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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第七十八話  急襲


 ユーキたちが驚く中、ベーゼたちは勢いを弱めることなく近づいて来る。武器を構えながら鳴き声を上げるその姿からは明らかな敵意が感じられた。

 現状から考えてこのままベーゼと戦闘になるのは間違い無いと考えたユーキたちメルディエズ学園の生徒は迎撃するために一斉に構える。初めてベーゼを目にしたウェンフとリーファンは驚愕の表情を浮かべ、フォンジュも目を大きく見開いていた。


「あれが噂のベーゼか、本物を目にしたのは初めてだ」


 ウブリャイはベーゼを興味のありそうな顔で見ており、ベノジアたちも同じようにベーゼたちを見ていた。

 冒険者ギルドにはメルディエズ学園と違ってベーゼを討伐する依頼は滅多に入ってこないため、冒険者の殆どはベーゼと遭遇することは無い。武闘牛も今回初めてベーゼと遭遇したため、興味を懐くのと同時に驚いていた。

 武闘牛がベーゼたちを見ていると、ユーキが月下と月影を構えながらウブリャイの右隣にやってくる。ユーキが隣に来たことに気付いたウブリャイは視線だけを動かしたユーキを見た。


「俺たちは今、フォンジュやリーファンさんのことで敵対している。だけど、ベーゼたちはこっちの都合なんて考えもせずに俺たちを殺そうとしてるはずだ」

「ああ、見りゃ分かる」

「そこで相談なんだけど……」

「『一時休戦し、一緒に奴らを倒さないか』ってか?」


 ウブリャイはユーキが言いたいことを先読みし、ユーキは自分の考えていることを理解しているウブリャイを真剣な表情で見つめる。

 先程までユーキたちと武闘牛は一触即発の状態だった。だが、そこにベーゼたちが現れてユーキたち全員を殺そうとしている。そんな状態で自分たちが争っている場合ではないと感じたユーキはウブリャイに協力して戦おうと考えたのだ。

 ユーキが見つめる中、ウブリャイはベーゼたちの方を見ながら無言で考える。やがて、答えを出したウブリャイはチラッとユーキの方を向いて口を開いた。


「……いいだろう。俺もお前らとベーゼどもを同時に相手したいとは思ってねぇからな」

「決まりだな」


 提案を受け入れたウブリャイを見てユーキはニッと笑みを浮かべる。ユーキとウブリャイの会話を聞いていたアイカもベーゼと武闘牛を同時に敵に回すのは都合が悪いと考えており、ウブリャイが提案を受け入れてくれたことに安心していた。

 ミスチアは武闘牛と共に戦うことに若干不安を感じているような顔をしていたが、数が多ければ短時間でベーゼを倒すことができるため、渋々共闘を受け入れた。フォランは不安などは感じておらず、相変わらず無表情のままコクヨを構えている。

 ベノジアたちもメルディエズ学園の生徒であるユーキたちと手を組むことに少し不満を感じているようだが、リーダーであるウブリャイが共闘すると決めた以上は大人しくそれに従うことにした。


「だが、これだけは忘れるな? 俺たちはベーゼどもを倒すって言う目的が一致したから共闘するだけでお前らを仲間だとは思ってねぇ。だからお前らが例えベーゼどもに追い込まれていたとしても助けたりはしねぇからな」

「ああ、それで構わないよ」


 あくまで同じ敵と戦うだけの関係と言うのを承諾し、ユーキは視線をベーゼたちに向ける。アイカたちもウブリャイに助け合う気は無いと分かっていたのか文句などは言わなかった。

 話がまとまるとユーキたちはベーゼと戦うことに気持ちを切り替える。ベーゼたちは少しずつユーキたちとの距離を縮めて来ていた。


「さぁて、いよいよ戦闘開始だな」

「それで、戦法はどうするんスか、ボス?」


 ベノジアが剣を構えながらウブリャイに尋ねると、ウブリャイはハンマーを強く握りながら中段構えを取った。


「決まってるだろう。近づいてきた奴を一匹ずつ叩き潰すんだよ」

「やっぱそうっスよね」


 ウブリャイの答えを聞いたベノジアはニッと笑いながらベーゼたちに視線を向け、ラーフォンとイーワンも自分の武器を構えながら同じように笑ってベーゼたちを見つめた。

 武闘牛のメンバーは四人全員が戦いを楽しく思う性格なので現状に少し興奮している。しかも相手は初めて遭遇し、三十年前から自分たちの世界を侵略しようとしている存在であるため、早く戦ってみたいとも思っていた。


「よぉし、お前ら! フォンジュの旦那を護りながら奴らを蹴散らすぞ! ラーフォンとイーワンは旦那の警護に就け。俺とベノジアは前に出る」

「任せとくれ、ボス!」

「全て叩きのめしてやらぁ!」


 返事をしたラーフォンとイーワンはフォンジュの前に移動して彼を護る態勢を取った。それを確認したウブリャイは視線を戻してベーゼたちを警戒する。

 武闘牛が持ち場につくのを見ていたユーキは自分たちも遅れてはいけないとアイカたちの方を向いた。


「アイカ、君はウェンフとリーファンさんを護ってくれ。ベーゼたちは俺とフィラン、ミスチアで倒す」

「分かったわ」


 アイカは返事をしながら頷き、フィランも文句は無いのか無言でユーキを見つめる。ミスチアは前に出て戦えることが嬉しいらしく、ニッと笑いながらウォーアックスを構えた。


「グラトン、お前はアイカと一緒にウェンフとリーファンさんの傍にいてくれ」

「ブォ~!」


 グラトンは大きく口を開けて鳴き声を上げ、それを見たアイカはウェンフとリーファンの方へ移動する。グラトンもアイカの後に続いて二人の下へ向かった。

 ウェンフはアイカとグラトンが合流すると安心したのか笑みを浮かべる。リーファンはアイカを見た時は安心した様子を見せていたが、グラトンの姿を見ると驚いて目を丸くした。

 驚くリーファンを見たウェンフはグラトンが賢くて自分たちの味方であることを伝えてリーファンを落ち着かせた。

 アイカとグラトンがウェンフとリーファンの下へ移動するとユーキは迫ってくるベーゼたちの方を向き、鋭い目で睨みながらベーゼに向かって走り出す。フィランとミスチアもその後に続き、ウブリャイとベノジアは先に動いたユーキたちを見ると遅れて走り出した。

 ユーキたちは走る勢いを落とさずベーゼたちに向かって行き、そんなユーキたちを見たベーゼたちも鳴き声を上げながら向かって行く。そんな中、一番前を走るユーキは月影を握ったまま左手を前に出した。


闇の射撃ダークショット!」


 走りながら魔法を発動させたユーキは左手から闇の弾丸を一番前のインファに向かって放つ。闇の弾丸はインファの胴体に命中し、攻撃を受けたインファは苦痛の声を上げながら倒れ、そのまま黒い靄と化して消滅した。

 最初の一体を倒したユーキは「よし」と笑みを浮かべながらインファたちに向かっていき、正面にいるインファが間合いに入ると月下で袈裟切りを放って攻撃する。斬られたインファは崩れるように倒れて消滅し、ユーキは続けて左側にいるインファに月影で横切りを放って攻撃した。

 インファはユーキの横切りを持っている剣で防御するが、その直後にユーキは月下で攻撃してインファを倒す。三体目のインファを倒し、ユーキは周囲を見回しながら構え直した。すると、ユーキの右側から一体のインファが剣を振り下ろして攻撃してくる。

 ユーキはインファの攻撃を月下で防ぐと素早く月影でインファの胴体を斬って反撃する。斬られたインファは掠れた声で鳴き声を上げた後に消滅した。


「これで四体目、今のところは問題無く倒せているな」


 自分たちが不利な状況になっていないことを確認しながらユーキは周囲を見回す。

 ユーキの近くではフィランとミスチアが一体のインファ、二体のルフリフと交戦していた。中級生である二人にとって下位ベーゼは脅威と言える存在ではないため、苦戦することなく戦っている。

 フィランとミスチアが戦う姿を見たユーキは流石と思い笑みを浮かべる。そんなユーキに大剣を構えるフェグッターが近づき、それに気付いたユーキは迎え撃つため、双月の構えを取ってフェグッターを睨んだ。

 ユーキから少し離れているところではウブリャイとベノジアが二体のインファと交戦している。初めてベーゼと戦う二人だが、押されることなく戦うことができた。

 ベノジアは剣を両手で握り、目の前にいるインファに袈裟切りを放って攻撃する。インファはベノジアの攻撃を剣で防ぐと右から剣を横に振って反撃するが、ベノジアもインファの攻撃を簡単に防いだ。

 攻撃を防ぐとベノジアは素早くインファの剣を払い上げ、その隙をついてインファの胴体を剣で貫く。インファは鳴き声を上げながら膝をつき、剣が刺さったまま黒い靄となって消えた。


「ヘっ、何だよ。別の世界から来た怪物なって言うからもっと手応えがあると思ったが、大したことねぇな!」


 ベノジアは予想以上のベーゼが弱かったことに対し、剣を払いながら余裕の笑みを浮かべる。好戦的で性格に多少問題があるとは言え、ベノジアもB級冒険者であるため、下位ベーゼであるインファが相手なら苦戦することはないようだ。


「まだ敵はいるんだぞ? 最後まで気を抜くんじゃねぇ!」


 笑っているベノジアにウブリャイが力の入った声で忠告する。注意されたベノジアはウブリャイの方を向いて苦笑いを浮かべた。

 ベノジアの反応を見たウブリャイは呆れたように小さく鼻を鳴らす。そんなウブリャイの背後から一体のインファは剣を振り上げながら襲い掛かってきた。だが、ウブリャイは慌てず冷静に振り返り、それと同時にハンマーを横に振ってインファの左脇腹を殴打する。

 インファの脇腹はミシミシと音を立てながら大きく凹み、ウブリャイはそのまま力を入れてインファを打ち飛ばした。

 飛ばされたインファを背中から叩きつけられ、ウブリャイの攻撃で致命傷を負ったのかそのまま靄となって消滅した。


「背後から攻撃してくるとは、ベーゼも多少は知能があるようだな。だが、俺を狙ったのは賢い判断とは言えんねぇな」


 消滅したインファに嫌味を言いながらウブリャイは自分の左手をハンマーで軽く叩く。ベノジアはインファは瞬殺したウブリャイを見て頼もしく思い笑みを浮かべている。

 ウブリャイが次の敵を倒すために周囲を見回すと大剣を握ったフェグッターがゆっくりと近づいて来る。フェグッターの接近に気付いたウブリャイは素早くハンマーを構え直した。


「ほぉ? 今度はちぃーとばかり強そうじゃねぇか。……お前は俺を楽しませてくれるのか?」


 他のベーゼと違って強そうな外見をしているフェグッターにウブリャイは笑いながら挑発する。フェグッターはウブリャイの挑発を理解していないのか、興奮した様子を見せずに大剣を両手で握って八相の構えを取った。

 すぐに攻撃してこないフェグッターを見てウブリャイは意外に思いながら小さく笑う。目の前のベーゼが挑発に乗らないほど図太い精神を持っているのか、ただ言葉が理解できていないだけなのかは分からないが、すぐに攻撃してこない点から先程のインファよりも用心深いとウブリャイは感じていた。

 ウブリャイが戦いを楽しめるかもと考えていると、フェグッターが大剣を頭上から振り下ろして攻撃してきた。ウブリャイは素早く右へ移動して振り下ろしを回避し、ハンマーで反撃する。しかし、フェグッターも大剣を器用に操り、剣身を盾代わりにしてハンマーを防いだ。

 攻撃を難なく防ぐフェグッターを見て、ウブリャイは「ほほぉ」と意外そうな表情を浮かべながら後ろに跳んで態勢を整えようとする。だが、ウブリャイが後ろに跳んだ直後、フェグッターは紫色に光る大剣を大きく横に振り、剣身から紫色の斬撃を放った。


「何っ!?」


 突然の斬撃にウブリャイも驚き、咄嗟に姿勢を低くする。姿勢を低くしたことで斬撃はウブリャイの真上を通過し、そのまま飛ばされた先にある岩に命中した。

 予想外の攻撃にウブリャイは驚きの表情を浮かべ、戦いを見ていたベノジアも驚愕する。武器から斬撃を放って攻撃して来る姿を見て、ウブリャイたちも改めてベーゼはモンスターとは違うのだと理解した。

 ウブリャイは体勢を直すとハンマーを構え、鋭い目でフェグッターを見つめる。フェグッターも構え直したウブリャイを見て再び八相の構えを取った。


「……成る程な、そこら辺のモンスターとは確かにわけが違うみてぇだ。こりゃ、ナメてかかると墓穴を掘ることになりそうだ」


 フェグッターは手加減して倒せる相手ではないと悟ったウブリャイは小さく笑うとハンマーを握る手に力を入れる。強く握ったことでウブリャイの腕に薄っすらと血管が浮かび上がった。


「いいだろう。そんなお前に俺も全力の一撃を撃ち込んでやるぜ!」


 力の入った声を出しながらウブリャイはハンマーを両手で握り、ゆっくりと脇構えを取る。するとウブリャイの混沌紋が光り出し、それを見たベノジアは軽く目を見開く。混沌紋が光るのを見て、ウブリャイが混沌術カオスペルを使おうとしていることに気付いたのだ。

 ウブリャイの混沌紋が光り出すと、フェグッターはウブリャイが何か仕掛けてくると感じたのか八相の構えを取ったままウブリャイに向かって走り出す。ウブリャイも走って来たフェグッターを見ると迎え撃つために走り出した。

 双方の距離を見る見る縮めて行き、もうすぐ攻撃可能な距離まで近づく。ウブリャイは間合いに入った瞬間にフェグッターに渾身の一撃を撃ち込んでやろうと思っていた。

 だが、フェグッターはリーチの長い大剣を持っているため、ウブリャイの方が先にフェグッターの間合いに入ってしまい、フェグッターは大剣を振り下ろして先にウブリャイに攻撃を仕掛けた。

 ウブリャイは先程と同じように振り下ろされた大剣を右に移動して回避し、隙のできたフェグッターにハンマーで反撃しようとする。だが、ウブリャイが攻撃を回避した直後に反撃するのも前と同じなため、フェグッターは再び大剣を盾にしてハンマーを防ごうとした。

 フェグッターが防御体勢をを取ったことで再び反撃は失敗すると思われた。だが、ウブリャイはフェグッターを見ながら笑みを浮かべ、そのままハンマーで大剣を殴打する。

 するとハンマーと大剣がぶつかった瞬間に強い衝撃が発生し、ぶつかった箇所から剣身に罅が入った。そして、大剣は高い音を立てながら砕け散る。

 大剣が砕けたことでフェグッターも流石に驚いたのか僅かに声を漏らす。ウブリャイは驚くフェグッターを見ながらハンマーを引き、フェグッターの頭部に向かってハンマーを右から横に振って攻撃する。

 ハンマーの頭がフェグッターの頭部に当たった瞬間、頭部は水風船が破裂したかのように弾け、頭部を失ったフェグッターは後ろに倒れてそのまま消滅した。

 フェグッターを倒したウブリャイはハンマーを軽く振ってから鼻で笑い、それと同時に混沌紋の光も消えた。


「フフフ、驚いたか? コイツが俺の混沌術カオスペル、あらゆる衝撃を増加させて敵に決定的なダメージを与える能力、“衝撃インパクト”だ!」


 ウブリャイは自分の混沌術カオスペルを自慢げに語り、その姿を見ていたベノジアはニヤリと笑みを浮かべていた。

 衝撃インパクトはただ衝撃を増加させるだけの能力だが、元の衝撃が強ければより強い衝撃を発生させることができる。

 フェグッターの大剣は非常に硬度が高く、並の攻撃では例え衝撃インパクトで衝撃を増加させても破壊できない。しかし、ウブリャイは大剣を破壊し、フェグッターの頭部も粉砕した。それはそれだけウブリャイの攻撃による衝撃が強かったということだ。


「……凄いな、あのおっさん」


 離れた所ではユーキが少し驚きながらウブリャイを見ている。

 ユーキは既に自分に襲い掛かってきたフェグッターを倒しており、周囲を警戒しいながらウブリャイの戦いの一部始終を見ていたのだ。その時にウブリャイが混沌術カオスペルを発動させるところも目にし、ウブリャイが自分が想像していた以上に強いことを知った。


衝撃インパクト、衝撃を増加させるだけの単純な能力だけど、かなり強力そうだ。しかも初めて戦うベーゼを相手にあそこまで有利に戦えるだけの技術も持っている。もしかするとウブリャイのおっさん、パーシュ先輩たちと同じくらい強いかもしれないな」


 ウブリャイの戦闘技術や混沌術カオスペルの能力から自分より強いのではとユーキは予測する。同時にベーゼが乱入せずにあのまま武闘牛と戦闘になっていたら苦戦していたかもしれないと感じた。

 ユーキが複雑そうな表情を浮かべながら考えていると、アイカたちがいる方からインファの鳴き声が聞こえ、ユーキはフッと鳴き声が聞こえた方を見る。ユーキの視線の先ではインファとルフリフたちがアイカたちに襲い掛かろうとしている光景があった。

 アイカたちの前では三体にインファが剣を持ってアイカたちを威嚇しており、その頭上では四体のルフリフがはばたきながらアイカたちを見下ろして鳴き声を上げている。

 ウェンフとリーファンの前に立つアイカはプラジュとスピキュを構えてベーゼたちを警戒し、ウェンフとリーファンの後ろではグラトンは小さく唸り声を上げながらベーゼたちを睨んでいる。アイカとグラトンの間ではウェンフとリーファンが怯えた様子で立っていた。

 一方、アイカたちの右側ではフォンジュの警護を任されたラーフォンとイーワンが得物を構え、インファたちを見ながらニヤリと笑っている。二人の後ろではフォンジュが少し表情を曇らせながらベーゼたちを見ていた。不思議なことに、ベーゼに襲われるかもしれないという状況にありながらフォンジュは落ち着いた様子でベーゼたちを見ている。


「噂のベーゼって奴がどれ程の実力か、見せてもらおうじゃねぇか」

「油断するんじゃないよ、イーワン? 相手はモンスターとは違い種族なんだからね」

「お前に言われなくても分かってらぁ!」


 忠告するラーフォンに言い返したイーワンは右手にメイスを持ち、左腕に付けた丸い盾を前に出すように構え、ラーフォンも両手にハンドアックスを持って目の前に立つインファたちを睨んだ。

 インファたちは構えるラーフォンとイーワンを見ながら鳴き声を上げ、持っている剣を振り下ろして攻撃した。イーワンは盾で剣を防ぎ、ラーフォンはハンドアックスを交差させて振り下ろしを止める。インファの攻撃が予想していたよりも軽いことを知ってラーフォンとイーワンは意外に思ったが、同時に強い敵ではないと悟った。

 イーワンは剣を防ぎながら目の前のインファを見てニッと笑うと盾で剣を振り払い、そのままメイスでインファの脳天を殴打する。頭部に重い一撃を受けたインファは鳴き声を上げながら後ろによろめき、イーワンは隙だらけのインファの脇腹に向かってメイスを横に振って追撃した。

 脇腹にメイスを受けたインファは左に飛ばされ、強く地面に叩きつけられるとそのまま靄となって消滅する。イーワンはアッサリとインファを倒せたことで笑みを浮かべるが、心の中では若干物足りなさを感じていた。そんなイーワンの右側から別のインファが剣で突きを放って攻撃して来る。

 インファの攻撃に気付いたイーワンは咄嗟に後ろに下がって突きをかわし、不意打ちを仕掛けて来たインファを睨みながら左手の爪で顔面を切り裂く。顔を切り裂かれたインファは怯み、イーワンはインファが態勢を立て直す前にメイスで頭部を殴打した。

 頭部への攻撃が致命傷となったのかインファは膝から崩れ、地面に倒れる前に黒い靄となって消えた。


「へっ、知性が低いと聞いていたが、不意打ちを仕掛けるだけの知能は有ったみたいだな


 ベーゼが姑息な手を使ったことが気に入らないのか、イーワンは不満そうな口調で語りながらメイスを肩に担いだ。

 イーワンが二体のインファを倒したのと同時刻、ラーフォンはインファの剣をハンドアックスで防ぎ続けていた。インファの力はそれほど強くないため、ラーフォンは余裕の表情を浮かべながら剣を止めている。


「おいおい、これが別の世界から来た侵略者の力かい? 思っていた以上に弱いじゃないか」


 ラーフォンが笑いながらインファを挑発すると、インファはラーフォンの言葉の意味を理解したのか鳴き声を上げながら剣を持つ手に力を入れる。すると、止めていた剣から僅かに重さ伝わり、ラーフォンは意外そうな表情を浮かべた。


「へぇ~、まだこれだけの力があったのかい。少し見直したよ……だけど、あたしの敵じゃあないね」


 そう言うとラーフォンも両手に力を入れてハンドアックスを強く握る。ラーフォンの両腕に血管が薄っすらと浮かび上がり、ラーフォンは手だけでなく腕にも力が入れた。

 力を入れるとラーフォンは交差させているハンドアックスを外側に向かって大きく振り、止めていた剣を払い上げる。剣を払われたことでインファは体勢を崩して後ろに下がり、その隙にラーフォンは大きく前に踏み込んで両手のハンドアックスを同時に振り下ろした。

 振り下ろされたハンドアックスはインファの胴体を切り裂き、斬られたインファは苦痛の声を上げながら倒れる。そして、そのまま動かなくなって静かに消滅した。

 インファが消滅するとラーフォンは両手のハンドアックスをそれぞれ外側に振って刃に付いているインファの血を払い落とすとイーワンの方を向いた。

 先にインファを倒していたイーワンはラーフォンと目が合うと「お先に」と笑みを浮かべる。イーワンの意思を悟ったラーフォンはつまらなそうな顔で鼻を鳴らした。

 ラーフォンとイーワンの近くではフォンジュがインファを倒した二人を黙って見つめている。その顔からは自分を護りながらベーゼと戦うラーフォンとイーワンに対する感謝の気持ちは感じられず、何かを面倒に思うような顔をしていた。


「……何てことだ、まさかこんな事態になってしまうとは。折角誰にも真実を知られることなく取引ができたのに……」


 フォンジュは小声でブツブツと囁きながら微量の汗を掻く。フォンジュの発言から、今ユーキたちがいる洞穴には何か重要な秘密があり、その秘密をユーキたちに知られることはフォンジュにとって都合が悪いことのようだ。


「……仕方がない。ひとまずここは退散し、後日またあの方と相談するか」


 戦っているユーキたちを見ながらフォンジュは静かに後ろに下がり、周りに気付かれないよう来た時に通った一本道の方へ移動しようとする。

 ある程度距離を取ったフォンジュはユーキたちに背を向けて出入口の方へ走ろうとする。だが、フォンジュが出入口の方を向いた直後、頭上から二体のルフリフが下りて来てフォンジュの前に着地した。フォンジュは突然目の前に現れたルフリフに驚き、その場で尻餅をつく。

 ルフリフたちはフォンジュを見ながら大きく口を開けて威嚇するような鳴き声を上げ、右足の爪を光らせてフォンジュに向ける。ルフリフが自分を襲おうとしていると感じたフォンジュは座り込んだまま青ざめる。


「ま、待て、なんで私まで襲うのだ!? 私はあのお方と取り引きをしているのだぞ? なのにどうして……」


 動揺しながらフォンジュは意味深な言葉を口にしてルフリフを止めようとするが、ルフリフはフォンジュへの敵意を消そうとせず、ゆっくりとフォンジュに近づく。

 フォンジュは何とか逃げようとするが、腰が抜けて立ち上がることはできない。どうすればいいか分からずに混乱していると、フォンジュの前まで近づいたルフリフが右足の爪でフォンジュを切り裂こうとする。もうダメだと感じたフォンジュは思わず目を閉じた。


光の矢ライトアロー!」


 声が聞こえると同時にフォンジュの後方から白い光の矢がルフリフに向かって放たれ、そのままルフリフの胴体に命中した。光の矢を受けたルフリフは鳴き声を上げながら靄となって消滅する。

 目を開けたフォンジュは何が起きたのか分からず、困惑しながら後ろを見る。そこにはプラジュとスピキュを握りながら左手を前に伸ばすアイカの姿があった。先程の光の矢はアイカの魔法による攻撃だったのだ。

 アイカはグラトンと共にウェンフとリーファンを護りながら二体のルフリフと交戦していた。だが、途中から四体いたはずのルフリフが二体になっていることに気付いて周囲を見回してフォンジュが二体のルフリフに襲われそうになっているを目にしたのだ。

 フォンジュを武闘牛に護られているため、本当は助ける必要は無いのだが、フォンジュに死なれると情報を聞き出すことができなくなるため、アイカはウェンフとリーファンをグラトンに任せてフォンジュを助けたのだ。何よりも、メルディエズ学園の生徒として、ベーゼに襲われている者を見捨てることはできなかった。

 アイカは一体目のルフリフを倒すとプラジュとスピキュを構え直し、残っているルフリフに向かって走り出す。ルフリフも走って来るアイカを迎え撃つため、飛び上がってアイカに向かって行く。少しずつ距離が縮まっていき、やがて双方は互いの間合いに入った。

 間合いに入った瞬間、ルフリフは右足の爪でアイカを切り裂こうとする。だが、アイカはルフリフの爪をスピキュで素早く防ぎ、プラジュを横から振って反撃した。

 プラジュはルフリフを胴体を切り裂き、斬られたルフリフは鳴き声を上げながら仰向けに落下する。アイカはルフリフが体勢を立て直す前に倒してしまおうとスピキュでルフリフの頭部を貫いて止めを刺す。頭部を刺されたルフリフは息絶え、黒い靄と化した。

 ルフリフを倒したアイカは軽く息を吐きながらプラジュとスピキュを軽く振り、その様子をフォンジュは座り込んだまま呆然と見ていた。すると、アイカはチラッとフォンジュに視線を向けて口を動かす。


「一人でいると真っ先にベーゼに狙われます。単独行動は控えてください」

「ウウゥ……」


 注意されたフォンジュは何も言い返せず、座り込んだまま悔しそうな顔をする。アイカはフォンジュを見た後、残っているルフリフを倒すためにウェンフとリーファンの下へ戻ろうとした。

 だがその時既に残りの二体はグラトンが倒しており、ウェンフとリーファンの近くにはベーゼは一体もいない。

 アイカはウェンフとリーファンが無事なのを確認すると小さく息を吐く。そこへ他のベーゼと戦っていたユーキ、フィラン、ミスチアの三人が合流した。アイカは三人が下位と中位のベーゼにやられるわけがないと信じていたため、ユーキたちの姿を見ると微笑みを浮かべる。

 ユーキたちが合流すると同時に武闘牛もフォンジュと合流し、腰を抜かすフォンジュの安否を確認する。ユーキたち活躍で広場に現れたベーゼは無事に全て倒された。


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