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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第八十一話  地中からの襲撃


 ユーキたちは態勢を整え、ウターヴェルの次の攻撃を警戒しながら構える。離れた所で戦いを見守っていたウェンフとリーファンは上位ベーゼを相手に一歩も引かないユーキたちの勇姿に驚き、同時に頼もしい存在だと思っていた。

 ウターヴェルは自分よりも小さく、下等な人間が恐れることなく挑んでくる姿が気に入らないのか唸り声を上げながら正面に立つユーキを睨んでいる。


「ナメるなだと? ……ならば、俺も本気で相手をしてやる。本気を出させたことを後悔するなぁ!?」


 怒りの籠った声を上げながらウターヴェルは錘を捨て、捨てられた錘は青紫の光となって消滅した。

 錘が消えるとウターヴェルは両手で地面を勢いよく掘り始める。掘った穴は大きく、掘り返す土の量も多いため、ウターヴェルの姿はあっという間に土の中へと消えた。

 突然穴を掘って地中に潜ったウターヴェルにユーキたちは目を軽く見開きながら驚く。一見逃げ出したように見えたが、ウターヴェルは本気を出すと言っていたため、逃げたわけではないと考えたユーキたちは警戒心を強くした。


「アイツ、何をするつもりなのかしら?」


 プラジュとスピキュを構えながらアイカは周囲を見回す。フィランもコクヨを中段構えに持ちながら視線だけを動かして周りを確認し、離れた所にいるミスチアや武闘牛も表情を鋭くして警戒していた。

 アイカたちが周りを警戒する中、ユーキは周囲だけでなく、足元も警戒している。ウターヴェルが最初に姿を見せた時、地中から飛び出してフォンジュを襲った。そのことから、ウターヴェルは地中から攻撃を仕掛けて来るのではとユーキは考え、足元も警戒しているのだ。

 ユーキはアイカたちに下からの攻撃に注意するよう伝えようとした。すると、ユーキ、アイカ、フィランの中心にある地面が僅かに盛り上がり、それに気付いたユーキは大きく目を見開く。


「危ない!」


 声を上げながらユーキは後ろにいるアイカとフィランに跳び付いて二人と一緒にその場を移動する。ユーキの跳び付かれたアイカとフォランはバランスを崩して仰向けに倒れた。

 いきなり跳び付いて来たユーキにアイカは驚き、フィランも無言でユーキを見る。だがその直後、ユーキたちが立っていた場所の真下からウターヴェルの上半身が飛び出し、ウターヴェルの姿を見たアイカは驚愕の表情を浮かべた。


「チッ、上手く避けたか」


 倒れているユーキたちを見たウターヴェルは小さく舌打ちをした。地中からの奇襲には失敗したが、攻撃を避けたことでユーキたちは倒れており、それを見たウターヴェルはチャンスだと感じたのか右腕を振り上げてユーキたちを叩き潰そうとする。

 腕を上げるウターヴェルを見てユーキは素早く立ち上がり、反撃しようとウターヴェルに接近する。そして、間合いに入るとユーキは月下を振り上げて攻撃しようとした。

 だが、ウターヴェルは近づいてきたユーキに向かって毒を吐いて応戦する。ユーキは上半身を右に反らして飛んできた毒を回避するが、回避している間にウターヴェルは再び地中へ身を隠してしまった。

 反撃に失敗したユーキは後ろに跳んで穴から離れるとすぐに構え直す。アイカとフィランも立ち上がり、得物を構えてユーキの方を向いた。


「大丈夫か、二人とも?」

「え、ええ、何とか……でもさっきのは……」

「アイツは地中を移動して真下から攻撃を仕掛けてくるようだ。周囲だけじゃなく、足元にも注意して戦うんだ」

「足元に注意って言われても、どうやって戦えば……」


 地中から攻撃して来る敵とは戦ったことが無いアイカはどう対処すればいいか分からず困ったような顔をする。フィランは表情を変えることなく無言で足元に視線を向け、地中を移動するウターヴェルの気配を探り始めた。

 アイカとフィランにウターヴェルの攻撃を方法を伝えたユーキは次に遠くにいるミスチアと武闘牛の方を向いて大きな声で呼びかける。


「ウターヴェルは地中から襲って来る! 地面が揺れたり、土が盛り上がったりしたらその場から離れろぉ!」


 ユーキが助言するとミスチアは手を振り、言われたとおり足元に意識を集中させて奇襲を警戒する。ミスチアの近くでは武闘牛が武器を構えながら仲間同士で背を向けて周りを見回しており、それを見たミスチアは小さく鼻を鳴らしながら笑みを浮かべた。


「周りを警戒するのもいいですが、ユーキ君の仰るとおり足元も警戒した方がいいと思いますわよ?」


 小馬鹿にするような顔で語り掛けてくるミスチアをウブリャイ、ラーフォン、イーワンの三人は無言で見つめ、ベノジアはミスチアをジッと睨む。

 先程ミスチアに助けられた上に今度はアドバイスまで受けることになったため、ベノジアは若干不満を感じていた。

 冒険者としてメルディエズ学園の生徒の助力を受けるなど普段ならプライドが許さないが、今はそんなことを気にしている時ではないため、ベノジアは生き残るために我慢して足元にも注意することにした。

 ウブリャイはベノジアと違って素直にユーキたちのアドバイスを受けるつもりでいたのか、嫌な顔をせずに足元も警戒している。ラーフォンとイーワンはリーダーであるウブリャイが警戒するのなら自分たちもそうしようと思っているのか、若干不満そうな顔をしながら同じように警戒した。

 ミスチアは武闘牛が自分たちと同じように警戒するのを見ると小さく鼻で笑いながらウォーアックスを構え、ウターヴェルの攻撃を警戒する。

 ウターヴェルが地中に潜ったことで広場は静まり返り、その中でユーキたちは足元に注意しながらウターヴェルの居場所を探った。すると、武闘牛の足元の地面が僅かに動き、それを感じ取ったウブリャイがフッと足元に視線を向ける。


「離れろぉ!」


 ウブリャイが叫ぶとベノジアたちは驚きながら急いで別々の方向へ移動し、ウブリャイも大きく跳んでその場を離れる。四人が動いた直後、地面からウターヴェルが姿を現し、ユーキたちも音を聞いてウブリャイたちの方を向いた。

 ウターヴェルが飛び出した時の揺れと衝撃でウブリャイ以外の三人はその場に倒れてしまい、倒れるベノジアたちを見たウターヴェルは低い声で笑いながら一番近くで倒れているラーフォンを見つめ、右手の拳で殴ろうとする。

 自分が狙われていることに気付いたラーフォンは緊迫した表情を浮かべながらウターヴェルを見つめる。だがそんな時、ウブリャイがハンマーを両手で握りながらウターヴェルの左側から近づいてきた。


「俺の仲間に手ぇ出すんじゃね、化け物がぁ!」


 怒号を上げながらウブリャイはハンマーを振り上げると混沌紋を光らせて衝撃インパクトを発動させ、ウターヴェルの頭部に向かって振り下ろす。

 ウブリャイの攻撃に気付いたウターヴェルは人間の攻撃など大したことないと思ったのか左前腕部でハンマーを防ぐ。だが、ハンマーの頭が腕に当たった瞬間、強い衝撃がウターヴェルを襲った。


「ヌオオォッ!?」

「ハッ、どうだ。俺の衝撃インパクトは効くだろう?」

「おのれぇ、虫けらの分際でぇ!」


 笑うウブリャイを睨みながらウターヴェルは右手でウブリャイに殴りかかる。ウブリャイは迫ってくるウターヴェルの拳を見るとハンマーを引き、拳に向かってハンマーを振った。ハンマーと拳がぶつかると強い衝撃がウブリャイとウターヴェルに伝わり、両者は衝撃の強さに表情を歪める。

 しばらくするとウターヴェルの右腕は後ろに押し戻され、ウブリャイも後方に飛ばされて仰向けになる。お互いに相手の攻撃の衝撃に耐えられずに後ろに押されてしまった。


「クッソォ、こっちの衝撃を増加できても、やっぱり向こうの衝撃に耐えることはできねぇか」


 ウブリャイは仰向けのまま顔を上げてウターヴェルを睨む。実はウブリャイの衝撃インパクトは攻撃によって発生する衝撃を増加させてより大きなダメージを与えることはできるが、あくまでも衝撃を強くするだけで力を強くすることはできない。そのため、ウターヴェルの拳とハンマーがぶつかっても押し戻されてしまったのだ。

 押し戻されたことを不満に思いながらウブリャイは落ちているハンマーを拾う。一方でウターヴェルはハンマーの衝撃を受けて僅かに震えている右手を見つめており、震えが小さくなると再びウブリャイの方を向いて目を鋭くした。


「虫けら如きがやってくれたなぁ!」


 ウターヴェルはウブリャイに向かって毒を吐いて攻撃する。ウブリャイは倒れたまま体を右に回転させて毒をギリギリで回避した。だが、ウターヴェルは回転するウブリャイを追うように毒を連続で吐いて追撃する。

 吐かれた毒の殆どウブリャイに当たらなかったが、一つだけウブリャイの左上腕部に当たってしまった。


「がああああぁっ!」


 毒が触れた箇所から伝わる痛みにウブリャイは思わず声を上げ、回転を止めて痛みに耐える。毒を受けて苦しむウブリャイを見たウターヴェルは楽しそうに笑った。

 動きを止めたウブリャイに止めを刺そうとウターヴェルは再び毒を吐こうとする。するとウターヴェルの背後からベノジア、ラーフォン、イーワンが飛びかかった。


「テメェ! ボスに何しやがる!」


 ベノジアが声を上げながら剣を振り上げ、ラーフォンとイーワンもハンドアックスとメイスで攻撃しようとする。

 ウターヴェルは視線だけを動かして三人の方を見ると、振り返りながら右腕を大きく外側に振ってベノジアたちを同時に腕で殴り飛ばした。

 飛ばされたベノジアたちは苦痛で表情を歪めながら地面に叩きつけられる。ウターヴェルの攻撃をまともに受けたことで三人は大きなダメージを受けてしまい、倒れたまま起き上がることはできない。幸いダメージは大きいが意識は残っていた。


「お、お前ら……」


 殴り飛ばされた仲間たちを見ながらウブリャイは声を漏らす。毒を受けた箇所からは薄っすらと煙が上がっており、腕も腐敗が進んで少しずつ薄い灰色に変色し始めていた。

 痛みに耐えながらウブリャイはなんとか立ち上がり、右手でハンマーを握りながらウターヴェルを睨みつける。

 ウターヴェルはウブリャイの方を見ると毒を吐いて攻撃しようとするが、毒を吐こうとした瞬間にウブリャイの後方からユーキとフィランが走って来てウターヴェルに近づき、素早く得物を振って斬りかかった。

 ユーキはウターヴェルから見て左側から月下と月影で同時に袈裟切りを放ち、フィランは右側からコクヨで左横切りを放って攻撃する。ウターヴェルは咄嗟に二人の攻撃を両腕の前腕部で防ごうとするが、ウブリャイの時と違って今度は刃物による攻撃であるため、ウターヴェルの腕には切傷が付けられた。


「グウッ! またお前らかぁ!」


 ウターヴェルはユーキとフィランを睨みつけながら反撃しようとしたが、ウターヴェルは二人を油断できない存在だと考えている。下手に攻撃すれば不利になると考えたウターヴェルは慎重に戦うため、一旦穴の中に身を隠した。


「チッ、また隠れたか」


 ユーキはウターヴェルが潜った穴を覗くと小さく舌打ちをし、次の攻撃を警戒して足元や周囲を警戒する。フィランも後ろに軽く跳んで穴から離れると中段構えを取って同じように警戒した。

 ウブリャイはユーキとフィランを見ながら軽く息を吐く。ユーキとフィランが自分を助けようとしていたのかは分からないが、二人のおかげでウターヴェルの追撃を受けずに済んだので安心していた。

 安心して気が緩んだのか左腕の痛みが強くなり、ウブリャイは表情を歪めながら片膝をつく。ハンマーの柄の部分を使い、毒に触れないようにしながら左腕の付着している毒を落とす。しかし毒を落としても腐敗は止まらず、左腕はどんどん変色していった。

 腐敗の進み方から、ウブリャイはもう助からないと感じて奥歯を噛みしめた。するとそこへアイカが駆け寄り、プラジュとスピキュを地面に刺してウブリャイの腐敗している左腕を確認する。


「大丈夫ですか?」

「……見りゃ分かるだろう? これだけ腕が侵されてるんだ。もう助からねぇよ」

「いいえ、解毒すれば助かります」

「馬鹿を言うんじゃねぇ。ベーゼの毒は普通の解毒剤じゃ治せねぇんだ。メルディエズ学園の生徒ならそれぐらい分かるだろう。そもそも此処には解毒剤なんてねぇ」


 現状から考えて助からないと考えていたウブリャイはアイカを弱々しく睨みながら彼女の言葉を否定する。しかしアイカはウブリャイの言葉を無視し、そっと右手を腐敗している箇所の当てて混沌紋を紫色に光らせた。

 混沌紋が光ると同時にアイカの右手も薄っすらと紫色に光り出す。するとウブリャイの左腕の腐敗が見る見る引いていき、徐々に痛みを消えていく。治っていく腐敗と痛みが消えていくことにウブリャイは驚いて目を見開いた。

 やがて左腕の腐敗は最初から無かったかのように綺麗に消え、腕が元に戻るとアイカの右手と混沌紋からも光が消える。アイカはウブリャイの腕が治ると軽く息を吐いてから地面に刺してあるプラジュとスピキュを抜いた。


「ど、どうなってやがるんだ?」


 何が起きたのかまったく理解できないウブリャイはまばたきをしながら自分の左腕を見つめる。普通の解毒剤ではどうすることもできないのにあっという間に腐敗が治ったのだから驚くのは当然だった。


「私の混沌術カオスペル浄化クリア、あらゆる有害物質を浄化することができます。先程も浄化クリアを使って貴方の左腕の毒を浄化して腐敗を治したのです」


 アイカは驚くウブリャイを見ながら何をしたのか説明し、説明を聞いたウブリャイは混沌術カオスペルによるものだと知ると納得した表情を浮かべてアイカを見た。

 痛みが無くなり、左腕が問題無く動くのを確認したウブリャイは落ちているハンマーを拾って体勢を直した。


「まさかメルディエズ学園の生徒に借りを作っちまうとはな……この借りは必ず返すぜ?」

「気にしないでください。それよりも仲間の方々が……」


 アイカはそう言ってベノジアたちの方を向く。ベノジアたちは未だに苦痛の表情を浮かべながら倒れており、それを見たウブリャイは僅かに表情を歪める。


「ウターヴェルは私たちが何とかしますから、貴方は仲間の方々の下へ行ってください」

「……分かった」

「回復用のポーションなどはありますか? 無ければ私の分を……」

「必要ない。ポーションぐらいはちゃんと用意してある。それにこれ以上メルディエズ学園に借りを作るわけにもいかねぇからな」


 そう言うとウブリャイは走って倒れているベノジアたちの下へ向かう。勿論、ウターヴェルの警戒も怠らなかった。

 走っていくウブリャイの後ろ姿をアイカは黙って見つめる。そこへ別行動を執っていたミスチアが合流した。


「まったく、素直じゃないですわね。意地なんて張らずに助けてほしいと言えばいいのに……」


 ミスチアは肩を軽く竦めながらウブリャイたちを見ており、アイカもウブリャイたちを見ながら無茶をしないでほしいと心の中で祈っていた。

 少し離れた所ではユーキはその場を動かず、意識を集中させてウターヴェルの気配を探っている。ユーキの数m後方ではフィランが同じように動かずに視線だけを動かして動いている地面が無いか探していた。


(いつまで経っても襲ってこない……俺たちが気を抜くのを待ってやがるのか?)


 ユーキは心の中で呟きなががらウターヴェルが動くのを待ち続ける。そんな時、遠くからグラトンの鳴き声が聞こえ、ユーキはチラッと鳴き声が聞こえた方を向いた。

 視線の先ではグラトンが四足歩行状態でユーキたちを見ており、その隣ではウェンフとリーファンが同じようにユーキたちを見つめている。

 ウェンフたちが無事なのを見たユーキはとりあえず安心し、ウターヴェルがウェンフたちに目を付ける前に決着をつけなくてはと思っていた。そんな時、足元が僅かに揺れ、それに気付いたユーキは咄嗟に後ろへ跳ぶ。その直後、地面からウターヴェルが勢いよく姿を現した。


「やっと出てきやがったか!」


 姿を見せたウターヴェルを見てユーキは双月の構えを取る。アイカたちもウターヴェルに気付くと武器を構えて一斉にウターヴェルに向かって行く。

 ウターヴェルは目の前にいるユーキ、走って来るアイカ、フィラン、ミスチアを見ると不満そうな声を出す。そして、一番近くにいるユーキの方を向くと目を鋭くして睨みつける。


「何度も俺の攻撃をかわすとは、どこまでも生意気な虫けらどもめ」

「その虫けらをいつまでも倒せないお前は何なんだよ」


 ユーキの挑発にウターヴェルは呻き声を出した後に大きく口を開け、毒を吐いて攻撃する。ユーキは飛んでくる毒を右へ跳んで難なく回避し、毒がかわされるとウターヴェルは連続で毒を吐いて攻撃した。

 飛んでくる無数の毒をユーキは次々とかわしていく。似たような攻撃ばかりをしてくるウターヴェルを見ながらユーキはワンパターンだと感じていた。

 ユーキが毒を避けている間にアイカたちは徐々に距離を縮めて行き、もうすぐウターヴェルに攻撃を仕掛けることができる。すると、近づいて来るアイカたちに気付いたウターヴェルは視線だけを動かしてアイカたちを睨んだ。


「邪魔だ! 引っ込め、虫けらぁ!」


 ウターヴェルは叫びながら右手で大量の土を掴み、それをアイカたちに向かって勢いよく投げた。広範囲にばらまかれるように投げつけられた土は回避できず、アイカたちは全身に土を受けてしまう。


「ううぅっ!」


 アイカは苦痛の声を漏らしながら尻餅をつき、ミスチアはウォーアックスを杖代わりにする。フィランも僅か表情を変えながら片膝をつく。

 人間が土を投げつけるのと違って上位ベーゼであるウターヴェルが投げつけた土は重く、アイカたちは大きなダメージを受けていた。

 予想外の攻撃を受けて足を止めたアイカたちにウターヴェルは毒を吐いて攻撃しようとする。それを見たユーキはウターヴェルを止めるために走って近づく。向かって来るユーキに気付いたウターヴェルはユーキに向かって毒を吐いて攻撃した。

 ユーキは真正面から飛んでくる毒を左へ移動して回避し、ウターヴェルの目の前まで近づくと強化ブーストで両腕の腕力を強化して月下と月影で同時に袈裟切りを放つ。だが次の瞬間、ウターヴェルは右手の中に青紫の光を集めて再び錘を作り出し、素早く錘の柄でユーキの攻撃を防ぐ。

 攻撃を防いだウターヴェルを見てユーキは目を見開いて驚き、ウターヴェルは驚くユーキに向かって錘を右から横に振って反撃する。

 迫ってくる錘を見たユーキは咄嗟に月下と月影を交差させて錘を防ぐ。直撃は免れたがウターヴェルの重い攻撃に耐えられず、ユーキは大きく飛ばされて地面に叩きつけられてしまう。


「ぐああぁっ!」

「ユーキィ!」


 声を上げるユーキを見てアイカは思わず声を上げ、ミスチアもユーキが飛ばされる姿を見て驚愕した。

 離れ所で戦いを見守っていたウェンフはユーキがウターヴェルの攻撃を受けた光景に驚いて固まっており、リーファンも目を見開いて驚いている。そして、ユーキが飛ばされた姿を見たグラトンは怒りの鳴き声を上げ、ウェンフとリーファンを残してウターヴェルに突撃した。


「うう……グラトン、二人の傍を離れるな!」


 倒れているユーキは痛みに耐えながら上半身を起こしてグラトンを止めるが興奮しているグラトンにはユーキの声は届かず、グラトンは真っすぐウターヴェルに向かって行く。

 走って来るグラトンを見たウターヴェルは穴から出て地上に上がり、向かって来るグラトンを睨む。相手が知能の低いモンスターなら地中から奇襲を仕掛けるまでも無いと感じたようだ。

 ウターヴェルは錘を強く握り、グラトンが間合いに入ると錘を右から横に振ってグラトンを攻撃した。錘の鉄球はグラトンの左脇腹にめり込むように当たり、グラトンは僅かに鳴き声を漏らす。だがグラトンは怯むことなくウターヴェルに突っ込み、がら空きになっている腹部に頭突きを入れた。


「ぐううぅっ! 知能の低い虫けら以下のクズがぁ!」


 グラトンを睨みながらウターヴェルは錘を振り下ろしてグラトンの背中を殴打した。背中から伝わる痛みにグラトンは再び鳴き声を漏らす。だがグラトンは倒れず、大きく口を開けてウターヴェルの左肩に噛みついた。

 噛まれたことでウターヴェルは僅かに表情を歪めるがすぐにグラトンを睨み付け、左手でグラトンを押し返して噛みつきから解放される。

 グラトンが離れるとウターヴェルは左腕を外に向かって勢いよく振り、グラトンの側頭部を殴る。殴られたグラトンは掠れた声を出しながら仰向けに倒れた。


「グラトン!」


 ユーキは倒れるグラトンを見て大きく目を見開く。今まで多くのモンスターやベーゼを圧倒してきたグラトンが初めて倒れたため、ユーキは驚きを隠せなかった。勿論、ユーキと共に何度もグラトンが戦う姿を見て来たアイカもグラトンが倒れたのを見て驚愕している。

 グラトンが倒れるとウターヴェルはつまらなそうな声を出してグラトンが走って来た方を向き、遠くから自分を見ているウェンフとリーファンを見る。今まで戦いに参加していなかった二人に興味が出たのか、ウターヴェルはウェンフとリーファンの方へ走り出した。

 近づいて来るウターヴェルを見たウェンフは恐怖を感じてリーファンにしがみ付く。怖がるウェンフを見たリーファンは何かを覚悟したような顔をしながらウターヴェルの方を向いた。


「ウェンフ、私の後ろに隠れて」

「リーファンお姉ちゃん?」


 ウェンフがら不安そうな顔をしながらリーファンを見ると、リーファンは一歩前に出て走って来るウターヴェルを睨み、ゆっくりと右手を前に出した。


水撃ちアクアシュート!」


 リーファンは叫ぶと右手の前に水球が作られ、ウターヴェルに向かって勢いよく放たれる。放たれた水球はウターヴェルの胸部に命中し、水球を受けたウターヴェルは衝撃に怯んだのか、思わず足を止めた。

 水球を放ったリーファンを見てウェンフは驚き、遠くにいるユーキたちもリーファンを見ながら目を見開いていた。


「お姉ちゃん、魔法が使えるの?」

「ええ、何時かフォンジュさんから解放されて自由になった後、ウェンフと一緒に冒険者になれるよう仕事の合間に図書館で魔導書を読んだり、魔導士の冒険者から教わったりしてたの」


 リーファンが冒険者になる夢を諦めずに魔法を覚えていたと知ったウェンフは再び驚きの表情を浮かべた。

 冒険者になることを諦めずに魔法の勉強していたリーファンを見て、ウェンフは全てが終わったら孤児院が無くなったことなどをリーファンに話そうと考え、同時に自分もリーファンと共に冒険者になれるよう絶対に生きて帰ろうと意志を強くした。

 ウターヴェルは水球が当たった箇所を左手で軽く擦る。衝撃はあったが殆ど痛みは無かったのでウターヴェルは問題無く動くことができた。そして、自分に魔法を放ったリーファンに視線を向けると目を鋭くして睨みつける。


「虫けら如きがナメたことをしてくれたな。甚振ってから食い殺してやる!」


 声を上げながらウターヴェルは再びウェンフとリーファンに向かって走り出す。ウェンフは走って来るウターヴェルを見て目を見開き、リーファンはウターヴェルを睨んだまま左手を右手の隣に持ってきた。


水精の激昂ウンディーネ・トーレント!」


 新たに魔法を発動させるとリーファンの両手の前に魔法陣が展開され、そこから水が勢いよく一直線にウターヴェルに向かって放たれる。水はウターヴェルに直撃し、水を受けたウターヴェルは低い声を漏らしながら足を止めた。

 水撃ちアクアシュートよりも強力な魔法を使うリーファンを見たユーキたちは更に驚きの反応を見せる。ウブリャイやベノジアたちも痛みなどを忘れて魔法を放つリーファンに注目していた。

 リーファンが使った水精の激昂ウンディーネ・トーレントは強力な中級魔法でメルディエズ学園や冒険者ギルドでも使える魔導士は少ない。そのため、魔法が使われるところを見ることも殆ど無いため、ユーキたちは驚くと同時にリーファンが優秀な存在なのだと理解する。


「ぬううううぅっ! 虫けら、調子に乗るなぁ!」


 ウターヴェルは水を受けながら錘を振り下ろして地面を強く殴る。地面を叩いたことで広場に轟音が響き、同時に地面が僅かに揺れた。

 地面が揺れたことで立ち上がろうとしていたユーキは体勢を崩して片膝をつき、アイカたちも僅かにふらつく。そして、リーファンも地面が揺れたことで魔法が解除され、ウターヴェルに放たれていた水も消えてしまう。

 水が消えるとウターヴェルはリーファンに向かって走り出す。一気に距離を縮めてリーファンの目の前までやってくるとウターヴェルは左手でリーファンを鷲掴みにして持ち上げた。


「キャアア!」

「お姉ちゃん!」


 捕まったリーファンを見上げてウェンフは思わず声を上げ、ユーキたちはリーファンが捕まったのを見て目を大きく見開く。

 ウターヴェルは左手に力を入れてリーファンを強く握り、力が加わったことでリーファンの体に激痛が伝わる。


「ああああああぁっ!」

「やめてぇ!」


 リーファンの苦痛の叫びを聞いたウェンフはリーファンを助けようとウターヴェルに掴みかかろうとする。ウターヴェルは近づいて来たウェンフを睨みながら見下ろした。


「鬱陶しい!」


 低い声を出しながらウターヴェルは近づいてきたウェンフを右足で蹴る。蹴りはウェンフの胴体に直撃し、ウェンフは大きく後方へ蹴り飛ばされた。


『ウェンフ!!』


 蹴られたウェンフを見てユーキとリーファンは同時に叫ぶ。アイカたちも幼い少女が上位ベーゼの攻撃をまともに受けたのを見て言葉を失った。

 ウェンフはウターヴェルから3mほど離れた所で地面に叩きつけられ、そのまましばらく転がってから停止する。ウェンフは倒れたまま蹴られた箇所と地面に叩きつけられた箇所から伝わる痛みに苦しむ。


(何、これ? 体中が痛い……頭がクラクラするし、吐き気もする。……これが、戦いなの? 先生たちはこんな痛みに耐えながら戦っていたの?)


 目を見開き、震えながらウェンフは痛みと不快感を感じる。今まで経験したこことの無い辛さにウェンフは涙を流し、同時に自分が戦いを甘く見ていたと実感させられた。


「……アイツゥ!」


 倒れるウェンフを見ていたユーキは表情を険しくしてウターヴェルを睨みつける。少しの間とは言え、自分の弟子となった少女を傷つけられたことでユーキは激しい怒りを感じていた。

 ユーキはウターヴェルを倒すため、そしてリーファンを助けるためにウターヴェルに向かって走り出す。

 アイカ、フィラン、ミスチアもユーキに続くように走り出し、倒れていたグラトンも起き上がってウターヴェルの方へ走る。そして、ベノジアたちの手当てを済ませたウブリャイもハンマーを強く握りながらウターヴェルに向かって行った。


「ハハハッ、大人しくしてれば苦しまずに済んだものを。あの虫けらのガキもお前と同じで愚かな奴だったな」


 倒れているウェンフを見ていたウターヴェルはリーファンを見ながら愉快そうに笑う。リーファンは表情を歪めながら痛みに耐えており、そんなリーファンを見たウターヴェルはリーファンの左腕の上腕部に噛みついた。


「あああああああぁっ!!」


 左腕を噛まれたリーファンは断末魔を上げた。噛まれた箇所からは血が噴き出し、ウターヴェルは腕の肉を噛み千切ろうとする。それを見たユーキたちはリーファンが殺されてしまうと感じて走る速度を上げた。

 倒れているウェンフはリーファンの叫びを聞いてハッとし、今リーファンは自分よりも辛い目に遭っていると悟った。


(……お姉ちゃんを助けるために来たのに、またお姉ちゃんに助けられて……私は何もできない。これじゃあ、あの時と同じだよ……)


 孤児院で虐められていた時や孤児院の借金を返す時にリーファンに助けられたことを思い出したウェンフは今の自分が当時の何もできなかった自分と何も変わっていないことに気付いて情けない気持ちになる。

 昔のようにリーファンに護られてばかりいるのが嫌で、強くなって今度は自分がリーファンを助けようと思っていた。だが、今回もリーファンに助けられた上、近くにいながらリーファンが護ることができず、ウェンフは悔しさのあまり奥歯を噛みしめる。


(……昔みたいにお姉ちゃんに護らればかりなんて嫌だ! お姉ちゃんに助けてもらった分、今度は私がお姉ちゃんを護ってあげたい!)


 リーファンを護りたいと言う意志を胸にウェンフはゆっくりと痛む体を動かす。動くたびに痛みや吐き気などが襲い掛かり、ウェンフはどうになりそうな気分だった。だが、リーファンを助けるためにも、こんな痛みや不快感に負けてられない、ウェンフは自分にそう言い聞かせて必死に立ち上がろうとする。

 苦痛に耐えながらウェンフは何とか立ち上がり、ウターヴェルに腕を噛まれているリーファンを目にする。リーファンの腕から流れる血を見てウェンフは再び吐き気を感じるが必死に耐え、ズボンのポケットからナイフを取り出して鞘から抜いた。


「リーファンお姉ちゃんを放せ、化け物!」


 不快感とウターヴェルに対する恐怖に耐えながらウェンフは声を上げる。ウェンフの声を聞いたリーファンは涙目になりながらウェンフを見つめ、リーファンを助けるために走っていたユーキたちも立ち上がって叫ぶウェンフを見て驚き、思わず足を止めた。

 ウターヴェルは自分の蹴りを受けて立ち上がるウェンフが気付くとリーファンの腕を噛むのを止めてウェンフを睨んだ。


「今すぐ、お姉ちゃんを放して!」

「リーファン、ダメ! 逃げて!」


 ウェンフはリーファンを見ながら首を強く左右に振る。逃げようとしないウェンフを見て、リーファンは小さく笑った。


「……私のことはいいから、早く逃げて。ウェンフだけは、何が遭っても護るから……」


 リーファンは涙を流しながらウェンフに対する想いを口にし、それを聞いたウェンフも泣きながら唇を噛みしめる。

 自分にとってかけがえのない存在であるウェンフは何としても護りたい、そのためだった自分がどんなに辛い目に遭っても構わない、リーファンにとってウェンフはそれだけ大切な存在だったのだ。だが、それはウェンフも同じだった。


「もう沢山なの、お姉ちゃんだけが辛い目に遭うのを見るのは!」

「ウェンフ……」

「フォンジュの言ったとおり、私はお姉ちゃんと血は繋がっていない。でも、そんなことは関係ないよ! リーファンお姉ちゃんは私にとってたった一人の家族なんだから!」


 今まで抑えこんできた辛さや悲しさを一気に吐き出すかのようにウェンフは自分の気持ちを打ち明ける。リーファンはウェンフの気持ちが嬉しく、俯きながら震える。


「いつも私を助けるために酷い目に遭って、傷ついて、そんなお姉ちゃんはもう見たくない! これからは私がお姉ちゃんを護る!」

「……ウェンフ」


 顔を上げたリーファンは呟き、ウェンフが妹で本当によかったと心の底から感じる。ユーキたちもウターヴェルを前にして逃げずにリーファンを護ると口にしたウェンフを見て強い子だと思っていた。

 ユーキたちがウェンフとリーファンの絆に感動する中、ウターヴェルは錘で地面を叩いてその雰囲気を壊した


「うるさい虫けらが、そんなに俺からこの雌を助けたいか? ……なら先にお前を食ってやる。そこを動くなぁ!」


 ウターヴェルは左腕を外側に向かって大きく振り、同時に掴んでいたリーファンを投げ捨てた。リーファンは勢いよく投げ飛ばされ、それを見て近くにいたアイカたちが慌ててリーファンを受けとめる。

 ユーキはリーファンを平気で投げ捨てるウターヴェルに更に怒りを覚え、月下と月影を握る手に力を入れる。


「アイカ、ミスチア、リーファンさんを頼むぞ? 俺はフィランと一緒にウェンフを助けに行く」

「分かったわ、任せて」


 アイカが返事をするとユーキは続いてグラトンの方を向く。


「グラトン、お前もアイカたちと一緒にリーファンさんを護れ。今度は彼女の傍を離れるなよ?」

「ブォ~!」


 グラトンが返事をするとユーキはフィランと共にウターヴェルの下へ走り出し、ウブリャイもその後に続いた。

 ユーキが走っていくのを見届けたアイカはリーファンを抱きかかえながら顔色を窺い、ミスチアは修復リペアの能力を使ってリーファンの左腕を治す。幸い噛み傷以外は大きな怪我は無く、左腕が治るとリーファンの顔色も良くなった。

 リーファンが良くなるとアイカはとりあえず安心する。そして、ユーキたちの方を向いてウェンフを助け、ウターヴェルを倒してくれることを祈った。

 ユーキたちがウターヴェルの下へ向かっている時、ウェンフはウターヴェルと睨み合っていた。ウェンフは自分よりも体の大きなウターヴェルに対して恐怖を感じているが、逃げようとせずにナイフを握っている。

 ウェンフは決して恐怖のあまり動けなくなっているわけではない。リーファンを護ると決めた以上、此処で逃げてはダメだと感じて逃げずにいるのだ。


「俺に喧嘩を売ったその度胸は褒めてやる。だが、所詮は愚かな虫けら。何もできずに俺に食われるのがお前の定めだ」


 挑発したウターヴェルはウェンフに向かって左手を伸ばす。ウェンフはナイフを握る手を震わながら構えており、もし捕まったら持っているナイフで手を刺してやる、ウェンフはそう思っていた。


「苦痛を感じながら死ね、虫けら!」


 ウターヴェルは声を上げながらウェンフは捕まえようとし、ウェンフもナイフをより強く握る。だが次の瞬間、突然ウェンフの体が青白く光り出し、体の周りにバチバチと音をを立てる何が生まれた。


「何だ!?」

「えっ?」


 突然の出来事にウターヴェルは驚いて左手を引き、ウェンフ自身も何が起きたのか理解できずに困惑する。


「あれは……」


 ウェンフを助けるために走っていたユーキたちもウェンフの異変に驚いて再び立ち止まった。ユーキとウブリャイはウェンフを見て目を見開いているが、フィランは表情を変えず体を光らせるウェンフを見つめている。


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