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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第七十四話  村の平和なひと時


 鳥のさえずりが聞こえる真昼、雲が少し多めの空の下でベンロン村の住人たちは仕事をしている。ユーキたちも村に滞在させてもらってるお礼にと村人たちの仕事を手伝っていた。

 男性は畑を耕したり村の外を見張ったりなどしており、女性は炊事や洗濯、家畜に与える藁を運んだりしている。

 村人たちの中にアイカたちの姿があり、アイカは洗濯、フィランは藁運び、ミスチアは畑仕事を手伝っていた。

 ユーキたちがベンロン村に滞在してから今日で三日が経ち、ユーキたちはすっかり村での生活に慣れていた。最初は大変に感じられた村の仕事も今では問題無く熟せるようになっている。

 村の中央にある広場では女性たちが馬の餌である藁を小さな束にし、バラバラにならないように紐でしっかりと結び、結び終えると女性たちはそれを倉庫や厩に運んで行く。ベンロン村では村人同士が協力し合って生活するため、家族でない者たちも一緒に村全体の洗濯や料理などを熟すことになっているのだ。

 フィランは女性が束ねた藁を両手で一つずつ持ち、厩の方へと運ぶ。作業をしている間、フィランは無表情のまま一切喋らずに仕事をしていた。


「凄いわねあの子……」

「ホント、小さいのに大きな藁の束を楽々と運んじゃうし、嫌そうな顔もせずにこっちの言ったことを素直に聞いちゃうんだもの……」


 フィランと一緒に藁を運ぶ三十代後半ぐらいの二人の女性は黙々と働くフィランの姿を見ながら感心する。この三日間、フィランは村人たちの仕事を文句一つ言わずに手伝った。

 最初は人形のように無表情なフィランは村人たちは不気味に思っていたが、仕事を手伝う姿を見ている内にフィランは真面目な性格で少しコミュニケーションを取るのが下手な子だと考えるようになり、今は不気味がらずに普通に接すようにしていた。

 藁を厩に運んだフィランは真っすぐ広場の中央に戻ってくる。フィランは女性が束ねて置いておいた藁を一つ担ぐと今度は倉庫の方へ運んで行く。運ぶ際、フィランは女性たちの目の前を通過した。


「フィランちゃん」


 女性が前を通りがかったフィランに声をかけるとフィランは立ち止まり、藁を担いだまま呼び止めた女性の方を向いた。


「……ん?」

「大丈夫かい? あまり無理をしちゃダメだよ?」

「……問題無い。この程度の仕事、モンスターやベーゼとの戦いと比べたらとても楽」

「そうかい? フィランちゃんがそう言うのならいいんだけど、あまり無茶をして倒れたりしたら大変だから、いいところで休憩しないとダメだよ」


 笑いながら休憩を取ることも大事だと語る女性をフィランは無表情のまま見上げる。表情こそ変わっていないが、心の中では村の人間でなく、勝手に滞在させてもらっている自分を気遣う女性たちの優しさに少し驚いていた。

 しばらく女性を見つめたフィランは再び前を向き、藁を担ぎなおすと軽く俯いて口を開く。


「……分かった。もう少しやったら休む」


 フィランはそう言うと倉庫に向かって歩き出す。返事を聞いた女性たちはまるで可愛い娘を見守る母親のような表情を浮かべ、離れているフィランの後ろ姿を見ていた。

 村の南東にある畑ではミスチアが畑仕事をする男性たちの手伝いをしている。ミスチアはアイカやフィランよりも力があるため、畑で採れた野菜を運ぶという力仕事を任されていた。

 畑仕事をしているのはミスチア以外は全員男性で、男性の中で作業することに抵抗を感じているのかミスチアは若干不満そうな様子を見せている。しかし、村に滞在させてもらっているため、文句を言うことなく仕事を手伝った。


「いやぁお嬢さん、アンタ本当に力があるねぇ」

「ど、どうもですわ……」


 畑で野菜の収穫をする初老の男性がミスチアを見て感心し、ミスチアは野菜の入った小さめの籠を持ちながら苦笑いを浮かべる。近くで同じように畑仕事をしている他の男性やハーフエルフ、ウェアウフルのような亜人たちもミスチアを見ながら笑みを浮かべていた。


「お嬢さんは美人だし、メルディエズ学園の生徒で強いからなぁ。是非この村に嫁いで来てもらいたいよ」

「確かになぁ。もし嫁いで来てくれるのなら、うちの息子の嫁になってもらいたいぜ」

「何言ってるんだよ。アンタの息子はもう三十過ぎてるし、嫁さんはいるじゃないか」

「おお、そうだったな」


 村人たちは楽しそうに笑いながら会話をしており、それを見たミスチアは苦笑いを浮かべながら背を向けて野菜を運ぶ。しかし、自分の顔が村人たちから見えなくなると一瞬で不満そうな表情を浮かべた。


「なぁ~んでわたくしがあんなジジイや親父と一緒に働かなくちゃいけねぇんですの? どうせ働くのなら若くでカッコいい男の子と一緒に働きたいですわよ!」


 ミスチアは村人たちに聞こえないくらい小さな声で文句を言いながら野菜を運ぶ。畑から少し離れた位置には収穫した野菜を入れておく小さな木製の荷車があり、ミスチアはそこに野菜を入れると再び畑へと戻っていく。この時のミスチアの顔は既に作り笑顔に戻っていた。

 畑に戻ったミスチアは新たに収穫された野菜を籠に入れ、再び荷車に戻ろうとする。そんな時、偶然畑仕事をする村人たちの会話が耳に入ってきた。


「しかし、村の若い者たちはいつもどってくるんだろうなぁ」

「ああ、借金を返す期間を延ばすために殆どがフォンジュ殿の所に行っちまったが、一向に戻ってくる気配が無い」


 会話を聞いたミスチアは立ち止まり、目を僅かに鋭くしながら会話に耳を傾けた。


「確か、連れていかれた若者たちは借金の返済を早く返せるよう、フォンジュ殿の下で働かされてるんだったか?」

「ああ。だけど、もうすぐ借金は全額返せるから近いうちに帰ってくるはずだ」

「そうか……みんな元気にしてるんだろかなぁ?連れていかれた若者の中には俺の甥っ子もいたんだが……」

「俺も娘を連れていかれちまったよ。早く会いたいぜ……」


 初老の男性とハーフエルフが寂しそうな表情を浮かべながら空を見上げ、他の村人たちも同じような顔をしながら俯いたりしていた。しかし、暗くなっていても若者たちが帰ってくるわけではないので、村人たちは気持ちを切り替えて畑仕事を再開する。会話を聞き終えたミスチアは野菜を荷車に運ぶために歩き出した。


(ベンロン村からは大勢の若い村人がフォンジュのところへ行ったと聞きましたが、わたくしたちが思っていた以上の人数が連れていかれたみたいですわねぇ……それにしても)


 歩きながらミスチアは村人たちが話していた内容を思い出し、その中で気掛かりなっている点について考える。


(フォンジュのところへ行った方々は働かされ、その働いた分は借金の返済に充てられているはずですのに、どうしてフォンジュは何度もベンロン村に借金の取り立てに来るんですの? 大勢の若い村人が働いているのなら既に借金を全額返済できているはずですのに……)


 ミスチアは心の中でフォンジュが何度もベンロン村を訪れていることに疑問を懐いた。

 フォンジュは借金の返済期間を延ばすためにベンロン村の若者を連れ帰り、連れ帰る若者たちには借金を返すために働かせると村人たちに説明している。返済期間を伸ばしてもらい、連れて行かれた若者が働いているのなら借金もすぐに返せるだろうと村長のバンホウを始め、村人のほぼ全員がそう考えていた。

 だがフォンジュは何度も村を訪れてバンホウに借金を返すよう要求し、借金が返せなければ若者を連れて行って期間を延ばすという行為を繰り返している。フォンジュの行動には矛盾があるとミスチアは感じていた。


(……あのオヤジ、何か良からぬことを企んでいるのかもしれませんわね)


 フォンジュは別の目的があってベンロン村の若者たちを連れて行っているかもしれないと考えるミスチアは僅かに目を鋭くし、ユーキたちにも話しておいた方がいいかもと思いながら野菜を荷車へ運んだ。

 ベンロン村の北西にある民家の前では三十代後半ぐらいのハーフエルフの女性がベッドのシーツと思われる白い大きな洗濯物を細い木製の物干し台に干しており、その近くでは別の女性たちが同じように服などを干していた。

 女ハーフエルフが手元にある洗濯物を全て干すと、後ろを向いて離れた所にある井戸を見る。その近くではアイカが二人の別の女性と一緒に木製タライの中の洗濯物を洗っていた。濡れないようにするためかアイカは制服の上着を脱ぎ、下のシャツも腕まくっている。


「アイカちゃん、そっちが終わったらこっちを手伝ってくれる~?」

「ハ、ハイ、分かりました」


 アイカは女ハーフエルフに返事をするとタライに視線を戻して作業を再開する。タライの中にある服を洗濯板に擦り付けて汚れを落とし、近くにいる女性たちは一生懸命洗濯をするアイカを見て微笑みを浮かべていた。

 普段はメルディエズ学園で働く職員が洗濯をしてくれるため、生徒が自分たちで洗濯をすることは殆ど無い。アイカも最近は自分で洗濯などしてなかったため、最初に洗濯を手伝った時は苦戦していたが今では楽に洗えるようになっていた。


「アイカちゃん、無理しなくてもいいのよ? 疲れたなら遠慮なく言ってね」

「いえ、大丈夫です。まだまだいけます」


 気遣う女性たちに笑いながら返事をしたアイカは洗い終えた洗濯物を隣に置いてある籠の中に入れ、洗濯物を干している女性たちの下へ向かう。愚痴などを一切こぼさずに働くアイカを見て女性たちは感心した。


「凄いわねぇ、たった三日であそこまで上手くなるなんて」

「ホントだねぇ。メルディエズ学園の生徒は洗濯や食事の用意を学園の人にやってもらうらしいから、最初は出来ないだろうって思ってたけど……」

「きっと凄く真面目で一度教わったことはすぐに覚えちゃうんだよ。もしかすると、小さい頃にお母さんから洗濯を教わっていたからすぐに覚えられたのかも」

「成る程ねぇ」


 女性たちはアイカを見ながら納得したような表情を浮かべる。そんな視線を気付いていないアイカは自分が運んだ洗濯物を女ハーフエルフたちと一緒に笑いながら干した。

 アイカは洗ったシーツを広げ、力強く振って水を払い落とすと物干し台の空いている場所にシーツを干す。シーツを干すと別の洗濯物を取り、同じように水を払い落としてから干していった。


「すっかり板に付いたね。アイカちゃん、アンタ家事の才能があるよ」

「ありがとうございます」

「これならきっといいお嫁さんになるよ」

「お、お嫁さん!?」


 女ハーフエルフの方を見ながらアイカは目を見開き、同時に顔を赤く染める。それを見た女ハーフエルフや他の女性たちは楽しそうに笑う。


「アハハハ、ゴメンよ。……でも、そんな風に反応するってことは、誰か気になる男の子でもいるのかい?」

「えっ!? え、えっと……」


 アイカは女ハーフエルフの問いに答えることができず、赤くしたまま小さく俯く。それを見た女ハーフエルフはからかいすぎたと思ったのか、他の女性たちの方を向いて苦笑いを浮かべた。


「ゴメンゴメン、赤の他人が軽々しく訊くようなことじゃなかったね」

「い、いえ、そんなことは……」

「いいよいいよ、忘れとくれ」


 女ハーフエルフはアイカの肩に軽く手を置きながら笑い、アイカは若干複雑そうな顔をする。だが心の中では答える必要が無くなったことに安心していた。

 世間話を終えたアイカたちは再び洗濯物を干し始める。すると、後ろの方から子供が騒ぐ声が聞こえ、アイカたちは一斉に声がした方を向く。視線の先にはグラトンと村の幼い子供たちの姿があった。

 グラトンは座りながら大きく口を開けて欠伸をしており、その周りでは子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。子供の中にはグラトンの出腹にもたれたり、背中に飛び乗ったり、尻尾にぶら下がったりなどして遊んでいる子がいた。


「あの子たち、今日もグラトンと遊んでいますね」

「ああ、子供たちもあのヒポラングのことがすっかり気に入ったみたいだよ」


 アイカは洗濯をする手を止めると子供たちを見ながら微笑みを浮かべ、隣で女ハーフエルフも嬉しそうな笑みを浮かべてた。

 三日前まで村人たちはモンスターであるグラトンのことを警戒していたが、メルディエズ学園の生徒であるユーキたちが連れているモンスターであり、ユーキから大丈夫だと言われたため、とりあえず様子を見ることにした。

 村人たちは子供の身を案じ、グラトンに近づかないよう子供たちに注意した。子供たちもモンスターであるグラトンを怖がって近づこうとしなかった。

 だが中にはグラトンに興味を懐いて近づこうとする子供たちもおり、そんな子供たちに村人たちは困り果ててしまう。そんな中、一人の子供が村人たちの目を盗んでグラトンに近づいてその大きな体に触れた。

 グラトンは近づいて来た子供に顔を近づけて匂いを嗅ぎ始め、子供はそんなグラトンの反応を可愛く思ったのか笑いながら抱きつく。その様子と遠くから見ていた別の子供たちもグラトンに近づいても大丈夫だと知って次々とグラトンに接するようになっていった。

 気付かないうちに子供たちがグラトンに近づいていたことに気付いた村人、特に子供たちの親は驚いていたが、グラトンが子供たちを襲わず、子供たちもグラトンに心を許しているのを見て、村人たちもグラトンは本当に大人しいモンスターだと悟り、その日から完全に警戒を解いた。

 モンスターテイマーなどの調教を受けていないモンスターが子供に近づき、じゃれ合っているなど普通ではあり得ないことだ。しかし、グラトンは通常のモンスターよりも知能が高いため、調教を受けなくても子供と接することができた。


「今では村の子の全員がグラトンに懐いています。グラトンも子供たちのことが気に入ったみたいです」

「そうだね。……別れる時にあの子たちが駄々をこねなきゃいいけど」


 女ハーフエルフはユーキたちがメルディエズ学園に戻る時のことを想像して僅かに表情を曇らせる。

 ユーキたちがメルディエズ学園に戻るということは当然グラトンも学園に戻るということになる。既にグラトンに懐いてしまった子供たちがグラトンが帰る時に泣いたりするのではないかと女ハーフエルフは不安になっていた。

 アイカも子供たちが泣く姿を想像して僅かに複雑そうな顔をする。そんなアイカを見た女ハーフエルフは軽く息を吐いてから笑みを浮かべてアイカの方を見た。


「まっ、あの子たちが駄々をこねたらその時はあたしらが説得するさ。今は思いっきり楽しませてやろう」

「……そうですね」


 今は何も言わずに楽しませようという女ハーフエルフの考えに賛同したアイカは小さく笑って頷き、自分も平和な時間をのんびり過ごそうと思った。


「そう言えば、ユーキは何処にいるのですか? さっきから姿が見えませんが……」


 アイカは洗濯を始めた時からユーキを見ていないことに気付いて周囲を見回す。遠くにはフィランとミスチアが仕事をしているの姿があるがユーキの姿は何処にも無かった。


「ああぁ、ユーキ君ならとっくに仕事を終わらせてウェンフちゃんに剣を教えに行ったよ」

「えっ? もう仕事を終わらせたのですか?」

「アンタたちは明日には帰っちまうんだろう? だから今日中に教えられることは全部教えられるよう仕事を早めに終わらせたみたいだよ」

「そ、そうだったのですか……」


 自分が気付かないうちに仕事を終わらせ、既にウェンフに剣の教えていると聞かされたアイカは軽く目を見開いて驚いた。

 ユーキは剣を教えると決めた日から稽古を始め、この三日間、厳しくウェンフに剣を教えてきた。勿論、ユーキもアイカたちと同じようにベンロン村の仕事をちゃんと手伝い、仕事が終わってから剣を教えている。


「しっかし、あの子は凄いねぇ。村の仕事を手伝った後にウェンフちゃんに剣を教えてなんて、とても小さな男の子にできることじゃないよ。大人の体力を持ってるみたいだ」

「そ、そうですね……」


 女ハーフエルフの言葉にアイカは思わず苦笑いを浮かべる。この時のアイカはユーキの正体に気付いたのではと感じ、僅かに冷や汗を掻いた。

 ベンロン村の北には複数の民家が建っており、中央には子供が遊べるくらいの小さな広場がある。そこにはユーキとウェンフの姿があり、二人は60cmぐらいの木の棒を持って剣の稽古をしていた。二人がいる広場は小さいが静かなため、稽古をするにはもってこいの場所だった。

 既に長い時間稽古をしているのか、ウェンフは大量の汗を流しており、腕や手には無数の擦り傷が付いている。ユーキも気合いを入れているからか制服の上着を脱ぎ、腰に巻いてウェンフの相手をしていた。

 ウェンフは木の棒を両手でしっかり握り、正面に立つユーキに袈裟切りや横切りなどで連続で攻撃し、ユーキはその攻撃を自分の木の棒で全て防ぐ。ユーキはウェンフと違い、右手だけで木の棒を持っており、楽々とウェンフの攻撃を防いでいた。


「攻撃が全然重くないぞ。最初にも言ったけど、剣は腕だけじゃなくて体も使って振るんだ。そうすれば切っ先が定まるし、重い攻撃を放つことができる」

「ハイッ!」


 返事をしたウェンフは言われたとおりに剣を振る。すると、ウェンフの攻撃に少し重さが出てきたのか、ユーキは攻撃を防ぎながら小さく笑った。

 しばらく攻撃を防ぐとユーキは木の棒を強く握り、素早くウェンフの木の棒を払い上げた。木の棒を払われたウェンフは僅かに体勢を崩し、その隙にユーキはウェンフの懐に張り込んで左脇腹を木の棒で殴打する。

 脇腹の痛みにウェンフは僅かに表情を歪めながら尻餅をつく。ユーキは座り込むウェンフの喉元に木の棒を突き付け、ウェンフは目を見開きながらユーキを見上げる。


「今のが真剣だったらお前は脇腹から斬られていたぞ? 仮に運よく助かったとしても今の攻撃で喉物を貫かれてお終いだ」

「う、うう……」

「常に相手の攻撃や反撃を警戒してすぐに対処できるようにしろって言っただろう?」

「す、すみません……」


 警戒を怠っていたことを指摘されたウェンフは軽く俯きながら謝罪する。ユーキは座り込むウェンフをしばらく見つめると小さく笑って左手を差し出した。


「でも、攻撃しながらすぐに剣の振り方を変えられたのはよかった。次は攻撃だけじゃなくって防御や回避することも忘れるなよ?」

「……ハ、ハイ!」

「よし、もう一度やろう」


 ウェンフはユーキの手を掴むと彼の力を借りて立ち上がり、再び両手で木の棒を握って構える。ユーキもウェンフから少し距離を取って構え直し、二人は稽古を再開した。

 その後、しばらく稽古を続けたユーキとウェンフは休憩を取るために近くにある木箱に座り、隣り合って革製の水袋の入っている水を飲んだ。


「大分よくなったよ。今のお前なら不良程度なら簡単に倒せるはずだ」

「本当ですか?」

「ああ、もう少し鍛えれば下級モンスターと戦えるくらい強くなれると思う」


 ユーキに褒められたウェンフは嬉しさのあまり笑みを浮かべ、持っている水袋の水を一気に飲む。そんなウェンフを見ながらユーキも小さく笑った。

 最初は自分の厳しい稽古について来れないと思っていたが、ウェンフは今日まで弱音を一切吐くことなく稽古を受け、僅か三日で普通に戦えるだけの技術を体得した。ユーキはウェンフの物覚えの良さに驚き、同時に彼女には剣の才能があるのではと感じる。


「ユーキ先生、次は何をするんですか? また剣の打ち合いですか?」


 もっと強くなりたいと思っているウェンフは少し興奮した様子で次に何をするのか尋ねてくる。ユーキはそんなウェンフに少し驚きながら上半身を少し後ろに反らした。


「お、落ち着きなよ。もう少し休憩してから再開しよう」

「でもでも、明日には先生たちは帰っちゃうんでしょう? 時間が無いんだから少しでも強くなれるよう早く稽古をしないと……」


 ユーキから剣を教えてもらえる時間が限られているため、ウェンフは早く稽古をつけてほしいと急かしてくる。

 ウェンフがリーファンのために強くなりたいことはユーキも知っているため、早く稽古をつけてほしいという気持ちは理解できた。しかし、時間が無いからと言ってしっかり休憩を取らずに稽古をしようという焦りはよく思っていない。


「ウェンフ、気持ちは分かるけど休むことも大切だ。体を休めずに無理に稽古を続けて大怪我でもしたらそれこそ稽古を続けることができなくなる。俺の爺ちゃんも稽古は厳しかったけど、休める時にはちゃんと休めって言ってたし」

「で、でも……」

「師匠として言う、ちゃんと休め」


 師匠という言葉を出されたウェンフは口を閉じる。弟子である以上、師匠の命令には逆らってはならないとウェンフも理解しているようだ。

 ウェンフは若干納得できないような顔をしながら水を飲み、それを見たユーキはウェンフがちゃんと休憩を取ることを決めたと知って「よし」と小さく頷く。


「ここまでの稽古で何か訊きたいことはあるか?」

「訊きたいこと、ですか?」

「ああ、気になることがあるなら何でも質問していいよ」


 ユーキはそう言うと水を飲み、ウェンフは難しい顔をしながら訊きたいことを考える。訊きたいことは沢山あるが最初にどれを聞けばいいのかウェンフ自身よく分からなかった。


「それじゃあ、稽古に直接関係あることじゃないんですけど……ユーキ先生はどうして剣を覚えようと思ったんですか?」


 質問の内容に少し驚いたのかユーキは小さく反応する。てっきり稽古で分からないことを訊いてくると思っていたが、ユーキがなぜ剣術を学んだのか訊かれたので意外に思っていた。


「俺が剣を覚えた理由?」

「ハイ、やっぱり強くなりたいからですか?」

「そうだな……確かに強くなりたいって言うのもあったけど、誰かを護る力が欲しいっていうのもあったかな」

「誰かを護る力?」


 ウェンフが不思議そうに訊き返すとユーキは持っている水袋を置いて空を見上げる。その表情は何かを懐かしんでいるような顔だった。


「俺は物心つく前から爺ちゃんに育ててもらったんだ。その爺ちゃんがルナパレス新陰流の師範で、小さい頃に爺ちゃんが弟子たちに剣を教えてる姿を見て、俺も爺ちゃんみたいに強くなりたいって思ったんだ」

「ええぇ! じゃあ先生はそんなに小さい頃から剣を教えてもらってたんですか?」

「ん? ……あ、ああぁ、まぁな」


 ユーキは小さく苦笑いを浮かべながら頷き、ウェンフは幼いユーキが今よりも幼い時に剣術を教わったと聞いて驚き、目を大きく見開いた。

 うっかり転生前の生活について話してしまったユーキは正体がバレないよう慎重に会話をしようと自分に言い聞かせ、改めて自分が剣術を覚えようとした理由について語る。


「爺ちゃんみたいに強くなって、いつか爺ちゃんの後を継ごうって俺は思ってた。だけど、それだけじゃなくて、その剣でいつか自分より弱い人や育ててくれた爺ちゃんを護りたいって思ったから剣を覚えたんだ」

「そうだったんですね……」

「もっとも、その爺ちゃんも少し前に病気で死んじゃったけどな」

「え?」


 目を閉じながら語るユーキを見てウェンフは反応する。ユーキに辛いことを思い出させてしまったのではと感じたウェンフは僅かに表情を曇らせた。


「ごめんなさい」

「ん? 何で謝るんだよ?」

「だって、亡くなったお爺さんの話をさせちゃって……」


 知らなかったとは言え、亡くなった家族の話をさせてしまったことにウェンフは罪悪感を感じる。ユーキはウェンフがなぜ暗い顔をしているのか察し、軽く息を吐いてからウェンフの肩に手を置いた。


「そんな顔するなよ。俺が自分から爺ちゃんが死んだことを話したんだ、お前は何も気にすることは無いよ」

「で、でも……」

「いいんだよ」


 ユーキは笑いながら気にしなくていいと語り、ウェンフは優しく笑うユーキの顔を見て不思議な気分になる。まるで自分よりも年上の男性に慰められているような感覚になっていた。

 ウェンフはユーキの顔を見て少しだけ気分が楽になったのか落ち着いた様子で小さく微笑む。ユーキもウェンフの反応を見てニッと笑みを浮かべる。


「他に何か訊きたいことはあるか?」

「え、え~っと、それじゃあ……」


 気持ちを切り替えてウェンフは小さく俯く。今度は稽古を受けている時に分からなかったことを訊くことにし、どんな質問をするか考えた。

 ウェンフは難しい顔をしながら考える。すると、そこにアイカが少し慌てた様子で走って来た。


「ユーキ、此処にいたのね」

「アイカ、どうしたんだ?」


 アイカを見ながらユーキは不思議そうな顔をし、質問を考えていたウェンフも顔を上げて同じような顔でアイカを見た。


「村長の家に来て。またフォンジュが来たの」

「何だって?」

「!!」


 訊き返すユーキの隣でウェンフが大きく目を見開いて驚く。自分の義理の姉を連れ去った男がベンロン村に来たと聞かされたのだから当然だ。

 驚くウェンフの隣ではユーキが面倒くさそうな顔で溜め息を付く。またあの性格の悪い男がベンロン村に来ていると思うと溜め息を付かずにいられなかった。


「また来たのかよ、あのおっさん。……で? 今日は何しに来たの?」

「それが、借金の取り立てに来たみたいなの」

「はあ? どういうことだ? 三日前に村の若い人たちを引き渡して返済期間を延ばしてもらったはずだろう」


 取り立てに来るのがあまりにも早すぎることにユーキは驚いて木箱から下りる。若い女性を二人も連れて行ったのに僅か三日しか猶予が与えられていないと聞けばベンロン村の人間でないユーキでも納得できない。


「分からないわ。とにかく一緒に村長の家まで来て、村長の奥さんが不安だから一緒に話を聞いてほしいって頼んで来たの」

「……分かった。ウェンフ、悪いが稽古は中断だ」

「ユーキ先生、私も行きます!」


 ユーキとアイカがバンホウの家は向かおうとするとウェンフも木箱から下り、真剣な表情を浮かべながら同行すると進言する。ユーキはウェンフの顔をしばらく見つめると静かに首を縦に振った。


「分かった、行こう」


 同行をを許可したユーキは走ってバンホウの家へと向かい、アイカとウェンフもその後に続いて走り出した。


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