第七話 見守る者たち
ユーキの班で最初の実技試験が始まり、少年と少女は向かい合って模擬試合を開始した。少年は訓練用である木製の槍で突きを放ち、少女は木剣で突きを防いだ後に反撃をし、少年もその反撃を素早く防ぐ。
少年と少女の模擬試合をユーキとロバートは黙って見守っており、オーストたちは試合を見ながら手元の羊皮紙に点数や長所などを書いていく。三人の試験官の中で、男性教師と女性教師はほほぉ、という表情を浮かべて見ているが、オーストは少年と少女の戦いを普通だと思っているのか無言で見ていた。
「あの二人、なかなかいい戦い方をしますね」
「ええ、上手く鍛えれば新入生の中でもかなりの戦力になると思います」
男性教師と女性教師は模擬試合をしている少年と少女が期待できる存在だと語る。教師として多くの生徒を見てきたため、戦い方を見ればその人物がどれだけの技術を持っているのか分かるようだ。
「オースト先生はどう思われますか?」
女性教師がオーストの方を向いて尋ねると、オーストは鋭い表情を浮かべながら羊皮紙に少年と少女の戦い方や点数を記入している。記入が終わると、オーストは顔を上げて模擬試合をする二人に視線を向けた。
「……確かに構えはそれなりに良いと思います。ですが、どちらも踏み込みが甘すぎます。相手に反撃されることを恐れて力強く踏み込めずにいるのでしょう。あれでは例え鍛えても前線で戦うのは難しいと思います」
「ア、アハハハ、相変わらず厳しいですね……」
オーストの言葉に男性教師は苦笑いを浮かべ、女性教師も同じような笑みを浮かべていた。二人の反応から、オーストは今回だけでなく、日ごろから厳しく授業や採点などをしているようだ。
試験官たちが会話をしている間、ユーキは少年と少女の模擬試合を見続けている。この世界で自分と歳の近い、そして同じメルディエズ学園の入学試験を受ける者たちがどれ程の腕を持っているのか、確かめておこうと思っていたのだ。
少年は木槍で突きを放ったり、振り回したりなどして少女に攻撃を仕掛けている。槍はリーチが長く、敵から離れて攻撃できるため、少年の方が少女を押していた。しかし、少女も負けずと木剣で攻撃を防ぎ、何とか少年の懐に入ろうとしている。どちらも実技試験で良い成績を出すために必死だった。
(やっぱり剣よりも槍を使っている方が有利だな。槍に勝つには攻撃をかわして懐に入るか、槍自体を叩き落とすかしない。このままだと女の方が負ける……)
ユーキは模擬試合を見て、どちらの方が有利なのか心の中で呟く。今戦っている二人とは必ず戦うことになるため、ユーキにとってはどちらが勝っても大きな意味は無く、ただ普通に模擬試合を見守っていた。
「クソッ、気分が悪い……」
模擬試合を見物しているとユーキの右側に立っているロバートが小声で何かをブツブツ言っており、それを聞いたユーキは視線だけを動かしたロバートの方を向く。
ロバートは俯きながら苛ついた顔をしており、木剣を持っている手に力を入れたり、踵で地面を何度も踏んだりしている。どうやら先程オーストに注意されたことが気に入らず、ずっと機嫌を悪くしていたようだ。
「僕はスカスト子爵の実子なんだぞ。その僕にたかが教師風情が説教をするなんて……見てろよぉ、この実技試験で高得点を取って僕が優秀だってことを思い知らせてやる」
オーストを見返してやろうと考えるロバートは低い声で呟きながら顔を上げて模擬試合をする少年と少女を見つめる。その様子を見ていたユーキは目を細くした。
(……何処の世界にでもいるんだなぁ、親が偉いからって自分も偉いと思い込んでる馬鹿な奴)
不満を口にしながら傲慢な態度を取るロバートを見て、ユーキは心の中で呆れ果てる。しかもそんな傲慢な男が自分の模擬試合の相手なのだから、やる気が削がれてしまうような感じがしていた。
「そこまで!」
ユーキがロバートに呆れていると男性教師が模擬試合を行っている少年と少女を止める。声を掛けられた二人は武器を下ろし、ユーキも少年と少女の方を向く。気付かないうちに試合時間である五分が経過していたようだ。
模擬試合が終わると少年と少女はオーストたちの下へやって来る。オーストたちは自分の採点結果を他の教師たちに見せ、それを元にどちらの勝利にするか話し合う。
話し合いが終わると、オーストは少年と少女に模擬試合の勝敗を話し始める。結果は少年が木槍を上手く使って少女を圧倒していたことから少年の勝利となった。
少年は自分が勝利したことを知って嬉しそうな顔をし、逆に少女は俯いて悔しそうな顔をする。しかし、まだ実技試験は終わっていないため、少女はすぐに気持ちを切り替えて気合いを入れ直す。少女の反応を見たオーストは強い精神を持っていると感じ、そのことを少女の長所として羊皮紙に書き加えた。
「では、次の二人、前へ!」
次の模擬試合を行うため、男性教師が待機しているユーキとロバートに声を掛ける。ユーキはやっと自分の出番がきたと前に出ようとするが、ロバートがユーキより先に前に出た。そして、ユーキの横を通過する時にユーキの右肩に自分の体をぶつける。
ユーキがぶつかって来たロバートを見ると、ロバートは歩きながらユーキに鋭い視線を向けてくる。その目からは「もたもたするな」という意思が感じられ、ロバートの意思を感じ取ったユーキはムッとしながらロバートの後をついて行くように歩き出す。
前に出たユーキとロバートは一定の距離を開けて向かい合い、その様子をオーストたちや先に模擬試合を行った少年と少女は黙って見ている。
貴族の息子であるロバートと児童のユーキが模擬試合を行うため、オースト以外の全員が興味のありそうな表情を浮かべている。いや、今回の入学試験で最年少と思われるユーキに興味があると言った方がいいかもしれない。
(ユーキ・ルナパレス、学園長が盗賊に襲われた時にその盗賊を難なく倒した幼い剣士。どれ程の実力か、見せてもらうぞ)
話に聞いていたユーキの実力を確かめるため、オーストは前の模擬試合以上に真剣に試合を見ようと考える。険しい表情を浮かべながらユーキを見ているオーストの姿に男性教師と女性教師は、気合いを入れていると勘違いし、苦笑いを浮かべていた。
大訓練場で実技試験が行われている間、大訓練場の外には大勢のメルディエズ学園の生徒が集まり、入学試験を受けに来た受験者たちの様子を見ていた。
集まっている生徒たちは全員が白い服の上に黒いブレザーのようは上着を着ていた。ただ、男子生徒は薄い灰色の長ズボンを穿いて首には青いスカーフのような物をネクタイのように巻いており、女子生徒は赤くて細いリボンを首元に付け、薄い灰色のミニスカートを穿いている。メルディエズ学園の男女は上半身の服装は同じだが、首に付けている物と穿いている物は違うようだ。
大訓練場の東側の端にも大勢の生徒が集まって実技試験を見物しており、その中には赤いリボンで髪を結んでいる金髪ツインテールの女子生徒がいる。ユーキがバウダリーの町で初めて会ったメルディエズ学園の生徒、アイカだった。
「皆、凄い気合いを入れてるわね。学科試験だけだと不安だから、実技試験でも高い点数を取って安心しておきたいのかしら……」
実技試験を受けている受験者たちを見ながらアイカは受験者たちが実技試験を張り切っている理由を想像する。
アイカ自身も入学試験を受けた時に学科試験の点数が低いのではと不安を感じていたため、合格する確率を少しでも上げるため、実技試験に力を入れていた。そのため、今回の受験者たちもその時の自分と同じ気持ちなのではと感じていたのだ。
「今回は前回以上に受験者が多いみたいだからね。皆必死なんだろう」
昔を思い出しながら実技試験を見ていたアイカに一人の女子生徒が声を掛け、声を聞いたアイカは女子生徒の方を向いた。
その女子生徒はアイカと同じくらいの歳で身長は170cmほどあり、オレンジ色の目と腰の辺りまである紅い長髪をしており、後ろに向かって軽く反れた細いアホ毛を生えている。アイカと同じメルディエズ学園の制服を着ているが、リボンは付けておらず、上着の下の白い服の胸元を大きく開けていた。スタイルはアイカより良く、胸の谷間は大勢の男を虜にしてしまいそうなものだ。そして、右手の甲には薄紫色の花の紋章、混沌紋が入っている。どうやら彼女もアイカと同じ混沌士のようだ。
「パーシュ先輩も実技試験を見に来たのですか?」
「ああ、今日は依頼が何も無くて退屈だったからね。どんな連中が試験を受けに来てるのか、気になって来てみたんだよ」
パーシュと呼ばれた女子生徒はアイカの右隣にやって来て実技訓練の様子を確認する。近くや遠くで模擬試合をしている受験者たちを見たパーシュは興味のありそうな笑みを浮かべた。
「へぇ~、なかなか良さそうな連中が集まってるじゃないか。この中から何人が合格して、うちの学園に入学するのかねぇ?」
「今回、試験を受けた人は百二十人だと聞いています。前回の試験よりも学科試験の問題は簡単で、実技試験の採点も少し甘くすると先生がたから聞きました。ですから、半分は合格するのではないでしょうか?」
「半分かぁ……学園側としては一人でも多くの受験者を合格させたいと思ってるはずだけど、成績の悪い奴を入学させる訳にはいかないからね」
複雑そうな表情を浮かべながらパーシュは腕を組み、アイカも大訓練場の受験者たちを見ながら頷く。
メルディエズ学園としては生徒の数が増えれば多くの依頼を受けることができ、学園の評判を上げることもできるので、多くの受験者を合格させたいと思っていた。
しかし、メルディエズ学園は冒険者ギルドと同じでモンスターの討伐や他人の護衛、ベーゼの討伐など、命を懸ける危険な仕事をしているため、一定の体力や知恵の持たない者は入学させることができなかった。
体力や知恵がなければ入学させてから鍛えればいいと思えるが、入学試験に合格できない者たちでは入学しても授業について行くことはできない。つまり、鍛えても危険な依頼を受けさせられるほど強くすることはできないため、成績の悪い者を入学させる意味は無いと学園側は考えていた。
「入学試験を合格した奴だけがうちの学園の授業や訓練について行ける、だから入学試験をクリアできない連中はいらない。……まったく、一人でも多くの生徒が欲しいって考えてるのに、学園側は何をやってるんだか」
「アハハハ……」
学園側の考え方が矛盾していることを指摘するパーシュを見てアイカは苦笑いを浮かべる。そんな時、アイカの視界に一人の男子生徒の姿が入った。その男子生徒は大訓練場の南側の端に立ち、両手を腰に当てながら自分と同じように実技試験の見物している。
男子生徒は紺色の短髪に若干鋭い茶色の目をしており、身長180cmぐらいの背の高い生徒だった。青いスカーフのような物は付けておらず、上着は腰に巻き、白い服の一番上のボタンを外して腕まくりをしている。年齢はアイカやパーシュと同じくらいでどこか不良のようは雰囲気を出していた。そして、男子生徒の右手の甲には混沌士の証である混沌紋が入っている。
アイカが紺色の髪の男子生徒を見ていると、パーシュはアイカが見ている方角を向いて男子生徒の姿を目にする。すると、さっきまで笑ってパーシュは表情を鋭くして不機嫌そうな顔をした。
「チッ、アイツも来てたのか。あ~あ、アイツの顔を見た途端に気分が悪くなっちまったよ」
「……パーシュ先輩、相変わらずフレード先輩のことが嫌いなのですね?」
「当たり前だよ。アイツの馬鹿面は何度見てもイライラさせられるんだ……と言うか、アイカも知ってるだろう? あたしとあの馬鹿の関係を……」
「ハ、ハイ……」
子供のようにムスッとするパーシュの顔を見て、アイカは再び苦笑いを浮かべる。アイカの反応から、パーシュとフレードと言う男子生徒はとても仲が悪く、よく喧嘩をしているようだ。
これ以上フレードの話をしてパーシュの機嫌を悪くするのはマズいと感じたアイカは視線を大訓練場に向けて実技試験を見物する。
アイカはどんな受験者がいるのか、模擬試合をしている受験者を一人ずつ確認していく。そんな中、アイカの視界に木剣を握って模擬試合を始めようとする児童、ユーキの姿は入った。
「……! ユーキ」
昨日バウダリーの町で出会った児童が大訓練場にいるのを見てアイカは目を見開く。パーシュはアイカの反応を見ると不思議そうな顔をし、アイカが見ている方角を見る。そして、他の受験者と比べて体の小さいユーキに気付いた。
「何だいありゃ? 受験者の中に小さい子が混じってるぞ。受験者の弟か何かか?」
パーシュがユーキを見て小首を傾げていると、アイカはユーキを見つめながら口を動かした。
「あの子は受験者です。多分、今回の入学試験で一番若い子だと思います」
「アイカ、あの子のこと、知ってるのかい?」
「ええ、昨日町で会いました。ユーキ・ルナパレスと言う名前で、学園長が特別に入学試験の参加資格を与えた子だと聞いています」
「ユーキ・ルナパレス? ……そう言えば、そんな名前の子供の剣士が盗賊を倒して学園長を助けたって先生たちが話しているのを聞いたけど……あの子がその子供なのかい?」
アイカにユーキのことを尋ねると、アイカはパーシュの方を向いて頷く。それを見たパーシュは意外そうな反応を見せるが、すぐに興味のありそうな笑みを浮かべてユーキの方を向いた。
「面白そうじゃないか。噂の子供剣士がどれ程の実力なのか、お手並みを拝見させてもらうよ」
腕を組みながら楽しそうにするパーシュを見ていたアイカもユーキがどんな戦い方をするのか気になり、視線をユーキに向けた。
昨日は刀を抜かずに素手で盗賊たちを倒したため、ユーキの剣の腕を見ることはできなかったが、実技試験では武器を使った戦い方を採点するため、確実にユーキの剣の腕を見ることができる。アイカはユーキの実力を確認するため、ユーキがいる班に注目した。
アイカとパーシュがユーキを見ている頃、二人から離れた所にいる紺色の髪の男子生徒、フレードも遠くにいるユーキを見ている。最初は迷子か何かだと思っていたが、教師たちが止めないところからユーキも受験者だと気付いて見物することにしたようだ。
「……アイツ、なかなか肝が据わってるじゃねぇか。普通、一人で年上の中にいれば動揺するもんだが、そんな様子は一切見せてねぇ。まるで今回のような経験を何度もしてるみてぇだ」
自分よりも体の大きな相手と向かい合っても驚いたり、動揺したりしないユーキを見たフレードは見た目と違って強い精神を持っていると感じて小さく笑う。しかし、精神が強くても剣の腕がいいとは限らないため、フレードはユーキがどれ程の実力を持っているのか気になっていた。
「剣の腕が体と同じでしょうもなかったら何の意味もねぇ。お前がどれ程の実力を持っているのか、しっかりと見せてくれよ? ちっこい剣士さん」
フレードはユーキを見ながら期待しているような言葉を口にする。その言葉には、自分を失望させないでほしいという思いも込められていた。
アイカたちが見守っていることを知らないユーキは目の前に立つロバートを見つめながら模擬試合開始の合図を持つ。一方でロバートも試合が始まるのを無言で待っている。ただ、その表情は険しく、目を鋭くしてユーキを睨んでいた。
「チッ、教師たちに実力を見せつけようって言うのに、何でこんなチビが相手なんだ。というか、何でチビがこの入学試験を受けてるんだ……」
ロバートはユーキを睨みながらオーストたちに聞こえないくらい小さな声で文句を口にする。ユーキはロバートの近くにいるため、彼の文句が聞こえており、目を細くしながらロバートを見ていた。
オーストに注意されたことをまだ根に持っているロバートを見てユーキは再び呆れる。こんな男がどうしてメルディエズ学園の入学試験を受けたのだろうとユーキは全く理解できずにいた。
「では、模擬試合を開始する。どちらも手加減などせず、全力で戦うように」
ロバートの態度にユーキが呆れていると、オーストがユーキとロバートに模擬試合の開始を伝える。二人は自分たちが持っている木剣を両手で構え、いつでも試合を始められる体勢を取った。
ユーキは中段構えを取り、木剣を若干右に傾ける。月下と月影と違い、木剣は十四歳以上の人間の体に合わせて作られているため、ユーキには若干大きかったが、問題無く握ることができた。
一方でロバートは木剣を両手で強く握り、切っ先をまっすぐ上に向けて木剣を構える。ユーキはロバートの構えや足の位置などを確認すると目を軽く見開いた。
(おいおい、構えも足の位置も無茶苦茶じゃないか。入学試験を受けるから剣術を習ってると思ってたけど、あれは素人同然だぞ?)
ユーキはロバートの構えがあまりにも酷すぎて衝撃を受ける。最初に模擬試合をした少年と少女は剣や槍の構えや基礎はしっかりと理解していたが、目の前にいるロバートはそれすらも分かっていないような状態だった。
ロバートの構えを見て、男性教師と女性教師、先に模擬試合を行った少年と少女もあまりの酷さに目を見開いていた。そんな中でオーストだけは表情を一切変えずにユーキとロバートを見ている。
ユーキとロバートが構えてからしばらくすると、オーストが一歩前に出て二人を見ながら右手を高く上げた。
「始めっ!」
模擬試験開始の合図をするのと同時にオーストは上げていた右手を下ろす。その直後、ロバートは先制攻撃を仕掛けようとユーキに向かって走り出した。ユーキは構えを崩さずに走ってくるロバートを見つめる。
ロバートはユーキに近づくと木剣を勢いよく振って袈裟切りを放つ。自分よりも体が小さく、殆ど動かずにいたユーキに自分の攻撃は必ず当たるとロバートは確信していた。しかし、そんなロバートの確信は簡単に壊されることになる。
ユーキはロバートの木剣を見つめ、迫ってきた瞬間に自分の木剣を右に倒してロバートの攻撃を受け流し、同時にロバートの右側に素早く回り込む。攻撃をかわすと木剣を振り上げ、そのまま逆袈裟切りを放ってロバートの首筋を攻撃した。
「がああぁっ!?」
木剣はロバートの首筋を殴打し、その痛みと衝撃にロバートは声を上げる。
ユーキの素早い反撃に模擬試合を見ていたオーストたちは目を見開き、遠くからユーキを見守っていたアイカとパーシュ、フレードもユーキのカウンター攻撃を見て驚いている。ユーキの動きがあまりにも速かったので、模擬試合を見ていた全員が衝撃を受けた。
首筋を殴られたロバートは崩れるように倒れ、殴られた箇所を押さえながら小さく震える。ユーキは倒れているロバートを見て軽く目を見開いた。
「あれ、やりすぎちゃったか? あまり力を入れたつもりは無かったんだけど……」
力加減を間違えてしまったと思ったユーキは申し訳なさそうな顔で自分の後頭部を左手で掻く。その場にいたオーストたちは倒れるロバートを見た後に視線を頭を掻くユーキに向ける。
ユーキはロバートが攻撃してきた時に“輪之太刀”で反撃した。輪之太刀は刀で球体の如く綺麗な弧を描くようにして相手の攻撃を流し、そのまま相手に反撃することができる。攻撃と防御を端的に分けず、攻防一体となっている構えであるため、非常に強力な構えと言われいるのだ。
児童であるユーキがたった一撃で自分より背の高いロバートを戦闘不能にしてしまったことが信じられず、男性教師と女性教師は未だに驚いており、少年と少女は目を見開いたまま固まる。そんな中でオーストだけは表情を鋭くしてユーキを見ていた。
(何だ今のは? スカストの攻撃をかわしたと思ったら、次の瞬間には攻撃を当てていた。普通の剣術ではあり得ないくらいの速さだ)
ユーキのカウンター攻撃の速さに驚いていたオーストはユーキがどんな技を使ったのか考える。しかし、これまでに多くの剣を扱う生徒や剣士を見てきたオーストでもユーキの使った技が何なのか理解できなかった。
先制攻撃を仕掛けたロバートを顔色一つ変えずに倒したユーキの実力を見て、オーストはユーキが盗賊を倒すほどの実力を持っていること、メルディエズ学園の入学できる素質を持っているというガロデスの言葉が本当なのかもしれないと感じ始めていた。
(確か学園長はあの少年は二刀流で両手に剣を一本ずつ持ち、素早く振ることができると言っていた。あの細い腕に剣を片手で持ち、しかも軽々と振り回せるほどの筋力があるというのか? あの少年、いったい何者なのだ……)
目の前にいる児童にはまだ何か秘密があるかもしれない、オーストはそう思いながらユーキを見つめる。すると、ユーキがオーストたちの方を向いて倒れているロバートを指差した。
「あの~、全然立ち上がらないんですけど、この場合、試合はどうなるでしょうか?」
ユーキの言葉を聞いたオーストは倒れているロバートに近づき、片膝を付いてロバートの状態を確認する。ロバートはかなりのダメージを受けているのか、涙目で震え続けていた。
「スカスト、まだ模擬試合は続いているぞ。早く立って戦え」
倒れているロバートにオーストは厳しい言葉を言い放つ。男性教師と女性教師はロバートを見て少し気の毒に思ったのか小さな苦笑いを浮かべた。
ロバートは倒れたまま震えており、オーストの顔を見ると助けを求めるような表情を浮かべる。ロバートの様子を見たオーストはユーキの攻撃を受けたことで肉体だけでなく、精神にもダメージを受けていることに気付き、目を僅かに細くした。
実技試験が始まる前に余裕の態度を取っていたロバートが一度攻撃を受けただけで戦意を失い、オーストはそんなロバートの姿を見て情けなく思った。
「……立てないのなら、試合続行不可能と判断し、お前の負けとするが、いいのか?」
低い声を出しながら尋ねると、ロバートは涙目で何度も頷く。完全に怯えているロバートを見てオーストは軽蔑するのような表情を浮かべる。よくこれでメルディエズ学園の入学試験を受けようと思ったな、と心の中で呆れ果てた。
オーストは立ち上がると持っている羊皮紙にユーキとロバートの点数と評価を記入し、それが済むとまばたきをしながら待っていたユーキの方を向いた。
「ロバート・スカストは今の攻撃で試合続行不可能となった。よって、ユーキ・ルナパレスの勝利とする」
オーストがユーキの勝利を宣言すると、ユーキはポカンとしながらオーストを見る。予想以上に早く模擬試合が終わってしまったので驚いたようだ。
ユーキ自身も驚いていたが、それ以上に二人の教師と少年、少女が驚いていた。てっきりロバートが勝つと思っていたのに、ユーキが勝った上に一瞬で決着がついてしまったので、驚きのあまり言葉が出なくなっているようだ。
「……凄い」
大訓練場の端でユーキの模擬試合を見物していたアイカは目を見開いて驚いていた。前日、ユーキがバウダリーの町で大の男二人を難なく倒したのを見て、彼が強い児童であることは分かっていたが、一瞬で対戦相手を倒したのを目にし、改めてユーキが強いことを理解する。
「なかなかやるじゃないか」
アイカの隣で模擬試合を見ていたパーシュが小さな笑みを浮かべる。最初はユーキの速い攻撃に驚いていたが、今ではユーキの強さに面白さを感じているのか、楽しそうにしていた。
「今までこんなに早く模擬試合を勝って終わらせた奴は見たことがないよ。相手が弱すぎたって言うのもあるけど、かなり強いだろうね、あの子」
「ハイ。ただ、あの子は私と同じ二刀流、しかも刀を使うみたいなので、木剣一本で戦っているあの状態は全力を出した状態ではないと思います」
「へぇ、あの子も二刀流なのか。しかも刀を持っているとはね」
ユーキが普通の剣士とは違うと聞かされたパーシュはますますユーキに興味が湧いたの、ユーキを見ながら笑って腕を組む。笑うパーシュを見た後、アイカは視線をユーキに向けた。
(さっきのユーキの動き、敵の攻撃をかわした直後に相手を斬り捨てていたわ。本物の剣や刀だったら敵は気付いた時には既に斬られていることになっている。これがユーキの剣であるルナパレス新陰流の技なの?)
アイカは攻撃をかわした直後に反撃するユーキの技術に驚き、それほどの技を使うルナパレス新陰流にますます興味が湧いた。秘密を知るためにもユーキには入学試験に合格してほしいとアイカは強く願う。
大訓練場の南側ではアイカやパーシュと同じようにユーキの模擬試合を見ていたフレードがいた。フレードもパーシュと同じように最初は驚いていたが、ユーキの剣を見てかなりの実力を持っていると感じ、楽しそうに笑ってい考えた
「思ってたよりもできるみてぇだな、アイツ。ド素人同然のガキの攻撃とは言え、それを無駄な動きを一切せずにかわして反撃しやがった。ありゃ、なかなかの反応速度だ……もしかすると、会長のアイツと同じくらいの反応速度かもな」
フレードは自分の顎に手を当てながらユーキが優れた剣士だと感じる。同時にユーキの全力がどれ程のものなのか気になり、可能であれば、一度手合わせをしてみたいと考えていた。
ユーキはロバートとの試合の後、他の二人とも模擬試合を行った。木剣を使う少女との試合はロバートの時と同じように楽に勝利し、木槍を使う少年との試合も少し時間が掛かったが難なく勝利する。結果、ユーキは実技試験の模擬試合に全勝し、オーストや他の二人の教師を更に驚かせた。
因みにロバートはユーキとの試合で受けた精神的ダメージが酷く、模擬試合を行える状態ではなかったため、ユーキとの試合後の試合は全て不戦敗で終わった。
実技試験終了後、オーストたちはユーキの戦い方、試合にかかった時間などからユーキが今回の入学試験の実技で最高の成績を出しただろうと考える。同時にオーストはユーキの成績から、ガロデスの言っていたことは真実だったと考えた。
ユーキほどの剣の腕を持つ者がメルディエズ学園に入学すれば、授業の内容次第で優れた戦士になると感じ、オーストや他の二人の教師は入学試験の採点をする時に他の試験官である教師たちにユーキの重要性をしっかりと伝えた。
実技試験が終わると、受験者たちは学科試験が終わった後のように中庭に出たり、自分が学科試験を受けた教室に移動した。試験の結果はその日の内に出るため、受験生たちはメルディエズ学園の外には出ず、合格発表の時を待つ。
自分は合格しているのか不安に思う受験者もいれば、自分は絶対に合格していると自信に満ちた表情を浮かべる受験者もいる。そんな中でユーキは噴水前のベンチに座りながら目を閉じていた。
学科試験の結果が最悪だったが、実技試験で良い成績を出すことができたので何となるかもしれないと思っていたため、それほど大きな不安は感じていなかった。
実技試験終了から一時間後、遂に入学試験の採点が終わり、合格者が発表される時が来た。中庭に出ていた受験者たちは結果を確認するために一斉に校舎の方へ移動し、ユーキも他の受験者と共に校舎へ向かう。
受験者たちは校舎の入口前に集まっており、入口前には合格者の名前を書かれた大きな羊皮紙が出してあった。受験者たちは羊皮紙を見て自分の名前があるか確認していく。
(羊皮紙に名前を書いて発表する、元の世界の高校受験みたいだな……)
制服だけでなく、合格発表のやり方までもが転生前の世界に似ていることにユーキは意外に思う。ここまで来ると学園の他のものも転生前の世界に同じなのかもしれないと感じていた。
異世界と転生前の世界が似ていると感じながらユーキは羊皮紙を見て自分の名前を探す。そして、羊皮紙の端に異世界の文字でユーキのフルネームが書いてあるのを見つけた。
自分が合格したことを知ってユーキは「よしっ」と言うような笑みを浮かべる。ユーキの周りにも合格して友人と喜びを分かち合う受験者や不合格で悔しそうな顔をする受験者がいた。
今回、入学試験を受けた受験者は百二十人だが、合格することができたのは五十三人と半分以下だった。学園側としてはもう少し合格してほしかったが、合格点を取っていない者を入学させるわけにはいかない。今回は優秀な者が少なかったと諦め、次の入学試験に期待することにした。
「これより入学の手続きや簡単な説明などをしますので、合格者は校舎の中に入ってください!」
受験者たちが羊皮紙を見ていると一人の女性教師が大きな声で合格者たちに指示を出し、指示を受けたユーキや他の合格者たちは校舎に入っていく。不合格者は落ち込んだり、悔しがりながら学園の出入口の方へ歩いて行った。
合格者たちは校舎の中を移動し、大きな部屋に案内されるとそこで入学式の日時や学費の支払い方法などについての説明を受ける。ユーキたちはメルディエズ学園の生徒として暮らしていくための重要な話であるため、全員が真面目に説明を聞いた。
説明が終わると、合格者たちはそのまま別の部屋に連れて行かれる。何をされるのか詳しく聞いていない合格者たちは部屋の中を見回す。部屋の奥には長方形の机が五つ置かれており、各机に教師が座って合格者たちを見ている。そして、机の上には少し大きめの青い水晶が置かれてあった。
ユーキは合格者たちが奥の机を見ていると、ユーキたちの前に一人の女性教師が現れた。濃い橙色の髪を後ろで纏め、水色の目をして眼鏡をかけた三十代前半ぐらいの見た目で、他の教師と同じように濃い灰色のローブのような格好している。
「皆さん、始めまして。私はメルディエズ学園の魔法部門を担当するコーリア・マジストラーと言います。これから皆さんには、この部屋で得意とする魔法の属性と混沌術の力を宿しているかどうかを確認してもらいます」
コーリアと名乗る女性教師はこれから何を始めるのか、ユーキたち合格者たちに一つずつ説明していく。
入学試験を合格した者たちは全員、自分が持つ魔力を調べ、得意な魔法属性を理解しておくことになっている。コーリアによると、魔法には炎、水、風、土、光、闇の六つの属性が存在し、属性によって魔法の効力などが変わってくるそうだ。
生徒が自分の得意な属性を理解しておく理由は、属性を知っておけば生徒たちが得意な属性の魔法を覚える時に習得しやすくなるからだ。そして、魔法属性を調べるついでに混沌術を開花させられるかどうかを調べるらしく、ユーキたちが今いる部屋はその二つを行う場所だった。
異世界の人間は全員が魔力を持っており、特訓をすれば誰でも魔法が使えるようになる。しかし、独学では限界があるため、魔法を使えるようになりたい者はメルディエズ学園や魔法の知識を持つ者から魔法を学ぶ必要があるった。
しかし、そもそもなぜ全員が得意な魔法属性を理解する必要があるのか、それはどんな状況でも戦うことができる戦士や魔導士を育てるためだった。
メルディエズ学園では戦士と魔導士のどちらを目指すか生徒が決め、選んだ方を中心に教育を受けることになっている。だが、どちらか一方の技能だけを鍛えてしまっては得意な技能を使えない戦況になった時に戦えなくなってしまう。
戦えない状態にならないようにするため、戦士を目指す生徒は下級の魔法を、魔導士を目指す生徒は短剣やナイフを使った最低限の接近戦術を学ぶことになっている。つまり、全ての生徒が武器と魔法の両方を使えるよう教育を受けるのだ。
勿論、戦士を目指す者と魔導士を目指す者とでは使える魔法の種類や数も変わってくる。魔導士を目指す者の方が強力な魔法を習得できるため、戦士を目指す者は使える魔法は少ない分、それを補うために接近戦の腕を磨くのだ。
コーリアの説明が終わると、ユーキたちは魔法の属性を知らないといけない理由に納得する。同時に自分はどんな属性を持っているのか、混沌術を開花させられるのか楽しみになっていた。
「それでは、得意属性と混沌術を秘めているかを調べますので、皆さんは奥にいる先生たちの下へ行き、調べてもらってください」
奥で長方形の机に座っている教師たちを見ながらコーリアは合格者たちに指示を出す。どうやら奥にいる教師たちは魔法の属性と混沌術を開花させられるかを調べる者たちだったようだ。
合格者たちは自分の秘められた力を確かめるため、奥にいる教師たちの下へ向かう。ユーキも自分の得意な属性は何なのか考えながら歩いて行く。