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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第三章~魔の門の封印者~
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第四十話  西と東の戦い


 エブゲニ砦の西門ではロギュンたちが西門を突破し、西門前の広場でベーゼたちと交戦していた。生徒たちは剣や槍、斧などを手にして襲いかかってくるベーゼたちを迎撃する。後方では弓矢を持つ生徒や魔導士の生徒が前に出ている生徒たちを援護するために魔法や矢を放っていた。

 ロギュンたちは日の出と同時に西門に奇襲を掛け、最初に西門の前に集まっていたベーゼたちを一掃した。その後、空中にいるルフリフたちを警戒しながら見張り台や城壁の上にいるベーゼたちを攻撃して少しずつ数を減らしていき、一通り倒した後に西門を開けて砦内に突入したのだ。

 だが、西門の内側にも大勢の下位ベーゼが待ち構えており、生徒たちはベーゼたちを目にして僅かに士気を低下させた。そんな生徒たちをロギュンが鼓舞したことで士気は戻り、生徒たちは臆することなく砦に侵入してベーゼとの戦闘を開始し、今に至ったのだ。


「既に結構な数を倒したはずなのにまだこんなにいるなんて……この砦には何体のベーゼがいるのかしら」


 戦っている生徒たちの中でアイカはプラジュとスピキュを構えながら周囲を見回す。周りではベーゼたちが鳴き声を上げながら生徒たちに攻撃し、生徒たちも負けずと反撃している。

 広場にはインファとモイルダーが合計でニ十体以上おり、空中にも数体のルフリフの姿がある。西門を警備していたベーゼと比べると数は少なく、生徒たちも少しだけ楽に戦うことができた。

 しかし、後方には弓を持ったインファも数体おり、生徒たちは目の前にいるベーゼだけでなく奥にいるベーゼにも注意しながら戦っている。

 アイカはプラジュとスピキュを交互に振って攻撃し、一体ずつ確実にベーゼを倒していくが広場にいるベーゼの数が減っている様子は見られず、アイカは目を鋭くした。そんな時、正面から二体のインファが横に並びながら走って来るのが見え、アイカはインファたちを迎え撃つためにプラジュとスピキュを構え直す。

 インファたちはアイカの近づくと同時に剣を振り下ろしてアイカに攻撃する。アイカはプラジュとスピキュで二本の剣を防ぎ、外側に払うとプラジュで素早く袈裟切りを、スピキュで逆袈裟切りを放ってインファたちに反撃した。

 斬られたインファたちはその場に倒れ、そのまま黒い靄になって消滅した。インファたちを倒したアイカはすぐに周囲を見回して自分近づいてきているベーゼがいないか確かめる。すると。左側から一体のモイルダーが両手の爪を光らせながらアイカに飛びかかってきた。

 モイルダーに気付いたアイカは素早く後ろに下がってモイルダーの飛びかかりをかわす。そして、攻撃をかわされて隙だらけのモイルダーを睨みながらプラジュを持つ右手に力を入れる。


「サンロード剣術、仄日斬そくじつざん!」


 アイカはモイルダーの背中にプラジュで袈裟切りを放ち、続けてスピキュで逆袈裟切りを放つ。背後から斬られたモイルダーは俯せに倒れて消滅した。

 モイルダーを倒したアイカは軽く息を吐きながら体勢を直そうとする。だが今度はインファがアイカの背後から剣を振り上げて迫ってきた。背後の気配に気付いたアイカは後ろを向き、右に回りながら振り返る。同時にプラジュも横に振って迫ってきたインファに横切りを放った。

 プラジュはインファの胴体を横から両断し、斬られたインファは鳴き声を上げながら前に倒れ込む。アイカは倒れてくるインファは左に逸れてかわし、倒れたインファは黒い靄と化した。


「まったく、次から次へと」


 連続で襲い掛かって来るベーゼたちのせいで休む暇のないアイカは面倒そうな口調で語る。そんなアイカの都合など気にもせず、三体のインファが前からアイカに近づいてきた。

 インファたちに気付いたアイカは面倒に思いながらもプラジュとスピキュを構えて迎え撃つ体勢を取る。その直後、インファたちは剣を構えながらアイカに突撃し、アイカは器用に操ってインファを一体ずつ倒していく。

 アイカの勇姿を近くで見ていた他の生徒は驚いているのか目を軽く見開いてアイカを見ていた。最初は驚いたような反応を見せていたが、生徒たちはすぐに表情を変え、アイカに後れを取ってはならないと感じたのか積極的に前に出てベーゼたちと戦うようになった。


「アイカさんが前に出ることで他の生徒たちの士気がより高まり、皆進んでベーゼたちに向かって行ってる。これならすぐに広場を制圧できそう」


 離れた所で戦うアイカの戦う姿を見ているロギュンは両手にナイフを持ちながら呟く。中級生の中でも優れた実力者であり、二刀流の使い手であるアイカは周囲の生徒たちに影響を与え、戦力としてだけでなく仲間の士気を高めることもできる重要な存在だとロギュンは感じていた。

 ロギュンがアイカを見ていると、上空から一体のルフリフがロギュンに襲い掛かろうと急降下してくる。ルフリフに気付いたロギュンは目を鋭くしてルフリフを睨み、両手に持っているナイフをルフリフに向けて勢いよく投げた。

 二本のナイフの内、一本はルフリフの右翼の前縁部に刺さり、もう一本は左翼に穴を開ける。翼を傷つけられたルフリフは体勢を崩して地面に叩きつけられた。

 ロギュンは右大腿部のホルスターから新しいナイフを抜くと倒れているルフリフの頭部に向けて投げた。ナイフはルフリフの頭部に命中し、頭部を貫かれたルフリフは絶命して消滅する。ルフリフが消えると後にはロギュンが投げたナイフだけがその場に残った。

 落ちているナイフを見ながらロギュンは右手をナイフに向けて混沌紋を薄紫色に光らせた。すると、落ちている三本のナイフが薄っすらと薄紫色に光り出して宙に浮き始める。ロギュンの混沌術カオスペル浮遊フローティングの力でナイフが宙に浮いたのだ。

 浮いている三本のナイフは素早く移動してロギュンの右手の中に納まる。しかもロギュンが手を切らないよう柄の部分からロギュンの手に中に入っていた。

 ナイフが戻るとロギュンは混沌術カオスペルを解除し、持っているナイフの内、一本を右大腿部のホルスターに戻して両手に一本ずつナイフを持って万全の状態にした。


「地上にいるベーゼと戦っている時に突然空中から攻撃されると回避できないかもしれない。……先に空中のベーゼを倒しておいた方が良さそうね」


 ロギュンはそう言って上を向き、西門前の広場の上空を飛び回っている数体のルフリフを見上げる。

 空に飛んでいるベーゼは遠距離攻撃ができる生徒に任せるべきだが、弓矢を持つ生徒や魔導士の生徒は全員が地上にいる生徒たちの援護に回っており、空中のベーゼには攻撃していなかった。恐らく空中のベーゼは地上よりも数が少ないため、強く警戒する必要が無いと考えて地上のベーゼにだけ集中しているのだろう。

 遠距離攻撃をする生徒が地上のベーゼに対応しているのを見たロギュンは軽く溜め息を付き、自分で何とかするしかないと考え、再び混沌術カオスペルを発動させる。すると、ロギュンの着ている制服が薄紫色に光り出し、ロギュンの体がゆっくりと宙に浮き始めた。

 ベーゼと戦っていた生徒たちは宙に浮くロギュンを見て軽む目を見開き、アイカもロギュンが飛んでいる姿を見て驚いたような反応を見せる。


「ス、スゲェな、副会長……」

「いつ見ても副会長が空を飛ぶ姿には驚かされるわ」


 地上の生徒たちは浮いているロギュンを見上げめながら思っていることを素直に口に出した。

 ロギュンの混沌術カオスペルである浮遊フローティングはロギュンが触れた無生物を浮遊させて自由に動かすことができる。混沌術カオスペルを発動した状態のロギュンが触れると触れた物は三十分間、ロギュンが触れてないくても自由に浮かせることが可能になるのだ。ただし、三十分が経過してしまうと混沌術カオスペルの効力も消え、ロギュンの手から離れている物は浮遊しなくなってしまう。

 浮遊フローティングの効力はロギュンが触れた物全てが得られるため、ロギュンが来ている衣服なども彼女の意思で自由に浮かせることができる。そのため、ロギュンが着ている制服も宙に浮き、制服を着ているロギュンも一緒に浮くことができたのだ。

 実は西門を突破する際もロギュンはこの方法で見張り台と城壁の上まで上昇し、そこにいたベーゼを全て倒して西門を開けやすい状況を作ったのだ。

 ロギュンは上昇していき、広場の上空にいるルフリフたちと同じ高さまで上がると空中で停止する。ルフリフたちは自分たちと同じように飛んでいるロギュンに気付くとその場で停止し、はばたきながらロギュンを見つめた。


「いくら知能の低いベーゼでも自分たちと同じ高さまで上昇すれば流石に気付くみたいね」


 飛んでいる数体のルフリフの位置を確認したロギュンは目を鋭くしながら左手に持っているナイフを右手で持ち、空いた左手で左大腿部のホルスターに納められているナイフを二本抜く。その直後、ルフリフたちはロギュンに襲い掛かろうと一斉にロギュンに向かってと突撃してきた。

 ロギュンは両手に二本ずつナイフを持ちながら迫ってルフリフたちを素早く確認し、真上に向かってナイフを投げた。すると四本のナイフは光り出し、一本ずつ迫ってくるルフリフたちに向かって別方向にもの凄い速さで飛んで行く。

 四本のナイフは正面からルフリフたちに向かって行き、ルフリフの胴体や翼を切り裂く。ルフリフを切り裂いた後、ナイフはルフリフから離れるように飛んで行くが、ブーメランのようにUターンして今度は背後からルフリフたちを切り裂いた。

 ナイフはもの凄い速さでルフリフたちの周りを飛び回って何度も切り裂き、ある程度ダメージを与えると無傷のルフリフに向かって飛んで行き、同じように切り裂く。


浮遊剣の舞フロートダガー・ダンス


 ロギュンが若干低めの声で呟いた直後、空中にいたルフリフは全て地上に落下していく。ルフリフたちは体中を滅多切りにされて大量の切傷が付いており、誰が見ても致命的ダメージを負っていると思える状態だった。

 ルフリフたちは地上で戦っている生徒たちの近くに落下して地面に強く体を叩きつけられ、そのまま靄と化して消滅する。いきなり落ちてきたルフリフたちに地上の生徒たちは驚いて思わず上を向く。そして、空中で自分たちを見下ろすロギュンを目にした。


「空中のベーゼは全て倒しました。皆さんは地上のベーゼを倒すことだけに集中してください!」


 ロギュンは宙に浮いたまま地上の生徒たちに指示を出すと、生徒たちは空中の敵を気にすることなく戦えるようになって表情に少しだけ余裕が出して戦いに集中する。

 だが、不思議なことに一部の生徒だけは戦闘を再開せずにロギュンを見上げたり、少しだけ頬を赤くしていた。それはロギュンのすぐ真下にいる男子生徒ばかりで、ロギュンは小首を傾げながら不思議に思う。

 なぜ生徒たちがそんな反応をするのか考えていると、ロギュンの視界に自分のスカートが入る。スカートを見たロギュンは自分の現状と真下に男子生徒がいることから何かに気付き、目を見開いながら見る見る頬を赤く染めていく。そう、真下からはロギュンの下着がまる見えの状態だったのだ。


「い、いつまでも上を見ていないでベーゼと戦いなさいっ!」


 ロギュンは赤くなりながら自分のスカートを引っ張って下着を隠し、真下にいる生徒たちに注意をする。注意された生徒たちは慌てて戦闘を再開し、そんな生徒たちを見ていた他の生徒、特に女子生徒は呆れや軽蔑するような顔でロギュンの下着を見ていた男子生徒を見つめていた。


「まったく、戦闘中だって言うのにどうして男子はあんなことを……」


 アイカもジト目になりながら他の女子生徒と同じように男子生徒たちを見ている。戦闘中にもかかわらずどうして性的感情が芽生えるのか、アイカには男子生徒の考えが理解できなかった。


「もしかして、ユーキも女の子の下着とかを見ればあんな反応をするんじゃ……」


 ユーキが女子生徒の下着を見た時にどんな反応をするのか、アイカは小さく俯きながら想像する。ユーキは体は十歳の児童だが、精神は十八歳の少年であるため性に興味を持ってもおかしくないとアイカは考えていた。


「……て、私は戦闘中に何を考えているの!」


 現状を思い出したアイカは顔を左右に振って気持ちを切り替え、ベーゼとの戦いに集中する。

 今はくだらないことを考えるよりもベーゼを倒しながらエブゲニ砦の何処かにあるベーゼの転移門を封印するのが先だということを自分に言い聞かせながらアイカはプラジュとスピキュを構える。不思議なことに今のアイカはユーキが女性に対して照れたり、下着を見て赤くなる姿を想像して再び不愉快な気分になった。

 なぜ不愉快になっているのか分からずにアイカがイライラしていると、正面からインファとモイルダーが一体ずつ鳴き声を上げながらアイカに向かって走ってくる。二体の姿を見たアイカは鬱陶しそうな顔で睨み付けた。


「うるさいですよ、ちょっと黙っててください!」


 八つ当たりするかのように大きな声を出しながらアイカは走ってくるインファとモイルダーに向かって大きく踏み込み、プラジュでインファに袈裟切りを放つ。インファは咄嗟に剣でアイカの袈裟切りを防ぐが、防いだ直後にアイカは左からスピキュで横切りを放ちインファを切り捨てる。

 胴体を斬られたインファは声を上げながら崩れるように倒れて消滅し、インファを倒したアイカは続けてモイルダーの方を向き、スピキュを右上に振り上げて攻撃した。しかしモイルダーはジャンプしてアイカの攻撃をかわし、そのままアイカの真上を跳んで背後に回り込んだ。

 アイカの背後に回り込んだモイルダーは振り返り、右手の爪でアイカの背中を切り裂こうとする。だが、アイカは冷静にモイルダーの位置を確認し、プラジュとスピキュを横に構えた。


「サンロード二刀流、倒景斬とうけいざん!」


 アイカは素早く姿勢を低くしながら右回転し、同時にプラジュとスピキュを横に振ってモイルダーの胴体を二本の剣で同時に切り裂く。斬った後は何事も無かったかのように姿勢を正し、その直後にモイルダーはゆっくりと仰向けに倒れてそのまま消滅した。

 インファとモイルダーを倒したアイカは険しい表情のまま周囲を見回して別のベーゼを倒しに移動する。アイカの近くで戦っていた生徒たちはアイカの迫力に驚いて目を丸くしていた。

 その後、アイカたちは西門前の広場にいたベーゼたちを順調に倒していき、広場を無事に制圧した。制圧した後は、ロギュンはアイカたちを集めて進むルートを確認し、確認が終わると全員でエブゲニ砦の奥へ進軍を開始する。


――――――


 東門でもトムズの部隊が門を突破して東門前の広場でベーゼたちと交戦している。襲い掛かるインファやモイルダーを戦士の生徒たちが迎撃し、後方では魔導士の生徒が攻撃魔法で前衛の生徒たちを援護したり、空中のルフリフに攻撃していた。

 トムズの部隊には魔導士の生徒が四人おり、生徒たちは自分の杖をベーゼたちに向けて攻撃魔法を放っている。その中にはトムズの姿もあり同じように持っている杖から魔法をベーゼに向かって撃っていた。

 通常、メルディエズ学園の部隊では指揮を執る隊長が前に出て敵と戦いながら指示を出し、共に前衛で戦う生徒たちの士気を高める。だが、トムズは魔導士であるため前衛での戦いはあまり得意ではない。そのため、後方から魔法で攻撃しながら部隊の指揮を執っているのだ。


「少しずつだが、敵の数は減ってやがるな。このまま俺たちは魔法で前に出ている連中を援護する。前の連中がやられないよう背後に回り込んだり空中から攻撃を仕掛けてくるベーゼを優先的に狙え!」

『ハイ!』


 トムズの指示を聞いて周りにいる魔導士の生徒たちは声を揃えて返事をし、言われたとおり前衛の生徒たちの不意を突こうとするベーゼを警戒しながら支援攻撃を続けた。

 前衛に出ている一人の男子生徒が持っている剣を器用に操りながら目の前にいるインファを斬る。斬られたインファはその場に倒れて黒い靄と化した。インファを倒した男子生徒は勝利を喜んだ微笑みを浮かべる。すると、笑っている男子生徒の上空から一体のルフリフが奇襲を仕掛けようと急降下してきた。

 男子生徒はルフリフを見上げて迎撃しようとするが、気付くのに遅れてしまい迎撃が間に合わない状態だった。やられてしまうと感じた男子生徒は目を閉じる。だがその直後、一発の火球がルフリフに直撃してルフリフを火だるまにした。

 ルフリフは鳴き声を上げながら男子生徒の近くに落下し、全身を炎で焼かれながら息絶えて消滅する。男子生徒は驚きながら火球が飛んで来た方を見ると杖を自分の方へ向けているトムズの姿が目に入り、男子生徒はトムズが自分を助けてくれたのだと知った。


「一体のベーゼにだけ集中するな! 周りもちゃんと警戒して戦え!」

「ハ、ハイ!」


 大きな声で忠告するトムズを見ながら男子生徒は返事をして剣を構え直す。近くにいた別の生徒たちも同じ過ちを犯さないよう注意しながら戦闘を続けた。

 前衛の生徒たちも戦士でない魔導士が前衛に出るのは愚行だと分かっているため、部隊長のトムズが前に出ずに危険度の低い後方から支援攻撃をしても不満を感じておらず、納得して戦っている。何より、トムズには後方で戦っても文句を言われない理由があった。


「……数は減ってきてるが、敵の勢いは全然変わらねぇな。仕方ねぇ、また“あれ”を使うか」

「ま、待ってください、隊長! まだ砦の奥には大量のベーゼがいるはずです。敵の戦力が分からない状態であれを連続で発動するのは……」


 トムズの隣にいる魔導士の女子生徒は慌ててトムズを止める。周りにいる他の生徒たちも驚いたり呆れたような顔をしながらトムズを見ていた。トムズは生徒たちの反応を見ると不思議そうに小首を傾げる。


「別にそこまで警戒する必要はねぇだろう? 会長や副会長の部隊もいるし、俺らが多少無茶をしても問題無いと思うぞ」

「ですが、東門を突破する時もあれを発動しました。あれは消費する魔力が多い上に隊長しか使えません。中位ベーゼが出てきた時のためにも乱用は避けてもらわないと……」


 そう言いながら女子生徒は後ろにある東門を見上げる。東門のあちこちが破損しており、無数の大きな焦げ跡も付いている。特に見張り台は半壊状態となっており、見張り台としての機能を失っていた。

 現状と女子生徒の話からするとトムズの言っているあれとは魔法のようだ。それも上級生であるトムズしか使えないという点からそれなりに強力な魔法と思われる。


「私たちはまだ砦の中に突入したばかりですし、遭遇したベーゼも力の弱い下位ベーゼのみです。ですから今は使うのを控えてください」

「だけどよ、ベーゼたちの勢いは治まってないんだぞ? このままだと時間だけが過ぎて砦の奥から更に多くのベーゼが来ちまうぞ」

「分かっています、ですから我々も全力でベーゼたちを倒すつもりです。それに、こちらには彼女がいますから」


 そう言って女子生徒は前衛で戦っている生徒たちの方を向き、トムズもつられて前衛に視線を向ける。前衛では戦士の生徒たちはベーゼたちと激闘を続けており、そんな中に仲間から離れて場所でベーゼたちと交戦しているフィランの姿があった。

 フィランは愛刀である神刀剣、岩斬刀コクヨを振って次々とベーゼを斬り捨てて行き、その姿を見て前衛の生徒たちは勿論、後方にいた魔導士の生徒たちも目を見開いている。トムズもフィランの勇姿を見て最初は意外そうな顔をしていたがすぐに笑みを浮かべた。


「……成る程な、確かにドールストがいればあれを使わなくてもベーゼどもを蹴散らせる。俺としたことがスッカリ忘れてたぜ」


 トムズはフィランが自分の部隊にいることを思い出すと笑いながら納得して切り札である魔法を使うことを止める。トムズの気が変わったのを確認した周りの生徒たちは安心したのか軽く息を吐く。そして、フィランの戦い見守りながら仲間たちへの援護を再開した。

 前衛にいる生徒たちよりも少し奥へ進んだ場所でフィランが一人、大勢のベーゼに囲まれながらコクヨを中段構えに持っている。コクヨはカムネスが持つフウガと同じで反りのある日本刀のような形状をしており、刀身は薄めの黒で真ん中に白い装飾が入っていた見た目をしていた。

 フィランはベーゼに囲まれているにもかかわらず、無表情のまま視線だけを動かしてベーゼの位置を確認していた。ベーゼたちは鳴き声を上げながらフィランを威嚇するが、フィランは威嚇に怯むことなく無言でベーゼたちに出方を窺っている。すると、フィランの左斜め後ろにいたインファが剣を振り上げながらフィランに向かって走り出した。

 インファは徐々にフィランに近づいて行き、攻撃が届く所まで近づくと剣を振り下ろそうとする。だが、インファが攻撃する前にフィランは素早くインファの方を向いて袈裟切りを放つ。斬られたインファは仰向けに倒れて消滅した。

 フィランはインファを倒すとすぐにコクヨを構え直した。だがその直後、今度は二体のモイルダーがフィランの背後から飛び掛かってくる。それに気付いたフィランは振り返り、飛び掛かってきたニ体のモイルダーをもの凄い速さで斬った。

 斬られたモイルダーたちは飛び掛かった状態のまま黒い靄と化し、フィランは消えていく靄をジッと見つめる。


「……背後から攻撃しても無駄。貴方たちでは私に傷をつけることは絶対にできない」


 静かに呟いた後、フィランは再び中段構えを取って周りにいるベーゼたちの様子を確認する。残っているベーゼたちは仲間が倒された光景を見ても臆する様子は見せておらずフィランを威嚇し続けていた。

 フィランが表情を変えずに周りにいるベーゼたちを黙って見ていると、正面から三体のインファが縦に固まりながら剣を構えて走ってくる。それを見たフィランは軽くまばたきをしてから軽く膝を曲げ、自分もインファたちに向かって走り出した。

 走る速度を落とすことなくフィランはインファたちに向かって行き、一番前にいるインファが間合いに入ると姿勢を低くしてインファの懐に入り込み、同時にコクヨでインファの腹部を切り裂く。一体目のインファを斬ったフィランはそのまま奥にいる別のインファに向かって行き、再び懐に入り込んで斬り捨て、その奥にいるインファも同じように斬った。

 三体のインファを斬ったフィランは立ち止まり、コクヨを軽く外側に向かって振る。その瞬間、フィランに斬られた三体のインファは黒い靄と化して消えた。


「……真正面から突っ込むのは愚行。背後からの攻撃が効かないからと言ってあり得ない行動はよくない」


 興味の無さそうな顔をしながらフィランは背後で消えるベーゼたちに届くことのない忠告する。普段他人のことには興味を持たないフィランも一人の戦士としてインファの行動が愚かに思えたらしく、敵の愚行を指摘した。

 フィランは次の敵の攻撃を警戒して構え直そうとする。すると、フィランの周りにいたベーゼたちが一斉にフィランに向かって走ってきた。数体で挑んでも勝てないと考え、全員でフィランを倒そうと思ったようだ。


「……全員で挑んでも何の意味も無い。私の“クーリャン一刀流”は大勢の敵を相手にするのが得意。そして、これを組み合わせれば、絶対に負けない」


 小さな声で呟きながらフィランはコクヨを握る手に力を入れる。それと同時にフィランの右手の甲に入っている混沌紋も光り出し、フィランは混沌術カオスペルを発動した。

 混沌術カオスペルが発動した直後、フィランを中心に黒いものがドーム状に広がっていき、フィランの周りにいるベーゼたちを呑み込む。黒いものはフィランに襲い掛かろうとしたベーゼを全て呑み込むと拡大が止まり、消えることなくその場に残る。現状から黒いドーム状のものはフィランの混沌術カオスペルで作られたものと考えて間違いないらしい。

 黒い何かに呑まれたベーゼたちは一斉に立ち止まり、全てのベーゼが驚いたような反応を見せる。ベーゼたちは黒いドーム状のものの中で鳴き声を上げながら周囲を見回したり、その場を動かずに剣や腕を振って暴れ出す。その姿はまるで明かりの無い暗い場所で周囲を探っているようだった。

 フィランも黒いドーム状の中に立っており、落ち着いた様子で周囲を見回す。そして、コクヨを構え直すと走り出し、立ち止まっているベーゼを一体ずつ素早く斬り捨てていく。

 全てのベーゼを斬ったフィランは最初にいた位置に戻ると目を閉じながら軽く息を吐き、混沌紋の光を消して混沌術カオスペルを解除する。

 混沌術カオスペルが解除されると黒いドーム状のものは小さくなって消滅し、その直後にフィランに斬られたベーゼたちも一斉に黒い靄と化して消滅する。フィランは目を開けて周りを見回し、ベーゼを全て倒したのを確認すると「よし」と言いたそうに小さく頷いた。


「……周りにいたベーゼは全て倒した。次の敵を倒しに行く」


 呟いたフィランは遠くで残っているベーゼと戦う生徒たちの方を向き、生徒たちがベーゼたちに苦戦しているのを見つけると生徒たちの加勢をするために走り出す。

 フィラン自身は他の生徒のことに興味はないが、他の生徒を助けることで依頼の成功率が高まると考えて加勢しようと考えていた。あくまでも依頼のためであって自分のために他の生徒を助けようとはフィランは考えていない。

 後方でフィランの戦いを見守っていたトムズや魔導士の生徒たちは衝撃を受けていた。トムズたちだけでなく、フィランと共に前衛で戦っていた生徒の何人かもフィランの戦いを見て驚いている。

 無理もない、突然黒いドーム状の何かに発生してフィランとベーゼを呑み込み、消えた時には全てのベーゼが消滅したのだから驚かない方がおかしいと言える。


「な、何だったの、あの黒いものは……」


 女子生徒が声を僅かに震わせながら驚き、他の生徒たちも仲間たちへの援護攻撃を忘れて驚いている。そんな中、トムズは小さく笑いながらフィランを見つめた。


「……噂には聞いてたが、まさかあんなにスゲェとはな」

「隊長、何か知っているんですか?」

「ああ、と言っても副会長から聞いただけなんだけどな……あれはドールストの混沌術カオスペル、“暗闇ダークネス”だ」


 トムズは黒いドーム状の正体が混沌術カオスペルだと語り、周りの生徒たちは目を大きく見開く。彼女たちもフィランが混沌士カオティッカーであることは知っていたが、混沌術カオスペルを使うところを直接見たことは無かったので驚いていた。

 実は黒いドーム状のものに呑まれたベーゼたちは視界が真っ黒になって何も見えない状態になっていたのだ。周囲が黒一色に染まり、周りにいた仲間の姿も確認できず、ベーゼたちは文字どおり暗闇の世界に入り込んでいた。

 フィランの混沌術カオスペル暗闇ダークネスはその名のとおり、周囲を暗闇にすることができる能力だ。混沌術カオスペルを発動すると混沌士カオティッカーを中心に黒い闇がドーム状に広がり、闇に呑まれた生物の目を見えなくさせる。しかも火や光などで明かりを作っても見えるようにはならず、闇の呑まれた者は能力を解除しない限り何も見えないのだ。発動した混沌士カオティッカーだけは暗闇の中でも敵を目視することができる。もっとも黒い空間に白い線で姿を描かれたように見えるだけなので見やすいとは言えない。

 トムズからフィランの混沌術カオスペルの能力を聞かされた生徒たちはフィランが強力な混沌術カオスペルを使えると知って更に驚いたような表情を浮かべた。


「敵の視覚を封じるなんて、そんな凄い混沌術カオスペルを使えたんですか……」

「ああ、戦闘中に目を使えなくされちまったら相当優れた奴じゃない限り生き残ることはできない。間違い無くアイツの混沌術カオスペルは最強クラスの能力だって聞いた」


 強力な混沌術カオスペルだと聞かされた生徒たちはフィランの混沌術カオスペルがあればエブゲニ砦のベーゼを簡単に倒せると感じ、お互いの顔を見合いながら余裕の笑みを浮かべた。


「隊長、他の生徒たちにドールストさんを援護させましょう。彼女と共に戦えば他の生徒たちも楽にベーゼたちを倒せるはずです」

「……いいや、そりゃ無理だ」


 トムズは首を軽く横に振りながら女子生徒の提案を却下する。トムズの反応を見て周りの生徒たちは意外そうな表情を浮かべた。


「どうしてですか?」

「俺も副会長から詳しく聞いたわけじゃねぇんだが、アイツの暗闇ダークネスは闇に呑まれた全員の目を見えなくさせるらしい。全員、ということは味方の目も見えなくさせちまうってことだ。戦場で味方の目が見えなくなったら逆に自分たちが不利になる可能性もあるって話だ」

「だから、他の生徒はドールストさんの近くで戦うことはできず、援護もできないと?」

「そうらしい。闇の範囲を狭くして味方が闇に呑まれないようにすることはできるみたいだが、それだと少しの敵しか能力の影響を受けないみてぇだ」

暗闇ダークネスにそんな欠点が……」

「ああ、強力な能力ほど使い難いってわけだ」


 生徒たちは暗闇ダークネスの弱点を知って少しガッカリしたような反応を見せる。周りに敵しかいない時は強力だが、味方がいる場合は殆ど使えないと知り、生徒たちはフィランの混沌術カオスペルがあまり役に立たないのではと感じ始めた。

 先程までフィランの混沌術カオスペルに期待していたのに弱点があると分かった途端に失望させられたような態度を取る生徒たちを見てトムズは軽く肩を竦めた。

 生徒たちは再び魔法で前衛に生徒たちを援護し、トムズも杖を遠くにいるベーゼに向けながら魔法を発動させる。その間、トムズはベーゼを次々と倒していくフィランの姿を見つめていた。


(もしかしたら、アイツがずっと一人でいるのは他人に興味が無いって理由以外にも、仲間が自分の混沌術カオスペルの影響を受けないようにするためなのかもしれねぇな)


 フィランの真意を想像しながらトムズは攻撃魔法を放って前衛の生徒たちを援護する。前衛の生徒たちもトムズたちに援護されながらベーゼを倒していった。

 それからしばらく経ち、トムズの部隊は東門前の広場にいたベーゼを全て倒し、エブゲニ砦の奥を目指して進軍を開始した。


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