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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第八十話  激しき攻防


 ウターヴェルは錘で地面を強く叩いて威嚇するような行動を執ると荒い鼻息を出し、周囲を見回してユーキたちの立ち位置を確認する。インファたちと違ってすぐに襲い掛からず、しっかり状況を確認して戦うようだ。

 ユーキたちも構えを解かずにウターヴェルの動きを観察している。まさかこんな所で上位ベーゼと遭遇するとは思っていなかったため、ユーキは警戒を強くしたままどのように戦うか考えていた。


「厄介なことになったな。こんな状態で上位ベーゼと戦うことになるなんて……」


 双月の構えを取るユーキは僅かに表情を歪ませながら呟く。ただフォンジュを連れ戻すだけのつもりでいたユーキたちは最低限の装備しかしていないため、ユーキは厳しい戦いになりそうだと思っていた。隣に立っているアイカもユーキと同じ気持ちなのか僅かに汗を流しながらウターヴェルと睨んでいる。


「まさかインファたちを倒した直後に出て来るなんて、タイミングが悪すぎるわ」

「多分、奴は狙ってたんだと思うよ? 俺たちが此処に来た時から何処かで覗いてて、こっちの体力を消耗させるためにインファたちをぶつけた。そして、戦いが終わって油断しているところを狙って出てきたんだ」

「そのついでに喋りすぎたフォンジュを始末した?」


 アイカの問いにユーキはウターヴェルを見ながら頷く。あくまでも仮説だが現状から考えるとその可能性は高かった。


「まったく、こっちは万全の状態じゃない上に戦いが終わった直後だって言うのに……」

「どうするの、ユーキ?」

「勿論、戦うさ。上位ベーゼをこのまま野放しになんてできない。幸いこっちには混沌士カオティッカーが四人もいるし、武闘牛もいるからな」

「武闘牛……彼らは協力してくれるのかしら?」


 若干不安そうな顔をしながらアイカは遠くにいる武闘牛に視線を向ける。雇い主であり、護るべき対象であるフォンジュが殺された今、武闘牛がこの場でベーゼと戦う理由はない。であれば、面倒な上位ベーゼと戦わず、撤退するのではとアイカは感じていた。

 武闘牛のメンバーは自分たちの武器を構えながら低い声を出すウターヴェルを見ている。先頭に立つウブリャイはハンマーを両手で握りながらウターヴェルを睨んでおり、彼の後ろにいるベノジアたちは若干緊迫した表情を浮かべていた。


「あ、あんなデカいベーゼが嫌がるなんて……」

「しかも言葉を話してやがるから、さっきまで戦っていたベーゼよりは賢いみたいだな」

「どうするんだい、ボス?」


 ラーフォンが視線だけを動かしたウブリャイに尋ね、ベノジアとイーワンもウブリャイに注目する。三人が見つめる中、ウブリャイはハンマーを握る手に力を入れ、腕に血管を浮き上がらせた。


「決まってるだろう、あのベーゼをぶっ倒すんだよ。フォンジュの旦那の仇を討つんだ」

「ええぇ? マジっスか?」


 迷わずに戦いを挑むと答えるウブリャイを見てベノジアは驚いて訊き返し、ラーフォンとイーワンも軽く目を見開く。目の前にいるのは明らかに先程戦った下位ベーゼと強さも迫力も違う存在で、ベーゼのことを殆ど知らない自分たちには荷が重すぎる相手だとベノジアたちは感じていた。

 ウターヴェルとは戦わずに逃げるべきだと考えているベノジアたちはウブリャイを説得しようとする。だが、三人が喋る前にウブリャイが口を開いた。


「自分たちの雇い主だった男が殺されるのを見て何もせずに帰るなんてできるわけがねぇ。俺らは旦那から仕事を与えてもらった恩がある。その恩を返すためにも此処で奴を倒して仇を討つ」

「そ、それはそうかもしれないスけど、旦那は犯罪を犯した上にベーゼと繋がりを持ってたんスよ?」

「確かにフォンジュの旦那は犯罪に関わっていたかもしれねぇ。だが、俺らはそんな旦那から仕事を与えられ、知らなかったとは言え旦那に加担しちまったんだ。その責任を取る義務がある」

「だ、だけど……」


 ウブリャイの言っていることも一理あると感じたのかベノジアは口を閉じる。ラーフォンとイーワンも自分たちに責任が無い訳ではないと感じているのか、ベノジアと同じように黙り込んだ。

 騙されていたとしても犯罪に手を貸してしまったからには責任を取らなくてはならない。自分たちの手で元凶であるウターヴェルを倒し、これ以上犠牲者を出させないよにすることが自分にできる責任と取り方だとウブリャイは考えていた。

 そもそも、このままウターヴェルを放っておけば必ずシェンタンの町や近くの村を襲撃して多くの人が命を落とす。人々が危険にさらされると言うのに冒険者として見過ごすことなどできるはずがなかった。


「責任を取る以前に俺らは冒険者だ。冒険者として国民を殺そうとする存在を倒すのは当然のことだろう」

「だけど、あたしらはベーゼのことを何も知らないんだよ? 情報の無い敵に戦いを挑むなんて自殺行為じゃ――」

「理由はまだある」


 責任を取ったり、冒険者としての役目を全うする以外にもウターヴェルと戦う理由があると聞いてベノジアたちはウブリャイに注目する。すると、ウブリャイは眉間にシワを寄せながら遠くにいるユーキたちに視線を向けた。


「このまま戦わずに帰ってあの坊主たちに馬鹿にされたいか?」


 ウブリャイの言葉にベノジアたちは反応する。今までさんざん小馬鹿にしてきたユーキたちが戦おうとしているのに自分たちはベーゼの情報が無いからと言って戦わずに帰れば間違い無く恥をかく。それどころか敵を前にして逃げ出したと逆に馬鹿にされるかもしれない。ユーキたちに大きな態度を取っていたベノジアたちにとってそれは絶対に避けたかった。


「冗談じゃねぇ、それだけは絶対に嫌だ!」

「ああ、まったくだ!」

「アイツらの性格から馬鹿にしてくる可能性は低いかもしれないけど、あたしもアイツらの前で撤退するのは嫌だね」


 ユーキたちがいる場で撤退することはプライドが許さないベノジアたちはウターヴェルと戦わないと言う選択肢を捨てて闘志を燃やす。その姿を見たウブリャイはベノジアたちの士気は大丈夫だと判断した。


「なら、全力であのデカブツを叩きのめすぞ。分かってると思うが、奴はさっきまで戦っていたベーゼとは違う、油断するんじゃねぇぞ」


 ウブリャイが最後に忠告をするとベノジアたちは表情を険しくしてウターヴェルを睨み、一斉に武器を構え直す。ウブリャイも足を軽く曲げてすぐに動ける体勢を取った。

 武闘牛が戦闘態勢に入った姿を見たユーキとアイカは真剣な表情を浮かべて視線をウターヴェルに向ける。ウブリャイたちの様子から彼らもウターヴェルと戦うのだと察し、二人は少しでも戦いやすい状況になって安心した。


「武闘牛がウターヴェルと戦ってくれるのなら上位ベーゼが相手でも問題無く戦える。だけど、アイツらとは共闘しているわけじゃないから援護は期待せずに戦った方がいい」

「ええ、分かってるわ。……それで、どうやって戦うの?」


 アイカがどう攻めるか尋ねるとユーキはジッとウターヴェルを見つめながら観察し、しばらくすると静かに口を開いた。


「フォンジュを素手で叩き潰したことを考えると、奴はかなり攻撃力が高い。しかも上位ベーゼだから普通のベーゼと違って何か特殊な能力を持っている可能性もある。とりあえず、隙を窺いながら攻めていこう」

「分かったわ」


 アイカはプラジュとスピキュを強く握って両足を軽く曲げ、ウターヴェルが動いたらすぐに対処できるようにした。

 ユーキも双月の構えを取ったまま足の位置を少しだけ変える。そして、ウターヴェルを警戒しながら離れているフィランたちの方を見た。


「二人とも! 相手は情報が殆ど無い上位ベーゼだ。油断するなよぉ!?」


 フィランたちに聞こえるよう、ユーキは少し力の入った声で忠告する。ユーキの声を聞いたフィランは中段構えを取りながら無言で頷き、ミスチアは忠告されなくても分かっているのか余裕の笑みを浮かべながらウォーアックスを構えた。

 二人の反応を見たユーキは「言うまでもなかったか」と小さく笑う。だが、すぐに真剣な表情を浮かべ、次にウェンフとリーファンの傍にいるグラトンの方を見た。


「グラトン、お前は二人を護れ! 絶対に二人の傍を離れるんじゃないぞ!」

「ブォ~!」


 グラトンは鳴き声を上げて返事をし、ウェンフとリーファンの前でウターヴェルを睨みつける。

 威嚇するグラトンの後ろではウェンフが不安そうな様子でユーキたちを見ていた。ユーキたちが強いことは分かっているが、上位ベーゼが相手だと苦戦するのではとウェンフは心配していた。


「ユーキ先生……」


 ウェンフは小さく声を出しながらユーキを見つめている。すると、リーファンがウェンフの肩にそっと手を置いた。


「大丈夫、彼らはベーゼからこの世界を護る存在なんだもの。絶対に勝つわ」

「でも……」

「ウェンフ、ユーキ君は貴女の師匠なんでしょう? だったら信じなくちゃ」


 リーファンの言葉にウェンフは小さく反応する。リーファンの言うとおり、弟子なら師匠であるユーキの勝利を信じなくてはならない。自分の立場を思い出したウェンフは静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、平常心を取り戻すとリーファンを見上げて頷いた。


「それにもしもの時は私も一緒に戦うから……」

「え?」


 意味深な言葉を口にしたリーファンをウェンフは不思議そうな顔で見つめる。

 リーファンは戦いを始めようとするユーキたちを見ており、リーファンを見ていたウェンフも言葉の意味を気にしながらユーキたちに視線を向けて戦いを見守ることにした。

 ユーキたちは三方向からウターヴェルを囲み、素早く動ける体勢を取りながらウターヴェルを警戒する。一方でウターヴェルは攻撃してこないユーキたちを見て徐々にイライラしてきたのか小さく唸り声を出していた。


「いつまで動かずにいるつもりだ? 俺はもたもたしてる奴が嫌いなんだ、さっさとかかって来い!」


 ウターヴェルはユーキたちを挑発するように語り掛けるが、ユーキやアイカたちは動かずに構え続けている。勿論、武闘牛も四人全員がウターヴェルの動きを窺っていた。

 攻撃してこないユーキたちにウターヴェルは我慢の限界が来たのか、鬱憤うっぷんを晴らすかのように錘で地面を強く叩き、ユーキとアイカの方を向く。


「もういい! お前らが来ないならこっちから行ってやる。全員叩き殺した食ってやるからなぁ!」


 ウターヴェルは錘を振り上げながらユーキとアイカに向かって走り出す。走る速度はそれほど速くないため、ユーキとアイカは慌てることなく身構える。二人が間合いに入るとウターヴェルは勢いよく錘を振り下ろして攻撃した。

 頭上から迫ってくる錘をユーキは左、アイカは右に跳んで回避した。錘は地面に当たると轟音を響かせ、二人が立っていた場所を大きく凹ませる。ユーキたちは改めてウターヴェルは攻撃力の高いベーゼだと理解した。

 攻撃をかわしたユーキはウターヴェルの右側面に回り込み、混沌紋を光らせて強化ブーストを発動させ、両腕の腕力と月下、月影の切れ味を強化する。そして、ウターヴェルの右脇腹に月下と月影で逆袈裟切りを放つ。攻撃をかわした直後の反撃なのでユーキは命中すると考えていた。

 しかしウターヴェルは素早く右腕を引き、錘の柄でユーキの攻撃を防御した。月下と月影が錘の柄とぶつかったことで高い金属音が響く。


(切れ味と腕力を強化して攻撃したのに簡単に防がれた……あの錘は相当硬度が高いみたいだな)


 ユーキはウターヴェルの武器が非常に頑丈だと知ると態勢を整えるために後ろに跳んでウターヴェルから離れた。

 ウターヴェルは距離を取るユーキを追撃しようと彼の方を向く。だが、ユーキの方を向いた瞬間にアイカがウターヴェルの背後に回り込んで右腕を突き出す。


光の矢ライトアロー!」


 アイカのプラジュを握る手から光の矢が放たれてウターヴェルの背中に命中する。しかしハーフアーマーを装備しているため、ウターヴェルは衝撃は感じてもダメージを殆ど受けなかった。

 ウターヴェルは振り返ってアイカを睨みつけると錘を右から横に振って反撃する。アイカは後ろに大きく跳んで錘をかわすとウターヴェルの左側に回り込もうと走り出す。

 走るアイカを見たウターヴェルは大きく口を開け、アイカに向かって何かを吐き飛ばした。吐き出されたのは苔色の液体でアイカは走る先へと飛んで行く。

 飛んできた液体を見たアイカは嫌な予感がして思わず急停止する。止まったことで液体はアイカに当たることなく、彼女の足元に落ちた。

 地面に落ちた直後、液体からは薄っすらと煙が上がり、同時に鼻を刺すような臭いがする。臭いを嗅いだアイカは表情を歪めながら左腕で鼻を押さえた。


「こ、この臭い、まさか毒?」


 苔色の液体の正体が毒だと予測したアイカは後ろに跳んで液体から離れる。離れたことで臭いは消え、アイカはウターヴェルの方を向いて構え直す。ウターヴェルはアイカと目が合うと楽しそうな笑い声を上げた。


「上手く避けたな。俺の毒は触れれば痛みを感じると同時に獲物の体を腐敗させる効力があるのだ!」


 ウターヴェルは自慢げに自分の毒の効力を語り、話を聞いたアイカは予想どおり毒だったこと知って表情を鋭くする。


「敵に自分の能力を細かく説明するなんて、意外とお喋りなのですね?」

「んんっ!? 虫けらがの分際でナメた口を利くなぁ!」


 挑発されたウターヴェルは錘をアイカの頭上から振り下ろして攻撃する。アイカは素早く左に走って振り下ろしをかわし、プラジュで袈裟切りを放って反撃した。しかしウターヴェルは錘を器用に操り、柄の部分でプラジュを防いだ。

 反撃に失敗したアイカはウターヴェルの攻撃を警戒して後ろに下がる。ウターヴェルは再び毒を吐いて攻撃しようとアイカを睨みながら口を開けた。


「敵はまだいますわよ!」


 毒を吐こうとした瞬間、ウターヴェルの右斜め後ろにミスチアが回り込み、ウォーアックスでウターヴェルを攻撃する。ウォーアックスの刃はウターヴェルの右大腿部を切り裂くが皮膚が硬いためか傷は浅かった。


「グォッ! ……やってくれたな、虫けらぁ!」


 攻撃を受けたウターヴェルは怒りを露わにしながら振り返り、同時に後ろにいるミスチアに向かって錘を横に振る。

 ミスチアは迫ってくる錘を後ろに跳んで回避した。だが回避した直後、今度はウターヴェルの左拳が正面からミスチアに迫り、それを見たミスチアは咄嗟にウォーアックスの柄でパンチを防いだ。

 柄で防御したことで直撃は免れたがウターヴェルの力が強かったため、パンチを防いだ柄は大きく曲がってしまう。更に力が強すぎて攻撃を止め切れず、ミスチアは数m後方へ飛ばされてしまい、背中から地面に叩きつけられた。


「イッタタタタ。やってくれましたわね、あの木偶の棒」


 背中の痛みに耐えながらミスチアは起き上がってウターヴェルを睨む。ウターヴェルは飛ばされたミスチアを見て愉快になったのか大きく口を開けて笑っていた。

 ミスチアは笑うウターヴェルに苛立ちを感じながらも立ち上がり、制服に付いている砂を払い落とす。どうやら殆どダメージを受けてはいないようだ。

 砂を払い落としたミスチアはウターヴェルの攻撃で曲がってしまったウォーアックスに見る。柄の部分は円を描くように曲がっており、とても戦いで使えるような状態ではなかった。


「あらら、これじゃあ使えませんわねぇ」


 武器が壊されたにもかかわらずミスチアは落ち着いており、慌てずに混沌紋を光らせて混沌術カオスペルを発動させる。発動と同時にウォーアックスが光り出し、曲がっていた柄が曲げられる前の形に戻っていく。そして光が消えると、そこには壊れる前のウォーアックスがあった。

 ミスチアの混沌術カオスペルである修復リペアは破損して一部を失った物も一瞬にして修復することができる。だから曲がってしまった柄も問題無く直すことができた。

 元に戻ったウォーアックスを見たミスチアは笑みを浮かべながら軽く回し、問題無いことを確認すると構え直して遠くにいるウターヴェルの方を向く。


「さっきは少し油断しましたが、今度は同じ失敗はいたしませんわよ」


 そう言うとミスチアはウターヴェルに反撃するため、ウターヴェルに向かった走り出そうとする。だがミスチアが走ろうとした時、右側から武闘牛のメンバーであるベノジア、ラーフォン、イーワンの三人がウターヴェルに向かって走っていく姿が目に入った。

 ミスチアは自分が戦っているのに勝手に戦いに加わろうとするベノジアたちを見て不満そうな表情を浮かべ、自分が先にウターヴェルを倒してやると走った。

 ウターヴェルは荒い鼻息を出しながら錘を振り回し、ユーキとアイカは離れた所から得物を構えて同攻撃するか考えている。そんな中、ウターヴェルの背後と側面にベノジアたちが回り込んだ。

 背後にはベノジア、右側にはラーフォン、左側にはイーワンが回り込み、三方向から同時に攻撃を仕掛けようとしている。


「頭のいいベーゼがどれだけ強いか、見せてもらうぜ!」


 叫ぶように語るベノジアはジャンプしてウターヴェルの背中と同じ高さまで飛び上がり、剣を振り下ろして攻撃する。ラーフォンとイーワンも左右からハンドアックスとメイスを同時に振って攻撃を仕掛けた。

 三人の攻撃はそれぞれ背中、右前腕部、左大腿部に命中するが、ウターヴェルの皮膚が硬いせいで殆どダメージを与えることはできなかった。ベノジアの攻撃に至ってはハーフアーマーによって防がれたため衝撃を与えただけで傷を負わせてはいない。

 大きなダメージを与えられなかった結果にベノジアたちは悔しそうな顔をする。一方でウターヴェルは攻撃してきたベノジアたちを鬱陶しく思っているのか目を鋭くして唸り声を出していた。


「目障りな虫けらどもがぁ!」


 ウターヴェルは錘を外側に振りながら回転し、周りにいるベノジアたちを薙ぎ払おうとする。ベノジアたちは反撃される直前に後ろに跳んで距離を取ったため、錘の直撃を受けずに済んだ。

 だが、ウターヴェルは攻撃をかわされた直後に錘を両手で握って振り上げ、勢いよく振り下ろして地面を叩いた。地面を叩いたことで周囲に轟音が響き、同時に地震が起きたかのように地面が揺れ、近くにいたベノジアたちはその場で尻餅をついたり、片膝を付いたりして体勢を崩してしまう。

 ベノジアたちに隙ができるとウターヴェルは錘を振り上げて一番近くにいるベノジアに迫っていく。近づいて来るウターヴェルを見たベノジアは急いで離れようとするが尻餅をついていたため、すぐに移動することができない。その間にウターヴェルはベノジアの目の前まで近づいて攻撃を仕掛けようとしていた。

 目の前まで迫って来たウターヴェルを見てベノジアは目を大きく見開き、やられると悟る。だが次の瞬間、左側からウォーアックスを振り上げるミスチアが飛び出し、ウターヴェルに向かってウォーアックスを振り下ろす。ミスチアに気付いたウターヴェルはベノジアへの攻撃を中断し、錘の柄でミスチアの攻撃を防いだ。

 攻撃を防がれたミスチアは小さく舌打ちをしながら後ろに跳んで距離を取り、ベノジアもウターヴェルの意識がミスチアに向けられている間に立ち上がって離れた。


「まったく、あんなことで隙を見せるなんて、B級冒険者が聞いて呆れますわね」


 ウォーアックスを構えるミスチアはベノジアに聞こえるよう大きな声で嫌味を口にし、それを聞いたベノジアはミスチアの方を向いて睨みつける。


「うるせぇ、ガキが偉そうに言うな! そもそも何で助けやがった。俺は助けてくれなんて言った覚えはねぇぞ?」

「あら、別に助けたわけじゃありませんわ。攻撃しようとした時にたまたま貴方が襲われていただけです。というか、助ける気が無かったとしても、わたくしの攻撃で貴方が助かったのは事実ですのに、その態度はどうかと思いますわよ」

「コ、コイツゥ……」


 目を細くしながら挑発してくるミスチアを見てベノジアは奥歯を噛みしめながら表情を険しくする。そんなベノジアの隣にウブリャイがやって来てベノジアの頭を拳で軽く叩いた。


「イテッ! ……ボ、ボス?」

「嬢ちゃんの言うとおり、アイツの攻撃でお前が助かったのは間違いねぇ。助けられた奴が見っともねぇ態度を取るな!」

「す、すんません……」


 叩かれた箇所を押さえながらベノジアは謝罪し、ミスチアは注意されるベノジアを見てニヤニヤしていた。

 ウブリャイはベノジアを見ながら軽く息を吐いた後、ウターヴェルの方を向いてハンマーを構える。そして、視線だけを動かしてミスチアの方を向いた。


「お前の攻撃でベノジアは助かったのは確かだ。だが、お前に助ける意思が無かったのなら、こっちも感謝の言葉は口にしねぇし、借りを返す気もねぇ。構わねぇな?」

「ええ、結構ですわ」


 ミスチアはそう言うと視線をウターヴェルに戻し、ウブリャイもウターヴェルの方を向く。ウターヴェルはミスチアやウブリャイたちを見ると雄たけびのような声を上げてミスチアたちの方へ歩き出す。迫ってくるウターヴェルを見たミスチアたちは警戒心をより強くした。


「……敵はまだいる」


 背後から声が聞こえ、ウターヴェルが足を止めて後ろを向くと右斜め後ろに無表情で左脇構えを取るフィランの姿があった。ウターヴェルはまた背後を取られてしまったことに苛ついているのか目を鋭くしてフィランを睨みつける。


「次から次へと、鬱陶しい虫けらどもがぁ!」


 声を上げながらフィランの方を向いたウターヴェルは錘を右から斜めに振ってフィランを攻撃する。フィランは構えを崩さずに錘が迫ってくる方角とは反対の方へ走って攻撃をかわし、ウターヴェルの左側面に回り込むと混沌紋を紫色に光らせて暗闇ダークネスを発動させた。

 暗闇ダークネスが発動したことでフィランを中心に闇がドーム状に広がってウターヴェルを呑み込み、ウターヴェルの姿が見えなくなると闇の膨張は止まる。ミスチアたちはウターヴェルと距離があったため、闇に呑まれずに済んだ。


「何だこれは!? 何も見えんぞ!」


 視覚を封じられて何も見えなくなっているウターヴェルは周囲を見回しながら錘を振り回す。そんな姿をフィランは無言で見つめており、ウターヴェルが自分に背を向けると脇構えのままウターヴェルに近づき、胴体と同じ高さまでジャンプした。


「……クーリャン一刀流、昇星落刃しょうせいらくじん


 小声で呟くフィランはコクヨを左下から振り上げ、続けて勢いよく振り下ろす。コクヨは通常の剣よりも切れ味と硬度の高い神刀剣であるため、ウターヴェルの背中をハーフアーマーごと切り裂くことができた。

 背中から伝わる痛みにウターヴェルは声を漏らすが怯むことなく振り返る。しかし、目の前は真っ暗で自分を攻撃したフィランを見つけることはできない。一方的に攻撃される状況に気付いたウターヴェルは怒りの声を上げ、より強く錘を振り回す。

 暴れて錘を振り回すウターヴェルを見て、迂闊に近づけないと悟ったフィランは後ろに下がって攻撃する隙を窺う。しかしウターヴェルの勢いは治まらず、いつまで経っても近づくことができなかった。

 フィランは闇の中で攻撃できるチャンスを待ち続ける。すると、広がっていた闇が収縮し始めて見る見る小さくなっていく。


「……時間切れ」


 暗闇ダークネスの発動限界時間が来たことを知ったフィランは呟き、闇が消えた後のウターヴェルの反撃に対処できるよう警戒する。

 闇はフィランを中心に小さくなっていき、遂にウターヴェルは闇の外に出た。同時に闇は完全に消え、フィランとウターヴェルの姿は闇の外にいたミスチアたちにも見えるようになる。

 ウターヴェルは目が見えるようになると驚きながら周囲を見回す。そして、身構えているフィランを見つけると怒りが湧き上がり、目を赤く光らせながらフィランを睨みつけた。


「虫けらのガキがぁ! この俺に傷を付けてただで済むと思うなぁ!」


 怒りを口にしながらウターヴェルは錘をフィランの頭上から勢いよく振り下ろして攻撃する。フィランは表情を変えず、冷静に右へ跳んで振り下ろしを回避した。

 回避に成功するとフィランは右脇構えを取りながらウターヴェルに近づこうとするが、ウターヴェルはフィランに向かって毒を吐いて攻撃してきた。

 飛んでくる毒を見たフィランは本能で危険だと感じ取って右へ跳んで避ける。ウターヴェルは回避に成功したフィランに連続で毒を吐いて攻撃し、フィランは前後左右に跳んで飛んでくる毒を一つずつ正確に回避した。だが、かわした毒はフィランの足元に溜まっていき、フィランの動ける範囲は徐々に狭くなっていく。

 回避が難しくなってきたと感じたフィランは一度大きく跳んでその場を移動しようと考える。だがその時、フィランは周囲の毒の臭いを嗅いで不快になったのか一瞬動きが止めてしまう。そんなフィランに正面から毒が迫り、フィランは大きく左へ跳んで毒をギリギリでかわした。しかし咄嗟の回避だったため、体勢を崩してしまったフィランは地面に飛び込むように倒れてしまう。

 フィランはウターヴェルの攻撃を警戒し、急いで立ち上がろうとするが、既にウターヴェルはフィランの前まで近づいており、錘を振り上げて攻撃できる体勢を取っていた。

 目の前のウターヴェルを見たフィランは僅かに目を見開いて驚いたような反応を見せ、ウターヴェルはフィランを見ながら愉快そうに笑い、錘を勢いよく振り下ろした。

 振り下ろされる錘を見たフィランは現状から回避は不可能と感じたのか僅かに目を細くしながら小さく声を漏らす。だがその時、フィランの前にユーキが入り、フィランに背を向けた状態で月下と月影を交差させ、振り下ろされた錘を止めた。


「何っ!?」


 ウターヴェルは自分の振り下ろし止めたユーキを見て驚く。普通、並の人間が上位ベーゼの攻撃を武器で防ぐなんてできたいため、ウターヴェルが驚くのも当然だった。

 だがユーキは強化ブーストの能力で腕力を強化しているため、ウターヴェルの攻撃を防ぐことができたのだ。しかしそれでもウターヴェルの攻撃は重く、ユーキの両腕は僅かに震えていた。

 フィランは自分を助けたユーキを見て軽く目を見開いていた。普段無表情なフィランがこの時は僅かに感情を表に出しており、ユーキの背中を見つめている。そこへアイカが近づいて来て倒れているフィランを起こした。


「大丈夫、フィラン?」

「……大丈夫」


 フィランはしばらく黙り込んだ後に無表情に戻って返事をする。アイカはフィランの体を見て怪我が無いことを確認すると安心した。

 アイカの手を借りて立ち上がったフィランは態勢を整えるために後ろに下がり、アイカもフィランと共に後退する。二人が距離を取ったのを確認したユーキは両腕に力を入れて錘を僅かに払い上げ、その直後に後ろに跳んでウターヴェルから離れた。

 ユーキはアイカとフィランの二人と合流すると双月の構えを取り、アイカとフィランも得物を構える。ウターヴェルはユーキたちを睨みながら錘を握る手に力を入れた。


「おのれぇ~! 虫けらのガキが、ふざけた真似をしおって!」

「俺たちはお前らが思っているほど弱い存在じゃない。三十年前と同じように考えていると痛い目を遭うぞ?」


 興奮するウターヴェルにユーキは冷静な口調で言い返す。アイカはユーキがウターヴェルを挑発する姿を見て少しスッとしたのか小さく笑みを浮かべる。

 ウターヴェルが睨んでくる中、ユーキは月下と月影を握る手に少し力を入れ、足の位置も少しだけ変える。


「あと、俺やフィランは子供だけど、お前らベーゼと渡り合えるだけの力を持ってるんだ。……ガキだからってナメるなよ?」


 僅かに低い声を出しながらユーキはウターヴェルを睨み返した。


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