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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第三章~魔の門の封印者~
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第四十一話  静寂の広場


 ユーキたちの部隊はエブゲニ砦の奥を目指して砦の中を移動する。移動中に何度もベーゼと遭遇したが、ユーキたちは難なくベーゼたちを倒して進軍していた。

 南門を突破した後、ユーキたちは南門前の広場にいたベーゼを全て倒して広場を制圧した。制圧する時も数人の負傷者が出たが重傷ではなかったため、手持ちのポーションや傷を癒す魔法で問題無く対処することができたので部隊に大きな影響はない。その後、進軍ルートを決めてベーゼの転移門を封印するために進軍を開始する。

 進軍するユーキの部隊は無数の小屋が建てられている中庭の中を移動する。先頭に隊長であるカムネスの姿があり、その後ろを生徒会の生徒たちが隊列を組んでついて行く。そして、その後ろにユーキやグラトン、ミスチアなど一般の生徒が続いて進軍していた。


「……城壁を見た時も思いましたが、相当劣化していますね」


 生徒会の男子生徒が建てられている小屋などを見ながらエブゲニ砦が酷い状態だと語り、他の生徒会の生徒たちも「同感だ」と言いたそうな顔をしながら中庭を見回す。

 エブゲニ砦は通常の砦と比べると大きく、砦の中には兵舎やうまやなど様々な建物があり、砦の全てを調べるとなるとそれなりに時間が掛かるくらいの広さだった。

 依頼を受けた時、依頼主であるガルゼム帝国の貴族からエブゲニ砦の地図を受け取っており、砦が大きいことは分かっていたが、実際に見てみると想像以上に広かったため、侵入した時には誰もが驚いていた。

 カムネスたちは成功率を上げるため、広いエブゲニ砦で効率よく行動できるために何度も地図を見て砦の構造を確認していた。勿論、作戦を開始する前夜にも地図を見て再確認をしている。

 前夜の作戦会議で転移門はエブゲニ砦の中にある建物の中で一番大きく、奥にある主館にある可能性が高いと考えたカムネスは砦の奥を目指して進軍することを提案し、ロギュンとトムズも一番奥に転移門があると考えており、カムネスたちは砦の最深部を目指して進軍することにしたのだ。


「劣化はしているが使えないわけではない。我々にとっては利用価値が無い物かもしれないが、ベーゼたちには自分たちの身や転移門を護るのに非常に役に立つ物だと思えたんだろう」

「チッ、他人の物を勝手に使うとは、図々しい連中ですね」


 カムネスは前を見ながら語ると男子生徒はベーゼたちの行動が気に入らず僅かに表情を険しくする。すると、隣にいる女子生徒が笑みを浮かべて男子生徒の方を見た。


「それは仕方がないんじゃない? ベーゼは知能が低いから自分たちで拠点を作ろうとか考えられないのよ」

「ああ~確かにな」


 女子生徒の言葉に納得し、男子生徒も笑みを浮かべる。カムネスは表情を変えることなく、前を向いたまま移動していた。

 生徒会の生徒の後ろにいた一般の生徒たちもベーゼが知能の低い存在だという話を聞いておかしく思ったのか小さく笑っている。ユーキにも話が聞こえていたが、笑うことなく黙って生徒会の生徒たちの話を聞いていた。

 ユーキも下位ベーゼは知能が低いと思っているが、中位以上のベーゼは知能は低くなく、人間のように物事を考えて行動するだけの知能はあると思っている。現実にユーキは人間のように会話ができるベーゼに遭遇したことがあるため、決してベーゼを軽く見たりしなかった。

 ベーゼのことを話しながらユーキたちは中庭を移動し続けると、ユーキたちは無数の小屋に囲まれた大きな広場に辿り着く。広場の入口前までやって来ると先頭のカムネスは立ち止まり、後ろにいたユーキたちも一斉に立ち止まって広場を見回す。

 広場には四つの出入口があり、ユーキたちがいる出入口から見て左右、そして奥に一つずつ出入口がある。奥の出入口の先にはエブゲニ砦の更に先へ進むための道があり、奥にある上り坂を見たカムネスはその先に目的地の主館があると考えた。


「会長、此処はいったい……」

「帝国軍が使っていた時に武器や食料などを保管しておくために使っていた場所だろう。砦の地図の中心にも無数の小屋で囲まれた広場が描かれたあった。つまり、此処がエブゲニ砦の中心と言うことだ」


 男子生徒の問いにカムネスが答えると男子生徒や周りの生徒たちが近くや遠くにある小屋を確認した。

 小屋の近くには壊れたり錆び付いた剣や槍が転がっている。他にも腐った食料などが落ちているのが見え、カムネスの言うとおり今自分たちがいる広場はエブゲニ砦で使われる道具を保管しておく倉庫区なのだと考えた。

 更に現在地が砦の中心だと聞いた生徒たちは気付かない間にかなり奥まで進んだとだと知って意外そうな反応を見せる。

 地図を見て確認したわけでもないのに断言するのは無理があるのではと思われそうだが、地図には他に似たような場所が描かれていなかったのでカムネスは現在地がエブゲニ砦の中心部だと確信していた。


「奥の出入口は砦の更に奥へ進む道だとして、左右の出入口は何処に繋がっているのでしょう?」

「南門から入ってきた僕たちが三つの出入口の一つに辿り着いたんだ。残り二つは西門と東門に繋がっていると考えて間違い無いだろう」

「では、副会長とロギュン先輩の部隊が左右の出入口のどちらかから来るということですか」


 他の二つの部隊もエブゲニ砦の奥に向かうために必ず此処に来ると考えていた男子生徒は余裕の笑みを浮かべる。別行動を取っていた仲間と合流すれば更に戦力が増え、砦の奥へ進軍しやすくなると思っていたからだ。

 生徒たちは広場に変わったところが無いか周囲を見回しながら確認する。ユーキは生徒たちの間を通ってカムネスの近くに移動すると同じように広場を見回す。グラトンもユーキの後に続いて前に移動し、生徒たちは体の大きなグラトンが自分たちの間を通ることに驚いて目を丸くしていた。


「ルナパレス、何か気になることはあるか?」


 カムネスは前に出てきたユーキを見て意見を聞く。今メルディエズ学園で注目されている児童剣士がどう思っているのかカムネスは気になっていた。


「……此処は三つの門のどれから入っても辿り着ける砦の中心部と言える場所なんですよね?」

「ああ、砦の地図にも描かれてあったから間違い無い」

「だとすると、なぜ敵の姿が無いんですか? 此処は砦の何処にでも行くことができる重要な場所です。それなのに護りのベーゼが一体もいないというのは変ですよ」


 ユーキはカムネスの方を見ながらそう言うと広場に視線を向ける。カムネスや生徒会の生徒、ユーキの近くで話を聞いていた生徒たちも一斉に広場の方を向いた。

 確かに広場にはベーゼの姿は無くとても静かだった。ユーキの言うとおり、エブゲニ砦の更に奥、三つの門に繋がっている場所なら護りが厳重であってもおかしくない。にもかかわらずベーゼの姿が無いため、ユーキは変に思っていたのだ。


「護りを固めなくちゃいけない場所にベーゼが一体もいないのは明らかにおかしいです」

「……罠だと言いたいのかい?」

「そこまでは分かりません。でも、何かあるのは間違い無いと思ってます」


 ユーキは複雑そうな顔をしながらカムネスを見上げ、カムネスも目を若干鋭くして広場を見つめる。罠である可能性がある以上、迂闊に広場に入ることはできない。しかし、だからと言って動かずにジッとしているわけにもいかなかった。

 カムネスは視線だけを動かして広場の中を確認し、どうするべきか考える。すると、左側の出入口にロギュンが指揮する部隊が到着した。

 ロギュンの部隊の先頭には指揮を執るロギュンがおり、その後ろにはアイカと他の生徒たちの姿がある。ロギュンやアイカたちが目の前の広場がどんな場所なのか確認していると、ロギュンたちの目に広場の手前で立ち止まっているカムネスの部隊が目に入った。


「副会長、あれは……」

「ええ、会長たちの部隊です。やはり無事でしたか」


 遠くに見えるカムネスの部隊を見てロギュンは微笑みを浮かべる。生徒会長であるカムネスが指揮する部隊なら必ず無事だと確信していたロギュンは驚いたりすることは無かった。

 アイカもユーキとグラトンの姿を見るとユーキたちが無事だったと知って笑みを浮かべる。自分たちよりもベーゼの多いルートを通って来たので大丈夫か不安に思っていたが、ユーキが無事な姿を見て安心していた。

 ロギュンは早速カムネスの部隊と合流しようと思っていたが、先に広場に辿り着いたカムネスたちが広場に入らずに入口前で立ち止まっているのを見て不思議に思っていた。

 賢明なカムネスが広場に入らないことから何か問題があると感じたロギュンは表情を鋭くする。なぜ広場に入らないのか確認をするため、ロギュンは左腕に付いている伝言の腕輪メッセージリングを使ってカムネスに連絡を入れることにした。

 伝言の腕輪メッセージリングを起動させると、腕輪に付いている赤い宝玉が薄っすらと光り出し、ロギュンの隣にいたアイカはロギュンが伝言の腕輪メッセージリングを使用するのを見て軽く目を見開く。連絡用のマジックアイテムが使われるところを初めて目にするため興味があるようだ。


「会長、聞こえますか?」


 ロギュンは伝言の腕輪メッセージリングに顔を近づると宝玉に向かって語り掛ける。どうなるのか気になるアイカは黙って伝言の腕輪メッセージリングを見つめており、周りにいる他の生徒たちも無言でロギュンを見ていた。


「ロギュンか。お前も無事に広場に辿り着いたようだな?」


 宝玉からカムネスの声が聞こえ、アイカは本当に遠くにいる者と会話ができると知って驚いた。周りの生徒の中にもアイカと同じように初めて伝言の腕輪メッセージリングが使われるところを見た者がいたらしく同じように驚いている。


「ええ。戦闘で負傷した生徒が出ましたが、支給されたポーションで傷は癒えたので問題はありません」

「そうか」

「……ところで、なぜ広場に入らずに入口前に止まっているのですか?」


 挨拶を済ませたロギュンはカムネスに気になっていることを尋ねる。アイカも何か問題が起きたのではと感じ、黙ってロギュンとカムネスの話に耳を傾けていた。


「……広場に敵の姿が無いのが分かるか?」

「ハイ。見える場所だけですが、ベーゼの姿は確認できません」

「この広場は砦の中心にあり、砦の何処にでも移動することができる重要な場所だ。にもかかわらず見張りがいないというのはおかしい」

「確かに……」


 なぜ誰もいないのか、カムネスの話を聞いたロギュンはもう一度広場を確認する。だが、やはり敵の姿は見当たらず、ロギュンは明らかに変だと感じていた。勿論、アイカも同じことを考えており、無言で広場を見つめていた。


「とりあえず、しばらくそこで待機しててくれ。どうするかはトムズの部隊が合流してから話す」

「分かりました」


 ロギュンはカムネスの指示に従い、素直に待機を受け入れた。彼女も敵がいない広場に何かあると感じ、迂闊に広場に入るのは得策ではないと考えているようだ。

 アイカもロギュンと同じようにしばらく様子を見るべきだと考えているらしく、黙ってトムズの部隊が合流するのを待つ。他の生徒たちも大人しく待機しているが、中には早く進軍したいと思っている生徒もおり、そんな生徒たちは落ち着かない様子を見せている。

 ロギュンに指示を出したカムネスは伝言の腕輪メッセージリングを切り、静かな広場を見つめながらトムズの部隊が到着するのを待つ。勿論、待機している間に背後や側面からベーゼに襲撃されても対応できるよう周囲を警戒しながら待っており、ユーキたちも周囲を見回しながら待機していた。


「会長、トムズ先輩の部隊が合流するまで待機しているのはいいんですが、その後はどうするんですか?」


 ユーキはトムズの部隊が合流した後はどうするのかカムネスに尋ねる。ユーキとカムネスの周りにいる生徒たちも合流した後はどうするのか気になるらしく、ユーキの発言を聞いて一斉にカムネスの方を向いた。

 周囲が注目する中、カムネスは広場を見つめながら腕を組んで考え込む。それからしばらくして、カムネスは広場を見つめながら静かに口を開いた。


「トムズたちが合流したら、彼らにも待機するよう指示を出す。その後は僕が広場に入ってどうなっているのか確かめる」

「えっ、会長がですか?」


 生徒会長であり、部隊の指揮を任されているカムネス自ら広場の状態を確かめると聞いてユーキは目を見開く。当然、周りにいる生徒会の生徒や一般の生徒たちも驚きの反応を見せていた。


「ま、待ってください。いくら何でもそれは危険です」

「そうですよ。会長はこの部隊だけでなく、今回の依頼に参加している生徒全員の指揮を任されています。その会長が罠が仕掛けられているかもしれない広場に一人ではいるなんて……」


 生徒会の男子生徒と女子生徒は若干興奮しながらカムネスを止める。同じ部隊の隊長が危険な場所に足を踏み入れようとすれば同じ部隊の生徒として止めるのは当然と言える。その隊長が生徒会のトップであるのなら尚更だった。

 カムネスは止める男子生徒と女子生徒の方を向き、表情を変えずに二人を見つめる。真剣な表情を浮かべているカムネスを見て男子生徒と女子生徒は緊張しているのは口を閉じた。


「罠かもしれないからこそ僕が行くべきなんだ。僕の反応リアクトを使えば何か罠が仕掛けられていても瞬時に反応して罠を回避することができる」

「で、ですが……」

「他に方法があるのか?」


 別の手段があるのなら聞かせてほしいと遠回しに語るカムネスに対して生徒会の生徒たちは何も言えずに黙り込む。カムネスは黙り込む生徒たちを見て何も案が無いのだと悟ると軽く息を吐いた。


「いい案が無いのなら、僕の案を実行することにするが、構わないね?」

「……ハイ」


 男子生徒は何もできず、何も思いつかない自分を情けなく思っているのか暗い声で返事をする。女子生徒も複雑そうな顔をしながら俯いており、ユーキは暗い顔をする二人を黙って見つめていた。


「……会長、俺も一緒に行ってもいいですか?」


 ユーキはカムネスの方を見ると自分も同行して構わないか尋ねる。ユーキの発言を聞いたカムネスはチラッとユーキの方を向き、暗い顔をしていた生徒会の生徒たちは顔を上げ、目を見開かせながらユーキを見た。


「君が僕に同行するのか?」

「ハイ、俺の混沌術カオスペルを上手く使えば敵が罠を仕掛けて来ても上手く対処できると思いますし、一人で調べるよりも二人で調べた方がいいんじゃないかなと思いまして……」


 照れているのか、ユーキは苦笑いを浮かべながら同行する理由を語り、カムネスは黙ってユーキを見つめる。

 確かにユーキの強化ブーストはあらゆるものを強化することができ、身体能力や感覚を強化すれば罠が発動しても瞬時に回避することができるかもしれないとカムネスは思っていた。


「それでしたら、わたくしも一緒に行きますわ」


 ユーキとカムネスが話していると生徒たちの間を通ってミスチアが二人の前に前に出てきた。ユーキは意外そうな顔で笑みを浮かべるミスチアの方を向き、カムネスも表情を変えずにミスチアを見つめる。生徒会の生徒たちは突然現れて笑いながら同行すると言うミスチアを若干不愉快そうな顔で見ていた。


わたくし混沌術カオスペルはとても強力ですの。広場を調べるのに必ず役に立ちますわ」


 自分の混沌術カオスペルも使えるとミスチアはウォーアックスを肩に担ぎながら胸を張り、ユーキはミスチアが混沌術カオスペルのことを話すとピクリと反応する。


(罠が張られてるかもしれない広場で役に立つ混沌術カオスペル、と言うことは彼女の能力は探索系の能力なのか?)


 ミスチアの混沌術カオスペルがどんな能力か知らないユーキは小首を傾げながら考える。カムネスはミスチアの混沌術カオスペルがどんな能力か知っており、表情を変えることなくミスチアを見つめていた。


「同行するという君たちの意思は嬉しい。だが、ここは僕一人で行く。混沌士カオティッカーが三人も部隊から離れたら戦力が大きく低下してしまう。もしベーゼが襲撃して来たら迎撃できるよう。君たちは部隊に残るべきだ」

「……分かりました。会長がそう言うのなら俺はそれに従います」

「な~んだ、つまんないですわぁ~」


 素直にカムネスの言うとおりにするユーキと不満そうな顔をするミスチア、二人の反応を見たカムネスは広場の方を向いてトムズの部隊がやって来るのを待つ。

 話が済むとユーキは不満そうな反応を見せず、カムネスと同じように広場を見回す。グラトンはユーキの後ろに座って自分の出腹を掻いた。

 一方でミスチアは退屈なのが気に入らないのかムスッとしながら自分の髪を指で捩じっており、生徒会の生徒たちはカムネスの判断を不満に思うミスチアを目を細くしながら見つめていた。

 ユーキたちがトムズの部隊の到着を待っていると、ユーキたちから見て右側の出入口の方から気配がし、ユーキたちは一斉に右側の出入口を見ると、そこにはトムズの部隊がいた。

 部隊の先頭には指揮を執るトムズの姿があり、広場の前で止まると待機しているユーキたちの方を向いて手を振る。トムズの周りには生徒たちがおり、その中にはフィランの姿もあった。フィランは相変わらず無表情で広場を見つめている。


「やっと来たか」


 カムネスはトムズたちの姿を見ると広場のことを伝えるために伝言の腕輪メッセージリングを使おうとする。だが、カムネスが使うより先に腕輪の宝玉からトムズの声が聞こえてきた。


「おい、会長。そんな所で何してるんだ? てっきり先に広場に入ってると思ってたのによぉ」

「……トムズ、広場には入るな。罠が仕掛けらているかもしれない」

「は? 罠?」

「広場を護るベーゼが一体もいない。敵が罠を仕掛けている可能性があるんだ」

「確かにベーゼは一匹もいねぇな」


 伝言の腕輪メッセージリングに向かって語り掛けていたトムズは顔を上げて広場を確認する。トムズも今いる広場が砦の中心にある重要な場所であることを知っているため、敵の姿ないことを不思議に思っていた。

 同じ部隊の生徒たちもベーゼがいない広場を見て意外そうな反応を見せており、フィランは無表情のまま広場を見続けている。


「まず罠が仕掛けられていないか僕が調べる。罠が仕掛けられていないか確認したら合図を送る。それまではそこで待機してるんだ」

「ああ、分かったよ」


 トムズが広場を見つめながら返事をすると腕輪の宝玉の光が消えて伝言の腕輪メッセージリングの機能が停止する。トムズはカムネスなら問題無く広場を調べられると確信していたのか彼が一人で広場を調べると言っても異議を上げなかった。

 カムネスの合図が来るのをトムズは腕を組みながら待つ。彼の周りにいるフィラン以外の生徒たちはトムズとカムネスの会話を聞いていなかったのか、広場に入らずにジッとしているトムズを不思議そうに見ている。


「隊長、広場に入らないんですか?」


 一人の男子生徒がトムズに声を掛けると、トムズはチラッと男子生徒の方を見た。


「会長によるとこの広場に罠が仕掛けられている可能性があるみたいだ。それを調べ終えるまで此処で待機しろって指示されたんだよ」

「罠? 此処はベーゼたちが棲み処にしている砦なんでしょう。何でベーゼたちが自分たちの棲み処に罠なんか仕掛けるんですか?」

「自分たちの棲み処だからって安全とは限らねぇだろう? 敵が侵入して来た時のことを計算して罠を仕掛けていてもおかしくねぇ」

「まさか、ベーゼにそこまで考えるだけの頭はありませんよ」


 頭の悪いベーゼが罠を仕掛けているはずがない、そう考える男子生徒は笑い出し、近くでトムズと男子生徒の話を聞いていた生徒たちの何人かも同じように笑い出す。

 ベーゼを甘く見ている男子生徒たちを見ながらトムズは呆れたような顔をし、笑っていない生徒たちも油断している男子生徒たちを見て同じように呆れていた。フィランはトムズたちの話に興味が無いのか黙って無視している。


「此処に来る途中だって罠なんて仕掛けられていませんでしたし、調べる必要なんてありませんよ」


 そう言うと笑っていた男子生徒は自分の武器である槍を持って前に出る。そんな男子生徒を見てトムズは軽く目を見開いた。


「おい、どうするつもりだ?」

「俺が行ってチャチャっと調べてきますよ。わざわざ会長が調べる必要なんてありませんって」


 自分が広場を調べると語る男子生徒を見てトムズは耳を疑う。敵を見下し、完全に油断している上に独断で行動しようとしているのだからトムズが驚くのは当然だった。

 トムズが驚いていると男子生徒と一緒にベーゼを小馬鹿にしていた生徒の内、二人の男子生徒が前に出る。トムズは前に出た男子生徒たちを見て、彼らも勝手に広場に入ろうとしていると悟った。

 男子生徒たちが勝手に広場に入ろうとするのにはベーゼが罠を仕掛けているわけではないという油断もあるが、それ以外にも自分たちが罠が仕掛けられていないことを証明して手柄を挙げようという欲があった。


「馬鹿野郎、勝手な行動をするな! 本当に罠が仕掛けられてたらどうするんだ? それに待機しろって言うのは会長の指示なんだぞ。会長の指示を無視する気か?」

「大丈夫ですって」


 止めようとするトムズを軽く流し、男子生徒は「問題無い」と槍を持っていない方の手を横に振る。他の二人も余裕の笑みを浮かべており、自分の話を聞かない男子生徒たちを見てトムズは苛ついてきたのか僅かに表情を鋭くした。


「よし、行くぞ!」


 男子生徒は余裕の笑みを浮かべながら走り出し、二人の男子生徒もそれに続く。


「おい、待て!」


 飛び出すように走り出す男子生徒をトムズは力の入った声で止めるが、男子生徒たちはトムズの言葉を無視して広場の奥へ向かう。その愚行を見て他の生徒たち、特に笑わなかった生徒たちは「信じられない」と言いたそうな顔で固まっていた。


「馬鹿野郎が! ……俺はアイツらを連れ戻してくる。お前らは此処で待機してろよ?」

「ハ、ハイ!」


 険しい顔で指示を出すトムズを見て近くにいた女子生徒が返事をする。トムズは女子生徒や他の生徒たちの反応を見てから男子生徒たちを追って広場に入った。

 カムネスから待機しているよう指示を受けているため、広場に入るべきではないのだが、トムズも自分の部隊の生徒が勝手に広場に入ったのにそれを無視しようとは思わない。生徒会の生徒として生徒会長であるカムネスの命令に背くのは問題ある行為だが、自分の部下を放っておくことはできなかった。

 トムズの部隊の生徒が独断行動を取っている時、カムネスはユーキたちに自分が広場を調べている間、動かずに周囲の警戒をしながら合図を待つよう話していた。ユーキやミスチア、生徒会の生徒たちは黙ってカムネスの話を聞いている。


「それでは、頼んだぞ?」

「ハイ、会長もお気をつけて」


 生徒会の男子生徒を見ながらカムネスは小さく頷き、ユーキや他の生徒会の生徒たちも見送るためにカムネスを見ている。ミスチアは興味の無さそうな顔をしながら空を見上げていた。

 ユーキたちがカムネスを見ていると、座って腹を掻いていたグラトンが広場の中心に向かって走っている三人の男子生徒とその後を追うトムズを目にする。グラトンは不思議に思いながら口を軽く開けて鳴き声を出した。

 鳴き声を聞いたユーキたちはグラトンの方を向き、そのままグラトンが見ている方角を確認する。そして、カムネスの指示を無視して広場に入っているトムズと男子生徒たちを見つけた。


「あ、あれは!」

「どういうことだ、会長は広場に入るなと指示を出したのに……」

「トムズ先輩も広場に入ってるし、まさか先輩が会長の指示を無視するなんて……」

「いや、それは違う」


 生徒会の生徒たちが驚く中、カムネスは表情を崩さずに冷静に喋る。生徒会の生徒たちは一斉にカムネスの方を向き、ユーキも落ち着いたままのカムネスを見上げた。


「トムズは今まで理由も無しに僕の指示を無視したことは無い。ましてや罠が仕掛けられているかもしれない危険な場所に勝手にはいるなんて愚かな行動など取らない。大方、あの三人の男子生徒が勝手に広場に入ったので、彼らを連れ戻すために広場に入ったのだろう」


 カムネスの分析を聞いて生徒会の生徒たちは納得した反応を見せる。ユーキとミスチアもカムネスの洞察力に感心しながらカムネスを見ていた。

 トムズと男子生徒たちが広場に入った理由を知ってユーキたちは納得したが、厄介な現状であることに変わりはなく、カムネス以外の全員がトムズたちを見ながら目を鋭くする。


「会長、いかがいたしますか?」

「入ってしまったものは仕方がない。……広場に入ってトムズたちと合流する」

「では……」

「部隊は此処で待機したままだ。全員で突撃するには危険だ」


 既に生徒たちが入ってしまったとは言え、まだ罠が仕掛けられているか分からない場所に大勢で入るのはリスクが大きすぎると考えるカムネスは引き続き部隊は出入口前で待機させることにし、生徒会の生徒たちも素直にカムネスの指示に従う。

 カムネスは佩してあるフウガを確認するとトムズたちの方を見て走り出し、ユーキたちは走るカムネスの後ろ姿を見送った。


「会長、大丈夫だろうか?」

「おいおい、会長だぞ? 会長がベーゼの仕掛けた罠なんかに引っかかるわけないだろう」

「まったくだ。それにまだこの広場に罠か仕掛けられているとは限らないんだしな」


 生徒会の生徒たちはカムネスなら問題無く広場を調べ終え、トムズたちを連れ戻してくれると確信して余裕の笑みを浮かべる。カムネスを心配していた生徒も仲間の話を聞いてすぐに笑みを浮かべた。

 だが、ユーキは生徒会の生徒たちと違って目を若干鋭くして広場を見ている。この時、ユーキは嫌な予感がしており、広場には絶対に罠が仕掛けられていると思っていた。


(此処に来るまでに大勢のベーゼと遭遇してきたのに、この広場にだけベーゼがいないというのは明らかに不自然だ。必ず何か仕掛けられてるはずだ……)


 心の中で何かあると確信するユーキは注意深く広場を見回した。

 広場の真ん中では先に飛び出した三人の男子生徒たちが武器を持って周囲を見回している。敵はおらず、罠も仕掛けられていないと思っているのか、三人は構えたりせず完全に油断していた。


「何だ、やっぱり罠なんか仕掛けられてねぇじゃねぇか」

「ベーゼも見当たらないし、安全そうだな」

「ああ、最初はベーゼが隠れてるんじゃないかって思ったけど、警戒して損したぜ」


 広場や周りにある小屋を見回しながら男子生徒たちは笑いながら話す。そこへ三人の後を追ってきたトムズがやって来て男子生徒たちを鋭い目で睨み付ける。


「お前ら! 何勝手に動いてるんだ。待機してろって言っただろうが!」

「ああぁ、隊長。やっぱり罠なんか仕掛けられてませんでしたよ。敵もいないし」

「簡単に見回しただけで罠はないなんて決めつけるな! お前たちが運よく罠に引っかからなかっただけかもしれねぇだろうが!」

「そんな大袈裟に言わなくても……」


 悪びれる様子も見せずにヘラヘラ笑う男子生徒にトムズの表情は険しさを増す。すると、トムズたちの前にカムネスがやって来てトムズたちを見つめる。

 カムネスが来たことで男子生徒たちも笑えないと感じたのか笑みを消してカムネスの方を向き、トムズも申し訳なさそうな顔でカムネスを見た。


「トムズ、これはどういうことだ?」

「会長……悪い、俺がしっかり言い聞かせなかったせいだ」


 トムズは小さく俯きながら謝罪し、カムネスは謝罪するトムズをしばらく見つめてから独断行動を取った男子生徒たちを見る。カムネスと目が合い、男子生徒たちは僅かに顔色を悪くした。


「僕は調べ終わるまで広場に入らずに待機していろとトムズに指示を出した。君たちはトムズから僕の指示を聞いていなかったのか?」

「い、いや、その……」


 カムネスの問いに男子生徒はすぐに答えることができず、残りの二人も俯いたまま黙り込む。カムネスは黙って男子生徒たちを見つめ、トムズは呆れるようなまで三人を見ていた。すると、広場の周りにある小屋の一つの屋根の上で何かが動き、それに気付いたカムネスは小屋の屋根の上に視線を向ける。

 屋根の上には身長160cmほどの人型の生物が立っており、利休色りきゅういろでボロボロの長袖、長ズボン姿に茶色の革製の鎧と手袋、薄茶色のショルダーアーマー、錆びの入ったケトルハットを装備している。顔には丸い二つ目と口、長い鼻が付いたハニワの顔のような黄土色の仮面をつけており、背中には大きな籠を背負っていた。

 人型の生物はカムネスに見られているにもかかわらず、慌てる様子は見せずにカムネスたちを見つめている。そんな中、別の小屋の屋根の上にも同じ人型生物が現れ、合計六体の生物が屋根の上からカムネスたちを見下ろしていた。


「あれは……」


 生物を見上げていたカムネスは低い声で呟き、トムズや男子生徒たちもカムネスの声を聞いて彼が見ている方角を確認し、屋根の上の生物を見つける。


「あれは“ペスート”! やっぱりベーゼが隠れてやがったか」


 トムズは屋根に乗っている生物がペスートと言う名でベーゼであることを口にすると持っている杖を構える。男子生徒たちもベーゼが隠れていたことに驚いて驚愕の表情を浮かべていた。

 六体のペスートは背負っている籠の中に手を入れ、中からバレーボールくらいの大きさのこげ茶色の球体を取り出す。そして、六体全員が球体を数m先にいるカムネスたちに向かって投げつけた。


「……ッ! 避けろ!」


 カムネスは叫びながら後ろに大きく跳び、トムズも走ってその場を移動する。だが、三人の男子生徒は驚いていたことで反応に送れ、すぐにその場を移動することができなかった。

 男子生徒たちがオドオドしているとペスートたちが投げた六つの球体は生徒たちの足元に落ちて陶器のように砕ける。すると、全ての球体の中から濃紫色のうししょくの煙が出て来て男子生徒たちを呑み込む。煙はそのまま広がり、広場の真ん中は煙で見えなくなった。


「クッ! 瘴気か」


 距離を取ったカムネスは鬱陶しそうな顔をしながら球体から出てきた濃紫色の煙を見つめる。


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