第八十五話 高飛車な令嬢
メルディエズ学園を出たユーキたちは目的地であるスイージェス村に向かうため、南東に向かって移動する。一秒でも早く村に着くために最短ルートを選んでいるが、それでもかなりの距離があるため、その日の内に村に着くのは無理だと全員が考えていた。
しかし今日中に着けないと言ってのんびり移動しようとは思っていない。移動している間も転移門からベーゼがこちらの世界に現れてる可能性があるため、ユーキたちはできるだけ急いでスイージェス村へと向かった。
夕方になった頃、ユーキたちはモルキンの町の近くまでやって来た。普通なら町に立ち寄って必要な道具を調達したりするのだが、既に道具は用意してあるため町に立ち寄る必要は無いとパーシュとフレードは判断し、そのまま南東へと向かう。
生徒たちの中にはモルキンの町に寄ってみたいと思っていた者もいたらしく、荷馬車に揺られながら残念そうに町を見ていた。
その後、短い休憩を挟みながら移動するが周囲が暗くなり始め、現状からこれ以上進むのは危険だとパーシュは判断し、モルキンの町とスイージェス村の中間辺りにある大きめの広場で一夜を明かすことにした。
予想どおり今日中にスイージェス村には辿り着けず、生徒たちは残念に思いながら野営の準備を進める。野営地として選んだ広場は近くに川と小さな林があったため、飲み水や薪を手に入れるのには問題は無かった。
テントを張り終わると生徒たちは夕食を作る班と見張りをする班に分かれて作業を開始する。ユーキはグラトンや他の生徒たちと共に周囲にモンスターや盗賊が近づいていないか見張っていた。
「……静かだな。このまま何の問題も起こらなければいいんだけど」
篝火や焚火の明かりを頼りに周囲を見回しながらユーキは呟く。ユーキの後ろではグラトンが座り込みながら自分の出腹をボリボリと掻いていた。
見張りを始めてから一時間ほどが経過しているが、モンスターや盗賊の姿は見られない。これからベーゼの転移門を封印するという重大な仕事があるため、モンスターや盗賊と遭遇して体力や道具を無駄に使うのは避けたいとユーキは思っていた。
「モルキンの町の近くを通った時に会った商人はこの辺りにモンスターや盗賊は現れないって言ってたけど、絶対とは言い切れないからな。しっかり見張らないと面倒なことになっちまう。……お前もちゃんと見張れよ?」
「ブゥ~」
ユーキは後ろで座っているグラトンに声をかけ、グラトンは大きく口を開けて返事をするかのように鳴く。鳴き声を出す時もグラトンは座りながら腹を掻き続けており、それを見たユーキは若干呆れたような顔をしながら、相変わらずだなと思っていた。
グラトンの態度に呆れながらユーキは周囲の見張りを続けた。そんな時、テントの方からディックスが歩いて来る。それに気付いたユーキはディックスの方を向いた。
「ご苦労様、何か異常はない?」
「大丈夫、相変わらず静かなものさ」
「そう。……もうすぐ夕食だから、出来たら見張りの生徒から先に済ませるにってさ」
「分かった」
軽い返事をしたユーキは再び周囲を見回す。だがグラトンはディックスがやって来た直後に彼の体に僅かに付いていた料理の匂いを嗅ぎ取り、もうすぐ食事にありつけると本能で感じ取ったのか見張りをせずにテントの方を向いて匂いを嗅いでいた。
見張りをせずにテントからする匂いを嗅いでいるグラトンを見たユーキはジト目になり、ディックスも思わず苦笑いを浮かべていた。
「……あっ、そう言えばクリディック先輩がユーキ君を見かけたら指揮官テントまで来るように伝えてほしいって言ってたよ」
「パーシュ先輩が?」
「何か今後のことについて話し合いたいとか言ってたけど……」
パーシュから呼ばれていることを知ったユーキは意外そうな反応を見せる。話の内容は封印依頼についてだろうが、自分が重要な話し合いに参加することになるとは予想していなかった。
ユーキはどうして自分が呼ばれたのか疑問に思うが、パーシュから呼ばれているのならとりあえず会いに行ってみることにした。
「分かった、ちょっと行ってくる。グラトン、お前は此処に残って見張りを続けろ。……サボるんじゃないぞ?」
「ブォ~」
忠告されたグラトンは軽く鳴いて返事をし、そんなグラトンを見たユーキは若干不安そうな顔をしながら指揮官テントへと向かった。
テントや夕食の作業などをしている生徒たちの中を通り、ユーキは指揮官テントの前までやって来た。入口前に立つユーキはテントの中にいるパーシュに呼びかける。
「先輩、ユーキです」
「来たか、入りな」
テントの中からパーシュの声が聞こえるとユーキは静かにテントの中に入った。テントの中ではパーシュ以外にもアイカとフレードの姿があり、三人は木製の机を囲んでテントに入ってきたユーキに注目する。
ユーキは指揮官であるパーシュが呼んだため、同じ指揮官であるフレードも一緒だと予想していたのかフレードを見ても驚いたりしなかったが、アイカがいるとは思っていなかったので意外そうな反応を見せる。
「アイカ、君も呼ばれてたのか?」
「ええ、私にも今後どうするか話しておきたいって呼ばれたの」
アイカも話し合いに参加することになったと聞いたユーキは「へぇ~」という顔をしながら歩いてアイカの隣までやって来る。
自分とアイカは何度もパーシュとフレードの二人と依頼を受けているため、パーシュは自分たちを信用して話し合いに参加させたのかとユーキは考えた。
ユーキが合流するとパーシュは三人を見ながら静かに口を開いた。
「それじゃあ、早速始めるよ」
パーシュを見ながらユーキとアイカは真剣な表情を浮かべ、フレードはパーシュが話を進めることに対して若干不満そうな顔をしていた。
三人が注目する中、パーシュは机の上に広げられている地図を見て、地図に描かれているモルキンの町とスイージェス村の中間を指差した。
「あたしらがいるのはこの辺りだ。予定どおり今日はこのまま一夜を過ごし、早朝に出発する。現在地と村までの距離を考えると明日の昼前には村に着くはずだ」
「村に着いた後はどうするのですか?」
「とりあえず、あたしとフレードで村長に会って詳しい話を聞くよ。その間に他の生徒たちは休ませておく」
説明を聞くアイカは成る程、と数回頷き、ユーキも腕を組みながら地図を見ている。スイージェス村に着くまでの間、生徒たちは長い道を移動してきたため、それなりに疲れているはずだ。村に着いたらベーゼの転移門を封印しなくてはならないため、少しでも休ませる必要があった。
「……おい、村長から情報を聞いたらすぐに出発するんだよな?」
フレードが目を細くしながらパーシュに尋ねると、パーシュは同じように目を細くしてフレードの方を見た。
「勿論だよ。こうしてる間にもベーゼの数が増えてるかもしれないからね。一秒でも早く村を出て転移門を封印しに行く」
「フッ、珍しく意見があったな」
鼻を鳴らしながらフレードは語り、パーシュも無言でフレードを見つめる。二人の会話を聞いていたアイカは話を聞いた直後に転移門の封印に向かうと言うパーシュとフレードを見て少し複雑そうな表情を浮かべた。
「あ、あの、すぐに出発しなくてもいいのではないでしょうか? 折角故郷に帰ってきたのですから、少しのんびりしても……」
「馬鹿を言うんじゃないよ、アイカ。転移門からはベーゼだけじゃない、瘴気も常に溢れ出てるんだ。のんびりしてる余裕なんてない」
「ああ、村の連中や周辺に被害を出さねぇためにも村に着いたらすぐに動く。それが普通だろうが」
「す、すみません……」
若干熱くなったような口調ですぐに動くと語るパーシュとフレードを見てアイカは目を丸くして驚く。普段は意見が合わずに口論となる二人が珍しく同じ考え方をしているのを見てアイカは驚くと同時に意外に思っていた。
アイカが驚く隣ではユーキはジト目でパーシュとフレードを見ている。この時のユーキは封印を急ぐ以外にも何か別の理由があって村を出ようとしているのではと思っていた。
「……先輩たち、もしかして村にいるのが嫌なんですか?」
ユーキが表情を変えずに尋ねるとパーシュとフレードはフッと反応し、アイカもユーキに視線を向ける。
「学園にいた時、先輩たちは村の人たちから『仲良くやってるのか』とか『痴話喧嘩はやめるように』とか言われるって言ってたじゃないですか。もしかして、長い時間村にいるとからかわれたりするからすぐに村を出ようとしてるんじゃ……」
ユーキがパーシュとフレードを見ながら語ると、二人は驚いたように目を見開く。二人の反応を見たユーキは自分の推測が当たっていると確信し、アイカも学園での会話を思い出してハッとする。
パーシュとフレードはユーキとアイカに見られる中、しばらく黙り込む。やがてフレードは面倒そうな表情を浮かべながら深く溜め息を付いた。
「ああ、そうだよ! アイツらは俺たちが帰る度にお互いの関係を訊いて来やがるんだ」
「学園でも言ったけど、毎回毎回同じことを訊かれてこっちは精神的にかなり参ってるんだよ」
「ア、アハハハハ……」
溜まっいた鬱憤を晴らすかのように語るあフレードとパーシュを見てアイカは苦笑いを浮かべる。アイカは二人がどれだけ苦労しているのか理解できないため、ただ笑って同情することしかできなかった。
「そ、それにしても、学園で話を聞いた時も思いましたけど、スイージェス村の人たちは随分お二人の関係にこだわっていらっしゃるようですね?」
「ああぁ、それはきっとあたしらの父親が関係してるんだと思うよ」
「お父様がですか?」
パーシュの言葉にアイカは不思議そうな反応を見せ、ユーキも気になるのかパーシュの方を向く。二人が見つめる中、パーシュは軽く俯きながら口を動かした。
「あたしの父親とフレードの親父さんは子供の頃から勉強や運動、村の農業とかでどっちが上手くできるか競い合ってたみたいでね、勝ったり負けたりを繰り返してたらしい。そんなことが何年も続いていつの間にか親友になってたって話だ」
不仲なパーシュとフレードの父親が親友だと聞かされたユーキとアイカは意外に思う。そして、父親同士は仲が良いのに子供であるパーシュとフレードはどうしてここまで仲が悪いのかという疑問も浮上した。
ユーキとアイカが二人の仲を気にする中、パーシュは話を続ける。
「父さんたちは当時のスイージェス村の若者の中でも体力があり、頭も性格いいって評判が良く、村の人たちからも人気もあったらしい。そんな父さんたちがそれぞれ結婚してあたしとフレードが生まれたのさ」
「評判のよかった親父たちの子供ってことで村の連中も俺らのことを可愛がってくれたんだが、同時に俺らも親父たちのように立派な人間になると期待してたんだ。しかも俺らが男女だってだけで特別な関係になるんじゃないかって期待してやがるんだよ」
「特別な関係って……恋人、とかですか?」
アイカがそっと尋ねるとパーシュとフレードは目を鋭くしてアイカを見る。二人と目が合ったアイカは思わず一歩下がり、ユーキも軽く目を見開いた。
「ああ、そうだよ! アイツらが俺とパーシュが恋人になるって考えてやがるんだ。俺らにそんな気はねぇのにな」
「父さんたちが親友でどれだけ仲が良かったか知らないけど、あたしらは昔から今みたいな関係なんだ。そんなあたしらに親父たちのような関係を期待されても困るんだよ」
少し興奮した様子で村人たちの考え方を否定するパーシュとフレードを見てユーキとアイカが思わず苦笑いを浮かべた。
村人たちに悪気が無いのはパーシュとフレードも分かっている。だが、それでも変な期待を懐いて自分たちの気持ちを理解しようとしない点は二人にとって迷惑以外の何ものでもなかったのだ。
「父さんたちも喧嘩するあたしたちを見る度にからかって来やがるし、何を考えてるか理解できないよ」
疲れたような顔をしながらパーシュは首を左右に振り、フレードも「同感だ」と思っているのか呆れたような顔で溜め息を付く。ユーキとアイカは昔話をしたパーシュとフレードを見ながら改めて大変だなと感じていた。
話が終わるとパーシュとフレードは気持ちを落ち着かせ、表情を鋭くしてからユーキとアイカを見た。
「とにかく、明日は早朝に出発して村に向かうよ?」
「分かってると思うが、さっきの話は他の連中には話すな?」
『ハ、ハイ』
若干怖さを感じるパーシュとフレードを見ながらユーキとアイカは声を揃えて返事をした。
スイージェス村と父親の話が終わるとパーシュとフレードは次の話題に移ろうとし、ユーキとアイカも耳を傾ける。すると、外からトムリアが少し慌てた様子でテントに入って来た。
「パーシュさん、ちょっといいですか?」
「どうしたんだい?」
「実はちょっと問題が起きまして……」
トムリアはどこか複雑そうな表情を浮かべ、それを見たパーシュは小首を傾げる。とりあえず何が起きたのかを確認するためにパーシュはテントの外へ出て行き、ユーキたちも何があったのか気になりパーシュの後をついて行く。
外に出ると少し離れた所に生徒たちが集まっているのが見えた。その中には夕食の準備を進めていた生徒もおり、作業を中断して何かに注目している。
ユーキたちは生徒が集まっている方へ向かい、生徒たちが何をしているのか確認すると三人の女子生徒の姿があり、一人はパティで別の女子生徒と一緒にもう一人の女子生徒と睨み合っていた。
「だから、なども言わせないでよ。食事は皆、同じ物を食べることになっているの。貴女だけ特別扱いできないのよ!」
「フン、そんなの私の知ったことじゃないわ。そもそもアンタたちと一緒にしないでくれる? 私はアンタたちと身分も力も違うんだから!」
険しい顔をするパティに目の前の女子生徒は見下したような顔をしながら食って掛かる。その女子生徒は十六歳くらいで若干目つきが悪く、身長はアイカと同じくらいで天色の縦ロールヘアに白いリボンを付け、青い目をしていた。
周りの生徒は女子生徒たちを見ながら不安そうな顔や面倒そうな顔をしており、生徒たちの後ろではユーキたちが口論する女子生徒たちを見ている。
「問題ってあの子たちの喧嘩のことかい?」
「ハイ、パティたちが夕食の準備をしていた時、あの子が『そんな粗末な物は食べれない』って文句を言って喧嘩に……」
トムリアが説明するとパーシュは少し呆れた様子で軽く溜め息を付く。その隣ではユーキたちも縦ロールヘアの女子生徒を見つめている。
「おい、アイツは確かルナパレスたちと同じ時期に入学した奴だったよな?」
「あ、ハイ。確かフェンドリック男爵家の令嬢で、確か名前は……」
「……メトリジェア・フェンドリック」
ユーキが女子生徒の名を口にするとアイカとフレードはメトリジェアのことを思い出したのか、ユーキを見た後にメトリジェアに視線を向ける。
部隊の指揮を執るパーシュとフレードは封印依頼にどんな生徒が参加したのかを知っておくため、メルディエズ学園を出る前に生徒の情報を確認していた。アイカは真面目な性格から共に依頼を受けた生徒たちのことを簡単にチェックしており、ユーキも学園生活の役に立つと考え、同時期に入学した生徒のことは覚えていたのだ。
メトリジェアは周りの生徒たちが注目している関わらずパティたちと口論を続けており、フレードはメトリジェアを見ると小さく鼻を鳴らしながらパーシュの方を向いた。
「アイツ、お前が連れてきた生徒だろう? 何で態度のデケェ奴を参加させたんだ?」
「あたしは声をかけてないよ。あの子が自分から参加するって言ってきたんだ。『自分が下等な侵略者であるベーゼを叩きのめしてみせる』って言ってね」
「だからってあんな仲間と口論をするような奴を参加させるんじゃねぇよ。他の奴らに迷惑がかかるだろうが」
フレードは腕を組みながらメトリジェアを見つめ、話を聞いていたユーキとアイカは自分のことを棚に上げてメトリジェアを悪く言うフレードをジト目で見ていた。
パーシュとフレードが話している間もメトリジェアはパティやもう一人の女子生徒を見下すような態度を取り、次第にパティと女子生徒の表情も険しさが増していく。様子を見たパーシュはこのままでは大喧嘩になりかねないと感じて止めることにした。
集まる生徒たちの間を通ってパーシュはパティたちの前に出る。集まっている生徒たちはパーシュの姿を見ると少しだけ安心した表情を浮かべた。
「アンタたち、いい加減にしなよ?」
パーシュが声をかけると睨み合っていたパティたちはハッとしながらパーシュの方を向く。パーシュがパティたちを見ているとユーキたちもパーシュのすぐ後ろまでやって来る。
「今は野営の準備中だよ。色々やらなくちゃいけないんだし、周りに迷惑をかけるようなことはやめな」
「でもパーシュお姉様、この子が先に無茶苦茶なことを言って来たんですよ?」
パティは納得できないような顔をしながらメトリジェアを指差す。メトリジェアは自分を指差すパティが気に入らないのか視線だけを動かしてパティを睨んだ。
「例えどんなことを言われようと、いちいち感情的になってちゃ切りがないだろう? 何を言われても軽く流すのが大人の対応ってものじゃないかい?」
(先輩、貴女が言っても説得力無いですよ……)
注意するパーシュを見ながらユーキは心の中で呟く。これまで何度もパーシュがフレードと口論をして熱くなっている姿を見てきたため、ユーキはパーシュの発言に対して複雑な気持ちを懐いていた。勿論、アイカも同じような気持ちになっており、フレードもパーシュの発言を聞いて周囲に聞こえないよう小さく鼻で笑う。
パティは尊敬しているパーシュに注意されて反省したのかそれ以上何も言わずに黙った。パーシュはパティが納得してくれたと感じると次にメトリジェアに視線を向ける。
「メトリジェア、アンタもたかが料理でギャーギャー文句を言うんじゃいよ。複数人で依頼を受け、野営する際は全員が簡単に作れてすぐに食べられる料理を食べることになってるんだ」
「ですがクリディック先輩、私はあのフェンドリック男爵家の人間です。その私が粗末な料理を食べるなんて考えられません。せめて貴族に相応しい料理を作ってもらわないと」
自分は他の生徒と違って特別だと言うメトリジェアをパティは目を鋭くして見つめる。周りいる生徒たちも次第にメトリジェアの傲慢な態度に不満を感じてきたのか、少しずつ目を鋭くしていく。
周りの生徒たちの反応を見たアイカはこのままでは依頼に支障が出るかもしれないと感じ、フレードも態度の大きなメトリジェアを小さく舌打ちをしながら睨む。すると、止めに入ったパーシュが小さく鼻を鳴らしながら腕を組んだ。
「アンタが男爵家の人間だとしても、そんなことはメルディエズ学園では何の意味もない。学園では平民も貴族も、人間も亜人も平等に扱われるんだ。そして、それは依頼で外に出ている時も変わらない」
「ムッ……」
「貴族だからってデカい態度を取ってばかりいると、いつか誰からも相手にされなくなっちまうよ。入学して数ヶ月は経っているはずなのに分かってなかったのかい?」
落ち着いた態度で語るパーシュを見てメトリジェアは耳を疑う。上級生とは言え平民であるパーシュが貴族である自分に偉そうな態度を取ったことがメトリジェアには信じられなかった。
更にこの時、メトリジェアはパーシュが自分を見下しているように感じ、パーシュに対して小さな不満を感じていた。
「……クリディック先輩、いくら上級生だからと言って貴族である私にそんな大きな態度を取るのは得策ではないと思いますよ?」
「何が言いたいんだい?」
小さく笑うメトリジェアを見ながらパーシュは僅かに目を鋭くして尋ねる。メトリジェアの性格と現状からパーシュにはメトリジェアが何を考えているのか察しがついていたが、敢えて気づかないフリをして訊いてみた。
「私の父は男爵なんです。私が父に一言言えば――」
「先輩の立場を悪くすることができるってか?」
メトリジェアが喋っている最中にユーキが口を挟み、周りにいるアイカたちは一斉にユーキに注目する。ユーキはゆっくりと歩いてパーシュの隣までやってくるとメトリジェアを見上げ、メトリジェアは突然前に出てきたユーキは不愉快そうな顔で見下ろす。
「自分の立場が悪くなったからと言って父親の権力を利用して相手を黙らせるなんて、とても貴族のすることとは思えないな」
「何ですって? 突然出て来て何偉そうな口を利いてるのよ」
幼いのに態度の大きなユーキにメトリジェアは更に機嫌を悪くして目を鋭くする。ユーキはメトリジェアの睨みつけに屈することなく話し続けた。
「パーシュ先輩が言ったようにメルディエズ学園では平民も貴族も平等に扱われる。だから、親が貴族だとしても学園内ではその力は何の役にも立たない。……知らなかったの?」
「うっ……」
小首を傾げながら尋ねるユーキにメトリジェアは言葉を詰まらせる。メトリジェアの態度からしてメルディエズ学園で貴族としての立場は何の意味も無いことを知っていたようだ。
周りの生徒たちはメトリジェアが自身の立場を利用してハッタリをかましていたことを知ると呆れ顔や軽蔑するような顔でメトリジェアを見つめる。同時に心の中で児童であるユーキに言いたいことを言われているメトリジェアをおかしく思っていた。
「貴族だって言うのなら家族に頼らず、自分の力だけで優秀であることを証明して見ろよ。それが本当の貴族ってものじゃないのか?」
「う、うるさい! 平民である上に学園長の権力で特別に入学させてもらった子供が偉そうなこと言うんじゃないわよ!」
「それは違います」
メトリジェアがユーキに言い返しているとアイカが少し力の入った声を出して否定する。メトリジェアはアイカの方を向き、ユーキとパーシュも振り返ってアイカの方を見た。
「確かにユーキは学園長の力を借りました。ですが彼は学園長を盗賊から護ったという功績があり、入学試験も実力で合格しました。学園長の権力に頼って入学した訳ではありません」
「ああ、しかもルナパレスは入学してから今日まで受けた依頼を一度も失敗することなく全て完遂させてきた。ソイツには誰かに頼らなくても一人で生きていけるだけの力と根性があるんだよ」
アイカに続いてフレードもユーキは今日まで自分の力で生きてきたと語る。ユーキは高く評価されることが恥ずかしいのか、頬を僅かに赤くしながら目を逸らす。
メトリジェアはアイカとフレードを見ながら若干悔しそうな表情を浮かべ、そんなメトリジェアにパーシュは声をかけた。
「メルディエズ学園では地位なんて関係ない、依頼を熟せる力を持つことが重要なんだ。アンタも貴族がどうこう言う前に実力があることを証明してみせな。そうすればさっきみたいにデカい態度を取っても誰も文句は言わないさ」
「くぅぅ!」
ユーキたちに言いたいことを言われて居心地が悪くなったのか、メトリジェアをユーキたちに背を向けると逃げるように早足でその場から立ち去る。ユーキたちは去っていくメトリジェアの背中を黙って見つめていた。
メトリジェアが去ったことで緊迫した空気が消え、集まっていた生徒たちは安心した様子を見せる。それを見たパーシュは手を強く叩いて生徒たちの注目を集めた。
「さあ、問題は解決したんだ、全員仕事に戻りな。特に夕食係の奴は手を止めてた分、急いで作っとくれ」
パーシュの言葉を聞いて夕食作りを任されていたパティや他の生徒たちは作業に戻り、他の生徒たちも周辺の見張りをするために持ち場へ戻って行く。
残ったユーキたちは無事に問題が解決してとりあえずホッとする。問題を報告に来たトムリアはパーシュの方を見ると軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。パーシュさんたちのおかげで助かりました」
「別にいいさ、これぐらい。でも、これからは自分たちの力だけで解決できるようにしなよ?」
「ハイ、努力します」
トムリアは顔を上げるとパーシュを見ながら微笑みを浮かべる。するとそこへジェリックが走って来てトムリアの前で立ち止まった。
「トムリア、何やってるんだ。俺たちに見張りを任せてお前はサボってたのか?」
「失礼ね! ちょっと問題が起きてたからパーシュさんたちに報告に行ってたのよ」
やって来たジェリックを見ながらトムリアは面倒くさそうな顔をする。実はトムリアはジェリックたちと共に見張りをしており、見張りをしている最中の喉が渇いたので水を取りにテントへ向かっていた。その時にパティたちが口論しているのを見かけてパーシュに報告に行ったのだ。
ジェリックは集まっているユーキたちを見た後、周囲を見回した。先程までパティたちがメトリジェアと口論をしていたことを知らないジェリックは不思議そうな顔をする。
「……何かあったのか?」
「うるさいわねぇ、あとで説明してあげるから先に戻ってて!」
「はあぁ!? 水を取りに行っただけでこんなに遅くなったくせに何で偉そうなんだよ?」
「いいから行ってて! 水を取ったらすぐに行くから」
トムリアはジェリックの背中を押して強引に来た道を戻らせる。ジェリックは不満そうな顔をしながら渋々戻って行き、トムリアは飲み水が入った水袋を取りに近くのテントへ移動した。
「相変わらず仲がワリィな、ジェリックとシェシェルは。幼馴染なんだからもっと仲良くできねぇのかねぇ」
「ああ、そこは同感だね」
フレードは肩を竦めながら鼻で笑い、パーシュも腕を組みながら遠くにいるトムリアを見つめる。ユーキは再び自分たちのことを棚に上げてトムリアとジェリックの関係を指摘するパーシュとフレードをジト目で見つめていた。
それからしばらくして夕食が完成すると先に周囲の見張りをしていた生徒たちが先に食事を取り、その後に残りの生徒たちが食事を済ませた。




