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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第六章~苦痛の魔女~
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第九十話  屋敷内捜索


 北側の裏口から突入したユーキたちは合流場所である広間を目指して移動する。敷地内に侵入した直後、ユーキたちは屋敷に入るための入口を探すが見つからず、屋敷の壁が崩れてできた穴から中に入った。

 屋敷の中はユーキたちが想像していた以上に劣化していた。窓ガラスは殆どが割れ、壁は汚れて所々にひびも入っており、少し力を加えれば崩れてしまいそうな状態だ。

 天井には無数の穴が開いて二階が見えるようになっており、床も隅に草が生え、一部は腐っている。屋敷の状態を見たユーキたちは目を丸くし、フレードは「うわぁ」と嫌そうな表情を浮かべた。

 簡単に屋敷の中を見たユーキたちは広場に向かう。だがその直後、数体のベーゼが現れてユーキたちに襲い掛かった。屋敷の中なので外で戦っていた時よりも動きづらく苦戦すると思われていたが、ベーゼは全て下位ベーゼであったため、問題無く返り討ちにして先へ進んだ。

 ベーゼの奇襲を警戒しながら広めの廊下を進み、ユーキたちは目的との広間の前に辿り着く。入口である二枚扉を開けると広い部屋がユーキたちの視界に入った。

 広間には大きめの机や椅子が幾つもあり、その殆どが壊れて使えなくなっている。中には形を保っている物もあるが、足などが劣化していつ壊れてもおかしくないくらい痛んでいた。


「……パーシュたちはまだ来てねぇみたいだな」


 広間を見回しながらフレードはパーシュたちがまだ来ていないのを確認し、ユーキや他の生徒たちも広間にベーゼが隠れていないか確認する。

 ユーキたちが広間を調べていると入って来た扉と正反対の方角にある別の二枚扉が開き、ユーキたちは一斉に構えて扉の方を向く。そこには同じように構えて広間の中を警戒するアイカたちの姿があった。


「何だ、先に来てたのかい?」


 広間にいたユーキたちを見てパーシュは意外そうな顔をする。アイカや他の生徒たちは無事にユーキたちと合流できたことで安心したのか軽く息を吐いたり笑みを浮かべたりしていた。


「よぉ、随分遅かったじゃねぇか?」

「こっちは正面から突入したんだよ? アンタたちと違って多くのベーゼを相手にしてたんだ、遅くなってもおかしくないだろう。それに随分なんて言ってるけど、見たところアンタたちもついさっき来たばかりだろう? カッコつけてるんじゃないよ」


 からかうような笑みを浮かべるフレードにパーシュは興味の無さそうな顔で言い返す。フレードはパーシュの反応が面白くないのか小さく鼻を鳴らした。

 生徒たちは別の班に入っていた仲間に近寄って安否を確認する。生徒たちは友人が無事だったことを知ると笑みを浮かべ、肩を組んだりなどした。そんな中、ユーキもグラトンを連れてアイカの下へ向かった。


「大丈夫か?」

「ええ、途中で二人怪我をしてしまったけど、回復魔法で治療したから問題無いわ」

「負傷? そんなにベーゼの数が多かったのか?」


 パーシュの言葉を思い出し、ユーキはアイカを見ながら少し驚いたような反応を見せる。中級生以上の生徒で編成された班に負傷者が出たため、ユーキはかなりの数のベーゼと交戦したのだろうと思っていた。

 驚くユーキの顔を見たアイカは若干複雑そうな表情を浮かべながら小さく俯いた。


「……確かに一人はベーゼの攻撃で怪我を負ってしまったけど、もう一人は仲間の攻撃で怪我をしてしまったの」

「仲間の攻撃で?」


 アイカの言葉を聞いたユーキは穏やかな話ではないと感じて目を僅かに細くする。ユーキの後ろにいるグラトンは座り込みながらまばたきをしていた。


「正門から中庭に突入して見張りのベーゼと戦っている最中にベーゼを狙った攻撃が誤って男子生徒の一人に当たってしまったの。そのことに驚いてもう一人の男子生徒が隙を作ってしまい、ベーゼの攻撃で負傷したの」

「そんなことがあったのか……その誤って仲間を攻撃した生徒っていうのは?」


 誰が仲間に怪我を負わせたのか尋ねるとアイカはチラッと左に視線を向け、ユーキもつられるように左を確認する。

 ユーキの視線の先には他の生徒たちから離れた所で俯いているメトリジェアの姿があった。メトリジェアは苛ついているのか僅かに表情を険しくしながら自身の親指の爪を噛んでいる。

 爪を噛むメトリジェアの姿を見た周りの生徒たちは気味悪がっているのか、さり気なくメトリジェアから距離を取る。離れた生徒の中にはメトリジェアと同じ班の生徒もおり、軽蔑するのような目で彼女を見ていた。


「もしかして、メトリジェアなのか、誤って仲間を攻撃しちゃった生徒って?」

「ええ、ベーゼを狙って射った彼女の矢が一緒に戦っていた生徒に当たったの。幸い急所は外れてたし、ベーゼの攻撃を受けた生徒の傷も浅かったからトムリアさんの魔法で完治したわ」

「そうか。……因みにメトリジェアは何か言ってたか?」


 その後のメトリジェアの反応が気になったユーキはアイカの方を向いて尋ねる。アイカはメトリジェアを見つめながら嫌なことを思い出したかのような表情を浮かべた。


「最初は自分がやったと名乗り出ず黙っていたわ。だけど、トムリアさんがメトリジェアさんが矢を放ったのを見たと発言して、パーシュ先輩たちはメトリジェアさんを問い詰めたの。そしたら最初は否定していた彼女も自分がやったと認めたわ」

「何ですぐに名乗り出なかったんだ?」

「分からないわ。本人は何も言わなかったし、封印依頼の最中だったからパーシュ先輩も追求せず、封印が終わってから訊くことにしたみたい。ただ、自分がやったことを隠そうとしたことで他の生徒たちはあれからずっとメトリジェアさんを冷たい目で見るようになったの」


 アイカの話を聞いたユーキはメトリジェアの行動に呆れ、同時にアイカたちが自分たちよりも遅く広間に辿り着いた理由を知って納得する。

 わざとじゃないとは言え、仲間を傷つけておいて自分がやったと名乗り出ずに隠そうとしたのは褒められたものではない。隠そうとした結果、メトリジェアは自分の立場を悪くし、班の中で孤立する結果になってしまったとユーキはメトリジェアを見ながらそう思った。


(大方、貴族である自分のせいで仲間が傷ついたってことを知られたくなくて隠そうとしたんだろうな)


 ユーキはメトリジェアを見つめながら彼女が自分のやったことを隠そうとしていた理由を想像する。

 ただでさえ貴族は平民よりも立場が上だと考えて周囲の生徒から距離を取られているのに事実を隠蔽しようとしたことでメトリジェアはますます仲間から嫌悪されるようになってしまった。このままの状態で依頼を続けて大丈夫なのかとユーキは小さく不安を感じる。


「皆集まりな、この後のことを説明するよ」


 ユーキとアイカがメトリジェアを見ているとパーシュが生徒たちに呼びかけ、ユーキたちはパーシュとフレードの下に集まる。パーシュとフレードは壊れていない机の上に屋敷の簡単な地図を広げ、ユーキたちは机を囲んで地図を見た。


「今あたしたちがいるのは屋敷の中央にある広間、此処を拠点にして屋敷の中にある転移門を探すよ」

「探す? パーシュさん、転移門が何処に開かれたのかは村の人たちから聞いていないんですか?」


 トムリアはパーシュの方を見ながら尋ねる。スイージェス村の村人が屋敷の中で転移門を見つけたのでパーシュとフレードは何処に転移門があるのか教えてもらったと思っていたのでパーシュの話を聞いてトムリアやユーキたちは意外に思った。

 ユーキたちが見つめる中、パーシュは周りを見て複雑そうな顔をした。


「それが転移門を見つけた連中、ベーゼに襲われた時のショックで何処に転移門があったのか忘れちまったみたいなんだよ。だから一階か二階か、どの辺りにあるのかも分からないんだ」


 転移門を見つけた村人が忘れてしまったと聞かされたユーキたちは「ええぇ」と目を軽く見開く。屋敷の中を隅々まで調べて転移門を見つけなくてはならないという面倒な状況に生徒の数人は若干不満そうな反応を見せた。

 だが、屋敷の中に転移門があるのは間違い無いため、屋敷の中を探せばいつかは転移門は見つかると一部の生徒は不満を見せずにパーシュとフレードを見ていた。生徒たちの反応を見たパーシュとフレードは地図に視線を戻して説明を続ける。


「ここからは三人一組を六つに分けて屋敷内を捜索するよ。六つの内一つは此処で待機、残り五つの内、二つは一階、三つは二階を捜索をする。転移門を発見したらすぐには封印せずに近くにいる別の班を呼ぶんだ。転移門を護るために強いベーゼが待ち構えているかもしれないからね」

「転移門からは常にベーゼの瘴気が溢れ出てるんだ。転移門を見つけたらすぐに瘴壊丸を飲んで瘴気に侵されないようにしろよ?」


 捜索の仕方や注意する点をパーシュとフレードは語り、ユーキたちは黙って二人の話を聞く。林の中に潜んでいるベーゼを倒しながら屋敷を目指すのと違い、今回は全員で屋敷の中を捜索するため、生徒たちの中には少し安心した様子を見せる者もいた。

 だが屋敷の中にはまだベーゼがいる可能性が高く、何体いるのかも分からない。しかも外で戦うのと違い、今回は狭い屋敷の中で戦うことになるため、ある意味で外にいた時以上に慎重に戦う必要があった。

 一通りの説明が済むとパーシュとフレードは班分けを始める。六つの班の戦力が平等になるよう二人は生徒たちの装備や実力などを計算して分けていく。

 しばらくして班分けが終わり、ユーキとフレードは一階を探索する班に入り、アイカとパーシュは二階の探索する班に入ることになった。

 グラトンは体の大きさや屋敷の状態から屋敷内を動き回るのは危ないと判断され、待機する班と一緒に広間に残ることとなり、ユーキもその方がいいと納得する。

 班分けが終わるとパーシュとフレードは最後にもう一度生徒たちに忠告をしてから同じ班の生徒と共に広間を出て行き、ユーキたちも広間を出て捜索に向かう。

 待機する班の生徒は広間を出ていくユーキたちの無事を祈りながら見送り、グラトンも座り込んでユーキたちを見つめる。


「さてと、転移門は何処にあるんだろうねぇ……」


 月下と月影を構えるユーキは廊下の真ん中を歩く。その後ろをジェリックとフレードの班にいた杖を持った女子生徒がついて行き、周囲を見回しながら転移門を探す。広間を出た直後、ユーキはフレードたちと別れて一階の西側を調べるために西へ向かい、フレードたちは正反対の東側へ向かった。

 フレードに憧れているジェリックとしてはフレードと同じ班がよかったのだが、フレードとパーシュが戦力を考えて班分けをしたため、不満などは口にせずに納得した。

 静かで若干不気味さが感じられる廊下をユーキたちは慎重に進む。いつベーゼと遭遇しても対応できるよう、常に臨戦態勢を取っていた。


「こ、こっちに転移門があるのかな?」


 女子生徒は杖を両手で握りながら若干震えた声を出す。彼女は今回初めて封印依頼に参加したため、転移門を見つけた時に上手く動けるか不安を感じていた。


「別に転移門を見つけても難しいことはしない。ただ封鎖石を転移門に向かって投げるだけだ、心配することはねぇよ」


 ジェリックは後ろをついて来る女子生徒を見ながら語り掛ける。声や表情は面倒そうだが、ジェリックなりに後輩であり、初めて参加する生徒を落ち着かせようとしているようだ。

 女子生徒はジェリックの言葉を聞くと少しだけ緊張が解けたのか小さく苦笑いを浮かべ、ジェリックは女子生徒の反応を見るとやれやれと言いたそうにしながら前を向く。そんなジェリックを見たユーキは小さく笑った。


「トルフェクス先輩って意外と後輩想いなんですね?」

「フン、意外で悪かったな。いいからちゃんと前を向いて歩け」

「ハハハ、すんません」


 笑いながら謝ったユーキは言われたとおり前を向き、ジェリックはユーキの背中を見ながら小さく鼻を鳴らす。そんな軽い会話をしながらユーキたちは廊下を歩いて行った。


「先輩、ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん? 何だよ」

「アイカから聞いたんですけど、メトリジェアが誤って仲間を矢で射抜いちゃったんですよね?」


 前を見ながらユーキが真剣な表情で尋ねると、ジェリックは一瞬目を見開くがすぐに目を鋭くしてユーキを見る。

 女子生徒はユーキの言葉を聞いて小さく反応していた。彼女もメトリジェアの一件を誰かから聞いて知っているようだ。


「……ああ、アイツはわざとじゃないって言ってたが、本当かどうかは怪しいもんだ」


 メトリジェアの言ったことを信用していないジェリックは不満そうな顔をしながら語り、ユーキは前を向いたまま視線だけを動かしてジェリックの方を見る。


「その後、メトリジェアが何か怪しい言動をとったりとかしませんでしたか?」

「……? いや、してねぇけど?」

「そうですか……」

「何だよ、何が言いたいんだよ」


 いきなりメトリジェアの件について訊いてきたかと思えば意味深なことをいうユーキをジェリックは目を細くしながら見つめる。するとユーキはゆっくりと立ち止まり、ジェリックと女子生徒もつられるように立ち止まった。

 立ち止まったユーキは振り返り、目を鋭くしてジェリックを見上げる。ジェリックは児童とは思えないくらい鋭い目をするユーキを見て驚いたのか軽く反応した。


「シェシェル先輩がメトリジェアが矢を放ったと話したことで彼女は他の生徒たちに自分の過ちを知られてしまったんですよね?」

「あ、ああ」

「メトリジェアは平民を見下すほどプライドが高い女です。もしかすると、自分の恥をかかせたシェシェル先輩に何らかの方法で仕返しをするかもしれません」


 ジェリックはユーキを見ながら思わず目を見開く。


「お前、本気でそう思ってるのか?」

「彼女の性格と広間にいた時の様子を見れば可能性は高いと思います。広間にいた時のメトリジェア、ちょっと病んでるような様子でしたから」


 ユーキは広間でメトリジェアが自身の爪を噛んでいた時のことを思い出しながら語り、ジェリックはユーキから目を反らして少し表情を険しくする。確かにメトリジェアの性格を考えれば復讐をしてもおかしくないとジェリックは考えていた。

 自分の失敗が原因で周囲から冷たい目で見られるようになったのにそれをトムリアのせいにして逆恨みをするかもしれない。ジェリックは目を鋭くしながら拳を強く握った。


「もしもアイツがそんなふざけたことをやろうっていうのなら、女だろうと容赦しねぇ。俺がこの手でぶっ飛ばしてやる!」


 低い声を出しながら怒りを露わにするジェリックを見た女子生徒は思わず息を飲み、ユーキは表情を変えずに落ち着いた様子でジェリックを見ていた。


「落ち着いてください先輩。可能性が高いと言うだけでまだメトリジェアが復讐すると決まったわけじゃありません。依頼中にメトリジェアが何かやらかさないよう見張っておいた方がいいって話です」

「……ああ、分かってる」


 ユーキの言葉で冷静さを取り戻したのか、ジェリックは少しだけ表情を和らげる。落ち着いたジェリックを見た女子生徒は緊張が解けたのか軽く息を吐き、ユーキもジェリックを黙って見つめた。


(普段口喧嘩ばかりしてるのに復讐されるかもしれないって話すとこんなに興奮するなんて……トルフェクス先輩ってやっぱりシェシェル先輩のことが好きなんじゃないかな)


 ジェリックの反応を見たユーキは心の中でジェリックの本心を想像する。同時に以前トムリアとジェリックに言ったケンカップルという言葉が二人にピッタリだと感じていた。

 ユーキたちが立ち止まって話をしていると廊下の奥の右側にある扉が開き、扉が開く音を聞いたユーキたちは一斉に扉の方を向く。扉の奥からは三体のインファが現れ、廊下に出ると剣を構えながら鳴き声を上げてユーキたちの前に立ち塞がる。

 インファたちを見たユーキとジェリックは素早く構え、女子生徒も緊迫した様子で杖を構えた。


「チッ、ちょっと声をデカくしすぎたか。ベーゼたちに見つかっちまった」

「問題無いと思いますよ。俺たちの仕事は転移門の封印とベーゼの殲滅です。どの道ベーゼは全て倒さなくちゃいけないんですから」


 ベーゼを倒すのが目的だから見つかっても関係ない、ユーキの言葉を聞いたジェリックは小さく笑う。そんなユーキとジェリックのことを気にもせず、インファたちはゆっくりと近づいて来る。


「奴らは戦う気満々みてぇだし、ちゃっちゃと片付けて先へ進むぞ」

「ハイ」


 ユーキが返事をした直後、ジェリックへ上段構えを取りながらインファに向かって走り出し、ユーキも二の字構えを取ってそれに続く。女子生徒も二人を援護するため、魔法を発動させようとする。


――――――


 二階の廊下をアイカの班が西に向かって移動している。二階の廊下はあちこちが痛んでいるため、足を乗せた瞬間に床が抜けて一階に落ちてしまう可能性があった。アイカたちは足元に注意しながら歩いて行く。

 アイカを先頭にその後ろをトムリアが杖を握りながらついて行く。ベーゼの奇襲だけでなく、足元にも注意しなくてはならないためトムリアはこれまで以上に慎重になっている。そして、トムリアの後ろ、最後尾にはメトリジェアの姿があった。


「此処から先は更に床が劣化しています。気を付けて進んでください」

「ええ、分かってるわ」


 忠告するアイカを見ながらトムリアは小さく頷く。メトリジェアは返事をせずに小さく鼻を鳴らしながら歩いている。アイカはメトリジェアを見ながら少し複雑そうな表情を浮かべた。

 班分けの時、トムリアとメトリジェアの二人と同じ班になったと知ったアイカは驚いた。林に入ってから屋敷の広間に辿り着くまでの間、トムリアとメトリジェアの間では何度も問題が発生している。そのため、二人の関係は最悪と言ってもいい状態だったので二人と同じ班に選ばれたことにアイカは動揺を隠せずにいた。

 アイカはなぜ自分がトムリアとメトリジェアと同じ班にしたのか、どうして二人を同じ班にしたのか班分けが終わった直後にパーシュに尋ねた。パーシュいわく、今いる生徒たちの実力や職業を考えると、どうやってもトムリアとメトリジェアは同じ班になってしまい、三人目に適した生徒はアイカしかいなかったようだ。

 説明を聞いたアイカは仕方が無いと納得し、二人と共に二階の捜索を行うことにした。幸い、広間を出てから此処までの間、トムリアとメトリジェアは揉め事を起こしていない。アイカはこのまま何事もなく捜索が終わってほしいと願っていた。

 不安を感じながらアイカは廊下を進み、トムリアとメトリジェアはその後をついて行く。すると廊下の左側に並んでいる扉の一つが勢いよく開き、部屋の中からモイルダーが跳び出す。現れたモイルダーを見たアイカはプラジュとスピキュを構え、トムリアとメトリジェアも戦闘態勢に入った。


「敵はモイルダー一体……私が相手をします。お二人は後方から援護をしてください」

「分かったわ、気を付けてね」


 アイカの指示を聞いたトムリアは杖を構えていつでも魔法を撃てるようにする。一方でメトリジェアは同じ中級生で平民であるアイカに指示されるのが不満なのか周囲に聞こえないくらい小さく舌打ちをした。


(何で私がこんな奴らと同じ班、それも平民の指示に従わなくちゃいけないのよ。本来なら貴族である私がコイツらに指示を出すべきなのに……)


 持っている弓と矢を握る手に力を入れながらメトリジェアは目を鋭くする。貴族である自分が平民の指示に従う現状、中庭での一件で悪くなっている立場、メトリジェアは今の自分は周囲から無様に思われていると感じていた。

 メトリジェアは苛立ちや悔しさを感じながら奥歯を噛みしめ、同時に視界に入るトムリアをジッと睨みつけた。


(私がこんな思いをしているのも全部シェシェルのせいよ! コイツがいなければ私は今頃……)


 自分が今惨めな思いをしているのはトムリアのせいだとメトリジェアは考えて彼女を睨みつけた。トムリアはそんなメトリジェアに気付くことなくアイカを見守っている。

 アイカはトムリアが見守る中、モイルダーと攻防を繰り広げていた。モイルダーは両手の爪を交互に振ってアイカを攻撃し、アイカはプラジュとスピキュを器用に操って爪を防ぎ、防いだ直後にプラジュで反撃する。だがモイルダーはアイカの攻撃をかわし、素早くアイカの左側面に回り込んで爪で攻撃した。

 迫ってくる爪を見たアイカはスピキュで爪を防ぐとプラジュで横切りを放ち反撃する。プラジュはモイルダーの左脇腹を切り裂き、斬られたモイルダーは鳴き声を上げながら後ろにふらつく。すると、モイルダーが数歩下がった瞬間に床が抜け、モイルダーは一階に落下した。

 モイルダーが落ちるのを見たアイカは軽く息を吐きながらプラジュとスピキュを軽く外側に振ってトムリアとメトリジェアの方を向いた。

 トムリアは戦いを終えたアイカを見て微笑みを浮かべるが、メトリジェアはトムリアを無言で睨んでいる。そんなメトリジェアを見たアイカはこの後も上手くやっていけるか不安を感じていた。

 アイカはトムリアとメトリジェアの方へゆっくりと歩き出す。するとトムリアとメトリジェアに後ろの床から何かが勢いよく飛び出し、三人は目を見開いて飛び出したものを見る。

 飛び出したのはモイルダーで左脇腹に切傷が負っている。どうやら先程アイカと戦っていたモイルダーが一階に落ちた後、トムリアとメトリジェアの背後を取れるよう二人の真下に移動し、勢いよくジャンプして二階に上がって来たようだ。

 モイルダーは目の前にいるトムリアとメトリジェアを見ると近くにいるメトリジェアを爪で切り裂こうとする。メトリジェアはトムリアを睨んでいたことで警戒を解いていたため反応が遅れてしまい、モイルダーの攻撃を避けられない状態だった。

 メトリジェアは驚愕の表情を浮かべながら殺されると感じる。すると、トムリアが握っていた杖の先をモイルダーに向けて魔法を発動させた。


光の矢ライトアロー!」


 トムリアの杖の先から白い光の矢が放たれ、モイルダーの胴体に命中する。光の矢を受けたモイルダーは背中から床に叩きつけられ、そのまま黒い靄と化して消滅した。

 モイルダーが消滅するとトムリアは緊張が解けたのか深く息を吐き、メトリジェアは呆然としながらトムリアを見つめる。


「大丈夫、フェンドリックさん?」


 トムリアはメトリジェアの安否を確認するとメトリジェアは表情を変えずに小さく頷き、メトリジェアが無事なのを確認したトムリアは安心して微笑みを浮かべる。そこへアイカが慌てた様子で二人に駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか」

「すみません、私がちゃんと倒したか確認しなかったせいで……」

「仕方ないわよ、一階に落ちちゃったら確認するのは難しいだろうから」


 軽く首を横に振りながら語るトムリアを見てアイカは気持ちが楽になったのか思わず微笑んだ。同時にアイカは背後から奇襲を受けたのに冷静に魔法で応戦したトムリアに感心するのだった。

 アイカとトムリアが話をしている姿をメトリジェアは黙って見つめている。モイルダーの奇襲を受けたことに未だに驚いているのか呆然としながら二人を見ていた。


(……私が助けられた? 貴族の私が、平民で恥をかかせた女に助けれたっていうの? しかも私は応戦できなかったのに、あの女は冷静に対応してベーゼを返り討ちにした……)


 先程の襲撃で自分が憎んでいるトムリアに助けられたこと、自分が対応できなかったのに平民のトムリアができたことが信じられないメトリジェアはまばたきをし、口を半開きにしながらトムリアを見つめる。

 最初は現実が信じられずにメトリジェアは抜け殻のような状態でトムリアの後ろ姿を見ていた。だが、時間が経つにつれて少しずつ我に返り、徐々にその表情が険しくなっていく。


(ふ、ふざけるんじゃないわよ! さんざん私に恥をかかせておいて、今度は私を助けて自分が優秀なことを証明しようって言うの? なんて横暴で恩着せがましい奴なの、アイツはぁ!)


 メトリジェアはトムリアを睨み詰めながら弓を力一杯握り、トムリアへの怒りを露わにした。

 トムリアはメトリジェアに恩を売るためでも、増してや自分が優秀であると証明したかったわけでもない。ただメトリジェアを助けるために行動したのだ。少し前まで口論していた相手でもトムリアはメトリジェアを共に依頼を受ける仲間と思っていた。

 だが、メトリジェアはトムリアの本心に気付かず、トムリアが自分のプライドを傷つけたと思い込んでいる。感謝しようとは微塵も思わず、ただトムリアに対して被害妄想をしていたのだ。

 思い違いからメトリジェアはトムリアに対して更に強い憎悪を懐くようになり、なんとしてもトムリアに報復したいと思うようになっていった。

 それからアイカは他にベーゼが隠れていないか廊下や近くの部屋を調べ、ベーゼがいないのを確認すると移動を再開する。トムリアもそれに続き、メトリジェアはトムリアを睨みながら無言でついて行った。

 しばらく進み、アイカたちは二つ並ぶ部屋の前までやって来た。二つの部屋の内、アイカたちから見て左側の部屋は扉が無く室内を確認することができるが、右側の部屋は扉が少し開いているだけの状態なので中はよく見えない。廊下にはまだ先があり、どうなっているのか気になるがアイカたちは焦らずにまず目の前にある二つの部屋を確認することにした。

 アイカたちは最初に扉の無い左側の部屋を覗いてみた。中は少し広めで部屋の隅には壊れかけた本棚が二つ置いてあるだけだった。部屋の内側、入口前の床は劣化しており、中に入ろうと足を踏み出せば床が抜けてしまうほどボロボロだった。


「この部屋には何もありませんね……隣の部屋を調べてみましょう」


 左の部屋を調べ終えたアイカが右の部屋を調べようと扉に近づき、プラジュで扉をゆっくりと押し開けて中の覗く。すると部屋の中を見た瞬間、アイカは目を見開いて扉を全開させた。

 部屋は隣と比べて狭く、左端に壊れた椅子と机が置いてある。そして、部屋の中央には濃紫色のベーゼの転移門が開いており、転移門からは少量の瘴気が溢れ出ていた。


「ベーゼの転移門!」


 アイカは転移門を見ながら思わず声を上げ、トムリアとメトリジェアも部屋の中を見て目を見開く。転移門からは瘴気が溢れ出ているため、扉を開けた瞬間に床に溜まっていた瘴気が廊下に出てきた。

 外に出てきた瘴気を見たアイカたちは急いで瘴壊丸を取り出して飲んだ。瘴壊丸を飲んで瘴気の毒素に侵される心配がなくなるとアイカたちは改めて部屋の中を確認する。不思議なことに部屋の中には見張りのベーゼは存在せず、転移門が開いているだけだった。


「見張りのベーゼがいない……妙ですね」

「確かに、転移門はベーゼたちにとって重要な物なのに一体も見張りがいないなんておかしいわ」


 アイカとトムリアはベーゼたちが最も護りを固めるであろう転移門が開いた場所に見張りがおらず、その周辺にもベーゼの姿が無いことに疑問を懐く。実際、ここまでの道中でアイカたちは先程遭遇したモイルダー以外、ベーゼを一体も見かけていなかった。

 どうしてベーゼたちが転移門を護っていないのかアイカは不思議に思う。だが、今は見張りがいない理由を考えるよりも転移門を発見したことを他の生徒に報告することの方が重要だった。


「とりあえず、転移門を発見したことをパーシュ先輩たちに報告しに行きましょう」

「でも、見張りのベーゼはいないみたいだし、それならすぐに封印した方がいいんじゃ……」

「念のためです。何か遭った時、大勢の生徒がいた方が対処しやすいですし、パーシュ先輩たちに封印するところをちゃん確認してもらった方がいいと思いますから」

「……確かにそうね」


 アイカとトムリアはパーシュたちの下へ向かうため、来た道を戻ろうとする。すると今まで黙っていたメトリジェアが話しかけてきた。


「待って、報告に行くのは一人にして、二人は此処に残った方がいいんじゃないかしら? もしも全員で報告に行っている間に別の場所にいたベーゼがやって来て転移門の護りを固めたりしたら面倒なことになっちゃうわ」


 メトリジェアの口から出た言葉にアイカとトムリアは意外そうな顔をする。他の生徒を見下し、自分から周りと関わろうとしないメトリジェアがアイディアを出したことに二人は内心驚いていた。

 確かにメトリジェアの言うとおり全員で報告に行くよりは見張りを残して転移門を確保しておいた方が効率がいいかもしれないし、ベーゼに奪い返される可能性も低くなるとアイカとトムリアは感じていた。


「そうですね、私たちの内、誰か一人が報告に行くことにしましょう」

「それじゃあ、私とシェシェルが残るから、貴女が報告してきて」

「え?」


 アイカは少し前まで口論をしていた二人が残って転移門を見張りをすると聞いて驚き、トムリアも少し驚いたような顔でメトリジェアを見る。

 トムリアとメトリジェアが残れば自分が報告に行っている間にまた口論を始めたり、何か問題を起こすかもしれないとアイカは考え、二人に見張りを任せることに抵抗を感じる。すると、考えているアイカを見たメトリジェアが静かに口を開いた。


「私だって転移門の封印っていう重要な仕事している最中に喧嘩をする気は無いわ。だから此処は私たちに任せて行って来て」


 若干低めの声でメトリジェアは自分に任せてほしいとアイカに語り、アイカは信じていいのか分からずに難しい顔をする。広間で狂ったような様子を見せたメトリジェアを見ていたため、任せてほしいと言われてもアイカは素直に任せることができなかった。

 どうすればいいのかアイカは悩んでいると、今度はトムリアがアイカに声をかけて来た。


「サンロードさん、私たちは大丈夫だから行って来て」


 アイカは不安を感じながらトムリアの顔を見る。トムリアの目からはメトリジェアを信じているという意志が感じられ、アイカは軽く目を見開いた。

 林で口論をし、誤って仲間を傷つけたメトリジェアを信じようとするトムリアを見たアイカはトムリアはとても心が広く、優しい人だと感心する。


「……分かりました。すぐに戻りますから、それまでお任せします」

「ええ」


 トムリアが返事をするとアイカは転移門が開いている部屋から出てパーシュたちに報告しに向かう。トムリアはそれを黙って見送り、メトリジェアは目を細くしながらトムリアを見つめている。


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