表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第一章~異世界の転生児童~
5/270

第四話  異世界の町


 ユーキとガロデスを乗せた馬車はバウダリーの町の正門に辿り着いた。御者は正門を開けてもらうために正門の見張りをしているラステクト王国の兵士たちに声を掛け、身分を証明する物と思われる羊皮紙を見せる。

 兵士の一人が証明書の内容を確認し、別の兵士が馬車に乗っているユーキとガロデスを確認する。伯爵であるガロデスが乗っているのを見て、馬車を調べた兵士は一瞬驚きの反応を見せるが、すぐに真剣な表情を浮かべて挨拶をした。

 何も問題は無いと判断した兵士たちは正門の近くにある小屋の中に入り、何かしらの装置を使って正門を開ける。開門を確認した御者は馬を進ませ、馬車はバウダリーの町へと入っていく。町に入ると、バウダリーの町がどんな所なのか気になっていたユーキは小窓から外を確認した。

 町の中には大勢の住民の姿があり、何人かはユーキたちが乗る馬車を見ている。小窓から顔を見せるガロデスを気付き、伯爵が目の前にいると知って注目しているのだろう。勿論、ユーキのことにも気付いているが、ただの児童であるユーキを見ている者は殆どいなかった。


「凄い人ですね」

「バウダリーの町はラステクト王国の中で三番目に大きな町ですからね」


 ユーキと同じように小窓から外を眺めていたガロデスがバウダリーの町の大きさについて語り、ユーキは三番目に大きな町だと思わなかったのか意外そうな顔でガロデスの方を見た。そんなユーキにガロデスはバウダリーの町のことを説明する。

 ガロデスの話によると、バウダリーの町には冒険者ギルドを始め、無数の酒場に宿屋、武器屋や雑貨屋、小さめの図書館など一通りの建物があり、殆ど不自由を感じずに生活できる町だそうだ。更に馬小屋や共同墓地、冒険者のための訓練場、大型の食料貯蔵庫もあるため、一部の住民たちからは町の外に出なくても生きていけるほど住みやすい町ではと言われている。

 バウダリーの町はすぐ隣にあるメルディエズ学園とも繋がっているため、学園の生徒たちもよくバウダリーの町にやってくる。ただ、殆どの生徒は学園で授業を受けたり、依頼を受けて町の外に出ているため、町にいるのは授業や依頼を受けていない暇な生徒ばかりらしい。


「授業が無く、依頼を受けていない生徒が町にいる……ということは、メルディエズ学園の生徒たちにも休暇や休日みたいなものはあるんですか?」

「勿論です。毎日依頼や授業を受けていたらストレスが溜まって授業や依頼に差し支えますからね」


 生徒たちにちゃんと心身を休ませる時間があると聞いたユーキは異世界の学園のシステムが転生前の世界と殆ど同じなのだと知る。

 メルディエズ学園は冒険者ギルドに似た組織だが、あくまでも生徒たちを立派な戦士や魔導士に育てるための教育機関であるため、生徒たちの体調管理などはしっかりしているようだ。ユーキはちゃんと生徒たちにも休暇や自由時間があると知って少し安心した。

 ユーキとガロデスがバウダリーの町やメルディエズ学園の話をしている間、馬車は街道を走り続け、しばらくするとゆっくり停止する。馬車が止まるとユーキは小さく反応し、ガロデスは小窓から外を覗く。


「どうやら到着したようですね」

「到着? 何処にですか?」

「今日君が泊まる宿屋ですよ」


 小さく笑いながらガロデスは扉を開けて馬車を降り、ユーキも自分が泊まる宿屋に着いたことに驚きながら馬車を降りる。馬車を降りると、ユーキの前に一軒の建物があった。その建物は周りの建物と比べると少し高級感が感じられ、建物を見たユーキは思わず目を丸くする。


「……あ、あのぉ、ガロデスさん。此処は?」

「此処は“虹色亭にじいろてい”と呼ばれる高級の宿屋です。主にこの町を訪れた貴族など身分の高い人たちが泊まる場所です」

「き、貴族?」


 どんな客が利用しているのかを聞いたユーキは思わず訊き返す。当然だ、ユーキはこちらの世界に転生したばかりで殆ど無一文の状態、しかも見た目は十歳の児童であるため、貴族が利用する高級宿に泊まれるはずがない。ユーキ自身も自分は場違いな存在だと感じていた。


「ど、どうして俺をこんな高い宿屋に? もっと安い宿屋があると思うんですけど……」


 なぜ自分を高級宿に連れてきたのか、ガロデスの考えが分からずユーキはガロデスに尋ねる。すると、ガロデスはユーキを見ながら微笑みを浮かべた。


「命の恩人を安い宿屋に連れて行くなんてできませんよ。君には此処でしっかり旅の疲れを癒してください」

「で、でも……」

「宿泊費の方は私が出しますので、遠慮しないで泊まってください」


 命を救ったからと言って、メルディエズ学園の試験を受けられるようにしてくれるだけでなく、高い宿屋に泊めてくれるガロデスを見て、ユーキは流石にやりすぎではと感じていた。


「……ガロデスさんは俺を町まで連れて来てくれただけでなく、メルディエズ学園にまで誘ってくれました。これ以上はもう充分です。ですから普通の宿屋に……」


 逆にガロデスに申し訳ないと感じてきたユーキは別の宿屋に変えてもらうよう頼む。だが、ガロデスは首を小さく横に振った。


「いいえ、私にも貴族、そしてメルディエズ学園の学園長としてのプライドがあります。貴方が学園に入学するまでは援助させていただきます」

「えぇ……」

「それに安い宿屋には時々ガラの悪い冒険者が泊まります。もしそんな冒険者がいる宿屋に幼い君が一人で泊まれば何をされるか分かりません」


 意味深な言葉を言うガロデスを見てユーキは僅かに目を細くした。

 ガロデスによると安い宿屋には主に金を殆ど持っていない旅人や稼ぎの悪い冒険者などが泊っているようだ。旅人はともなく、稼ぎの悪い冒険者たちは少しでも生活費を手に入れるため、自分よりも弱い冒険者や旅人に喧嘩を売ったり、恐喝みたいなことをして金を巻き上げたりするらしい。

 バウダリーの町にもそう言ったガラの悪い冒険者がおり、自分より弱い者に手を出しているらしい。その度に実力のある冒険者や軍の警備兵などが動いてそういう者たちを捕らえたり、懲らしめたりしているそうだ。

 メルディエズ学園の学園長であるガロデスの耳にも自然とライバルである冒険者ギルドの悪い情報が入ってくるのでガラの悪い冒険者が安い宿屋によく泊まることを知っていた。だから、感謝の気持ちだけでなく、ユーキをそんな危険な所に行かせたくないという気持ちから高級宿に泊めることにしたのだ。


「そういうことですか……ご心配ありがとうございます。ですが大丈夫です、例え冒険者に絡まれたとしても俺なら返り討ちにできます」


 高級宿に泊めようとする理由を知ったユーキはガロデスに感謝する。だが、それでも高級宿に泊めてもらうのは悪いと感じ、安い宿屋に泊めさせてもらうと思っていた。

 笑いながら遠慮するユーキをガロデスは真剣な表情で見つめ、姿勢を低くしながら顔をユーキに近づけた。


「確かに君は数人の盗賊を返り討ちにするほどの実力を持っています。ですが、冒険者は盗賊と違ってそれなりに訓練を受けており、盗賊以上に手強いです。何よりも町の中では殺人は厳禁です。盗賊の時のように殺してしまえば即、警備兵に捕らえられてしまいます」

「大丈夫です。盗賊と戦った時は仕方なかったですが、次からは絶対に殺したりしません。それに殺しができないのは相手も同じことですし……」

「ダメです、この宿屋に泊まってください!」


 ガロデスは顔を近づけながら反対し、ユーキはガロデスの迫力に思わず口を閉じる。ガロデスの貴族としての誇りとユーキを面倒ごとに巻き込ませたくないという気持ちが表に出てユーキを押し黙らせた。

 ユーキは目の前にあるガロデスの顔を見て驚きのあまりまばたきをする。同時にガロデスは絶対に引き下がらず、何が何でも自分を虹色亭に泊めさせようとしていると感じた。


「……わ、分かりました。此処に泊まらせていただきます」


 これ以上続けてもガロデスは考えを変えないと感じたユーキは折れて虹色亭の泊まることを承知する。ユーキの答えを聞いたガロデスは笑顔を浮かべ、ゆっくりと近づけていた顔を引いた。


「では、早速宿屋の人に君を泊めさせてもらうよう話をしてきます」


 そう言ってガロデスは虹色亭に入っていき、残ったユーキは呆然と宿屋に入っていくガロデスを見つめる。思わず御者の方を向き、御者と目が合うと御者はユーキを見て無言で苦笑いを浮かべる。その表情からは「大変ですね」という同情が感じられた。

 それから数分後、ガロデスが笑いながら虹色亭から出てきた。様子からして従業員との話は済んだようだ。


「広めの一人部屋を借りました。食事は宿の人に言えば好きな時に出してくれますので、食事をしたい時は宿の人に言ってください。宿泊代は滞在した日にち分、私の方に請求するように言っておきましたので」

「分かりました……あの、本当にいいんですか? 俺がこんな所に泊まっちゃって?」


 ユーキは本当に自分が虹色亭に泊まっていいのかガロデスに再確認をする。ガロデスは尋ねてくるユーキを見て小さく笑った。


「ええ、問題ありませんよ。ユーキ君は何も気にせずに過ごしてください」

「……ハイ」


 ガロデスの顔からはやましい気持ちなどは一切感じられず、本当に善意で力を貸していることが伝わってきており、それを感じ取ったユーキは、ガロデスは自分が思っている以上に寛大な心を持っていると感じた。


「では、私はこれから学園に戻ってユーキ君が試験を受けられるよう準備をしてきます。ユーキ君は試験日まで自由にしていてください」

「分かりました……あっ!」


 メルディエズ学園の試験の話が始まるとユーキはあることに気付き、ガロデスの方を向いた。


「そう言えば、まだ試験日が何時なのか聞いていなかったような……」

「え? ……ああぁ! 確かにまだでしたね」


 ユーキの言葉を聞いてガロデスも試験日を伝えてなかったことを思い出した。ユーキも最も重要なことを思い出してホッと胸をなでおろす。本当は馬車で移動している時に訊くつもりだったのだが、訊こうとした時にバウダリーの町に到着し、そのまま町の話に入ってしまったので訊くのを忘れてしまったのだ。

 試験を受けられるようになっても、肝心の試験日が分からくては何の意味もない。何より、ユーキは少しでも学科試験でいい点数を取れるよう、試験日までに勉強したかったので試験日を知っておきたかった。


「すみません、本当なら私から真っ先にお伝えしておくはずだったのですが……」

「いいえ、俺も訊くのを忘れてましたから。それで、試験日はいつなんですか?」


 ユーキは改めて試験がいつ行われるのか尋ねる。すると、ガロデスの口から予想外の言葉が飛び出した。


「試験は明日のお昼からです」

「そうですか、明日の昼……明日ぁ!!?」


 試験日を聞かされたユーキは驚きのあまり声を上げ、驚くユーキを見たガロデスと御者も驚いてしまう。


「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください! 明日なんですか!?」

「え、ええ、明日の午後一時にメルディエズ学園の校舎で行われます」


 てっきり数日後に試験があると思っていたのに、よりにもよって明日の昼に行われると知ってユーキは動揺を隠せずにいる。試験までの時間がたった一日では少しの時間しか勉強をすることができず、勉強したとしても少しの範囲しか覚えることができない。

 転生前のユーキは高校でテストがあると聞かされた時、その日からしっかりと勉強してテストに挑んだ。それでようやくちゃんとした点数を取ることができるのに、一日だけではどう考えても高い点数を取るのは無理だった。


「今日この町に着いたばかりなのに、殆ど勉強ができていない状態で試験なんて……」

「仕方がありません。これはユーキ君と出会う以前から決まっていたことなので、こればかりは私でもどうすることも……」

「ううぅ……」


 ガロデスの言葉にユーキは表情を暗くする。確かにユーキと出会う以前に決定したことであればどうすることはできない。メルディエズ学園も試験を受ける者たちのことを考えて試験日を決め、試験を受ける者たちもそれに合わせて勉強をしているはずだ。ユーキ一人にために試験日を変更するなどできるはずがない。

 一日しか試験勉強ができないという現実を前にしてユーキは肩を落とす。そんなユーキを見たガロデスはユーキの肩に両手を乗せて苦笑いを浮かべる。


「と、とにかく、頑張って勉強をしてください。例え学科試験の成績が悪かったとしても、実技試験で良い成績を出せば合格できるはずです!」

「……ハイ」


 ユーキはガロデスの励ましに力の無い声で返事をする。確実に合格するために今回は諦めて次の試験に挑むという手もあるが、次の試験は数ヶ月後。それまでずっと働きもせず、ガロデスに縋るのは抵抗があったため、ユーキは仕方なく明日の試験を受ける決心をした。

 ガロデスは暗い顔のユーキを見ながら気の毒そうな表情を浮かべる。何とかしてあげたいと思っているが、こればかりは学園長であるガロデスでもどうすることもできない。ガロデスはユーキを見ながら頑張ってほしいと心の中で祈ることしかできなかった。


「では、私はこれで失礼します。明日のお昼一時に町の西側にある門を通ってメルディエズ学園に来てください」

「分かりました」


 ユーキが返事をするとガロデスは馬車に乗って扉を閉める。扉の小窓から顔を出したガロデスはユーキを見ながら「頑張ってください」と目で応援し、そのまま馬車に乗って去っていった。

 一人虹色亭の前に残されたユーキは馬車が走り去っていくのを黙って見送り、馬車が見えなくなると再び肩を落として深く溜め息をつく。


「……たった一日しか時間がないって言うのにどうすればいいんだよ」


 やはり納得できていないのか、ユーキは文句を言い始める。もう少し時間があればなんとかなるのに、そんなことを思いながらユーキはまた溜め息をつく。

 しかし、文句を言ったところで現実は変わらない。寧ろ文句を言っている暇があるのなら勉強をした方がいいと感じ、ユーキは気持ちを切り替えて勉強に取り掛かることにした。


「仕方ない、ガロデスさんの言うとおり、頑張って勉強してみるか。試験範囲は教えてもらったからどこを集中的に調べればいいか分かるし、仮に点数が悪かったとしても実技試験でなんとかすればいいしな」


 異世界で生きていくためもまずはメルディエズ学園に入学するためにも試験を合格しなくてはならない、ユーキは絶対に合格してやると強く決意した。

 しかし、勉強する気になったのはいいが、手元には勉強をするための教材やノートと言った物は一切ない。勉強をするためにもまず道具を手に入れる必要があった。


「……とりあえず、虹色亭の人に訊いてみるか」


 ユーキはどうすれば勉強道具を手に入れることができるのか訊くため、虹色亭に入っていった。


――――――


 バウダリーの町の北西にある街道には無数の出店が並んでおり、人々が店の商品を眺めたり購入したりしている。時間もまだ昼頃だったので、とても賑やかで大勢の人の姿があった。

 賑わっている街道の真ん中をユーキは静かに歩いている。街道にいる人々は変わった格好をし、二本の変わった形の剣を佩して歩いている児童を見て不思議そうな反応を見せたり、小声で話し合ったりしていた。


(皆こっち見てやがる。まぁ、見慣れない格好をして日本刀を腰に差している子供がいれば見ちまうよなぁ……)


 周囲の視線が気になるユーキだったが、立ち止まったり顔の向きを変えたりすることなく前を向いたまま歩き続ける。ユーキは現在、町の北西にある図書館を目指して移動していた。

 数分前、ユーキは勉強道具はどうすれば手に入るのか虹色亭の従業員に尋ねた。従業員はユーキが勉強道具を探していることを知って少し驚いたが、児童でも勉強ぐらいするだろうと考え、あまり深く考えることなくユーキの質問に答える。

 従業員は雑貨屋なら勉強道具を購入することができるとユーキに教え、本も専門店で購入することができると教えた。

 ユーキは盗賊を倒した時に手に入った銅貨と銀貨を使えば道具を購入することはできると考える。しかし、従業員の話を聞くと、本は転生前の世界と違って高く、一般人では購入するのは難しいそうだ。当然、今のユーキでは手に入れることはできない。

 道具が手に入っても本が無ければ勉強ができないため、ユーキはどうすればいいか悩んだ。そんな時、従業員から町の図書館なら本を自由に見ることができるので、そこで勉強すればいいと教えてもらい、ユーキは道具を購入してから図書館に向かうことにした。

 図書館と雑貨屋はどちらもバウダリーの町の北西にあるため、ユーキは最初に勉強道具を購入するために北西の街道にやって来た。街道には出店も多く出ており、もし出店で道具が売っていればそこで購入しようと思いながらユーキは出店に並んでいる品を確認していく。


「雑貨品も幾つか売ってるけど、ペンや鉛筆みたいな物はないな。あとノートも……」


 出店に並んでいる物の中に知っている筆記用具が無いことを知り、ユーキは残念そうに呟く。出店の主人や他の客は品を見ているユーキを不思議そうな顔で見つめている。

 今ユーキがいる世界は転生前の世界と違って中世ヨーロッパ風の世界だ。ボールペンや鉛筆、ノートなどがあるはずがない。あるとすれば、羽ペンや羽ペンに付けるインク、安っぽい羊皮紙ぐらいだ。

 転生前の世界の感覚がまだ抜けきっていないユーキは早く新しい世界に馴染まないといけないと考え、今手に入る物で何とかしようと思った。


「いつまでも元の世界のことを考えてもしょうがないな。とりあえず、勉強ができるように書く物と紙を手に入れないとな」


 目の前の出店に目当ての物が無いことを確認したユーキは再び街道を歩き始め、探している物を売っている出店を探す。手持ちの金で羽ペンとインク、羊皮紙の全てを購入できるよう、ユーキはできるだけ値段の安い店を探して買おうと考えていた。

 道具を探しながら街道を歩いていると、進行方向に人だかりがあるのを見つけ、ユーキは不思議そうな顔をしながら人だかりの方へ歩いて行く。集まっている住民たちの間を通りながら一番前に出ると、そこには革鎧を身につけ、腰に短剣を排している二十代ぐらいのガラの悪そうな二人の男が十二歳ぐらいの女の子に絡んでいる光景があった。


「お嬢ちゃん、人にぶつかったら謝らないとダメだって、ママから教わらなかったか?」

「ご、ごめんなさい……」


 震えた声を出しながら女の子は目の前で笑い男に謝罪する。どうやら女の子は目の前の男とぶつかってしまい、それが原因で絡まれているようだ。

 女の子が謝罪すると男は腕を組みながら不敵な笑みを浮かべた。


「よしよし、いい子だ。それじゃあ、ぶつかった時にできた怪我の治療費を出してもらおうか?」

「え? 怪我って軽くぶつかっただけじゃ……」


 男の発言に女の子が反論するともう一人の男が女の子の髪を掴みながら睨み付けた。


「ああぁ? テメェ、ぶつかっといてその言い方は何だぁ? 俺の連れはテメェの肩が腕にぶつかったせいで腕を痛めちまったんだよ!」

「そ、そんな、ぶつかった腕は普通に動いて……」


 女の子が更に反論すると髪を掴んでいた男は手を放し、女の子の頬を強く叩く。女の子は叩かれた勢いでその場に倒れ、涙を流しながら赤くなっている頬を手でさすった。


「テメェ、俺らが嘘ついてるって言うのか? 悪いことしておいていい度胸してるじゃねぇか、ああぁっ!?」

「こりゃあ、治療費だけじゃなくって失礼なことを言ったことに対する慰謝料も払ってもらう必要がありそうだな」


 険しい顔で大声を出す気の短い男と笑いながら女の子を脅す冷静な男、二人の男に脅される女の子は涙を流しながら体を震わせる。その様子を見ていた周りの住民たちは気の毒そうな顔で女の子を見ていた。

 女の子に絡んでいる男たちを見ていたユーキは呆れたような表情を浮かべている。転生前の世界でも数人で弱い者に暴行する不良のような連中がおり、ユーキはそんな連中を心の底から愚かに思っていた。当然、目の前の男たちのことも愚かで情けない連中だと感じている。


「おい、アイツらってこの前、冒険者ギルドで問題を起こした連中じゃなかったか?」

「ああ、受けた依頼を失敗した挙句、失敗したのは依頼の難易度をちゃんと調べなかったギルドの責任だって言いがかりを付けてきた連中だよ」

「そうそう、そのせいで冒険者ギルドを追放されたって聞いたけど、あんなことをしてやがるとはなぁ……」


 ユーキの近くにいた野次馬の男たちが小声で少女に絡む男たちのことを語り、話を聞いたユーキは目の前にいる二人の男が冒険者ギルドを追放されて職を失ったため、生活費を得るために他人を恐喝しているのだと知った。

 自分たちの失敗で冒険者ギルドを追放されたのに新しい職を見つけようともせず、弱い者を脅して金を得ようとする男たちを見てユーキは深く溜め息をつく。


(ガロデスさんの言うとおり、ガラの悪い冒険者は平気でああいったことをするんだな)


 ガロデスから聞いた話を思い出したユーキは目の前の光景を見て男たちを情けなく思う。その間も男たちは倒れている女の子を顔を掴んだり、女の子の顔を見て笑ったりしている。


「おい、警備兵はいつ来るんだ? 早くしないと大変なことになっちまうぞ」

「誰かが呼びに行ったはずだけど、いつ来るかは分からないわ」


 野次馬たちは女の子を助ける者はまだ来ないのかとざわつき始める。女の子に絡む男たちは野次馬のことなど気にせずに女の子を脅したり暴行を加えたりしていた。

 ユーキは警備兵を待つだけで何もしない野次馬たちを見て、待っている暇があるのなら自分たちで助けろと心の中で指摘する。ユーキは視線を野次馬から涙で顔がグチャグチャになっている女の子に向けた。

 泣いている女の子を見た時、ユーキは転生前に道路に飛び出した女の子を助けた時のことを思い出す。この時、ユーキの中ではあの時と同じよう女の子を助けたいという気持ちが湧き上がっていた。

 転生前は何も考えずに道路に飛び出してしまい、その結果自分はトラックにはねられて死んでしまった。しかし、今回はそんなミスをしない。そう思いながらユーキは女の子に絡む男たちの方へ歩き出す。

 野次馬たちは一人で男たちの方へ歩いて行くユーキを見てざわつき出す。幼い児童がガラの悪い男たちに近づいて行くのだから驚くのは当然だった。野次馬が騒ぐ中、ユーキは無言で歩き続け、男達の前までやって来る。


「ちょっと、おっさんたち」

「ああぁ?」


 ユーキが声を掛けると、女の子の髪を掴んでいた気の短い男は目を鋭くしながらユーキの方を向き、もう一人の男は目を細くしてユーキを見る。

 見慣れない格好をし、腰に二本の変わった剣を差した児童に男たちは変な子供だと感じる。ユーキは自分を見ている男たちを無表情で見上げていた。


「何か用か、ボウズ?」

「その子がどんなふうにぶつかったか知らないけど、ちゃんと謝ったんだから、それぐらいで許してやったらどうだ?」

「ああぁ? 何だと?」


 気の短い男は掴んでいた女の子と髪を離すとユーキに近づき、目の前までやって来ると姿勢を低くしてユーキに顔を近づける。そんな男をユーキは無表情で見ていた。


「このガキは俺の連れに怪我させたんだよ。なのに治療費を払わねぇなんてぬかすからしつけてやってるんだよ、躾!」

「俺には怪我をしているようにしか見えないけどなぁ。……それに躾も度が超えればただの暴力だぞ?」

「このガキィ、さっきから偉そうなことをぬかしやがって、何様のつもりだ!?」


 男が青筋を立てながら怒鳴り、ユーキの胸倉を勢いよく掴む。もう一人の冷静な男も無言でユーキを見つめており、ユーキは目の前の男の顔をしばらく見てから鼻で笑った。


「成る程ね、こんなんじゃ冒険者ギルドを追放されても仕方ないな」

「な、何だと!?」


 最も指摘されたくないところを指摘され、気の短い男は胸倉を掴む手に力を入れる。そして、さっきから無言でユーキと仲間のやりとりを見ていたもう一人の男もユーキに近づいて睨み付けてきた。


「ボウズ、あんまり調子に乗らない方がいいぞ? これ以上ふざけたことを言うなら、お前にも痛い目に遭ってもらうことになる」


 冷静な男が低い声で警告をすると、ユーキはもう一人の男の方を向き、目を鋭くして睨み付けた。


「ふざけてるのはどっちだよ。女の子に暴力を振って金を巻き上げようとしているアンタらの方がふざけてるんじゃないのか?」

「こ、このクソガキィ!」


 挑発で頭に血が上ったのか胸倉を掴んでいる男はユーキに殴りかかろうとする。ユーキも男を睨みながら右手を強く握って拳を作った。


「やめなさい!」


 男がユーキを殴ろうとした瞬間、若い女の声が聞こえてきた。ユーキと男たちは声が聞こえた方を向くと、そこには一人の少女が立っている。

 少女は十六歳ぐらいで赤い目をしており、二の腕辺りまである金髪のツインテールをしている。髪は細長い赤いリボンで纏めており、白い服の上から黒いブレザーのような上着を着て首元には細めの赤いリボンをつけ、薄い灰色のミニスカートと穿いた女子高生のような姿をしていた。身長は160cmほどでスタイルも良く、同い年の男なら見惚れてしまうほどの美少女だ。

 ユーキは転生前の世界にいた女子高生のような姿をした少女に驚いて目を見開く。だが、普通の少女と違って腰の左右に一本ずつ剣を排しており、それを見たユーキは少女が戦士だと気付いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ