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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第一章~異世界の転生児童~
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第五話  出会い


「貴方たち、子供相手に何をしているのですか?」


 少女はユーキに絡む男たちを睨みながら少し力の入った声を出し、男たちは現れた少女に鋭い視線を向けた。

 集まっていた野次馬たちは少女を見てざわつき出す。幼い児童に続き、若い少女がガラの悪い男たちに向かって行ったのだから集めっている者の殆どが驚いていた。


「おい、あれってメルディエズの生徒じゃないか?」

「ああ、あの格好は間違い無い」


 野次馬の中にいた二人の男が現れた少女を見ながら小声で少女の正体を語る。野次馬たちの話からして、少女はガロデスが学園長を務めているメルディエズ学園の生徒で、少女が着ているのはメルディエズ学園の制服のようだ。

 ユーキは野次馬たちの会話と少女が着ている制服から、異世界に存在する教育機関も服装が決められていると知り、同時に生徒が制服を着る点は転生前の世界と似ているのだなと感じていた。


「おいおい、ガキの次は学園の生徒かよ?」


 少女の姿を見て、ユーキの胸倉を掴んでいた気の短い男はユーキを解放し、少女の方へ歩いて行く。少女の前までやって来た男は両手を腰に当てながら少女を睨み、少女も自分より背の高い男を睨む返す。

 ガラの悪い男に睨まられているにもかかわらず、少女は怯む様子を見せない。今回のような経験を何度もしているのだと、ユーキは少女を見て察した。


「これは俺たちの問題なんだよ、メルディエズのお嬢ちゃんは引っ込んでな」

「私たちはモンスターやベーゼ、そして貴方たちのような存在から人々を護るのが仕事なんです。目の前で子供に手を上げようとしている悪党がいるのに、見過ごせるはずがないじゃないですか」

「ヘッ! 何が人々を護るだ。ガキのくせに一人前なことぬかしやがって!」


 怯えずに言い返してくる少女が気に入らないのか男は力の入った声を出す。もう一人の男も後ろで腕を組みながら少女を睨んでいた。

 メルディエズ学園と冒険者ギルドは不仲であるため、それぞれに所属している生徒と冒険者たちも当然仲が悪い。男たちも元とは言え冒険者だったので、メルディエズ学園の生徒である少女が自分たちの邪魔をすることが気に入らないのだ。

 ユーキは男に屈しない少女を見て強い心を持っていると感心する。すると、冷静な男が仲間の右隣に来て少女を見つめ、少女は目の前にいた男から近づいてきた男に視線を向けた。


「お姉さんよ、勘違いしてようだから教えてやるぜ。俺はそこに倒れているお嬢ちゃんに怪我をさせられたんで治療費を出してもらうよう頼んでただけなんだよ。それなのにあのお嬢ちゃんが治療費を払わないって言うから、少しだけお仕置きをしてたんだ」


 男は自分の後ろで座り込んだまま泣いている女の子に視線を向け、少女も男たちの後ろにいる女の子を確認する。女の子は顔が腕に傷がついており、髪も乱れている。それを見た少女は男たちが女の子に酷い暴力を振っていたとすぐに理解した。


「……お仕置き、というには少しやり過ぎだと思いますけど?」

「あまり抵抗するもんだから少し力を入れすぎちまったんだよ」

「そうそう、そしたら、あっちのガキが出て来て、俺たちが悪いとかぬかしやがったんだ」


 気の短い男は仲間のフォローされて調子に乗っているのか、自分たちは間違っておらず、ユーキに非があるような言い方をしだす。それを聞いたユーキは男たちの背中を見ながら呆れたような表情を浮かべた。

 周りにいる野次馬たちも男たちの言動をしっかり見ていたため、男たちに非があることはその場にいる全員が理解していた。にもかかわらず、男たちは余裕の表情を浮かべており、それを見たユーキはどうして余裕を持っていられるのか不思議に思う。

 少女は呆れ顔のユーキを見た後に男たちの方を向いて目を鋭くする。やはり少女も男たちの言って言うことが信じられないようだ。


「さっき貴方たちはあの男の子の胸倉を掴み、殴りかかろうとしていました。そのことや女の子の姿を見れば、本当は何があったのか私でなくても分かります。大方、貴方たちがあの女の子に暴力を振っていて、それを止めようとしたあの男の子にも暴力を振おうとしたのでしょう?」


 真実を見抜いた少女を見て、気の短い男は小さく舌打ちをする。それを見た少女は図星だと気付き、目を更に鋭くして男たちを睨んだ。


「これ以上、あの子たちに危害を加えるつもりなら、私が相手になりますよ?」


 少女はそう言って腰に排している二本の剣を握る。すると、冷静な男が少女を見ながら鼻で笑い出す。


「おいおい、やめとけって。お姉さん一人じゃ俺たちには勝てねぇよ。怪我するのが落ちだぜ?」

「そうそう。それにあのガキがぶつかって来たのは本当なんだ。アイツが治療費を払ってくれるのなら俺たちはすぐに消えてやるよ。それとも、嬢ちゃんがあのガキの代わりに金を払ってくれるのか?」

「どうしてそうなるのですか!」


 無茶苦茶なことを言い出す男に少女は力の入った声を出す。剣を握る両手には力が入っており、少女が苛立っているのが分かった。


「金が無理って言うのなら、その体で払ってくれてもいいんだぜ?」

「クッ、破廉恥な!」


 これ以上口論しても無駄だと感じた少女は目の前の男たちを黙らせるために剣を抜こうとする。すると、黙って少女と男たちの会話を見ていたユーキが男たちの後ろにやって来た。


「やれやれ、初めて見た時から思ってたけど……アンタたち、救いようのない馬鹿だな?」


 呆れるユーキの言葉に反応し、男たちは振り返ってユーキに鋭い視線を向け、少女は男たちを挑発するユーキを見て驚く。幼い児童が男たちに自分から喧嘩を売るような発言をしたのだから驚くのは当然だった。


「悪いことをしているのにそれを詫びもせず、見苦しい言い訳をするは、女の子に良からぬことを要求するは、同じ男として恥ずかしいよ」


 少女が心配していることに気付いていないのか、ユーキは男たちを見つめながら挑発し続ける。ユーキの態度を見て気の短い男は徐々に表情を険しくし、もう一人の男も無言でユーキを睨みつけていた。

 挑発していたユーキは表情を鋭くし、自分を睨む男たちを睨み返した。


「アンタらみたいな男どもがどうして人々を護る冒険者になれたのか、ほんっとうに不思議で仕方ないよ」

「このガキィ、どこまでも調子に乗りやがってぇ! 大人の世界のことを何も知らねぇくせにデカい口叩くんじゃねぇ!」

「大人の世界? 金欲しさに女の子を殴る男を俺は大人とは思わないね」


 再び呆れた表情を浮かべながらユーキは男を挑発する。すると、ユーキの言葉で堪忍袋の緒が切れたのか、気の短い男は奥歯を噛みしめながらユーキに殴りかかって来た。少女は男がユーキに殴りかかるのを見ると、男を止めようと剣を抜こうとする。しかし、少女が止めるよりも先にユーキが動いた。

 ユーキは前から迫ってくる男のパンチを姿勢を低くしてかわし、そのままがら空きになっている男の腹部にパンチを撃ち込んだ。


「があぁっ!?」


 腹部からの痛みに男は思わず声を出す。自分が攻撃を受けたことに驚いていたが、それよりも児童が予想以上に強いパンチを撃ち込んできたことに驚いていた。

 気の短い男は腹部を押さえ、膝を付きながらうずくまる。男が苦しむ姿を見て、少女は目を見開いて驚き、仲間の冷静な男も驚きのあまり言葉を失う。ユーキは目を細くしながら両手を腰に当てて苦しむ男を見つめる。


「何だよ、元冒険者っていうか打たれ強いかと思ったのに、意外とだらしないな」


 思っていた以上に男が弱いことにユーキは軽く肩をすくめる。すると、黙っていた冷静な男がユーキを睨みながら右手で腰の短剣を抜いた。


「ボウズ、どうやらお前は俺たちを完全に敵に怒らせちまったようだな!」


 今まで冷静だった男は声を上げながらユーキに向かって短剣を振り下ろす。それを見た少女は流石に今度は自分が何とかしないといけないと感じ、排してある二本の剣を抜く。

 ユーキは上から迫ってくる短剣を見ながら左手の手首で振り下ろされた男の右手を止め、右手で短剣の柄を掴む。そして、短剣の柄を掴みながら手首を捻って男から短剣を奪い取り、そのまま短剣の柄頭で男の顔面を殴った。

 顔面を殴られた男は右手で顔を押さえながら後ろによろめき、短剣を奪ったユーキを睨む。ユーキは短剣を握ったまま男を睨み返した。


「こっちは刀とアンタの短剣を持っているけど、アンタは丸腰……それでもまだやる?」


 不利な状況に男は悔しそうな顔をする。少女は男から短剣を軽々と奪い、逆に男を追い込むユーキをまばたきをしながら見ていた。

 ユーキが男から短剣を奪った時に使ったのは“無刀取り”という柳生新陰流の技の一つで素手で相手から武器を奪う技だ。ただ、無刀取りは敵から武器を奪って戦えるようにするための技ではなく、武器を持たない時に敵から斬られないようにするための護身用の技と言うべき技と言われている。

 柳生新陰流から派生した月宮新陰流も無刀取りを使うことができるため、ユーキも無刀取りを使ったのだ。刀を持っているのなら、刀で応戦するべきだと思われるが、刀を抜くのが間に合わないと感じ、ユーキは無刀取りで対応したのだ。

 ユーキは怯んでいる男に短剣の切っ先を向けると、男は不利な状態に表情を歪ませる。すると、ユーキに殴られてうずくまっていた気の短い男が顔を上げ、ユーキを押さえ付けるために飛び掛かろうとした。だが、男に気付いたユーキは素早く左足で横蹴りを放ち、飛び掛かってきた男の頭部を蹴った。

 蹴られた男は仰向けになってそのまま意識を失う。仲間が倒れたのを見て冷静な男と少女は再び目を見開き、周りの野次馬もざわつき出す。気の短い男を蹴り倒したユーキは冷静な男に視線を向け、鋭い目で睨み付ける。


「もう一度訊くが、まだやる気?」


 ユーキの鋭い睨み付けに男は驚いて言葉を失う。武器を奪われ、仲間も倒されてしまった状態ではどうすることもできないと感じた男はユーキと少女に背を向け、一目散に逃げていった。

 仲間を残して逃げ去る男を見たユーキは冷たい奴だと思いながら持っている短剣を捨て、少女も呆れ顔で走る男の後ろ姿を見ながら両手に持つ剣を鞘に納める。ユーキは少女が剣を鞘に納める姿を見て、少女も自分と同じ二刀流使いだと知り、小さな親近感を感じた。

 少女を見ていたユーキは男たちに絡まれていた女の子のことを思い出し、彼女の下に駆け寄って状態を確認する。女の子は泣き止んではいるが、まだ少し震えていた。


「大丈夫か?」

「……う、うん、大丈夫」


 手で涙を拭いながら女の子が返事をすると、ユーキは女の子の体を見て大怪我をしていないと知って安心する。そこへユーキと女の子を助けようとした少女も近づいてきた。


「傷は酷いの?」

「顔や体が傷だらけだけど、骨が折れてるような大きな怪我はしてない」

「そう……」


 女の子がとりあえず無事だと知って少女は安心する。ユーキは女の子の状態を確認すると立ち上がって少女の方を向いた。


「助けてくれてありがとな」

「私は何もしてないわ。貴方が一人で彼らを倒しちゃったじゃない」

「それでも、君がアイツらの気を引いてくれたおかげで楽に倒すことができたよ。君が来てくれなかったら手間取ってたかもしれないし……」


 ユーキは小さく笑いながら少女に感謝し、少女は何もしていないのに感謝されて少し微妙そうな顔をしていた。そこへ町の警備兵と思われる男が数人現れてユーキと少女の前にやって来る。ユーキと少女は警備兵たちに何か遭ったのかを説明し、警備兵は事情を聞くと倒れている男を起こした。

 それからユーキは警備兵から女の子の怪我の状態や逃げたもう一人の男はどんな外見だったのかなど簡単な質問をされ、質問に答えると二人は解放された。ユーキが倒した男は連行され、絡まれた女の子は傷の手当てをするために警備兵たちと共に警備兵の詰所へ移動する。立ち去る際、女の子はユーキと少女に礼を言いながら手を振り、二人も女の子に手を振り返した。

 警備兵たちが去ると、集まっていた野次馬も散り散りになり、街道の真ん中にはユーキと少女だけが残った。


「さっきまであんなに騒がしかったのにすっかり静かになっちまった……」

「事件が解決したあとにずっとそこにいる野次馬はいないからね……」


 女の子を助けもせずに傍観しておいて、解決した途端に解散するという野次馬の行動にユーキは若干腹を立てながらどの世界でも野次馬は同じだなと感じた。


「それにしても、貴方強いのね? 自分よりも体の大きな男を倒しちゃうなんて」

「ああ、爺ちゃんから体術を習ってたからな」

「そうだったの。お爺さんは体術の師範か何かだったの?」


 少女はユーキの強さと彼に体術を教えたユーキの祖父に興味が湧いて詳しく聞いて来る。ユーキは自分に興味を持つ少女を見て少し驚いたような表情を浮かべたが、自分の興味を持ってくれることが嬉しく、少女を見ながら笑みを浮かべた。


「体術じゃなくて剣術の師範だったんだ。体術を覚えておけば武器を持っていない時でも戦えると言ってね。みっちり仕込まれたよ」

「そうだったの。だから腰に刀を差していたのね」

「まあね……ん?」


 ユーキは少女の言葉を聞いてふと反応する。先程少女はユーキが佩している月下と月影を見て刀と言った。それはこの世界に刀が存在していることを意味しており、ユーキは異世界に刀があることを知って意外そうな顔をする。


「君、今刀って言ったけど、こっちには刀があるのか?」

「……? 勿論よ」


 不思議なことを訊いてくるユーキを見て、少女は軽く首を傾げながら答える。ユーキは少女を見ながら軽くまばたきをした。


「だけど、此処に来るまでの間、多くの人が俺の刀を珍しそうに見たり、変わった形の剣を持っているなって言ってたけど……」

「きっと、その人たちは剣に詳しくなかったのか、戦いとは縁の無い人だったのかもしれないわ。刀は戦士の中でも剣に詳しい一部の人だけが知ってる物だから知らない人の方が多いのよ。仮に刀のことを知っていても、現物を見る機会は滅多に無いから、刀を見ても変わった形の剣としか思えなかったのでしょうね」

「成る程……」


 少女の説明を聞いてユーキは腕を組みながら納得した表情を浮かべる。刀と言う言葉を知っていても、実物を見たことが無ければユーキの月下と月影を変わった剣だと思っても不思議ではない。

 メルディエズ学園の学園長であるガロデスも、刀のことを知らなかったので月下と月影を不思議な剣だと思っていたのだ。

 ユーキはこの世界には刀は存在しているが、一部の者しか知らない珍しい物だと知る。同時に異世界ではそれなりに値打ちのある物なのかもしれないと考え、月下と月影を盗まれたりしなように注意しようと思った。


「そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったわね。私はアイカ、アイカ・サンロードよ」


 ちゃんと挨拶をしていないことを思い出した少女はユーキに名乗り、ユーキもふと顔を上げて自己紹介していないことに気付いた。


「俺はユーキ・ルナパレス。よろしく」


 ユーキはそう言って右手を出して握手を求め、アイカは幼いのに礼儀を知っているユーキを見て意外に思いながら右手で握手をする。

 二人は軽く相手の手を握りながら相手の顔を見て笑みを浮かべる。そんな中、ユーキはふとアイカの右手を視線を向け、彼女の右手の甲に薄紫色の花のような絵が描かれていることに気付く。


「なあ、その右手に描いてあるのは?」


 握手が終わると、ユーキはアイカに手の甲に描かれてある物が何か尋ねる。問いかけられたアイカは視線を自分の右手の甲に向け、描かれている花を見た。


「ああ、これは混沌紋と言って、混沌術カオスペルを使うことができる人が持つ紋章よ」

「えっ、それが混沌紋?」


 アイカの手の甲に付いているのが、ガロデスから聞かされた混沌紋だと知ってユーキは目を見開く。そして、混沌紋がアイカの手の甲に付いていることからアイカが混沌士カオティッカーであると知って驚いた。

 ガロデスからメルディエズ学園の生徒にも混沌士カオティッカーがいると聞かされていたが、こんなに早くその混沌士カオティッカーに出会うと思っていなかったユーキはまばたきをしながらアイカを見る。


「ど、どうしたの?」


 自分を見ているユーキにアイカは驚いて尋ねる。ユーキは気付かないうちにアイカをまじまじと見ていることに気付いて我に返った。


「あ、ああ、ゴメン。まさかこんな所で混沌士カオティッカーに会えるとは思ってなかったからつい……」

「貴方、その歳で混沌士カオティッカーを知っているの?」

「ああ、少し前にガロデスさんから教えてもらったんだ」

「ガロデス? 貴方、学園長の知り合いなの?」

「まあね。と言うか、明日行われるメルディエズ学園の入学試験を受けるんだ」

「……ええっ!? 貴方がうちの学園に?」


 ユーキが入学試験を受けると聞いてアイカは声を上げる。メルディエズ学園に入学できるのは十四歳以上の未成年であるため、幼いユーキが試験を受けると聞いて驚いていた。

 アイカの反応を見たユーキは彼女が驚いている理由に気付き、驚くのも無理は無いと言いたそうな表情を浮かべる。


「実は俺、ガロデスさんが盗賊に襲われているところ助けてね。そのお礼にって俺をメルディエズ学園に誘ってくれたんだ」

「貴方が学園長を? ……で、でも、メルディエズ学園は十四歳以上でないと入学できないと言う規則が……」

「その点は大丈夫、ガロデスさんが他の教師たちを説得して試験を受けれるようにしてくれることになってる」

「えっ、そうなの?」


 目を丸くしながらアイカはユーキを見つめる。学園長であるガロデスが児童のために入学試験を受ける資格まで与えると聞かされ、アイカは驚きを隠せずにいた。

 普通の人なら、児童が盗賊からガロデスは護り、入学試験を受ける資格を得たなどと言っても信用しないだろう。しかし、アイカはユーキが冒険者だった二人の男を倒した姿を目の前で見ていたため、本当にユーキは盗賊からガロデスを護ったのかもしれないと感じていた。


「……因みに貴方、いま何歳いくつ?」

「十歳だ」

「わ、私より六つも下だったの……」


 自分よりずっと年下だと知ってアイカは更に驚きの反応を見せる。一方でユーキはアイカが今の自分よりも六つ上だと聞いてアイカが十六歳だと知った。

 アイカの年齢を知ったユーキは改めてアイカの姿を確認する。若干幼さが残っているような顔と男が釘付けになるようなスタイル、ユーキはアイカを見ると若干顔を赤くしながら視線を逸らす。

 例え十歳の児童に転生しても、ユーキの中身は十八歳の高校生。女性の体に興味を持ってもおかしくないため、スタイルの良いアイカを見て思わず意識してしまったようだ。


「……ユーキ? どうしたの?」

「え? ああ、いや……何でもない」


 アイカに声を掛けられたユーキは首を左右に振る。そんなユーキを見たアイカは小首を傾げる。

 自分がアイカのスタイルに意識していることを悟られたのではと感じ、ユーキは心の中で一瞬焦ったが、アイカの反応を見て悟られてないと知って安心した。


「ところで貴方、盗賊から学園長を護ったって言ったけど、どんなふうに学園長を護ったの?」

「どんなふうって……普通に刀を使って戦ったんだけど?」


 ユーキは腰に差してある月下と月影の左手で軽く叩きながら、この刀を使って盗賊と戦ったことをアイカに教える。アイカはユーキが持つ二本の刀を見ながら興味のありそうな表情を浮かべた。


「刀を二本持っているということは、貴方も二刀流なの?」

「まあね」


 アイカを見ながらユーキが頷くと、アイカはどこか嬉しそうな表情を浮かべる。彼女もユーキと同じで、自分と同じ二刀流の剣士と出会い親しみを感じているようだ。


「貴方、何処の流派を使ってるの? もしよかったら教えてほしいのだけど……」

「俺の? 俺のは月……ルナパレス新陰流だ」


 また月宮という言葉を口にしそうになったユーキは慌てて自分の新しい名字を付けた流派を言って誤魔化した。


(ヤベェヤベェ、ちょっと気を抜いただけでポロッと口にしそうになる……気を付けねぇと)


 異世界での生活に支障が出ないよう注意しなくてはならないと感じたユーキは改めて気を付けなくてはと自分に言い聞かせた。

 ユーキの流派を聞いたアイカは難しそうな表情を浮かべている。ルナパレス新陰流など今まで聞いたことが無い流派なので不思議に思っていた。


「ルナパレスシンカゲリュウ……聞きなれない流派だけど、この国の流派なの?」

「ん? あ~っと……何と言えばいいかなぁ……」


 別の世界の流派です、とは言えないユーキはアイカが納得しそうな答えを考える。アイカは考え込むユーキを見ながら教えてくれるのを黙って待った。

 しばらくすると、ユーキはアイカの方を向き、苦笑いを浮かべながら口を開く。


「……俺の家に代々受け継がれている剣術だから、何処かの国で生まれた剣術ってわけじゃないんだ。あと、それなりに古くて知っている人はいないだろうって親から聞いたけど……」

「それなら、貴方の生まれた国が剣術の生まれた国になるんじゃないかしら? それに古い流派でも、噂ぐらいはあってもおかしくないはずなのに……」


 噂すら聞いたことのない流派にアイカは両手を腰に当てながら不思議に思う。アイカの反応を見たユーキは誤魔化すには無理があったかと感じ、目元を小さく動かしながらアイカから目を逸らす。


「えっと……俺の家族は俺が物心つく前から世界中を旅してたから、生まれた国が何処なのか分からないんだ。親も故郷が何処か教えてくれなかったし……それに俺の家族以外は知らないから噂も流れていないんだと思うけど……」

「そうなの?」

「あ、ああ、多分……」


 アイカの問いにユーキは目を逸らしたまま頷く。良さそうな言い訳は一切思い浮かばず、ユーキはこのまま誰も知らない流派ということで押し切ることにした。

 目を逸らすユーキをアイカは無言で見つめる。ジッと見つめてくるアイカと目を合わせることができないユーキは苦笑いを浮かべていた。


「……まあ、確かに家族しか知らない流派なら噂が流れなくても不思議ではないわね」


 アイカはユーキの説明を聞いて腕を組みながら納得する。アイカの答えを聞いたユーキは苦笑いを消して小さく息を吐く。


(よかった、納得してくれたぁ~! これでもし納得してくれなかったらどうしようかと思ったよ)


 話が長引けばいつかぼろを出してしまうかもしれないと不安に思っていたため、ユーキはアイカが納得してくれたことに心の底から安心する。

 しかし、もしまた今回のような質問をされ、その時に上手く誤魔化せるかどうか分からない。また同じような事態になった時のため、相手が納得するような答えを考えておいた方がいいかもしれないとユーキは考えた。


「でも、生まれた国は知らなくても、どんな剣術かは知っているんでしょう?」

「ん? ああ、一応免許皆伝だから……」

「その歳で免許皆伝? 凄いわね」

「ア、アハハハ……」


 十歳の児童が剣術の免許皆伝をしたと聞き、アイカは意外そうな顔で驚く。ユーキはアイカの反応を見て複雑そうな笑みを浮かべる。

 転生前は十八歳で、五歳の時に剣を始め、十三年間修業をして免許皆伝になりました、とは絶対に言えないため、ユーキはただ笑うことしかできなかった。


「ねぇ、ユーキ。もし貴方が入学試験に合格して生徒になったら、貴方の剣、もっと詳しく教えてくれないかしら?」

「剣? ああ、別にいいけど……ん?」


 ユーキが返事をしようとした時、アイカが口にした合格という言葉を聞いてユーキは目をゆっくりと見開き、此処にいる理由を思い出した。


「そうだっ! 俺、明日の試験のために勉強しないといけなかったんだ!」


 ただでさえ勉強する時間が限られて合格できるかどうか分からないのに、ガラの悪い男たちの相手をしたせいで貴重な勉強時間を使ってしまい、ユーキも焦りを隠せずにいた。

 突然声を上げるユーキに驚いて、アイカも同じように目を見開く。アイカはユーキの反応を見て、何か変なことを言ってしまったのかと思っていた。


「ゴメン、俺大事な用があるから、これで失礼するよ!」


 ユーキはアイカに挨拶をすると図書館がある方角に向かって走り出す。アイカは突然走り出したユーキを呼び止めようとするが、ユーキはあっという間に離れてしまった。

 一人残ったアイカは街道の真ん中で小さくなっていくユーキの後ろ姿を見つめている。


「……不思議ね。体は小さいのに歳の近い男の子と話していたみたいだったわ」


 アイカはユーキが走っていた方角を見ながら、ずっと感じられた違和感を口にした。


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