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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第七十七話  生徒と冒険者


 ベンロン村を出たユーキたちはフォンジュの馬車を追って荒野の中を走っていた。先頭を走るグラトンはユーキを乗せてウェンフの匂いを追い、その後ろをアイカたちの乗る荷馬車と武闘牛が乗る馬車がついて行く。

 グラトンが向かっている先にはバンホウから聞いた岩山があり、ユーキはフォンジュが自分の予想していた目的地に向かったのだと感じて表情を鋭くした。


「ねぇ、ユーキ! 本当にこっちであってるの?」


 荷馬車に乗るアイカが大きな声でユーキに問いかけるとユーキはアイカの方を見ながら頷いた。


「ああ、グラトンが匂いを追っているから間違い無い」

「でも、この荒野はモンスターが沢山いる場所なのよ? フォンジュがこんな危険な所を通ったとは考え難いんだけど」


 モンスターが棲みついている危険な場所に戦闘の技術や経験も無いであろうフォンジュが通ったと思えないアイカは方角があっているのか小さな不安を感じていた。

 グラトンの嗅覚が鋭いのは分かっている。だが、フォンジュが通りそうもない場所を通っているため、グラトンが間違えて違う匂いを追っているのではアイカは考えており、御者席のミスチアもアイカの言葉を聞いて同じ気持ちになっていた。


「確かにフォンジュは荒野の中を通った可能性は低い。でも、グラトンはちゃんとウェンフの匂いを追ってるから大丈夫さ」

「どうして大丈夫だって断言できますの?」


 話を聞いていたミスチアが疑うような表情を浮かべながら尋ねると、ユーキは小さく笑いながらグラトンの背中を擦った。


「コイツを信じてるから」


 ユーキの答えを聞いてミスチアは目を丸くする。いくら信じているからと言って絶対に大丈夫だとは考えられない。ミスチアはユーキの信憑性の無い答えを聞いて更に不安を感じる。

 アイカも今回はユーキの答えに納得できないのか不安そうな表情を変えずにいた。フィランは相変わらず無表情のまま前を見ている。


「それに武闘牛も村を出てからずっと俺たちの後をついて来てるしね」


 ユーキはアイカたちの荷馬車の後ろを見ながら語り、アイカとミスチアも後ろを確認する。確かに自分たちの荷馬車の後ろを武闘牛が乗る荷馬車が走っていた。

 武闘牛の目的もフォンジュの下へ向かうことなので、もしユーキたちの進んでいる方角が間違っているのなら途中からユーキたちとは違う道を行くはず。にもかかわらずユーキたちの後をついて来ているということは、ユーキたちの進む先にフォンジュがいると証明していることになる。

 アイカとミスチアはユーキがグラトンの嗅覚を信じている以外にもちゃんと根拠があって考えていることを知り、少し驚いていた。


「フォンジュの目的地があの岩山である可能性は高い。だけど、護衛がいない状態でモンスターが多く出現する荒野を通った可能性は低い。きっと荒野の中は通らず、外を回り込むように移動して岩山に向かったんだろう」

「それじゃあ、どうしてグラトンは馬車の後を追わずに荒野の中を通ってるの?」


 フォンジュの後を追っているのに違う道を通っているグラトンの行動の意味が分からず、アイカはユーキに尋ねる。ユーキはアイカたちを見ながらグラトンの背中をポンポンと軽く叩いた。


「村を出た直後に俺がグラトンに最短ルートを通るよう言っておいたんだよ。先に村を出たフォンジュたちに少しでも追いつくにはフォンジュたちが通った道よりも早く目的地に着ける道を通らないといけないからな」


 ユーキが荒野を通っている理由を話すとアイカとミスチアは軽く目を見開いた。

 普通、匂いを頼りに相手を追跡する場合、相手が通った道と同じ道を辿って追跡しないといけない。そうしないと途中で匂いを追えなくなり、相手を見失ってしまう可能性があるからだ。

 ところがグラトンはフォンジュと同じ道を通っていないにもかかわらず、フォンジュの匂いをしっかり嗅ぎ分け、最短ルートを通って追跡している。

 グラトンの想像以上に鋭い嗅覚とユーキの指示を理解して追いつける道を選ぶ知能の高さにアイカとミスチアは驚くと同時に感服した。アイカとミスチアの反応を見たユーキは二人が納得したと感じて前を向く。


「もう一度確認するけど、岩山に着いたらウェンフと合流してフォンジュを村に連れ帰るぞ」


 ユーキがアイカたちに聞こえるよう大きな声で語り掛け、声を聞いたアイカとミスチアはフッと反応してからユーキの話に耳を傾けた。


「もし、連れて帰る際にフォンジュが抵抗したら強引に連れて帰るしかない。だけど、その場合は武闘牛と戦うことになるかもしれないから、覚悟しておいてくれ?」

「ええ、分かってるわ」


 アイカはそう言うとチラッと後ろを向いて武闘牛を確認する。武闘牛はアイカたちの会話が聞こえていないのか、黙って前を見ながら後をついて来ていた。

 可能であれば武闘牛と戦うことなくフォンジュを連れて帰りたいとアイカは思っている。しかし、フォンジュの性格から大人しく言うとおりにするとは思えないため、アイカは武闘牛と戦う可能性は高いと感じていた。

 だが、今は武闘牛と戦闘になった時のことよりもフォンジュたちに追いつくことを考えるのが重要であるため、アイカは気持ちを切り替えて前を向いた。


「もう少し速度を上げる。見失わないようにしっかりついて来てくれ。モンスターと遭遇したら倒す必要のある奴以外は無視して進むぞ」


 ユーキはグラトンの背中を叩き、グラトンはそれに反応して鳴き声を上げると走る速度を上げる。

 グラトンが速度を上げるとアイカたちも荷馬車も速度を上げてグラトンの後を追う。その後ろを走る武闘牛もアイカたちが速度を上げるのと見て引き離されると感じたのか、御者席に座るウブリャイは置いていかれないよう馬をより早く走らせた。


「アイツら、勝手に速度を上げやがって!」


 荷台に乗っているベノジアはユーキたちを見ながら鬱陶しそうな顔をしており、一緒に荷台に乗っているイーワンも不満に思っているのかユーキたちを睨んでいた。


「ボス、何で俺らがあんなガキどもの後ろをついて行かなきゃいけないんスか? 旦那の行き先が分かってるなら先に行けばいいでしょう」


 ベノジアは御者席のウブリャイになぜユーキたちを追い越さないのか苛つきながら尋ねた。声をかけられたウブリャイはベノジアの方は見ず、前だけを向いて手綱を握る。


「ガキどもの走る速度が思った以上に高い。特に先頭のヒポラングは並みの馬じゃ追い越せねぇ」

「はあ? マジっスか?」


 ベノジアが訊き返すとウブリャイは頷いたり返事をしたりすることなく黙って前を見続けている。ウブリャイの反応を見たベノジアは本当に追い越せないと知って驚きの反応を見せるが、すぐに不満そうな顔でユーキたちを睨んだ。


「何でそんな普通じゃねぇモンスターがあんなガキどもに従ってるんだよ。マジで気に入らねぇガキどもだ」

「……アンタねぇ、いい加減にしときな? 大人気ないったらありゃしないよ」


 ウブリャイの隣に座るラーフォンはベノジアを見ながら呆れ顔で語り掛ける。自分たちよりも若いメルディエズ学園の生徒相手にムキになるベノジアを見て同じ冒険者として、同じチームの仲間として恥ずかしく思ってるようだ。


「んだとぉ!? お前こそメルディエズ学園のガキどもの味方なんてしやがって、冒険者の誇りってもんはねぇのかよ!」

「同感だ。相手が子供だからと言って大人しくしてたらナメられるぞ」


 ベノジアに同意したイーワンがラーフォンを睨みながら語り掛け、ラーフォンはベノジアとイーワンを目を鋭くして睨み返す。

 ラーフォンは決してユーキたちの味方をしているわけではない。冒険者ギルドと活動方針が似ているメルディエズ学園やそこに通う生徒に多少は対抗心を懐いていた。

 ただ、メルディエズ学園の生徒というだけで不満を露わにすると言った見っともない姿を見せるのは冒険者として問題だと考えているため、ベノジアとイーワンを止めていたのだ。


「あたしは大人気ない姿を見せると仲間であるこっちまで大人気ない存在だと思われるからやめろって言ってるだよ。少しはあたしやボスのことも考えて行動しな、恥ずかしいったらありゃしない」

「んだとぉ!?」


 ベノジアはラーフォンを睨んだまま拳を鳴らし、イーワンも自身の爪を光らせながらラーフォンに鋭い視線を向ける。ラーフォンもベノジアとイーワンの態度を見てやる気だと感じ、腰のハンドアックスにそっと手を掛けた。


「お前ら、いい加減にしろ!」


 喧嘩を始めようとするベノジアたちに我慢の限界が来たのかウブリャイは前を向いたまま怒鳴り声を上げ、怒鳴られた三人は目を見開きながらウブリャイに視線を向けた。

 ウブリャイは前を向いたままだが、額には僅かに青筋が浮かんでおり激しい怒りが感じられる。ウブリャイの様子から今回は本気で怒っていると感じたベノジアたちは冷や汗を掻きながら息を飲む。


「俺は仕事中でも口論程度なら見過ごしてやろうと思っているが、今みてぇに殴り合いとかを始めようって言うのなら話は別だ。増してや狭くて激しく揺れている荷馬車の上で暴れるなど絶対に許さねぇ」


 低く、苛立ちの籠ったウブリャイの声を聞いてベノジアたちはウブリャイを見つめながら固まっていた。

 ウブリャイは仲間のことをよく理解できるよう、遠慮せずに言いたいことをハッキリ言えるよう軽い口論や意見のぶつかり合い程度は見逃していた。しかし、仲間同士で傷つけ合うことは絶対に許さないため、先程のように場所を考えずに手を出そうとすれば必ず止めることにしている。


「それでもやり合うって言うのなら……今すぐ叩き落すぞ?」


 ウブリャイは手綱を握りながらゆっくりとベノジアたちの方を向き、険しい顔で睨みつける。同時に右手の甲の混沌紋が光り出し、ウブリャイの顔と混沌紋が光るのを見たベノジアたちは悪寒を走らせた。


「わ、悪かったよ、ボス」

「す、すんませんでした」

「あ、ああ……」


 このままウブリャイを怒らせるのはマズいと感じたのかベノジアたちは素直に謝罪し、ウブリャイは険しい顔のまま大人しくなった三人を見つめる。

 しばらく見つめているとウブリャイは表情を少し和らげて前を向く。混沌紋の光も消え、ウブリャイの怒りが弱くなったのを感じ取ったベノジアたちは静かに溜め息を付いた。


「……昔から何度も言っているが、喧嘩をするなとは言わねぇ。だが仲間同士でやり合うのは許さん。忘れるんじゃねぇぞ?」

「ハ、ハイ……」


 最後に警告され、ベノジアは小さな声で返事をする。ラーフォンとイーワンも反省した様子を見せながら黙り込んでいた。


「いいか、俺らはこれからメルディエズ学園の坊主たちとフォンジュの旦那の所へ行く。そこでもしも坊主たちが旦那に危害を加えようとしたり、旦那から坊主たちと戦えと命令されれば奴らと戦うんだ。そうなるかもしれないって言うのにくだらないことで傷つけあってる場合じゃねぇだろう。気を引き締めていけ」


 最後に力に入った声で忠告するとベノジアたちはウブリャイを無言で見つめる。彼らにとってはウブリャイは怒ると怖い存在だが、チームリーダーとして立派な男だと思っている。そして、彼らもユーキたちと戦うことになるかもと薄々感じているようだ。

 今は仕事に集中しようと考えながらベノジアたちは気持ちを切り替え、ウブリャイもベノジアたちを見た後に前を向いて荷馬車を走らせた。


――――――


 荒野を抜けたユーキたちは岩山の麓にやってきた。麓は石や岩が多く、荒野以上に道が荒くなっているため、少し速度を落として慎重に進むことにした。

 岩山に辿り着くまでの間、何度か荒野の中でモンスターの姿を見かけたが、殆どが遠くにいるモンスターばかりで襲ってくることはなかった。

 中にはユーキたちの近くに現れて襲い掛かろうとするモンスターもいたが、先頭を走るグラトンに驚いたのか襲うことなく逃げてしまい、ユーキたちは無傷で岩山に辿り着くことができた。


「岩山には無事に辿り着けたけど、フォンジュは何処にいるんでしょう?」

「さあ? 分かりませんわ。ただ、結構道が荒いですから、あまり奥の方には行っていないと思いますわよ」


 走る荷馬車の上からアイカとミスチアは周囲を見回してフォンジュの馬車を探す。まだ麓に入ったばかりで殆ど進んでいないが、フォンジュが馬車に乗っていたことを考えると、麓の入口近くにいる可能性が高いと二人は考えていた。

 アイカたちの後ろではウブリャイたちが無言で周囲を見回すアイカとミスチアを見ている。ウブリャイたちはフォンジュから頼まれた仕事で何度も今いる岩山に来ているため、何処に何がるのか分かり、フォンジュが何処にいるのか何となく予測できた。

 しかし、商売敵であるユーキたちに自分から教える気はないのか、何も言わずに黙っている。周囲を見回すアイカとミスチアの姿が愉快なのか、ウブリャイ以外の三人、特にベノジアとイーワンは楽しそうに笑って見ていた。

 周りを見ていたアイカはウブリャイたちに気付き、ウブリャイたちの様子からフォンジュが何処にいるのか分かっているのではと推測する。情報を持っているのに自分から教えようとしないウブリャイたちを見てアイカは小さな不安を感じていた。

 一刻も早くフォンジュを見つけなければならないため、アイカはウブリャイたちにフォンジュの居場所を聞こうか考える。

 しかし、ウブリャイたちが素直に教えてくれるかどうか分からず、教えてくれたとしてもそれが嘘である可能性もあった。だが、何もせずに探すよりは尋ねて情報を得て探した方が効率がいい。

 アイカはウブリャイたちが素直に教えてくれること願ってフォンジュの情報を尋ねようとする。すると、前を走っていたグラトンが速度を落としてゆっくりと止まり、後をついて来ていた二台の荷馬車もつられて停車した。


「グラトン、どうした?」


 ユーキが声をかけるとグラトンは前を見ながら匂いを嗅ぎ、チラチラと左右を見る。そして、少し離れた先に洞穴があるのを見つけると軽く鳴き声を上げた。

 グラトンが鳴くとユーキもグラトンが見ている方角を確認して洞穴を見つける。しかも洞穴の近くには見覚えのある馬車が停まっており、馬車を見たユーキは軽く目を見開いた。


「あったぞ、フォンジュの馬車だ!」


 ユーキが声を上げるとアイカたちも一斉に同じ方角を向いてフォンジュの馬車を見つける。武闘牛は馬車を見ると「やっぱり此処か」と言いたそうな反応を見せた。

 フォンジュたちがどうしているのか確認するためにユーキたちは馬車へと近づいた。しかし、御者席と馬車の中には誰もらず、馬車にしがみ付いていたウェンフの姿もない。


「空っぽか……となると、ウェンフたちはこの中か」


 現状から洞穴の中にフォンジュたちがいると考えたユーキは目の前にある大きな穴を見上げる。暗い穴の奥からは小さな風音が聞こえ、僅かに不気味さを感じさせていた。


「……あの、この奥には何かあるのですか?」


 洞穴を見ていたアイカはフォンジュに雇われている武闘牛のメンバーたちなら何か知っているかもしれないと考えてウブリャイたちに尋ねた。

 ベノジアやイーワンは問いかけてきたアイカを見ると鼻を鳴らしながら小馬鹿にするような笑みを浮かべる。商売敵であるメルディエズ学園の生徒に情報を教えるつもりはないようだ。ラーフォンも目を閉じて黙り込み、アイカの質問を無視している。


「この奥には旦那の客人が住んでるらしい。人見知りが激しくてこの岩山に住んでいると聞いた」


 アイカの質問にウブリャイが答え、ベノジアたちは素直に教えたウブリャイを少し驚いたような顔で見る。

 ウブリャイにとってユーキたちは商売敵であるため、その商売敵に自分から情報を教える気は無い。だが、ベノジアやイーワンのように毛嫌いしているわけではないため、相手が訊いてくれば教えても問題無いことは教えてやろうと思っていた。

 アイカはウブリャイが情報を提供してくれたことを意外に思いながら軽く目を見開き、ユーキとミスチアも意外そうな顔でウブリャイを見つめる。ただ、ウブリャイが本当のことを言っているとはまだ断言できないため、全てを信じず少しだけ警戒することにした。


「人見知りの激しい客人ねぇ……で、どうしてフォンジュはその客人の所に来たんだ?」

「そんなの俺らが知るわけねぇだろう。旦那からは何も聞かされてねぇ」

「あっそ……でも商会で働くフォンジュの客ってことだから、何かの取り引きをするために来たんじゃないのか?」

「……知らねぇな」


 ユーキの問いにウブリャイは横を向いて答える。

 武闘牛はこれまでフォンジュの命令で何度も若者をこの洞穴に連れて来ているため、フォンジュがそのことで客人の下を訪れたのではと考えていた。つまり、フォンジュが洞穴にやって来た理由に心当たりがあるということだ。

 ウブリャイは教えても問題無いことは素直にユーキたちに教えようと思っているが、雇い主であるフォンジュの仕事に関わる情報は流石に教えられないため、何も聞かされていないと嘘をついたのだ。

 ユーキはウブリャイの反応から、彼らフォンジュが岩山に来た理由を知っているのではと推測する。本当はもう少し詳しく話を聞き出したいのだが、今はそんなことをしている場合ではなかった。


「今はフォンジュを見つけることの方が重要だ。詳しいことはあのおっさんを村に連れ帰ってから訊けばいい」


 自分たちのやるべきことに集中しようと考えたユーキは洞穴に視線を向ける。フォンジュたちが洞穴の奥にいる可能性がある以上、中を調べる必要があった。


「とりあえず、奥へ行ってみよう。中は暗いから松明なんかで明かりを確保しながら進まないといけないな」

「ええ、そうね」


 アイカは荷馬車に積んである荷物の中から棒と布を取り出して松明を作り始める。アイカが松明を作るのを見ていたユーキはチラッとウブリャイたちに視線を向けた。

 ウブリャイたちも松明を作っており、それを見たユーキは武闘牛も洞穴に入ろうとしているから洞穴の中にフォンジュがいる可能性が更に高くなったと感じる。

 松明を作り終えたアイカは作った松明の一本に火を付けてユーキに手渡し、松明を受け取ったユーキはグラトンの背中を叩いて先へ進むよう指示を出す。指示を受けたグラトンはゆっくりと洞穴の奥へ進んでいき、アイカたちと武闘牛も自分たちの松明に火を付け、荷馬車を動かしてグラトンの後をついて行った。

 一本道をユーキたちは松明の明かりだけを頼りに進んでいく。静かで不気味さが感じられるが、戦場で何度も命懸けの戦いをしていたユーキたちに取っては何の問題も無いことだ。ユーキたちは止まることなく洞穴の奥へ進んでいく。

 しばらくするとユーキたちは明るい広場に出た。一気に明るくなったことでユーキたちは驚きながら周囲を見回す。ウブリャイたちは何度も来ているため、驚いたりせず静かにしていた。


「洞穴の中にこんなに広い空間があったのか。しかも松明がいらないくらい明るいなんて……」

「ユーキ、あれ!」


 周りを見回していたユーキにアイカが広場の奥を見ながら声をかける。ユーキがアイカの視線の先を確認すると広場の中心で見つめ合うウェンフとリーファン、そして二人の近くで仰向けになっているフォンジュの姿があった。


「ウェンフ、それにリーファさん」


 ユーキはグラトンから飛び下りてウェンフの下へ駆け寄り、アイカとフィラン、ミスチアも自分の得物を持つと荷馬車を降りてユーキの後に続き、最後にグラトンもついて行く。

 ウブリャイたちは倒れているフォンジュを見ると目を見開きながら荷馬車から降り、急いでフォンジュの下へ走った。

 ウェンフがリーファンと抱き合っているとユーキたちが駆け寄ってくる姿が目に入り、ユーキたちに気付いたウェンフはリーファンを抱きしめる力を弱めた。


「ウェンフ!」

「ユーキ先生!」


 リーファンから離れたウェンフは駆け寄って来たユーキと彼の後ろにいるアイカたちを見つめる。自分が岩山に辿り着いたすぐ後にユーキたちが現れたため、ウェンフは少し驚いていた。

 ユーキはウェンフとリーファンの前までやってくると二人が怪我をしていないかを確認し、無傷だと知ると、とりあえず安心した。


「まったくもう、一人で勝手に行動して。心配したんだぞ?」

「ごめんなさい、リーファンお姉ちゃんが連れていかれてつい……」


 謝るウェンフを見たユーキはちゃんと反省していると感じ、軽く息を吐きながら小さく笑う。もともと怒るつもりはなく、簡単に注意するだけのつもりだったのでユーキはそれ以上ウェンフを咎めたりしなかった。


「よかったな? お姉さんと再会できて?」

「……ハイ」


 もっと怒られると思っていたのに予想外の反応を見せるユーキにウェンフは少し意外に思う。だがすぐに微笑みを浮かべて嬉しそうに返事をする。

 アイカもウェンフを見ながら軽く笑みをを浮かべ、ミスチアは「やれやれ」と言いたそうに小さく笑う。フォランは相変わらず無表情のままで、一番後ろにいるグラトンは黙ってまばたきをしていた。

 リーファンはウェンフとユーキたちが会話をしている姿をまばたきをしながら見ている。しばらく見ない間に義理の妹がメルディエズ学園の生徒と知り合いになっており、幼い児童を先生と呼ぶことが不思議で仕方がないようだ。


「ねぇ、ウェンフ。何時からメルディエズ学園の生徒さんたちと知り合いになってたの? それにその子のことを先生って……」

「うん、実はね……」


 ウェンフはユーキたちとどのように出会ったのかリーファンに説明しようとする。すると、ユーキがウェンフの腕に触れて喋るのを止めた。


「二人とも、積もる話はベンロン村に戻ってからにしてくれ。まずはフォンジュを村に連れて帰る」


 そう言ってユーキはフォンジュを方を見ながら目を鋭くする。ユーキの視線の先にはウブリャイたちに囲まれながら起き上がり、ウェンフに蹴られた箇所を手で擦るフォンジュの姿があった。


「旦那、大丈夫か?」

「うううぅ、大丈夫なわけないだろう」


 フォンジュは僅かに表情を険しくし、ウブリャイに八つ当たりするかのような口調で語る。ウブリャイはフォンジュの態度を気にしていないのか、表情を変えずにフォンジュに手を貸して立ち上がらせた。

 立ち上がったフォンジュは服に付いた砂や土を払い落とすと自分を蹴り飛ばしたウェンフに鋭い視線を向ける。ウェンフもフォンジュの方を向くと同じように鋭い目でフォンジュを睨み返した。


「小娘! この私を蹴り飛ばすとは、ただで済むと思っているのか!?」

「何よ、リーファンお姉ちゃんが嫌がるようなことをする貴方がいけないんじゃない!」

「ソイツは私の所有物だ。私の物を私がどうしようと勝手だろう。関係無い小娘が口を挟むな!」

「リーファンお姉ちゃんは物じゃない! それに私はお姉ちゃんの妹だもん。関係無くなんかない」

「フン、何が妹だ。血の繋がりすら無い赤の他人が偉そうなことを言うな」


 リーファンとの絆を否定するフォンジュを見てウェンフは奥歯を強く噛みしめる。話を聞いていたユーキも義理とは言え、姉妹の絆を侮辱するフォンジュの発言にカチンと来たのか僅かに目を鋭くしていた。


「とにかく、私はこれからリーファンを大切な客人に引き渡さないといけないのだ。さっさとこちらへ渡せ」

「絶対に嫌!」


 ウェンフはリーファンを返すことを拒否し、リーファンもフォンジュの下へ行きたくなさそうな顔をしていた。フォンジュは言うことを聞かないウェンフと戻ってこないリーファンにますます腹を立てたのか小さく歯ぎしりをする。

 話を聞いていたユーキは今自分たちがいる場所にウブリャイが言っていたフォンジュの客人がおり、その客人がリーファンを欲していると知ってある疑問を懐く。人里離れた岩山の中で人見知りの激しい客人がリーファンを欲しがるのは変だと感じ、ユーキはその客人が何を考えているのか不思議に思っていた。

 

「素直に渡さないのなら仕方がない。……武闘牛、ガキどもからリーファンを取り返せ!」


 痺れを切らしたフォンジュは周りにいるウブリャイたちに命令し、ウブリャイたちはゆっくりと前に出て武器を手に取る。

 ユーキは前に出た武闘牛のメンバーたちを見るとウェンフとリーファンの前に移動して佩している月下と月影に手をかける。アイカとフィランもそれぞれユーキの右側、左側に移動してウェンフとリーファンの護るように立って得物を抜ける態勢を取る。

 ミスチアは面倒くさそうな顔をしながらウェンフの右隣に移動してウォーアックスを肩に掛け、グラトンはその場を動かずにウブリャイたちを見つめた。


「予想はしてたが、やっぱり戦うことになっちまったな」

「ああ、できることなら争わずに済ませたいと思ってたけど、仕方がない」


 ユーキはそう言って月下と月影を抜刀して戦闘態勢に入り、アイカとフィランも得物を抜いた。

 ウブリャイも持っているハンマーを構え、ベノジアたちも剣やハンドアックスなど自分の武器を構えてユーキたちを見つめる。ベノジアとイーワンはユーキたちを叩きのめせる機会ができて運がいいと思っているのか、どこか楽しそうな顔をしていた。

 広場の中心でユーキたちとフォンジュたちは向かい合い、僅かに緊迫した空気が漂い始める。ウェンフとリーファンは不安そうな表情を、フォンジュはユーキたちを見下すような表情を浮かべながら見守っていた。

 しばらく睨み合った双方は静寂に包まれる中、戦闘を開始しようとする。すると、ユーキたちの後ろにいたグラトンは広場の奥、フォンジュたちの後方を見つめながら鼻をピクピクと動かす。


「ブォ~!」

「どうした、グラトン?」


 突然鳴き声を出すグラトンにユーキは声をかけ、アイカたちも一斉にグラトンに注目する。ユーキたちが注目する中、グラトンは広場の奥を見続け、やがて何かを警戒するように目を鋭くして唸るように鳴き声を出す。

 ユーキたちはグラトンが広場の奥を警戒していることに気付くと一斉に広場の奥を見る。ユーキたちと向かい合っていたウブリャイたちもつられて広場の奥を見た。

 奥には更に先へ進むための洞穴があり、そこから僅かに気配が感じられ、ユーキたちは警戒心を強くした。その直後、洞穴の奥から下位ベーゼのインファが十体とルフリフが六体飛び出す。更にインファたちに続いて中位ベーゼのフェグッターが二体現れ、一斉にユーキたちに向かっていく。


「あれは、ベーゼ!?」

「どうしてベーゼがこんな所に!?」


 ユーキとアイカは突然現れたベーゼの集団に驚きを隠せず声を上げる。フィランは無表情のまま、ミスチアは軽く目を見開いて驚いており、他の全員は突然現れたベーゼに愕然としていた。


「いったい、どうなってるんだよ……」


 状況が理解できないユーキは表情を僅かに歪めながら呟いた。


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