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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第一章~異世界の転生児童~
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第三話  邪悪な者と混沌の力


 ユーキを乗せた馬車はバウダリーの町を目指して見通しの良い平原の中の一本道を走っている。馬車の中から見える景色はとても美しく、ユーキは小窓から馬車の外を眺めていた。


「おおぉ、凄いなぁ」


 座りながら外を眺めるユーキは感動したような声を出す。転生前は平原など一切ない都会で暮らしていたため、ユーキにとってビルなどの大きな建物が無く、緑色の平原が広がる風景はとても珍しかった。

 ガロデスは向かいの席に座って外を見ているユーキを見ながら心の中で少し意外に思っていた。少し前まで剣士の雰囲気を出しながら盗賊と戦っていたユーキが今では見た目どおりの十歳児に見えている。ガロデスはユーキの姿を見て、いくら剣の腕が優れていても、やはり十歳の児童なのだなと思いながら笑った。

 ユーキたちは最初に盗賊の襲撃を受けてからここまで、モンスターや別の盗賊の襲撃を受けることなくやって来れた。ガロデスの言うとおり、今いる場所やその近辺ではモンスターや盗賊に襲われる可能性はとても低いようだ。しかし、だからと言って安心はできないため、ユーキは景色を楽しみながらも馬車に近づいてくる者はいないか警戒していた。


「あと少しでバウダリーの町に到着するはずです。それまでもうしばらく外の景色を眺めていてください」

「そうさせてもらいます。……ところで、目的地であるバウダリーの町ってどんな所なんですか?」


 笑顔で外を眺めていたユーキは目的地がどんな場所なのか気になってガロデスに尋ねた。


「バウダリーの町はメルディエズ学園と隣り合っている大都市です。このラステクト王国の中でも大きい町ですよ」


 ガロデスはバウダリーの町の情報を簡単にユーキに説明する。説明の中に幾つかユーキには理解できない単語があり、ユーキは難しそうな顔で小首を傾げた。


「メルディエズ学園って何ですか?」

「メルディエズ学園は戦士や魔導士を育てるために作られた教育機関です。昔は“ベーゼ”を倒す戦士を作り出すための養成機関だったのですがね」

「ベーゼ?」


 再び理解できない単語が出てきてユーキは思わず訊き返す。ガロデスはユーキの反応を見て、彼がベーゼというものを知らないと知り、意外そうな顔をする。


「もしやユーキ君、ベーゼを知らないのですか?」

「え? え~っと……ハイ」


 ガロデスの反応を見て、何かマズかったかと感じたユーキは軽く目を逸らしながら頷く。


(ヤベェ! もしかして、ベーゼって言うのはこの世界の誰もが知ってる常識的なことなのか? だとしたら、それを知らない俺ってある意味で常識の無い奴って思われるかも。下手をすればこの世界で生きていくのが難しくなるんじゃ……)


 自分の答えで危機的状況になってしまったと感じたユーキは心の中で焦り出す。だが、知らないことを知っていると嘘をつき、後になって嘘をついていたことがバレればそれこそ面倒なことになってしまう。

 嘘をついてあとで責められたりされるくらいなら正直に知らないと言っておいた方がいいと考え、ユーキは素直に無知であることをガロデスに話した。その行動が吉と出るか凶と出るか、今のユーキにはまったく分からない。

 ガロデスは目を逸らすユーキをしばらく無言で見つめる。すると、顎を指で摘まみながら小さく俯いた。


「……まぁ、ユーキ君はまだ十歳ですから知らないのも無理はありませんね。それにご両親もユーキ君のことを思ってあえて伝えていなかったのでしょう」

(あれ? あまり驚いていないけど、それほど重要なことじゃなかった?)


 ユーキはガロデスの言葉を聞いて意外に思いながらも少しだけホッとする。だが、ベーゼが何なのか知らずにいると後々面倒なことになる可能性が高いため、これを機にベーゼのことを教えてもらおうと考えた。


「あのぉ、ガロデスさん。よろしければ、そのベーゼについて教えてくれませんか?」

「ベーゼのことをですか? ですが、君には少し難しく、早すぎると思いますが……」

「構いません、お願いします」


 真剣な顔で頼んでくるユーキを見て、ガロデスも目を鋭くする。今のユーキの顔は盗賊と戦っていた時のようにとても真剣な表情を浮かべているため、今のユーキにはちゃんと説明してあげた方がいいとガロデスは感じた。


「分かりました。できるだけ、分かりやすく説明させていただきます」

「ありがとうございます。……あと、ついでにこの国や他の国についても教えていただけますか?」


 ベーゼのことを訊くついでにユーキは今自分がいる場所やこの世界に存在する国々についても尋ねてみることにした。ベーゼのことよりも、周辺国家のことを知っておいた方が今後、異世界で生きていくのに役に立つとユーキは感じていたのだ。

 ガロデスはベーゼのことだけでなく、国のことについて尋ねてくるユーキを見て再び意外そうな表情を浮かべた。ベーゼのことはともかく、ユーキが国のことも知らないことには流石に驚いたらしい。


「君はこの国や周辺国家のことも知らないのですか?」

「ハ、ハイ、両親からは剣や簡単な知識は教えてもらいましたが、国のことや作法と言ったことは教わっていないんです。教えてもらう前に死んでしまいましたし……」


 ユーキは別の世界から転生したことを悟られないよう、ガロデスが一番納得しそうな理由を口にする。十代後半や二十代の姿で世界の国や法律、作法について何も知らないと言うのは流石にマズイが、十歳の子供なら詳しく知らなくても変に思われることは無いと感じ、ユーキは十歳の児童であることを利用することにした。


「フム、そうでしたか。しかし意外ですね、ユーキ君のようにしっかりした子なら既に国や作法などのことをご両親から教わっていると思っていたのですが……」

「ハ、ハハハハ……」


 意外に思っているガロデスを見たユーキはさり気なく目を逸らして苦笑いをする。これ以上何か言えば逆に怪しまれると思い、もう笑うこと以外に何をすればいいのかユーキも分からなかった。


「……分かりました。そう言うことでしたら、この国や他国についてもお話ししましょう」

「ありがとうございます」


 国のことも説明してくれるガロデスにユーキは軽く頭を下げて感謝し、同時に自分の言い訳が上手く通じたことをラッキーに思う。そして、今回初めて児童として転生したことを良かったと思った。


「え~、それでは早速説明させていただきますが、ベーゼのことを分かりやすく、そして効率よく説明するためにまずは国のことを説明させていただきます」


 真剣な表情を浮かべながらガロデスは語り始め、ユーキも真面目な顔でガロデスの説明に耳を傾けた。

 ガロデスの話によると、ユーキが転生した世界には様々な国が存在しているらしい。大きな大陸の中に複数の国が存在しており、その中でも領土の大きな三つの国を“三大国家”と呼んでいるそうだ。

 三大国家の内、一つは“ラステクト王国”と言う大陸の南部に存在する国で、今ユーキたちがいる場所もラステクト王国だ。三大国家の中で二番目に領土が広く、草原や森の多い自然豊かな国で人口も700万人程だとガロデスは語り、説明を聞いたユーキは大きな国の領内に転生できて運がいいと思った。

 二つ目の国は“ガルゼム帝国”という三大国家の中でも最大の領土と軍事力を持つ国家で大陸の北西部に存在している。人口は1000万人とラステクト王国よりも多く、軍も周辺国家の中でも特に強力だと評価されていた。しかし、昔ある事件を引き起こしてしまい、一部の国からは距離を置かれ、冷たい目で見られている。

 最後の一つは“ローフェン東国”と呼ばれる大陸の東に存在する国だ。人口は約500万人ほどで領土と軍事力も三大国家の中でも一番小さい国だが、大陸に存在する国の中でも亜人が多く住んでおり、亜人たちは自分たちの特性や能力を生かして軍を編制したり、道具などを作っている。物の生産力が優れているため、三大国家の中でも決して劣っている訳ではない。

 その他の国も三大国家や隣国と交流して情報や物資を手に入れ、国民たちは静かに暮らしている。国同士の争いも無く、全ての国は良好的な関係を築いているようだ。


「……以上がこの大陸に存在する国々とその形となっています」

「三大国家にそれ以外の複数の国ですか……」

「三大国家以外の国は殆どが周辺に領土を持ち、三大国家と取り引きをして優れた武具や物資、食材、魔法薬などを手に入れています。つまり、小国にとって三大国家は大切な取り引き相手ということです。大陸の国の中でも三大国家は重要な存在であるため、ラステクト、ガロゼム、ローフェンのことをしっかりと理解しておくことが大切です」


 ガロデスは三大国家が大陸でどれ程大きく、重要な国なのか語り、説明を聞いたユーキは真剣な表情を浮かべる。大きな国であれば物資や情報が手に入りやすく、今後の生活に大きく関わるとユーキは感じていた。


「我々が向かっているバウダリーの町は三大国家の中心に存在しており、ガルゼムとローフェンの民もよく訪れます。一応、バウダリーの町はラステクト領内にあるため、ラステクトの管轄下となっているんです」

「成る程」

「国々の説明は以上です。次に先程お話ししたベーゼについて説明させていただきます」


 国家の説明が終わるとガロデスは続けてベーゼの話題に入る。ユーキは一番気になっていた話題に入るとガロデスの顔を見ながら話を聞くことに集中する。ユーキが見つめる中、ガロデスはベーゼの説明を始めた。


 ベーゼはユーキが異世界に転生した日から三十年前に異世界に現れた怪物たちの総称。三十年前、ガルゼム帝国の北部にある城塞都市“ゾルノヴェラ”でガルゼム帝国の貴族たちが自分たちがいる世界と別の世界を繋ぐ転移門を開く実験を行った。

 ガルゼム帝国は持てる魔法技術の全てを使い、ゾルノヴェラの中央にある砦に別世界と繋がる転移門を開くことに成功した。だが、その転移門が繋いだ世界と言うのがベーゼの世界であり、大勢のベーゼは転移門を潜ってこちらの世界に現れ、その場にいた者たちを始め、ゾルノヴェラに住む人々を次々と虐殺していったのだ。その結果、ゾルノヴェラの住人はわずか半日で全員殺されてしまい、ゾルノヴェラはベーゼに支配されてしまった。

 ゾルノヴェラを制圧した後もベーゼの勢いは治まらず、ゾルノヴェラの近辺にある町や村を襲撃しては住民たちを殺戮していき、少しずつガルゼム帝国の北部を支配していった。そして、北部に存在する多くの町や村を制圧した頃、ベーゼの支配者である大帝が現れ、異世界を支配すると全ての国に宣戦布告をしたのだ。

 宣戦布告を受けた国々の王族はベーゼから自分たちの世界を護るために同盟を組み、共にベーゼと戦うことを決意する。特にガルゼム帝国は自分たちが行った実験が原因でベーゼたちが侵略してきたため、どの国よりも積極的にベーゼと戦い、他国に力を貸すようにしていた。

 ベーゼがこちらの世界に来てから三ヶ月ほどは国同士で力を合わせ、侵攻してくるベーゼとなんとか戦っていたが、敵の数があまりにも多く、各国は苦戦を強いられるようになっていった。しかもベーゼたちは自分たちの世界に存在する毒素の高い瘴気をばらまき、その瘴気に侵されたこちらの世界の生物をベーゼに変えて戦力として利用していたため、各国の軍や冒険者のような傭兵たちは少しずつ押され始めていたのだ。

 押し返すことができず、逆にベーゼたちの侵攻を許してしまっている各国はベーゼの研究をしながら対抗策を考える。そんな時、ラステクト王国がベーゼとの戦闘に特化した戦士を作るための養成機関、メルディエズを設立し、そこで育てた戦士たちを各国の最前線に送り込んで戦わせることを提案した。

 ベーゼのことを徹底的に調べて戦士たちを訓練し、その戦士たちを上手く使えばベーゼたちに勝てるかもしれないというラステクトの王族の考えを聞き、他国の王族たちは話し合いの結果、ラステクト王国に対ベーゼの戦士の養成を任せた。

 それからラステクト王国は同盟国が最前線でベーゼと戦っている間に養成機関メルディエズで対ベーゼ戦士を育てていき、五十人の戦士が訓練を終えると全て最前線に向かわせた。

 対ベーゼ戦士として訓練されているため、メルディエズの戦士たちは普通の兵士や魔導士、冒険者よりも役に立つだろうと各国の王族は思っていた。だが、実際に戦ってみると対ベーゼ戦士たちは他の兵士や魔導士よりも多少力がある位で主戦力とまでは言えない存在だったのだ。実際、最前線に送り込まれた五十人の戦士の内、三十五人が短い間に戦死してしまった。

 生き残った戦士たちは何とかベーゼを押し返そうと奮闘したが、どうすることもできずに次々と殺されて行き、とうとう残り五人となってしまう。対ベーゼ戦士も役に立たず、もうベーゼには勝てないと各国が諦めかけていた。

 ところが、各国の王族が諦めかけていた時、最前線で戦う五人の対ベーゼ戦士たちが不思議な力に目覚め、その力を使って次々とベーゼたちを倒していく。それを見た各国の軍はその勢いに乗って一気にベーゼを押し返していき、開戦から五ヶ月でベーゼたちをゾルノヴェラまで押し返した。

 ベーゼたちをゾルノヴェラまで押し返すと各国の軍はゾルノヴェラを包囲し、残りのベーゼの討伐と転移門を封印する作戦を開始した。先陣を切るのは勿論、不思議な力を開花させたメルディエズの戦士五人だ。

 作戦が開始されると、五人の戦士はベーゼたちを倒しながらゾルノヴェラの中心にある砦は向かう。そこで戦士たちはこちらの世界に来ていたベーゼの大帝と遭遇し、戦闘を開始した。五人の戦士は深手を負いながらも圧倒的力を持つベーゼ大帝と戦い、遂にベーゼ大帝に勝利したのだ。しかし、止めを刺す直前に何処かへ逃げられてしまい、五人の戦士は仕方なく残党のベーゼの討伐に掛かる。

 全てのベーゼが倒されるとガルゼム帝国の魔導士たちが開いている転移門を封印し、ベーゼがこちらの世界に来られないようにした。

 転移門を封印し、異世界にいるベーゼたちを倒したことで異世界の住人たちはベーゼとの戦争に勝利し、今回の戦争は“ベーゼ大戦”と記録に残された。そして、戦争を勝利へ導いた五人のメルディエズの戦士たちも“五聖英雄ごせいえいゆう”と呼ばれるようになったのだ。

 戦争が終わって各国に平和が戻ったと全ての人々は確信していた。ところが、終戦からしばらくして、各国の至る所に小さな転移門が出現し、そこから力の弱いベーゼやベーゼの瘴気が現れて近辺の村や近くを通りがかる者を襲ったり、近くに棲みついている獣やモンスターをベーゼに変えていったのだ。

 転移門の出現を聞かされた各国の王族は再びベーゼが攻め込んできたのかもしれないと感じ、各国に出現する転移門の封印と瘴気に侵されてベーゼとなった存在を討伐することを決定する。だが、その度に軍を動かしていては資金や兵士たちの士気などに影響が出てしまうかもしれない。そこで各国はメルディエズに転移門の封印とベーゼの討伐を任せることにした。

 終戦後、メルディエズはベーゼと戦うことが無くなったので、対ベーゼ戦士の養成機関から、兵士や魔導士になりたい未成年の少年少女たちを育てるための教育機関となり、名前もメルディエズ学園に改名していた。そんな時に各国から転移門の封印とベーゼの討伐を命じられたので、学園は生徒である少年少女たちに実戦経験を積ませることも兼ねてベーゼの討伐を引き受けることにしたのだ。

 それから三十年間、メルディエズ学園は転移門が開けばその場所に赴き、そこから出現する弱いベーゼを倒して転移門を封印していった。転移門の封印やベーゼの討伐を行い、依頼者から報酬の受け取る。そんな仕事を長いこと続けている内に、いつの間にか冒険者と同じような扱いをされるようになり、遂には転移門の封印やベーゼの討伐以外の依頼がメルディエズ学園に入るようになって来たのだ。

 最初はベーゼ関係の仕事以外を引き受けるつもりは無かったのだが、学園も資金を必要とするため、ベーゼ関係以外の仕事も進んで引き受けるようになった。その結果、メルディエズ学園は少年少女を教育しながら依頼を受ける未成年の傭兵組織のような存在になっており、今では各国から注目される大きな組織となっていたのだ。


 ガロデスはベーゼとの関わりとメルディエズ学園が誕生したきっかけを話し終えると口を静かに閉じる。ユーキも長かった説明が終わり、とりあえず深呼吸をした。


「……ベーゼとメルディエズ学園の説明は以上です」

「成る程、よく分かりました……」

「すみません、短めに説明するつもりだったのですが、分かりやすく説明しようとしたらここまで時間が掛かってしまいました」

「いえ、ベーゼとメルディエズ学園の歴史を知ることができたので大丈夫です」


 話が長かったおかげでベーゼやメルディエズ学園のことを詳しく知ることができたため、ユーキも文句を言うつもりは無い。しかし、長い時間説明をを聞いていたため、少しだけ疲れを感じていた。


「ベーゼとメルディエズ学園の説明は終わりましたが、説明の中で何か理解できなかった点はありませんでしたか?」

「……説明の中で冒険者という名前を何度か聞きましたが、それって何なんですか?」


 質問が無いか問われるとユーキは疑問に思っていることを尋ねた。分からないことがあればすぐに尋ねるべきだが、ガロデスが丁寧に説明している時にいきなり質問するとは失礼だと感じ、ユーキは何も訊かずに最後まで話を聞いていたのだ。


「冒険者とはモンスターの討伐や要人の護衛、薬草採取などの依頼を受ける者たちです。冒険者ギルドという組織に入ってくる依頼を受け、依頼を成功させればその依頼に見合った報酬を得ることができます」

「依頼を受けて報酬を得る……何だかメルディエズ学園と活動内容が似てますね?」

「……ええ、そのとおりです」


 ユーキの言葉を聞いたガロデスは複雑そうな表情を浮かべ、ガロデスの反応を見たユーキは不思議そうにまばたきをする。


「元々、依頼を受けて報酬を受け取るというのは冒険者ギルドが先に行っていたことでした。ですが、メルディエズ学園も次第にベーゼとは関係の無い依頼を受けるようになり、今では活動の方針がまったく同じになっているのです」

「方針が全く同じ……それじゃあ、メルディエズ学園と冒険者ギルドはライバル同士ってことですか?」

「ハイ、そのせいでメルディエズ学園と冒険者ギルドはとても不仲になり、今では依頼人の取り合いをするような関係になっているのです」


 ガロデスの様子が変わったのはメルディエズ学園と冒険者ギルドが不仲だからだと知り、ユーキは腕を組みながら納得した。

 どんな世界でも自分と相手の仕事内容が同じなら客の取り合いになり、お互い相手が邪魔に思えてくる。そうなれば当然不仲になり、仕事にも影響が出てしまう。商売敵がいる時点で自分には不都合なことしかない。


「まぁ、仕事内容が同じなら当然そうなりますよね……メルディエズ学園と冒険者ギルドに何か違いはあるんですか?」

「メルディエズ学園の生徒は全員が十四歳から十九歳までの未成年になっています。成人ではなく、兵士などを目指すために教育を受けている最中の少年少女であるため、依頼人たちからの信頼度が低く、冒険者よりも依頼の成功率が低いのです。その代わり、冒険者ギルドと比べて依頼するためのお金が安くなっています。逆に冒険者ギルドは成人が多く、実力者も揃っているので依頼の成功率が高くなっています。その代わり、メルディエズ学園よりも依頼するお金が高いんです」

「依頼料が安いメルディエズ学園を選ぶか、成功率の高い冒険者ギルドを選ぶか、どちらを選ぶかは依頼人次第という訳ですか」

「ええ、その違いがあるため、活動方針が同じでも片方が依頼人を独占することが無く、不仲ではあるが争いのような大事にはならずにいるのです」

「成る程……ところで、説明を聞いている時から思ってたんですが、ガロデスさんはメルディエズ学園と冒険者ギルドの関係に詳しいんですね?」


 ユーキはガロデスがメルディエズ学園や冒険者ギルドのことに詳しいことを不思議に思う。すると、ガロデスはユーキを見ながら不思議そうな表情を浮かべた。


「おや、気付いていなかったのですか? 実は私、メルディエズ学園の学園長を務めているんです」

「……ええっ!?」


 ガロデスの口から出た言葉にユーキは思わず声を上げる。一瞬理解できずにまばたきをしていたが、落ち着いて頭の中を整理し、ガロデスと出会ってからここまでの会話の内容などを思い出す。

 しばらく考え込んで後、ユーキは盗賊を倒した後のガロデスと御者の会話を思い出し、ハッと顔を上げてガロデスの顔を見つめた。


「そう言えば、御者さんがガロデスさんを学園長って呼んでましたけど……あれってメルディエズ学園の学園長って意味だったんですか?」

「アハハハ、ええ」


 驚くユーキを見てガロデスは笑いながら頷く。出会ってから一度もユーキが驚いたところを見たことが無かったので、初めてユーキの驚く顔を見て思わず笑ってしまった。

 笑うガロデスを見てユーキは目を逸らしながら自分の頬を指で掻く。ガロデスが学園長と呼ばれ、そのガロデスがメルディエズ学園のことを詳しく説明したのだから、ガロデスがメルディエズ学園の学園長だと気付くべきなのに気付けなかったため、恥ずかしくなってきたのだろう。

 目を逸らすユーキを見ながらガロデスはクスクスと笑い、笑い治まると軽く咳をして気持ちを切り替えた。


「それで、他に何か質問はありますか?」


 ガロデスが尋ねると、ユーキは視線を動かしてチラッとガロデスを見る。いつまでも恥ずかしがっているわけにもいかないので、とりあえず他に疑問に思っていることを訊くことにした。


「え~、それじゃあ……戦争を勝利に導いた五聖英雄についてですが、彼らは不思議な力を使っていたそうですが、その力って何なんですか?」


 ユーキは五聖英雄がベーゼたちを倒す時に使った力について尋ねる。ずっと苦戦を強いられていた対ベーゼ戦士たちが突然ベーゼを圧倒する程の力を得たと聞かされたので、ユーキもどんな力なのか興味があった。


「五聖英雄が使っていた力は“混沌術カオスペル”という能力です」

「カオスペル?」

「一部の人間や亜人が開花させることができる特別な力です。三十年前、五聖英雄はこの混沌術カオスペルを開花させ、その力を使ってベーゼたちを倒したのです」


 異世界の住人、それも一部の者しか得られない力だと聞いてユーキは更に興味が湧いたのか目を見開き、無意識に体を前に乗り出した。体を乗り出すユーキを見てガロデスは少し驚くような表情を浮かべる。


「その混沌術カオスペルってどんな能力なんですか?」

「そ、そうですね……混沌術カオスペルは三百人に一人が得られる能力と言われており、その力は能力の名前によって決まると言われています」

「能力の名前?」

「ハイ、混沌術カオスペルには様々な名前があり、能力を開花させるとその名前に連想した力を使えるようになるのです。例えば、混沌術カオスペルの名前が浮遊フローティングであれば、自分の体を宙に浮かせり、物を宙に浮かせることができるようになります」

「成る程……」

「因みに浮遊フローティングは五聖英雄の一人が使っていた混沌術カオスペルです。もっとも、その人は既に亡くなっていますが……」


 説明を聞きながら、ユーキは腕を組んでコクコクと小さく頷く。単純だが使い方によってはとても強力な力になると感じ、ユーキは混沌術カオスペルがこの世界では剣や魔法よりも強い力なのではと考えた。


「三十年前に混沌術カオスペルの存在を知ってから、各国は混沌術カオスペルのことを徹底的に調べました。そして、長い年月をかけ、混沌術カオスペルを人為的に開花させることができるようになったのです。ただし、先程もお話ししたように混沌術カオスペルを開花させられるのは三百人に一人です。ですから、人為的に開花させられるようになったとしても、全ての人が混沌術カオスペルを使えるようになるわけではありません」


 開花させられるのは混沌術カオスペルを使える素質を持つ者だけ、ガロデスの説明を聞いてユーキは納得したような反応を見せる。

 もし強大な力を持つ者が大勢生まれしまったら世界の秩序が壊れてしまうかもしれない。秩序を保つためにも強大な力を持つ者は少ない方がいいとユーキは思っていた。


混沌術カオスペルは使う者によって人を護る善の力にも、人を傷つける悪の力にもなります。使う者によって善か悪かが決まる区別されていない混沌とした力、故に混沌術カオスペルと名づけられたそうです。そして、混沌術カオスペルを開花させた者を“混沌士カオティッカー”と呼びます」

混沌士カオティッカーですか。因みに混沌士カオティッカーと普通の人間を見分ける方法とかはあるんですか?」

「ええ、混沌術カオスペルを開花させた者は右手の甲に混沌紋こんとんもんと呼ばれる紋章が浮かび上がります。それを見れば混沌士カオティッカーかどうかを見分けることができるのです」


 分かりやすい見分け方だと知ったユーキは意外そうな顔をする。しかし、手袋などをして手を隠してしまえば混沌士カオティッカーかどうか見分けることができないので、もし手袋をしている戦士や魔法使いと出会ったら混沌士カオティッカーかもしれないと考えた方がいいと思った。


「……混沌術カオスペルは一部の人間しか開花させられないと言っていましたが、ラステクト王国にはどれくらいの混沌士カオティッカーがいるんです?」

「私もそこまでは分かりません。ただ、大陸に存在する全ての国に混沌士カオティッカーがいるはずです。勿論、ラステクト王国の軍やメルディエズ学園にも存在しています」

「そうですか……」

「それに例え混沌術カオスペルを開花させる素質を持つ人がいても、人為的に開花させるにはメルディエズ学園や軍、冒険者ギルドに入って特別な処置を施す必要があります。ですから、大勢の混沌士カオティッカーを誕生させることは難しいのです」

「……人為的な処置をしなくても混沌術カオスペルが開花することはあるんですか?」

「勿論あります。ですが、その場合は大きな衝撃を受けたり、心を揺さぶるような出来事を経験するなど、何らかのきっかけを与える必要があります。ですが、どんなきっかけで開花するのかは未だに分かっていません。三十年前の戦いでは五聖英雄も何かをきっかけに開花させたそうですが、それも分かっていないのです」


 簡単に混沌士カオティッカーを増やすことはできないと知ったユーキはこれも下手に強者を増やして世界の秩序を壊れないようにするための仕組みなのかもしれないと感じた。

 混沌術カオスペルについてある程度理解したユーキはゆっくりと椅子にもたれ、ガロデスはユーキの姿を見て、もう質問は無いのだろうと感じた。


「ユーキ君、もうすぐバウダリーの町に到着しますが、町に着いたら君はどうするつもりですか?」


 質問が終わると、ユーキに町に到着したら何をするのか尋ねる。家族もおらず、始めてくる大都市で幼いユーキが今後どうするのかガロデスは気になっていた。

 ユーキはガロデスの質問にすぐに答えず、腕を組みながら考える。今まで町を目指すことだけを考えていたため、町に到着した後のことは全然決めていなかった。


「そうですね……とりあえず休める場所を確保します。あと、これから生きていくための資金も手に入れないといけませんので、冒険者にでもなろうと思っています」


 異世界で生きていくための金を稼ぐため、ユーキは冒険者になろうかと考える。メルディエズ学園の学園長であるガロデスの前で冒険者になろうと語るのはある意味で失礼なことだが、現状では冒険者になるのが一番だとユーキは思っていた。

 冒険者になるのなら活動方針が似ているメルディエズ学園に入学するべきだと思われるが、教育機関であるメルディエズ学園に入学するとなると学費などが掛かってしまう可能性があるため、ほぼ無一文の状態であるユーキには入学するのは無理だった。かと言って軍に入るにはユーキは幼すぎる。となると、冒険者ギルドに入るしか選択が無かった。

 ガロデスはユーキの考えていることを察したのか、冒険者になると言っても嫌な顔はせず、文句なども言わなかった。しかし、命の恩人であり、幼くして優れた剣の腕を持つユーキを不仲な冒険者ギルドに行かせてしまうことに抵抗があるのも事実だ。


「……ユーキ君、もしよければ、我が学園に来ませんか?」

「え? メルディエズ学園にですか?」


 ユーキはガロデスの口から出た予想外の言葉に驚いて目を丸くする。ガロデスは真剣な表情を浮かべながらユーキを見て頷く。


「でも、教育機関であるメルディエズ学園に入るとなると、学費とか必要になるんじゃないんですか?」

「確かに、多少はお金が必要になってきます。ですが、入学して依頼を受け、その報酬から学費を支払うことも可能ですので問題ありません。もし払うのが難しいのであれば、私が代わりに払います」

「ええっ! 流石にそこまでしてもらわなくても……それに学園長である人がそんなことをして大丈夫なんですか?」


 自分のせいでガロデスの立場が悪くなってしまうのではとユーキは心配する。するとガロデスは何の問題も無いと思っているのか笑みを浮かべた。


「それなら心配ありません。学費を代わりに支払ったくらいで立場が危うくなることはありませんから。それに命の恩人である君のためにお金を払うのであれば、学園の教師たちも納得するでしょう」

「は、はあ……」


 ガロデスの余裕を見てユーキは呆然とする。学園長なのでそれなりの権力を持っていることは分かっていたが、予想していたよりもガロデスの力は強いのではないかとユーキは思った。


「それに冒険者ギルドは十四歳以上の人しか登録することはできません。ですから十歳のユーキ君では冒険者にはなれないのです」

「ええっ、そうなんですか?」


 冒険者になることができないと聞かされたユーキは更に驚く。考えてみれば、モンスターと戦うことがある危険な職業に十歳の児童が就けるはずがないし、周りの人がそれを許すはずがない。最初からユーキが冒険者になれる可能性は無かったのだ。

 当てにしていた職業に就くことができないと知り、ユーキは溜め息をつく。そんなユーキを見てガロデスは肩にそっと手を置いた。


「我が学園も同じで十四歳以上の未成年した入学できないという規則がありますが、そこは私が他の教師たちを説得して何とかします。ですから、我が学園に来ませんか? 君なら学園でも十分やっていけるはずです」


 どうしてもユーキを自分の学園に入学させたガロデスは声に少しだけ力を入れながらユーキを説得し、ユーキは顔を上げてガロデスの顔を見る。

 自分の才能を生かす仕事に就けず、どうすればいいか悩んでいる時にガロデスがメルディエズ学園に来ないかと誘ってくれている。それはユーキにとってまさにチャンスだった。


「……それじゃあ、お言葉に甘えて、入学させていただきます」


 ガロデスを見ながらユーキはメルディエズ学園に入学することを決める。冒険者になれないと分かった以上、今のユーキが生きていくにはガロデスにすがるしか選択肢はなかった。

 ユーキが入学を決意してくれたことにガロデスは笑みを浮かべる。恩人であるユーキを助けることができ、優秀な児童剣士を学園に誘うことができたのでガロデスは喜んでいた。

 笑うガロデスを見てユーキは入学を決意してよかったのかもしれないと感じる。しかし、ユーキには一つ気になることがあった。


「ところで、メルディエズ学園に入学する際、何か試験のようなものはあるんですか?」


 転生する前の世界では高校などに転入する際、編入試験を受けることがあるため、ユーキは転生した世界でもそう言ったことをするのかと疑問に思っていた。


「ええ、メルディエズ学園の生徒として相応しいかを確かめるための簡単な試験が行われ、その試験に合格した人が正式に入学することができるのです。ユーキ君にもその試験を受けてもらうことになると思います」

「その生徒に相応しいかを確かめる試験をですか?」

「ハイ、入学資格を与えたり、学費を肩代わりすることは私にもできますが、流石に試験を受けずに入学させることはできません。他の教師たちも納得しないでしょうし、試験を受けずに入学させるのは問題行為ですからね」

「確かに、裏口入学みたいなことをしていると知られれば、学園の名前にも傷が付くでしょうしね……」


 どの世界でも同じだなと思いながらユーキは苦笑いを浮かべる。ユーキ自身もガロデスの力に頼り切るつもりは無いので、試験を受ける必要があるのなら受けてやろうと思っていた。


「因みに試験の内容は?」

「知力を確かめる学科試験と戦闘能力を確かめる実技試験の二種類となっています」

「……まいったなぁ、実技試験ならともかく、学科試験の方は……」


 転生したユーキは異世界の歴史や常識というものを全くと言っていいほど分かっていない。そんな状態で学科試験を受けても合格点を取れる自信は無かった。

 もし学科試験と実技試験の両方の点数から合格かどうかを判断するのであれば、ユーキが不合格になる可能性もある。ユーキは流石に焦りを感じ始めた。


「大丈夫ですよ。学科試験の点数が低くても、実技試験で高い点数を取れば問題ありません」

「そ、そうですか?」


 学科試験が赤点でも実技試験で頑張れば合格することは十分可能だと知ってユーキは安心する。しかし、学科試験の点数があまりにも酷すぎたら不合格になってしまう可能性があるため、学科試験も頑張らないといけないと考えた。

 馬車に揺られながらユーキはガロデスから試験の内容や試験範囲などを聞く。すると、御者が御者席側にある小窓から馬車の中を覗き込みながら声を掛けてきた。


「バウダリーの町が見えてきました!」


 目的地が目視できるようになったと聞いたユーキは反応し、馬車の小窓を開けて外を確認する。そして、遠くに高い城壁に囲まれた大きな町があるのを見た。


「あれが、バウダリーの町……」

「ええ、そして町の西側にある林の中にあるのが、メルディエズ学園です」


 ユーキと一緒に小窓から外を覗いているガロデスがバウダリーの町の西側を見ながら語り、ユーキもガロデスが見ている方を見た。

 バウダリーの町の西側には大きめの林があり、その中に大きな建物がある。屋根は赤茶色で城と屋敷が一つになったよな外見をしており、その建物の周りには他にも似たような作りの建物が幾つもあった。


「あれが、メルディエズ学園……」


 自分が入学することになるであろう学園を見つめながらユーキは呟く。ユーキがメルディエズ学園を見つめる中、彼を乗せ馬車は道の真ん中を走りながらバウダリーの町へと向かった。


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