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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第四章~愛憎の狂者~
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第五十三話  それぞれの役割


 書斎を出たユーキたちはジーゴに案内されて一階にある来客室へ移動した。その部屋は先程の書斎の倍以上の広さはあり、部屋の中央には長方形の机とそれを囲むように長椅子と普通の椅子が二つずつ置かれてある。

 隅には幾つもの棚があり、そこにワインのような酒の入った瓶やグラス、食器などが沢山飾られていた。

 ジーゴが中央にある長椅子に座り、その隣にバイスが静かに腰を下ろす。執事はこれから行われる話し合いを聞くために二人が座る長椅子の後ろで待機した。

 向かいの長椅子にはパーシュとフレードが座り、その間には仲の悪い二人の壁になるようにユーキが座らされていた。アイカとフィランは残っている椅子に座ってジーゴとバイスの方を向いている。


「……では、早速襲撃者や仕事の内容について話し合いを始めたいのだが、君たちは屋敷を襲撃してきた者について執事から話を聞いているかね?」

「ああ、昨晩どんな格好でどんなふうに屋敷を襲撃したのかも聞いてるよ。勿論、B級冒険者チームを返り討ちにしたって話もね」


 パーシュは野営をした時に執事から聞かされたことをジーゴに伝え、ユーキたちは目を僅かに鋭くしてジーゴを見つている。ジーゴはパーシュの返事を聞くと説明する手間が省けたと感じた。


「なら、この屋敷で働く者たちが何人も殺されていることも知っているな。私はこれ以上屋敷を襲撃されるのは勿論、使用人やメイドが殺されるのも避けたいのだ。何としても襲撃者を捕らえて犠牲者が出ないようにしてくれ。捕縛が無理ならば抹殺してくれても構わない」

「勿論だよ。こっちも報酬をもらう以上は全力で仕事をする。ただ、あたしらは敵がB級冒険者を倒せるほどの実力を持っているってこと以外は何も知らない。襲撃者とまともに戦えるよう、もう少し敵のことを教えてくれないかい?」


 強さが分かっていても、どんな戦い方をするのかが分からなければ冒険者たちのように返り討ちにされる可能性が高い。少しでも有利に戦うためにパーシュは襲撃者の戦術などを把握しておこうと思っていた。

 パーシュの言葉にユーキたちも同意したのか、ジーゴの方を見ながら答えるのを待つ。すると、ジーゴの隣に座っていたバイスがジーゴの代わりに口を開いた。


「それは私が説明します」

「なら頼むぜ。できるだけ分かりやすく説明してくれ?」


 フレードはバイスに対して友達に接するような態度を取る。普通なら今のフレードのような態度を取れば依頼人に不快な思いをさせるだろうが、バイスはフレードのような性格の人物と接することが慣れているのか不快な様子は見せなかった。


「これまでに得た情報では襲撃者はとても素早く、その速さで相手を翻弄させながら接近し、短剣で攻撃してくることが分かりました。魔法などは一切使ってこず、短剣だけしか使っていません」

「と言うことは、ルナパレスが予想したとおり相手はレンジャーやアサシンみたいな職業を修めてるみてぇだな」


 襲撃者が魔法を使えず、自分たちと同じ接近戦を得意とすると知ってフレードは戦いやすそうだと感じる。しかもユーキたちは混沌士カオティッカーである上に下級魔法が使えるため、ユーキたちの方が有利だと言えた。

 しかし、相手はB級冒険者を簡単に倒せるほどの実力を持っているため、多少有利だとしても油断してはならないとユーキたちは自分に言い聞かせた。


「私も敵が接近戦や隠密行動を得意としていると考え、次に襲撃者が現れた時にはそれらを考えながら戦おうと思っていました」


 既に黄昏の槍は警護の任を解かれているが、バイスは黄昏の槍のメンバーである前にロイダス家の実子であるため、次は冒険者としてでなくジーゴの息子として襲撃者と戦おうとバイスは思っているようだ。

 襲撃者への警戒を強くして戦おうと語るバイスを見て、ユーキたちはバイスが用心深く、相手を軽く見ずに戦う優秀な冒険者だと感じた。


「実は昨夜も襲撃者が屋敷に現れたので、私たち黄昏の槍は襲撃者を迎撃したのです」

「そ、そうだったのですか?」


 ジーゴとバイスの後ろで待機していた執事は驚いてバイスに訊き返すとバイスは執事の方を向いて頷く。メルディエズ学園に依頼しに行っている間に襲撃者が現れたため、流石に執事も驚きを隠すことができなかった。

 

「しかし、襲撃者は私たちが予想していたよりも素早く、力も強かったため、倒すことも捕らえることもできずに逃がしてしまいました。幸い昨夜は使用人やメイドが殺されることも無く、応戦した私たちも軽傷で済みましたが、何度も奴の侵入と襲撃を許してしまったことで使用人たちの中には襲撃者に怯え、混乱する者が増えてきています。今朝も騒ぎながら昨夜の戦闘の片づけをしていたんです」

「成る程、屋敷に来た時に騒がしかったのはそれが原因だったんですね」


 ユーキは屋敷に入った時にエントランスが若干騒がしかったのを思い出し、バイスから襲撃が遭ったことを聞いて納得する。

 もし、昨日野営をせずに暗い中を移動してルーマンズの町に向かっていれば襲撃者と遭遇し、戦って捕らえることができたかもしれない。だが、夜中にシェムスト平野に入って負傷してしまったら町に着いても襲撃者とまともに戦えない可能性があった。

 更に真夜中に移動したとしても襲撃者が屋敷を襲っている時にルーマンズの町に辿り着けるとは限らない。負傷やタイミングよく辿り着けない点を考えても、やはり無理をして夜中に移動しなくてよかったとユーキは思っていた。


「襲撃者は今日まで毎日のように襲撃し、屋敷で働く者たちを襲っている。恐らく、今夜も現れる可能性が高い。改めて、君たちに私たちの警護を依頼する」

「勿論だよ、任せときな」


 黙って話を聞いていたジーゴは真剣な目で警護を頼むとパーシュが小さく笑みを浮かべる。

 パーシュの返事を聞いたジーゴは少し安心した様子で軽く息を吐き、バイスと執事もユーキたちを頼もしく思っているのか微笑みを浮かべていた。


「襲撃者の情報についてはこんなところです。何か質問や疑問に思ったところはありますか?」

「あの、一つ気になることがあるんですが……」


 ユーキが軽く手を上げてバイスに声を掛け、その場にいた全員がユーキに視線を向ける。


「何でしょう?」

「襲撃者に心当たりはないんですか? 例えば、ロイダス子爵を恨んでいる者がいるとか……」


 ユーキは屋敷を襲撃してきた者の正体についてジーゴとバイスに尋ねる。昨夜もアイカが執事に尋ねたが、ジーゴに恨みを持つ何者かが襲撃してきたのではとユーキは考えていた。

 アイカたちもユーキの質問を聞いて襲撃者の動機が怨恨ではと考えており、視線をユーキからジーゴに向ける。バイスもユーキと質問から父親が誰かに恨まれているのではと感じてジーゴに注目した。


「いや、心当たりはない。私はこれまで町の住民たちが裕福に暮らせるよう、子爵として全力で職務に励んできた。恨みを買われるようなことをした覚えはない」


 ジーゴは目を閉じながら首を左右に振って恨みを買われる覚えはないと語る。そんなジーゴをユーキは僅かに目を細くしながら見つめていた。


(アンタが貴族として今日までどんなふうに生きてきたは俺は知らない。だけど、人が人を襲うには必ず何かしらの理由がある。アンタはそのことに気付いていないだけなんじゃないか?)


 ユーキは心の中でジーゴに襲われる原因があるのではと語りかける。ジーゴはそんなユーキの思いに気付いておらず、自分に落ち度は無いと言いたそうな表情を浮かべていた。


「襲撃者は恐らく貴族として裕福な生活をしている私を妬んでいる盗人に違いない」

「ですが、襲撃者はこの屋敷に何度も侵入しているのに貴金属類やお金には一切手を付けていないと聞いています。もしかすると、襲撃者の狙いはお金ではないのではないでしょうか?」


 襲撃者の正体が盗人だと考えるジーゴにアイカは疑問に思っていることを尋ねる。アイカの問いに対してジーゴは即答できず、小さく俯いて黙り込んだ。


「……恐らく、盗もうとしても金目の物が何処に隠されているのか分からず、盗まずに逃げ出したのだろう」

「では、使用人やメイドの方々を襲ったのはなぜなのでしょう? お金が目的ならわざわざ人の命までは奪わないはずだと私は思うのですが……」


 アイカは財産を狙っているのに使用人たちを襲うことに矛盾を感じてジーゴの意見を聞く。ジーゴは続けて問いかけてくるアイカを見て表情を僅かに歪めた。


「そ、それを調べるのも君たちの役目じゃないのか? 襲撃者から私たちを護るためにも奴の情報を集める必要があると思うのだが?」


 質問に答えられないジーゴは強引に話を終わらせる。アイカはそんなジーゴを見てやれやれと言いたそうな表情を浮かべた。


「他に質問は無いのかね?」


 ジーゴはユーキたちを見ながら別の質問が無いか尋ねると、ユーキたちは何も言わずにジーゴを見ている。黙るユーキたちを見て他に質問は無いと悟ったジーゴは軽く咳をした。


「では、次にどのように警護をするか、どの時間にどのように行動するかを決めるとしよう」


 襲撃者の情報確認が済むと次に警護の手順について話し合いを始める。襲撃者は手強い相手であるため、ユーキたちは誰にどんな役目を任せるか時間を掛けて決めた。

 机の上に広げられた屋敷の見取り図やルーマンズの町の地図を見て、ユーキたちは警護や見回りをする場所などを決めていく。

 これまでの情報から、襲撃者は夜に屋敷を襲撃し、昼間など明るい時間には襲撃してこないことが分かった。なぜ明るいうちに襲撃してこないのか疑問に思うが、その答えはとても分かりやすく単純なものだ。

 明るい時間に襲撃すると町の住民たちに目撃される可能性があるため、襲撃者は人の少ない夜中に襲撃してくるのだとユーキたちは考えていた。

 しかし、だからと言って絶対に明るいうちに襲撃してこないとは断言できない。ユーキたちは明るい時間でも決して油断せずに襲撃者を警戒することにした。

 しばらく話し合い、警護の流れやどのように動くかなどが一通り決まるとユーキたちは一息つくことにした。

 椅子にもたれて休んだり、机の上に置かれたルーマンズの町の地図を見て町の構造の再確認をしたりする。そんな時、来客室の扉をノックする音が聞こえ、ジーゴはチラッと扉に視線を向けた。


「お茶がお持ちしました」

「マディソンか。入ってくれ」


 ジーゴが入室を許すとゆっくり扉が開いて一人の女性が七つのティーカップとティーポットを乗せたトレーを持って部屋に入って来た。

 来客室に入ってきた女性は三十代前半ぐらいで身長は160cm強はある。背中の辺りまである薄い黄緑色の長髪に水色の目をしており、白と薄い青のドレスを着ていた。穏やかな雰囲気で顔立ちも良く、アイカやパーシュとは違う魅力が感じられる。


「へぇ~、スッゲェ美人じゃねぇか」

「そう、ですね……」


 女性を見ながらフレードは小声で呟き、隣に座るユーキも同意する。ユーキは女性に魅力を感じているのか僅かに頬を赤くしていた。

 フレードは頬を赤くするユーキに気付くと小さくニヤリと笑い、ユーキを肘で軽く突いた。


「何だよ、ルナパレス。あの美人さんに見惚れちまってんのか?」

「えっ? い、いや、俺は別に……」

「照れんな照れんな。ガキとは言え、お前も男なんだ。別に恥じることじゃねぇよ」


 ユーキの反応を見たフレードは笑いながら小声でからかい、ユーキはそんなフレードに対して少し困ったような表情を浮かべた。

 小声で話しているユーキとフレードの近くではアイカが僅かに目を鋭くしながらユーキを見ており、少し不機嫌そうな様子を見せている。アイカはユーキが部屋に入ってきた女性を見つめていたことに気付くとなぜか小さな苛立ちを感じていた。

 ユーキたちが様々な思いを抱いていると、女性はゆっくりとユーキたちの方へ歩いて行き、机の前までやって来るとトレーを持ったまま姿勢を低くする。それと同時にバイスが机の上に置かれてある地図や見取り図を片付け、女性はバイスが片付けるのを確認するとティーカップをユーキたちの前に丁寧に並べた。

 ティーカップを並べ終えると女性はティーポットを手に取り、カップに紅茶を静かに注ぐ。ユーキたちは紅茶を注ぐ女性を見ており、女性はユーキたちを見ると微笑みを浮かべた。


「皆様が依頼を受けてくださったメルディエズ学園の生徒の方々ですね。今回は私たちのためにありがとうございます」

「いやぁ、気にしないでくれ。俺らは当然のことをしてるだけなんだからなぁ」


 礼を言う女性に対してフレードはニヤニヤと笑みを浮かべ、フレードの反応を見た女性はクスクスと笑う。

 フレードの反応を見たパーシュは呆れたような顔で溜め息をつき、同時に「男は単純で分かりやすい」と感じていた。

 紅茶を入れ終えた女性は立ち上がり、椅子に座るバイスの隣へ移動する。ジーゴは紅茶の入ったティーカップを手に取り、一口飲んでからユーキたちの方を見た。


「紹介しよう。私の妻のマディソンだ。理解していると思うが彼女も警護対象となっている。しっかり護ってくれ」

「よろしくお願いします」


 紹介されたマディソンは頭を下げ、フレードはマディソンを見ながら「任せとけ」と言いたそうに笑う。

 マディソンがジーゴの妻であることを知ったユーキは意外そうな表情を浮かべる。ジーゴは見た目からして年齢は五十代半ば、マディソンは三十代前半ぐらいで随分歳が離れているとユーキは感じていた。

 ユーキが今いる異世界では政略結婚や貴賤きせん結婚、歳の差結婚というものは珍しいものではない。それらを知った時にはユーキも驚いたが、自分が以前いた世界と転生した世界では秩序や常識が違うのだと考えてすんなりと受け入れた。

 ジーゴは貴族であるため、マディソンと特別な理由で結婚したから歳が離れているのだろうとこの時のユーキはそう考えて納得していた。

 それからユーキたちはマディソンが入れた紅茶を飲んで簡単な休憩を取り、全員が紅茶を飲み終えた頃に警護内容の最終確認を始めた。


「では、先程話したように昼間は二組に分かれ、一組は私たちの警護に就き、もう一組は町に出て襲撃者の捜索と情報収集を行うということでいいな?」

「ああ、夜になったら全員で屋敷の中や外を巡回しながらアンタたちを警護する」


 ジーゴの確認を聞いたパーシュは納得し、ユーキたちも異議を上げることなくジーゴを見ながら話を聞いている。

 襲撃者は最初に屋敷を襲撃した日から何度も姿を見せているため、町の何処かに潜伏している可能性が高い。だから聞き込みをすれば襲撃者の情報が得られる可能性があると考え、街に出て情報を集めることにしたのだ。


「頼んだぞ? 君たちには多額の報酬を払うことになっているんだ。警備兵や冒険者たちのようにヘマをしないでくれ?」

「それは保証はできないけど、さっきも言ったように全力は出すよ」


 パーシュの答えにジーゴは若干不安そうな表情を浮かべる。だが、絶対にヘマをしないと保証できないのは仕方のないことだった。

 戦場のような危険な場所では何が起きるか分からいため、絶対に大丈夫だとは断言できない。警護でもそれは同じで何時何処から敵が現れて襲ってくるのかユーキたちも予想できなかった。

 ジーゴもこれまでの経験から安全を保証するのは難しいと理解したのかパーシュの答えに対して文句を言わないが、それでも自分たちを安心させる言葉を言ってほしかったと心の中で思っていた。


「さて、次に組分けだけど、屋敷に残って警護に就くのが三人で町に出て情報を集めるのは二人でいいね?」

「ええ、昼間に襲撃者が現れる可能性が低いと言っても絶対に現れないとは言い切れませんから、警護の人数を多くした方がいいと思います」


 襲撃者が現れるかもしれないと考えたアイカはパーシュの意見に同意し、ユーキもパーシュを見ながら頷く。

 パーシュと仲の悪いフレードも警護を依頼されているのだから警護に人員を多く回すべきだと考え、今回はパーシュの意見に異議を上げなかった。フィランは相変わらず無表情でパーシュの話を聞いているが、黙っていることから異議は無いようだ。


「それじゃあ、次に誰がどっちにやるかだけど……三人が警護に就くならあたしら女子が警護をやった方がいいかもね」

「え?」


 相談せずに配置を決めるパーシュにユーキは思わず反応した。確かに女子生徒はアイカ、パーシュ、フィランの三人で警護する人数と合っている。しかし、だからと言ってそれだけの理由で勝手に決められては納得できなかった。


「おい待てよ、パーシュ。勝手に決めてんじゃねぇよ」

「そうですね。まずは全員の意見も聞いてから――」

「私はそれでいいと思います」


 ユーキがパーシュを説得しているとアイカが会話に割り込むように賛成であることを伝える。その声には僅かに力が入っており、ユーキは意外そうな顔でアイカの方を見た。


「ア、アイカ?」

「パーシュ先輩の言うとおり、警護が三人なら私たちが引き受けた方がいいと思います。同性の方が都合のいい場合もあるでしょうし」

「分かってるじゃないか、アイカ」


 パーシュは自分の考えに賛成するアイカを見て笑みを浮かべる。ユーキはアイカが口にした理由が若干強引ではないかと感じながら目を丸くした。


「フィランはどう? 女性だけじゃなくて男性も含めて警護した方がいい?」

「……どっちでもいい」


 興味の無さそうな声でフィランは自分の意見を口にし、それを聞いたアイカはフィランも女子生徒だけで警護をするという意見に賛成したと判断する。


「フィランも構わないそうですから、警護は私とパーシュ先輩とフィランが引き受けます。フレード先輩とユーキは情報収集をお願いします」

「……チッ、しょうがねぇな」


 若干不満そうな表情を浮かべながらフレードは情報収集を引き受ける。別にフレードはどうしても警護に就きたというわけではない。ただ、パーシュが勝手に決めるのが気に入らなくて異議を上げただけで、アイカたちが警護で構わないと考えているのならそれでもいいと思っていた。

 フレードが納得する中、ユーキは少し困ったような表情を浮かべている。警護中に女子生徒では対処できない事態になった時にすぐ対処できるよう、男子生徒を一人でも警護に就けるべきではないかとユーキは思っていた。


「……やっぱり、念のために俺かフレード先輩のどっちかが警護に就いた方がいいんじゃないか? 女の人では都合の悪い状況になった時に男がいた方が都合がいいだろう?」

「大丈夫よ。女性では都合の悪い事態なんて、よほど運が悪くない限りならないわ」

「いや、でも……」


 ユーキはどうにかアイカを説得しようと粘る。すると、座っていたアイカが立ち上がってユーキの顔の数cm前まで顔を近づけ、睨むようにユーキを見つめた。


「だ、い、じょ、う、ぶっ!」

「……そ、そう」


 アイカの迫力に驚いたのかユーキは苦笑いを浮かべながら納得する。パーシュとフレードはアイカが珍しく強引な態度を取るのを見て意外に思っており、ジーゴたちもアイカを見ながらまばたきをしていた。

 ユーキが納得するとアイカは表情を和らげてユーキから顔を離し、アイカが離れるとユーキは緊張が解けたのか小さく溜め息をつく。今まで見たことのないアイカを目にしてユーキは内心驚いていた。


「とりあえず、誰が何をするか決まったわけだし、早速行動に移ろうかね」


 パーシュが改めて仕事を始めることを告げるとアイカは真剣な顔でパーシュを見ながら頷き、フィランもゆっくりと立ち上がる。フレードもやれやれと言いたそうな顔で立ち上がり、ユーキも続けて立ち上がった。


「んじゃ、情報収集の方は任せるよ? 言っておくけど、あたしらがいないからってサボるんじゃないよ?」

「そんなことするか!」


 フレードは力の入った声でパーシュに言い返すと町へ向かうために来客室の出入口の方へ歩き出し、ユーキもフレードの後をついて行く。パーシュはフレードの後ろ姿をニヤニヤと笑いながら見て「頑張れよ」と手を振った。

 ユーキとフレードは扉を開けて来客室から出ようとする。すると、座っていたバイスは二人を見ながら立ち上がった。


「あの、よろしければ私が町を案内しましょうか? 私はこの町には詳しいので何かしらお役に立つと思います」


 バイスの言葉を聞いたユーキとフレードは足を止めてバイスの方を向く。バイスは子爵であるジーゴの息子でルーマンズの町で活動する冒険者でもあるため、同行してくれれば迷うことも無く、情報も集めやすくなるかもしれないとユーキとフレードは感じた。


「確かにアンタが一緒なら効率よく情報が集められそうだ。……んじゃあ、よろしく頼むぜ」

「ハイ、任せてください」


 同行を認められるとバイスはジーゴとマディソンの方を向き、出かけることを伝えるとユーキとフレードの下へ移動する。

 ユーキとフレードはバイスと合流するともう一度アイカたちの方を見てからバイスと共に来客室を後にした。

 三人が退室するとアイカは閉まる扉を黙って見つめ、ジーゴとマディソンもバイスがユーキたちと友好的な関係を持てるかどうか気にしながら扉を見ていた。


「それじゃあ、あたしたちもやるべきことをやるとしようか」

「そうですね……」


 アイカは扉を見ながら呟き、パーシュはそんなアイカを見て小さく笑みを浮かべる。


「しかし意外だったね? いつも大人しいアンタがユーキを強引に説得するなんて?」

「え? そう、でしょうか?」

「ああ、正直驚いたよ。……何か理由があったのかい?」

「い、いえ、別に……三人が警護するなら、丁度女子も三人なので私たちがやった方がいいかなって思っただけです」


 パーシュの問いにアイカは何かを誤魔化すような様子を見せながら首を横に振る。アイカの反応を見たパーシュは不思議そうに小首を傾げ、フィランも黙ってアイカを見ていた。

 アイカはパーシュたちと目を合わせないように俯くと恥ずかしがるような表情を浮かべた。


(ユーキをロイダス夫人の傍にいさせたくなかったから、なんて口が裂けても言えないわ!)


 ユーキを警護に就かせたくない本当の理由を心の中で叫びながらアイカは僅かに顔を赤く染める。実はアイカは先程ユーキがマディソンに見惚れていたのを見てなぜか不愉快になり、ユーキを警護に就けるとまたマディソンに見惚れてしまうのではと感じて強引に情報収集に就かせたのだ。

 マディソンに見惚れるユーキを見た時、どうして不愉快になったのかアイカ自身も分からずに頭を悩ませる。この時のアイカは自分が嫉妬心を懐いていたことにまだ気づいていなかった。

 その頃、ユーキたちは街で情報収集をするために屋敷を出て静かな中庭の中を歩いている。中庭には庭師などの姿は無く、ユーキたちしかいなかった。


「そう言えば、まだちゃんと挨拶してなかったな。俺はフレード・ディープスだ。こっちはユーキ・ルナパレス」

「よろしくお願いします。……それで、街に出たら最初にどちらに行きますか?」

「そうだなぁ……情報収集するなら冒険者ギルドなんだが、メルディエズ学園の生徒である俺らが行ったら面倒なことになりそうだからやめた方がいいな」

「ええ、私もギルドに行くことはおすすめできません。この町にはメルディエズ学園を良く思わない冒険者が多いのでギルドに入った瞬間に喧嘩を売られると思います」


 メルディエズ学園と冒険者ギルドの関係から冒険者が集まる場所に向かうのは避けた方がいいというバイスの考えにフレードは納得の表情を浮かべる。

 ジーゴの息子であるバイスが一緒なら騒ぎにならずに情報を得られると思われそうだが、冒険者の世界では身分などは殆ど役には立たない。平民だろうが貴族だろが、冒険者になった者は皆が平等に扱われるため、バイスと共に冒険者ギルドに行っても問題無く情報を得るのは難しかった。


「お前が親父さんの警護を任されてた時には何か情報は得られなかったのか?」

「ええ、黄昏の槍の仲間と共に街に出て何度も情報を集めようとしたのですが、有力な情報は得られませんでした」


 バイスたちが何も情報を得られておらず、現状では情報はゼロだと知ったフレードは面倒そうな顔をする。


「ただ、私たちも訪ねていない場所もありますので、そこに行けば何か襲撃者の情報を得られるかもしれません。あと、私たちが情報を集めようとした時は運悪く情報を持っていない者に声を掛けて情報を得られなかったという可能性もあります。ですから、今回の情報収集では情報を持つ者に会えるかもしれません」

「要するに運に頼りながら一人ずつ訊くしかねぇってことか。……まぁ、現状じゃ仕方ねぇよな」


 地道に情報を集めるしか方法が無いと理解したフレードとバイスは苦労しそうだと感じながら歩く。そんな中、ユーキは何かを考え込むように俯きながら歩いていた。


「……おい、ルナパレス。どうした?」


 フレードはユーキに声を掛けるとユーキはフッと顔を上げてフレードの方を向く。


「い、いえ、何でもないです」


 ユーキは苦笑いを浮かべながら首を横に振り、フレードとバイスは不思議そうな顔でユーキを見ていた。

 屋敷を出てからユーキはいつもと態度が違うアイカのことが気になってずっと考え込んでいたのだ。屋敷に来た時のアイカはいつもどおりだったのに先程は強引に話を進めるような発言をしたのでユーキは不思議に思っていた。


(別に怒ってるような感じじゃなかったし、同性同士の方がやりやすいって以外に何か理由があるから俺たちに情報収集をやらせたのか? ……いや、アイカの性格ならちゃんと理由を説明するはずだ。なのにどうしてあんな……)


 ユーキはアイカの真意が分からずに頭を悩ませる。だが、いくら考えても分からないため、情報収取が終わって屋敷に戻った時に聞いてみようかと思っていた。


「とにかく、街へ行ったら片っ端から訊いていくしかねぇな」


 フレードの言葉を聞いたユーキは今は情報収集に集中するべきだと気持ちを切り替えた。


「そうですね、行きましょう」


 ユーキは顔を上げたフレードとバイスと共に街へ向かった。


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