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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第六章~苦痛の魔女~
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第八十八話  林中の進撃


 スイージェス村を出たユーキたちは転移門が開かれた林へ向かうため、西へ向かって移動する。林に向かう間にモンスターなどに遭遇する可能性があるため、周囲を警戒しながら平原の中にある一本道を二列に並んで歩いた。

 移動中、生徒たちは警戒しながらこれから向かう林がどんな場所なのか、ベーゼの数は増えているのかなど歩きながら話し合う。特に今回初めて封印依頼に参加する生徒たちの中には緊張している生徒もおり、そんな生徒たちを経験のある生徒たちが声をかけて勇気づける。

 先頭を歩くパーシュとフレードは生徒たちのやり取りを見て、生徒たちが無茶をしないように正確な指示を出そうと考え、ユーキとアイカもできる限り初めて参加する生徒をフォローと思っていた。

 それからしばらく移動し、ユーキたちは目的地の林に到着する。林はそれほど広くなく、ユーキたちは広さや木と木の間隔から林に潜んでいるベーゼを見つけるのはそう難しくないだろうと感じた。

 到着した直後、パーシュとフレードはどのように林を探索するか話し合う。林は広くないが短時間で終わらせるためにも効率のいい方法で探索する必要がある。

 話し合いの結果、パーシュとフレードは生徒たちを二つの班に分けてそれぞれ指揮を執り、林の北と南から林に入って中心にある廃墟の屋敷を目指すことにした。

 戦力は小さくなるが二手に分かれた方が探索しやすいとユーキたちも考え、分かれて探索することに賛成する。何よりもパーシュとフレードの仲を考えると一緒に探索などできないとユーキたちは思っていた。

 それからパーシュとフレードは自分たちが指揮する班の編成を行う。戦力を平等にするため、そして生徒たちがコミュニケーションを取れるようにするため、二つに班は野営地の見張りをしていた時のように男女を混ぜて編成した。

 ユーキはフレードの班、アイカはパーシュの班に入ることになり、グラトンはユーキと同行するため、自動的にフレードの班に入ることとなった。編成が済むとユーキたちは分かれ、フレードの班は北側、パーシュの班は南側に回り込み、二つの班は廃墟を目指して林の中へと入っていく。


「ガキの頃と比べると随分雰囲気が変わったな」


 先頭を歩くフレードは林の中を見回しながら呟く。子供の頃に遊んでいた時と比べて木や草の位置、大きさなどが変わっているため、フレードは懐かしさを感じると同時に用心して進むべきだと考えた。

 フレードの後をついて来ているユーキたちも周囲を警戒しながら歩いていた。班に入った生徒の中にはユーキ以外にオロボル、パティ、ディックスもおり、得物を握りながらベーゼがいないか周囲を見回している。他の生徒たちも警戒しているが最後尾のグラトンはあまり警戒していないのか前だけを見て歩いていた。


「フレード先輩、雰囲気が変わったって言いましたけど、此処って昔はどんな場所だったんですか?」


 ユーキは今いる林がどんな場所だったのかフレードに尋ね、ユーキの声を周りにいる生徒たちも気になるのかフレードに視線を向けた。


「村を出る前にも言ったが、俺やパーシュがガキの頃よく来てた場所だ。林が狭いからかモンスターや凶暴な獣もいねぇし、見通しがいい上に食える木の実なんかもあったからいい遊び場だった」

「それじゃあ、頻繁にこの林に来てたんですか?」

「ああ、モンスターが出ねぇと分かると更に奥へ行ってみたくなってな。林の奥がどうなってるか調べるために仲間と探検したんだ。そんな時に例の屋敷を見つけたんだよ」


 フレードが転移門が開いた廃墟のことを語り始め、ユーキは一番重要なことだと感じて僅かに目を鋭くする。


「その屋敷は昔、王国の貴族が建てて暮らしていた所なんだが、貴族が病死してから誰も住もうとせず、いつの間にか廃墟となっちまった。俺たちが屋敷を見つけた時には壁とかもボロボロになってたぜ」

「どうしてその貴族はこんな林の中に屋敷を建てたんですか?」

「さあな? モンスターが出ねぇから安全だと思って建てたのか、それとも貴族が林の中に屋敷を建ててみようと思った単なる物好きだったのか……何であれ屋敷は取り壊されることなく今も残ってるみてぇだ」


 屋敷の話を聞いたユーキはと「ほほぉ」と小さく頷く。貴族がどんな理由で屋敷を建てたのかは分からないが、それはユーキたちに取って重要なことではない。重要なのはその屋敷が今はどんな状態なのかと言うことだ。


「それで、今その屋敷はどうなってるんですか? やっぱり先輩たちが見つけた時と比べるとかなり劣化が進んでいるんですかね?」

「多分な。俺たちが屋敷を秘密基地として使ってた時は床のいたる所が抜けてやがった。今は間違い無くその時よりも脆くなってるはずだ。屋敷を調べる際はそういったところも注意しろ?」

「ハイ」


 フレードが忠告するとユーキは返事をし、生徒たちもフレードの方を向いて真剣な表情を浮かべた。屋敷がどんな状態で転移門が大きくなっているのか、ユーキたちはこの後どんなことが起きるのかを気にしながら林の中を進んでいく。

 しばらく林の中を進んでいくと、ユーキたちは木の少ない広場に出る。木と木の間隔が広く、遠くを確認ことができるため、ユーキたちは近くだけでなく遠くもしっかり警戒した。


「ベーゼどもが何処に潜んでるか分からねぇ、気を抜くんじゃねぇぞ?」

「大丈夫ですよ先輩。どんなベーゼが出ようと、俺たちなら問題無く蹴散らせます」

 

 フレードが忠告する中、一人の男子生徒が自信に満ちた表情を浮かべる。フレードを尊敬する生徒の一人、オロボルだった。

 確かに今回の依頼に参加している生徒は全員中級生以上でベーゼとの戦闘経験もあるため、並みのベーゼと遭遇しても問題無く対処できるだろう。しかし、だからと言って油断していれば経験豊富な生徒でも足元をすくわれる可能性がある。そう考えているフレードはゆっくりとオロボルの方を向く。


「やる気があるのはいいことだが、油断だけはするんじゃねぇぞ?」

「分かってますって」

「それが分かってる人の返事なの?」


 オロボルの後ろから女子生徒の声が聞こえ、オロボルや近くにいるユーキたちが声のした方を向くとそこには両手を腰に当てながら呆れ顔をするパティが立っていた。

 パティの顔を見るやいなやオロボルは不満そうな顔をする。パティはパーシュを尊敬する生徒であるため、フレードを尊敬するオロボルからしてみればあまり関わりたくない生徒だった。


「返事の仕方なんて関係無いだろう。俺には油断せずにベーゼと戦うっていう意志があるんだからな」

「意志ねぇ、私には油断してるようにしか見えないけど?」

「うるさい奴だな。まあ、クリディック先輩の後ろを追いかける女だ。口うるさくなるのも無理はないか」

「ちょっと待ちなさい。貴方、今パーシュお姉様のことを悪く言ったわね? 私の前でお姉様を悪く言うのは許さないわよ」


 表情を僅かに鋭くしながらパティは低い声を出し、パティの声を聞いた他の生徒たちは緊迫した空気を感じ取ったのか顔に少しだけ緊張を走らせる。


「俺はクリディック先輩じゃなくって、いつも先輩にくっついてるペットみたいなお前を馬鹿にしてるんだ」

「誰がペットよ! それにくっついてるって言うなら貴方だって似たようなものじゃない」


 徐々に口論が激しくなっていくオロボルとパティを見て周りの生徒たちは表情を曇らせていく。ユーキもそろそろ止めた方がいいかもと感じたのかチラッとフレードの方を見た。

 フレードは睨み合うオロボルとパティを見て面倒くさそうな顔をしながら止めようとする。すると、口論を気にしながら周囲を見ていたディープスが何かに気付いて軽く目を見開く。


「皆さん、あれを見てください!」


 ディープスはユーキたちに声をかけながら一点を指差し、声を聞いたユーキたちがディープスが指差す方を確認すると10mほど離れた所から自分たちの方へ向かって来るベーゼの姿が視界に入った。

 数は全部で八体でその内の五体はインファで剣を振り上げながら走って来る。残る三体はモイルダーで木の枝から枝へ跳び移って近づいて来ていた。

 ベーゼが現れたことでユーキたちの表情を鋭くして一斉に武器を構える。先程まで口論していたオロボルとパティも口を閉じて槍とレイピアを素早く構えた。

 全員が戦闘態勢に入ったのを確認したフレードはリヴァイクスを中段構えに持ち、少しずつ距離を縮めてくるベーゼたちを睨む。

 

「早速ベーゼどもが歓迎しに来やがった。数は八体で下位ベーゼしかいないが、まだ何処かに隠れてるかもしれねぇ。気を抜いて隙を作るんじゃねぇぞ!?」

『ハイ!』

「それと、俺らの仕事は転移門を封印だけじゃなく、この林にいるベーゼを全て始末することだ。一体も逃がすんじゃねぇぞ!」


 全てのベーゼを倒せと言うフレードの指示を聞いたユーキたちは得物を強く握り、身構えながらベーゼたちを睨む。

 見通しがいい場所とは言え、周囲には無数の木があるため動きづらい。有利に戦うためにユーキたちはその場を動かずにベーゼたちが近づいてくるのを待つ。勿論、視界に入っているベーゼ以外にもベーゼが潜んでいる可能性もあるため、周囲の警戒も怠らなかった。


「ベーゼどもが一定の距離まで近づいたら魔法で応戦する。もしも魔法を凌いで近づいて来たベーゼがいたらそのまま接近戦に持ち込め。分かってると思うが此処は林だ、炎属性の魔法は絶対に使うな?」

『ハイ!』


 戦い方ややってはいけないことを聞いた生徒たちは再び声を揃えて返事をする。戦士の生徒たちは片手で武器を持ち、空いている方の手をベーゼたちに向け、魔導士の生徒たちは持っている杖の先をベーゼたちに向けた。

 ベーゼたちは移動の速度を落とすことなく、鳴き声を上げながらユーキたちに近づいて行く。生徒たちは先制攻撃を仕掛けたいと言う気持ちを抑えながら待ち続ける。そして、ベーゼたちが数m手前まで近づくと生徒たちは一斉に魔法を発動させた。


水撃ちアクアシュート!」

石の弾丸ストーンバレット!」

光の矢ライトアロー!」

闇の射撃ダークショット!」


 ユーキたちは一斉に魔法を発動させてベーゼたちを攻撃する。生徒たちの中には炎属性の魔法しか使えない生徒もおり、そういった生徒たちは魔法を撃たない代わりに周囲の警戒を続けた。

 手や杖の先から放たれた複数の下級魔法はベーゼたちに向かっていき、その内の二発はインファに命中する。しかし、残りは木に当たったり、当たらずにベーゼの真横を通過したため倒すことはできなかった。結果、三体のインファと木の上のモイルダー三体が生き残り、そのままユーキたちに向かっていく。

 倒せなかったベーゼを見て生徒たちは悔しそうな顔をしながら構え直す。その中でユーキとフレードは落ち着いて得物を構え、グラトンも鼻息を出しながらベーゼを見つめる。そして、遂にベーゼたちが接近戦に持ち込める所まで使づき、生徒たちは一斉に動く。

 戦士の生徒は前に出てインファたちを応戦し、魔導士の生徒たちは後方から魔法を放って援護する。ベーゼの数は僅か六体で明らかにユーキたちが有利な戦況だが、生徒たちはフレードに言われたとおり油断せずに戦った。

 剣を持つ男子生徒が目の前にいるインファに袈裟切りを放って攻撃し、インファは剣でその攻撃を防ぐと男子生徒に反撃しようとする。だが反撃しようとした瞬間、右側から槍を持った女子生徒が突きを放ってインファの右脇腹を刺し貫く。

 脇腹を刺されたインファは鳴き声を上げながら怯み、女子生徒に反撃しようとする。すると今度は背後から上段構えを取るディープスが現れ、怯んでいるインファに向かって剣を振り下ろして背中を切り裂く。斬られたインファは苦痛の声を漏らしながら崩れるように倒れ、そのまま黒い靄となって消えた。

 インファを倒したディープス、男子生徒と女子生徒は顔を見合いながら軽く息を吐く。だが、まだ他にもベーゼがいるため、すぐに気持ちを切り替えて別のベーゼの対応に向かう。

 パティはレイピアを構えながら目の前にいるインファを睨んでいる。インファは構えるパティを見て威嚇するように鳴き声を上げると剣を振り下ろして攻撃した。

 頭上から迫って来る剣を見たパティは右へ移動して振り下ろしを回避し、隙だらけのインファにレイピアで突きを放つ。

 レイピアの切っ先はインファの胴体に刺さり、攻撃を受けたインファは軽く鳴き声を上げてから剣を横に振ってパティに反撃する。パティは後ろに軽く跳んで横切りをかわし、距離を取るとレイピアを構え直した。


「やっぱりあんな軽い突きじゃ怯まないかぁ……それじゃあ、もっと力を入れた一撃をおみまいしてあげるわ!」


 両足を曲げ、レイピアを握る手に力を入れたパティは目の前のインファに渾身の一撃を放とうとした。だがその時、パティから見て左の方から槍を構えたオロボルが現れ、槍を勢いよく突き出してインファの頭部に攻撃する。

 頭部に槍を受けたことでインファは即死し、声を上げる間もなく消滅する。インファが消えるとオロボルは槍を軽く振ってからパティの方を見た。


「よっ、随分押されてたみたいだな?」

「押されてなんかいないわよ。確実に倒すために構えてただけ」

「ハイハイ、そう言うことにしといてやるよ」

「なっ! あ、貴方って人はぁ!」


 自分の話を信じずに助けたと思い込むオロボルを見てパティは表情を険しくする。流石に文句を言ってやろうと思い、パティはオロボルに近づこうとした。だがそこへ二体のモイルダーが木の上から二人の前に飛び下り、モイルダーを見たオロボルとパティは大きく目を見開く。

 モイルダーたちは驚くオロボルとパティに爪で攻撃を仕掛け、二人は咄嗟に槍の柄とレイピアで爪を防いだ。防御に成功する二人は後ろに跳んで距離を取り、モイルダーを睨みながら構え直す。モイルダーは爪をカチカチと鳴らしながらオロボルとパティを見つめた。


「チッ、いい気分だったのに邪魔しやがって」

「そんなこと言ってる場合? コイツはインファよりも素早いから気を付けて戦いなさい!」

「はっ、心配無用だよ。こんな奴に後れを取るほどトロくねぇてのっ!」


 自信に満ちた口調で言いながらオロボルはモイルダーに槍で攻撃する。槍先はモイルダーの腹部に真っすぐ放たれて命中すると思われた。しかし、モイルダーは高くジャンプして槍を軽々とかわした。


「何っ!」


 モイルダーの予想外の回避にオロボルは驚きの声を上げる。モイルダーはオロボルの頭上を通過しながら体勢を変えてオロボルの方を向いた状態で背後に下り立ち、がら空きになっている背中を爪で切り裂こうとする。

 背後に回り込まれたオロボルは驚きながら振り返り、パティも驚愕の表情を浮かべた。すると、パティの前にいるモイルダーも隙を見せたパティを爪で切り裂こうと右腕を振り上げる。モイルダーの攻撃に気付いたパティは「しまった」と固まる。

 現状から攻撃を避けることはできないと感じたオロボルとパティは目を閉じる。だがその時、オロボルの前にいたモイルダーの背後にユーキが回り込んで月下で攻撃し、パティに襲い掛かろうとしたモイルダーも右側からフレードに斬られた。

 攻撃を受けたモイルダーたちは掠れたような声を出しながら崩れるように倒れて消滅する。モイルダーが消えるとオロボルとパティは目を開けてユーキとフレードを目にし、驚くと同時に二人が自分たちを助けてくれたのだと知った。


「怪我はありませんか、先輩?」

「あ、ああ、助かった」


 若干動揺しながらもオロボルは返事をし、ユーキはオロボルの様子を見て問題無いと判断する。


「大丈夫か?」

「ハ、ハイ」

「敵を前にしてよそ見をするんじゃねぇ。あれじゃあ殺してくれって言ってるようなものだぞ」

「すみません、ディープス先輩……」


 隙を見せないよう忠告されたのに失敗してしまったことを反省しながらパティは謝罪する。パティを助けたフレードは残りのベーゼを片付けるために移動し、ユーキも他の生徒の加勢に向かう。オロボルとパティは同じ失敗はしないよう心の中で自分の言い聞かせて戦闘に戻った。

 その後、残りのベーゼを全て倒したユーキたちは現状と怪我人がいないことを確認し、再び廃墟を目指して移動する。


――――――


 林の南側ではパーシュの班が奥へと進んでいた。先頭には指揮を執るパーシュがおり、その後ろはアイカ、トムリア、ジェリック、メトリジェア、そして数人の生徒たちがついて行き、目的との廃墟を目指している。林に入ってしばらく経っているが、まだベーゼとは遭遇していない。

 現在、パーシュたちがいる場所は木が少なく道も平らな場所で普通に歩くことができた。もしベーゼが突然現れて戦闘になったとしても問題無く対応できる。だが、だからと言って油断することはできないため、生徒たちは気を抜かずに移動していた。


「皆、ちゃんとついて来てるかい? 勝手に動いて班から離れるんじゃないよ?」


 パーシュは前を向いたまま後ろにいるアイカたちに声をかけ、アイカたちはパーシュの声を聞きながらしっかり後をついて行った。

 アイカとトムリア、ジェリックは真剣な表情を浮かべながら周囲を見回し、ベーゼと遭遇したらすぐに戦えるようにしている。一方でメトリジェアは余裕でベーゼを倒せると思っているのか前だけを見て歩いていた。


「パーシュ先輩、此処から目的地の屋敷まではどのくらい掛かるのでしょう?」

「そうだねぇ……今のペースなら二十分前後で辿り着けると思いよ」

「ニ十分、ですか……」

「ただ、それは林の地形とかが昔と変わってなく、この先ベーゼと遭遇することなく移動できたらの話だ」


 パーシュの話を聞いたアイカは目を僅かに鋭くする。パーシュが子供の頃に行き来していた時から数年が経過しているため、林に何らかの変化があっても不思議ではない。もしかすると昔は通れた場所が今では通れなくなっているかもしれないため、パーシュが予想していた時間に到着するのは難しかった。

 ただ、早く廃墟に着かなくてはいけないと決めてるわけではないため、到着に時間が掛っても問題は無い。アイカは時間が掛っても警戒しながら進んだ方がいいと思っていた。


「それにしてもつまらないわねぇ、何も起こらないじゃない」


 アイカが俯きながら考え込んでいると背後からメトリジェアの声が聞こえ、アイカは顔を上げて振り返った。メトリジェアは持っている弓の弦を指で軽く弾きながら退屈そうな顔で歩いている。


「折角ベーゼをこの弓で貫いてあげようと思ったのに出てこないんじゃ意味ないじゃないの」


 不満が溜まっているのかメトリジェアは力の入った声で文句を言う。メトリジェアの声はそれほど大きくは無いが、静かな林の中で彼女の声はよく響いた。

 静かな森で大きな声を出せば何処かに潜んでいるベーゼにも届き、自分たちの居場所を知られ、最悪取り囲まれるかもしれない。状況を考えずに声を上げるメトリジェアを周りの生徒たちはどこか迷惑そうに見ていた。


「フェンドリックさん、あまり大きな声を出さない方がいいわよ?」


 黙っていたトムリアはメトリジェアを落ち着かせるためにそっと声をかける。トムリアも下手に声を出すのは得策ではないと感じてメトリジェアを止めようと思ったようだ。

 メトリジェアは自分を注意するトムリアが気に入らないのか、気に入らなそうな顔でトムリアの方を向いた。


「どうして止めるの? 私たちの仕事はベーゼを倒すことなのよ。だったらベーゼたちを倒すために声を出しておびき寄せれ効率がいいじゃない」

「確かにベーゼを倒すのも私たちの目的よ? でも、敵の数や何処に潜んでいるかも分からないのに大きな声を出して集めたらこっちが不利になってしまうかもしれないわ。敵をおびき寄せるにしてもこちらが有利に戦える状況を作ってからにしないと……」

「ハッ、考え方が甘いわね。相手は知性の低い下等なベーゼなのよ? そんな連中が何匹集まっても私たちに勝てるはずないじゃないの」


 ベーゼを過小評価するメトリジェアをトムリアは僅かに目を鋭くして見つめる。先頭を歩いていたパーシュやアイカたちもいつの間にか立ち止まってメトリジェアの言葉に耳を傾けていた。

 メトリジェアの話を聞いている生徒の殆どが態度の大きいメトリジェアに冷たい視線を送っているが当の本人は周りの視線に全く気付いていない。


「ベーゼは三十年前の戦争の時に多くの人たちの命を奪った恐ろしい存在なの。そんな軽く見ているといつか酷い目に遭うわよ?」


 トムリアは少し低めの声を出して力を過信するメトリジェアに注意する。すると、メトリジェアは小さく鼻を鳴らしながらトムリアに近づいた。


「アンタさぁ、さっきから偉そうにしてるけど何様のつもり? たかが平民のくせに貴族の私にお説教するなんて、いい根性してるじゃない?」


 苛立ちの籠った声を出しながらメトリジェアはトムリアを睨み付け、トムリアもメトリジェアを無言で睨み返した。

 トムリアはメトリジェアよりも先にメルディエズ学園に入学した先輩であるため、本来メトリジェアは敬語でトムリアと会話をしなくてはならない。だが、貴族であるメトリジェアはプライドが高く、先輩でも相手が同じ中級生なら敬語を使う必要は無いと考えていた。


「平民が貴族に大きな態度を取ってただで済むと思ってるの? 先に入学してるからって調子に乗らないでよね」

「おい、いい加減にしろよな、お前」


 メトリジェアがトムリアに脅すような態度を取っているとジェリックが二人の間に入ってメトリジェアを止める。トムリアをジェリックの姿を見ると意外そうな反応を見せた。


「何よアンタ? その子の味方をするつもり?」

「そんなつもりはねぇよ。コイツは口うるさくてお節介で、俺が何かすればいつも文句ばかり言う奴だ」

「んなっ!?」


 止めに入っていきなり自分を悪く言うジェリックにトムリアは僅かに表情を歪ませる。何のつもりで口を挟んで来たんだ、トムリアはジェリックを見ながら心の中でそう思った。


「……だけどな、そんな口うるさいコイツも仲間や周りの奴を護りたいって思う気持ちは人一倍強いんだ。お前を注意したのもお前や他の生徒たちを危険な目に遭わせたくないからなんだよ」


 小馬鹿にした後、トムリアの本心をジェリックは真剣な顔で伝え、彼の話を聞いた他の生徒たちはジェリックの発言を意外に思いながら心の中で男らしく思う。トムリアも少し照れくさそうな顔でジェリックの背中を見つめた。

 周りの生徒がジェリックに注目する中、メトリジェアだけはくだらなそうな顔をする。どうやらメトリジェアだけはトムリアの優しさが理解できなかったようだ。


「何が危険な目に遭わせたくないからよ、それってただベーゼと戦うのが怖いってだけなんでしょう? それを隠すために他の生徒を利用してるだけじゃないの」

「んだとぉ! コイツはそんな奴じゃねぇよ!」

「どうかしらねぇ。……と言うか、アンタは何でこの子の肩を持つのよ? 困ってるお姫様を助ける王子様のつもり?」

「なっ! お、お前ぇ!」


 見下す笑みを浮かべるメトリジェアにジェリックは徐々に表情を険しくする。トムリアや周りの生徒たちも流石にメトリジェアの態度が酷いと感じ、少しずつ表情を鋭くしていく。

 黙って会話を聞いていたアイカはベーゼがいる林の中でこれ以上の口論はマズいと感じて止めようとする。するとアイカが止めるより先にパーシュが動いた。


「いい加減にしな!」


 パーシュの力の入った声を聞いてアイカやトムリアたちは一斉にパーシュに視線を向ける。パーシュはトムリアたちの方にゆっくりと近づき、トムリアとメトリジェアはパーシュの顔を見ると微量の汗を流す。


「アンタたち、現状を理解してるのかい? あたしらは今、いつベーゼと遭遇して襲われてもおかしくない場所にいるんだ。そんな所で仲間割れをするなんて何を考えてるんだい。アンタたちの行動が仲間たちを危険にさらすかもしれないと思わないのかい?」

「す、すみません、パーシュさん……」


 自分が間違いを犯していると理解したトムリアは頭を下げて素直に謝罪する。ジェリックも少し申し訳なく思っているのか、居心地の悪そうな顔で自身の頭部を掻く。

 トムリアとジェリックを見たパーシュは目を鋭くしてメトリジェアを睨む。パーシュと目が合ったメトリジェアは一瞬ビクッと反応してから目を逸らした。


「フェンドリック、アンタがベーゼを軽く見るのは勝手だよ? だけどね、アンタの言動で仲間たちの気分を損ねたり危険にさらすようなことはするんじゃない。それは学園の生徒以前に一人の戦士として大問題だ」

「クゥゥ……し、失礼しました」

「それと昨晩も言ったけど、学園では貴族や平民と言った立場の違いは関係無い。全ての生徒が学園で一緒にベーゼと戦い、一緒に依頼を受けるんだ。それができないのなら学園をやめた方がいいよ?」

「……すみません」


 メトリジェアはパーシュと目を合わさずに低い声で謝罪する。パーシュはしばらくメトリジェアを見つめた後、再び班の先頭へ戻って行き、アイカもメトリジェアを見てからパーシュの後をついて行き、最初に自分がいた場所へ戻った。

 パーシュのおかげで口論は治まり、周りの生徒たちは一安心する。トムリアとジェリックも落ち着きを取り戻すと現状を再確認して前を向いた。ただ、メトリジェアだけは納得できていないのか奥歯を噛みしめながら俯いている。

 貴族である自分が注意され、恥をかかされたことが許せないメトリジェアは俯いたまま表情を険しくし、きっかけを作ったトムリアを周囲に気付かれないように睨みつけた。

 班の先頭に戻ったパーシュは廃墟に向かうために移動を再開しようとする。だがパーシュは歩こうとせず、前を黙って見つめており、パーシュが動かないことに気付いたアイカは不思議そうな顔でパーシュを見た。


「パーシュ先輩?」

「……どうやら、気付かれちまったみたいだよ」


 パーシュの言葉を聞いたアイカは軽く小首を傾げるが、すぐに言葉の意味を理解してハッとしながらパーシュが見ている方角を確認する。数m先には七体のベーゼの姿があり、その内の五体がインファで残りの二体はルフリフだった。

 近づいて来るベーゼたちを見たアイカは素早くプラジュとスピキュを構え、パーシュもヴォルカニックを中段構えに持ってベーゼたちを警戒する。


「皆、ベーゼが現れたよ。戦闘態勢に入りな!」


 ベーゼたちを見ながらパーシュは大きな声で生徒たちに指示を出す。既にベーゼと遭遇しているため、パーシュは小さな声で喋っても意味は無いと判断し、全員に聞こえるよう大きな声を出した。

 パーシュの言葉を聞いた生徒たちは一斉に前を見る。遠くにベーゼがいるのを確認した生徒たちは一瞬驚きの反応を見せるがすぐに武器を構えて戦闘態勢に入る。同時にベーゼが遭遇したのはメトリジェアが騒いだせいだと考え、生徒たちの中にはメトリジェアを睨む者もいた。

 メトリジェアは自分を睨む生徒たちに気付くと小さく舌打ちをしながら弓矢を構え、トムリアとジェリックもベーゼたちを見ながら杖と剣を構える。全員が戦闘態勢に入ったのを確認したパーシュはヴォルカニックを左手に持ち替え、空いた右手で足元に落ちている小石を数個拾った。


「あたしが地上の奴らを片付けるから、アンタたちは飛んでいるベーゼを攻撃しな! 炎属性の魔法は使わず、他の属性の魔法を使うんだよ?」

『ハイ!』


 アイカたちが声を揃えて返事をするとパーシュは拾った小石を強く握り、同時に混沌紋を光らせて爆破バーストの力を発動させる。そして、ベーゼたちに向かって小石を勢いよく投げた。

 投げられた無数の小石はベーゼたちに向かって飛んで行き、地上にいるインファたちの足元に落ちる。小石が落ちるのを見たパーシュは目を鋭くした。


爆破石ブラスト・ストーン!」


 パーシュは小石を見つめながら右手の指を鳴らすとパーシュが投げた無数の小石は一斉に爆発し、近くにいたインファたちは爆発に巻き込まれた。

 爆発によって全てのインファは足や腕、体の一部を吹き飛ばされ、その場に倒れると黒い靄と化して消滅する。パーシュが爆発の威力を調整していたからか近くの草木が燃えたりすることは無かった。

 五体いたインファは全て倒され、その光景を見たアイカや他の生徒たちは驚きや関心の表情を浮かべた。アイカたちが様々な反応を見せる中、パーシュはヴォルカニックを両手で握り直して生き残っているルフリフたちに視線を向ける。その直後、二体のルフリフはアイカたちに向かって勢いよく飛んできた。

 ルフリフが飛んでくるのを見た生徒たちは魔法を発動させるために武器を持っていない手や杖をルフリフたちに向け、弓矢を持つ生徒たちも狙いを付ける。ルフリフが一定の距離まで近づくと生徒たちは一斉に攻撃を仕掛けた。

 放たれ水球、石、風の刃、矢などがルフリフたちに向かって真っすぐ飛んで行く。だが、空を飛んでいるルフリフは生徒たちの魔法を難なく回避し、少しずつ近づいて来る。なかなか倒せないことに生徒たちは少しずつ焦りを見せるが、アイカや一部の生徒は落ち着いた様子で身構えていた。

 二体のルフリフの生徒たちの近くまで接近すると周囲を見回し、最も近い所にいるアイカとジェリックに狙いを付ける。ルフリフたちは同時に急降下し、鋭い爪で二人に襲い掛かった。

 アイカはルフリフの爪を後ろに軽く跳んで回避し、素早くプラジュを右から横に振って反撃する。プラジュはルフリフの胴体を切り裂き、斬られたルフリフは鳴き声を上げながら落下して消滅した。

 ジェリックはルフリフの爪を持っている剣で防ぐと素早く払ってルフリフの体勢を僅かに崩し、その隙に袈裟切りを放ってルフリフの左翼を切り落とす。

 片方の翼を失ったルフリフは落下して苦痛の鳴き声を上げる。ジェリックは暴れるルフリフを見下ろすと剣を逆手に持ち替えてルフリフの頭部を狙って振り下ろした。

 剣で頭部を刺されたルフリフは即死し、靄となって消滅する。僅かな時間で視界に映る全てのベーゼを倒したアイカたちは他にベーゼがいないか周囲を見回す。他にベーゼの姿が無く、気配も感じないのを確認するとアイカたちは少し気を楽にした。


「皆、怪我は無いかい?」


 パーシュが声をかけるとアイカたちは無言でパーシュの方を向く。アイカたちの反応を見たパーシュは怪我人はいないと判断して真剣な表情を浮かべた。


「怪我が無ければすぐに出発するよ。今の戦闘で近くにいる他のベーゼたちもあたしたちの存在に気付いたはずだ。ここから先は間違い無く戦いが激しくなる。気を抜かずに進むよ!」

『ハイ!』


 気合いを入れた生徒たちが返事をするとパーシュは林の中心に向かって歩き出す。アイカたちもその後に続き、林の奥へと進んでいった。


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