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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第六章~苦痛の魔女~
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第九十三話  帰還


 林を全て調べ終えたユーキたちは東側にやって来た。外に出ると既に空は日が傾いてオレンジ色に染まっており、ユーキたちは長い時間、林の中を調べていたのだと実感する。

 生徒たちは別行動を執っていた仲間たちと再会して互いに負傷していないか確認し、ユーキもアイカやディックスと合流して情報交換を行う。


「……うん、重傷者は出ていないみたいだね」


 ユーキたちが仲間を話し合う姿をパーシュは腕を組みながら見ている。自分の班の生徒は共に行動して状態を把握しているため、別行動を執っていたフレードの班の生徒たちだけを確認した。

 フレードの性格を知っているパーシュは彼が無茶な指示を出して生徒たちを困らせていなかったか心配していたが、生徒たちが無事なのを見て安心する。そこへフレードが笑いながらパーシュの隣にやって来た。


「よぉ、生きてやがったか?」

「アンタ、別行動を執って合流する度に同じようなことを言う気かい?」

「ヘッ、心配してやってるのにひでぇ言い方だな」

「何が心配してやってるだよ、はなから心配なんてしてないくせに……」


 パーシュは生徒たちを見つめながら呆れ顔で肩を竦める。パーシュの反応を見たフレードはつまらないのか小さく鼻を鳴らし、パーシュと同じように集まっている生徒たちに視線を向けた。


「……そっちで何か問題は起こらなかったか?」


 フレードは僅かに低い声を出しながらパーシュに声をかけ、別行動中の情報を確認する。まだ封印依頼の最中なので、フレードも指揮官としてやるべきことはしっかりやろうと思ったらしい。

 パーシュはチラッとフレードを見た後、再び視線を生徒たちに戻して静かに口を動かす。


「分かれてからしばらくして三体のベーゼと遭遇したけど、全部下位ベーゼだったから難なく倒せたよ」

「まぁ当然だろうな、中級生以上の生徒で編成されてんだから、苦戦する方が難しいってなもんだ」


 小さく笑いながら小馬鹿にするように語るフレードを見てパーシュは不愉快に思ったのか僅かに目を細くする。だが、フレードが挑発する度に反応していては疲れるため、パーシュは我慢して説明を続けた。


「それから東に向かって林の中を調べたけど、数回下位ベーゼと遭遇する以外は何も起こらなかったよ」

「そうかい」

「……で? そっちはどうだったんだ?」


 パーシュは自分の班に起きた出来事や情報を説明し終えるとフレードの班の情報について尋ねる。フレードは前を向いたまま右耳の穴を小指で掻く。


「別に何も問題は無かったぞ。東に向かって移動しながら調べたが、数体のベーゼに遭遇しただけだ。テメェんとこと同じだよ」

「あっそ……ベーゼどもを倒しながら林の中をくまなく調べ、林の東側に戻って来ることができた。もうこの此処にはベーゼは一体もいないだろうね」


 ベーゼを倒したことでスイージェス村への危険が消えたと判断したパーシュは林の奥を見ながら少しだけ安心した反応を見せる。フレードも表情にこそ出してはいないが、ベーゼが村に近づくことは無くなったと感じて内心ホッとしていた。

 しばらく林を見つめた二人は生徒たちの方を向く。生徒たちはまだ仲間と話をしており、パーシュはそろそろ会話をやめさせなくてはいけないと感じ、生徒たちの注目を集めるために強く手を叩いた。


「よぉし! お喋りはお終いだよ。全員、こっちに注目しな!」


 パーシュが大きな声で呼びかけると生徒たちは一斉に黙ってパーシュとフレードに視線を向け、ユーキとアイカも口を閉じて二人に注目する。


「転移門の封印とベーゼの討伐は無事に完了した。これから村に戻るけど、途中でモンスターと遭遇する可能性もあるから、村に戻るまで気を抜くんじゃないよ?」

『ハイ!』


 生徒たちはパーシュを見ながら声を揃えて返事をする。今回の依頼に参加した生徒たちは何度も依頼を受けているため、外にいる間は決して油断してはいけないことを理解していた。

 ユーキとアイカもパーシュとフレードを見ながら腰の得物を握ってほかの生徒たちと同じように気を引き締める。グラトンはパーシュの話に興味が無いのか二人の後ろで座りながら自分の尻を掻いていた。

 返事を聞いたパーシュは生徒たちを見ながら小さく笑い、これなら大丈夫だろうと感じる。フレードも生徒たちの様子を見ながらニッと楽しそうな笑みを浮かべていた。


「よし、それじゃあ出発するぞ。俺が先頭を行くから、お前らは二列に並んでついて来い」


 フレードは大きな声を出すとスイージェス村がある方角へ歩き出し、他の生徒たちは言われたとおり二列に並んでフレードの後をついて行く。

 ユーキとアイカも列を乱さずに歩き出し、グラトンはユーキの後に続いて歩いた。パーシュは最後尾に付き、生徒たちが列を乱さないよう見張りながらついて行く。

 生徒たちは平原の中にある一本道を歩いて行く。生徒の中には後ろを向いて小さくなっていく林を見ながら歩いている生徒や黙って前を向いて歩く生徒もいる。そして、今回初めて封印依頼に参加した生徒たちは次からは問題無く封印依頼に参加できると自信が付いたような表情を浮かべていた。


「今回の封印依頼も何とか完遂できたわね。犠牲者が出てしまったことは残念だったけど……」

「そうだな……」


 列の真ん中にいるアイカはメトリジェアが死亡したことを残念に思いながら歩き、その右隣ではユーキが目を僅かに鋭くしながら歩いている。

 メトリジェアの遺体は維持する布メインテインカバーと呼ばれる包んだ物の腐敗させない特別な布で包まれ、生徒たちが交代しながら運んでいる。メトリジェアは体重が軽いためか、生徒たちは苦労せずに運ぶことができた。

 生徒たちの大半はメトリジェアを良く思っていなかったため、悲しんだり暗くなったりはしていないが、中にはアイカやトムリアのようにメトリジェアの死を辛く思う生徒もおり、そのような生徒たちは表情を曇らせていた。


「依頼で犠牲者が出ないよう、これからはもっと気を引き締めた依頼を受けないといけないわね。それに私たちも強くならないと」

「ああ……」


 アイカが真剣な表情を浮かべながら語るとユーキは軽く俯きながら返事をする。この時のユーキの声には感情が籠っておらず、まるで話を聞かずにただ返事をしているようだった。

 ユーキの様子が変なことに気付いたアイカは不思議そうな顔でユーキを見つめる。


「ユーキ、どうかしたの?」

「……ん? ああぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしててな」

「考え事?」


 アイカが小首を傾げながら聞き返すとユーキは歩きながら後ろを向いて遠くに見える林を見つめた。


「転移門はベーゼたちにとってこっちの世界に仲間を呼び出すための重要な物。奴らにとっては絶対に護らなくちゃいけない物だ」

「ええ」

「だったら転移門を封印されないよう強力なベーゼに護らせるはずだ。それなのに今回の転移門の近くにいたのは二体の中位ベーゼと下位ベーゼだけ、それがちょっと引っかかってな」


 ユーキの林を見ながら自分が気になっていることを話し、アイカもユーキの話を聞いて同じように林に視線を向けた。

 メルディエズ学園は過去に何度もベーゼの転移門を封印してきた。転移門が開かれた場所には大量のベーゼがおり、転移門の近くには封印を妨害するために力の強い上位ベーゼ、もしくは大量の中位ベーゼが配置されおり、生徒たちは封印する際、その強力なベーゼたちを倒している。

 ユーキは転移門の封印に役立つ情報が無いかメルディエズ学園が過去に封印した転移門の資料などを細かく調べ、その時に転移門の近くには必ず上位ベーゼか大量の中位ベーゼが配備されていることを知った。だが、今回の依頼では転移門の近くにはユーファルが二体いただけだったのでユーキは変に思っていたのだ。


「俺たちが前に会長と一緒に転移門を封印した時は上位ベーゼが転移門を護っていただろう? それなのに今回の転移門を護っていた中位ベーゼは少なく、君たちが転移門を発見した時、近くにベーゼたちの姿が無かった。だから変だと思ってたんだ」

「確かに……でも、今回の転移門は開かれてからそれほど時間が経っていないから転移門を護る強力なベーゼがまだ屋敷に配備されてなかっただけなんじゃないかしら?」


 アイカは転移門の護りが薄かった理由を推測し、ユーキはアイカの話を聞いて難しい顔をする。アイカの言うとおり開いたばかりの転移門なら護りが固められていなくてもおかしくない。ユーキは本当にただ強いベーゼが配備されていなかっただけなのかもしれないと考える。


「運よくあの屋敷に強いベーゼが配備されていなかっただけ、か……」

「私はそう思ってるけど……」

「……俺の考え過ぎか?」


 自分が深く考えすぎただけなのかもとユーキは若干納得できないような顔をしながら考え込む。いずれにせよ既に屋敷の転移門は封印されているため、今となってどちらでもよいことだ。

 ユーキは終わってしまったことをいつまでも考えていても仕方が無いと考えるのを止めて前を向き、アイカもユーキの様子を見た後に同じように前を見た。

 それからユーキたちは周りや遠くを見てモンスターが近づいて来ていなか警戒しながらスイージェス村へ戻って行った。


――――――


 スイージェス村の入口前には二人の若い村人が立っており、周辺や遠くを見張っている。村人の一人は北にある広い平原を見張っており、もう一人の若者は東の方を向いて怪しいものがないか確認していた。

 二人は長い時間見張りをしているのか、少し疲れたような表情を浮かべている。早く交代の時間になってほしい、そう思いながら見張りをしていた。そんな時、東を見ていた村人が何かに気付いて軽く目を見開く。村人の視界に入っているのは列を作って村の方へ歩いて来る集団だった。普通なら盗賊かもと警戒するのだが、村人はその集団が何なのかすぐに気付いてもう一人の村人の方を向く。


「おい、フレードたちが戻って来たぞ」

「何だって?」


 もう一人の村人は意外そうな顔をしながら仲間が見ている方を確認する。まだ小さくてハッキリとは見えないが、目を凝らすと確かに先頭を歩くフレードとその後ろをついて行くメルディエズ学園の生徒たちの姿が見えた。


「本当だ、予想していたよりも早く帰って来たな」

「俺、村長たちに知らせてくるから、此処は頼むぞ」


 そう言って最初にフレードたちを見つけた村人は走ってスイージェス村の中へ入っていく。残った村人は近づいて来るフレードたちを小さく笑いながら見ている。ただ、ずっとフレードたちを見ているわけにはいかないので、周辺の見張りもしっかりとやった。

 ユーキたちがスイージェス村の入口前まで来ると先頭のフレードは見張りをしていた村人に声をかけて転移門を封印し、ベーゼも全て倒してきたことを伝えた。

 報告を受けた村人は満面の笑顔でフレードたちに感謝をし、パーシュは子供のようにはしゃぐ村人を見て複雑そうな表情を浮かべる。

 それからユーキたちはスイージェス村へ入り、村長に戻ったことを報告しに向かう。パーシュとフレードはユーキたちを村長の家の前で待機させた後、家に入って依頼を完遂させたことを村長に伝える。


「……そうか、封印してきてくれたか。ありがとう、二人とも」


 報告を受けた村長はこれでベーゼがスイージェス村に近づく心配は無いと安心し、パーシュとフレードに感謝した。二人も礼を言う村長を見て小さく笑みを浮かべる。仕事とはいえ、故郷の村人から感謝されるとやはり嬉しいようだ。


「さて、報告も済んだことだし、そろそろ行こうかね」

「ああ、日が沈む前に少しでも学園に近づいておきたいしな」


 パーシュとフレードはメルディエズ学園に戻るため、すぐにスイージェス村を出発しようとする。二人の話を聞いた村長はフッと顔を上げてパーシュとフレードを見つめた。


「何だお前たち、今から学園に戻るつもりなのか?」

「ああ、そのつもりだけど?」

「外はもうすぐ暗くなる。そんな状態でわざわざ村の外に出る必要はないだろう。今夜は村に泊っていきなさい」

『えっ?』


 村長の提案にパーシュとフレードは思わず声を揃えて反応する。驚く二人を見た村長は不思議そうにまばたきをした。

 パーシュとフレードは少しでも早くメルディエズ学園に戻るためにスイージェス村を出ると話していたが、本当は村に長居するのが嫌だったからなのだ。

 スイージェス村にいれば村人や両親にお互いの関係について訊かれたり、からかわれたりされる。そうなれば落ち着いて休むこともできずにストレスが溜まってしまうため、それを避けるためにパーシュとフレードは何かしらの理由を付けて村から出ようと考えていた。


「村長、折角なんだけど、あたしら……」

「何を遠慮しているんだ。此処はお前たちの故郷なのだぞ? ゆっくり休んでいきなさい」

「いや、でも……」

「それにジュリーネとパリーテアもお前たちや他の生徒たちのために上手い料理を作ると張り切っておったぞ。今頃他の生徒たちに夕食を御馳走すると伝えておるんじゃないか?」


 村長がチラッと窓の方を向いて外を見るとパーシュとフレードも慌てて別の窓から外を見る。村長の家の前では自分たちの両親が待機していたユーキたちと何やら楽しそうに話している姿があり、それを見た二人は大きく目を見開いた。


「か、母さんたち……」

「そう言えば、夕食だけではなく、生徒たちが今夜眠る場所も提供すると楽しそうに話しておったな」

「ア、アイツら、余計なことを~」


 目を丸くするパーシュの隣でフレードはジト目で楽しそうに生徒たちと接する両親を睨んだ。

 外は暗くなりかかっており、スイージェス村が夕食や寝床を提供してくれると聞けばユーキたちは間違い無く村に泊めてもらうと考えるだろう。他の生徒たちが泊まる気でいる以上、指揮官であるパーシュとフレードも強引に村を出ることはできない。

 早くメルディエズ学園に戻らないといけないと村長に嘘を言ってスイージェス村から出ると言う手もあるが、既に転移門を封印して依頼の期間に余裕があることを他の生徒たちは知っているため、嘘をついてもすぐにバレてしまう。パーシュとフレードは今すぐに村から出ることができなくなっていた。


「他の生徒たちのためにも今日は村で休んでいきなさい。それにそろそろ村の正門も閉じる時間だ、もう外には出られんよ」

「う、う~ん……」


 低めの声を出しながらパーシュは表情を歪ませ、フレードは不満そうな顔をしながら自身の頭を掻く。スイージェス村から出られない以上、二人に残された選択肢は一つしかなかった。


「……わぁ~たよ、休ませてもらうぜ」

「まあ、母さんたちも料理を作ってくれてるんだし、折角だからね」


 観念したフレードとパーシュはスイージェス村で一夜を過ごすことにした。同時に明日村を出発するまでの間、両親や村人たちから自分たちの関係について色々訊かれたりからかわれたりするのだと、二人は気を重くする。

 村長はパーシュとフレードの反応を見ると二人が何を考えているのか察し、同情したのか軽く苦笑いを浮かべた。

 その後、パーシュとフレードは待機していたユーキたちに今夜はスイージェス村に泊まることを伝える。既にダグフレスたちから夕食や寝床とのことを聞かされていた生徒たちは驚いたりせずに二人の話を聞き、泊めてくれるスイージェス村の人たちに感謝した。


――――――


 夜も更け、スイージェス村からは明かりが消えて村は静寂に包まれていた。村人たちは自宅で眠りにつき、ユーキや他の生徒たちは空き家や村人の家の部屋を借りて眠っている。パーシュとフレードも実家にある自分の部屋で休んでおり、グラトンは厩舎きゅうしゃの開いている場所で眠っていった。

 スイージェス村の隅にある空き家の一室にはユーキと二人の男子生徒がベッドで横になっている。そんな中、ユーキは目が覚めて起き上がり、近くのベットで眠っている他の男子生徒を見つめた。しばらくするとユーキはベッドから下りて二人を起こさないように静かに部屋を出て外へと向かう。

 外に出るとユーキは目の前にある広場に立ち、軽い夜風に当たりながら顔を上げて頭上に広がる星空を見上げた。


「星空を眺めるのも久しぶりだな。眠くなるまで此処でこうしてるか」

「ユーキ?」


 静寂の中に声が響き、ユーキが声のした方を向く。そこには髪を下ろした状態のアイカがおり、意外そうな顔をしながらユーキの方に歩いて来る。


「アイカ、こんな夜中にどうしたんだよ?」

「それは貴方も同じでしょう。どうしたの?」

「俺は目が覚めちゃったからちょっと気分転換に外に出てるだけだよ」

「あら、偶然ね。私もよ」


 アイカは微笑みながらユーキの隣までやってくると星空を見上げ、ユーキもアイカが隣に来たのを見ると再び空を見上げた。


「目が覚めたのって夕食の騒ぎが関係してるの?」

「さあ、分からないな。普通、あれだけ騒げば疲れて眠くなるものなんだけど……」

「確かにそうね……それにしても、夕食の時は賑やかだったわね」

「ああぁ、そうだな」


 ユーキは夕食の時のことを思い出して笑みを浮かべ、アイカもクスクスと笑い出した。

 夕食の時、ユーキたちはスイージェス村にある集会場と思われる建物で村人たちが用意してくれた料理をご馳走になった。出された料理はスイージェス村では定番の料理ばかりでユーキたちは興味を持ちながら食べていく。

 パーシュとフレードも定番料理を懐かしく思いながらユーキたちと一緒に料理を食べていたのだが、その時に二人の両親が久しぶりに自分たちの子供と食事がしたいと言ってやって来た。

 後輩たちの前で両親と共に食事をすることを恥ずかしく思ったパーシュとフレードはなんとか家族を家に帰そうとするが、生徒たちが一緒でも構わないと言うので結局家族と共に夕食を食べることになってしまった。

 パーシュとフレードの家族が来てからユーキたちの夕食は大盛り上がりとなった。ダグフレスとジュリーネはパーシュの幼い頃の頃を話を、ガルとパリーテアはフレードの恥ずかしい思い出を本人たちの前で遠慮なくユーキたちに話した。

 恥ずかしくなったパーシュとフレードは顔を赤くしながら両親を止めるが、ダグフレスたちは二人が止めても話し続け、更に二人に関係はどうなっているのかまで訊いてきたのでパーシュとフレードは夕食の間、恥ずかしがりながら食事をすることとなった。

 それから夕食が済むとダグフレスたちはパーシュとフレードを連れて自宅へ戻って行き、その間にパーシュとフレードは恥をかかせた両親に不満を口にし、ダグフレスたちは笑いながら二人に謝罪をする。ユーキたちはそんなパーシュたちを見送りながら楽しそうに笑っていた。


「あの時の先輩たち、本当に恥ずかしそうにしてたよな」

「ええ、いつも堂々としている二人が真っ赤にしながらご両親を止めていたから、私もつい笑っちゃった」

「ハハハハ、俺もだよ」


 恥ずかしがるパーシュとフレードを思い出してユーキとアイカは笑う。二人の笑い声は小さいが、静まり返っているスイージェス村にはよく響いた。

 笑い終えたユーキとアイカは再び星空を見上げてパーシュとフレードのことを考える。夕食の時の二人は恥ずかしがっていたが、ユーキとアイカにはパーシュとフレードは恥ずかしがりながらも両親との会話を楽しんでいるように見えていたのだ。


「口ではご両親に文句を言っていたけど、先輩たちはちょっと楽しそうだったわね」

「そうだな……」


 ユーキは小さく笑いながらゆっくりと俯く。笑ってはいるがユーキの顔からは僅かに寂しさのようなものが感じられ、それに気付いたアイカは笑みを消してユーキを見つめる。


「……ユーキは転生する前、家族と賑やかな食事をしたことが無かったの?」

「ああ、両親は小さい頃に死んじゃったし、爺ちゃんは騒いで食事をするのは好きじゃなかったからな。だから、家族とあんな風に食事をしてた先輩たちが少し羨ましかったよ」

「そう……私は子供の頃に両親と食事をしたことがあったけど、まだ小さかったからよく覚えていないの」

「お互い、家族と楽しく飯を食べた記憶が無いってことか……」


 長い間、メルディエズ学園の生徒として生きてきたせいか、家族のことを思い出したユーキとアイカは少し寂しさを感じて俯き、黙り込む二人に夜風が当たる。

 

「……私たちには血を分けた家族との思い出は殆ど無いかもしれない。だけど、今でも家族はいるわ」

「ん?」


 ユーキが不思議そうにアイカを見ると、アイカはユーキの方を向いて静かに口を開いた。


「今の私にとってはメルディエズ学園の仲間たちが大切な家族よ。血は繋がっていなくても、一緒に戦い、一緒に笑ってくれるパーシュ先輩たちは家族と同じくらい大切な人たち」

「先輩たちが家族、か……」

「ユーキ、貴方はどう思ってるの?」


 アイカに問いかけられ、ユーキは目を閉じながら小さく俯いて考える。

 異世界に転生してからユーキは色んな人たちと出会った。その中でもメルディエズ学園の生徒、特にアイカやパーシュ、フレードは共に依頼を受け、共に生活してきた特別な存在だとユーキは感じている。アイカの言うとおり、メルディエズ学園の仲間たちは血の繋がらない家族だと言えた。

 ユーキは目を閉じながらメルディエズ学園での仲間たちとの触れ合いを思い出し、やがて目を開けると小さく笑いながらアイカの方を向いた。


「……確かに、血は繋がっていなくても学園に通っている仲間や友達は俺たちにとって家族みたいな存在だな」

「ええ、一緒に笑ってくれたり、支え合ってくれる人たちが傍にいてくれれば、血の繋がった人がいなくても生きていくことができる。私はそう思ってるわ」


 風で揺れる髪を直しながらアイカは優しく微笑み、そんなアイカの横顔を見たユーキは軽く目を見開く。同時に以前体験した胸を軽く締め付けられるような気持ちになり、アイカをジッと見つめた。


「さて、そろそろ戻りましょうか? あまり夜更かしすると明日の朝、起きられなくなっちゃうから」

「え? ……あ、ああ、そうだな」


 声をかけられて我に返ったユーキは自分の頬を軽く叩き、そんなユーキをアイカはまばたきをしながら見ている。


「どうかしたの?」

「い、いや、何でもないよ……」


 ユーキは苦笑いを浮かべながら誤魔化すように返事し、アイカはユーキを見ながら小首を傾げる。自分がアイカに見惚れていたことに気付かれていないか、とユーキは心の中で心配しながら静かに息を吐いた。

 気分転換も済み、ユーキとアイカは自分たちが休んでいた場所に戻ろうとする。すると、突如静かなスイージェス村の中に警鐘の音が響き、ユーキとアイカはフッと反応した。


「何だ?」

「警鐘の音みたいだけど、何か遭ったのかしら?」


 ユーキとアイカが警鐘に驚いていると他の生徒たちや村人たちも目を覚まし、窓から顔を出したり、外に出たりして周りを見回す。静かだったスイージェス村は一瞬にして騒がしくなってしまった。

 警鐘を聞いてメルディエズ学園の生徒たちは武器を持って外に出てくる。村人たちの中でもマナード剣術を使える村人は剣を握って家から飛び出す。その中には神刀剣を持つパーシュとフレードの姿もあり、ユーキとアイカを見つけると二人の下に駆け寄った。


「ユーキ、アイカ、何が起きたんだい?」

「分かりません。私とユーキもついさっき警鐘を聞いたばかりなので……」

「こんな夜中に警鐘を鳴らすなんて、モンスターの集団でも現れやがったのか?」


 フレードは面倒そうな顔をしながら警鐘がなる原因を考え、パーシュも目を鋭くして周囲を見回す。そんな時、ユーキたちがいる広場に一人の中年の村人が慌てた様子でやってきた。


「大変だ! 村の南側にベーゼの集団が現れた!」


 村人が大きな声で広場にいる全員に何が起きたのか伝え、それを聞いたユーキたちの顔には緊張が走る。パーシュとフレードは早足で知らせに来た村人の下へ向かい、ユーキとアイカもそれに続いた。


「おい、ベーゼが現れたって本当かい?」

「あ、ああ……三十体ぐらいはいて、体のデカい奴もいた」

「……それ、本当にベーゼだったのかい?」


 村人がモンスターをベーゼと見間違えたのかもしれない、そう考えながらパーシュが再確認すると村人は首を強く横に振った。


「ああぁ、あれはベーゼだ。昔、見たことがあるから間違いねぇ!」


 力の入った声を出す村人を見たパーシュは表情を鋭くして黙り込む。ユーキとアイカは緊迫した表情を浮かべ、フレードは小さく舌打ちをした。

 昼間に林にいるベーゼを全て倒して転移門も封印したはずなのにどうしてまたベーゼが現れ、しかもスイージェス村に近づいて来ているのか、気になることは沢山あるが今はそれを考えている暇など無かった。


「……フレード、生徒たちは全員この広場に集めな。ベーゼたちの狙いは間違い無くこの村だ、全員で対処するよ」

「フン、お前に指図されるのは気に入らねぇが、仕方ねぇ。今回は素直に言うとおりにしてやらぁ」


 そう言うとフレードは外に出ている生徒たちの方へ走っていく。フレードを見届けたパーシュは次にユーキとアイカの方を向いた。


「ユーキ、アイカ、アンタたちも戦いの準備をしてきな。あまり時間はないから、急ぐんだよ」

『ハイ!』


 声を揃えて返事をしたユーキとアイカは走って戦闘準備に向かう。残ったパーシュは目を鋭くして村の南側を見つめた。


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