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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第四章~愛憎の狂者~
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第五十話  出発


 カムネスの言葉にユーキとフレードは思わず声を上げ、アイカとパーシュ、ロギュンは二人の反応に驚いて思わず目を丸くする。カムネスとフィランは表情を変えずにユーキとフレードを見ていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺、ついさっき依頼を終えて帰って来たばかりなんですよ?」

「俺もだ! ガルゼム帝国からようやく戻って来たっていうのに休み無しで次の仕事に行けってのか?」


 依頼を終えて戻って来たばかりなのにすぐに次の依頼に行けと言われれば不服に思うのも無理は無い。ユーキとフレードも最近は依頼の数が増えているため、忙しいということは理解している。しかし、それでも連続で依頼を受けさせれることには抵抗があった。

 異議を上げるユーキとフレードを見たアイカとパーシュは異議を上げるのも無理は無いと納得するような表情を浮かべる。だが、ロギュンは目を細くしながらユーキとフレードを見ていた。


「それは仕方がありません。依頼主は一日でも早く生徒を派遣してほしいと言っているそうなので依頼を受ける生徒が揃い次第、出発してもらうことになっているんです」

「だからって、戻った日に出発させることはねぇだろう! 明日の早朝に出発したって大して変わらねぇじゃねぇか」

「受付嬢は生徒が揃い次第、出発させると依頼してきた執事の方に話したそうです。全員揃ったのに出発しないのはメルディエズ学園の信用を失うことに繋がります」


 やや興奮するフレードにロギュンは冷静に対応し、すぐに出発しなくてはいけない理由を説明する。

 参加する生徒が揃ったら出発させると依頼してきた者に伝えた以上、急いでルーマンズの町へ向かわなくてはならないと聞かされたユーキは仕方がないと感じたのか、観念した様子で軽く溜め息を付く。しかし、フレードは納得できないのか引き下がろうとしなかった。


「それでも今日ぐらいは休むことができるだろう?」

「残念だが無理だ」


 カムネスが静かに口を開いて休む時間が無いことを伝える。フレードは視線をロギュンからカムネスに向け、「どういうことだ」と目で尋ねた。


「依頼してきた執事なんだが、依頼する際に学園にいない生徒、つまりお前とルナパレスがいつ戻るか訊いてきたそうだ。その時に受付嬢がすぐに戻ってくると伝えたらしく、戻るまでバウダリーの町の宿に泊まって待つと言ったらしい」

「何だと? それじゃあ……」

「お前とルナパレスが戻った直後、サンロードたちに声をかけると同時に執事にも全員揃ったことを伝えるよう受付嬢を向かわせた。今頃、執事は町を出る準備を進めているんじゃないか?」

「……つまり、まだ出発できないって執事を待たせることもできねぇってことか?」

「そのとおりだ」


 誤魔化して休む時間を得ることもできないと聞かされたフレードは僅かに表情を歪める。

 執事に全員揃ったことが伝わってしまった以上、もうどうすることもできないと悟ったフレードは小さく俯き、ユーキはそんなフレードを見ながら心の中で同情した。


「まぁ、運が無かったと思って受け入れるしかないね」


 暗くなるフレードを見ながらパーシュは若干高めの声で語った。フレードの反応が面白く感じたのかパーシュは小さく笑みを浮かべている。

 パーシュはこの二三日、依頼を受けずに学園で待機していたので万全の状態で依頼を受けることができた。因みにアイカとフィランも依頼を受けずに学園で授業を受けていたため、怪我などはしておらず、疲れも一切感じていない。

 フレードはパーシュの言葉を聞くと顔を上げ、鬱陶しそうな顔をしながらパーシュの方を向いた。


「お前、他人事だと思って楽しそうに言いやがって……」

「失礼だね、あたしは別に楽しく思ってなんかいないさ。依頼を終えたばかりなのにまた依頼を受けなきゃいけないユーキのことは本当に気の毒に思ってるよ」

「……ちょっと待て、何でルナパレスだけを気の毒に思ってるんだ? 俺も同じ立場なんだぞ?」

「アンタのことは気の毒だと思ってないからさ」

「んだとぉ!?」


 パーシュを睨みながらフレードは声を上げ、そんなフレードをパーシュは鼻で笑った。再び口喧嘩を始める二人を見てロギュンは呆れ顔になり、カムネスとフィランは黙って二人を見守っている。

 ユーキも喧嘩するパーシュとフレードを黙って見ていた。ただ、連続で依頼を受けさせられたことで精神的に疲れているのか再び溜め息を付く。そんなユーキにアイカが静かに近づいた。


「ユーキ、依頼中に何か遭ったら私とパーシュ先輩とフィランが何とかするから、貴方とフレード先輩はあまり無理をしないで?」

「ありがとう。でも、指名された以上はしっかり仕事はするよ。連続で依頼を受けたからってサボるわけにもいかないしな」


 両肩を軽く回しながらユーキはアイカに問題無いことを伝える。アイカは小さく笑うユーキを見て、本当に無理をしないでほしいと思っていた。

 ユーキたちのやり取りを見ていたカムネスはゆっくりと席を立ち、カムネスが席を立ったことに気付いたユーキたちは喋るのを止めてカムネスに視線を向ける。カムネスは全員が自分に注目したのを確認するとゆっくりと口を動かす。


「待ち合わせ場所は町の正門前だ。依頼してきた執事は二十代で茶色い髪をしているそうだ。彼と合流してルーマンズの町へ向かってくれ。以上だ」


 話が終わるとカムネスは自分の依頼を受けに行くために生徒会室から出ていき、ロギュンもカムネスの後に続いて退室する。

 ユーキたちも生徒会室を後にし、依頼の準備をするために廊下を移動する。移動する間、フレードは自分の頭を掻きながら面倒そうな顔をしていた。


「……ったく、帰ってきたばかりだって言うのにまた学園の外に出なきゃいけねぇなんていい迷惑だぜ」

「何だよ、さっきは納得したのにまだそんなこと言ってるのかい? いつまでもネチネチするなんて、男として見っともないよ?」


 文句を口にするフレードにパーシュは呆れながら話しかけ、フレードは歩きながら不満そうな顔でパーシュの方を向いた。


「ヘッ、お前は依頼を終えた直後じゃねぇからそんなことが言えるんだよ。もしお前が俺の立場だったら、間違い無く俺みたいにカムネスに文句を言ってたぜ」

「あたしはアンタと違って大人だからそんな見っともないことはしないよ」

「大人だぁ? 大人だったらいちいち人に突っかかるような言動はしねぇと思うけどなぁ?」

「フン、アンタにだけは言われたくないねぇ」

「ああぁ?」


 フレードは立ち止まってパーシュを睨み、パーシュもフレードを睨み返す。ユーキとアイカはまた喧嘩を始める二人を見て「やれやれ」と言いたそうな顔をしながら立ち止まった。

 フィランはパーシュとフレードの喧嘩に興味が無いのか、ユーキたちにつられて立ち止まるが、表情を変えずに前だけを向いていた。


「と、とにかく、急いで出発の準備を済ませてバウダリーの町の正門へ向かいましょう。会長が仰ったように依頼してきた執事の方は既に正門前に移動しているかもしれません」


 アイカはパーシュとフレードの口喧嘩を止めるのと同時に待ち合わせ場所に急ぐよう話す。ユーキとフィランはアイカの方を向き、睨み合っていたパーシュとフレードもやるべきことを思い出して睨み合うのを止めた。


「確かにそうだね。全員が揃うまで長いこと待たせちまってるんだ。これ以上待たせるのはある意味マズいかもしれない」

「チッ、しゃ~ねぇな。……とりあえず、支給品のポーションや食料、必要な物を取って来て一度学園の正門前に集合だ。その後に町の正門前に移動する。それでいいな?」


 フレードが待ち合わせ場所に行くまでの流れを簡単に確認するとユーキとアイカは頷き、パーシュもフレードを見ながら「それでいい」と目で伝える。フィランは相変わらず無表情のまま話を聞いていた。


「俺は俺らが使う荷馬車を取って来る。各自、準備を済ませて正門前に来い」

「アンタに命令されるのは嫌だけど、今はそんなこと言ってられないね……分かったよ」


 文句を言っている時間は無いと感じたパーシュは渋々フレードの指示に従う。フレードは若干嫌そうな顔をするパーシュを見ながら小さく鼻を鳴らした。その後、ユーキたちは歩くのを再開して一階へ向かう。

 一階に下りて校舎の入口前にやって来るとユーキたちは準備をするために一度別れる。フレードは荷馬車を用意するために厩がある方へ移動し、パーシュは支給品のポーションと食料を取りに向かった。


「さて、俺たちも準備を済ませて正門に行かないとな」

「私は一度寮に戻るわ。プラジュとスピキュを取ってこないといけないしから」

「分かった。俺は依頼ロビーに行ってさっきまで受けてた依頼が終わったことを受付に伝えてから正門に行くよ。ちゃんと報告しないと一緒に依頼を受けた生徒たちに報酬が届かないからな」


 苦笑いを浮べながら話すユーキを見てアイカも思わず小さく笑ってしまう。


「ところで、今回の依頼にグラトンは連れて行くの?」

「いや、アイツは置いて行くよ。前の依頼で頑張ってアイツも疲れてるだろうし、今回は休ませてやろうって思ってるんだ」

「そう。……フィラン、貴女はどうするの? 荷物と武器を取りに行くなら、一緒に寮へ行く?」


 アイカが黙っているフィランの方を向いて尋ねると、フィランはゆっくりとユーキとアイカの方を向いた。


「……ん、行く」

「それじゃあ、行きましょう」


 荷物を取りに行くためにアイカは女子寮の方に歩き出し、フィランもそれに続いて女子寮へ向かう。ユーキは二人を見送ってから校舎に戻り、受けていた依頼の完遂報告とグラトンのことを厩番の職員に頼みに向かった。

 その後、報告を終えたユーキはメルディエズ学園の正門へ移動してアイカたちが来るのを待った。最初の依頼を終えた後にそのまま生徒会室へ向かったユーキは武器やポーチを所持していたため、男子寮に戻って準備をする必要も無く、まっすぐ集合場所に向かうことができたのだ。

 正門前でしばらく待っていると女子寮に戻っていたアイカとフィランが合流する。二人ともプラジュとスピキュを佩し、コクヨを腰に差している。道具を入れるポーチも腰に付けて万全の状態だった。

 その数分後に支給品のポーションと食料を持ったアイカと荷馬車に乗ったフレードもやって来る。二人も一度寮に戻ったのか、ヴォルカニックとリヴァイクスを佩していた。

 全員が揃うとユーキたちは荷馬車に乗り込み、全員が乗ったのを確認した御者席のフレードは馬を走らせて依頼人である執事が待つバウダリーの町の正門へ向かった。


――――――


 バウダリーの町に入るとユーキたちは街道を通って正門へ移動する。町の中はいつもどおり大勢の住民やメルディエズ学園の生徒、冒険者がおり、立ち話や買い物などをしていた。そんな光景を見ながら荷馬車を走らせていると正門前の広場に到着する。

 大勢の人がいる広場の中をユーキたちが乗る荷馬車は移動し、正門の目の前にやって来ると荷馬車を止め、周囲を見回して依頼人である執事を探した。


「依頼してきた執事ってどんな外見なんでしたっけ?」

「カムネスの話だと二十代で茶色の髪をしてるって話だったけど……」


 パーシュは荷台の上から依頼人を探すが、広場には大勢の人がおり、その中には二十代で茶髪の男も大勢いる。簡単に見つけられる状況ではなく、ユーキたちは面倒そうな顔をしながら依頼人の執事を探す。


「あの、すみません……」


 依頼人を探していると一人に男性がユーキたちに声を掛け、ユーキたちは一斉に男性の方を向く。その男性は執事服を着ており、二十代半ばぐらいの茶色い短髪をした男性だった。

 目の前にいる男性の格好と外見からユーキたちは目の前にいる男性が依頼してきた執事だと感じた。


「貴方がたが依頼を引き受けてくださったメルディエズ学園の生徒の方々ですか?」

「……てことは、アンタが依頼してきたロイダス子爵の執事なんだな?」

「ハ、ハイ!」


 フレードの問いに男性は僅かに力の入った声で返事をする。待ち続けた生徒がようやく現れたことで嬉しさのあまり興奮しているようだ。


「随分と嬉しそうだな?」

「ええ、それはもう! ようやく依頼を引き受けてくださる生徒が集まり、主人の下へ戻れると思うと嬉しくてとて、も……」


 嬉しそうに笑っていた執事は荷馬車に乗るユーキたちを見た途端、ゆっくりと笑顔を消す。

 依頼を引き受けた五人の生徒の内、男子生徒は一人だけで残りは児童と少女であることを知って執事は目を軽く見開く。てっきり強そうな男子生徒を五人用意してくれるのだと思っていたのに、三人の女子生徒と十歳くらいの児童の男子生徒が用意されたことに驚いたようだ。


「あ、あの、依頼する時に神刀剣の使い手と優秀な生徒を用意してくださると聞きましたが……」

「ああ、だから来てやったんじゃねぇか」


 御者席に座るフレードは自分の腰に納めてあるリヴァイクスを手で軽く叩く。パーシュもヴォルカニックを手に取って執事に見せ、フィランもつられるようにコクヨを見せた。目の前に出された三本の刀剣を見た執事は何度もまばたきをする。


「そ、それらが神刀剣、なのですか?」

「ああ、そうだよ」

「で、では、皆さんは本当に神刀剣の使い手?」


 執事が目を丸くしながら再確認するとフレードは疑う執事を不満そうな顔で見ながら頷き、パーシュも信じていなかった執事を困ったような顔をしながら見た。

 神刀剣はメルディエズ学園の生徒で選ばれた生徒だけが使える魔法の武器だ。そのため、執事は強そうな男子生徒が使い手だと予想していたのだろう。だからフレード以外の生徒が神刀剣の使い手だとは信じられなかった。


「し、失礼しました。まさか、女子生徒が神刀剣の使い手だとは思っておりませんでしたので……」

「その言い方、何かすっごく失礼に聞こえるんだけど……女が神刀剣を扱っちゃいけないのかい?」

「い、いえ、そんなことは……」


 依頼を引き受けた生徒の機嫌を損ねるのはマズいと感じた執事はパーシュを見ながら首を横に振る。

 パーシュは執事を見ながら呆れ顔になり、フィランは執事の言葉を気にしていないのか無表情のまま執事を見つめていた。


「あの~、出発しなくて大丈夫なんですか? 少しでも早くルーマンズの町へ向かってほしいと聞きましたけど……」


 重い空気になったのを感じ取ったユーキはさり気なく執事に急ぐべきだと語り掛ける。執事はユーキの言葉を聞くと現状を思い出したのか目を軽く見開く。


「そ、そうでした。では、早速出発しましょう。主人であるロイダス子爵からは少しでも早く皆さんを町にお連れするよう言われていますので、休憩は少なくさせていただきます」

「ああ、分かったよ」


 フレードは執事を見ながら面倒そうな声を出す。ユーキたちも執事を見ながら真剣な表情を浮かべていた。

 カムネスから急いでルーマンズの町へ向かわなくてはならないと聞かされていた時からユーキたちは休憩は取れずに町へ向かうことになるだろうと覚悟していたため、執事から休憩は殆ど無いと言われても驚いたりはしなかった。

 執事は御者席のフレードに自分の後をついて来るよう伝えると少し離れた所に止めてある馬に乗り、正門前に待機している警備兵に声を掛けて正門を開けさせる。

 警備兵によって正門が開かれると執事は馬を走らせ、フレードも荷馬車を走らせて執事の後を追った。

 町を出たユーキたちは南西に向かって平原の中にある一本道を移動し、依頼主であるロイダス子爵がいるルーマンズの町へ向かう。

 執事は一秒でも早く町へ戻りたいと思っており、必死な表情を浮かべながら馬を走らせる。ユーキたちも遅れないように執事の後を追って荷馬車を走らせた。


「随分急いでますね」

「学園から目的地のルーマンズの町までは普通に移動すれば一日以上掛かるからね。ご主人の子爵様から急ぐよう言われてる以上、のんびり行くことはできないんだろうさ」


 荷台に乗っているアイカとパーシュは前を走る執事を見ながら急ぐ理由について語る。ユーキとフレード、フィランも無言で急ぐ執事を見ていた。

 既にメイドや使用人が何人も殺され、ロイダス子爵の身にも危険が迫っているため急ぐのは分かる。だが、自分たちがルーマンズの町に到着するまでの間は冒険者や町の警備兵が護ってくれるはずなので、そこまで急ぐ必要も無いのではとユーキたちは思っていた。


「いくら殺される可能性があるから急いでいるって言っても、身を護る手段が無いわけじゃないんだから、あんなに急がなくてもいいと思うんだけどなぁ」

「多分、依頼主の子爵様が臆病なんじゃないかい?」


 パーシュが笑いながら冗談を口にし、それを聞いたユーキもおかしく思って小さく笑う。アイカもパーシュを見ながら苦笑いを浮かべた。


「フィラン、貴女はどうして子爵様がこんなに急がせると思う?」

「……知らない」


 フィランは座りながら静かな声で答え、そんなフィランの反応を見たアイカは相変わらずだなと言いたそうな顔でフィランを見ていた。

 ユーキたちが喋っている間、フレードは手綱を握って荷馬車を走らせている。前を走る執事の馬と荷馬車の距離が徐々に開き始め、ユーキは僅かに不満そうな顔をしながら執事を見ていた。


「チッ、少しずつだがアイツの馬が離れ始めてやがる。これじゃあいつか見失っちまう」

「距離が開いてるんならもっとスピードを出せばいいじゃないか」


 パーシュの言葉を聞いたフレードは目を鋭くしてパーシュの方を向いた。


「こっちはこれでも全速力で走ってんだ! そもそもこっちの馬は荷台を引いてるんだぞ? 荷台を引く馬と人一人を乗せている馬が同等の速さで走ればこっちが遅れるのは当たり前だろう」

「確かに……それなら、やっぱり執事の人にもう少しゆっくり走ってもらうしかないですね」


 アイカは見失わないためにも執事に自分たちに合わせて走るよう伝えるしかないと考える。

 一応、ユーキたちは目的地であるルーマンズの町までの行き方は理解している。しかし、短時間で町へ向かうための道は分からないため、早くルーマンズの町に着くためにも執事を見失うわけにはいかなかった。

 フレードは前を走る執事にスピードを落とすよう伝えようとする。すると、突然前を走っていた執事が馬を急停止させた。

 いきなり止まった執事の馬に驚いたフレードも慌てて手綱を引いて馬を止める。だが、馬が急停止したことで引いていた荷台が大きく振れ、乗っていたユーキたちは体勢を崩した。


「キャアアアッ!」


 アイカは止まった時の勢いで荷台の御者席側の端に背中からぶつかり、パーシュもアイカと一緒に背中を荷台の端にぶつける。

 フィランは体勢を崩さないように荷台に掴まって倒れないようにしていた。だがユーキは荷台に掴まることができず、アイカとパーシュがいる方に倒れ込んでしまい、アイカに正面からぶつかってしまう。


「むぐぅ!」


 アイカにぶつかった拍子にユーキは顔面をアイカの胸に埋める。アイカの大きな胸がクッション代わりになってくれたおかげでユーキは殆ど痛みを感じることはなった。


「うううぅ、ビックリしたなぁ。何なんだよ、いきなり止まったりして……」


 何が起きたのか分からないままユーキが顔を上げると、目の前にアイカの顔があるのが見え、ユーキはまばたきをしながら現状を確認する。そして、自分がアイカに真正面からぶつかり、密着しながら彼女の胸に顔を埋めていることに気付いた。

 密着しながらアイカの胸に顔を埋めていることを知ったユーキはマズい状況なのではと感じてゆっくりとアイカの顔を見る。アイカはユーキを見ながら顔を赤くしており、その目からは恥ずかしさと小さな怒りのような感情が感じられた。


「あっ、いや……わ、悪いアイカ。突然馬車が止まったもんだから、その……」

「……ヤァーーーッ!!」


 苦笑いを浮かべながら謝罪するユーキにアイカは声を上げながら右手で平手打ちを放つ。アイカの平手打ちを受けたユーキは後ろに倒れ、左の頬に赤くしながら小さく痙攣する。

 倒れるユーキを見ながらアイカは両手で自分の胸を押さえるように隠し、パーシュは目を丸くしながら恥ずかしがるアイカを見ている。アイカの叫び声を聞いたフレードも驚いた様子でユーキとアイカを見ており、フィランは無表情のまま倒れているユーキを見ていた。


「お、おい、アイカ。いくら胸に顔を埋められたからって、ユーキはまだ子供なんだから、引っぱたくことは無いんじゃないかい?」


 アイカの行動を大人げなく思ったパーシュが声を掛けると、アイカは顔を赤くしたままパーシュの方を向く。アイカの顔を見たパーシュは迫力のようなものを感じて軽く目を見開いた。


「い、いいんです! 彼は特別な子なんですから、これぐらいやっても問題ありません!」

「え? あっ……そ、そうなのかい?」


 言葉の意味がいまいち理解できなかったが、アイカの迫力に押されたパーシュはまばたきをしながら納得する。

 ユーキは見た目は十歳の児童だが、中身は十八歳でアイカやパーシュたちと歳が近い。それを知っているアイカは歳の近いユーキが自分の胸に顔を埋めたことに対して恥ずかしさを感じ、我慢できずに手を出してしまったのだ。

 アイカに引っぱたかれたユーキは上半身を起こして左の頬を擦り、アイカはユーキと目を遭わせようとしない。そんな二人のやり取りをパーシュは黙って見ている。


「お前ら、何やってんだよ?」


 御者席に座っているフレードが目を細くしながら声を掛ける。フレードの声を聞いたパーシュは反応してジッとフレードを睨み付けた。


「『何やってんだよ』じゃないよ! アンタが急に荷馬車を停めるからこうなったんじゃないか」

「仕方ねえだろう、前が急に止まったんだからよ」


 そう言ってフレードは前を向いて執事の方を向く。パーシュも立ち上がって執事の様子を確認し、ユーキとアイカも複雑な気持ちになりながら前を見た。

 執事は馬に乗ったまま前を向いており、緊迫した表情を浮かべている。執事の様子がおかしいことに気付いたユーキたちは何かあったのかと感じて僅かに目を鋭くした。


「あの、どうしたんですか?」


 ユーキが声を掛けると、執事はハッとしてからユーキたちの方を向いた。


「す、すみません。あ、あれを……」


 何かに驚いている顔をしながら執事は先程まで自分が見ていた方角を指差し、ユーキたちも執事が指差す方を確認した。

 ユーキたちの視線の先、200mほど離れた所に森があり、その森から十体の人影が出てきた。身長160cmほどで薄い紫色の肌を持ち、豚の顔をしたモンスターたちで全員、革製の鎧とボロボロの腰巻、石槍を装備している。


「あれはオーク、ですね」

「ああ、間違いねぇ」


 現れたモンスターを見ながらユーキとフレードは低めの声を出す。執事はモンスターが現れたことに動揺し、慌てて馬を後ろに下がらせた。

 オークはゴブリンと同じ下級モンスターだが、ゴブリンよりも力があり、知能も高いためゴブリンよりも手強い存在とされている。しかし、オーガやホブゴブリンと比べたら弱く、メルディエズ学園の下級生やD級やC級の冒険者でも油断しなければ楽に倒せる存在だ。

 森から出てきたオークたちは周囲を見回し、ユーキたちの姿を確認すると豚のような鳴き声を上げながらユーキたちに向かって走り出す。執事はオークたちが自分たちに気付いたことを知ると驚愕の表情を浮かべる。


「……これは戦うしかなさそうですね」

「そのようだね。……仕方ない、先を急ぐためにもチャッチャと片付けるとするか」


 立ち上がったパーシュは佩してあるヴォルカニックを柄を握り、ユーキも月下と月影を抜く体勢を取る。アイカとフィランも荷馬車から降りると得物を握って戦闘態勢に入ろうとした。


「待て、俺が行く。お前らは執事を護りながらそこで見てろ」


 ユーキたちが戦闘を開始しようとした時、フレードが御者席から下りて佩してあるリヴァイクスを抜く。フレードが自分から戦うと言い出したのを見てユーキたちは意外そうな反応を見せる。


「へぇ~、どういう風の吹き回しだい? 依頼を連続で受けて疲れてるって文句を言ってた奴が自分から戦うとか言うなんて?」


 パーシュは小さく笑いながらフレードをからかうような口調で尋ねる。フレードはチラッとパーシュを見てから視線を近づいて来るオークたちに向けてリヴァイクスを中段構えに持つ。


「大した理由じゃねぇよ。連続で依頼を受けさせられたイライラをアイツらを倒して晴らそうって思っただけだ」

「成る程、要するにアイツらに八つ当たりするってことだね?」

「言い方は気に入らねぇが、そう言うことだ……」


 フレードはパーシュの言うことを否定せず、リヴァイクスを握る手に力を入れてオークたちを睨んだ。

 メルディエズ学園を出た時からフレードはずっと休み無しで依頼を受けさせられたストレスを発散する方法を考えていたのだ。そんな状態で執事が荷馬車に乗る自分たちのことを気にせずに馬の走る速度を上げたことでストレスが溜まり、フレードは気分を悪くしていた。

 そんな時にオークが目の前に現れ、彼らを倒してその苛立ちを少しでも晴らそうと考え、自分が戦うと言い出したのだ。

 フレードの話を聞いたパーシュはフレードの行動を幼稚に思い小さく鼻で笑う。ユーキとアイカはフレードのストレス発散に利用されることになるオークを気の毒に思いながら遠くにいるオークを見ていた。


「オークども、お前らには俺の鬱憤うっぷんを晴らすための相手になってもらう。恨むなら俺の前に出てきた自分たちの運の無さを恨みな」


 そう言うとフレードはオークに群れに向かって走り出す。オークたちも走ってくるフレードを見て更に走る速度を上げてフレードに向かって行く。

 それからフレードとオークたちの戦いが始まったが上級生であり、神刀剣の使い手であるフレードに下級モンスターのオークが敵うはずもなく、僅か数分でオークたちはフレードに倒された。


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