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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第四章~愛憎の狂者~
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第六十話  姿を消す殺意


 広間の隅にいるジーゴは姿を消したユーファルたちに恐怖し、壁に張り付きながら周囲を見回す。マディソンとバイスもジーゴから少し離れた場所で警戒していた。


「や、奴らは何処へ行ったんだ? 何処に潜んでいるんだ?」

「ちょっと静かにしておくれ、子爵様。アイツらの気配を探れないだろう」


 動揺するジーゴにパーシュが声を掛けて黙らせる。姿を消した敵の居場所を知るには敵が出す音を聞き取ったり、気配を探るしかない。そのために静かな状態でユーファルを探さなくてはならなかった。

 パーシュはヴォルカニックを中段構えに持ち、視線を動かして広間を見回す。フレードとフィランも同じように得物を構えて姿を消したユーファルを探す。勿論、ジーゴたちを護ることも忘れなかった。


「さて、奴らは何処にいるのかねぇ……」

「姿が見えねぇ以上、相手が仕掛けて来るまでは下手に動けねぇな」


 自身の得物を構えながらパーシュとフレードは小声で話し、二人の会話をフィランは黙って聞いている。いつユーファルが攻撃してきても迎撃できるよう、三人は同じ方角は見ずに背中を向け合う陣形を取っていた。

 パーシュたちは警戒心を強くしながら広間を見回す。そんな中、フレードが見ている方角から僅かに音が聞こえ、フレードは目を鋭くして音が聞こえた方に視線を向ける。すると、音が聞こえた場所の風景が僅かに歪み、それに気付いたフレードはリヴァイクスを握る手に力を入れた。


「そこかっ!」


 フレードは風景が歪んでいる場所に向かって走り、リヴァイクスを勢いよく振り下ろす。すると、リヴァイクスは何も無い場所で見えない何かを切り裂き、切り裂いた箇所から赤い血が噴き出る。

 血が噴き出た直後、風景が歪んでいた場所からユーファルが現れた。ユーファルは左腕の上腕部を斬られ、フレードを見ながら小さく鳴き声を出す。フレードはユーファルを見るとニッと笑みを浮かべる。


「やっぱりいたか。お前らの透明化能力は確かに厄介だが、動けばその場所の風景が歪むから目を凝らして見れば何処にいるが分かるんだよ」


 フレードはユーファルを見ると笑みを浮かべながら構え直し、パーシュはフレードがユーファルに攻撃を命中させたのを見て意外そうな顔をしている。実は体を透明化させるユーファルにも弱点があったのだ。

 ユーファルは体中の特殊な鱗を使って周囲の光を屈折させて透明になることができる。だが、透明になっても移動すればユーファルの動きに合わせて風景も僅かに歪むため、よく見ればユーファルの位置が分かるのだ。

 フレードも透明になっているユーファルが動けば風景が歪むことを知っているため、最初に音で大体の位置を特定し、その後に音が聞こえた場所をよく見て風景が歪んでいる所を見つけて攻撃した。ただ、フレードはユーファルが鱗で光を屈折させているという仕組みには気付いておらず、ベーゼの能力だから透明になれるのだと思っている。それはパーシュとフィランも同じだった。

 しかし能力が分かっているとはいえ、見えない敵と戦うのは見える敵と戦うのと比べると大変なため、決して楽な戦いとは言えない。だからフレードたちは油断せずに戦おうと思っている。

 攻撃を受けたユーファルはフレードを威嚇するように鳴きながら再び体を透明化させる。だが、フレードに斬られた左腕からは血が流れており、その血がユーファルの位置を教えてくれた。


「今更姿を隠しても意味ねぇんだよ。もう一度見つからないようにするんなら、その血を何とかするんだな」


 そう言ってフレードはリヴァイクスの剣身から水を出し、刃に沿って水を高速回転させる。ベーゼは治癒力が高いため、すぐに左腕の傷口は塞がってしまうと考えていたフレードは傷が塞がる前に倒してしまおうと思っていた。

 フレードは距離を取られる前に攻撃しようとユーファルに向かって走ろうとする。だが、フレードが一歩前に出た瞬間、右側から何かが迫ってくる気配を感じてフレードは咄嗟に後ろに下がる。その直後、フレードの顔の前をユーファルの舌が通過した。

 目の前の舌を見たフレードが右を向いて確認すると、そこはもう一体のユーファルが透明化を解除して舌を伸ばしている姿があり、それを見たフレードは表情を険しくした。

 ユーファルは透明になることができる厄介なベーゼだが、攻撃する際は必ず透明化を解除して攻撃してくる。なぜ攻撃する時に透明化を解除して攻撃してくるかは分かっていない。仲間のベーゼに自分たちの居場所を教えるためか、同士討ちを防ぐためか、いずれにせよ、透明のまま攻撃されないというのはベーゼと戦う者たちに取って都合が良かった。


「この野郎、邪魔しやがって!」


 攻撃を邪魔されたことに苛つきながらフレードは左手をもう一体のユーファルに向け、手の中に水球を作り出して魔法で反撃しようとする。だが、フレードが魔法を撃とうとした時、フレードの背後の風景が歪む。

 背後からの気配を感じ取ったフレードは魔法の発動を中断して振り返りながら後ろに跳んで距離を取ろうとした。しかし、フレードが離れようとした直前、背後からフレードが先程攻撃したユーファルが現れて右手の爪でフレードを攻撃する。

 爪はフレードのシャツを切り裂くがフレード自身は無傷だった。シャツを切られたフレードはは気に入らなそうな顔をするが、すぐに体勢を整えてユーファルを睨む。ユーファルはフレードを見ながら馬鹿にするように鳴き声を出し、再び透明化する。


「クソ、ふざけた真似しやがって……」


 不意を突かれたことが気に入らないのか、フレードは透明になったユーファルを睨む。すると、透明になったユーファルはゆっくりとフレードに向かって歩き出し、ユーファルが近づいて来ていることに気付いたフレードは目を鋭くする。


「これ以上、好きにさせてたまるか!」


 攻撃される前に先手を打とうとフレードは透明になっているユーファルに向かって走り、距離が縮まるとリヴァイクスで袈裟切りを放って攻撃した。

 だが、ユーファルは透明化したままフレードの攻撃をかわし、素早くフレードの左側面へ移動する。そして、透明化を解除すると再びフレードを切り裂こうと右腕を振り上げた。

 フレードはユーファルに舌打ちをしながら攻撃をかわそうとする。だが、フレードが避けようとした時、ユーファルの左側にフィランが回り込んでコクヨでユーファルを攻撃した。フィランに気付いたユーファルはフレードへの攻撃を中断してフィランがいる方角とは正反対の方へ跳んで攻撃をかわす。

 ユーファルが離れるとフレードは態勢を整えてユーファルの方を向く。その右側にフィランがやって来てユーファルを見ながらコクヨを構えた。


「……迂闊」

「うるせぇな、少し油断しただけだ。奴は俺一人で倒せる、お前はパーシュの手伝いでもしてこい」

「……パーシュも貴方の手伝いをしてこいって言った」

「言われたからって何で俺の方に来るんだよ」

「……貴方の方が押されてるように見えたから」

「何だと!」


 無表情で語るフィランを見てフレードは表情を険しくする。いくら同じ神刀剣の使い手とは言え、中級生のフィランから苦戦していると見られ、フレードの上級生としてのプライドが傷ついたようだ。

 フレードはリヴァイクスを構えながらフィランを睨み、フィランはそんなフレードを無視してユーファルを見ている。すると、ユーファルは再び透明化して二人の視界から消えた。


「……また消えた。今はアイツを倒すことの方が先」

「チッ!」


 今は何をするべきかフィランに言われたフレードは舌打ちをしながら周囲を警戒する。周囲の風景は歪んでおらず、フレードとフィランはユーファルが移動した可能性は低いと感じる。

 だが、ゆっくり移動すれば風景が歪んでいることに気付かれずに移動することができるため、フレードとフィランは音もしっかり聞いてユーファルの居場所を探った。

 その場を動かずに二人はユーファルの気配を探る。すると、頭上から小さな音が聞こえ、フレードとフィランは同時に上を見る。二人の真上には天井があり、天井の一部が僅かに歪んでいた。


「上か!」


 天井を見たフレードはユーファルが透明になって天井に張り付いていると気付き、リヴァイクスの切っ先を天井に向けて伸縮エラスティックの能力を発動させ、剣身を天井に向けて伸ばす。

 しかし天井にいたユーファルはリヴァイクスが刺さりそうになった瞬間に天井に張り付きながら移動してリヴァイクスをかわした。

 攻撃をかわしたユーファルは天井からフレードとフィランの後ろに着地し、四つん這いの状態でフレードの方を向くと透明化を解除すると舌を伸ばして攻撃した。

 振り返ったフレードは右へ移動して舌を回避し、ユーファルに反撃しようとする。だが、フレードが動くよりも先にフィランが一人でユーファルに向かって走った。

 フィランはユーファルに近づくとコクヨで逆袈裟切りを放つ。ユーファルは後ろに跳んでフィランの攻撃をかわすと再び透明化した。

 ユーファルが消えるとフィランは中段構えを取って視線だけを動かして周囲を見回す。フレードも一人でユーファルを倒そうとしたフィランを不満そうな顔で見ながら周囲を警戒した。

 広間の何処にいるか、フレードとフィランは神経を研ぎ澄ましてユーファルの居場所を探る。すると、フィランの耳が何かが擦れるような音が入り、音が聞こえた方を向く。しかしそこにいたのはマディソンとバイスであってユーファルではない。

 先程の音はマディソンとバイスが出した音だと思ったフィランは再びユーファルの居場所を探ろうとする。だが、二人を視界から外そうとした時、フィランはマディソンとバイスの真上の天井が僅かに歪んだことに気付く。

 フィランは軽く目を見開いてマディソンとバイスの真上の天井を見た。その直後、二人の真上に天井に張り付いたユーファルが現れ、口を大きく開けて舌の先をマディソンとバイスに向ける。


「……させない」


 ユーファルがマディソンとバイスを襲い掛かろうとしていることに気付いたフィランは呟きながら暗闇ダークネスを発動させて広間全体に闇を広げ、自分以外の生き物の視覚を封じた。


「なっ! ドールスト、何しやがる!」

「またアンタは勝手に暗闇ダークネスを発動して!」


 突然視界が黒一色になり、フレードとパーシュは混沌術カオスペルを発動したフィランに文句を言う。ジーゴたちも何も見えなくなって動揺しているが、フィランは周囲の反応を無視してマディソンとバイスを襲おうとしているユーファルの方へ走り出す。

 広間が闇に包まれる中、フィランは真っすぐユーファルに向かって行く。パーシュたちだけでなく、ユーファルも視覚が封じられてるため、視界は真っ黒になっている。そのため、襲おうとしていたマディソンとバイスも見えず、天井に張り付いたまま混乱していた。

 ユーファルが混乱している間にフィランはマディソンとバイスの前までやって来た。そして、マディソンとバイスの手を掴み、ユーファルの真下から移動させると天井に張り付いているユーファルに向けて左手を伸ばす。


「……石の弾丸ストーンバレット


 魔法を発動させたフィランは左手から石をユーファルに向けて放つ。石はユーファルの顔面に命中し、ダメージを受けたユーファルは床に向かって落下する。フィランは落ちてくるユーファルを見ながら八相の構えを取った。


「……クーリャン一刀流、四連舞斬しれんぶざん


 呟いたフィランは落ちてくるユーファルに向かってコクヨを素早く四回振る。ユーファルは両腕、左足、胴体を両断し、ユーファルの体をバラバラにした。

 ユーファルは上半身と下半身が分かれた状態で床に落ち、その近くに両腕と左足も落ちる。ユーファルをバラバラにしたことでもう襲って来ることは無いと感じたフィランは暗闇ダークネスを解除して闇を消した。

 闇が消えるとパーシュたちの視界も戻り、すぐに周囲を見て現状の確認をする。そして、バラバラになっているユーファルを見て全員が目を見開く。ジーゴたちはユーファルの姿を見てかなり驚いているが、パーシュとフレードはフィランが暗闇ダークネスでユーファルの視覚を封じている間に倒したのだとすぐに気付いた。

 バラバラにされたユーファルの両腕と左足、下半身は一つずつ黒い靄となって消滅していき、それを見たフィランはゆっくりとユーファルに背を向けて離れる。だがその時、まだ消滅していないユーファルの上半身が動き出して頭部が背を向けているフィランの方を向く。そして、大きく口を開けて舌でフィランを攻撃しようとした。

 フィランは背後からの気配に気付いて後ろを向き、舌で攻撃しようとするユーファルを見ると迎撃しようとする。だが、フィランが迎撃しようとした時、彼女の右側を何かが通過し、ユーファルの頭部に命中した。

 ユーファルに命中した物を確認すると、それは剣身が伸びたリヴァイクスで切っ先がユーファルの眉間に刺さっている。フィランは剣身が伸びて来た方角を見ると、リヴァイクスを右手で持ち、ユーファルに向けているフレードの姿があった。


「消滅するのを確認もせずに背を向けるなんて、迂闊だな?」


 フレードは先程の仕返しをするかのように笑いながらフィランに言われた言葉を口にする。フィランは笑うフレードをまばたきをしながら無表情で見ていた。


「……油断してたわけじゃない。襲って来ても問題無く返り討ちにできるよう、意識を集中させていた」

「フン、そういうことにしておいてやるよ」


 先程の自分と同じようなことを言うフィランを見ながらフレードはリヴァイクスの剣身を元に戻して伸縮エラスティックを解除する。リヴァイクスが引き抜かれるとユーファルの上半身も黒い靄と化し、ユーファルは完全に消滅した。

 二体のユーファルの内の一体が倒されたのを見てジーゴは少し安心した表情を浮かべる。マディソンとバイスも少し落ち着いた様子を見せているが、まだ一体残っているため、ジーゴのように安心することはできなかった。


「さて、残りは一体、だな」


 フレードはリヴァイクスを軽く振ってから少し低めの声で呟いた。


――――――


 パーシュももう一体のユーファルと向かい合ってヴォルカニックを構えている。舌を出しながら目をギョロギョロと動かすユーファルを睨みながらパーシュは中段構えを取っていた。

 ユーファルの体にはフレードに付けられた切傷が付いているが、既に傷口は塞がっており、出血も止まっている。傷口から流れ出る血を見れば透明化しても居場所が分かるのだが、既に止血しているため、透明化した時に居場所を特定するのが難しくなっていた。


「さてと、どう戦うかねぇ。フレードが付けた傷が塞がっている以上、別の方法で探すしかないわけだけど……」


 透明化した時にどうするか、パーシュはユーファルを見つめながら考える。そんな中、ユーファルはパーシュに向けて舌を勢いよく伸ばして攻撃してきた。

 パーシュは迫ってくる舌を右に移動して回避し、伸びる舌を斬り落とそうと上段構えを取る。だが、ユーファルは舌が狙われていることに気付くと体を透明化させた。同時に伸びている舌も透明化し、舌が視界から消えるとパーシュは反撃を警戒して軽く跳んで距離を取る。

 距離を取ったパーシュは構え直して周囲を見回す。しかし周りの風景は歪んでおらず、ユーファルが動かずにジッとしていると感じたパーシュは耳を澄まし、視線を動かして歪んでいる場所が無いが探した。

 しばらく周囲を見回していたが、風景の歪みは見られず、ユーファルは未だに動いでいないのかとパーシュは感じる。すると、背後から微かに足音が聞こえ、パーシュは右から振り返ってヴォルカニックを横に振った。ところが背後には何もいない。

 てっきり透明化したユーファルが気付かないうちに背後に回り込んだのではとパーシュは思ったが、背後に横切りを放った時に何かを切ったような感触は無く、パーシュは意外そうな反応を見せた。

 ヴォルカニックが空を切ったことで背後に回り込んでいたユーファルが横切りを回避したのではと思ったが周りの風景は歪まなかったため、パーシュは最初から背後にユーファルはいなかったのだと知った。


「後ろにはいなかった。それじゃあ、さっきの音は……」


 先程聞いた音は気のせいだったのか、とパーシュはヴォルカニックを構え直しながら考えていると、上から粉状の物が振ってきてパーシュの目の前を通過する。粉を見たパーシュが上を向くと天井から再び粉が振り、それと同時に天井に張り付いているユーファルが姿を現した。

 いつの間にか天井に張り付いていたユーファルを見てパーシュは目を見開き、そんなパーシュに向かってユーファルは舌を伸ばして攻撃する。パーシュは咄嗟に後ろに跳んだため直撃は免れたが、舌はパーシュの制服の胸の部分を掠って僅かに破いた。

 突然の攻撃にパーシュは一瞬驚くが、すぐに天井にいるユーファルに向かって左手を伸ばし、左手の中に火球を作る。同時に混沌紋を光らせて爆破バーストの能力を発動させた。


火球ファイヤーボール!」


 力の入った声を出しながらパーシュは火球をユーファルに向かって放つ。ユーファルは火球を見ると素早く天井から下りて四つん這い状態で床に着地した。爆破バーストの力が付与された火球は天井に命中すると爆発して天井の一部を破壊する。パーシュが爆発の威力を抑えていたためか、天井の被害はそれほど酷くなかった。

 広間の隅で戦いを見守っていたジーゴは天井が破壊されたのを見て驚愕した表情を浮かべている。だが、最初にパーシュに被害が出ると言われており、ベーゼを倒すためなら致し方ないと感じたのか文句を言ったりはしなかった。

 爆発で天井が破壊されると天井の一部が無数の欠片となって真下にいるユーファルに落ちる。ユーファルは落ちてくる欠片を気にすることなくパーシュに反撃しようとした。すると、ヴォルカニックの剣身に炎を纏わせたパーシュが走ってきてユーファルの目の前まで近づいてくる。


「今度は逃がさないよ。かわせるもんならかわしてみな!」


 パーシュは炎を纏うヴォルカニックでユーファルに袈裟切りを放つ。ユーファルは立ち上がって攻撃を避けようとするが、反応が遅れたことでパーシュの攻撃をまともに受けた。

 燃えるヴォルカニックはユーファルの左肩から右の脇腹辺りまでを切り裂き、同時に剣身の炎がユーファルの体を燃やす。斬られた痛みと焼かれる痛みに同時に襲われ、ユーファルは鳴き声を上げながらふらつくように後退する。しかし、中位ベーゼであるからかパーシュの攻撃を受けても倒れることは無かった。

 倒れないユーファルを見てパーシュはしぶといと感じているが、同時に流石は中位ベーゼだと感心する。既にユーファルは大ダメージを受けており、パーシュは次の一撃で決着をつけてやろうと思っていた。

 パーシュは炎を纏ったままのヴォルカニックを握って八相の構えを取り、ユーファルを追撃しようとする。だが、パーシュが動く前にユーファルが舌を伸ばしてパーシュに攻撃をしかけてきた。

 舌はパーシュの腹部に迫っていき、パーシュは体を右に反らして舌をかわす。舌がかわされるとユーファルはパーシュの反撃を警戒して透明化しようとする。しかしパーシュはユーファルが姿を消す前に左手から火球を放ってユーファルの顔面に命中させた。

 火球が命中したことでユーファルの頭部は炎に包まれ、頭部を焼かれる熱さにユーファルは苦痛の鳴き声を上げながら舌を引っ込めた。


「同じ手が通用すると思ったのかい? さっきも言っただろう、今度は逃がさないってね!」


 パーシュはユーファルを睨みながらヴォルカニックを両手で持ち、ユーファルに向かって走り出す。頭部を焼かれる痛みのせいなのか、ユーファルはパーシュが近づいて来てもその場を動けずにいた。

 一気に距離を詰めてユーファルの目の前までやって来たパーシュは素早く上段構えを取った。


焔の連撃フレイム・コンティニュアス!」


 パーシュはヴォルカニックを勢いよく振り下ろしてユーファルの胴体を斬った。更に連続でヴォルカニックを振ってユーファルの体を斬り、同時に剣身を包む炎がユーファルに大ダメージを与える。

 連続切りが終わるとパーシュはユーファルを見つめながらヴォルカニックを振って剣身の炎を消す。目の前には体中を斬られたユーファルが立っており、切傷の一部は炎で焼かれて焦げていた。

 パーシュの攻撃を受けたことで決定的なダメージを受けたユーファルは動かず、体のあちこちを燃やしながらゆっくりと後ろに倒れる。そしてそのままユーファルの体は黒い靄と化して消滅し、同時にユーファルの体の炎も消えた。


「フゥ、やっと片付いたか。……中位ベーゼ相手にこんなに時間を掛けちまうなんて、あたしもまだまだだね」

「へぇ~、分かってるじゃねぇか。自分が未熟だってことをよぉ」


 背後からフレードの声が聞こえ、パーシュは嫌そうな顔をしながら振り返る。そこにはリヴァイクスを持ったまま歩いて来るフレードとコクヨを鞘に納めるフィランの姿があった。

 パーシュは広間の周囲やフレードとフィランの後ろを見てもう一体のユーファルがいないことを確認し、もう一体も倒したんだろうができたのだと知った。

 フレードはパーシュの前までやって来るとリヴァイクスを鞘に納めながらニッと小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「こっちはお前よりも前に片付けちまったんだぜ? 神刀剣の使い手なのに情けねぇな?」

「フン、そっちはフィランと二人で戦ったんだから早く倒せるのは当然だろう。当たり前のことを偉そうに言うんじゃないよ」

「だがお前の混沌術カオスペルは俺やドールストの混沌術カオスペルと比べて攻撃力があるんだ。攻撃力のある混沌術カオスペルを上手く使えば俺たちよりも早く倒せたんじゃねぇのか?」

「あたしは屋敷に大きな被害を出さないようできるだけ力を抑えて戦ってたんだ。もし力を抑えずに戦ってればアンタよりも早く片付けてたよ」

「おやおや、言い訳とは見苦しいんじゃねぇか?」

「アンタこそ、上級生ならフィランが加勢する前にユーファルを倒してみせなよ。どうせフィランに手伝ってもらって倒したんだろう?」


 戦いが終わったばかりとは言え、まだ緊迫した空気が漂っているというのに口論を始めるパーシュとフレード。フィランは喧嘩する二人をただ黙って見ていた。

 パーシュとフレードが睨み合っていると、広間の隅にいたジーゴたちが歩いて来る。ジーゴたちに存在に気付いたフィランはジーゴたちの方を向き、パーシュとフレードも口論をやめてジーゴたちを見た。


「皆さん、大丈夫ですか?」


 バイスがパーシュたちの安否を確認するとパーシュは二ッと余裕の笑みを浮かべる。


「ああ、こっちは問題無いよ。アンタたちこそ、大丈夫だったかい?」

「ええ。一度襲われそうになりましたが、フィランさんが助けてくれましたので……」

「へぇ~そうなのかい。流石だね、フィラン」

「……別に褒められるようなことじゃない。当然のことをしただけ」


 褒められたのに無表情のまま呟くフィランを見てパーシュは相変わらずだと思いながら笑う。バイスは感情を表に出さないフィランを見ながらまばたきをしていた。


「それはそうと、どうしてベーゼがこの屋敷に現れたのだ? そもそもどうして町の中にベーゼがいる?」


 ジーゴは少し興奮した様子でパーシュたちに問いかけ、パーシュたちは目を少し鋭くしながらジーゴの方を向いた。


「……恐らく、アレスの襲撃に関係してるんだろうね」

「アレスだと?」


 アレスがベーゼと関わりを持っていると聞かされたジーゴは目を見開き、マディソンも耳を疑うような顔でパーシュを見つめた。


「奴は今朝の襲撃の時、逃げる際にベーゼが放つ光球を撃ってきやがった。だからベーゼと繋がりがあるのは間違いねぇって俺らは思ってたんだよ」

「では、先程のベーゼたちはアレスが差し向けた存在、と言うことですか?」


 マディソンが不安そうな声を出して尋ねるとフレードはチラッとマディソンに視線を向ける。


「そいつはまだ分からねぇ。だが、その可能性もゼロじゃねぇだろうな」

「そんな、彼がベーゼと……」


 口を両手で押さえながらマディソンは一歩後ろに下がる。自分のせいでアレスがベーゼと関わりを持つほど堕ちてしまった知ったことにマディソンは強い罪悪感を感じていた。

 マディソンは俯きながら小さく震え、バイスはマディソンの肩にそっと手を置く。パーシュたちは震えるマディソンを黙って見つめていた。


「……そう言えば、ベーゼが襲撃してきたって言うのにルナパレスとサンロードは何処で何してるんだ?」


 フレードはユーキとアイカのことを思い出し、広間の出入口に視線を向ける。パーシュたちも二人のことを思い出して一斉に反応した。


「こんだけデカい音を立てて戦ったんだ。アイツらなら音を聞けばすぐに駆けつけてくるはずだぞ」

「確かにあの二人が来ないって言うのは変だね……」


 ユーキとアイカの性格を知っているパーシュは二人が広間にやって来なかったことを不思議に思う。


「ま、まさか、敵に怯えて逃げてしまったのではないのか?」

「馬鹿言うんじゃねぇ! アイツらはそんな腰抜けじゃねぇよ」


 フレードは力の入った声でジーゴの言葉を否定し、フレードの声に驚いたジーゴはビクッと体を小さく震わせる。

 雇い主であるジーゴに対して先程のフレードの言葉遣いは無礼だと思われるが、パーシュたちはジーゴの本性を知ったためか誰もフレードを注意せず、ジーゴの味方もしなかった。ジーゴは既に貴族として、ロイダス家の主としての信頼を失っているようだ。

 

「とにかく、一度ユーキとアイカの所に行ってみよう。確か二人は屋敷の外の警備をしていたはずだ」

「そうだな……ところで子爵様たちはどうする? 此処に残ってもらうか?」


 フレードがジーゴたちを親指で指しながら尋ねるとパーシュはチラッとジーゴたちを見る。

 先程ベーゼたちの襲撃が遭ったため、ジーゴたちを同じ場所に残しておくのは少々危険だった。しかも、ユーキとアイカの様子を見に行くため人数も少なくなってしまうと、もし先程と同じように中位ベーゼに襲撃されたらジーゴたちの警護も難しくなる。


「……念のため、全員で様子を見に行こう。一緒に行動すれば例えまた襲撃されても護ることができるからね」

「まぁ、同じ場所でジッとしてるよりは安全だろうな」


 近くにいた方が警護しやすいというパーシュの考えに納得し、フレードも同行させるべきだと考える。フィランはどんな判断だろうと上級生の指示ならそれに従おうと考えているのか何も言わなかった。


「という訳で、アンタたちも俺らと一緒に来てもらうぞ?」

「ハイ、構いません」


 バイスは不満などは無いのか素直に従い、マディソンも辛そうな顔をしながら頷く。

 ジーゴは動き回るのは嫌なのか若干不満そうな顔をしているが、再びベーゼに襲われる可能性があるため、少しでも安心できるパーシュたちの傍にいた方がいいと考え、同行することにした。


「それじゃあ、まずは中庭に行ってみるかね」


 そう言うとパーシュは広間の出入口の方へ歩いて行き、フレードたちもパーシュの後に続いて歩き出した。


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