第六話 入学試験
バウダリーの町は夕日でオレンジ色に染まっていた。住民たちは殆どが帰路についたり、自宅に戻ったりなどしている。酒を飲むために酒場に向かう冒険者などもおり、町の中は徐々に静かになっていく。
町の中にはメルディエズ学園の生徒も何人かおり、学園に戻るために西門を通過していた。メルディエズ学園は全寮制となっており、生徒たちは学園の敷地内に建てられている学生寮で暮らしている。
メルディエズ学園の生徒は多いため、学生寮は全ての生徒が暮らせるように大きめに造られている。勿論、男子寮と女子寮は分かれており、各生徒は異性の寮に入ることはできない。もし異性の寮に入れば重い罰が下り、最悪退学になってしまうため、生徒たち、特に男子生徒たちは女子寮には近づかないようにしている。
外出していた生徒たちは次々と学生寮の中に入っていく。学生寮の隣にはメルディエズ学園の本校舎が建っており、生徒たちはそこで勉学に励んだり、戦いの訓練などを受けているのだ。
「本気なのですか、学園長?」
本校舎にある学園長室、その中から少し力の入った男の声が聞こえてくる。学園長室の中には四人の人影があり、一人は学園長であるガロデスで自分の席についていた。他の三人はメルディエズ学園の教師らしく、白い手袋をして濃い灰色のローブのような服を着ている。
三人の教師の内、一人は灰色の短髪で痩せ気味の三十代後半ぐらいの男性教師、二人目は茶色い短髪で小太りの四十代半ばくらいの男性教師、最後の一人は薄い紫色のポニーテールで二十代後半ぐらいの若い女性教師だった。全員が真剣な表情を浮かべて座っているガロデスを見ている。
「十歳の子供に試験を受けさせるなど、学園創立以来初めてのことですよ?」
「勿論、分かっています。ですが、彼にはこの学園に入学するだけの実力があります」
若干興奮気味の小太りの男性教師を見ながらガロデスは冷静に答える。どうやら彼らはユーキに入学試験を受けさせることについて話し合っているようだ。
ガロデスはメルディエズ学園の入学資格を持っていないユーキが入学試験を受けられるようにするため、教師の中から入学試験の管理を任されている教師たちを集め、自分を助けてくれたユーキに試験を受けさせることを伝えた。
勿論、呼び出された教師たちはガロデスの話を聞いて驚き、本気で児童に試験を受けさせるのか確認していたのだ
「いくら学園長を盗賊から救ったとは言え、そのユーキ・ルナパレスとか言う子供はまだ幼すぎます。試験を受けても合格するとは思えません」
「私も同感です、学園長。合格が難しい試験を受けさせては逆にその子が可哀そうではないでしょうか? 仮に合格して入学したとしても、この学園の授業について行けるかどうか……」
小太りの男性教師の考えに女性教師が賛同し、ユーキに試験を受けさせることに反対する。もう一人の痩せ気味の教師は目を閉じたまま黙って二人の話を聞いていた。
メルディエズ学園の規則に反していること以外にも、十歳の児童には理解できない難しいことを教えて精神的に追い込んでしまってはいけないというユーキを心配する気持ちから小太りの男性教師と女性教師は反対していたのだ。
教師たちの話を聞いたガロデスは小さく俯きながら黙り込む。確かに普通の児童にはメルディエズ学園の授業や訓練は厳しいだろうとガロデスは思っていた。しかし、自分が推薦するユーキは普通の児童とは違い、強い精神力と力を持っているため、問題無いと考えている。
「……確かに普通の子供では無理でしょう。しかし、彼は強い意志と剣の腕を持っています。彼であれば他の生徒と同じように学園でもやっていけるはずです」
「お言葉ですが、それは学園長ご自身の判断であり、その子供に本当にそれだけの能力があるとは断言できません」
「皆さんが納得できないのは承知しています。だからこそ、ユーキ君に入学試験を受けてもらい、学園でやっていけるかを皆さんに判断してもらいたいのです。彼の試験結果を見れば皆さんも入学させて良いか決められるでしょう」
「で、ですが……」
「無論、私の恩人だからと言って試験の内容を甘くしたり、合格点に達していなくても合格にすると言ったことはなさらず、普通の生徒として試験を受けさせてください。その方が皆さんも彼の実力を判断しやすいでしょうから」
厳しく判断してくれてもいいというガロデスの言葉に小太りの男性教師は口を閉じる。恩人だから無条件で入学させてほしいと言ってくれば流石に反対していたが、普通に試験を受けさせると言われれば何も言い返せなかった。
小太りの男性教師が複雑そうな顔でガロデスを見ている隣では女性教師が同じような表情を浮かべている。ガロデスは黙り込む二人を無言で見つめながら教師たちが何か言うのを待っていた。
「……オースト先生、貴方はどう思われますか?」
女性教師が黙っている痩せ気味の男性教師の方を向いて意見を訊く。すると、オーストと呼ばれた男性教師はゆっくりと目を開けてガロデスの方を向いた。
「学園長、そのユーキ・ルナパレスという子供は本当に我が学園に相応しい存在なのですか?」
「先程もお話ししたように、それは皆さんが試験を受けている彼の姿と試験結果を見て判断してください。少なくとも、私はユーキ君が学園に入るのに相応しい存在だと思っています」
低い声を出しながら確認するオーストを見ながらガロデスは自分の気持ちを伝える。まだ少ししかユーキと接していないが、盗賊と戦えるほどの剣の腕と精神力、自分で物事を決められる判断力、ガロデスは児童とは思えないほどの存在であるユーキを自分が管理する学園に入学させたいと強く思っていた。
オーストは真剣な表情を浮かべるガロデスをしばらく見つめると周りには聞こえないくらい静かに息を吐いた。
「……では、もし成績が酷く、相応しくないと判断したら容赦なく不合格にしても構いませんね?」
小太りの男性教師と女性教師はオーストの言葉を聞いて目を見開き、ガロデスはオーストの問いに頷く。今のオーストの言葉はユーキに入学試験を受けさせることを意味していた。
オーストはガロデスが頷くのを見ると振り返って小太りの男性教師と女性教師の方を向いた。
「私はユーキ・ルナパレスという子供に入学試験を受けさせてもよいと思います」
「オ、オースト先生、本気ですか?」
小太りの男性教師はオーストの言葉に思わず訊き返し、女性教師も驚きながらオーストを見ている。オーストは目の前で驚く二人を見ながら真剣な顔で自分の考えを語り出す。
「学園長がここまで仰るのですから、直接見てから判断するのが一番でしょう。年齢が十歳であること以外は入学試験を受ける条件は全て揃っています」
「それはそうですが、本当によろしいのですか? 明日の試験には他にも大勢の少年や少女が参加します。中には貴族出身の者もいますし、その中に十歳の子供が混ざって試験を受ければ変な噂が流れる可能性も……」
「たった一人の子供が試験を受けた程度で噂など流れたりしません。それにくだらない噂が流れた程度でこの学園の信頼には影響は出ません」
メルディエズ学園の信頼を気にする小太りの男性教師にオーストは冷静に問題は無いことを伝え、小太りの男性教師は言い返せなくなると口を閉じて黙り込む。
「し、しかし、入学できたとしても、歳の離れた他の生徒たちと上手くやっていけるかどうか、それに入学後に支払う学費の方が……」
小太りの男性教師に続いて女性教師が入学後の生活や学費について語り出すと、オーストは視線を女性教師の方を向けた。
「例え歳が離れていようが、入学するだけの実力を持っていれば他の生徒とも交流を持てるはずです。学費は入学直後でなくても、入学中に依頼を受け、その依頼で得た報酬から学費を払うことができます。学園を去るまでに学費を払えば問題はありません。そうですね? 学園長」
「ハイ」
オーストの確認にガロデスは小さく頷く。学費については既にガロデスがユーキに伝えてあり、生徒たちとの交流もユーキなら大丈夫だとガロデスか考えていた。
メルディエズ学園での扱い、学費、交流となどは全て問題無いとガロデスとオーストは判断し、小太りの男性教師と女性教師はユーキが試験を受けることに賛成する二人を見て、大丈夫なのだろうか、と心配しそうな顔をする。
「ユーキ・ルナパレスが学園長の仰るとおり、優れた存在であるのなら優秀な戦士に育つはずです。それを確かめるためにも試験を受けさせたほうがよいと私は思っています」
「た、確かのそうですが……」
「もし、試験に合格できなかった場合はユーキ・ルナパレスもその程度の存在だったと判断すればいいだけのことです」
オーストの言葉に小太りの男性教師と女性教師は考え込む。オーストの言うとおり、ユーキが試験に合格してメルディエズ学園に入学すれば、優れた戦士になってくれるかもしれない。幼いからと言って試験を受けさせずに無視するのは愚かな行動だと考えられる。
ガロデスの恩人だからと言って特別扱いせず、他の受験者と同じように扱って良いのであれば、一度試験を受けさせて本当に才能があるかどうか確かめるのが一番かもしれないと二人も感じ始めていた。
しばらく考えこんだ小太りの男性教師と女性教師はお互いの顔を見た後にガロデスとオーストの方を向く。
「分かりました。学園長の仰るとおり、ユーキ・ルナパレスに試験を受けさせて優秀な存在かどうか判断しましょう」
「ありがとうございます」
小太りの男性教師がユーキに試験を受けさせることを承諾すると、ガロデスは頭を下げて礼を言う。オーストは小太りの男性教師の答えを聞き、賢明な判断だと言いたそうな顔をしている。
「ですが、試験の結果が酷すぎた場合はオースト先生が仰ったように、学園には縁が無かったと判断し、不合格とさせていただきます」
「ええ、勿論です」
ガロデスが頷くと小太りの男性教師は小さく溜め息をつき、女性教師も疲れたような表情を浮かべる。一人の児童を試験に参加させるかどうかを話し合っただけなのに二人は疲労感を感じていた。
「では、急いでユーキ・ルナパレスが試験を受けられるよう準備をしましょう」
ユーキに入学試験を受けさせることが決まると、入学試験を担当する教師たちは学園長室を後にする。既に夕方になっているため、オーストたちは急いで試験の準備を取り掛かった。
――――――
翌日、バウダリーの町の西門前には大勢の人の姿があった。殆どが十代半ばの少年少女で西門を潜り、メルディエズ学園へと向かっている。その全てがメルディエズ学園の入学試験を受けるために来た受験者たちだ。
受験者の中には安い服を着た平民や高級感のある服を着た貴族などが色々な人間がいる。メルディエズ学園の入学試験は服装が決まっていないらしく、全員が異なる服装をしており、中には剣は槍を持ち歩いている者もいた。そして、そんな受験者たちの中にユーキの姿があり、西門の前に立っている。
「ハァ、遂にこの時が来ちゃったか……」
西門を見上げながらユーキは不安そうな表情を浮かべる。原因は入学試験で行われる学科試験に対する自信の無さにあった。
アイカと別れた後、ユーキは試験勉強をするために図書館に向かった。その途中、図書館で見た本の内容などを記録できるよう羽ペンなどの筆記用具を購入し、図書館に到着するとガロデスから教えてもらった試験範囲が記された本や巻物を見つけ、図書館が閉館するまで必死に勉強したのだ。
しかし、一日しか時間がなかったため、ほんの少ししか覚えることができなかった。
「今日も試験が始まるまで図書館に行ってギリギリまで勉強したけど、それでも殆ど覚えられずに中途半端な状態になっちゃったよ。ハァ~、不安だ……」
学科試験で高い点数を取る自信が無いユーキは深く溜め息を付く。しかし、いくら落ち込んでも学科試験が無くなる訳でもないので、ユーキは覚悟を決め、試験会場があるメルディエズ学園へと向かって歩き出した。
バウダリーの町とメルディエズ学園の間には広くて長めの一本道があり、道の左右には無数の木が道に沿って植えられている。試験を受ける少年少女たちは木や手入れされている道を見たり、ともに試験を受ける仲間同士で喋りながら歩いていた。
ユーキは受験者たちの中を真っすぐ歩いている。周りの者たちは入学試験を受ける自分たちの中に児童が一人、腰に変わった剣を二本差しながら歩いているのを見て、不思議そうな顔をしていた。
(昨日、町の中を歩いていた時もそうだったけど、皆こっちをジロシロ見てるなぁ。そんなに十歳児が一人で歩くのが珍しいのか?)
周りの視線を気にしながらユーキはメルディエズ学園へ続く道を歩き続ける。注目されるのが嫌なのか、少しだけ歩く速度を上げた。
一本道を歩き、ユーキはメルディエズ学園の正門前までやって来た。正門の奥には赤茶色の屋根をした石レンガ作りの大きな校舎があり、その奥にも同じ石レンガで造られた建物が幾つも建っている。そして、校舎や建物を囲む塀も石レンガで出来ており、正門の横には異世界の文字で「メルディエズ学園」と書かれた看板が掛けてあった。
ユーキが校舎や塀を見ていると、後から来た受験者たちは次々と正門を潜っていき、それを見たユーキも受験生たちの後に続いてメルディエズ学園に入る。
敷地内に入ると最初にユーキたちを歓迎したのは大きな中庭だった。広い中庭の中央には噴水があり、その周りには噴水を囲むように四つのベンチが置かれてある。他にも多くの植木や花壇があり、美しい中庭を見たユーキは生徒たちがリラックスする場所なのだと感じながら中庭の中を歩いて行く。
ユーキや受験者たちが中庭の奥にある校舎の前まで来ると、入口前には白いテーブルクロスを掛けた長方形の机が幾つもあり、そこには若い女性たちが座っている。
先に来ていた受験者たちは机を挟んで女性たちから何かを指示されており、机の上で何かを書いている。それを見たユーキは試験を受けるための受付だと気付き、校舎の入口前へと向かう。
受付には大勢の受験者が並んでおり、自分の番が来るのを待っていた。ユーキも列も一つに並んで自分の番を待つ。その間、前と後ろにいる受験者、隣の列に並んでいる受験者からチラチラと見られており、ユーキは早く自分の番が来てほしいと願った。
しばらく待っているとようやくユーキの番が回って来てユーキはホッとしながら前に出る。受付には眼鏡をかけた若い女性が座っており、受験者を歓迎するためか笑顔を浮かべていた。
「メルディエズ学園へようこそ。早速ですが、入学試験を受けていただくために幾つか……あら?」
笑顔を浮かべていた女性はユーキの姿を見ると笑顔を消して目を丸くする。今まで見てきた受験者と比べて幼く、背の小さい児童が目の前にいるため呆然としていた。
女性はまばたきをしながらしばらくユーキの顔を見ていたが、我に返ると軽く咳をしてから改めてユーキを見つめる。
「ボク、こんな所でどうしたの?」
「どうしたのって、入学試験を受けに来たんですけど?」
子供を相手にするような口調で語り掛けてきた女性にユーキは僅かに不機嫌そうな顔をしながら答える。中身は十八歳でも体は十歳の児童なので女性の口調も仕方がないと分かってはいるが、やはり子ども扱いされるとカチンと来てしまう。
ユーキが受験を受けると言うのを聞いて女性は目を見開き、ユーキの後ろにいた少年やその後ろに並んでいる少女も驚きの反応を見せ、周りにいる受験者も何人かが驚いていた。
「おい、あの子、入学試験を受けるって言ってるぞ?」
「本当かよ? まだ十歳ぐらいの子供じゃねぇか」
「もしかして、ごっこ遊びか何かで列に並んじゃったんじゃないのかな?」
あちこちから受験者たちのひそひそ話が聞こえ、受験者たちの反応を見たユーキは目を細くした。
「あ、あのね、ボク? 此処はメルディエズ学園の生徒になる人たちが試験を受ける場所で、遊ぶ場所じゃないのよ?」
ユーキの発言に驚いていた女性は苦笑いを浮かべながら声を掛けてくる。完全にユーキを遊びで列に並んでいた子供と勘違いしているようだ。
女性の態度を見たユーキは自分のことがメルディエズ学園側に伝わっていないのかと思ったが、名前を言っていないから分からないのでは考えた。
「俺、ユーキ・ルナパレスと言います。今日の試験に参加することになってるんですけど……」
「ユーキ君ね? ……あのね、君はまだ此処の試験を受けられる歳じゃないから――」
「おい!」
ユーキと女性が話していると、女性の背後から男の声が聞こえ、ユーキと女性は声のした方を向く。そこにはメルディエズ学園の教師であるオーストの姿があり、ユーキを見ながら目を鋭くしていた。
「……そこの少年、ユーキ・ルナパレスと言うのか?」
「へ? ええ、そうですが……」
オーストを見ながらユーキが頷くと、ユーキは鋭い視線のまま受付の女性の方を向く。オーストと目が合った女性はその表情に驚いて小さくビクついた。
「ユーキ・ルナパレスという十歳ぐらいの子供が来たら、その子は学園長の推薦を受けた子だからしっかりと対応しろと受付開始前にいたはずだが?」
「え? 受付開始前……ああっ!」
女性はオーストの言葉を聞いて目を大きく見開く。入学試験の受付が始める直前、確かに受付担当の者たちはオーストからユーキ・ルナパレスという児童のことを聞かされていた。それを思い出した女性は一気に青ざめてユーキの方を向く。
「た、大変失礼しました!」
頭を下げて謝罪する女性を見てユーキは目を丸くし、ユーキの後ろに並んでいた受験者たちや周りにいる者たちも呆然としている。オーストは説明を忘れていた女性を見て呆れたような表情を浮かべていた。
女性は慌ててユーキに入学試験の説明を始め、ユーキは女性の説明を受けながら目の前の羊皮紙に必要なことを記入し始め、そんなユーキをオーストは無言で見つめている。
(この子が学園長の言っていたユーキ・ルナパレス、まさか本当に十歳ほどの児童だったとは……本当にこんな子供に学園に入れるだけの実力があるのか?)
前日にガロデスから聞かされていたことを思い出しながら、オーストはユーキが本当に優れた剣士なのか考える。しかし、まだ入学試験は始まっていないため、もう少し様子を見てから判断することにした。
受付で必要なことを記入し終えたユーキは女性に教えられた試験会場へ移動する。その場にいたオーストは試験会場へ歩いて行くユーキの姿を腕を組みながら見送った。
――――――
受付が全て終わると受験者たちは校舎の一階にある複数の試験会場の内、自分が試験を受ける場所へ移動して席につく。入学試験が始まると担当の試験官である教師たちから入学試験の内容を説明された。
入学試験は初めに学科試験を受け、それが終わった後に実技試験に移り、全てが終わった後に採点され、その日の内に結果が出ることになっている。
結果が出ると、不合格者はそのまま学園を去り、合格者は試験官から今後の説明をされた後に帰宅できることになっているようだ。説明を聞いたユーキは転生前の世界と違ってその日に試験の結果が出ることに驚いた。
各試験会場で説明が終わると、試験官は受験者たちに学科試験の問題が書かれた羊皮紙を配っていき、開始時間が来ると受験者たちは一斉に問題を解いていく。ユーキも問題を解き始めるが、予想どおり問題の殆どがユーキの分からないものばかりだった。
理解できない問題を目にしたユーキは目を丸くした。幾つか図書館で勉強した時に理解したものもあるが数える程度しかなく、ユーキは苦々しい顔をしながら分かる問題を解いて行く。
時間が経ち、学科試験が終わると試験官は羊皮紙を回収していき、試験の一つが終わったことで受験者たちは安どの表情を浮かべる。そんな中でユーキは机に倒れ込みながら溜め息を付く。彼の反応から、学科試験の結果が最悪だったのは言うまでもなかった。
学科試験が終わると、次の実技試験が始まるまで受験者たちは試験会場や中庭で休憩する。ユーキも気分転換をするために中庭に出た。
「……ハァ、分かってはいたけど、やっぱり問題が理解できないって言うのは辛いなぁ」
噴水前のベンチに座りながらユーキは学科試験の結果が酷かったことに落ち込む。試験勉強の時間が少なかったから仕方がないとはいえ、殆ど問題が解けなかったことは元高校生であるユーキにそれなりにショックだったようだ。
どうせなら入学試験の一週間ぐらい前に転生したかった、ユーキは空を見上げながらそう思う。しかし、今更そんなことを考えてもどうすることもできないため、実技試験で良い成績を出すしかないとユーキは考えた。
「学科試験の成績が悪い以上、実技試験は上位の成績を出さないと合格は難しいはずだからな。しっかりやらねぇと……」
ユーキは実技試験を頑張ろうと気持ちを切り替えて立ち上がる。すると、校舎の方から試験官である男性教師が出て来て、中庭にいる受験者たちに向かって大きな声を出す。
「皆さん! まもなく実技試験が開始します。全員、大訓練場へ移動してください!」
男性教師の声を聞き、中庭にいた受験者たちは一斉に校舎へと戻っていく。ユーキも遅れてはいけないと早足で校舎へと向かった。
受験者たちは試験官に指示されたとおり、敷地内の北側にある大訓練場へと向かった。そこは高校のグラウンドほどの広さで、大訓練場の隅には休憩するためにベンチや訓練用の木製の武器が保管された倉庫が幾つも置かれてある。他にも攻撃の練習をするための木製人形や的も置かれており、戦闘訓練をするための場所であるという雰囲気を出していた。
実技試験を受ける受験者たちは大訓練場の中で八つの班に分かれ、それぞれ自分の得意とする武器の木製武器を使い、他の受験者と模擬試合をすることになっている。各班には試験官である教師が二人から三人ずつ付き添い、模擬試合の審判をしながら受験者たちの実力を見て、どれ程の点数か決めていくのだ。
既に大勢の受験者たちが同じ受験者と模擬試合を行っており、試験官たちは模擬試合を見ながら持っている羊皮紙に点数などを記入していく。模擬試合に勝利した受験者は笑みを浮かべ、敗北した受験者は悔しがっていた。
「うへぇ~、気合い入ってるなぁ」
ユーキは遠くで行われている模擬試合を見ながら驚きの声を漏らす。受験者たちは合格するために必死なのか、木製武器の攻撃を受けても怯むことなく試合に集中している。
攻撃を受けた箇所、特に肌が露出しているところには青あざができたり、血がにじみ出たりしているが受験者たちは気にしていない。それだけ受験者たちは闘志を燃やして試合をしているのだとユーキは感じていた。
「第七班の三組目、集まれ!」
ユーキが模擬試合を見ていると試験官がユーキとその近くにいる他の受験者たちに向かって大きな声を出す。ユーキは自分の組が呼ばれると試験官の方へ歩き出し、他の受験者もそれについて行く。
試験官に呼ばれたユーキと他の受験者たちは横一列に並び、目の前に立つ三人の試験官を見ていた。受験者はユーキ以外に少年が二人に少女が一人となっており、少年の一人は平民のような安っぽい長袖と長ズボンという格好をしており、もう一人は高級感のある貴族服のような服を着ている。最後の一人である少女も平民のような少年と同じように安っぽい格好をしていた。
ユーキは自分以外の受験者の姿を確認すると視線を動かして試験官である教師たちの方を向く。三人の教師の内、一人は受付でユーキのことを受付の女性に話していたオースト、他の二人は若い男性教師と女性教師だった。実はオーストはユーキの実力を自分の目で確かめるためにユーキの実技試験の担当を志願したのだ。
受付の時に自分を助けた教師が自分の実技担当だと知ってユーキは軽く目を見開く。一方のオーストは噂のユーキを見て目を僅かに細くしている。
オーストはユーキの姿を確認すると前を向き、集まっている受験者たちを見ながら口を開いた。
「私がお前たちの実技試験を担当するオースト・マルコシスだ。先に言っておくが私の採点は厳しい。いい加減な気持ちで試験を行うと容赦なく失格とする」
自分が他の試験官よりも厳しいことをアピールするオーストを見て平民の少年と少女は息を飲む。ユーキは面倒な試験官に当たってしまった、と心の中で嘆いていた。
「ハハハハ。硬いですね、先生? もう少し気楽にやりませんか?」
ユーキたちが気を重くしていると、貴族風の少年が笑いながらオーストに声を掛ける。オーストは少年の方を向くと持っている羊皮紙を見た。
「……お前はロバート・スカスト、スカスト子爵の息子だな」
オーストは貴族風の少年の名前を確認すると、ロバートと呼ばれた少年は自慢げな笑みを浮かべる。ユーキは貴族の息子が同じ組にいると知って意外そうな反応をし、平民の少年と少女は驚きのあまり目を見開いていた。
「ロバート・スカスト、私は受験者が貴族の息子だろうと、採点を甘くするつもりは無い。あまりふざけた態度を取っていると減点するぞ?」
「いやいやいや、それが硬いって言ってるんですよ。試験官が硬くなりすぎると僕ら受験生も全力を出せなくなっちゃいます。ですから、肩の力を抜いて楽にしましょう。ね?」
緊張感の無いロバートをオーストは目を鋭くして見つめる。ユーキや他の試験官はオーストに対して友達と接するような口調で語りかけるロバートを見て呆れ顔になっていた。
オーストはゆっくりとロバートの前までやって来ると険しい表情のまま顔をロバートに近づける。オーストの顔を見たロバートは笑ってはいるが、その迫力に驚いたのか微量の汗を流した。
「もう一度言う。私の採点は厳しい、だから相手が貴族の息子だろうと点数が悪ければ容赦なく失格とする。それはお前も例外ではない……」
「わ、分かってますよ。僕はただ重苦しい空気を和ませようと……」
「だからと言ってさっきのようなふざけた態度を取ってもいい訳ではない。場合によっては実技試験を受ける前に退場になるぞ?」
「うっ……」
「……まさかと思うが、自分がこの試験で不合格になっても、父であるスカスト子爵の権力を使って合格にしてもらおうなどとは思っていないな?」
「!」
ロバートはオーストの言葉を聞いて一瞬驚いたような反応を見せる。どうやらオーストの予想どおり、入学試験に落ちても父親の力を使って自分を合格させてもらうと思っていたようだ。
オーストはロバートの反応を見て図星だと気付くと溜め息を付き、自分の立ち位置へと戻っていく。そして、ユーキたちの方を向いて鋭い視線を向けた。
「いいか、よく覚えておけ。このメルディエズ学園では貴族や平民と言った地位は一切関係無い! 全員が戦士や魔導士になるための教育を受ける生徒だ。全員が同じ扱いをされ、同じ教育を受ける。特別な存在だから他の生徒とは違う扱いをされるなどと考えるな。此処ではそのようなものは一切通用しない!」
叫ぶようにメルディエズ学園の方針を語るオーストを見て平民の少年と少女は感動したような表情を浮かべる。ユーキも貴族の息子を相手に堂々とするオーストを見て、素晴らしい教師だと感じていた。
ユーキたちがオーストの言葉に感心する中、ロバートは自分が注意されたことが気に入らなかったのか、先程までの余裕の笑みを消し、不機嫌そうな顔で俯きながら小さく舌打ちをした。
「ではこれより、実技試験の説明を行う」
話を戻したオーストは実技試験の説明を始め、ユーキたちはオーストの話に耳を傾ける。オーストは持っている羊皮紙を見ながら実技試験の流れを話し始めた。
実技試験は受験者が同じ組の受験者と一度ずつ模擬試合を行う、いわゆる総当たり戦となっており、自分以外の受験者と戦って勝利した数がその受験者の点数となる。
模擬試合は時間制となっており、対戦相手を気絶させるか、降参させるかで勝敗が決まる。もし時間内に相手が気絶、降参しなくても受験者の戦い方や相手に当てた攻撃の数によって審判である試験官がどちらの勝利かを決定することになっているため、必ず勝者は決まるようになっているのだ。
「制限時間内に決着がつかない場合でも勝者は決まり、採点もされる。だが、時間切れで勝利するよりも相手を気絶させて勝利した方が高い得点を得ることができる。だから一度負けたからと言って諦めるようなことはするな」
模擬試合で敗北した受験者も高得点を得るチャンスがあるとオーストは話し、それを聞いたユーキは小さく笑い、平民の少年と少女は自分たちでも合格できるかもしれないと感じて笑った。
「一試合の制限時間は五分となっている。各自、自分の力を全て出して戦うように!」
オーストは最後に全力を出すよう大声で語りかけ、ユーキはオーストを見ながら持っている木剣を強く握った。
「では、早速始める。最初の二人、前へ!」
ユーキたちを見ながらオーストは最初に模擬試合を行う二人に声を掛けた。