカの顔に向かって細剣で突きを放つ。

 アイカは咄嗟に顔を左に傾けて突きのかわそうとするが、回避が遅れたためか僅かに頬を切られてしまう。


「うっ!」


 頬から伝わる軽い痛みにアイカは声を漏らし、アイカの顔を見たマドネーはニヤリと笑みを浮かべた。


「いいわぁ、その顔! でもねぇ、私は貴女たちがもっと苦しむ姿を見たいのぉ。だ、か、らぁ、大人しく斬られて苦しむ顔を見せてぇ~!」

「そんなの御免だよ!」


 マドネーが笑っていると、ヴォルカニックに炎を纏わせて上段構えを取るパーシュがマドネーの背後に回り込み、勢いよくヴォルカニックに振り下ろす。だがマドネーはパーシュの方を見ると左手に持っているコポックでヴォルカニックを防いだ。

 炎を纏った剣も普通に防ぐコポックを見てパーシュは奥歯を噛みしめる。しかも隙をついた背後からの攻撃も簡単に防がれたため、非常に悔しく思っていた。

 パーシュを見たマドネーは「残念でした」と言いたそうに笑い、細剣で反撃しようとする。すると、今度はアイカがマドネーの右側面に回り込んでプラジュとスピキュを構えた。


「サンロード二刀流、仄日斬そくじつざん!」


 アイカはプラジュで袈裟切りを放ち、続けてスピキュで逆袈裟切りを放ってマドネーを攻撃する。だが、マドネーはアイカの方を向くと冷静に細剣でプラジュとスピキュの攻撃を防いでしまう。アイカは自分の技が防がれたのを見て目を見開いた。


「今の攻撃は良かったよぉ? 雑魚なら今ので間違い無く倒せてたはず♪ でもぉ……私には効かねぇよぉ!」


 荒い口調で喋りながらマドネーは混沌紋を光らせて混沌術カオスペルを発動させ、アイカに細剣で突きを放つ。アイカは咄嗟に右に移動して突きをかわそうとするが回避が間に合わず、細剣の切っ先が左腕の上腕部を掠め、小さな切傷を付けた。


「うううっ!?」


 左腕を切られた直後、アイカの奥歯を強く噛みしめながら表情を歪め、咄嗟に後ろに跳んでマドネーから距離を取った。突然距離を取ったアイカをパーシュは驚きながら見つめる。

 マドネーから離れたアイカはプラジュとスピキュを構え、視線だけを動かして左腕の切られた箇所を見つめた。


(な、何、さっきの痛みは!? 頬を切られた時と同じくらいの傷なのにさっきよりも痛みが強いわ!)


 アイカは険しい顔を浮かべながら心の中で予想外の痛みに驚く。実はマドネーに切られた左腕の切傷からその傷に合わないくらい強い痛みが走ったのだ。

 頬を切られた時に付いた傷は小さく、切られた時もそれほど痛みを感じなかった。だが、左腕の傷からは頬の傷よりも強い痛みが走り、アイカは未だに奥歯を噛みしめて痛みに耐えている。

 アイカは痛みに耐えながらマドネーに視線を戻し、彼女を警戒しながら自分の身に何が起きたのか考える。マドネーは自分を見つめるアイカを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。


「いいねいいねぇ! そう、そんな顔だよ。強い痛みを感じ、その痛みで苦しむ顔、私はその顔をずっと見たかったんだよぉ!」


 マドネーはアイカの苦しむ顔に興奮し、楽しそうに語り始める。アイカはマドネーが戦闘狂だけでなく、人が苦しむ姿を見て喜ぶサディストであることを知り、ますますマドネーが恐ろしい存在だと感じた。


「それじゃあ、次はもっと苦しむ顔を見せてくれよなぁ!」


 細剣を構えたマドネーは両足を曲げてアイカに向かって跳ぶ体勢を取る。アイカはマドネーと真正面から戦うのは得策ではないと判断し、なんとかマドネーの攻撃を凌いで背後や側面に回って攻撃しようと考えた。

 マドネーは笑いながら今度はアイカの体のどこを切り刻んでやろうか考える。そんな時、炎を纏ったヴォルカニックを脇構えに持つパーシュがマドネーの右側面に回り込んだ。


「敵はアイカだけじゃないよ!」


 自分を忘れているマドネーに少し腹を立てながらパーシュはヴォルカニックを強く握り、マドネーもパーシュの方を向いて意外そうな顔をする。


突き出す爆炎スティックアウト・ブラスト!」


 パーシュはヴォルカニックを強く振り上げ、剣身に纏われている炎をマドネーに向かけて一直線に伸ばす。炎は真っすぐマドネーに迫っていき、マドネーは炎を見ると後ろに跳んで回避する。

 防御魔法が付与されたコポックで防ぐこともできたかもしれないが、コポックは左手に持っているため、右側から迫って来る炎を防ぐのに間に合わないかもしれないとマドネーは判断し、防御はせずに回避することにしたのだ。

 かわされた炎は真っすぐ伸び続け、しばらくすると大きな音を立てて爆発した。爆炎によって暗い広場は照らされ、同時に爆炎の光が一瞬アイカとマドネーの目を眩ませ、その間にパーシュはマドネーに接近し、背後に回り込んで上段構えを取る。


「一つ教えといてやるよ。他人を傷つけることを喜ぶ奴は人の苦しみを理解できない最低な奴なんだよ!」


 マドネーの背中を見つめながらパーシュは声を上げ、マドネーは背後にいるパーシュを目を見開きながら見つめる。マドネーが振り向いた瞬間、パーシュはヴォルカニックを振り下ろしてマドネーの背中を斬った。


「……ッ!」


 斬られたマドネーは傷から血を流しながらゆっくりと前にふらつく。アイカはパーシュがマドネーを斬ったのを見て「やった」と笑みを浮かべ、パーシュはマドネーを黙って見つめる。

 マドネーは驚きの表情を浮かべながら前に倒れそうになる。だが次の瞬間、マドネーはニヤリと笑い、右足に力を入れて倒れないよう踏み止まった。そして、左に回りながらパーシュの方を向き、パーシュの腹部を狙って細剣で突きを放つ。

 倒れずに振り返って攻撃して来るマドネーを見たパーシュは目を大きく見開き、急いで攻撃をかわそうとする。だが、マドネーに一撃を喰らわせたことで僅かに警戒心が緩んでいたパーシュは反応が遅れ、回避できずに左脇腹に突きを受けてしまった。


「うあああぁっ!!」

「先輩!」


 脇腹から伝わる激痛にパーシュは声を上げ、アイカもまともに攻撃を受けたパーシュを見て思わず叫んでしまう。

 刺されたパーシュは数歩後ろに下がると左膝をついた状態で俯く。ヴォルカニックは右手でしっかり握りながら左手で刺された箇所を押さえ、奥歯を噛みしめながら痛みに耐える。


「ぐっ、うう、うううううっ!」

「キャハハハハッ! どうだ、いてぇだろう? 今まで感じたことのねぇ痛みなんじゃねぇのか? ああぁ?」


 見下すような笑みを浮かべながらマドネーはパーシュを語り掛け、パーシュはゆっくりと顔を上げてマドネーを睨む。

 パーシュの体は僅かに震えており、アイカはそれを見てパーシュが強い痛みを感じ、それに必死に耐えていると知った。


「ハハハッ、良いねぇ。私はそんな顔が見たかったんだよぉ。そっちのツインテールの小娘の反応はいまいちだったから、今すっごく気分がいいよぉ、キャハハ!」

「ア、アンタ……いったい何をしたんだい? あたしは過去に何度か脇腹を刺されりしたことがあったけど、その時とは比べ物にならないくらい痛いじゃないか。それにアンタも背中を切られたはずなのにどうして普通に立っていられるんだい?」


 パーシュは自分の理解できない点を痛みに耐えながら尋ねると、マドネーは見下すような目でパーシュを見つめながらニヤリと笑う。


「分からねぇかぁ? なら教えてやるよ。私の混沌術カオスペルのおかげさ」

混沌術カオスペル?」


 答えを聞いたパーシュは驚きながら聞き返し、アイカも同じように驚いてマドネーを見つめる。マドネーはアイカとパーシュを見るとまた少女のように笑い出す。


「私の混沌術カオスペルはねぇ、痛みを自由に操ることができるのぉ~。混沌術カオスペルを発動させて細剣これに付与して、その状態で相手を傷つければその痛みが増幅するのぉ。貴女たちも切られた時、凄く痛かったでしょう~?」


 マドネーの説明を聞いてアイカとパーシュは同時に反応する。頬を切られた時や脇腹を刺された時に普通では考えられない痛みを感じたのは混沌術カオスペルが原因だと知り、二人は驚くと同時に納得した。


「あと、武器だけじゃなくって、自分に発動することもできるんだぁ~。その場合は相手に与える痛みを増やす以外にも、自分が感じる痛みを軽減することもできるのぉ~♪」

「何っ!?」


 パーシュはマドネーの説明の中で聞き捨てならない言葉を聞いて思わず声を出す。そして、先程マドネーが自分に斬られても倒れずに踏み止まった時のことを思い出した。


「それじゃあ、さっきアンタがあたしに斬られて立っていられたのも……」

「そっ♪ 混沌術カオスペルで私が感じる痛みを軽減したの。だから背中を切られた時は殆ど痛みを感じなかったよぉ~。まぁ、混沌術カオスペルを解除した今は結構痛いけどぉ~」


 そう言いながらマドネーは自分の背中の切傷を見る。傷口からはまだ血が流れているが、不思議なことに殆ど止血している状態だった。アイカとパーシュは止血しかかっていることと、混沌術カオスペルを解除しても殆ど痛みを感じているように見えないマドネーを見て驚いている。

 驚くアイカとパーシュを見たマドネーは笑みを浮かべて自分の右手の甲に刻まれている混沌紋を自慢げに二人に見せる。


「凄いでしょう? これが私の混沌術カオスペル、“苦痛ペイン”の能力だよぉ~♪」

苦痛ペイン……」


 マドネーの混沌術カオスペルの名前を知ったアイカは緊迫した表情を浮かべる。痛みを操作できるのであれば相手にだけ大ダメージを追わせることができるため、戦場では非常に厄介な能力だとアイカは感じていた。

 パーシュもアイカと同じように苦痛ペインは面倒な混沌術カオスペルだと考えていた。だが、マドネーが苦痛ペインの能力を自慢げに細かく話してくれたおかげで何に注意し、どのように戦えばいいかは何となく分かる。パーシュは次からは苦痛ペインの能力に警戒しながら上手く戦おうと自分に言い聞かせながら立ち上がった。

 脇腹の痛みに耐えながらパーシュはヴォルカニックを構えた。だが、まだ痛みは完全に引いていないため、パーシュは戦うに影響が出るかもしれないと感じて表情を僅かに歪ませる。

 パーシュの顔を見たアイカはまだパーシュの脇腹の痛みは消えていないと知り、自分が積極的にマドネーと戦おうと考えてプラジュとスピキュを強く握る。だがその直後、マドネーはアイカに向かって走り、あっという間にアイカの目の前まで近づいた。

 突然距離を詰めてきたマドネーを見てアイカは驚愕の表情を浮かべ、マドネーはアイカを見ると混沌紋を光らせて苦痛ペインの能力を発動させる。そして、細剣で素早くアイカの左肩を刺した。


「ああああああぁっ!!」


 左肩の激痛にアイカは断末魔のような声を上げる。苦痛ペインによって細剣が与える痛みが増幅しているため、アイカは想像を超える痛みを感じていた。

 あまりの痛みにアイカは持っていたプラジュとスピキュを落としてその場に座り込み、右手で左肩の傷を押させる。痛みに苦しむアイカはマドネーは笑いながら見下ろす。


「アイカ!」


 アイカが刺された光景を見たパーシュはアイカを助けようと魔法を撃とうとする。しかし、アイカが近くにいるため火球ファイヤーボールを撃つことはできなかった。

 魔法が使えないのなら近づいて斬るしかないと考えたパーシュは脇腹の痛みに耐えながら走り出す。それに気付いたマドネーはニヤリと笑い、走って来るパーシュに向かって走る。

 走る二人の距離を徐々に縮まっていき、お互いに相手の間合いに入った。マドネーが間合いに入るとパーシュはヴォルカニックの剣身に炎を纏ませ、マドネーに袈裟切りを放つ。だがマドネーはコポックで袈裟切りを防ぎ、細剣を右から横に振って反撃する。

 パーシュは後ろに下がってマドネーの横切りをかわすと再び攻撃するために体勢を整えようとする。だが、マドネーはその間に開いていたコポックを閉じ、石突きの部分でパーシュの腹部を強く突いた。


「ぐううぅっ!」


 腹部の痛みにパーシュは声を漏らしながらも倒れないよう下半身に力を入れる。コポックの石突きの部分は丸く短いので普通に突かれても殆ど痛みは無いのだが、マドネーは苦痛ペインでコポックが与える痛みを増幅しているため、今のコポックの突きは筋骨隆々の男に殴られたような痛みを与えた。

 痛みに耐えながらパーシュは距離を取り、腹部を押さえてマドネーを睨む。マドネーは細剣と閉じたコポックを回しながら楽しそうに笑っている。


「キャハハハハッ! いいよぉ、もっとも~っと私に苦しむ顔を見せてぇ~。貴女たちの苦しむ顔を見る度に興奮してくるんだからぁ~♪」


 マドネーのあまりにも狂った言動にパーシュは目を鋭くする。離れた所で座り込んでいるアイカもマドネーを見つめていた。肩を刺された時の痛みが酷いからかアイカは涙目になっている。


(ま、まさか、先輩と二人で戦ってここまで苦戦するなんて……このままだといつかはやられてしまうわ)


 どうすればこの状況を打開できるか、アイカは肩の痛みに耐えながら考えるがすぐにいい作戦が思いつくはずがなく、アイカは俯きながら表情を歪める。

 マドネーは視線を動かしてアイカとパーシュを見ると不敵な笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、もっと苦しむ顔を見るために今度は苦痛ペインを発動させた状態で貴女たちの体を滅多切りにしてあげるわぁ~♪」


 細剣を光らせながらマドネーは自身の唇を舐め回し、アイカとパーシュは微量の汗を流しながらマドネーを見つめる。


「おうおう、随分派手にやってるみてぇだな?」


 何処からか男の声が聞こえ、アイカとパーシュ、マドネーは反応して声が聞こえた方を向く。アイカたちの視線の先にはリヴァイクスを握るフレードが意外そうな顔でアイカたちを見ており、その右隣には月下と月影を持つユーキが立っていた。


「アイカ、先輩、大丈夫ですか!?」

「……ユーキ」


 声をかけるユーキを見たアイカは思わず呟く。ユーキとフレードが助けに来てくれたことで安心し、アイカは小さく笑みを浮かべた。


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