第六十二話 罪人たちの償い
屋敷の廊下をパーシュたちは早足で移動し、ユーキとアイカが警備している中庭へ向かっていた。
ユーキとアイカがどうしているのか気になっていたパーシュたちは走って中庭へ向かいたいと思っていたが、まだ何処かにベーゼが潜んでいる可能性があったため、警戒しながら移動する。何よりも全速力で走れば警護対象であるジーゴたちを置き去りにする可能性があったため、走ることができなかった。
廊下を移動する中、パーシュたちの目にはユーファルによって破壊されたと思われる陶器や絵画などが飛び込んできた。廊下の隅には傷ついた使用人やメイドが倒れたり壁に寄り掛かったりしており、そんな彼らを無傷の使用人たちが手当てしている。
屋敷の中にまだベーゼがいる可能性があったため、パーシュは使用人たちに負傷者を安全な場所へ運んでから手当てをするよう指示を出す。指示された使用人たちはベーゼがいるかもしれないと聞かされると顔色を悪くし、急いで負傷者を近くの部屋などに運んだ。
「こんなにユーファルにやられた奴がいたとはね」
「数は多いみたてぇだが、死んでる奴はいねぇな。広間に来たメイドを除いて……」
「……運がいい」
傷ついた使用人たちを見たパーシュ、フレード、フィランの三人は思い思いのことを口にする。
目の前に傷ついている者がいれば助けるのが普通だが、今のパーシュたちにはジーゴたちを警護しながらユーキとアイカの確認しなくてはならないため、使用人たちの手当てなどをする余裕や時間は無い。
無傷の使用人たちが近くにおり、手当ても受けているのであれば、彼らに任せて大丈夫だとパーシュたちは思っていた。
「広間から此処まで移動してきましたが、一度もベーゼと遭遇していません。使用人たちも襲われていませんし、もしかすると屋敷内にはもうベーゼはいないのではないでしょうか?」
パーシュたちの後ろにいるバイスが廊下を見回しながら尋ねる。確かにユーファルが襲撃してきたにもかかわらず他のベーゼには遭遇しておらず、使用人たちも襲われていない。バイスの言うとおり他にベーゼがいる可能性は低いがゼロとは言い切れないため油断できなかった。
「分かんねぇぞ? もしかすると偶然遭遇してねぇだけで、まだ屋敷の中にいるかもしれねぇ」
「でしたら、皆さんの内、どなたか一人をベーゼの捜索に回したらどうでしょう?」
「んなことをしちまったら、お前らを護る戦力が少なくなっちまうぞ? まだユーファルみてぇな手強いベーゼがいるかもしれねぇんだ。もしソイツらと遭遇したら二人だけでお前らを護るのは難しくなっちまう」
フレードは歩きながら後ろにいるバイスに戦力を分けるのは得策でないことを伝え、フレードとバイスの会話を聞いていたジーゴは「そのとおりだ」と思っているのかフレードを見ながら小さく頷く。
依頼内容はジーゴたちロイダス家の人間と屋敷で働く者たちの警護だが、ジーゴにとっては使用人たちよりも家族の方が大切であるため、家族と使用人が同時に危険にさらされた場合は家族の方を優先して護ってもらいたいと思っている。
家族を護るためなら使用人が犠牲になることも仕方がないとこの時のジーゴは考えていた。
「私たちのことは構いません。使用人やメイドは私たちと違って自分の身を護る術を持っていません。でしたら私たちではなく使用人たちの警護を優先してください」
ジーゴが家族の安全を考える中、バイスは自分たちに仕える使用人たちの安全を優先してほしいと語る。バイスの言葉を聞いたジーゴは耳を疑うような顔でバイスを見ており、マディソンも黙ってバイスを見つめた。
自分の身よりも他の人間の安全を考えるバイスを見てフレードは見上げたものだと感じ、父親よりも貴族らしいと思っていた。パーシュもバイスの言葉を聞いて前を見ながら微笑む。フィランは相変わらず無表情のままバイスの見ている。
「アンタの気持ちは分かった。でもね、あたしらはこういう事態の時は子爵様とその家族を優先的に護ることになってるんだよ。だから子爵様の指示が無い限りはアンタたちのそばを離れるわけにはいかないんだ」
パーシュの言葉を聞いたバイスはチラッとジーゴの方を向き、ベーゼの探索を指示してほしいと目で伝える。だが自分や家族の命の方が大切なジーゴはバイスの視線に気付いていないフリをして目を合わせないようにしていた。
ジーゴの反応を見たバイスは父親が使用人よりも家族を優先していると悟って目を細くする。普通なら赤の他人よりも家族の身の安全を優先するのは当たり前であるため、ジーゴの行動が間違っていると思う者は殆どいないだろう。
だが、マディソンと結婚するために彼女を騙し、紅の羽の冒険者たちを殺させたジーゴが家族を護ろうとしても、バイスには自分の身を護るために使用人を見捨ててるようにしか見えなかった。
バイスがジーゴを鋭い目で見ている姿を見ていたパーシュたちは前を向いて中庭へ向かう。ジーゴから指示が無い以上、パーシュたちはジーゴたちを護りながらユーキとアイカの下へ向かうしかなかった。
長い廊下を歩き、パーシュたちは玄関があるエントランスへ移動する。すると前からプラジュを右手に持ったアイカが走ってくるの見えた。
「皆さん!」
「アイカ!」
アイカの姿を見たパーシュは歩く速度を上げ、フレードたちもそれに続いて早く歩いた。
合流するとアイカはパーシュたちが無事なことを知って軽く息を吐く。パーシュたちもアイカの姿を見てとりあえず安心した。
「ご無事でしたか」
「ああ、大丈夫だよ。ついさっき二体のユーファルに襲撃されたけど、問題無く退治した」
「ユーファル? アレスが言っていたのは中位ベーゼだったのね……」
アイカはパーシュたちから視線を逸らして少し低めの声で呟く。アイカの言葉を聞いたパーシュは目を鋭くし、フレードとバイスも同じように反応した。
「おい、サンロード。まさか、アレスがまた襲撃してきやがったのか?」
「……ハイ。私とユーキが中庭の警備をしている時にモイルダーたちを引き連れてやってきました。しかも、彼はベーゼになっていたんです」
「何だと!?」
アレスがベーゼ化していると聞いたフレードは表情を険し、パーシュも軽く目を見開いてアイカを見つめる。ジーゴとバイスは人間がベーゼになったと知って驚愕し、マディソンは右手で口を押えながら固まっていた。
先程ユーファルと戦っていた時からアレスがベーゼと繋がっているとパーシュたちは予想していたが、アレス自身がベーゼになっているとは思っていなかったのかアイカ以外の全員が衝撃を受けた。
「アレスがベーゼに……間違い無いのですか?」
信じられないマディソンは震えた声を出してアイカに尋ねる。アイカはマディソンの方を見ると小さく頷いた。
「ええ。彼はマディソンさんやロイダス子爵に復讐するための力を得るためにベーゼになったと言っていました」
「そ、そんな……」
マディソンはショックのあまりその場に座り込んですすり泣く。自分のせいで嘗ての恋人が人間であることを捨てたという事実はマディソンの心に大きな傷をつけることになった。
バイスは悲しみに暮れるマディソンの隣に来てそっと肩に手を置く。ジーゴは泣いているマディソンを見た後に俯いて緊迫した表情を浮かべる。自分を殺すためにアレスがベーゼとなったことに恐怖し、同時に殺される可能性が高くなったのではと危機感を感じていた。
泣いているマディソンをアイカたちは黙って見つめている。だが、今はマディソンに同情している時ではなく、アイカはパーシュたちの方を向いて自分の得た情報を話す。
「アレスは自分がベーゼになったことを明かした後、ロイダス子爵たちを殺すために屋敷にベーゼを送り込んだと言っていました」
「そのベーゼが俺らが倒したユーファルってことか」
フレードが呟くとアイカはフレードの方を向いて頷く。最初は強力なベーゼだったらパーシュたちが苦戦するかもしれないとアイカは心配していたが、パーシュたちが無事な姿を見て「やはり上級生は凄い」とアイカは心の中で感服していた。
しかし、使用人とメイドの何人かが負傷しているため、全員が無事でないと知ってアイカは少しだけ表情を曇らせていた。
「だが、そのベーゼも俺らの前じゃ大したことも無かったな」
「ハッ、よく言うね」
「ああぁ?」
小さく笑うパーシュをフレードは睨む。アイカはフレードと彼を小馬鹿にするような笑みを浮かべるパーシュを見て思わず溜め息を付く。
「……ユーキ・ルナパレスは?」
今まで無言で話を聞いていたフィランがアイカを見ながら尋ねる。フィランの声を聞いてアイカはフッとフィランの方を向いた。
「……そうだった! 皆さん、ユーキは今アレスと交戦しています。ベーゼとなったアレスはかなり手強そうで、もしかするとユーキ一人では勝つのが難しいかもしれません」
ユーキのことを思い出してアイカはパーシュたちにユーキがアレスと戦っていることを伝え、それを聞いたパーシュとフレードはハッとしてからアイカの方を見た。
「ユーキが一人でアレスと戦ってるのかい?」
「それなら何でお前はルナパレスに加勢しねぇで此処にいんだよ?」
なぜユーキ一人を残して屋敷に戻って来たのか、フレードは声の少し声を低くしてアイカに尋ねる。フレードの口調からアイカは自分がユーキを置いて戻ってきたと思われていると感じ、少しだけ複雑そうな表情を浮かべた。
「屋敷に侵入したベーゼが強敵だったら先輩たちが苦戦するかもしれないから、もしベーゼと戦っていた先輩たちに加勢してほしいってユーキに言われたんです……」
アイカが一人で屋敷に戻ってきた理由を話す。話を聞いたパーシュとフレードはユーキが自分たちのことを心配してアイカを行かせたと知ると黙ってアイカを見つめる。
「……チッ、中級生のくせに上級生の心配とはな」
「そう言うんじゃないよ。あの子もあたしらのことを考えてアイカを行かせたんだから」
「わ~ってらぁ」
フレードは小指で自分の耳を掻きながら返事する。
ユーキはパーシュたちのことを気にかけてアイカを屋敷に行かせた。フレードもそのことはちゃんと理解しているため、ユーキやアイカの行動に文句を言おうとは思っていなかった。
「とにかく、あたしらも中庭に行くよ。ユーキは今でもアレスと戦っているはずだし、もしアイカの言ったとおりアレスが手強い相手だったら押されているかもしれない。急いで中庭に行ってユーキに加勢するよ」
パーシュの方を向いてアイカは頷き、フレードは「仕方ないな」と言いたそうな顔で軽く息を吐く。フィランはコクヨの鯉口を切っていつでも抜刀できるようにした。
アイカはパーシュたちを案内するために来た道を戻り、パーシュはその後に続いて走る。フレードはすぐには移動せず、すすり泣いているマディソンとその近くにいるバイスとジーゴの方を向き、バイスと目が合うと「行くぞ」と目で合図を送ってから歩き出す。
フィランもフレードの後を追って歩き出し、バイスもマディソンをゆっくり立たせてから歩き始めた。ジーゴは自分を残して歩いて行くフレードたちを不満そうな顔で見てから彼らの後を追う。
廊下を移動し、アイカたちは玄関のあるエントランスまでやって来る。エントランスはここまで通って来た廊下と違って荒らされた様子はなく綺麗な状態だった。エントランスに他のベーゼが隠れていないか、アイカたちは警戒しながら玄関の前まで移動する。
「そう言えば、アレスはモイルダーを引き連れていたって言ってたよね? ソイツらはどうしたんだい?」
パーシュは前にいるアイカにアレスと一緒にいたベーゼがどうなったのか尋ねる。アイカは玄関のノブを握るとチラッとパーシュの方を向く。
「モイルダーは大丈夫です。屋敷に戻る前に私とユーキで全て倒しました。残っているのはアレスだけです」
「そうか。なら、早くユーキに加勢してアレスを倒しちまおうかね」
ヴォルカニックを握る手に力を入れながらパーシュはそう言い、アイカはパーシュを見ながら小さく頷く。その際、アイカはパーシュたちの後ろで俯いているマディソンを目にする。
泣き止んだマディソンは目を僅かに赤くして悲しそうな顔をしている。自分のせいで復讐者となり、人間をやめてしまった嘗ての恋人をこれから倒すと言う話をしているため、マディソンは落ち込んでいるのだとアイカは思っていた。
普段なら優しく声を掛けるのだが、今は依頼中でアレスは自分たちが倒すべき敵。私情を挟まず、メルディエズ学園の生徒としての役目を果たそうと考えながらアイカは玄関の扉を開いた。
玄関が開くとアイカたちは一斉に外に出て、ユーキが無事であることを祈りながら中庭を見る。しかし、アイカたちの視界に入ったのは月下を大きく振り下ろして離れた所にいるアレスに月白色の斬撃を放つユーキの姿と、斬撃を受けるアレスの姿だった。
刀から斬撃を放たれた光景を目にしてアイカたちは呆然としている。しかし、一番驚いていたのは斬撃を受けたアレスだった。
「な……んだと……」
斬撃を受けたアレスは驚愕の表情を浮かべながら前から地面に倒れた。アレスは決定的なダメージを受けたのか倒れたまま立ち上がることができない。そんなアレスを見てユーキは大きく息を吐いた。
「……上手くいってよかったよ。この技、何度も練習したんだけど未だに成功率が三分の一だからなぁ」
月下を見つめながらユーキは自分の技が成功したことを心の底から喜び、同時に自分は運が良かったと安心する。
ユーキが先程使った技、湾月は祖父から学んだ技ではなく、異世界に転生してからユーキが自分で作った技だ。転生前の世界と違って異世界はベーゼやモンスターが存在し、常に戦いと隣り合わせになっている。そんな世界で生き残れるため、ユーキは強力な技を独自で作ることにした。
どのような技にするか考えていた時、ユーキは転生前に読んでいた漫画の登場人物が剣から斬撃を放つ技を使っていたのを思い出し、似たような技を作ろうと考えた。しかも今いる世界はモンスターや魔法が存在する世界であるため、刀から斬撃を放てる可能性も高い。
しかし、いくら異世界だからと言ってただ刀を振っただけでは斬撃が放てるはずもない。そこでユーキは祖父から教わった技術だけでなく、強化の能力も利用して技を作ることにした。
強化の能力で自身の腕力と肩の力を可能な限り強化し、祖父から教わった技術を使って刀を振れば斬撃が放てると考え、ユーキは様々な工夫をして技の開発を行う。そして、ようやく斬撃を放つことができるようになり、遠くにいる敵に強力な斬撃を放つ技、湾月を作り出したのだ。
だが、斬撃を放つために必要な力や刀を振る速さなどがまだハッキリと分かっていないため、使えば必ず斬撃を放てるという訳ではない。だからアレスが向かってきた時に湾月を使っても斬撃が放たれない可能性もあったのだ。ユーキがアレスを倒せたのは運が良かったからと言ってもいい。
(もし失敗してたら俺がやられてたかもしれないし、生き延びたとしてもアイツはより警戒を強くして湾月を当てるのが難しくなっていたかもしれない……これからはこんな危険な賭けはしないようにしよう)
今回は運よく斬撃を放てたが、次に同じような状況になっても同じ結果になるとは断言できない。若干焦ったような顔をしながらユーキは心の中で二度と同じような行動は取らないと決める。
ユーキが少し疲れたような顔で小さく俯いているとアイカたちがユーキの下に駆け寄ってくる。アイカたちに気付いたユーキは顔を上げ、アイカたちに視線を向けた。
「ユーキ、大丈夫!?」
「ああ、問題無い」
「問題無いって、貴方怪我してるじゃない」
アイカはそう言ってユーキの脇腹の傷を見て軽く目を見開く。ユーキはアレスに付けられた傷を見ると自分が負傷していたことを思い出す。戦いに集中していて怪我のことを忘れていたようだ。
「ああぁ、この程度なら大丈夫だよ」
そう言うとユーキは右手の混沌紋を光らせる。するとユーキの脇腹の傷は見る見る塞がっていき、傷跡も残さず綺麗に治った。アイカたちはユーキが強化の能力で治癒力を強化して傷を治したのだと知り、本当に便利な混沌術だと感心する。
傷が塞がるとユーキはアイカたちの方を向き、アイカの後ろにいるパーシュたちを確認した。
「パーシュ先輩たちも無事でしたか」
「当たり前だろう。あんなベーゼに後れを取る俺らじゃねぇよ」
フレードはニヤリと笑いながら余裕を見せ、隣にいたパーシュは「調子のいい奴」と言いたそうな顔でフレードを見ており、二人の後ろではフィランが黙ってユーキを見ていた。
ユーキはフレードの言葉を聞いて笑みを浮かべる。アレスの発言から屋敷には間違い無く強力なベーゼが侵入したと確信していた。どんなベーゼが侵入したかは分からないが、負傷せずにベーゼを倒したパーシュたちを見てユーキは改めて上級生は頼もしい存在だと感じる。
「……んなことよりもルナパレス、さっきのは何なんだよ。刀を振り下ろした瞬間に斬撃が飛び出しやがったぞ? お前、あんな技を隠してやがったのか?」
先程の斬撃のことを思い出したフレードはユーキに問いかけ、アイカとパーシュも気になるような顔でユーキを見つめ、ユーキはアイカたちを見て思わず後ろに下がる。
異世界では人間が魔法や能力を使って斬撃を放つことは珍しいことではない。だが、幼く、剣士であるユーキが魔法とは違う方法で斬撃を放つのを見てアイカだけでなく、上級生のパーシュとフレードも驚いていた。
「あ~えっと……そ、そのことは後でゆっくり説明します。……今は依頼を片付けることに集中しましょう?」
苦笑いを浮かべながらユーキは話題を変え、アイカたちも現状を思い出すと気持ちを切り替えて倒れているアレスの方を向いた。アレスは未だに倒れたままで立ち上がろうとしない。やはり湾月を受けて致命傷を負ったようだ。
「よくやってくれた! 時間が掛かってしまったがようやく野蛮な襲撃者を倒すことができたな」
倒れるアレスを見てジーゴは笑みを浮かべながら語る。ユーキとアイカは笑うジーゴを目を細くしながら無言で見ている。ジーゴがアレスにした仕打ちを考えればとても一緒に勝利を喜ぶことなどできない。
「さあ、今の内に止めを刺すんだ。ベーゼは人間や亜人と比べて治癒力が高いと聞いている。放っておけば傷を治してまた襲い掛かってくるぞ」
「……ああ、分かってるよ」
ジーゴの指示を聞いたパーシュは若干やる気の無さそうな声で返事をし、ヴォルカニックを握りながら倒れるアレスの方へ歩き出す。
「待ってください」
パーシュがアレスに近づこうとした時、今まで黙っていたマディソンがパーシュを呼び止めた。パーシュは足を止めてマディソンの方を向き、ユーキたちも一斉にマディソンに視線を向けた。
全員が注目する中、マディソンは悲しそうな顔をしながらゆっくりとアレスの方は歩き出す。アレスに近づくマディソンを見てユーキたちは一瞬意外そうな顔を見せるが、マディソンがアレスに何かを伝えようとしていると気付くと止めずに黙って見守った。
「は、母上?」
バイスは一人でアレスの方へ歩いて行くマディソンを止めようとするがユーキたちが真剣な表情を浮かべて見守っているのを見て、今は止めるべきではないと感じ取ったのかユーキたちと同じように見守る。ジーゴも周囲の雰囲気から止められないと感じ取り、若干不満そうな顔でマディソンを見た。
マディソンは倒れているアレスの前までやってくると彼の顔の前で座ってアレスを見つめる。アレスは目の前で座るマディソンを倒れたまま睨み付けた。
「アレス……」
「マディソン、実に気分がいいだろうな? お前を殺そうとした男が死にかけの状態で倒れているのだから……」
「私はそんなつもりは……」
「フン、嘘をつくな……どうせ心の中では目障りな奴が消えてくれるとせせら笑っているのだろう……?」
少し掠れた声を出しながらアレスはマディソンを睨み続ける。マディソンは自分の犯した過ちやアレスが受けた仕打ちを考えればアレスが責めたりするのは仕方がないと思い、言い返そうとしなかった。だが、自分の本心だけは誤解されずにちゃんと伝えたいと思っている。
「……私は貴方を目障りだと思ったり、死んでほしいと思ったことは一度も無いわ。貴方と共に幸せな道を歩みたかった、貴方に幸せになってもらいたかったとずっと思っていた」
「何を綺麗事を……俺や仲間のことを裏切っておいて、今更そんな言い訳をするな……」
「確かに本当のことを知らなかったとは言え、私が貴方たちを裏切ったのは事実よ。そして、私のせいで貴方に辛い思いをさせ、ジャンたちも死なせてしまった。今更許してほしいとは言わないわ。……でも、これだけは信じてほしいの」
マディソンは目元に涙を溜めながらアレスを見つめ、アレスは表情を変えずにマディソンを見つめる。
「……私は、本当に貴方を愛していた。貴方たちが口封じで殺されると分かっていたら、ジーゴとも結婚しなかったわ」
「フン、二十年経った今なら何とでも言える。……そんなことを言って、俺が信じるとでも思っているのか……」
「信じてもらえないのも当然よ。私は、それだけ罪深いことをしてしまったのだから……」
「……」
「許してくれなくていい。……でも、貴方たちを裏切ってしまったことはこの先、一生忘れない。そして、私はその罪を背負って生き続ける。それが、今の私にできるせめてもの償いだから……」
震えた声を出しながらマディソンは涙を流し、肩を小さく震わせる。その様子をユーキたちは離れた所から見ていた。
「アレス……本当にごめんなさい」
マディソンはアレスを見ながら心の底から謝罪をする。今の自分が何を言ってもアレスは信じてくれないとマディソンは思っている。しかし、今のマディソンには謝ることしかできず、それ以外に償いの方法が思いつかなかった。
泣きながら謝罪するマディソンをアレスは無言で見つめる。母を助けるためとは言え、愛していた自分を裏切ってジーゴと結婚したマディソンは許し難い存在で徹底的に苦しめてやろうと思っていた。だが、どういう訳か今のアレスの中には辛さと悲しさが込み上がってきている。
「……やめろ、それ以上都合のいいことを言うな。今更、そんなことを言ったって……お前を許すつもりなんてない……許す、つもり……なんて……」
目を閉じたアレスは許すつもりは無いことをマディソンに伝えながら微量の涙が流す。その涙が復讐を果たせなかった悔しさから来ているのか、裏切られた辛さから来ているのかは誰にも分からない。
アレスが涙を流していることに気付いたマディソンはそっとアレスの顔に手を触れようとする。だが、マディソンがアレスに触れようとした瞬間、アレスの体は黒い靄と化して消滅した。
マディソンはアレスの体が消滅すると、ずっと抑えこんでいた悲しみが一気に弾けたのか両手で顔を押さえながら泣き出す。そんな悲しみに暮れるマディソンをユーキたちは黙って見つめていた。
こうして、ロイダス家の屋敷を襲う襲撃者、アレスは倒され、警護依頼は完遂された。
――――――
小鳥の鳴き声が聞こえる昼間、メルディエズ学園の中庭には大勢の生徒の姿があった。その中にはユーキの姿があり、芝生の上で仰向けになっているグラトンにもたれかかって日向ぼっこをしている。
ロイダス家の警護依頼を完遂させてから既に十日が経過しており、ユーキはいつもどおりの生活を送っている。ユーキは依頼を終えてメルディエズ学園に戻った直後にロイダス家の警護依頼に就いたため、生徒会は休まずに依頼を受けたユーキに特別休暇を与えた。そして今、ユーキはその特別休暇を満喫しているのだ。
本当はルーマンズの町から戻ってすぐに休暇を取りたかったのだが、手続きや学園側の都合があったため、すぐに休暇を取ることはできなかった。
中庭にいる生徒たちはユーキとグラトンの姿を見て興味のありそうな顔をしたり、小声で何かを話ながら近くを通りかかったりしている。そんな生徒の中には仰向けになっているグラトンやグラトンにもたれるユーキを可愛く思っているのか、笑っている女子生徒たちもいた。
「ハァ、たまにはこういうのもいいかもなぁ」
「ブオォォ……」
周りに視線に気付いていないのか、ユーキは日光を浴びながら気の抜けた声を出し、ユーキの声に反応するようにグラトンが小さく鳴く。その姿はとても優秀な中級生とモンスターには見えなかった。
「どう? ゆっくり休むことはできてる?」
ユーキが目を閉じてくつろいでいるとアイカの声が聞こえ、ユーキは右目を開けて声が聞こえた方を見る。そこには微笑みながら自分を見下ろすアイカの姿があった。
「アイカ、今日は依頼は無いのか?」
「いいえ。この後、下級生の依頼の付き添いがあるの。今はその準備をしている最中よ」
「そうか、頑張れよ」
そう言うとユーキは再び右目を閉じて日向ぼっこを再開する。グラトンは大きく出ている腹を動かしながらイビキを掻いていた。
くつろいでいるユーキとグラトンを見てアイカは弟を見守る姉のようにクスクスと笑う。すると、アイカは何かに気付いたような反応を見せ、上着のポケットから封筒を取り出した。
「そう言えば、ルーマンズから手紙が来てたわよ」
「手紙?」
「ええ、ロイダス子爵の警護をした私たちにね」
アイカが手紙を差し出すとユーキはグラトンにもたれるのを止め、アイカから手紙を受け取る。封筒の表にはロイダス家の警護依頼を引き受けたユーキたち五人の名前が書かれてあり、裏を見ると封筒の隅にバイスの名前が書かれてあった。
「バイスさんからの手紙か」
「ええ、きっとあの後のことが書いていあるのだと思うわ」
「……まだ読んでないのか?」
「ええ、依頼に参加した全員が揃ってから読もうと思ってたんだけど、パーシュ先輩とフィランは依頼に出てるし、フレード先輩は休暇で学園にいないから……」
「なら、先輩たちが戻って来てから読んだ方がいいんじゃないか?」
「私もそう思ったんだけど、先輩たちはいつ戻ってくるか分からないし、全員が揃う機会は殆ど無いから先に読んでも構わないって手紙を持ってきた先生は言ってたわ」
教師の許可を得ていることを知ったユーキは意外そうな顔で封筒を見る。上級生であるパーシュたちよりも先に読むと言うのは抵抗があるが、あの後ロイダス家がどうなったのかも気になっているため、読んでみたいという気持ちも強かった。
「……よし、読んじゃおう。先生の許可も得てるし、大丈夫だろう」
悩んだ末、ユーキは封筒を開けて中の手紙を取り出した。アイカも手紙の内容が気になり、ユーキの隣に座って手紙を覗き込む。
手紙にはユーキたちが依頼を終えてルーマンズの町を出た後のことが記されていた。
アレスが討伐された後、マディソンとバイスはジーゴと今後のことについて改めて話し合いを行い、ジーゴは今後も家族として過ごしていこうと語ったそうだ。しかし、目的のために貴族の権力を利用し、都合の悪いことを隠蔽するために人を暗殺させる者と共に生きていくたくないとマディソンとバイスは拒否した。
マディソンは自分を手に入れるためにアレスや紅の羽のメンバーを暗殺させたジーゴの行いを許せず、ジーゴと別れることを決意する。別れを切り出されたジーゴは当然猛反対した。理由は家族を失うことと、自分が過去に犯した悪行が公になることを避けるためだ。
しかし、マディソンの意思は変わらず、バイスもマディソンの味方をした。立場が悪くなったジーゴは母親の命を助けた件を持ち出してマディソンを止めようとする。だがマディソンは母を助けてくれたことには感謝しているが、隠蔽のために仲間を暗殺させたのなら話は別だと語った。
話によるとジーゴはアレスの件が片付いた後、自分の過去を知った者たちに真実を公にしないよう口止めをするつもりだったらしい。場合によっても二十年前のように暗殺して隠蔽するつもりだったようだ。
だが、流石に自分の家族を殺すことはできず、ユーキたちもメルディエズ学園から派遣されているため、暗殺すればメルディエズ学園に怪しまれてしまうと感じて暗殺はやめたらしい。
結局ジーゴはマディソンを説得することはできずに別れることが決まり、マディソンも貴族夫人と言う立場を捨てて一人の女性に戻った。そして、マディソンはアレスを裏切ってしまったことに対する償いの旅に出ることを決意する。
旅に出るという話をマディソンから聞かされた時、バイスは母であるマディソンの好きにさせてあげたいと考え、旅立つことを反対しなかった。
その後、ジーゴの二十年前の悪行はあっという間にルーマンズの町に広がり、住民たちはジーゴに対して徐々に不信感を懐くようになっていく。更にルーマンズの町だけでなく、ラステクト王国の首都にまでジーゴの悪行が伝わり、王族の耳にも入ってしまう。結果ジーゴはアレスの件から数日後に爵位と財産を没収され、ルーマンズの町から追放された。
ジーゴが追放された後、マディソンは償いの旅に出ていき、一人残ったバイスもジーゴが爵位を失ったことで平民の冒険者としてルーマンズの町で生きていくことを決める。
罪を犯した元貴族の息子ということからバイスは町の住民から冷たい目で見られるのではと思われていたが、バイスは日頃から冒険者として信頼されていたため、住民たちはバイスを毛嫌せずにいつもどおりに接してきていた。
手紙の内容を全て読み終えたユーキは軽く息を吐き、アイカも複雑そうな表情を浮かべていた。
「……好きな人を手に入れるために過ちを犯し、その結果全てを失うとはな」
「ロイダス子爵はともかく、バイスさんやマディソンさんも全てを失ってしまったのは気の毒ね……」
「まぁ、あの二人なら全てを無くしても大丈夫さ。子爵と違って一人で生きていけるだけの技術と知識、勇気を二人は持ってるんだから」
「そうね」
ユーキは手紙を畳んで封筒に入れて口を閉じる。アイカはそんなユーキを無言で見つめていた。
「……ねぇ、ユーキ」
「ん? 何?」
「もしも、もしも貴方がアレスと同じように大切な人に裏切られて、仲間や記憶を全て奪われてしまったら、どうする? やっぱり、アレスみたいに裏切った人に復讐する?」
「いきなり怖い質問をしてくるなぁ……」
「ごめんなさい。ユーキならどうするのか気になって……」
若干暗い表情を浮かべるアイカを見たユーキは難しい顔をしながら考え込んだ。
今回アレスが体験したことを自分が体験することはない、とユーキは断言できなかった。大切な人たちに裏切られてしまうような事態になる可能性は十分あるからだ。
「……正直、分からないな。大切な人に裏切られて取り乱さずにいられるか、感情に流されてアレスと同じ行動を取ってしまうか、その時になってみないと分からない」
「そう……」
「……でも、大切な人に裏切られないようにするため、俺はその人との間に絶対に壊れない絆を作りたい。そして、もし大切な人がマディソンさんのように苦渋の選択を迫られた時には助けてあげられるよう、その人のことをよく理解し、助けてあげられるよう強くなりたいと思ってる」
自分だけでなく大切な人にも辛い思いをさせないようにしたい、ユーキは自分の気持ちを正直に語る。アイカはユーキの答えを聞くと少し驚いたような反応を見せるが、「ユーキらしい」と思いながら優しい笑みを浮かべた。
「まぁ、アレスと同じ体験をしたことが無いからこんな偉そうなことが言えるんだけどな……無責任な言い方だったか?」
ユーキが自分の発言に対して苦笑いを浮かべるとアイカは軽く首を横に振った。
「ううん、そんなことは無い。私は立派だと思うわ」
微笑みを浮かべるアイカを見てユーキは少し頬を赤くする。この時、ユーキは今のアイカはいつもよりも魅力的に見えると思っていた。
「さて、私はそろそろ行かなくちゃ」
手紙を確認したアイカは立ち上がり、膝についている草を払い落とす。ユーキはアイカが立ち上がるとハッと我に返り、持っている手紙を見た。
「えっと……この手紙はどうする? もし君が依頼に出ている間に先輩たちが戻って来たら俺が渡しておくけど……」
「そう? じゃあ、お願い」
「あ、ああ」
アイカは笑いながら手を振って去って行く。そんなアイカをユーキはまばたきをしながら見つめた。
「……改めて思ったけど、アイカってやっぱ綺麗だな」
そう呟きながらユーキは再びグラトンにもたれ掛かって空を見上げる。
目を覚ましたグラトンは少し頬を赤くしながら空を見ているユーキを見て不思議そうな反応を見せた。
今回で第四章は終了します。
またしばらくしたら更新を再開しますので、お待ちください。
今回もキャラクターの名前の由来について説明させていただきます。四章に登場していないキャラクターも含まれています。
まずはユーキを転生させた女神フェスティの名前です。彼女の名前は英語で「祝祭」を意味する「フェスティバル」から来ています。
次にガルゼム帝国の将軍アイビーツですが、彼の名前はロシア語で「野心」を表す「アンビーツィイ」から来ています。
ローフェン東国の軍師、チャオフーは中国語で「狡猾」を意味する「ヂャオフオ」が由来です。
次にベーゼの名前の説明です。ベーゼの方も今回の章に登場していないベーゼが含まれています。
ルフリフの名前はドイツ語で「空襲」を意味する「ルフトアングリフ」が由来です。
フェグッターはドイツ語で「騎士」を意味する「フェッター」から来ています。
ペスートはドイツ語で「疫病」を表す「ペスト」が由来となっています。
今回初登場したユーファルはドイツ語で「奇襲」を意味する「ユーバーファル」が由来です。
人間のキャラクターは所属している国によって言語が変わります。ラステクトは英語、ガルゼムはロシア語、ローフェンは中国語となっています。
以上で名前の由来説明は終了です。今回も読んでくださってありがとうございます。
五章も頑張って投稿しますので、よろしくお願いいたします。




