第八十七話 縁の深い者たち
村長の家に入ったパーシュとフレードは奥に視線を向ける。家の奥では六十代後半ぐらいの初老の男性が椅子に座りながら二人を見ており、その右隣には身長180cm弱で茶色い短髪に濃い黄色の目をした五十代後半ぐらいの男性が腕を組んで立っていた。
男性たちの前には地図が広げられた木製の机があり、パーシュとフレードは男性たちを見ると静かに二人の方へ歩いて行く。パーシュとフレードが机の前で立ち止まると、初老の男性は二人を見ながら小さく笑った。
「パーシュ、フレード、よく来てくれたな」
「久しぶりだね、村長」
パーシュは初老の男性に簡単な挨拶をし、フレードも無言で男性を見つめる。パーシュとフレードの前にいる初老の男性こそ、スイージェス村の村長だったのだ。
村長が笑いながらパーシュとフレードを見つめる隣では短髪の男性が若干目を鋭くしながら二人を見ている。パーシュとフレードは村長への挨拶を済ませると同時に男性の方を向いた。
「まさか、師匠も一緒だったとは思わなかったよ」
「ああ、てっきり道場で弟子たちに稽古をつけるかと思ったぜ」
パーシュとフレードは男性を見ながら意外そうな口調で語り、男性は腕を組んだまま二人を見つめる。
短髪の男性はエドワンズ・ロクシュルトン。パーシュ、フレードが扱うマナード剣術の四代目の師範であり、二人に剣術を教えた存在だ。普段はスイージェス村にあるマナード剣術の道場で若者たちに剣術を教えている。
もともとマナード剣術は知名度は低い剣術で大陸で知る者は殆どいなかった。だが、ベーゼ大戦の時にマナード剣術の使い手が活躍したことでその名は大陸中に知れ渡り、今では大陸に住む者の大半が知っているほど有名になった。しかし、剣術と魔法の両方を使って戦うと言う難しい剣術であるため、使える者は少なく道場もスイージェス村にしか存在しない。現在、マナード剣術を使えるのは大陸でも僅かしかいないと言われている。
「出来の悪い弟子たちが帰ってくると聞いたからな。久しぶりに顔を見てみようと思っただけだ」
「よく言うぜ。前に俺が村に戻って来た時は声をかけるどころが顔も見せなかったのによぉ」
「あの時はどうしても外せない用があったから会えなかったんだ」
「へっ、どうだか……」
エドワンズの返事を聞いたフレードは肩を竦めながら信じていないような表情を浮かべ、エドワンズは黙ってフレードを見ている。フレードの隣に立つパーシュはエドワンズを信じないフレードを両手を腰に当てながら呆れたような顔で見ていた。
パーシュたちの会話を聞いていた村長は視線だけを動かしてエドワンズを見つめる。口ではパーシュとフレードを出来の悪い弟子と言ったエドワンズだが、本心では最高の教え子と思っていると村長は知っており、素直でないエドワンズを見ながら楽しそうに笑っていた。
「それより村長、転移門の情報を教えてくれ。転移門は何処に開いて、今はどんな状態なんだ?」
「おおぉ、そうだったな。すまんすまん」
本来の目的を思い出した村長はハッとしながらパーシュとフレードの方を向く。ようやくベーゼの転移門の話が始まるとパーシュとフレードは真剣な表情を浮かべて村長を見つめ、エドワンズも黙って村長の方を見る。
パーシュたちが注目する中、村長は机の上に広げられている地図を見る。地図にはスイージェス村とその周辺にある林や川、平原など描かれており、パーシュとフレードは地図を見ると昔と殆ど変わっていないことを知り、同時に懐かしさを感じていた。
「ベーゼの転移門が発見されたのは村の西にある林だ。林の奥に転移門があるのを薬草を採っていた村の若者たちが見つけたんだ」
村長は地図に描かれている林を指差し、パーシュとフレードは転移門がある場所を見ると小さく反応する。
「おい、この林って確か……」
「ああ、あたしらが小さい頃によく遊んでた林だね。まさか此処に転移門が開いたとは……」
子供の頃の遊び場だった場所にの転移門が開いたことを知ったパーシュとフレードは少し驚いたが、思い出がある場所に転移門が開き、そこにベーゼたちがいることに二人は小さな不快感を懐いていた。
村長は不満そうな顔をしているパーシュとフレードを見た後、視線を地図に戻して説明を続ける。
「若者たちの話では転移門は林の中心にある廃墟の一階にあるそうだ」
「廃墟?」
転移門の場所を聞いたパーシュは村長の顔を見ると小首を傾げながら訊き返した。
「お前たちが子供の頃に遊び場として利用していた場所だ。覚えてないのか?」
エドワンズがパーシュとフレードを見ながら尋ね、二人は俯いて昔の記憶を思い出す。するとフレードは思い出したのか、フッと顔を上げて地図を見る。
「……確か十年以上前、下級貴族が住んでいた屋敷だったが、その貴族が病死したことであの屋敷は誰も使わなくなった。それ以降はほったらかしにされて廃墟となり、当時の俺らが遊び場として利用してたんだったな」
「そのとおりだ。当時、あの林はモンスターなどは棲んでおらず、幼かったお前たちや他の子供も平気で遊びに行っていた」
幼かった時の話をするエドワンズを見ながらパーシュとフレードは村にいた他の子供たちと林に遊びに行った時のことを思い出す。昔はモンスターもいない安全な林が今ではベーゼが棲みつく危険な場所となっており、二人は気に入らないのか表情を僅かに険しくする。
「転移門を発見したのも子供の頃、お前たちと共にあの林で遊んでいた者たちでな。林に行った時に懐かしくなって例に廃墟に行ってみたらしい。その時に廃墟の中にベーゼの転移門が開いているのを見つけ、慌てて立ち去ったそうだ」
「それで、ソイツらはどうしたんだい? まさか既にこっちの世界に来てたベーゼたちに襲われたんじゃ……」
嫌な予感がしたパーシュは転移門を発見した若者たちがどうなったのか村長に尋ねる。村長はパーシュの顔を見ると僅かに表情を曇らせて俯いた。
「お前の予想どおり、彼らはベーゼと遭遇して襲われてしまった。運よく逃げ延びることができたが、全員が傷を負ってしまってな。今は自宅で療養中だ」
若者たちは死んでいないと聞かされたパーシュはホッとしたのか軽く息を吐き、フレードも村長の話を聞いて安心した様子を見せる。
転移門が開かれているとも知らずに近づき、更に戦闘経験も無く武装もしていない人間がベーゼと遭遇して生き延びることができたのは奇跡と言ってもいい。パーシュとフレードはベーゼと遭遇した村人たちはとても運が良かったと感じていた。
「転移門が開いているため、メルディエズ学園に依頼するべきだと考えたのだが、村の者がベーゼ遭遇したことで村が襲われる可能性がある。だから私たちはメルディエズ学園の生徒が来るまでの間、ベーゼの数を少しでも減らすために戦える者たちを林に向かわせたのだ。幸い村にはマナード剣術を使える若者が何人かおり、師範であるエドワンズもいたからな」
「……でも、ベーゼたちを倒すことはできなかったんだろう?」
パーシュがエドワンズの方を見るとエドワンズは目を閉じており、しばらくすると目をゆっくりと開けてパーシュを見ながら小さく頷く。エドワンズの反応を見たパーシュは「やっぱり」と言いたそうに難しい顔をした。
マナード剣術の師範であるエドワンズやパーシュとフレードの兄弟弟子なら戦闘になっても勝てると思われそうだが、エドワンズたちには戦いの技術は有ってもベーゼに関する知識は無い。だからパーシュとフレードの師匠であるエドワンズがいても有利に戦えるとは限らなかった。
ベーゼの情報が無い状態で戦った結果、エドワンズたちはどのように戦えばいいのか分からずに徐々に押されていき、その結果エドワンズたちは危険な状態まで追い込まれてしまい、やむなく退却したのだ。
「最初はこちらが優勢で数体は倒すことができたのだが、奴らはこちらが思っていた以上に手強く、少しずつこちらの動きを読み始め、連携も取って攻撃してきた。しかも戦っている最中に力の強そうなベーゼまで現れてしまい、私たちは退却した。……まったく情けない話だ」
俯くエドワンズをパーシュとフレードは黙って見つめる。ベーゼの知識を持たずにベーゼに戦いを挑んだのは無謀だったが、スイージェス村や村人たちを護るためにベーゼに戦いを挑んだのは立派だと二人は感じていた。
スイージェス村のためにベーゼと戦ったエドワンズのためにも今度は自分たちが故郷を護る番だとパーシュとフレードは闘志を強くする。
「師匠、林にいたベーゼたちはどんな奴らだったが覚えてるかい?」
「ああ、お前たちが来た時のために特徴を全員で覚えておいたからな」
「教えてくれるかい? できるだけ細かく」
「勿論だ」
そう言ってエドワンズはズボンのポケットから折りたたまれた一枚の羊皮紙を取り出す。羊皮紙を開くとそこには細かい字が書かれており、それをパーシュに渡した。
羊皮紙を受け取ったパーシュは中身を確認する。書かれてあったのはエドワンズたちが遭遇したベーゼの情報でパーシュとフレードは羊皮紙を黙読して情報を頭に叩き込み、確認を終えるとパーシュは羊皮紙をエドワンズに返した。
「ベーゼの種類は何となく分かった。それで数はどのくらいか分かるかい?」
「私たちが戦った時は十数体だった。数体倒したが、あれから時間が経過しているから戦う前よりも数が増えていると思うぞ」
「そうか……今の戦力でも十分戦えそうだね」
パーシュはそう言って近くにある窓から外をにいる生徒たちを見る。もし仮にニ十体以上に増えていたとしても自分たちは十八人おり、その内の四人は混沌士、更にグラトンもいるため苦戦することは無いとパーシュは思っていた。
「よし、それじゃあさっさと林に行って転移門を封印して来ようぜ」
転移門の封印に何の問題も無いと判断したフレードはすぐに出発しようと考える。パーシュはそんなフレードを見て呆れたような表情を浮かべた。
「やる気があるのはいいけど、油断して足元をすくわれたりするんじゃないよ? そうなったら他の生徒にも迷惑が掛かるからね」
「あぁ? 俺がそんな馬鹿げた失敗をするわけがねぇだろう!」
「どうだか、口だけなら何とでも言えるけどね」
パーシュが軽くそっぽを向きながら挑発するとフレードはパーシュを睨みながら奥歯を強く噛みしめる。
「そう言うテメェこそ、ベーゼの種類や数が大したことねぇからって気を抜くんじゃねぇぞ」
「あたしはどんな時でも油断したり相手を軽く見たりしないよ。アンタと違ってね」
「フン、そう言って後で無様な姿を見せたら赤っ恥もいいところだぞ。後のことを考えて発言は取り消しといた方がよくねぇか?」
「……相変わらず癇に障る言い方をするね?」
僅かに目を鋭くしながらパーシュはフレードを睨み、フレードもパーシュを睨み返す。二人の間で火花が飛び散り、そんな二人の様子を見たエドワンズは軽く溜め息を付く。一方で村長は座ったまま睨み合う二人を見て笑みを浮かべていた。
「ハハハハ、相変わらずだな二人とも? でも、痴話喧嘩もほどほどにしないといかんぞ?」
「だから、痴話喧嘩じゃないってのぉ!」
村長の方を向いたパーシュは声を上げて否定し、フレードも険しい顔のまま村長を見る。パーシュとフレードが険しい顔で見つめる中、村長は笑顔を崩さずに二人を見つめた。
まったく分かっていないような反応を見せる村長を見たパーシュとフレードは表情から険しさを消して呆れたような顔をする。村長の発言で二人は喧嘩する気が一気に失せたようだ。そんな中、エドワンズがパーシュとフレードに近づき、二人の肩にポンと手を乗せた。
「いつものことだろう、いちいち気にしないで行ってこい。仲間たちが待っているんだろう?」
村長と違ってからかうような発言はせず、エドワンズは二人を他の生徒たちの下へ行かせようとする。パーシュとフレードは納得できないような顔でエドワンズを見た。
「……分かったよ」
「チッ」
情報を聞き終えたパーシュとフレードは玄関の方へ歩いて行く。二人の後ろ姿を村長は笑いながら見ており、エドワンズは黙って見送る。
パーシュとフレードが家から出ていくと村長は軽く息を吐き、エドワンズは複雑そうな顔をしながら村長の方を向く。
「やれやれ、相変わらず喧嘩ばかりしているな、あの二人は。早く昔のことを思い出してまた仲良くしてもらいたいのだが」
「ええ。まだ時間はかかるでしょうが、何時かは思い出すはずです。それまでは見守っていましょう」
「そうだな……」
「しかし、本当にこんな方法で二人が昔のことを思い出すのでしょうか?」
「仲が良かった時のことを思い出させるのなら、仲が良いと指摘して自分たちの気持ちに気付かせる必要がある。少々強引なやり方だが、これ以外に方法が思いつかないから仕方がない」
残念そうな顔をしながら村長はパーシュとフレードが昔の記憶を思い出してくれることを願い、エドワンズは黙って窓から外を見つめた。
不満を感じながらパーシュとフレードは外に出る。外では生徒たちが休憩したり、村人とコミュニケーションを取ったりなどしていた。グラトンもモンスターに興味のある村人や子供たちに囲まれており、すっかりスイージェス村に馴染んでいた。
「話も聞いたし、早いとこ全員集めて出発しようぜ」
「言われなくても分かってるよ。これ以上村にいたらまた誰かにアンタとの関係を訊かれちまうからね」
パーシュが生徒たちを集めるために声をかけようとした時、ユーキとアイカが男性と会話をしている光景が目に入り、男性の姿を見たパーシュは目を大きく見開く。
「あれは、父さん!?」
「何だと?」
フレードは思わずパーシュが見ている方角を確認する。確かにパーシュの父であるダグフレスの姿があり、ユーキとアイカの二人と何かを話していた。
ダグフレスが自分たちのことをユーキとアイカに何か話しているのではと予想したフレードは面倒そうな表情を浮かべる。隣にいたパーシュは早足でユーキたちの下へ向かい、フレードもその後を追いかけた。
「父さん、何をやってるんだい?」
パーシュは何処か恥ずかしそうな顔をしながらユーキたちに近づき、パーシュとフレードが近づいてくることに気付いたユーキたちは会話を中断して二人の方を向く。
「おお、パーシュか。話は終わったのか?」
「ああ、たった今ね。……それよりもユーキとアイカに何を話してたんだい? 余計なことは言ってないだろうね?」
「余計なことなんて言ってないぞ? ただ、お前とフレード君の子供の頃の話をしてただけだ」
「それが余計なことなんだよ!」
ダグフレスがからかうような笑みを浮かべながら語るとパーシュは顔を僅かに赤く染めて声を上げる。パーシュの声を聞いた数人の生徒や村人たちは不思議そうな顔でパーシュに視線を向けた。
フレードも自分の子供の頃のことを話したと聞いてパーシュと同じような恥ずかしそうな顔をしており、二人の姿を見たユーキとアイカはかける言葉が見つからず、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「別に興奮するようなことじゃないだろう? ただの昔話なのだから」
「そうよ。些細なことで怒っちゃダメ」
何処からか女性の声が聞こえ、ユーキたちは声が聞こえた方を向く。そこには身長165cmほどで茶色い長髪と橙色の目をした三十代後半ぐらいの女性が立っていた。顔立ちはどこかパーシュに似ており、女性の顔を見たパーシュは再び目を見開く。
「か、母さん!」
「おかえりなさい、パーシュ」
驚くパーシュを見ながら女性は微笑む。そう、目の前にいる女性はパーシュの母親だったのだ。
パーシュの父親に続き、母親まで出てきたことにユーキ、アイカ、フレードも驚きの反応を見せ、ダグフレスは意外そうな顔で女性を見つめる。
「ジュリーネ、仕事は終わったのか?」
「ええ、パーシュが久しぶりにパーシュに会えるんだもの、パパッと済ませちゃったわ」
ジュリーネと呼ばれた女性はダグフレスの方を見ながら自身の腕を軽く叩き、それを見たダグフレスは「そうか」と言いたそうに笑う。
パーシュはユーキとアイカの前にダグフレスだけでなくジュリーネまで現れて更に恥ずかしさを感じたのか小さく俯く。そんなパーシュにジュリーネは近づいて頬にそっと手を当てた。
「学園で無茶はしてない? 皆と仲良くやってる?」
「あ、ああ、まぁね……」
恥ずかしそうな顔で返事をするパーシュを見てジュリーネは安心したのか再び微笑みを浮かべ、続いてパーシュの後ろにいるフレードに視線を向けた。
「フレード君も元気そうね。パーシュとは仲良くやっているの?」
「そん訳ないでしょう、寧ろ迷惑ばかりかけてますよ。俺が何かやる度にコイツは文句を言ってきやがるんですから」
「なっ、それはアンタもだろう! あたしだけが悪いような言い方するんじゃないよ!」
言いたいことを言うフレードにパーシュは目くじらを立てて言い返し、フレードも鼻を鳴らしながらパーシュを睨み返す。口論を始める二人を見てユーキとアイカは軽く溜め息を付いた。
(パーシュ先輩の両親が目の前にいるのにいつものように喧嘩をするなんて、ある意味で先輩たちって凄いなぁ……)
ユーキはパーシュとフレードを見ながら心の中で呆れるように呟く。すると口論する二人を見ていたジュリーネは口に手を当てながらクスクスと笑い出す。
「あらあら、言いたいことを素直に言い合えるなんて、相変わらず仲が良いわね」
「だぁかぁら! 俺らは仲が良いわけじゃねぇってずっと言ってるじゃないで――イテテテテッ!」
フレードがジュリーネの発言を否定しようとした時、何者かがフレードの左耳を強く引っ張る。フレードが痛みに耐えながら耳を引っ張る者を確認した。
そこには身長180cm弱で濃い茶色の短髪と青い目をした四十代半ばくらいのガタイのいい男性が立っており、フレードの耳を右手で引っ張っている。男性の左側には三十代後半ぐらいで紺色のショートボブで黄色い目をした身長170cm強ほどの女性が立っていた。二人は目を鋭くしてフレードを見ている。
「フレード、お前ジュリーネに何て口を利きやがるんだ」
「そうだよ。もう少し静かに丁寧な口調で話しな」
「お、親父! お袋!」
目の前の男女を見てフレードは思わず目を見開く。フレードの耳を引っ張ったのは彼の父親で隣にいる女性は母親なのだ。
パーシュの両親に続き、フレードの両親まで現れたことにユーキとアイカは呆然とし、パーシュも驚きの連続でどうすればいいのかよく分からず、困ったような表情を浮かべていた。
「やっと来たか。遅いぞガル、パリーテア?」
「悪い悪い、思った以上に仕事を片付けるのに時間が掛かっちまってな」
ダグフレスが声をかけられ、ガルと呼ばれたフレードの父親は摘まんでいた耳を放し、パリーテアと呼ばれた母親もニッと笑う。
解放されたフレードは引っ張られていた耳を手を当て、パーシュはいい気味と思ったのかクスクスと笑いながらフレードを見ている。
ガルとパリーテアはダグフレスとジュリーネの二人と向かい合いながら笑い、ユーキとアイカはそれを黙って見ている。すると、ユーキとアイカに気付いたガルは二人の方を向いた。
「もしかして、パーシュと馬鹿息子の後輩か?」
「え? あ、ハイ。ユーキ・ルナパレスです」
「アイカ・サンロードと申します」
ユーキとアイカは少し動揺しながら挨拶をし、ガルはユーキとアイカ、特にユーキを見て意外そうな反応を見せる。他のメルディエズ学園の生徒たちと比べてユーキは明らかに幼いため驚くのも無理は無かった。
「おい、フレード。この子もお前たちと一緒に転移門を封印するのか?」
「……ああ。見た目はちっこいが剣士として腕は確かだ。しかも混沌士だから他の生徒よりもつえぇよ」
左耳を擦りながらフレードは問いに答え、ガルは目を見開いて再び驚きの反応を見せる。パーシュの方を向いて「本当なのか」と目で尋ねると、パーシュはガルを見ながら無言で頷く。
息子のフレードだけでなく、パーシュもユーキは優秀だと考えていると知ったガルとパリーテアはお互いの顔を見合ってからユーキに視線を戻す。ユーキはガルとパリーテアをまばたきをしながら見ていた。
「どうかしましたか?」
「い、いや、お前さんみたいな子供が封印依頼に参加すると聞いて少し驚いちまってな」
「ですよね、俺みたいな児童が腰に刀を差してこんな所にいるんですから」
「……気分を悪くしちまったなら謝ろう」
「気にしないでください。周りからどう見られようが俺は気にしませんし、驚かれることにはもう慣れちゃいましたから」
苦笑いを浮かべるユーキを見たガルとパリーテアは見た目と違って大人らしい態度を取るユーキを見て驚き、会話を聞いていたダグフレスとジュリーネも意外そうな表情を浮かべた。
「アンタ、小さいのに立派だね。うちの馬鹿息子とはえらい違いだよ」
「聞こえてるぞ、お袋」
「当たり前だろう、聞こえるように言ってるんだから」
「グッ!」
呆れ顔で答えるパリーテアを見てフレードは悔しそうな表情を浮かべる。ユーキは苦笑いを浮かべたままフレードを見つめ、パーシュはニヤニヤと笑っていた。
「と、ところで、転移門の封印には何時向かうのですか?」
アイカは周囲の状況からこのまま放っておくと面倒ごとになるかもしれないと感じてパーシュとフレードに依頼のことを尋ねる。声を掛けられたパーシュとフレードは目的を思い出してフッと反応した。
「そうだ、こんなところでのんびりと喋ってる暇なんてねぇんだった。パーシュ、すぐに全員を集めて出発するぞ」
「アンタに言われなくても分かってるよ。……父さんたち、悪いけどあたしらは仕事があるからもう行くよ」
パーシュは自分の両親とフレードの両親にそう伝えると他の生徒たちを集めに向かい、フレードもその後に続く。
村長から依頼の話を聞いたらすぐに出発するつもりでいたのに両親と会話をしていたことで時間が遅れてしまい、パーシュとフレードは少し急いで生徒たちを集める。
「アイカ、俺たちも行こう」
「ええ」
ユーキとアイカも集まっている生徒たちを見て、パーシュとフレードの下へ向かおうとする。すると、歩きだそうとする二人にジュリーネとパリーテアが近づいて来た。
「ユーキ君にアイカさん、だったわね? パーシュのこと、お願いします」
「うちのフレードも迷惑をかけることがあるかもしれないけど、よろしく頼むよ?」
自分の子供のことを頼むジュリーネとパリーテアの姿をユーキとアイカは見つめる。普段からかったり、厳しく接したりしているが本心では母親としてパーシュとフレードを大切に思っているのだと、ユーキとアイカはジュリーネとパリーテアを見て感じた。
「分かりました」
アイカはそう言うとパーシュたちの下へ走っていき、ユーキも軽く一礼をしてからアイカの後を追った。
残されたダグフレスたちは遠くにいるパーシュとフレードを見つめながら無事に転移門を封印して戻って来てくれることを願った。
生徒が全員集まるとパーシュとフレードは転移門が開いている場所やスイージェス村の村人たちが遭遇したベーゼの情報を簡単に説明し、それが終わると荷馬車を村の厩舎の近くに停めて村の出入口へ向かう。転移門が開いた林は村の近くにあるため、荷馬車は使わずに徒歩で向かうことになった。
出入口前までやって来るとパーシュとフレードは見送りに来たダグフレスたちに挨拶し、ユーキたちを連れてスイージェス村を出発する。ダグフレスたちはユーキたちが帰って来てくれることを祈りながら彼らを見送った。




