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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第六章~苦痛の魔女~
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第八十三話  小さな騒動と新たな依頼


 メルディエズ学園本校舎の二階にある教室の一つで授業が行われていた。内容は森や林などで敵の情報の集める方法や技術についてだ。

 授業を担当するのは嘗て優秀なレンジャーであったオーストで生徒たちは真面目に授業を受けている。その中にはユーキの姿もあり、オーストの話す内容や黒板に書かれてあることを手元の羊皮紙に書いていた。


「森の中で敵の居場所を探るには草や小石を確認するといい。草が踏まれて折れていれば誰かが通ったことを現しているし、折れた方角でどっちに進んだのかも分かる」


 オーストは黒板に書かれている内容を指で指しながら説明し、ユーキや他の生徒たちは静かにそれを聞いている。


「転がっている小石なども裏側が湿っていれば少し前に誰かが通った証拠だ。森が戦場になっている場合はそう言ったところも細目に調べるように……」


 黒板に文章を書きながらオーストが喋っていると校内に授業終了を知らせる鐘の音が響き、それを聞いたユーキたちは一斉に反応する。


「……今日の授業はここまでだ。この続きは来週の同じ時間にこの教室で行う。続きを受ける生徒は来週も来るように」


 オーストは教卓の上に並べられている教科書らしき本や羊皮紙を集めながら次回の予定を生徒たちに伝えると静かに教室から出ていく。ユーキたちはオーストの話を聞きながら黒板に書かれてある内容でまだ羊皮紙に書いていない部分を書き記した。

 黒板に書かれてあることを書き終えた生徒は自分の用具をまとめて退室していく。生徒たちの中には授業が終わったことで笑顔を浮かべる生徒もいればもう少し教わりたかったと残念そうな顔をする生徒もいる。因みにユーキは授業が終わり、自由時間になったことで背筋を伸ばしていた。

 教室を出たユーキは肩を軽く回しながら階段を下りて一階へ向かう。今日受ける授業は全て終わったため、ユーキは校舎から出ると用具を戻すために男子寮の方へと歩いて行く。


「さ~てと、今日はもう授業は無いし、どうするかなぁ」


 この後どうするかユーキは歩きながら考える。すると小さく腹の虫がなり、立ち止まったユーキは校舎の方を向いて校舎に取りつけられている時計を確認する。時計は十二時少し前に刻んでおり、時計を見たユーキはもうすぐ正午になろうとしていることを知った。


「そろそろお昼か。教科書を部屋に置いて来たら昼飯にするかな」


 これから何をするかは昼食を取ってから考えることにしたユーキは再び男子寮に向かって歩き出す。小腹が空いていたユーキは早く食事を取りたいのか若干早足だった。

 男子寮の二階にある自分の部屋に戻ったユーキは用具を机の上に置くと階段を駆け下り、食堂がある中央館へと向かった。

 中央館にやってくると既に食堂には昼食を取るために大勢の生徒の姿が集まっており、厨房から料理をもらうために列をなしている。食事をするためのテーブルも殆ど取られており、食堂の光景を見たユーキは僅かに表情を歪ませた。


「うへぇ~マジかよ。まだ十二時を少ししか過ぎてないのにもうこんなにいるなんて……今日って新しいメニューでも入ってたか?」


 食堂が混んでいる理由を考えながらユーキは料理を取るために列に並ぼうとする。そんな時、食堂の隅に十数人の生徒が集まっているのが見え、ユーキは足を止めて集まっている生徒たちに視線を向けた。


「何だ、あれ?」


 ユーキが集まっている生徒たちを見つめると生徒たちの中にアイカの後ろ姿があるのが見え、ユーキは意外そうな顔をしながらアイカの下へ向かう。

 アイカは集まっている生徒たちの後ろの方で何かを見ており、どこか呆れたような表情をしている。そんなアイカの後ろにユーキがやって来てアイカを軽く見上げながら声をかけた。


「アイカ、何してるんだ?」

「! ……ユーキ」


 振り返ったアイカはユーキの姿を見ると小さく溜め息を付き、そんなアイカを見たユーキは小首を傾げた。


「どうしたんだ?」

「実は……」


 アイカはユーキの問いに答える代わりに生徒たちが注目している方に視線を向け、ユーキも同じように生徒たちが見ているものを確認した。

 集まっている生徒たちの中心ではパーシュとフレードが机を挟んで椅子に座っている。二人の前には紅茶が入ったティーカップが置かれており、お互いに目を鋭くしながら向かい合っていた。

 二人の周りには緊迫した空気が漂っており、パーシュとフレードを見ている生徒たちは顔に緊張を走らせながら見守っていた。

 パーシュとフレードの後ろにはそれぞれ男子生徒と女子生徒が二人ずつ立っており、フレードの後ろにいる男子生徒たちは女子生徒たちと、パーシュの後ろにいる女子生徒たちは男子生徒たちと睨み合っている。状況から生徒たちはパーシュとフレードの友人もしくは仲間のようだ。


「相変わらず考え方が子供っぽいねアンタは? どうしてもっと大人らしい考え方ができないんだよ」

「ああぁ? 俺が幼稚だって言うのか? 俺からして見ればテメェも十分幼稚だと思うがな!」

「はっ、自分が子供扱いされると相手のことも子供扱いする、それが子供っぽいって言うんだよ」


 声に僅かに力を入れながらパーシュとフレードは口論しており、その光景を見たユーキは「また喧嘩か」と言いたそうに呆れ顔になる。パーシュとフレードが喧嘩をするのは既に見慣れているが、毎日のように喧嘩をする二人を見るたびにユーキは溜め息を付いてしまう。

 ユーキとアイカは上級生であり、神刀剣に選ばれた生徒であるパーシュとフレードを尊敬しているが、喧嘩をする二人の姿を見ると上級生らしくないと感じてしまうのだ。


「そこまで言うなら俺の考え方のどこが子供っぽいのか説明してもらうじゃねぇか」

「自分で分からないって時点で子供だって言うんだよ」

「それはテメェ自身が説明できねぇってことじゃねぇのか。今のテメェみたいなのを口だけ達者な奴って言うんだよ」

「アンタにだけは言われたくないね」

「ああぁ?」


 表情を険しくしながらパーシュとフレードは睨み合い、二人の後ろに控えている生徒たちも同じように睨み合う。

 一触即発の空気に周りの生徒たちは徐々に表情を曇らせていき、その中でユーキとアイカは呆れ顔のままパーシュとフレードを見ている。


「このままだと先輩たちが大喧嘩を始めちゃうわ。止めた方がいいかしら?」


 アイカはユーキの耳元でどうするか小声で尋ねる。ユーキはチラッとアイカを見た後に視線をパーシュとフレードに戻して小さく溜め息を付く。


「……そうだな。このままだと怪我人が出るかもしれない。そうなったら他の生徒や食堂で働く人たちにも迷惑だ」


 周囲の人たちのためにも二人の口論を止めるべきだとユーキは語り、アイカはユーキを見ながら頼りになると感じた。

 若干面倒そうな顔をしながらユーキは生徒たちの間を通って前に出る。アイカもそれに続き、二人はパーシュとフレードが座るテーブルの前に出た。


「先輩たち」

「お? ユーキじゃないか。アイカも一緒かい」


 ユーキとアイカに気付いたパーシュは顔から険しさを消して二人の方を向く。フレードもユーキとアイカを見ると表情を少し和らげて落ち着いた様子で二人を見る。

 パーシュとフレードの後ろにいた生徒たちは突然前に出てきたユーキを見ると「何だコイツ」と言いたそうな表情を浮かべるが、ユーキが噂の児童剣士だと気付くと驚いたような反応を見せる。

 集まっている生徒たちもユーキを見て驚いているが、生徒の中には有名になっているユーキが気に入らないと思っている生徒もおり、そう言った生徒は不満そうな顔でユーキを見ていた。


「二人とも、また喧嘩ですか? 今度は何が原因で喧嘩をしてるんです?」


 ユーキは両手を腰に当てながら口論に原因を尋ねる。アイカもどうして喧嘩をしているのか気になっており、心配するような顔でパーシュとフレードを見つめた。

 パーシュとフレードはユーキとその後ろに立っているアイカを見た後、再び険しい表情を浮かべながら睨み合う。しばらく睨んだ後、二人は険しい表情のままユーキとアイカに視線を戻した。


「ルナパレス、お前は茶を飲むなら香りと味、どっちを選ぶ?」

「え?」


 フレードの突然の問いにユーキは思わず訊き返す。アイカも意味が理解できずにまばたきをしていた。

 ユーキとアイカの反応を見たパーシュは二人が内容が理解できていないことに気付き、分かりやすく一から話すことにした。


「アンタたちが来る少し前にあたしはコイツらと一緒に此処でお茶を飲んでたんだよ」


 パーシュは自分の後ろに立っている二人の女子生徒を親指で指しながら語り、女子生徒たちもユーキとアイカの方を見ながら無言で頷く。


「香りのいいリップルティーを楽しんでたのにそこにフレードたちが来て突っかかってきやがったんだ」

「突っかかってきたとは心外だな? 俺はただお前に紅茶の香りが理解できるのかって訊いただけだろうが」

「それが突っかかってきてるって言うんだよ! それにあたしから見ればアンタだって紅茶の香りを理解できないだろうが!」


 怒鳴るような喋りながらパーシュは自分とフレードの前に置かれてある紅茶の入ってティーカップを指差し、フレードは鼻を鳴らしながら腕を組んだ。


「俺らは香りじゃなくて味を楽しんでるんだよ。俺らが飲むジンジャルティーは香りよりも味を楽しむ茶なんだ」


 自分の考えが理解できないパーシュを睨みながらフレードは苛立ちの籠った声を出す。彼の後ろにいる男子生徒たちも「同感だ」と言いたそうな顔でパーシュを見ている。

 パーシュたちが飲んでいたリップルティーというのは異世界の存在する果実、リップルを使って作られた香りのいい紅茶だ。リップルとは甘く皮ごと食べられる赤い果実でユーキが元いた世界でいうリンゴのような物である。

 フレードたちが飲んでいたジンジャルティーはジンジャルという異世界の植物の根茎こんけいを使って作った紅茶で香りは控えめだが味は濃く、寒い日には体を温めてくれる紅茶だ。ジンジャルはユーキが前にいた世界の生姜のような物でジンジャルティーはジンジャーティーに似た飲み物である。


「紅茶は香りを楽しむ飲み物なんだよ。アンタみたいに香りも楽しまずにガブガブ飲むところが子供みたいだって言ってるんだよ」

「テメェ、まだ言うか!」


 パーシュとフレードは再び口論を始め、二人の会話を聞いていたユーキは話の内容が理解できたのかまばたきをしながらパーシュとフレードを見ている。


「……あの、もしかして紅茶の飲み方で揉めてたんですか?」

「ああ、そうだよ」


 ユーキの問いにパーシュはフレードを睨みながら答え、返事を聞いたユーキは目を丸くしながら呆然とし、アイカも同じように目を丸くしてパーシュとフレードを見ていた。

 てっきりお互いに戦い方や性格が原因で揉めていたのではと思っていたが、口論の原因が紅茶の飲み方や好みだと知ってユーキは軽い衝撃を受けた。

 パーシュとフレードが不仲で普段から口論をしているのは分かっていたが、今回はあまりにも口論の原因が馬鹿馬鹿しくてユーキは二人の仲裁をする気が僅かに失せた。アイカも口論の原因を知って深く溜め息を付く。


(たかが紅茶の飲み方で喧嘩して他の生徒を不安がらせたってことか? こんなことで不安になっていたアイカや他の生徒が気の毒で仕方がない……)


 心の中でアイカや集まっている生徒たちに同情しながらユーキは自分の頭部を掻く。現に集まっている生徒たちの中にはパーシュとフレードの口論の原因を知って呆れたような反応を見せる生徒も何人かいた。

 神刀剣に選ばれた生徒でもそれを除けば十代半ばの少年少女であるため、戦い以外ではまだ子供っぽさが残っているのだなとユーキはパーシュとフレードを見ながら感じる。


「……で? アンタは香りと味のどっちを楽しむんだい?」


 ユーキが難しい顔をしながら考えているとパーシュはチラッとユーキに視線を向けて尋ねる。フレードも同じように視線だけを動かしてユーキを見つめ、二人と目が合ったユーキは思わず表情を歪めた。

 どちらかの味方をすればもう片方からの印象が悪くなるため、下手にどっちかを選ぶことはできない。ユーキはさり気なく目を反らして黙り込み、アイカは心配そうな顔でユーキを見ている。周りの生徒たちもユーキが何と答えるのか気になっているらしく、無言でユーキに注目した。

 周囲から注目される中、ユーキはパーシュとフレードの方を見て静かに口を開いた。


「……実は俺、紅茶はあんまり飲まないですよ。だから香りと味のどっちを楽しむかって訊かれてもハッキリと答えられません」

「何だよ、紅茶は飲まねぇのかよ」


 フレードがつまらなそうな顔をするとユーキは苦笑いを浮かべながら頷く。


「ええ、俺はコキ茶が好みなんで」


 ユーキが好みの茶の名前を口にすると、その場にいる全員がキョトンとしながらユーキを見つめる。ユーキは突然周囲が黙り込んだことに少し驚いてキョロキョロと周りを見回す。


「ん? どしたの? 俺なんか変なこと言った?」

「う、ううん、そんなことは無いわ。ちょっと驚いただけ」

「は?」


 苦笑いを浮かべるアイカを見てユーキは小首を傾げた。

 ユーキが言ったコキ茶というのはコキの実という木の実を焙煎して挽いた粉末を使って入れる茶で独特の苦みがある黒い飲み物で、ユーキが転生前にいた世界のコーヒーのような飲み物だ。

 転生前のユーキは高校生では珍しくコーヒー好きで砂糖やミルクを入れないブラックを好んで飲んでいた。それは転生後も変わっておらず、異世界にコーヒーに似た見た目と味をしたコキ茶を見つけるとその日から毎日のように飲んだ。

 苦みのあるコキ茶は異世界では学者などが眠気を覚ますために飲むことが多いが、紅茶などのようにお茶会などで飲まれることは殆ど無い。特に未成年からはその苦みは好まれておらず、メルディエズ学園の生徒は殆どコキ茶を飲まないと言われている。

 自分たちでも飲むのに抵抗を感じるコキ茶を僅か十歳のユーキが好んでいると知ったアイカたちは驚きを隠せず、全員が目を丸くしながらユーキを見つめていた。

 ただ、幼いユーキがコキ茶が好きだと言うことが信じられない生徒も何人かおり、ユーキを疑うような目で見つめている。その中にはフレードもおり、目を少し細くしながらユーキを見ていた。


「あ~、ルナパレス。お前はコキ茶が好きなのか?」

「ハイ」

「それは、あれか? 砂糖やミルクを沢山入れた甘めのやつが好きってことなんだよな?」

「いいえ、何も入れずにそのまま飲みますよ? 俺、あの苦みが好きなんで」


 笑いながら語るユーキを見てフレードは「マジかよ」と言いたそうに目を見開き、パーシュも同じような顔をしてユーキを見つめる。ユーキの反応を見た二人はユーキが嘘をついておらず、本当にコキ茶が好きなのではと感じた。

 黙り込むパーシュとフレードを見たユーキは話が脱線してしまったことに気付き、二人を見ながら複雑そうな顔で自分の頬を指で掻く。


「え~っと、すいません。紅茶の楽しみ方について話していたのに、いつの間にか俺の好みの話になっちゃって……」

「君が謝る必要は無い」


 突如背後から声が聞こえ、ユーキはフッと振り返ると、集まっている生徒たちの後ろでカムネスが腕を組んで立っている姿が視界に入る。カムネスを見たユーキやアイカたち、パーシュとフレードは意外そうな反応を見せた。

 生徒会長のカムネスが現れたことで場の空気が変わり、集まっている生徒たちは驚くと同時に安心する。カムネスならパーシュとフレードの口論を何とかしてくれるのではと生徒たちは期待を懐いていたのだ。

 カムネスは腕を組んだままパーシュとフレードの方に歩きだし、生徒たちは無意識に左右へ移動して道を開ける。生徒たちの間を通ったカムネスはユーキの隣までやってくると落ち着いた様子でパーシュとフレードを見た。


「騒がしいので来てみれば、やはり原因はお前たちだったか。またくだらないことで口論をしていたようだな」

「くだらねぇとは何だ。俺らにとっては重要なことなんだよ!」

「紅茶の楽しみ方ぐらいで目くじらを立てて言い合いをするのは十分くだらないと僕は思うけどな」

「なっ、お前なぁ!」


 フレードは冷静に語るカムネスを睨みながら拳を強く握る。周りの生徒たちはカムネスの挑発的な発言でフレードがより機嫌を悪くするのではと不安を感じていた。

 周囲の不安を気にしていないのかカムネスは表情を変えることなく語り続ける。


「紅茶をどう楽しむかは人それぞれだ。他人の楽しみ方が自分と異なるからと言って文句を言ったりするのは馬鹿げたことだ。お前とパーシュはそんな馬鹿げたことをするほど幼稚なのか?」

「ぐっ……」


 カムネスの言葉に何も言い返せないフレードは奥歯を噛みしめながら黙り込み、パーシュもカムネスと目を合わさないよう目を反らしが軽く俯いている。


「口論をするなとは言わない。だが、仮にもお前たちは上級生で神刀剣に選ばれたこの学園の象徴とも言える存在だ。他の生徒たちの前で上級生らしからぬ行動を執られては困る」

「……チッ、わぁったよ!」

「悪かったね……」


 生徒会長であり自分たちよりも実力が上のカムネスに反論するべきではないと思ったのかフレードとパーシュは素直に自分たちの落ち度を認めた。二人が大人しくなったのを見て周りにいたユーキたちは安心する。

 パーシュとフレードの問題が片付くとカムネスは集まっている生徒たちを見ながら手を軽く振って解散するよう指示を出す。生徒たちはカムネスの意思に気付くと一斉にその場を後にし、パーシュとフレードの味方をしていた生徒たちも二人に指示されて解散する。その場に残ったのはユーキ、アイカ、パーシュ、フレード、カムネスの五人だけとなった。


「さてと、問題も片付いたことだし、俺も行こうかな」


 生徒たちが解散したためユーキも昼食を取るために立ち去ろうとし、アイカもユーキと一緒にその場を後にしようとする。


「待て、君たちは此処に残ってくれ」


 カムネスは去ろうとするユーキとアイカに声をかけ、呼び止められた二人は立ち止まってカムネスの方を向いた。

 ユーキとアイカが止まったのを見たカムネスはパーシュとフレードの方を向き、二人もカムネスに視線を向けた。


「お前たちに話がある。少し付き合ってもらうぞ」

「話? 何だよ」

「それはこれから話す。とりあえず場所を変えよう」


 カムネスの言葉を聞いたフレードはこの場にいる五人以外に聞かれたくない内容なのかと感じる。ユーキたちもフレードと同じことを考えており、真剣な表情を浮かべてカムネスを見た。


「分かったよ。それじゃあ、生徒会室に行こうかね」

「いや、わざわざあそこまで戻るのも面倒だ。中央館ここで話そう」

「えっ、此処でかい?」

「ああ、別に誰かに聞かれたら困るような話ではないからね」


 静かに語るカムネスを見てパーシュは意外そうな表情を浮かべる。集まっていた生徒たちを解散させ、場所を変えて話すことだからてっきり聞かれたくない内容なのではと思っていたため、パーシュは少し驚いていた。

 カムネスが生徒たちを解散させた理由は大勢が集まる中で会話をするのが嫌だったことと、静かな状況で話したいと言う理由からであって聞かれて困るような内容では無かったのだ。

 落ち着いて話をするため、カムネスは食堂の奥へ移動し、ユーキたちもその後をついて行く。そして食堂の片隅、若干暗くて生徒たちが集まっていない場所にあるテーブルまでやって来るとユーキたちは静かに椅子に座った。

 長方形のテーブルの幅の狭い席にカムネスが座り、彼から見て右側の幅の広い席にユーキとフレード、その向かいの席にアイカとパーシュが座った。


「それで、話ってのは何なんだ? 会長さんよ」


 フレードが頬杖をつきながらカムネスに尋ねると、カムネスは四人を見ながら静かに口を開いた。


「我が学園に新たにベーゼの転移門の封印依頼が入った」

「ほお?」


 大きな依頼が入って来たことを聞かされ、フレードは興味のありそうな声を出し、パーシュも無言でカムネスを見ていた。ユーキとアイカは以前経験した封印依頼が再び入ったことを聞いて目を僅かに鋭くしながらカムネスの話に耳を傾ける。


「今回発見された転移門は開いてからそれほど時間が経っておらず、そこから出現したベーゼの数も少ないそうだ。先生方と話し合った結果、二人の上級生に部隊の指揮を執らせ、その転移門を封印させることとなった」

「成る程ね、開いたばかりでベーゼも少ないのなら上級生二人が指揮する戦力でも封印でき……ん?」


 笑っていたパーシュは笑みを消して突然黙り込み、フレードも難しそうな表情を浮かべながら何かを考えるような素振りを見せる。アイカはいきなり黙り込んだパーシュとフレードを不思議そうに見つめていた。

 ユーキは現状と封印依頼に参加する生徒の情報から何かに気付き、視線だけを動かしてカムネスを見る。カムネスは両肘をテーブルにつけ、両手を口元に持ってきて目を閉じていた。

 しばらくすると黙り込んでいたパーシュとフレードが目を見開いて同時にカムネスの方を見た。


「おい、まさか俺とコイツにその封印部隊の指揮を執れって言うんじゃねぇだろうな?」

「……そのとおりだ。因みにルナパレスとサンロードにもその封印依頼に参加してもらう」


 若干興奮したフレードの問いにカムネスは冷静に答え、返事を聞いたフレードとパーシュは驚愕する。

 カムネスの話を聞いてアイカも少し驚いたが、ユーキは状況から自分も封印依頼に参加させられること、パーシュとフレードが部隊の指揮を執らされることを予想していたため、アイカのように驚きはしなかった。ただ、不仲な二人に同じ依頼を受けさせることには内心驚いている。


「冗談じゃねぇ! 俺は御免だぜ、コイツと一緒なんて!」

「あたしだって嫌だよ! あたしらが仲が悪いのはアンタもよく知ってるはずだろう!?」


 パーシュとフレードは当然のように一緒に依頼を受けることを拒む。以前に何度か二人が同じ依頼を受けたことがあったが、それは他に依頼を受けられる生徒がいなかっり、依頼主から指名があったりなど断ることができなかったため、二人は我慢して依頼を受けたのだ。

 カムネスもパーシュとフレードの仲の悪さは知っているため、普段なら依頼の成功率を少しでも上げるために不仲の二人に同じ依頼を受けさせようとは思わないだろう。だが、今回はそういうわけにはいかなかった。


「残念だが、今回の依頼はお前たち二人に行ってもらう。何しろ依頼主がお前たち二人を指名してきているからな」

「何だって? あたしらを?」


 パーシュが目を僅かに細くして訊き返すと、カムネスはゆっくりと目を開けてパーシュとカムネスを見つめる。


「依頼してきたのはスイージェス村の村長だ」

『!』


 依頼主の情報を聞いた途端、険しい顔をしていたパーシュとフレードは軽く目を見開いて驚いた。


「スイージェス村ってどんな所ですか?」


 ユーキがカムネスの方を見ながら村のことを尋ねると、カムネスの代わりにアイカがユーキの問いに答えた。


「前に依頼を受けたモルキンの町から更に南東へ行った所にある村よ。ラステクト王国にある村の中でも人口が多く、ポーションの材料になる薬草を育てて生計を立ててるらしいわ」

「へぇ~、でもその村の村長がどうしてパーシュ先輩とフレード先輩を指名したんだ?」


 パーシュとフレードが選ばれた理由が分からずにユーキは腕を組みながら疑問に思う。アイカも二人が選ばれた理由が分からず不思議そうな顔で考えた。


「……スイージェス村は、パーシュとフレードの故郷なんだ」


 カムネスは複雑そうな顔をするパーシュとフレードを見ながら答え、ユーキとアイカはカムネスの方を向いて驚いた。


本日から第六章の投稿を開始します。

今回も一定の間隔で投稿していくつもりですので、よろしくお願いします。

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