第四十八話 統治者と暗躍者
薄い灰色の雲に覆われた空、その下に建てられているメルディエズ学園の校舎。午前中にもかかわらず学園はとても静かで静寂に包まれていた。
校舎の中には生徒の姿は無く、授業は行われていない。訓練場にも人っ子一人おらず、まるで捨てられた廃屋のような雰囲気だ。だが、生徒がいないのは校舎の中や訓練場だけで、学生寮やバウダリーの町にはメルディエズ学園の生徒の姿はあった。
実は現在、メルディエズ学園は特別な事情から生徒が校舎に出入りすることは愚か、近づくことも禁じられている。校舎に出入りできないことから、本日行われるはずだった授業や訓練は全て中止となり、依頼を受けることもできなくなっているため、生徒たちは学生寮で一日を過ごすことになったのだ。
生徒だけでなく、教師も一部を除いて校舎に接近することが禁じられているので今日は休日のような扱いになっている。そのため、生徒たちの中には授業や訓練が無いことを喜ぶ者がおり、自室で好きなことをしたり、街に出かける者もいた。教師たちも教師寮で体を休めたり、明日以降に行われる自分の授業の準備などをしている。
中にはどうして授業が中止になったのか気にする生徒や教師もおり、そう言った者たちは寮から遠くにある校舎を見たり、何が行われているのか考えたりしていた。
校舎の入口前には数台の馬車が停められている。馬車の種類は三つあり、一つはラステクト王国の紋章が描かれた青い馬車。二つ目はガルゼム帝国の紋章が描かれた赤い馬車で、最後の一つはローフェン東国の紋章が描かれた黄色い馬車だった。
全ての馬車は綺麗に並んで停められており、その周りには各国の兵士が馬車を見張っている。そう、今メルディエズ学園には三大国家の住民、それもかなり高貴な存在が来ているのだ。
校舎の一室、普通の教室よりも広い集会場のような部屋に数人の人影があった。大きな円卓を囲むように座っており、各自姿勢を正して周りを確認している。
円卓を囲む者の中にはメルディエズ学園の学園長であるガロデスの姿もあり、少し緊張した様子で自分以外の者を見ていた。
ガロデスから見て右隣の席には身長170cmほどで四十代半ばくらいの男性が座っている。男性は肩の辺りまである濃い茶色の髪に同じ色の顎髭を生やしており、青い目をしていた。高級感のある青と白の服を着て金色の小さな王冠をかぶっている。雰囲気からこの男性は並の貴族よりも高貴な存在のようだ。そして、ガロデスと王冠をかぶった男性の後ろにはラステクト王国の兵士が二人待機していた。
「……これで準備は整ったようですな。では、これより三大国家のベーゼ対策会談を始めさせていただく」
王冠をかぶった男性は円卓を囲む者たちを見ながら語り、ガロデスや他の者たちは男性を見ながら表情を鋭くした。
ガロデスの隣に座っている王冠をかぶった男性の名はジェームズ・ロズ・エイブラス。ラステクト王国の二十一代目の国王で三十年前のベーゼ大戦の時には戦士として前線に立ち、ベーゼと戦って多くの国民を救った過去がある。正義感と国民を護りたいという意志が強く、多くの国民から信頼されており、ベーゼ大戦後に国王に即位してからもそれは変わらない。
「まず、先日我が国が得たベーゼの新たな情報をお話ししますので、手元の資料をご覧いただきたい」
目の前に置かれてある羊皮紙を手に取りながらジェームズは円卓を囲む者たちに羊皮紙の内容を確認させる。他の者たちも自分の羊皮紙を黙って手に取り、書かれてあることを確認した。
ジェームズとガロデスから見て右斜め前には二人の男性が座っていた。一人は身長170弱ほどの四十代半ばくらいの痩せ気味の男性で灰色の短髪に黄色い目をしている。赤と白の高貴な服装をしており、額には金色のサークレットを付けていた。
灰色の短髪の男性の左隣に座るもう一人の男性は三十代後半ぐらいのいかつい顔をしている。身長180cmほどで栗梅色の逆立った髪型と茶色い目をしており、深緑と黒の長袖長ズボンの上に銀色の鎧を装備していた。更に彼の右手の甲には混沌紋が入っており、彼が混沌士であることを証明している。
痩せ気味の男性といかつい顔の男性の後ろには鎧とフルフェイスの兜をかぶった兵士が二人立っており、鎧にはガルゼム帝国の紋章が描かれている。どうやら座っている二人はガルゼム帝国から来た人間のようだ。
ジェームズとガロデスはガルゼム帝国の二人を見ると、次に左斜め前に座る二人に視線を向ける。そこには男女が座っており、その後ろには濃い黄色のラメラアーマーのような鎧とてっぺんに角が付いた兜を装備した兵士が立っていた。鎧にはローフェン東国の紋章が小さく描かれており、状況から男女はローフェン東国から来た者たちだと考えられる。
男性は身長160cm強で五十代前半ぐらいの見た目をしており、濃い緑の目と耳を隠すくらいの長さの消炭色の髪と同じ色のどじょう髭を持つ。黄色の橙色の韓服のような格好をしており、頭には金色の装飾が施された黒い冕冠をかぶっている。
隣に座る女性は二十代半ばくらいで男性と同じくらいの身長をした美女だった。金色の装飾が入った赤いチャイナドレスのような服を着ており、目は水色で左右にシニヨンを巻いた葡萄色の髪型をしている。そして、彼女の右手には逆立った髪型の男と同じように混沌紋が入っていた。
円卓に座る全員が話を聞ける状態だと確認したジェームズはガロデスに視線を向けた。
「フリドマー伯、皆さんにご説明して差し上げろ」
「畏まりました」
ガロデスは席を立ち、円卓を囲む者たちを確認してから持っている羊皮紙に目をやり、内容の説明を始める。
「先日、メルディエズ学園の生徒がベーゼたちの中でも最高位と言われている最上位ベーゼと遭遇しました。そのベーゼはベギーアデと名乗り、ベーゼたちが三十年前の雪辱を晴らすために戦力を蓄えていること、この大陸には大勢の上位ベーゼが潜んでいること明かし、ベーゼの大帝も近いうちに復活するとも話したそうです」
羊皮紙を見ながらガロデスは手に入れた情報を語り、それを聞いて部屋の中にいる者たちは一斉に反応する。ベーゼが予想していたよりも力をつけたことに驚いたようだ。
ガロデスは既に知っている情報であるため驚いてはおらず、ジェームズも会談前にガロデスから話を聞いていたので驚かなかった。
「そ、それは誠なのですか?」
ガルゼム帝国から来た灰色の短髪をした男性が不安そうな顔をしながらジェームズに尋ねると、ジェームズは男性の方を見ながら頷く。それを見た男性は目を見開いて更に驚いた表情を浮かべる。
灰色の短髪をした男性はゲルマン・ゴルバチフ。三大国家の中でも最大であるガルゼム帝国の十八代目の皇帝だ。元々は第二の皇位継承者だったが、第一継承者の兄がベーゼ大戦で戦死し、父である先代皇帝がベーゼ大戦を起こしてしまった責任を取るために皇位を捨て、その後を継ぐ形で皇帝となった。
ゲルマンはベーゼが再び人間たちに牙を向こうとしていると知り、羊皮紙を見ながら頭を抱える。その姿はガルゼム帝国を納める者とは思えないくらいだらしない姿だった。
「アンビーツ、どうするべきだと思う?」
不安を露わにしながらゲルマンは隣に座る逆立った髪の男性の方を向く。アンビーツと呼ばれた男性はゲルマンの方を向くとニッと小さく笑った。
「安心してください、陛下。この国の戦力をもってすればベーゼなど簡単に撃退できます。陛下は何も心配なさらずに堂々としていればいいんですよ」
「そ、そうか、そうだな……」
若干砕けた口調で勇気づけるアイビーツを見てゲルマンは安心したのか軽く息を吐く。そんなゲルマンの反応を見てアイビーツは笑い続けた。
アイビーツ・クリクトンはガルゼム帝国の将軍の一人で優れた剣術を持つ。ガルゼム帝国の将軍の中で唯一平民の出身だがその圧倒的な強さで将軍の座にまで登りつめた。
ゲルマンが落ち着く姿をガロデスたちは黙って見ている。帝国を統べる皇帝が将軍に励まされ、安心しきるのはどうかとその場にいる全員が思っていた。
「陛下はベーゼを倒すために全力を尽くし、他国から救援があれば惜しまず力を貸すと考えています。他にも必要な情報があるのなら全て提供するとのことです。ですよね、陛下?」
「そ、そのとおりです。ベーゼがこの世界にやって来たそもそもの原因は我が国にあります。喜んでお力をお貸しします」
自分の発言を代弁したアイビーツの言葉に同意し、ゲルマンは笑顔を作って同盟国に助力することを伝える。ゲルマンの様子を見たガロデスは「こんな人が皇帝で帝国は大丈夫なのか」と心の中で不安に思っていた。
「そうですか。感謝いたしますぞ、ゲルマン殿」
本心かどうか分からないが、力を貸すというゲルマンにジェームズはとりあえず礼を言う。ゲルマンはジェームズの方を見ながら媚びるように軽く頭を下げる。
「……ローフェン東国のお二人はどのようにお考えですかな?」
ジェームズは視線をゲルマンからローフェン東国の男女に向けて意見を聞く。すると、消炭色の髪をした男性は自分の髭を整えながらジェームズの方を向いた。
「無論、我らローフェンも可能な限り力を貸すつもりではいる。しかし、ベーゼが我が国に攻め込んで来た時は自国を護ることに集中させてもらう。その時に貴公らの国から救援や情報提供の要請があったとしても、受けることができないかもしれない。その点は予めご容赦していただきたい」
「勿論です、ショウジュ殿。誰しも自分の国を護ることを優先するのが当然のことですからな」
消炭色の髪をした男性をショウジュと呼びながらジェームズは納得する。納得するジェームズを見たショウジュは目で「感謝する」と伝えるように小さく頷いた。
ローフェン東国の護りを優先すると語った男性はリー・ショウジュ。ローフェン東国の十七代目の国王で三大国家を治める者たちの中でベーゼ大戦の時から王位についている人物だ。ジェームズと同じで自国の民を護ろうとする意志が強く、ベーゼ大戦の時にも国王として国民や兵士を導いてベーゼ大戦を乗り切った。亜人を王妃としているためか人間だけでなく亜人からも慕われている。
ショウジュは髭を整えるのを止め、手元の羊皮紙に目をやると難しそうな表情を浮かべる。
「力をつけたベーゼたちがこれまで以上に激しい攻撃を仕掛けてくるのであれば、今までと同じような対策方法ではベーゼたちを倒すことができなくなるかもしれない。ベーゼがどれ程の力をつけたのかはお分かりではないのか?」
「申し訳ない。その情報を聞き出した生徒も敵がどれだけの力を蓄えているのかまでは聞かされてなかったようなのです。そうだな、フリドマー伯?」
ジェームズはガロデスの方を向いて詳しい情報は得られなかったことを確認する。ガロデスはジェームズの方を向くと小さく頷いた。
「ハイ。その情報を聞き出した生徒、ユーキ・ルナパレスもベギアーデが一方的に話して立ち去ったと言っていたそうなので、ベーゼたちの詳しい戦力は聞かされなかったそうです」
「フム……チャオフー、貴殿はどう思う?」
ガロデスの話を聞いていたショウジュは隣に座る美女の方を向いて尋ねる。チャオフーと呼ばれた美女は自分の羊皮紙を黙って見つめた後、ショウジュの方を向いて口を動かした。
「その最上位ベーゼが何を考えて自分たちの情報を話したかは分かりませんが、詳しい戦力を話すほど愚かではないでしょう。そのメルディエズ学園の生徒が詳しい情報を得られなくても致し方ないかと……」
「確かにそうだな。相手はベーゼの中でも知能の高い存在だったのだ、知られたら困ることを話すようなヘマはしないだろう」
ショウジュはチャオフーの答えに納得し、話を聞いていたジェームズやガロデスも同じことを思っていたのかチャオフーを見ながら仕方がないと言いたそうな顔をしていた。
ジェームズたちを納得させた美女、チェン・チャオフーは若くしてローフェン東国の軍師を任されている女性。ベーゼ大戦が起きた時はまだ軍にすらいなかったが、数年前に軍に入り、その頭の回転の速さを認められ、僅かな時間でローフェン東国の軍師となった。
ベーゼたちがどれ程の力を蓄えているか分からない以上、どのように対策をすればいいのか分からず、ジェームズやショウジュは難しい顔をする。ゲルマンは対策方法が分からないことから不安そうな顔で俯いていた。
国を統治する者たちが深刻そうな顔をしていると、チャオフーが持っている羊皮紙を円卓の上に置いてジェームズたちを見た。
「確かにベーゼがどれだけ力を蓄えたかは変わりません。ですが、これまで以上に各拠点の護りを固め、情報収集に力を入れた方がいいでしょう。必要であればメルディエズ学園だけでなく、冒険者ギルドにもこれまで以上にベーゼの討伐を依頼し、ベーゼの被害を最小限に抑えるよう努力するべきだと思います」
「やはり、今の段階ではそれしかないか……」
チャオフーの話を聞いてショウジュは残念そうな声を出す。折角新しいベーゼの情報が入ったのに大きな進展が無いのだから残念に思うのも仕方がなかった。現にジェームズやガロデス、ゲルマンも同じような反応を見せている。
「他には、知能の高いベーゼを捕縛して情報を聞き出すという手段が……」
若干低めの声を出しながらチャオフーは語り、それを聞いたジェームズたちは一斉に目を見開く。別世界から来た怪物であるベーゼ、それも知能の高い存在を捕らえ、情報を聞き出すなどと言うのだから全員が驚いていた。
「……ハハハハハハッ! 面白いことを言うな、チャオフー殿?」
ジェームズたちが驚く中、アンビーツだけが大笑いをする。笑い出すアンビーツに驚き、ジェームズたちはアンビーツに注目した。
「知能の高いベーゼをとっつ構える? そりゃあ無理だと思うぜ? ベーゼは知能が高い奴ほど力も強くなってるんだ。重要な情報を知る奴と言えば、上位以上のベーゼしかいない。ソイツらを生け捕りにするなんて無茶苦茶にも程があるってもんだ」
「確かに難しいことだと思います。ですが、決して不可能ではありません。我々の中にも上位ベーゼと互角以上に戦える存在がいるはずです。あの五聖英雄のような存在が……」
「いやいやいや、無理だろう。五聖英雄は奇跡と言ってもいい確率で誕生した存在だぞ? そんな奴らが土を掘り返して時に出てくる小石みてぇにポンポン出てくるはずねぇだろう。ハハハハッ」
完全にチャオフーを馬鹿にしているような言い方をするアンビーツに部屋の空気が重くなり、会談を見守っていた各国の兵士たちは揉め事になるのではと思いながら緊張していた。
ゲルマンは自分の国の将軍が他国の軍師に失礼なことを言っているにもかかわらず、俯いたまま黙っていた。そんなゲルマンをジェームズやショウジュは呆れ顔で見ている。
「クリクトン将軍、チェン軍師は我々が少しでも情報を得られるよう、考えられる可能性と方法を発言なさったのです。我々のことを思って発言なさった方に対してその態度は失礼だと思いますが……」
ジェームズとショウジュがゲルマンを見ているとガロデスは笑うアンビーツに注意する。同じ国の重役としてアンビーツの態度を見過ごすことができなかったようだ。
ガロデスが注意すると、アンビーツは笑うのを止めて笑みを浮かべたままガロデスの方を向いた。
「ハハハ、こりゃ失礼したな。メルディエズ学園長殿?」
反省している様子を見せず、ヘラヘラと笑いながら謝罪するアンビーツを見てガロデスは軽く息を吐きながら呆れる。馬鹿にされたチャオフー本人は気にしていないのか目を閉じたまま黙っていた。
「し、失礼しました。アンビーツが失礼な発言を……」
気まずい空気の中、ゲルマンはようやくジェームズたちに謝罪する。いくら気が弱いとは言え、重要な会談の最中に自分の部下が失礼な態度を取ったのだから流石に謝罪しなくてはならないと思ったようだ。
ジェームズたちは会談中であり、皇帝であるゲルマンが謝罪したのでこれ以上アンビーツのことを指摘するのは止そうと思ったのか、誰一人ゲルマンを責めたり、アンビーツに注意したりしなかった。
「……とにかく、今の我々にできることは今まで以上にベーゼを警戒し、各国の軍や冒険者ギルドにベーゼと戦うことが増えるだろうと伝え、国民たちに注意するよう呼びかけることぐらいでしょうな」
「そうですな。手を打とうにも情報がまだ少ないですし、各国で情報を集めながら対抗策を練るのがいいでしょう」
自分たちにできることをやろうと語るショウジュにジェームズは賛同し、ゲルマンやガロデスも会話する二人を見ながら「それがいい」と言いたそうな表情を浮かべている。
「ベーゼとの戦いが激しくなる以上、ベーゼに対抗するための道具やマジックアイテムも開発する必要があります。我が国ではメルディエズ学園が開発に力を入れておりますが、ガルゼムとローフェンの方がどのような状態ですかな?」
ジェームスはベーゼとの戦いに役立つ道具の開発が進んでいるのかゲルマンとショウジュに尋ねる。ゲルマンは複雑そうな表情を浮かべ、ショウジュは真面目な顔でジェームズの方を向いた。
「我が国は、現在ベーゼの瘴気を消滅させるための道具の開発を進めています。ま、まだ完成まではほど遠いですが、順調に開発は進んでいるとのことです」
「こちらも様々なマジックアイテムの開発を進めている。中でも伝言の腕輪を超える性能を持つ通話用のマジックアイテムに力を入れておるが、経費と時間がかかるため進展していない」
ゲルマンとショウジュは自国の状態を説明し、それを聞いたジェームズとガロデスは難しそうな顔をする。
ガルゼム帝国やローフェン東国にも優れた魔導士や魔法の知識を持つ者は大勢いるため、新しいマジックアイテムの開発することは不可能ではない。だが、一つのマジックアイテムを一から作るのは簡単ではなく、長い時間と経費を必要とする。だから時間が掛かるのは仕方のないことだと言えた。
「現在、我がメルディエズ学園でもより優れたマジックアイテムの開発を進めていると魔導具開発担当の教師から話を聞いております。もし開発に成功し、役に立つ情報を得られましたらそちらに情報を提供いたしますが、いかがでしょうか?」
「それは助かる。ベーゼとの戦いに優れているメルディエズ学園から得られる情報はとても役に立つからな」
「ぜ、是非、お願いします」
ショウジュとゲルマンの返事を聞いたガロデスは小さく頷く。ガロデスは自分たちの技術が同盟国の力になるのなら惜しむことなく情報を提供しようと思っていた。
「では、次に各国の軍事力とベーゼと戦うための戦力、軍事予算などからどのように活動するかを確認し合おうと思う。まず最初に……」
ジェームズは次の課題について話し始め、ガロデスたちは目を鋭くしてジェームズの話に耳を貸した。
それから何度も問題をどう対処するかなどで議論することがあったが無事に話し合いは済み、会談は終了した。
――――――
会談が終了した後、各国の王族は帰路につくための準備に取り掛かる。各国の兵士たちも馬車に荷物などを運んで準備を進めていた。
メルディエズ学園の校舎の一室ではチャオフーが会談で手に入れた情報の書かれた羊皮紙の内容を確認している。出発の準備は兵士たちがやってくれているので、彼女は情報の再確認をすることにしたようだ。
「チェン軍師」
チャオフーが部屋の中で情報確認をしていると部屋の外から兵士の声が聞こえてきた。チャオフーは声が聞こえた方は見ずに羊皮紙を見続けている。
「どうした?」
「クリクトン将軍がお話があるそうです」
扉越しに兵士の返事をチャオフーは顔を上げて扉の方をチラッと見る。先程会談で会ったガルゼム帝国の将軍が自分を訪ねてきたため、情報確認をしている時ではないと感じたのだろう。
チャオフーは持っていた羊皮紙を近くの机に置き、代わりに同じ机に置かれていたチャオフーの物と思われる鉄扇を右手で取って扉の方を向いた。
「お通ししろ」
「ハッ!」
入室を許可すると扉が開き、笑うアイビーツとローフェン東国の兵士が入って来る。アイビーツは会談の時にチャオフーを小馬鹿にしていた時と同じような態度を取っており、兵士はまた問題が起きるのではと思い緊張していた。
「それで、何の用だ? クリクトン将軍?」
「いやいや、先程の会談で貴殿に取った態度について謝罪しようと思ってな」
笑ったまま謝り来たと語るアイビーツをチャオフーは目を僅かに細くして見つめた。
普通ならヘラヘラ笑いながら謝りに来たと言われても、本当に謝る気があるとは思わずに気分を悪くする。兵士もチャオフーが機嫌を損ねると考えているのか、二人を見ながら顔色を悪くしていた。
「……おい、少し席を外してくれ」
「え?」
チャオフーから退室するよう言われた兵士は軽く目を見開いてチャオフーの方を見た。
「彼と色々話したいことがあるんだ。お前は馬車の準備を手伝ってきてくれ」
「ハ、ハイ」
チャオフーとアイビーツが揉めるのではと不安に思いながらも兵士は命令に従い、静かに退室して馬車の準備に向かった。
部屋の中ではアイビーツとチャオフーが閉まった扉を見つめており、兵士の気配がしなくなるとチャオフーはアイビーツの方を向いて軽く息を吐いた。
「……何が謝罪しようと思っただ。そんなことをするために来たのではないのだろう?」
チャオフーが呆れたような顔をしながら尋ねると、アイビーツは小さく笑い出し、チャオフーの方を向いて大笑いし出した。
「ハハハハハッ! ワリィな。お前と話をするには正当な理由が必要だったからな。さっきの件をちょっと利用させてもらったんだよ」
「フン……」
楽しそうにするアイビーツを見たチャオフーは軽くそっぽを向く。チャオフーの様子から会談の時にアイビーツが笑ったことを怒っているわけではなさそうだ。そして、アイビーツが尋ねてきたのは別の理由があると考えられる。
「しかし、お前が上位ベーゼを捕縛すると言った時はマジで驚いたぜ?」
「少しでも自分たちの立場を良くするために連中にとって都合のいいアイディアを進言しただけだ。本当にできるとは私も思っていない」
「おおぉ、ローフェン東国を護る軍師の台詞とは思ねぇな?」
「軍師はあくまでも表の仕事だ。東国がどうなろうと私は気にしない」
チャオフーは冷たい言葉を口にしながら持っている鉄扇を開いて口を隠す。そんなチャオフーを見ながらアイビーツは不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。
「それで、帝国の状態と軍の詳しい動きはどうなっている? それを話すためにわざわざ来たのだろう……“エアガイツ”?」
鉄扇を閉じたチャオフーは謎の言葉を口にしながらアイビーツの方を向いた。
「ああ、こうして直接情報交換をすることは滅多に無いからな」
「フン……それで?」
「大きな変化はねぇ。あの小心皇帝も俺や帝国貴族の意見を聞けばそのとおりに動いてくれる。今では俺たちの傀儡も同然だ」
「帝国は私たちにとって面倒な存在ではなくなるということか」
ガルゼム帝国の現状を聞いたチャオフーは鉄扇で自分の左の手の平を軽く叩きながら大きな問題は無いことを語る。チャオフーとアイビーツの会話から、二人が何か良からなぬことを企んでいるのは間違い無い。
「そっちはどうなんだよ。ちゃんと軍師として東国を都合のいいように動かしてるんだろうな……“リスティーヒ”?」
アイビーツもチャオフーを見ながら謎の言葉を口にする。チャオフーは視線だけを動かしてアイビーツを見ると再び鉄扇で自分の手の平を軽く叩きながら口を開いた。
「こちらも問題はない。軍や冒険者ギルドを上手く動かして都合のいい状況を作っている。国王も東国の貴族たちも私のアドバイスや発言に対して何の疑いも不安も懐いていない」
「そっちも東国の連中を傀儡にしてるってわけだ。こりゅ愉快極まりねぇな」
「だが、油断するな? どちらの国にも優秀な存在はいる。私たちの正体に気付く者が出て来るかもしれない」
「フッ、あり得ねぇだろうが。肝に銘じておくぜ」
余裕を見せながらアイビーツは鼻を鳴らし、チャオフーは「やれやれ」と言いたそうな顔でアイビーツを見ている。そんな中、アイビーツは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認すると意外そうな表情を浮かべた。
「……おっと、そろそろ時間だな。もう行かねぇと連中に怪しまれちまう」
「そうか。まぁ、せいぜい奴らに足元をすくわれないように気を付けろ?」
「ヘッ、余計なお世話だ」
そう言ってアイビーツは扉の方に歩き出し、チャオフーは退室しようとするアイビーツを黙って見つめる。
扉の前にやって来たアイビーツがドアノブを握って開けようとする。すると、何かを思い出したアイビーツがドアノブを握ったままチャオフーの方を向く。
「そういやぁ、会談の時にベーゼに造り変えられた人間が出たって話を聞いたが、ありゃ本当か?」
「……ああ。正確には人間の死体をベーゼに改造したという話だ。私も少し前に聞かされたばかりでまだ詳しくは聞いていない」
アイビーツを見ながら情報に間違いは無いとチャオフーは語り、返事を聞いたアイビーツは不満そうな様子で舌打ちをした。
「何だよ、そんな面白れぇことをすぐに教えねぇとは、ふざけやがって」
「そう言うな。始まってから一ヶ月ほどしか経っていないのだ。全員に行き渡らなくても仕方ない」
「ケッ……しかし、わざわざ死体なんて使わなくても瘴気で侵せば楽にベーゼを増やせるんじゃねぇのか?」
「まぁ、向こうにも色々と理由があるのだろう」
「理由ねぇ、まぁ俺たちには対して重要なことでもねぇかもな……それにしても死体から造られたベーゼか。もしかすると生きたままベーゼに改造された奴も出て来るかもな」
「可能性はあるな。そっちの方が死体から造られたベーゼよりも優れたベーゼが誕生するかもしれない。それに瘴気でベーゼ化した者たちよりも強力な存在になる可能性もある」
「ヘッ、もし見つけたらどれ程の強さか直接見てみてぇぜ」
そう言うとアイビーツはゆっくりと扉を開けて部屋から出ていく。残されたチャオフーも小さく不敵な笑みを浮かべながら鉄扇を開いた。
それからしばらくして、メルディエズ学園に集まっていた三大国家の統治者と重役は帰路についた。
第四話の投稿を開始します
今回も一定の間隔を空けて投稿していくつもりです。今回の物語は少し頭を使う内容になるよう考えて作りました。




