第九十四話 月夜に迫る脅威
ベーゼたちが近づいて来ているという知らせを聞いたスイージェス村の村人たちは村の中を走り回る。真夜中だが月明かりで村の中が照らされているため、村人たちは問題無く動くことができた。
エドワンズのようにマナード剣術を扱える者たちはベーゼと戦うことになった際は応戦できるよう剣を取り、男たちも熊手や鎌と言った農作業の道具を武器として手に取る。女子供や老人はスイージェス村の中で最も大きな倉庫の中に避難した。
ユーキたちメルディエズ学園の生徒たちは戦いの準備を終えるとスイージェス村の中央になる広場に集まった。少し前まで熟睡していた生徒たちだったがベーゼが現れたと聞かされて眠気は覚め、全員表情を鋭くしている。その中でグラトンだけは眠たそうな様子を見せながら座っていた。
生徒たちの中では月下と月影を腰に差したユーキが一番前にいるパーシュとフレードを見ており、その右隣には髪を整えてプラジュとスピキュを腰に差すアイカが立っている。パーシュとフレードは生徒たちを見て問題無く戦える状態であることを確認すると口を開く。
「皆! 既に知ってると思うけどベーゼの群れがこの村に近づいて来ている。これからあたしらは村を護るためにベーゼたちを迎え撃つ。数は昼間に戦ったベーゼたちよりも多く、詳しい戦力も分からない。油断するんじゃないよ!」
パーシュが大きな声で語り掛け、ユーキたちは無言でパーシュと隣に立っているフレードを見つめている。
林にいたベーゼは全て倒し、転移門も封印したはずなのにどうしてベーゼがスイージェス村に迫って来ているのか、生徒たちは皆不思議に思っていた。だが、今は理由を考えるよりもベーゼを迎撃することの方が重要であるため、生徒たちはパーシュとフレードの話を聞くことに集中する。
「これから俺らは林で戦った時のように二手に分かれる! 俺の班は近づいて来てるベーゼどもの迎撃に向かう。パーシュの班は何か遭った時に動けるよう村の中で待機だ。待機する班はパーシュを含めて五人、残りは全員迎撃に就く!」
「誰をどっちの班に回すかはあたしらで決める。今回は状況が状況だから編成に不満があっても変更はしないよ!」
全員に届くよう叫ぶようにパーシュとフレードはユーキたちに説明し、ユーキたちは二人の話を黙って聞く。自分たちの故郷であるスイージェス村がベーゼに襲撃されようとしているため、二人も普段以上にやる気を出しているのだとユーキたちは感じていた。
それからパーシュとフレードは生徒たちの実力や戦闘スタイルなどからどちらの班を入れるか決めていく。編成している間もベーゼたちはスイージェス村に近づいて来ているはずなので二人は急いで部隊の編成を進めた。
編成が済むとユーキたちはそれぞれ二手に分かれた。迎撃する班にはユーキ、トムリア、ジェリックが選ばれ、残りの生徒と共にフレードの下に集まる。更にベーゼの数が多いことからグラトンも組み込まれた。
待機する班にはアイカ、オロボル、パティと杖を持った男子生徒が選ばれてパーシュの周りに集まる。迎撃する班と比べて数は少ないが、村の中にはマナード剣術の使い手もいるため、五人でも問題無いとパーシュとフレードは判断した。
「よし、編成は済んだ。早速ベーゼどもの迎撃に向かうぞ」
フレードが周りの生徒たちに声をかけると生徒たちは自分の得物を握りながら目を鋭くし、いつでも行けることをフレードに目で伝える。
生徒たちの顔を見たフレードはパーシュの方を向いて左手の伝言の腕輪を見せた。
「向こうに行ったら俺らはベーゼを倒すまで戻らねぇ。何か問題が起きたらすぐに腕輪で知らせろよ?」
「それはこっちの台詞だよ。あたしらの力が必要になったら強がらずに救援を求めな」
パーシュは腕を組みながら笑みを浮かべ、フレードはパーシュの反応を見るとつまらなそうな顔で鼻を鳴らす。
「残念だが、俺がお前に救援を求めることはねぇよ。俺らなら三十体程度のベーゼなんて楽に蹴散らせるからな」
「自信があるのは結構だけど、力を過信すると碌な目に遭わないから気を付けた方がいいよ?」
「フン、言ってろ」
フレードはそう言うとベーゼが現れた村の南の方へ走り出し、ユーキたちもそれに続く。グラトンも四足歩行状態でユーキたちの後を追い、残ったパーシュたちはその後ろ姿を見送った。
「……さあ、あたしらも何か遭った時にすぐ対応できるよう準備をしておくよ!」
『ハイ!』
アイカたちが声を揃えて返事をするとパーシュは近くにいる村人やマナード剣術の兄弟弟子の下へ向かい声をかける。オロボルたちは自分が持っている武器や道具の確認をしたり周囲を見回して異常が無いか確認を始めた。
「……ユーキ、無茶はしないでね」
パーシュたちが動く中、アイカはユーキたちは走っていった方を向いて彼らの無事を祈る。ベーゼの数は三十数体だが、どんな種類のベーゼがいるか分からない以上は油断できない。しかもベーゼたちは転移門を封印した直後に現れたので何か良からぬことが起こるのではとアイカは不安に感じていた。
アイカは何も起きないことを祈りながらパーシュたちの下へ向かい、待機中にどのような行動を執るかを話し合った。
その頃、村の南側にはエドワンズや数人のマナード剣術の使い手、武器である農具を持った男たちが集まっていた。
男たちの中にはフレードの父親、ガルの姿もあり、エドワンズたちと一緒に目の前にある村を囲む丸太の壁を見上げている。壁の近くには村の外を確認するための見張り台が建っていた。
「どうだぁっ! 奴らは見えるかぁ?」
見張り台の上にいる男を見上げながらエドワンズは大きな声を上げる。エドワンズや周りの村人たちはベーゼが今どの辺りにいるのか気になり、目を鋭くしながら見張り台を見上げていた。
「ハッキリとは見えませんが、少しずつ村に近づいて来ています」
「距離はどうだ?」
「すみません、そこまではよく分かりません」
見張り台の男はエドワンズと同じように大きな声で返事をし、エドワンズは難しい顔をしながら俯く。
ベーゼの数や種類、どこまで近づいて来ているのか分らないのでは作戦の練りようがない。しかも自分たちはベーゼとの戦闘経験は殆ど無いため、戦いが始まったとしてもどう動けばいいのか分からなかった。
エドワンズはどうすればいいか考え込む。するとそこにユーキたちがやって来てエドワンズたちと合流する。やって来たメルディエズ学園の生徒たちを見てガルや村人たちは安心したような反応を見せ、考え込んでいたエドワンズもユーキたちの方を向く。
「師匠、状況はどうなってんだ?」
フレードが前に出てエドワンズに現況を尋ねる。エドワンズはフレードを見ると見張り台を見上げ、フレードもつられて見張り台を見上げた。
「ベーゼが少しずつこちらに近づいて来ているそうだ。ただ、敵の数や距離などはよく見えていないらしい」
「まぁ、明かりが月だけだから仕方ねぇな。松明とかがあっても近くしか照らせねぇし……」
面倒そうな顔をしながらフレードは月を見上げる。今夜は月が大きく出ているため、どちらかと言えば明るい方だ。だが、それでも遠くにいるベーゼの姿をハッキリと確認することはできず、ベーゼたちの戦力がどれ程なのか分からなかった。
エドワンズはどうすればいいか再び難しい顔をして考え込み、フレードも城壁を見上げながら腕を組む。だが、しばらくすると振り返り、生徒たちの中に立つユーキに視線を向ける。
「ルナパレス、こっちに来い」
フレードは大きな声でユーキを呼び、呼ばれたユーキは不思議そうな顔をしながらフレードの下へ駆け寄る。
「何ですか、先輩?」
「見張り台に上がってベーゼどもの戦力を確認しろ。お前の強化の能力を使えばできるだろう?」
ユーキを見ながらフレードは見張り台を指差し、ユーキは見張り台を見上げながらまばたきをする。ユーキは無言で見張り台を見つめているが、現状と強化を使えと言うフレードの言葉からすぐに彼が何を言いたいのか理解し、フレードの方を向いて小さく笑う。
「分かりました、ちょっと待っててください」
そう言うとユーキは見張り台の前に移動し、強化の能力を発動させて脚力を強化すると高くジャンプをした。
脚力が強化されたユーキは一気に見張り台と同じ高さまで跳び上がり、その光景を見たエドワンズや他の村人たちは目を見開いて驚く。
ユーキが見張り台の上に着地すると既に見張り台の上にいた村人は突然上がって来たユーキに驚いて目を丸くする。
「すいません、ちょっと退いてください」
目の前にいる村人を退かしたユーキは南を確認する。確かにスイージェス村の南側、数百mほど離れた場所にベーゼと思われる複数の影があり、ユーキは再び強化を発動させて今度は視力を強化した。
視力を強化したことで遠くが見えるようになり、更に夜目も利くようになったためハッキリと見えるようになった。ユーキは目を凝らして改めて影を確認をする。
ユーキの目に映るのは三十五体のベーゼ、その内のニ十五体が下位ベーゼでインファが十二体、モイルダーが八体、ペスートが五体となっている。
他の十体は中位ベーゼとなっており、六体がフェグッター、残りの四体は身長190cmはある筋骨隆々の人型ベーゼだ。そのベーゼは千歳茶色の肌に鋭い二つの青い目、牙の並んだ大きな口を持ち、頭からは後ろに反って伸びる一本の角が生えている。裸足で濃い茶色の腰巻を付け、無数の棘の付いた黒いショルダーアーマー、柄の両側に棘だらけの長い頭が付いた身の丈ほどの棍棒を装備していた。
ベーゼの数と種類を確認したユーキへ視力の強化を解き、もう一度脚力を強化して見張り台から跳び下りる。高い所から躊躇なく跳び下りたユーキに隣にいた村人は呆然としていた。
着地したユーキはフレードの下へ向かい、目の前までやって来ると真剣な顔でフレードを見上げた。
「数は全部で三十五体、二十五体は下位ベーゼでしたが残りの十体は中位ベーゼです」
「マジかよ、中位ベーゼが十体もいやがるのか……」
ベーゼの戦力を聞かされたフレードは面倒そうな顔で腕を組み、エドワンズは少し緊迫したような反応を見せる。近くでユーキとフレードの会話を聞いていたトムリアや他の生徒たち、村人たちもベーゼの戦力が予想以上に強いことを知って驚く。
中位ベーゼのような強いベーゼがいることは予想していたが、それが十体もいるとは流石に思っておらず、生徒の中には不安を顔に出してざわつく者が出てきた。
「騒ぐんじゃねぇ!」
ざわつく生徒たちの方を見ながらフレードは一喝し、フレードの声を聞いた生徒たちは一斉に口を閉じる。生徒たちが黙るとフレードはユーキの視線を向けた。
「それでベーゼどもはどの辺りまで来てやがった? 種類は?」
「ハイ、距離は500mくらいで、ベーゼたちは……」
ユーキは自分が見たベーゼの情報を全てフレードに説明する。フレードは腕を組んだままユーキの説明を聞き、隣にいるエドワンズも無言でユーキの話を聞く。
全ての情報を話し終えたユーキは口を閉じ、フレードは目を鋭くする。
「下位ベーゼの中に瘴気をばら撒くペスート、中位ベーゼはフェグッターと“シュトグリブ”、かなり面倒な編成だな」
「どうします、先輩?」
どのように戦うかユーキは低めの声で尋ねる。フレードは軽く溜め息を付きながら組んでいた腕を下ろした。
「下位ベーゼは問題ねぇが、シュトグリブは力の強いベーゼだ。奴らが全力で攻撃して来りゃ、こんな丸太で出来た壁なんて簡単に壊しちまうだろうな」
そう言ってフレードは目の前にある丸太の壁を見上げ、ユーキも「同感です」と言いたそうな顔をしながら壁を見た。
「何もせずに此処で待ってたら村に侵入されちまう。だったら村に近づかれる前に近づいて一気に叩くしかねぇ」
「それじゃあ……」
「ああ、生徒全員で外に出てベーゼどもに先制攻撃を仕掛ける」
作戦を聞いたユーキはフレードを見ながら小さく頷く。ユーキもシュトグリブの接近を許すべきではないと思っているようだ。
フレードは作戦を説明するために生徒たちの方を向き、生徒たちはフレードの顔を見ると全員話を聞く態勢に入った。
「いいか皆! 外にいるベーゼどもの中には力の強い奴らがいやがる。奴らが全力で攻撃すれば村を囲む壁もあっという間に壊されて侵入されちまう。それを防ぐため、俺たちは村の外に出て奴らが近づく前に全滅させる」
先制攻撃を仕掛けることをフレードは力の入った声で話し、作戦を聞いて生徒たちは持っている武器を強く握る。
先程は中位ベーゼが多いことを知って動揺したが、冷静になって考えれば自分たちには混沌士のフレードとユーキ、モンスターのグラトンもいるため、中位ベーゼが多くても十分戦えると生徒たちは感じ、落ち着いた様子でフレードの話を聞いていた。
今の自分たちなら例え数で劣っていてもベーゼたちに勝てるはず、生徒たちはそう思いながら表情を鋭くし、トムリアとジェリックも杖と剣を握りながらフレードを見ている。
生徒たちの表情を見たフレードは士気に問題は無いと感じ、腰のリヴァイクスを抜いた。
「よし、とっととベーゼどもを片付けるぞ。お前ら、気合い入れろよ!?」
『ハイッ!』
生徒たちは今まで一番大きな声で返事をし、ユーキも生徒たちを見ながら月下と月影を抜いて臨戦態勢に入った。
準備が整うとフレードはエドワンズの方を向き、エドワンズはフレードと目が合うと僅かに目を細くしてフレードを見つめる。
「師匠、俺たちはこれから外に出てベーゼどもを倒してくる。師匠たちは此処に残って、万が一ベーゼどもが侵入して来たら対処してくれ」
「分かった。そっちは任せたぞ」
「無茶すんじゃねぇぞ?」
フレードが小さく笑いながら言うとエドワンズも笑い返して鼻を鳴らす。
「これでもまだお前やパーシュより強いつもりだ。私のことはいいから自分や後輩たちのことだけ考えろ」
「へっ、そうかい」
エドワンズの返事を聞いたフレードは大丈夫だと思ったのか、どこか嬉しそうな反応を見せる。フレードの顔を見たエドワンズは自分たちのやるべきこと、フレードたちが何をするかを弟子や村人たちに伝えるため、フレードに背を向けて村人たちの方へ歩いていった。
離れていくエドワンズを見たフレードは生徒たちに出撃することを伝えようとする。すると今度はガルがやって来てフレードの首に右腕を回した。
「へっ、しばらく見ねぇうちに上級生らしくなったじゃねぇか?」
「お、親父!?」
突然笑いながら語りかけて来たガルにフレードは驚き、ユーキも軽く目を見開きながらガルを見る。
「後輩たちの命が懸かってるだ、ちゃんと指揮を執れよ?」
ガルは笑いながらフレードの頭を左手で強く掻き、フレードは鬱陶しそうな顔をしながら首に回されている腕を取ろうとする。ユーキや他の生徒たちはフレードとガルのやり取りを目を丸くしながら見ていた。
しばらくするとガルはフレードから離れ、解放されたフレードは頭を掻かれて乱れた髪を整えた。
「まぁ、冗談はこれぐらいにして……無茶すんじゃねぇぞ?」
「……何だよ、珍しいじゃねぇか? 普段のアンタなら『さっさと蹴散らして戻って来い』とか言うのによ」
普段なら言わないような言葉を口にするガルを見ながらフレードは意外そうな顔をする。ガルは小さく鼻で笑いながら腕を組んだ。
「おいおい、俺だって一人の父親だぞ? 馬鹿とは言え、自分の息子が戦場に出て心配しねぇほど冷たくねぇ」
「悪かったな、馬鹿息子で?」
フレードが目を細くしながら不満そうに言い返すと、笑っていたガルは真剣な表情を浮かべながらフレードと向かい合う。
「お前は先輩として後輩を護らなくちゃいけねぇ立場かもしれねぇが、自分のこともちゃんと考えろよ? 先輩だからって無茶して自分の身を危険にさらすようなことは絶対にするんじゃんぇぞ?」
息子であるフレードの身を案じるガルは父親として忠告をする。フレードは無言でガルの顔を見ており、やがて小さく笑みを浮かべながらガルの胸に軽く拳を当てた。
「安心しろ、俺は簡単にくたばるような男じゃねぇ。何しろアンタの息子なんだからな」
「お前、こっちは真面目に話してんだ。そっちも真面目に話を聞いたらどうなんだ」
「分かってるって、無茶はしねぇ」
返事をするフレードを見ながらガルは「本当に分かっているのか」と言いたそうな顔をする。フレードは集まっている生徒たちの方を向き、生徒たちを見ながら口を開く。
「俺も自分の家族を悲しませるような親不孝者じゃねぇ。親より先にくたばるつもりはねぇよ」
「……ならいい」
フレードの本心を聞いたガルは目を閉じて呟き、フレードも前を向いたまま真剣な顔をする。
隣で二人のやり取りを見ていたユーキは、フレードとガルはお互い素直に自分の気持ちを伝えることを苦手としているが、本当はお互いに家族のことを大切に思っている仲のいい親子なのだと感じて小さく笑みを浮かべた。
フレードはしばらく生徒たちを見ると視線だけを動かしてガルを見つめる。
「俺たちが外で戦ってる間、お袋や村のことは頼むぞ?」
「ああ、任せておけ」
ガルは自分の左手を右手で軽く殴り、フレードはガルの返事を聞くと視線を生徒たちの戻すと合図を出して出発することを伝え、丸太の壁の方に歩き出す。ユーキや他の生徒たちはフレードの後をついて行き、ガルはフレードたちを無言で見つめた。
壁の前までやって来るとフレードは立ち止まり、ユーキたちもつられて立ち止まった。フレードは左右を見回し、壁の取り付けられている扉を見つめる。
その扉は正門を通らなくてもスイージェス村の外に出られるように付けられた裏口のような物で村に何か遭った際、脱出する時に使う扉だ。
今回ベーゼが現れたのは村の南側で正門を通って外に出たら遠回りになり、ベーゼに村に近づく時間を与えてしまう。そのため、南側にある扉を使って外に出ることになったのだ。
扉の前には見張りであるマナード剣術の使い手の青年が立っており、フレードは青年に近づいて扉を開けるよう伝え、青年は言われたとおり扉を開ける。
フレードは開いた扉から外に出て行き、ユーキたちも一人ずつ扉を通って外に出る。最後にグラトンが扉に近づくがグラトンの体は大きいため、通ることができない。
「ブォ~~!」
グラトンは鳴き声を上げて壁の向こう側にいるユーキたちに呼びかけ、扉の近くにいた生徒たちは鳴き声を聞いて立ち止まり、ユーキも振り返って扉に駆け寄った。
扉の前に来たユーキは扉の大きさとグラトンの体格から絶対に通れないと判断し、若干面倒そうな顔をしながら中にいるグラトンを見る。
「お前の体じゃこの扉を潜るのは無理だ。ジャンプして壁を跳び越えろ」
ユーキは上を指差しながらグラトンに指示を出し、グラトンは鳴き声を上げながらゆっくりと後退し始めた。
扉の前にいた青年や遠くにいる村人たちはグラトンが何をする気なのか分からず、不思議そうに見ている。村人たちが注目する中、扉から少し離れたグラトンは姿勢を低くして両足に力を入れ、勢いよく地面を蹴って6m近くの高さまで跳び上がった。
とんでもないジャンプを見せるグラトンに青年や村人たちは驚愕しながらグラトンを見上げる。グラトンは軽々と壁を跳び越え、村の外側、ユーキの近くに大きな音を立てて着地した。
外に出たグラトンはユーキの方を向き、ユーキはグラトンに近づくと笑いながら「よくやった」と言いたそうに大きな腕を軽く叩く。周りの生徒たちも村人たちと同じようにグラトンが壁を跳び越えたことに驚いて目を丸くしている。
「全員外に出たな? ならすぐに行くぞ、ベーゼたちはかなり近づいて来てるようだからな!」
フレードはユーキたちに声をかけるとベーゼたちの方を向く。ベーゼたちは既にスイージェス村から200mほど離れた所まで近づいて来ており、村から出てきたユーキたちにも気付いていた。
群れの前にいたインファたちは鳴き声を上げながら剣を振り上げ、一斉にユーキたちに向かって走り出す。その後にモイルダーとペスートも続き、フェグッターとシュトグリブは走らずにゆっくりと移動する。
走って来るベーゼたちを見た生徒たちは一斉に得物を構え、ユーキとフレードも月下と月影、リヴァイクスを構えてベーゼたちを睨む。
「戦士の奴は前に出て一体ずつベーゼを倒していけ! 弓兵や魔導士は後方から支援攻撃をしろ、近づいて来るベーゼがいたらそっちを優先して倒せ!」
フレードの指示を聞いて生徒たちは一斉に表情を鋭くする。林で戦った時と違い、今回は真夜中という戦い難い状況なので昼間よりも注意して戦おうと生徒たちは気を引き締めた。
「行くぞぉ!」
声を上げながらフレードは走り出し、ユーキや他の生徒たちもそれに続く。グラトンも生徒たちと共に走り出してベーゼに突撃する。
双方は走る速度を落とさず、距離は徐々に縮まっていく。一番前にいるインファたちは少しずつ先頭のフレードに近づいていき、フレードはインファたちを睨みながら混沌紋を光らせて伸縮の能力を発動させる。伸縮の効果でフレードの持つリヴァイクスの剣身は一気に伸び、あっという間に7mほどの長さになった。
「邪魔だ、どけぇ!」
フレードは剣身の伸びたリヴァイクスを勢いよく右から横に振り、前にいるインファたちを攻撃した。
剣身が伸びたリヴァイクスは四体のインファを胴体から両断し、斬られたインファたちは崩れるように倒れて消滅する。インファを倒すとフレードは素早くリヴァイクスの剣身を元に戻して戦いやすい状態にした。
いきなり四体のインファを倒したフレードを見て生徒たちの士気は高まり、生徒たちは走る速度を上げてベーゼたちに近づく。そして、一斉に武器を振ってベーゼたちの攻撃を仕掛けた。
戦士の生徒たちは剣や槍、斧など様々な武器を振ってベーゼたちと交戦を開始する。ジェリックも剣を素早く操って近くにいるインファやモイルダーと攻防を繰り広げていた。
後方では弓兵と魔導士の生徒たちが矢と魔法を放って前線の生徒たちを援護しており、トムリアも魔法を発動して仲間を援護している。仲間を援護するだけでなく、前線のベーゼが近づいてきた時にすぐに応戦できるよう周囲の警戒も怠らなかった。
「チッ、本当に数が多いな」
ジェリックは目の前にいたインファを倒し、消滅したのを確認すると周囲を見回す。周りでは他の生徒たちが大勢のベーゼと激しい戦いを繰り広げており、生徒の中には少し疲れを感じているのか微量の汗を流す者や表情を曇らせる者もいた。
仲間たちの体力が尽きる前に決着がつくよう、一体でも多くベーゼを倒さなくてはと考えるジェリックは次に相手となるベーゼを探す。するとそこに長い棍棒を持ったベーゼ、シュトグリブが現れてジェリックを睨みつける。
シュトグリブと目が合ったジェリックは一瞬驚くがすぐに剣を構え直してシュトグリブを警戒する。シュトグリブも構えるジェリックを見て棍棒の柄を両手で持って戦闘態勢に入った。
ジェリックは今まで何体もの中位ベーゼと戦い、倒してきたため、中位ベーゼと戦うことには慣れている。だが、シュトグリブは中位ベーゼの中でも筋力が高く攻撃が重いため、下手に防御すれば体勢を崩したり吹き飛ばされて隙ができてしまう。中位ベーゼとの戦いに慣れているジェリックもシュトグリブが相手の時は普段以上に警戒して戦うことにしていた。
どのように攻撃を仕掛けるか、ジェリックはシュトグリブの動きを警戒しながら様子を窺う。そんな中、シュトグリブは棍棒を頭上から勢いよく振り下ろして先制攻撃を仕掛けてきた。
ジェリックは棍棒を右に移動して回避し、シュトグリブに反撃しようとする。だが、シュトグリブは棍棒を器用に扱い、柄の反対側についている棍棒の頭を横に振って再びジェリックに攻撃してきた。
回避した直後に右から迫って来る棍棒を見てジェリックは大きく目を見開く。最初の攻撃をかわして体勢が崩れていたジェリックは回避できないと直感し、剣で棍棒を防ぐ。
だが、筋力の高いシュトグリブの攻撃を防ぎ切れず、ジェリックは大きく吹き飛ばされてしまい、背中から地面に叩きつけられた。
「グウウウゥッ!」
背中から伝わる痛みにジェリックは奥歯を噛みしめた。周りには大勢のベーゼがいるため、倒れたままでいるのは危険だと感じたジェリックはすぐに起き上がろうとする。しかし、ジェリックの前には先程のシュトグリブが立っており、棍棒を振り上げてジェリックに止めを刺そうとしていた。
「マ、マズイ……」
シュトグリブの姿を見たジェリックは急いで体勢を直そうとする。しかし、ジェリックが起き上がろうとした瞬間にシュトグリブが棍棒を振り下ろした。
振り下ろされた棍棒を見たジェリックは表情を歪めてやられると悟る。だが次の瞬間、ユーキがジェリックの右隣に素早く移動し、月下と月影を横にしてシュトグリブの棍棒を止めた。
「トルフェクス先輩、大丈夫ですか?」
棍棒を防ぎながらユーキは倒れているジェリックに声をかける。ジェリックは自分を助けたユーキの姿を見て呆然としていた。
ユーキが助けてくれたことにも驚いたが、児童のユーキがシュトグリブの棍棒を防いでいる光景に更に驚いてた。
ジェリックが驚きながらユーキを見ているとユーキの混沌紋が光っているのが目に入る。そう、ユーキは強化で両腕の腕力を強化してシュトグリブの攻撃を防いだのだ。
「先輩! 聞こえてますか?」
「え? ……あ、ああ」
驚いていたジェリックはユーキの力の入った声を聞いて我に返り、動揺しながら返事をする。ジェリックが無事なのを確認したユーキは両腕に力を入れてシュトグリブの棍棒を押し返す。
押し返されたシュトグリブはユーキを睨みながら構え直し、再び棍棒を振り上げてユーキを攻撃しようとする。だがシュトグリブが動く前にユーキが先に仕掛けた。
「ルナパレス新陰流、朏魄!」
ユーキは腕力を強化したまま前に踏み込むと月下と月影で袈裟切りを放ってシュトグリブを斬り、続けて二本を左から横の振って攻撃する。
胴体を斬られたシュトグリブは声を上げながら後ろにふらつき、片膝をついて痛みに耐える。ユーキは倒れないシュトグリブを睨むと追撃するために構え直す。すると、ユーキから見て右側からグラトンがもの凄い勢いで走って来てシュトグリブに急接近し、太い腕を振り下ろしてシュトグリブの後頭部を殴打した。
後頭部を殴られたシュトグリブは顔面から地面に叩きつけられる。同時に首も普通なら曲がらない方角に曲がっており、動かなくなったシュトグリブは黒い靄となって消えた。
シュトグリブが消滅するとグラトンはユーキの方を向く。ユーキは構えていた月下と月影を下ろし、目を細くしながらグラトンを見つめる。
「お前、俺が倒そうとしてたのに、おいしいところを持っていくなよ……」
「ブォ~~」
ユーキは後から来てシュトグリブに止めを刺したグラトンをジト目で見ながら文句を言い、グラトンは大きく口を開けて返事をする。そんなグラトンを見ながらユーキは軽く溜め息を付く。
立ち上がったジェリックはユーキとグラトンのやり取りを呆然と見ている。シュトグリブを押し返し、モンスターであるグラトンと普通に接することができるユーキを見て、ジェリックは改めてユーキがとんでもない生徒なのではと感じていた。




