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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第五章~東国の獣人~
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第六十四話  シェンタンの町


 ローフェン東国の南西に位置するシェンタンの町。そこはローフェン東国の中でもそれなりに大きな町でラステク王国に向かう者たちが旅の準備などをするために立ち寄る都市だ。そのせいか町には武器屋を始め、雑貨屋や宿屋などが多く存在している。

 どことなく中国風の雰囲気を出す街の中には大勢の住民の姿があり、市場で買い物をしたり街の片隅にある広場でくつろいだりして平和に過ごしている。

 町には人間だけでなく、エルフやドワーフ、獣の耳や尻尾を生やした亜人なども大勢おり、種族の違いなど気にせず普通に触れ合っていた。


「此処がシェンタンの町か」

「流石に人が多いですわねぇ」


 シェンタンの西側にある正門前の広場ではユーキとミスチアが荷馬車の荷台に乗って町を見回している。御者席に座るアイカも初めて訪れた町に少し驚いているのか、軽く目を見開いて周囲を見回ていた。隣に座るフィランは黙って広場の奥を見ている。

 ユーキたちが乗る荷馬車の右側ではグラトンが座り込んでいる。ユーキたちと違って町に興味が無いのか大きく口を開けて欠伸をしていた。

 メルディエズ学園で依頼を受けた後、ユーキたちはベンロン村に向かうためにバウダリーの町を出発する。だが、出発した時は既に昼でローフェン東国の国境を越えた時には周囲は暗くなっていたため、ユーキたちは野営して一夜を過ごした。

 朝になるとユーキたちは簡単な朝食を済ませてすぐに出発するが、ベンロン村と荒野の情報、飲み水など必要な物を得るためにベンロン村の手前にあるシェンタンの町に立ち寄り、現在に至る。


「この町はローフェン東国に存在する町の中でも人口が多く、大勢の旅人が立ち寄るから人も多いみたよ」

「成る程な。此処ならベンロン村や荒野の情報が手に入りそうだ」


 アイカの話を聞いたユーキは広場を見渡し、欲しがっている情報が手に入るだろうと感じる。大勢の住民がいるため、知りたがっている情報以外にも役に立つ情報や知識が得られる可能性があった。


「それで、これからどうするんですの?」


 ミスチアはユーキたちの方を見てこの後の予定について尋ねる。情報を得るにしてもまずはどう動くかをしっかり決める必要があった。


「そうだな……とりあえず、情報を集める班と必要な道具を用意する班に分かれよう。一緒に行動するよりはそっちの方が効率がいいからな」


 二手に分かれるというユーキの提案を聞いたアイカとミスチアは無言で頷く。フィランも反対ではないのか黙ってユーキの方を見ていた。


「情報は俺とアイカが集めてくる。ミスチアとフィランは道具の用意を頼むよ」


 ユーキはそう言うと荷馬車から降り、アイカはフッと反応した後にユーキを見て小さく笑う。まるで自分を指名してくれたことを喜んでいるような顔をしながらアイカも荷馬車を降りた。


「お待ちください。それならわたくしがご同行いたしますわ」


 アイカが笑っていると荷台のミスチアが自分がユーキと一緒に行くと進言し、ミスチアの声を聞いたアイカは笑顔を消してミスチアの方を向いた。


「学園でもお話ししたように、わたくしはローフェン東国に詳しいです。アイカさんはローフェン東国に来たことは無いみたいですし、アイカさんではなくわたくしがご一緒した方が有力な情報を得られると思いますわよ?」

「なっ!」


 自分の方が適任と進言するミスチアにアイカは僅かに表情を歪ませる。ユーキが折角自分を選んでくれたのに強引に自分を連れて行かせようとするミスチアを見て、アイカは僅かに不快感を感じていた。

 笑いながらユーキを見ているミスチアにアイカは一言文句を言おうとする。だが、アイカが喋る前にユーキが先に口を開いた。


「いや、君はフィランと一緒に水や革袋みたいな使えそう物を買って来てくれ。ローフェン東国に詳しい君ならどんな物が丈夫で使い易いかとかが分かるだろう?」


 ユーキは丁寧な口調でミスチアに道具の買い出しを頼み、アイカはミスチアを選ばずに自分を連れて行く考えを変えないユーキを見て不快感が消え、同時に安心する。なぜこんな気持ちになるのか、アイカ自身も分からなかった。


「いえいえ、水や道具なんてどれも同じですわ。わざわざわたくしが選ばなくてもテキトーに選べばいいんですわよ」


 ミスチアは引っ込まず、自分を同行させることを薦め続ける。ローフェン東国の知識が豊富なミスチアに道具を用意してほしいと頼めばミスチアは素直に引き受けてくれると思っていたがミスチアは諦めず、そんなミスチアを見てアイカは軽く目を見開いた。

 ユーキに興味があるミスチアは何としてもユーキと行動を共にしたいらしく、荷台に乗ったままメルディエズ学園で同行を頼んだ時のように顔をユーキに近づけてくる。ユーキはミスチアの迫力に目元をひくつかせながら上半身を後ろに軽く反らす。


「道具なんかよりも、情報収集にわたくしの知識を使った方がずっといいですわ。ですから、道具の用意はアイカさんとフィランさんに任せて、わたくしと一緒に情報を集めに行きましょう」

「え、え~っと……」


 笑みを浮かべるミスチアを見たユーキは思わず目を逸らして頬を指で掻く。そんなユーキを見たアイカはハッとする。このままでは学園にいた時のようにユーキが押し切られてしまうと感じた。


「ユ、ユーキは私と一緒に行くと言っているのですから、私が一緒に行きます。ミスチアさんはフィランと一緒に道具を買いに行ってください」


 ユーキが押し切られる前に何とかしようとアイカがミスチアを止め、止めに入ったアイカを見てユーキは意外そうな顔をする。


「あら? わたくしは一緒に行った方が良い情報を得られると思って同行することを進言しただけですわよ?」

「……本当にそれだけですか? 私は他にもユーキと同行したい理由があるのではと思っているのですが?」


 疑うような目でミスチアを見つめながらアイカは尋ねる。ミスチアも疑われていることを不快に思ったのか僅かに目を細くした。だが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべてアイカを見つめる。


わたくしは別にやましいことは考えていませんわ。ただ、可愛いユーキ君と一緒にお仕事をしたいと思っているだけです」


 笑いながら本音を口にするミスチアにアイカは目元をピクッと動かし、ユーキはミスチアの発言を聞くと僅かに青ざめ、無意識にミスチアから離れる。

 ユーキはエブゲニ砦の依頼の時もミスチアに同じようなことを言われたことを思い出し、改めてミスチアは趣味の悪い子供好きなのではと感じた。

 ミスチアにはユーキを脅かしたり怖がらせるたりする気などは無いのだが、今までのミスチアの言動から考えると警戒されるのは仕方がなかった。


「そ、そんな理由でユーキと同行したいと思っていたのですか?」

「勿論、有力な情報を手に入れるために同行したいという気持ちもありますわ。……と言うか、貴女はどうしてそんなにわたくしがユーキ君と行動することに反対するのです?」

「え? ……そ、それは貴女が強引な薦め方をしてユーキを困らせるから……」

「本当ですの? わたくしはてっきりアイカさんがユーキ君と一緒に行動したいからだと思っていましたが……」


 ミスチアの発言にアイカは頬を赤くする。これ以上ミスチアの発言を許せば色々な意味で面倒な事態になると感じたアイカは強引に話を終わらせることにした。


「フィ、フィラン! とりあえずミスチアさんと一緒に道具を買いに行って! 荷馬車は使っていいから、一時間後にこの広場で落ち合いましょう!」

「……分かった」


 突然声を掛けられたにもかかわらず、フィランは驚いたりせずに静かに返事をして御者席に移動する。

 フィランは手綱を握ると馬に合図を送る。すると馬をゆっくりと歩き出し、荷馬車は街の方へ移動し始めた。


「は? ちょっと待ってください。話はまだ終わってませんわよ?」


 無理矢理話を終わらされたミスチアは当然納得できず、アイカとの話を続けるために荷馬車から降りようとする。だが、フィランは手綱を右手で握りながら左手でミスチアのスカートを掴み、ミスチアが降りるのを妨げた。


「ひゃわぁ!? な、何しやがるんですの!?」

「……貴女は私と一緒に道具を買い揃える。行ってはダメ」

「ま、まだ話の途中ですわ! 放しやがれですわぁ~っ!」


 ミスチアは何とか荷馬車から降りようとするがフィランがスカートを掴んでいるため、降りられない。ミスチアの力ならフィランの手を振り解くことは簡単だが、力づくで振り解こうとすればスカートが脱げてしまう可能性があったため、力を入れることができなかった。

 戦場にいる時であればスカートが脱げようが、服が破れて肌をさらけ出すことになろうがミスチアは気にしない。だが戦闘中でない時、特に大勢の人がいる町中では恥ずかしい姿を見られるのは避けたいと思っているようだ。

 ミスチアは荷台に乗りながら騒ぎ、少しずつその姿は小さくなっていく。アイカはその姿を黙って見つめており、広場にいたシェンタンの町の住民たちの何人かも騒ぐミスチアを呆然としながら見ていた。


「……行っちゃったな」


 離れていたユーキはアイカの隣までやって来ると遠くにいるミスチアを見ながら呟き、アイカも呆れた表情を浮かべてミスチアを見ている。今後も先程のような事態になるのではと思ったアイカは深く溜め息を付いた。


「アイカ、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫……と言うか、誰のせいでこうなったと思ってるの?」

「あ~、えっと……」

「貴方がミスチアさんの押しに負けないようにしっかりしていればこんな風にはならなかったんでしょう? もっとしっかりして」

「……すんません」


 自分がだらしないせいで問題が起きたことを自覚しているユーキは素直に謝罪する。そんなユーキを見ていたアイカはもう一度溜め息をついた。


「とりあえず、まずはベンロン村と例の荒野のことを町の人たちに訊いてみましょう。これだけ大勢の人がいるんだから村や荒野のことを知っている人もいるはずよ」

「そうだな……よし、まずは人が一番集まりそうな場所に行ってみよう」


 気持ちを切り替えたユーキとアイカは情報収集を行うために街へ向かうことにする。フィランとミスチアが向かった方角とは別の方角へ歩き出し、グラトンも二人の後をついて行く。


「……ところでアイカ、さっきミスチアと何の話をしてたんだ?」

「えっ?」

「いや、俺、ミスチアから離れてたせいで聞こえなかったからさ」


 隣を歩くアイカにユーキは先程の話の内容について尋ねる。アイカは小さく俯きながら再び頬を赤くし、アイカの顔を見たユーキは不思議そうな表情を浮かべた。


「アイカ?」

「……べ、別に何でもないわ。ミスチアさんがしつこく同行したいって言ってたから注意しただけ!」


 僅かに力の入った声を出しながらアイカは歩く速度を上げて先に行ってしまう。その後ろ姿をユーキはまばたきをしながら見ており、グラトンもユーキに合わせて歩きながらアイカを見ていた。


「……いったいどうしたんだ?」

「ブォ~~」


 アイカの考えが理解でいないユーキは小首を傾げ、グラトンも歩きながら鳴き声を出した。

 ユーキが考えている間にアイカはどんどん先へ進んでいき、置いてかれてしまうと感じたユーキは走ってアイカの後を追う。グラトンもユーキに続くように速度を上げ、ユーキと共にアイカを追いかけた。

 街に入ったユーキとアイカは住民の多い街道を移動する。移動している間、ユーキとアイカの後ろをついて行くグラトンが住民たちの目に入るが、誰も驚いたりせず、興味のありそうな目で見ていた。

 シェンタンの町には下級モンスターを飼い慣らしている者やモンスターテイマーを職業としている冒険者がいるため、町中にモンスターがいても誰も驚いたりしないのだ。だが、普通のヒポラングよりも体が大きいグラトンは流石に珍しかったのか、すれ違う住民の殆どがグラトンに注目した。

 ユーキとアイカは住民たちの視線に気付くが、グラトンや引き連れている自分たちが注目されることに慣れてしまったのか動揺などせずに歩いている。そんな中、ユーキとアイカはすれ違う者たちに声を掛けて情報を集めていく。

 旅人や警備兵、商人など情報を持っていそうな者を中心に声を掛け、ベンロン村やモンスターが出現する荒野のことを訊いてみる。ベンロン村のことはある程度分かったが、荒野に関しては有力な情報はなかなか得られなかった。


「あまりいい情報は得られないなぁ」


 出店が並ぶ街道を歩きながらユーキは呟き、隣を歩くアイカも残念そうな顔をしながらユーキを見ている。グラトンは変わらずユーキとアイカの後を大人しくついて来ていた。

 あれからしばらく街の中を移動して情報を集めていたが、荒野のモンスターと戦う際に役に立ちそうな情報は手に入らない。訊き方が悪いのか、それとも訊く人物が間違っているのか、ユーキはそんなことを考えながら歩いていた。


「ベンロン村がどんな村なのかは分かったけど、荒野はモンスターが多い危険な場所で戦闘の技術や知識の無い人は滅多に近づかないから何も知らないって殆どの人が言ってたわね」

「荒野のことは冒険者の方が詳しいんだろうけど、俺たちが訊いても素直に教えてくれるとも思えないんだよなぁ……」


 冒険者ギルドと不仲であるメルディエズ学園の生徒に冒険者が情報を提供する可能性は低いと考えてユーキは面倒そうな表情を浮かべ、アイカも小さく溜め息を付く。

 メルディエズ学園はベーゼに関する情報には詳しく、ベーゼとの戦いも冒険者ギルドより得意としている。だが、それ以外の情報収集能力は冒険者ギルドの方が優れているため、今回のような依頼では学園には詳しい情報は殆ど無い。そのため、生徒たちは現地で詳しい情報を集めなくてはならない時があるのだ。


「冒険者の全員が私たちを毛嫌いしているわけじゃないから、地道に聞いて行けば教えてくれる冒険者に会えるかもしれないわ。頑張って訊いて行きましょう」

「そうだな」


 苦笑いを浮かべながらユーキは前を向く。そんなユーキを見て、アイカも微笑みを浮かべる。


「ねぇ、ユーキ。ちょっと訊きたいんだけど……」

「ん?」

「どうして同行させる人にミスチアさんじゃなくって私を選んだの? 本当かどうかは知らないけど、ミスチアさんはローフェン東国に詳しいって言ってたし、彼女を連れて行った方がよかったんじゃないかしら?」


 アイカはミスチアではなく自分を選んだ理由についてユーキに尋ねる。自分を選んでくれたことは嬉しいのだが、効率よく情報を集めるのであればローフェン東国の知識を持つミスチアを同行させた方がいいのではアイカは思っていた。

 広場ではさんざんミスチアがユーキと一緒に行動することに反対していたが、冷静になって考えるとミスチアを選ぶ方が賢明ではないかとアイカは感じていた。


「……確かにミスチアはローフェンの詳しいって言ってたけど、国に詳しいだけでベンロン村や荒野のことに詳しいわけじゃない」

「どうしてそう言い切れるの?」

「もしミスチアがベンロン村や荒野のことを知っていたのなら、俺が情報を集めようって言った時に情報を集める必要は無いとか言って止めてたはずだ。でも彼女は止めなかった、つまりミスチアは村や荒野のことは何も知らないってことだ」

「成る程……」


 ユーキの説明を聞いたアイカはミスチアがローフェン東国の全てを知っているわけではないと知って納得する。


「村や荒野のことを知らないのなら、別にローフェンに詳しいミスチアを連れて行こうが連れて行くまいが変わらないだろう?」

「た、確かに……じゃあ、どうして私を?」


 アイカが改めて自分を選んだ理由を尋ねると、ユーキは軽く目を見開いた後に前を向き、アイカと目を合わさないようにした。


「んまぁ、何ていうか……一番、気兼ねなく落ち着いて話せる、から?」

「え?」


 途中から声が小さくなり、よく聞こえなかったアイカは訊き返した。ユーキは何処か恥ずかしそうにしながら自分の後頭部を掻く。


「な、何でもない。さぁ、情報を集めようぜ」

「ええぇ? 何それ?」


 誤魔化すように話を終わらせるユーキにアイカは若干不服そうな顔をする。そんな二人の会話をグラトンはまばたきをしながら見ていた。それからユーキたちは街道を歩いて更に奥へ進んでいく。

 しばらく移動すると人間だけでなく、亜人の住民の数も少しずつ増えてきた。エルフのような見慣れた亜人だけでなく、街道にはドワーフやリザードマン、人間のような手足を持つ二足歩行の獣顔の亜人の姿もあった。


「ローフェンは亜人が多いってことは知ってたけど、色んな亜人がいるんだな」

「ローフェン東国には二十種類以上の亜人が在住しているって言われているわ。……例えば、あそこにいる薄い灰色の毛をした狼のような亜人は“ウェアウルフ”。その奥にいる濃い黄色の毛をしたのが“レオパドン”って言うの」


 アイカをそう言って遠くにいる狼の顔を持ち、全身が絹鼠きぬねず色の毛で覆われている二足歩行の亜人と人間の顔をしているが黄朽葉きくちば色の髪と獣耳、尻尾を持ち、腕と足が同じ色の毛で覆われた亜人を指差しながら説明する。

 ユーキはアイカの説明を聞いて「おおぉ」と反応する。ユーキはまだ異世界のことや暮らしている種族のことを全て把握していないため、初めて見る亜人たちを見てユーキは興味が懐いていた。

 周りには他にもユーキの知らない亜人が何種類もおり、ユーキは立ち止まって周囲を見回し、アイカとグラトンも立ち止まって周りを見ていた。すると、ユーキたちに一人に亜人が近づいてきた。


「キャンディ、いかがですか?」


 声を掛けられたユーキたちは亜人の方を向いた。その亜人は十代半ばで身長150cmほどのフィランと同じくらいの少女で、若緑色の目を持ち、群青ぐんじょう色のショートボブヘアに猫のような耳と尻尾を生やしてた。淡黄たんこう色の半袖と薄茶色の半ズボン姿で腕と足はレオパドンと同じように髪や尻尾と同じ色の毛で覆われている。

 亜人の少女の手には幾つもの小さな袋が入った籠があり、アイカは街道を通る者に菓子を売る亜人だと知る。一方でユーキは新たに現れた未知の亜人を見て本当に色んな種類の亜人がいるのだと内心驚いていた。


「アイカ、この子は?」

「彼女は“キャッシア”と言うとても身軽な種族よ。冒険者をやっているキャッシアは殆どがレンジャーをやってるって言われるくらいだから」


 アイカからキャッシアの説明を聞いたユーキは「へぇ~」と少女を見る。転生前の世界でも猫は身軽な生き物だったため、猫に似たキャッシアが身軽なことにも納得できた。


「あ、あのぉ、キャンディいりませんか? 一袋、銅貨一枚ですが……」

「え? ……ああぁ、ゴメンゴメン。じゃあ、一つ貰おうよ。俺、甘いもの好きだし」

「ありがとうございます」


 キャッシアの少女は笑顔で礼を言い、持っている籠の中から袋を一つ取ってユーキに手渡す。袋を受け取ったユーキは銅貨を一枚、キャッシアの少女に渡してから袋を開けた。

 袋の中にはビー玉ほどの大きさの黄金色の丸いキャンディが幾つも入っており、ユーキはその一つを取り出すと観察する。


(へぇ~、見た目はべっこう飴を丸めたような物なんだな。まぁ、この世界じゃ俺が前にいた世界のようなキャンディは作れないか)


 転生前の世界のキャンディと比べたユーキは小さく苦笑いを浮かべ、持っているキャンディを食べてからアイカに袋を差し出す。アイカは自分にも分けてくれるのだと知って袋からキャンディを一つ取り出して食べてみた。

 二人の口の中には甘さが広がり、想像していたよりも美味しいと知ったユーキとアイカは軽く目を見開いて驚いた。


「美味しい」

「ああ、この味なら銅貨二枚でも売れると思う」

「本当ですか? そのキャンディ、私が作ったんです」

「へぇ~、君が?」


 キャンディを作ったのが目の前のキャッシアの少女だと知ってユーキは意外に思う。てっきり菓子職人が作った物なのではと思っていたため、手作りだと知って更に驚かされた。

 ユーキとアイカがキャンディを食べている後ろではグラトンが興味のありそうな様子でユーキが持つキャンディの袋を見つめている。グラトンに気付いたユーキは振り返り、目の前にあるグラトンの顔を見た。


「お前も食べたいの?」

「ブォ~」


 返事をするようにグラトンが鳴くとユーキは持っている袋を見ながら考え込んだ。


「なぁ、コイツにも食べさせてもいいかな?」

「え? あ、ハイ」


 ユーキの問いにキャッシアの少女は頷きながら返事をする。いくら購入した物とは言え、キャンディを作った本人の前でモンスターに食べさせるため、キャッシアの少女が気分を害さないよう一応許可を得てから食べさせようと思ったのだ。

 許可を得たユーキはグラトンにもキャンディを食べさせようとする。ただ、全てのキャンディをグラトンに食べさせるのは嫌なのか、自分とアイカの分をもう一つずつ取り出してからグラトンに食べさせることにした。

 ユーキは取り出した二つのキャンディの内、一つをアイカに渡すと残った一つを持ったままグラトンの方を向く。

 グラトンはキャンディを食べさせてもらおうと大きく口を開け、ユーキは食べさせてもらおうとするグラトンを見ながら「やれやれ」と言いたそうな顔をし、袋の中のキャンディを全てグラトンの口の中に入れた。

 口に入った数個のキャンディをグラトンは味わおうとする。だが、グラトンにとってキャンディはとても小さく、しっかり味わう前に飲み込んでしまった。口の中が空っぽになったグラトンは再び多く口を開ける。


「馬鹿っ! キャンディは舐めて味わう菓子なんだよ。飲み込んじゃダメだろう!」

「ブオォ」


 ユーキは数秒で食べ終えてしまったグラトンにツッコミを入れるように注意をし、グラトンは軽く鳴き声を上げた。

 アイカはユーキとグラトンのやり取りを見て苦笑いを浮かべている。そんな時、遠くに人だかりがあることに気付き、ユーキたちは人だかりの方を向いた。


「何だ、あれ?」

「さぁ? さっきまではあんなのは無かったのだけど……」

「……ちょっと行ってみるか」


 いつの間にかできていた人だかりが気になり、ユーキとアイカは人だかりの方へ歩いて行く。グラトンも二人の後をついて行き、残されたキャッシアの少女はユーキたちの後ろ姿を見つめいた。

 集まっている者たちの間を通ってユーキとアイカは一番前に出る。そこには二人の三十代半ばくらいの男たちが十代前半ぐらいのエルフの少年にからんでいる光景があった。

 男たちはどちらもガラが悪く、ガタイの良い体をしている。一人は腰に短剣は佩しており、エルフの少年の胸倉を掴んでいた。もう一人は少し離れた所でエルフの少年を見ながら笑っている。


「おい、ボウズ。人の弟分に怪我させておいて詫びも入れねぇのか?」

「け、怪我させたって、ちょっとぶつかっただけじゃないか。それにちゃんと謝ったよ」

「ああぁ? その程度じゃ済まされねぇって言ってんだよ。なぁ?」


 兄貴分と思われる男が弟分に声を掛けると、弟分は笑いながら右前腕部を押さえた。


「ああ、イテェよぉ兄貴。ソイツのせいで腕が折れちまったみてぇだ」

「そら見ろ。弟分は大怪我してんだ」


 弟分の反応を見た兄貴分は再びエルフの少年を責め始める。弟分の態度から腕が折れていないのは明白だった。


(……うわぁ、随分古臭い恐喝の仕方だなぁ)


 男たちのやり方があまりにも時代遅れだと感じたユーキは心の中で呆れていた。

 こういった場合、警備兵が助けに入るべきなのだが、周りには警備兵はおらず、野次馬たちも男たちを恐れているのか助けようとせずに黙って見ていた。


「親に治療費を払ってもらわねぇとな。お前んどこだ?」


 兄貴分はエルフの少年の頬をつねり、エルフの少年は涙目で兄貴分を睨みながら頬をつねる手を掴む。それがエルフの少年にできる唯一の抵抗だった。

 男たちとエルフの少年のやり取りを見ていたアイカは男たちのあまりにも大人げなく、酷すぎる行動が許せずにエルフの少年を助けようとする。すると、アイカの隣にいたユーキが前に出て男たちの方へ歩いて行き、アイカや野次馬たちはユーキに注目した。


「……ハァ、まったく。大の大人が子供相手に見っともない」


 若干低い声で独り言を言いながらユーキは男たちに近づいて行く。ユーキもアイカと同じ気持ちでエルフの少年を助けるために動いたのだ。

 アイカはユーキがエルフの少年を助けようとしている姿を見て微笑みを浮かべる。ユーキならきっとエルフの少年を助けるために動くと思っており、予想どおりユーキが動いてくれたのを見て流石と思っていた。

 エルフの少年を助けるためにアイカもユーキの後を追うように前に出る。ユーキに続いてアイカも男たちに近づいて行くのを見て野次馬たちはざわついた。周りの声を聞いて男たちとエルフの少年も何かあったと気付いて周りを見る。そして、近づいて来るユーキとアイカを目にした。


「折角色んな亜人を見ることができてテンションが上がってたのに、弱い者いじめを見たせいでぶち壊しだ」


 立ち止まったユーキは男たちを睨み、アイカもユーキの隣で同じように男たちを睨んだ。


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