第五十九話 緑の奇襲者
ベーゼの光球を放った時からアレスがベーゼと繋がりを持っていたと予想はしていた。
しかし、ベーゼそのものになっているとは思っていなかったため、アレスの姿を見たユーキとアイカは衝撃を受けていた。
「朝の襲撃で光球を撃った時はてっきり特殊な方法で光球を撃っていたと思ってたけど、まさかベーゼになっていたとはな。どおりで人間とは思えない動きができたわけだ」
ユーキは昨晩の襲撃でアレスが見せた身体能力を思い出し、ベーゼになったのならできてもおかしくないと納得する。アイカも同じ気持ちなのか少し緊迫したような表情を浮かべてアレスを見つめた。
アレスはユーキとアイカに見られる中、自身の右手を何度も握ったり開いたりしている。まるで自分の体の調子や感覚を確かめるように見えた。
「この体を手に入れてから人間だった時とは比べ物にならないくらい強くなった。いや、二十年前よりも強くなってるかもしれないな」
「……どうしてベーゼになったのか、参考までに教えてくれないか?」
ユーキはアレスがなぜベーゼになったのか、どうやってベーゼになったのか気になってアレスに問いかける。アレスが素直に答えてくれるとは思っていないが、訊かなければ何もとも変わらないため、とりあえず訊いてみることにしたのだ。
自身の右手を見ながら笑っていたアレスはユーキの方を見ると小さく鼻を鳴らす。アレスの反応を見たユーキはやはり答える気は無いかと感じた。
「本来なら教えてやる必要は無いのだが……いいだろう、今は気分が良いからな。特別に教えてやろう」
意外にもアレスはベーゼになった理由を教えると答え、ユーキは軽く目を見開いた。アイカも教えてくれるとは思っていなかったらしく、アレスの返事を聞いて少し驚いていた。
ユーキとアイカが注目する中、アレスは自身の手を見つめながら語り始める。
「二週間前、全ての記憶を取り戻した俺はマディソンに裏切られたこと、紅の羽の仲間たちが殺されたことを知り、マディソンたちに復讐することを決めた。だが歳を取り、長い間商人として生きてきた俺は力が衰えていた。力を失い、どうすればいいか分からず途方に暮れていた時、俺の前にアイツが現れたんだ」
「アイツ?」
「人間のように喋ることができるベーゼだ。……確かベギアーデと名乗ったな」
アレスの口から出た言葉にユーキとアイカは目を見開く。以前遭遇した最上位ベーゼが最近アレスと接触したと知って二人は驚いた。
ユーキとアイカが驚いていることに気付いていないのか、アレスはベギアーデと出会った後のことを話し続ける。
「突然現れたベーゼに俺は警戒したが、アイツは敵意を見せず、こんなことを言ってきた。『貴様に復讐する力を与えてやる。その代わり、復讐を成し遂げた後は我らに力を貸せ』とな」
「それで貴方をベーゼになったのですか?」
黙って話を聞いていたアイカは僅かに低い声でアレスに尋ねる。アレスはアイカの方を見るとニッと笑いながら頷いた。
「ああ。アイツがなぜあんなことを言ったのかは分からなかったが、復讐する力を得られるチャンスだと思った俺は迷わずにアイツと取引したんだ」
「何てことを……」
人間であることを捨て、この世界を脅かす存在になることを選んだアレスをアイカは哀れむような目で見つめる。
最初はアレスのことを愛する人に裏切られ、仲間を殺された可哀そうな人間に思っていたが、今のアイカにはアレスを気の毒に思うことはできなかった。
「それから俺をベーゼに改造され、この強大な力を手に入れた。そして、今の俺ならマディソンたちを楽に殺すことができると悟った。……だが、ただ殺すだけでは俺の気が治まらない。俺を苦しめた分、じっくり時間を掛けてアイツらに恐怖を与え、それから惨たらしく殺してやると決めたんだ」
「成る程、だから屋敷に侵入してもマディソンさんやロイダス子爵には手を出さず、屋敷で働く使用人やメイドたちを手にかけて恐怖を与えていたってわけか」
「そのとおりだ。子供のくせになかなか鋭いじゃないか?」
アレスは不敵な笑みを浮かべながらユーキを見下す発言をし、ユーキはそんなアレスを黙って見つめる。
今のアレスは今朝と比べると態度が大きくなり、口調も乱暴なものになっている。そんなアレスを見ていたユーキは徐々に理性が薄れており、このままでは体だけでなく心までもがベーゼにようになってしまうのではと感じていた。
「……もう一つ訊きたいんだけど、どうやってベーゼたちを町の中に入れた? ベーゼが町に侵入できないよう城壁や正門の警備は厳重なはずだ」
ユーキはもう一つの疑問に思っていたことをアレスに尋ねる。すると、アレスは小馬鹿にするような顔で鼻を鳴らした。
「それは教えられないな。気分が良いからと言って全ての質問に答えるほど俺は素直じゃない」
「そうか……」
小さな声で返事をしたユーキはアレスと待機しているモイルダーたちを警戒しながら今の構えを解き、新たに双月の構えを取る。ユーキが構えを変えたことに気付いたアイカはユーキが闘志を燃やしていると感じた。
「……アンタがどうやってベーゼになったのかは分かった。アンタに訊きたいことももう無いし、アンタを斬らせてもらう」
「ほぉ? 俺を捕縛するんじゃなかったか?」
「捕縛、もしくは討伐って言っただろう? 依頼主の指示が無い限り、相手を捕まえるか倒すかは俺たちの自由なんだよ」
「だから討伐を選んだのか? 俺は裏切られた被害者だって言うのに、意外と冷徹な奴だな」
「都合のいいことを言うな!」
アレスを睨みながらユーキは力の入った声を出す。ベーゼ化して性格が変わっただけでなく、自分に都合のいい考え方までするようになったアレスにユーキは心の中で呆れ果てていた。
「アンタが人間で、捕まえることが可能なら捕縛しようと思っていた。だが、今のアンタはベーゼだ! ベーゼからこの世界を護ることが俺たちメルディエズ学園の生徒の使命。ベーゼとなり、この世界の人たちにとって危険な存在となった以上、アンタをこのまま放っておくわけにはいかない!」
双月の構えを崩さずにユーキは自分のなすべきことを語り、アイカもプラジュとスピキュを構え直してアレスを見つめる。
相手が人間であれば情けをかけようとも思えたが、相手がベーゼである以上は情けを掛ける必要は無い。メルディエズ学園の生徒として迷わずにアレスを倒そうと二人は思っていた。
アレスは自分を討伐すると決めたユーキとアイカを見て再び表情を険しくした。裏切られ、二十年も辛い思いをしてきた自分に同情せず、斬ろうとしている二人を見てまた怒りが込み上がってきたようだ。
「俺を放っておくわけにはいかない、か……なら、メルディエズの生徒として、俺を止めて見せろ!」
怒りの籠った声を出しながらアレスは両足を軽く曲げながら左腕を前に伸ばし、右手を顔の横に持ってくる。すると、アレスの両手の全ての爪が30cmほどの長さまで伸びた。
伸びた爪は鋭利な刃物のようになって不気味に光っている。アレスの爪を見たユーキとアイカは改めてアレスが人間をやめてしまったのだと感じた。
「アイカ、コイツらは俺が相手をする。先輩たちにアレスが現れたことを伝えて来てくれ」
「分かったわ」
アイカはパーシュたちに知らせるために屋敷に向かおうとする。ところが、アイカの前に三体のモイルダーが回り込んでアイカの行く手を塞いだ。
立ち塞がるモイルダーたちを見たアイカは立ち止まって構え直す。控えていた六体のモイルダーはあっという間にユーキとアイカを取り囲み、ユーキとアイカは背中合わせになりながらモイルダーたちを警戒する。取り囲まれる二人を見てアレスはニヤリと笑みを浮かべた。
「仲間の下には行かせない。ここで合流されたら今朝と同じ状態になってしまうからな」
「クッ!」
ユーキはアレスを睨み、アイカも鬱陶しそうな顔でモイルダーたちを見ている。モイルダーたちは小さく声を漏らしながら爪を光らせ、いつでも攻撃できる態勢に入っていた。
「それに、お前たちの仲間も今頃楽しんでいるはずだ。こっちはこっちで殺し合いを楽しもうじゃないか」
「何?」
アレスの言葉にユーキは思わず訊き返し、アイカも視線だけを動かしてアレスの方を見た。
ユーキとアイカはモイルダーを警戒しながらアレスの言葉の意味を考えている。そして、しばらく考えると二人は大きく目を見開く。
目の前にいるアレスたち以外にもベーゼが町に侵入しており、マディソンたちを襲うために既に屋敷の中に侵入しているとユーキとアイカは気付いた。
「お前たち以外にもベーゼがいるのか!?」
「フフフッ」
質問に答えずに笑っているアレスを見てユーキは他にベーゼがいると確信し、アイカも緊迫した表情を浮かべていた。
「本当は俺自身の手でアイツらを殺してやりたかったんだが、これ以上時間をかけるとアイツらを始末するのが難しくなってしまからな。さっさと終わらせるためにアイツらに任せることにしたんだ」
「何?」
アレスの言葉を聞いたユーキは反応する。マディソンたちの警護はパーシュたちがしており、例えベーゼが襲って来ても並のベーゼなら返り討ちにするとユーキは確信していた。
だが、アレスの言い方だとパーシュたちでも苦戦するほどのベーゼが侵入した可能性が高く、パーシュたちでも苦戦するのではと不安を感じていた。
「さて、お喋りはこれぐらいにしてそろそろ始めるか。仲間やマディソンたちが心配なら、さっさと俺たちを倒して屋敷に戻るしかないぞ? もっとも、お前たちが此処で死ぬのだから、仲間たちの下にはいけないがな」
自分が勝つと確信しているアレスは爪を光らせながら笑みを浮かべ、モイルダーたちもユーキとアイカを見ながら爪を光らせた。
ユーキとアイカはアレスとモイルダーたちの立ち位置、屋敷までの距離からやはりアレスたちを無視することはできず、屋敷に戻るにはアレスたちを何とかしなくてはならないと思った。
パーシュたちの下へ向かうためも早くアレスたちを倒さなくてはならないと考え、ユーキとアイカは得物を構えた。
――――――
その頃、パーシュたちはジーゴたちと共に一階の奥にある広間にいた。今朝の襲撃からアレスが明るい時間にも襲撃して来る可能性が出てきたため、いつ誰が襲われてもすぐに対処できるよう、三人にはできるだけ同じ部屋にいてもらうことにしたのだ。
マディソンは椅子に座って窓の外を眺めており、バイスはマディソンの近くで自分の槍を持ったまま長椅子に座って目を閉じている。そして二人から離れた所ではジーゴがワインと思われる酒の入ったグラスを持って立っており、グラスの中の酒を一気に飲み干した。
パーシュたちは部屋の隅で待機しており、ジーゴたちを黙って見守っている。広間にいる者は誰一人喋らずとても静かだった。
「……おい、何かスゲェ気まずい空気じゃねぇか?」
フレードが小声で右隣に立っているパーシュに声を掛けると、パーシュは複雑そうな表情を浮かべてフレードの方を見た。
「仕方がないよ、あんなことがあったんだから。今まで見たいに向かい合って楽しく会話するなんて無理さ」
パーシュもフレードと同じように小声で答えてから黙り込んでいるジーゴたちに視線を向ける。フレードは面倒そうな顔でジーゴたちを見ており、フレードの左隣に立つフィランは無表情のまま三人を見ていた。
アレスと紅の羽の真実が明らかになってからジーゴたちの関係は気まずくなり、三人は殆ど会話をしなくなった。マディソンとバイスは簡単な会話ぐらいはするが、ジーゴは二人と喋ろうとせず、一人で酒を飲んだり本を読んだりしている。
初めて屋敷に来た時にパーシュたちは楽しく会話をするジーゴたちの姿を見ていたため、今のジーゴたちの姿を見るとその時の関係が嘘みたいに思えて複雑な気持ちになっていた。
「このままにしといていいのか? アイツらの関係が悪いままだと警護にも支障が出ると思うぜ?」
「分かってるよ。でも、家族の問題に他人のあたしらが口を挟む権利はない。自分たちで解決してくれるのを待つしかないよ」
「へっ、普段は偉そうなこと言ってるくせにこういう時には何も言えねぇんだな」
「何だって?」
小声で突っかかって来るフレードをパーシュは睨み、フレードも「文句あるのか」と言いたそうな顔でパーシュを見る。気まずい雰囲気の中で口論を始めるパーシュとフレードをフィランは表情を変えず、視線だけを動かしてみていた。
静かな広間をフィランは目だけを動かして見回す。いつ襲撃されるか分からない以上、常に警戒して異常が無いか調べる必要があった。勿論、いつでも戦闘態勢に入れるよう腰のコクヨは抜刀できるようにしている。
フィランはジーゴたちのことも気にしながら広間を調べ、変な音が聞こえないか耳も澄ませる。すると、広間の外から微かに何かが割れる音が聞こえた。
「……ん?」
音に気付いたフィランは出入口である扉の方を向き、それに気付いたパーシュとフレードも喧嘩をやめてフィラン方を見る。
「ドールスト、どうした?」
「……今、部屋の外から何かが割れるような音が聞こえた」
「音? 俺は聞こえなかったぞ。気のせいじゃねぇのか?」
「……違う、確かに聞こえた」
フィランは表情を変えずに間違い無いと語り、フレードは疑うような顔でフィランを見る。パーシュはフィランの言っていることを信じているのか真剣な顔でフィランを見ていた。
これまで会話もせずに黙っていたジーゴたちもフィランの言葉を聞いて一斉に彼女に注目する。今朝アレスが襲撃してきたため、また襲撃に現れたのではと不安に思っていた。
「念のために調べておいた方がいいかもしれないね。あたしが見て来るから、此処は任せたよ」
フィランが聞いたという音の原因を調べるためにパーシュは広間の出入口に向かう。すると、広間の外から陶器が割れるような音が聞こえ、パーシュたちは一斉に反応する。今度はフィランだけでなくパーシュたちにも聞こえるほど大きな音だった。
「な、何だ今の音は!?」
何か良くないことが起きたと感じたジーゴは酒瓶とグラスを持ったまま扉を見つめ、マディソンは席を立って扉がある方と正反対の方へ移動して距離を取る。バイスも立ち上がると持っている槍を構え、マディソンを護るように彼女の前に移動した。
パーシュたちも警戒心を強くし、腰の得物に手を掛けていつでも抜ける体勢を取った。警戒態勢に入るとパーシュは改めて音の原因を確かめるために扉の方へ歩く。だがその時、扉が勢いよく開いて一人の若いメイドが広間に入って来た。
突然入室してきたメイドを見てパーシュたちの顔に緊張が走る。メイドは息を切らせており、それを見た一同は何か良くないことが起きているとすぐに理解した。
「み、皆様、大変です! モ、モンスターが襲撃してきました!」
「モンスター? アレスじゃないのかい?」
てっきりアレスが襲撃してきたと思っていたパーシュは意外に思いながらメイドに尋ねる。メイドは緊迫した表情を浮かべながらパーシュの方を向いて首を横に振った。
「ち、違います。明らかに人間ではない怪物で、窓を破って屋敷内に侵入してきたんです! それから怪物たちは屋敷の中にある物を破壊しながら皆に襲い掛かって……」
動揺しながらもメイドは何が起きたのかパーシュたちに説明し、話を聞いたパーシュはフィランが最初に聞いた音は窓ガラスの割れた音で、先程聞いた音がメイドの言う怪物が暴れた時に出た音なのだと知った。
「どういうことだい? どうしてモンスターが町の中にいるんだ。と言うか、屋敷の警備にはユーキとアイカが就いているはずだろう。二人はどうしたんだい?」
「分かりません。屋敷の中にはいらっしゃらないので、恐らく外の見張りをして……」
メイドがユーキとアイカの居場所について喋っていると、突然メイドの胸を細長い何が貫き、広間の床にメイドの血が飛び散る。広間にいるフィラン以外の全員は突然の出来事に驚いて目を見開く。
「え……な、に……これ……?」
致命傷を負ったメイドは何が起きたのか分からず、震えながら自分の胸を貫く物を見つめる。
メイドを貫いていたのは先端が少し尖っている薄いピンク色の触手のような物で、一瞬でメイドの胸の中に引っ込む。その直後にメイドは前に倒れて動かなくなった。
よく見るとメイドの背中にも穴が開いており、パーシュたちはメイドが背後からあの細長い触手のような物に体を貫かれたのだと気付く。
パーシュたちがメイドの死体を見ていると一体に人型の怪物が死体を跨いで広間に入り、怪物を見たパーシュたちは一斉に身構える。
怪物は身長180cmほどで背中は少し曲がっており、全身が爬虫類のような緑色の鱗に覆われている。ギョロッとした大きな目が二つ付いたカメレオンのような顔を持ち、手足は若干細く、指は四本で全ての指からは太くて鋭い爪が生えていた。そして、背中には背骨に沿うように小さい棘が幾つも生えている。
広間に入ったカメレオンの顔をした怪物は扉から少し離れた所で立ち止まり、大きな目を動かしたパーシュたちを見る。更にもう一体同じ怪物が入ってきて最初に入った怪物の隣に来て立ち止まった。
怪物を見たジーゴは持っている酒瓶とグラスを床に落として後ろに下がり、マディソンも汗を掻きながら警戒する。バイスは険しい顔をしながら槍を強く握って怪物たちを睨んでいた。
「コイツは、ユーファル!?」
「おいおいおい、何でベーゼがこんな所にいるんだよ!」
パーシュとフレードは怪物を見て驚きの表情を浮かべ、ジーゴたちは目の前にいるのがベーゼだと知ると驚きながら二人の方を見た。
「ベーゼ? コイツらはベーゼなんですか?」
「ああ、間違い無い。しかも中位ベーゼでちょっと面倒な奴だ」
バイスの問いに答えながらパーシュはヴォルカニックを抜いて中段構えを取り、フレードとフィランもリヴァイクスとコクヨを抜いてユーファルを見つめる。ジーゴたちは屋敷を襲撃したのがモンスターではなくベーゼと知ると更に驚いた表情を浮かべた。
ユーファルたちは身構えるパーシュたちを見ると口を大きく開け、中から細長い舌を出して生き物のように動かす。ユーファルの舌を見たパーシュたちは舌がメイドを貫いた細長い物と同じであることに気付き、メイドはユーファルの舌で貫かれたのだと知る。
「しかし、どうしてベーゼがこんな所にいるのでしょう? そして、なぜこの屋敷を……」
なぜベーゼが現れたのか理解できないマディソンは汗を流しなが不思議に思う。ジーゴとバイスも今までルーマンズの町にベーゼが侵入したことが無かったため、驚くのと同時に疑問に思っていた。
パーシュたちは今朝の襲撃でアレスがベーゼの光球を放ったことから目の前にいるユーファルがアレスの仲間ではないかと感じていた。しかし、アレスと繋がっているという根拠が無いため、間違い無くアレスの仲間だと断定することはできない。
「……今はコイツらのことを考えるより、この場を何とかすることの方が重要だな。コイツらが俺らに殺意を持っていることは間違いねぇんだし」
フレードは呟きながらリヴァイクスを構えて両足を軽く曲げる。パーシュとフィランもユーファルたちがいつ動いても対応できる体勢を取った。
「バイス、お前はお袋さんたちと一緒に部屋の隅まで下がってろ。コイツらはちぃと手強くてな、お前らが近くにいると戦い難いんだ」
「ハ、ハイ……」
バイスは返事をするとマディソンを連れてユーファルたちがいる方角とは逆にある広間の隅へ移動し、ジーゴも二人の続くように隅へ移動した。
通常、敵が現れたのであれば警護対象を部屋の外に避難させるのだが、敵の正確な数が分からない以上、警護対象を目の届かない場所に移動させるのは逆に危険だった。それなら多少危険でも目の届く場所にいてもらった方が警護しやすいとフレードは考え、部屋の隅に移動するよう指示したのだ。
バイスたちが隅に移動するとパーシュたちもゆっくり移動し、ユーファルたちとバイスたちの間に入ってバイスたちが狙えないようにする。ユーファルたちは目の前にいるパーシュたちを先に始末しようと思っているのか、バイスたちは無視してパーシュたちを見ていた。
「さ~て、どうするかねぇ。コイツは中位ベーゼの中でも面倒な敵だ。普通に戦ったら苦戦しちまうかもな」
「なら、混沌術とかを使ってちゃっちゃと片付けたほうがいいね」
パーシュはそう言うと両手でしっかりとヴォルカニックを握る。相手が中位ベーゼである以上、手加減して戦うことはできなかった。
「子爵様、これからちょっと派手な戦いになるからあまり前に出ないようにしとくれよ?」
「あ、ああ、分かった」
「あと、この戦いで広間がボロボロになっちまうかもしれないけど、それは我慢してくれ?」
予め屋敷内に被害が出ていることを伝えてからパーシュはユーファルの方を向く。ジーゴは広間が壊されると聞かされて少し不満そうな顔をするが、殺されるよりはマシだと感じたのか何も言わなかった。
マディソンはパーシュたちが勝つことを心の中で祈りながら三人を見つめ、バイスも槍を握りながらパーシュたちを見守る。ただ、ユーファルがパーシュたちを無視して自分たちに襲い掛かってくる可能性もあるため、襲ってきた時にはいつでも迎撃できるように警戒も怠らないようにしていた。
ジーゴたちが見守る中、パーシュたちは鋭い目で二体のユーファルを見つめ、どのように攻めるか考える。すると、考える暇を与えさせないと思ったのか、ユーファルたちが先手を仕掛けてきた。
二体のユーファルは細長い舌をパーシュとフレードに向かって勢いよく伸ばして攻撃する。迫ってくる舌を見たパーシュは右へ、フレードは左へ移動して舌をかわした。
舌は二人には当たらず、床に命中して削り取ったような穴を開ける。舌による攻撃で床に穴が開いたのを見たジーゴたちは驚愕の表情を浮かべる。パーシュたちはユーファルの生態を知っているからか驚かずにユーファルとの戦いに集中した。
攻撃をかわしたパーシュとフレードはユーファルに近づいて愛剣で反撃する。パーシュは右側のいるユーファルに、フレードは左側にいるユーファルにそれぞれ袈裟切りを放つ。
だが、右側のユーファルは左斜め後ろに跳び、左側のユーファルも右へ移動してパーシュとフレードの袈裟切りを難なく回避した。
「チッ、かわしやがったか」
攻撃をかわされたフレードはユーファルを睨み、パーシュも不満そうな顔をしている。二人は自分が攻撃したユーファルの方を向くと次の攻撃に備えてすぐに構え直した。
パーシュが攻撃したユーファルは距離を取るとパーシュを見つめながら大きく口を開け、再び舌を伸ばして攻撃しようとする。すると、ユーファルの背後にフィランが回り込み、コクヨでユーファルの背中に逆袈裟切りを放った。
フィランの存在に気付いたユーファルは素早く振り返り、左手の爪でコクヨを弾いて攻撃を防いだ。フィランはコクヨを弾かれても表情を変えず、素早く体勢を直し、今度は腹部を狙って左から横切りを放って攻撃した。
ユーファルは後ろに下がって横切りをかわすとフィランに向けて舌を伸ばして反撃する。フィランは右へ移動して舌をかわすと伸びる舌を斬り落とそうとコクヨを振り下ろした。しかしユーファルは伸びる舌を器用に動かしてフィランの振り下ろしをかわし、口の中に引っ込めた。
舌を戻したユーファルは再びフィランに向けて舌を伸ばそうとした。その時、パーシュがユーファルの左側面に回り込み、ヴォルカニックを左下から振り上げて攻撃する。だが、ユーファルはパーシュの攻撃も後ろに下がって難なくかわしてしまった。
「フッ、甘いよ!」
攻撃をかわされたのにパーシュは悔しそうな顔をせず笑みを浮かべる。パーシュは笑いながら右手にヴォルカニックを持ち、左手の中に火球を作ると距離を取ったユーファルに向かって大きく踏み込んだ。
「魔力掌打!」
パーシュは声を上げながら左手でユーファルの腹部に掌打を撃ち込む。掌打が命中すると同時に左手の中にある火球も破裂してユーファルにダメージ与える。
火球が破裂した衝撃でユーファルは後ろに飛ばされて仰向けに倒れ、パーシュは小さく笑いながら倒れるユーファルを見つめた。
「流石の中位ベーゼも今の技をまともに受けたら無傷ってわけにはいかないだろう。へへっ、やっと一撃叩き込めたよ」
「……油断はダメ。消滅していない以上、死んではいない」
「分かってるよ」
静かに忠告するフィランを見ながらパーシュは軽く返事をする。返事は軽いがパーシュは決して油断はしておらず、ユーファルの動きを警戒していた。
少し離れた所ではフレードが一人でもう一体のユーファルと交戦している。真正面からリヴァイクスで連続切りを放って攻撃しているが、ユーファルは両手の爪で全ての攻撃を防いでいた。
「俺の攻撃をここまで防ぐとは、流石は中位ベーゼだな。褒めてやるぜ!」
リヴァイクスを振りながらフレードは笑みを浮かべ、ユーファルは笑うフレードを大きな目で見つめていた。
フレードの攻撃をしばらく防いだユーファルは後ろに跳んで距離を取り、口を開けて舌をフレードに向けて伸ばす。
迫ってきた舌をフレードは左に移動してかわすと素早くリヴァイクスの切っ先をユーファルに向ける。そして、伸縮の能力を発動させてリヴァイクスの剣身を伸ばしてユーファルに反撃した。
リヴァイクスはユーファルの右脇腹に刺さり、攻撃を受けてユーファルは僅かに怯んで隙を見せる。その間にフレードはリヴァイクスの剣身を元に戻してユーファルに近づき、今度はリヴァイクスの剣身から水を発生させて刃に纏わせ、刃に沿って高速回転させる。
水を高速回転させてリヴァイクスの切れ味を高めるとフレードはそのままユーファルに袈裟切りを放つ。ユーファルは後ろに下がって攻撃をかわそうとするが、回避が間に合わずにリヴァイクスはユーファルの体を切り裂いた。
胴体を斬られたユーファルは鳴き声を上げながら後ろに数歩下がる。攻撃を受ける直前に後ろに下がったため、傷は深くはないがそれなりのダメージを与えることができた。
「チッ、仕留められなかったか。本当は今ので倒したかったんだがな……」
生き延びたユーファルを見ながらフレードは面倒そうな顔をする。まるで仕留められなかったからこの後、面倒な事態になってしまうと言いたそうに見えた。
フレードは目の前のユーファルが態勢を立て直す前に倒してしまおうとリヴァイクスを構えてユーファルに向かって行く。パーシュも倒れているもう一体のユーファルに止めを刺すため、左手をユーファルに向けて手の中に火球を作り出す。
パーシュとフレードが自分が戦っているユーファルに攻撃を仕掛けようとしたその時、ユーファルたちの体は周囲の風景に溶け込むように消えてしまう。
広間の隅にいたジーゴたちは姿を消したユーファルに驚愕し、パーシュとフレードは攻撃を中断して周囲を見回す。フィランもパーシュの隣でコクヨを構えて警戒していた。
「面倒なことになっちまったね」
「できれば使われる前に倒したかったんだがな」
「……ユーファル最大の能力……透明化」
状況が悪くなり、パーシュたちは思い思いの言葉を口にしながら消えたユーファルの気配を探る。




