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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第七十三話  深夜の接触


 太陽が完全に沈み、静かな夜が訪れる。涼しげな風が吹き、風音しか聞こえない夜は何処か不気味さが感じられた。

 ベンロン村も村人の殆どが眠りについて静寂に包まれており、起きているのは村の外を見張る数人だけだった。村の中に明かりは無く、月明かりだけが村を照らしている。そんな静かな村の中にある一軒の民家でユーキたちは休んでいた。

 その民家は元々空き家でベンロン村を訪れた旅人が寝泊まりするための場所だった。ユーキたちは村に滞在する間、その空き家を使わせてもらうことになったのだ。

 旅人のために用意された場所であるためかベッドは四つ用意されてあり、アイカ、フィラン、ミスチア、ウェンフがベッドを一つずつ使って静かに眠っている。

 アイカたちメルディエズ学園の女子生徒たちはモンスターや盗賊がベンロン村に夜襲を仕掛けてきた時に備え、枕元に得物を置いたり得物を握ったまま休んでいる。三人とも落ち着いた表情を浮かべながら眠っていた。

 一方でウェンフは疲れたような顔をしながら眠っている。ウェンフは昼間にユーキから剣を教わっており、その時にかなり疲れたのかベッドに入るとすぐに眠りについた。

 アイカたちが寝ている部屋とは別の部屋ではユーキが床に藁を敷き、毛布で身を包みながら眠っている。空き家にはベッドが四つしかなかったため、ユーキはアイカたちにベッドを譲って床で寝ることにした。更に女子と同じ部屋で寝ることもできないので別室で寝ることにしたのだ。

 ユーキが別室で寝ることを決めた際、ミスチアは児童であるユーキが同じ部屋で寝ることを問題無いと思っていたため一緒に休もうと誘い、その時に同じベッドで寝ないかと悪戯っぽい笑みを浮かべながら言ってきたがユーキは丁重に断った。

 体は児童でも中身は十八歳であるため、歳の近い女性と同じ部屋で、ましてや一緒のベッドで寝ることには流石に抵抗があったようだ。しかもその時、アイカから鋭い視線を向けられており、その視線に小さな恐怖を感じていたユーキは一緒に寝ようとは言えなかった。


「……う~ん」


 ユーキは小さな声を漏らしながらゆっくりと目を開ける。視界には空き家の天井が入り、周りには小さな椅子や机が置かれてあった。

 しばらく天井を見ていたユーキはゆっくりと起き上がり、肩や背中を擦りながら表情を歪める。


「藁を敷いてるとは言え、やっぱり床で寝ると体が痛いなぁ。このまま朝まで寝たら寝違えちまう……」


 体と床の間に藁があるとは言え、床の硬さを感じているせいで眠れないユーキはどうすればいいか考える。

 明日になったらバンホウにもう一つベッドを用意してほしいと頼む手もあるが、個人的な事情でベンロン村にいさせてもらっているのに更にベッドを用意してくれと頼むのは図々しいのではとユーキは感じていた。何よりもベッド無しで今夜をどうやって過ごすかを考えなくてはならない。


「……仕方ないな。近くの倉庫に行ってもう少し藁を持って来るか」


 ユーキは立ち上がり、下に敷く藁を持って来るために外へ出ていく。念のために月下を腰に差し、外に出る際もアイカたちが起きないよう静かに歩いた。

 静かなベンロン村の中を歩いてユーキは空き家から少し離れた所にある倉庫へと入っていく。そこは藁を溜め込んでおくための倉庫で誰でも自由に出入りすることができため、ユーキも勝手に入ることができた。因みにユーキが寝る時に下に敷いていた藁もその倉庫から持ってきた物だ。

 倉庫の中にある藁を集めたユーキは藁の束を担ぎながら外に出て空き家へ戻っていく。戻る間、ユーキは歩きながらウェンフのことを考えていた。


「今日の特訓であの子は基本的な構えや刀の振り方を一通り覚えたな。明日には動き方や防御の仕方を教えるか」

「何だか教えることを楽しんでるみたいね?」


 何処からか女性の声が聞こえ、ユーキは思わず立ち止まる。それと同時に鐘が鳴るような音が響いて周りの風景が白黒になり、時の流れも止まった。

 ユーキは藁を担いだまま冷静に見回す。普通は周囲が白黒になって時間が止まれば驚くがユーキは以前に同じ体験をしているので驚いたりせず、落ち着いて周囲を確認した。すると、右側にある小さな木箱の上に座っている美女が視界に入る。ユーキを転生させた天命の女神、フェスティだ。

 フェスティは木箱に座りながら紅茶の入ったティーカップを持っており、ユーキと目が合うと笑いながらティーカップを持っていない方の手を振った。


「ハァ~イ。ユーキ君、お久しぶり♪」

「フェスティさん、どうしたんですか急に?」


 数ヶ月ぶりに再会した女神に対してユーキは笑顔などは見せず、落ち着いて尋ねる。そんなユーキの反応が面白くないのかフェスティは若干不満そうな反応を見せた。


「あら、久しぶりに再会したのにつれないわねぇ? もっと満面の笑みを浮かべたり、感激しながら抱きついて来てもいいのよ?」

「そんな漫画やアニメみたいなことするわけないでしょう。と言うか子供扱いしないでくださいよ」

「子供でしょう?」


 ニコッと笑いながらフェスティはユーキの体を指差す。今のユーキは児童の体をしているため、フェスティの言っていることは間違いではない。ユーキはフェスティの言葉を反応して目元をピクッと動かした。


「見た目は子供ですけど、中身は十八歳です。子供じゃありませんよ」

「私から見れば八十歳の老人も子供みたいなものだけどね」


 楽しそうに語ったフェスティは静かに紅茶を飲み、ユーキはフェスティを見ながら軽く溜め息を付く。口ではこの女神ひとには敵わないかもしれない、ユーキは心の中でそう思っていた。


「話は戻しますけど、今日はどうしたんですか?」


 ユーキは気持ちを切り替えてフェスティに自分の前に現れた理由を尋ねる。モルキンの町で再会して以来現れなかったフェスティが再び自分の前に現れたため、何か事情があるのではとユーキは思っていた。

 フェスティはティーカップを口から離すと座っている木箱の上に置いてユーキを見つめ、微笑みを浮かべながら口を開く。


「最近貴方とお話ししてないから久しぶりに会ってみようかなって思っただけ」


 笑うフェスティを見てユーキは思わず目を丸くする。深い事情があると思っていたのにただ会いたかったから言われて一気に気が抜けてしまった。


「え、え~っと……それだけですか?」

「ええ」


 頷くフェスティを見たユーキは深い溜め息をつきながら首を落とす。フェスティはユーキの反応を見ると不思議そうにまばたきをした。


「もぉ~、突然現れるから何かこの世界に関わる重要な話をするのかと思ってビックリしたじゃないですか」

「あら、どうしてビックリするの? 女神である私はこの世界の住人に力を与えたり、直接助けてあげることはできないのよ? なら、私が貴方の前に現れる理由は様子を見たり世間話をする以外無いじゃない」

「う……た、確かに」


 以前フェスティから聞かされた話を思い出したユーキは僅かに表情を歪める。転生させられた者としてちゃんと覚えておかないといけない話なのに忘れていたことをユーキは恥ずかしく思っていた。

 ユーキの反応を見たフェスティはクスクスと笑い、笑われたユーキは若干頬を赤くしながらフェスティを見た。


「それにしても驚いたわ。まさか貴方が弟子を取るだなんて」


 フェスティは笑ったまま突然ウェンフのことを話し始める。女神であるフェスティはユーキがいる異世界を見守ることが仕事であるため、ユーキがウェンフを弟子にしたことを知ってもおかしくない。

 ユーキは表情を戻してフェスティを見つめ、フェスティは足を組んで少しだけ上半身を前に乗り出す。


「どうしてあの子を弟子にしようって思ったの? 家族同然のリーファンちゃんを助けたいって言ったから?」

「……ええ、アイカたちにも話したんですけど、俺は家族のためって言うのに弱いんで」

「貴方は家族と言うもの大切に思っているからね。……それで? あの子はリーファンちゃんを助けられるくらい強くなるのかしら?」


 ウェンフがどれほど成長するのかフェスティが尋ねるとユーキはフェスティの問いにすぐには答えず、目を閉じて考え込んだ。しばらく考えるとユーキは目を開けてフェスティの方を向いた。


「正直、まだ分かりません。教える期間が三日しかないって言うのもありますし、あの子に剣の才能があるのかどうかもまだ分からないです」

「最初の特訓で構えや剣の振り方とかはある程度覚えんでしょう? 呑み込みはいい方なんじゃないかしら」

「確かに覚えはいいです。でも、三日で俺が教えられることは限られてますし、それでリーファンさんを助けられるほどの技術を得られるかどうか……」

「でも貴方は少しでもウェンフちゃんがリーファンちゃんを助けられるように強くしたいと思っているのでしょう? そうじゃないと最初からスパルタで教えるなんてい言わないわ」


 フェスティは組んでいる足の上で頬杖を突きながらユーキを見つめる。ユーキは自分の考えを見抜いているフェスティを見て「流石だ」と言いたそうに笑うが、すぐに真剣な表情を浮かべて口を動かす。


「それでも、リーファンさんを助けられるほど強くなるかは微妙です」

「そうねぇ、せめて貴方から教わるルナパレス新陰流以外に何か特別な力があればいいんだけどね」

「特別な力?」


 ユーキはフェスティの言葉に反応し、彼女を見つめながら訊き返す。フェスティは夜空を見上げながら何かを考え込むような顔をしており、顔を下ろすと再び笑顔を浮かべてユーキを見つめた。


「そう、魔法とか一部の生き物しか得られないような特殊能力とか」

「……フェスティさん、もしかして貴女、ウェンフにその特別な力を与えようとしてませんか?」


 どこか楽しそうな態度で語るフェスティをユーキはジト目で見つめながら尋ねた。

 異世界の管理をするフェスティは異世界に直接関わったり、異世界の住人に力を与えることは禁じられている。自分でそう言ったはずなのにフェスティがウェンフを強くするために力を与えるのではとユーキは疑いの気持ちを僅かに懐いていた。


「ウフフフ、大丈夫よ。いくら私でも自分で言った神様の掟を破るようなことはしないわ。私にできるのは世界を見守ったり、ユーキ君のような転生者にアドバイスをすることぐらい。その世界で起きる問題はその世界の人たちで解決しないといけないわ」


 いつも楽しそうに笑って神様らしくない素振りを見せるフェスティもちゃんとルールは守るのだと改めて知ったユーキは納得したような顔をする。だがその反面、困っているウェンフを助けることができないと知って残念に思っていた。


「何にせよ、ウェンフちゃんが特別な力を持ってない以上、ユーキ君がしっかり剣を教えてあの子をできるだけ強くしてあげるしかないわ」

「分かってます。そのためにも明日もビシバシとウェンフを鍛えるつもりです」

「ウフフ、そう。……だけど、相手はまだ十四歳の女の子なんだから、あまり厳しくしすぎちゃダメよ?」

「それじゃあ、あの子を強くすることはできませんよ。少しでもウェンフを強くするため、俺は手を抜かずに鍛えます。それに三日で教えられることを教えるから厳しくいくぞってウェンフにも言ってありますし」

「そう言えばそんなことも言ってたわねぇ……確か貴方もお爺さんからそうやって鍛えられてたんだっけ?」

「ハイ」


 ユーキはフェスティを見ながら小さく頷く。ウェンフがリーファンを助けられるようユーキは心を鬼にして鍛えようと思っていた。

 強くしてほしいと頼まれた以上は中途半端なやり方はできない。頼まれたからには全力で教えられることは教えてウェンフを強くする、それが自分のやるべきことであり責任だとユーキは感じていた。


「じゃあ、しっかり面倒を見てあげなさい? 最後まで師匠らしく、ね」

「勿論です」


 ユーキの顔を見たフェスティは頼もしく思ったのか小さく笑みを浮かべた。


「さて、それじゃあ私はそろそろ帰るわ。ユーキ君、これからも頑張ってね」

「ハイ」

「ああ、それから、暇な時はまた会いに来るからその時はまた色々お話を聞かせてね。……じゃあね♪」


 最後に満面の笑みを浮かべ、フェスティは手を振りながら消える。同時に鐘のような音が響き、周囲の色も戻り、時も動き始めた。

 元に戻るとユーキは簡単に周りを確認してからフェスティが座っていた木箱に視線を向け、フェスティが去り際に言った言葉を思い出す。


「……神様って、暇な時があるんだな」


 フェスティの意外な情報を知ったユーキは複雑そうな表情を浮かべて呟く。

 改めてフェスティが女神らしくない女神だと感じながらユーキは眠りにつくため、藁を担ぎながら空き家に向かって歩き出す。


――――――


 ベンロン村の南東にある荒野、その更に南東にある岩山のふもとを一台の荷馬車が移動している。静かな夜のふもとで荷馬車が移動する時に発せられる音はよく響いていた。

 荷馬車の御者席にはフォンジュの警護を務めていたB級冒険者チーム、武闘牛のメンバーであるラーフォンが座っており、荷馬車の周りにはリーダーであるウブリャイや他のメンバーが荷馬車の移動速度に合わせて歩いている。ウブリャイたちは荷馬車の警護をしているのか周囲を見回しながら移動した。


「もうそろそろ目的地だ。最後まで気を抜くんじゃねぇぞ?」


 ウブリャイは仲間たちの方を見ながら忠告し、仲間たちはウブリャイの方を見ながら小さく頷く。

 今ウブリャイたちがいる場所は岩や石が多くあり、少し離れた所に小さめの森がある。その森はモンスターや凶暴な獣が飛び出してきそうな不気味な雰囲気を漂わせていた。


「だけどよぉ、ボス。本当にモンスターや獣とかが襲ってくるんスか? この岩山にはモンスターや獣はもう棲みついてねぇって聞いたんスけど……」


 荷馬車の左側を歩く短髪の男が反対側を歩くウブリャイに問いかけた。

 武闘牛のメンバーも今いる岩山でモンスターが食べる食料が減っていることや荒野からモンスターが出て来ているという情報を得ている。そのため、短髪の男も岩山にはモンスターや獣がおらず、遭遇することは無いのではと思っていた。

 短髪の男の言葉を聞いたウブリャイはチラッと男の方を向き、僅かに表情を険しくする。


「モンスターたちの食いモンが少なくなったってだけでモンスターたちがいなくなったわけじゃねぇ。信憑性のねぇ話を信じるじゃねぇ、ベノジア」

「へぇ~い」


 ベノジアと呼ばれた短髪の男は笑いながら返事をする。その様子を見たラーファンや荷馬車の後ろを歩くウェアウルフは何処か呆れたような顔をしていた。


「食いモンが減ったことでモンスターや獣どもは食いモンが減る以前よりも気性が荒くなっているはずだ。今こうしている間も遠くにある森や岩の物陰から俺らを狙っているかもしれねぇ。何度も言うが、油断するんじゃねぇぞ」

「分かったよ、ボス」


 再度忠告するウブリャイを見ながらラーフォンは返事をする。それから武闘牛はより周囲を警戒しながらふもとの奥へ向かって移動した。


「なぁ、ボス。訊いてもいいか?」

「何だ、イーワン」


 ウブリャイは前を見ながら返事をし、イーワンと呼ばれたウェアウルフはウブリャイを見ながら難しい顔をする。


「俺らがフォンジュの旦那に雇われてからもうすぐ一ヶ月になる。旦那の警護を始め、色々な仕事を与えてもらってるし、報酬の額もいい。旦那にはスゲェ感謝してるつもりだ」

「ああ、俺もだ」

「だけどよ、この仕事だけはどう考えても意味が分からねぇんだ」


 イーワンはそう言うと荷馬車の荷台に視線を向ける。

 荷台にはフォンジュがベンロン村から連れてきた浅緑色の三つ編みヘアーをした女エルフ、茶色い短髪のショートボブヘアの少女が座っていた。他にも十代半ばくらいの黄朽葉色の長髪をしたレオパドンの少女も座っており、三人は困惑した表情を浮かべている。


「この“若い人間や亜人をこの岩山のふもとにある洞穴に連れていく”って言う仕事って何か重要な意味があるのか? これまでは気にせずに何度も引き受けてきたけどよぉ……」


 イーワンが視線を女性たちからウブリャイに視線を戻して尋ねると、ウブリャイはイーワンの方を見ずに前を向いたまま歩き続けた。


「俺も詳しくは知らねぇが、フォンジュの旦那の話によるとふもとにある洞穴には旦那の知り合いが住んでいるらしい」

「こんなモンスターたちが棲みついている危険な岩山にか?」

「らしいぞ? なんでもその知り合いは町や村などに住むことを嫌ってるらしく、多少危険でも人の少ない場所で暮らしたがってるらしい」

「何だよそれ、気持ちわりぃ奴だな」


 フォンジュの知り合いを変人だと感じたイーワンは僅かに表情を歪ませる。話を聞いていたベノジアもイーワンと同じ気持ちなのか表情を僅かに歪めた。


「それで? その変人がいる洞穴に若い子を連れて行く理由ってのは何なんだい?」


 ラーフォンは荷台の女性たちを見ながら知り合いの下に連れて行く理由を尋ねる。これから向かう先にフォンジュに知り合いがおり、その人が変だということは分かったが、一番に気なっている若者を連れて行く理由はまだ説明されていないので改めてウブリャイに訊いてみた。


「その変人の知り合い、大勢が集まる場所にはいたくねぇが、一人でいることも嫌がってるらしい。だから話し相手や使用人になる若い奴を送ってほしいと旦那に頼んできたそうだ」

「なんスかそれ!? 考えていることが滅茶苦茶じゃないっスか」


 若者を岩山に連れて行く理由を聞いたベノジアは思わず声に力を入れる。ラーフォンとイーワンも驚いたのか目を軽く見開いていた。

 騒がしく、人が大勢いる場所にはいたくないのに孤独も避けたいという矛盾した考え方を聞けばベノジアたちが驚くのも無理はない。ウブリャイもフォンジュから話を聞かされた時には同じように驚いた。


「旦那の知り合いっていったい何を考えてるんスかねぇ? いっぺん詳しく話を聞いてみますか?」

「余計なことは考えるな。俺らはただ指示されたとおりに仕事をすりゃいい」


 ウブリャイは詮索しようとするベノジアを止め、ベノジアを若干つまらなそうな表情を浮かべた。

 依頼主が自分から打ち明けない限り、依頼主の周囲や私情のことを必要以上に尋ねたり、詮索することは許されない。ウブリャイも冒険者としてそのことは理解しているため、フォンジュの知り合いのことを無理に聞いたり詮索しようとは思わなかった。

 そもそも、ウブリャイにはフォンジュの知り合いが何を考えているのか興味は無く、とやかく言う気もない。だからこれまで何度も若者を岩山へ連れて行く仕事を受けても深く追及などせず、言われたとおりに仕事をしてきたのだ。


「……もうそろそろ目的地だ。余計なことを考えるのはやめて仕事に集中しろ」

「りょ~かい」

「あいよ」

「おう」


 返事をした三人は女性たちを洞穴に運ぶことに集中し、ウブリャイも気持ちを切り替えて洞穴へと向かうことだけを考える。それからしばらく移動して、武闘牛は目的地である洞穴へ辿り着た。

 穴は大きく、荷馬車に乗ったままでも問題無く奥へ進むことができるほどの大きさだった。武闘牛は恐怖を感じたりすることなく洞穴へ入っていく。

 洞穴の中は暗く、荷馬車を動かすラーフォン以外の三人は松明で明かりを確保する。僅かな明かりだけを頼りに長い一本道を進んでいくと武闘牛は広い場所に出た。

 そこは高校の体育館二つ分の広さはある丸い広場で天井には大きな穴が開いていた。その穴からは夜空を見上げることができ、そこから月明かりが差し込んでいる。

 広場の中央には祭壇のような平らな石の台、奥には更に先へ進むための穴がある。武闘牛は石の台へと近づき、台の前までくると荷馬車を停めて荷台の乗っている女性たちを降ろして台の上に乗せた。


「お前らはこの台の上で大人しくしてろ。しばらくすりゃあ、フォンジュの旦那の知り合いが迎えに来るはずだ」

「あの、私たちはこれからどうなるのですか?」


 三つ編みの女エルフが不安そうな顔でウブリャイに尋ねると、ウブリャイはつまらなそうな顔をしながら女エルフを見る。


「そんなこと俺らが知るわけねぇだろう。俺らはただ旦那からお前らを此処へ連れて行けって言われただけだ」

「わ、私たち、借金を返すためにフォンジュ殿の下で働くのだと聞かされたのですが……」

「だから、知らねぇって言ってるだろう。お前らがそう聞かされてるなら、そうなんじゃねぇのか?」


 ハッキリとした答えを聞けない女エルフは更に不安を感じて暗くなる。一緒にいたショートボブヘアの女性とレオパレスの少女も同じように暗い顔をしていた。

 三人を見てウブリャイは更に面倒そうな顔をする。フォンジュに女性たちを連れて行くよう言われただけのウブリャイには女性たちから何を訊かれても納得させられる答えを出すことができなかった。


「とにかく、お前らは此処で待ってろ。俺らは仕事が済んだんだ、これで失礼するぞ」


 そう言うとウブリャイは荷馬車の荷台に乗り込み、ベノジアとイーワンもそれに続いて荷台に乗る。三人が乗ったのを確認したラーフォンは荷馬車を動かし、来た道を戻って広場を後にした。残された女性たちは台の上に立ったまま去っていく武闘牛を見つめる。

 武闘牛が去り、残された女性たちは不安になりながらフォンジュの知り合いが来るのを待つ。天井の穴から聞こえてくる風の音は広場に不気味さを漂わせ、それを感じ取った女性たちは更に不安を大きくした。

 少しでも不安が小さくなればと女性たちは石の台の上でくっつきながら周囲を見回す。すると、奥にある穴から不気味な音が聞こえ、女性たちは緊迫した表情を浮かべながら穴の方を見た。


「な、何? 今の音?」

「し、知らないわよ」


 不気味で静かな場所に残された恐怖から女エルフとレオパレスの少女は体を震わせる。女性も二人の後ろに隠れるように立って涙目になっていた。

 三人が注目していると薄っすらと穴の奥に赤い二つの目と大きな口が見え、それを見た女性たちは穴の奥に何かいることを知って更に恐怖した。


「……今日は雌が三匹か。気が利いているな」


 穴の奥から低い男の声が聞こえ、声を聞いた女性たちは恐怖に耐えられなくなったのか石の台から下りて来た時に通った穴に向かって走り出す。

 逃げようとする三人を見て、穴の奥にいる何かは目を赤く光らせ、低い声を出しながら息を吐く。


「逃げるなっ、虫けらどもぉ!」


 怒号を上げながらその何かは穴から勢いよく飛び出して背を向けて逃げる女性たちに迫る。女性たちは必死で走るがあっという間に追いつかれてしまい、大きな両手で捕らえられてしまった。

 女エルフと女性は右手で、レオパレスの少女は左手でガッシリと掴まれており、女性たちは涙目になりながら自分たちを捕まえた存在を目にする。

 目の前にいるのは身長350cmほどの巨大な茶色い人型の怪物で触角の無いコオロギのような頭部を持ち、後方に反って伸びる二本の太い角、赤く大きな鋭い目と内側に細かく無数の牙を生やした大きな昆虫のような口を持っていた。足は少し短めだが腕は太く、肩や前腕部、下腿部には無数の小さな棘のある濃い茶色の甲殻のような外皮が付いている。更に黒いハーフアーマーのような鎧も装備しており、明らかに普通のモンスターとは違う雰囲気を出していた。

 今まで見たことの無く、言葉を喋ることができる怪物に女性たちは震えることしかできなかった。怪物は怖がる女性たちを見ると楽しそうな笑みを浮かべる。


「恐ろしいか? ハハハハッ。安心しろ、すぐに恐怖は感じなくなる」


 そう言うと怪物は大きく口を開けて捕らえた女性たちを口に近づける。女性たちは口を開ける怪物を見て、ようやく自分たちが怪物のエサになろうとしていることに気付いた。


「嫌ぁーっ! 助けて、誰か助けてぇ!!」

「やめて、放してぇ!!」

「死にたくない! 私、死にたくないーっ!!」


 女性たちは泣きながら足をばたつかせたり、自分たちを掴んでいる怪物の手を叩いて逃げようとするが怪物は気にすることなく女性たちを頭部から口の中に入れる。そして、三人の頭部が口の中に入った瞬間に怪物は頭部を食い千切った。

 食い千切るのと同時に地面に大量の血が飛び散り、女性たちの体も糸の切れた人形のように動かなくなる。怪物はそのまま食事を続け、静かな広場には不気味な骨を噛み砕く音が響いた。


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