第三十六話 作戦前夜
空が薄っすらと暗くなった頃、ユーキたちはエブゲニ砦に辿り着いた。正確にはエブゲニ砦を確認することができる少し離れた場所だ。
当初の予想どおり暗くなった頃に目的地に到着し、砦に攻撃を仕掛けるのは危険な状態となっている。そのため、ユーキたちは予定どおり夜明けに攻撃を仕掛けるために砦から少し距離を取った安全な場所にテントを張って一夜を過ごすことにした。
テントは周りを木々に囲まれた大きめの広場の中に幾つも張られ、生徒たちは広場の周囲の見張りや夕食の準備などをしている。広場はエブゲニ砦の南側の少し離れた所にあり、周囲を見回せる小さな高台もあった。そこに上がった生徒たちは遠くにある砦を見張っている。
暗い中でも作業ができるよう広場には複数の篝火が設置されており、生徒たちはその明かりを頼りに行動していた。広場はエブゲニ砦からある程度離れているため、篝火の明かりがベーゼたちに気付かれる心配も無く、生徒たちは安心している。しかし、モンスターや盗賊などが近づいて来る可能性はゼロではないため、見張りをしている生徒たちは油断せずに警戒していた。
一つのテントの中ではカムネスがロギュンとトムズの二人とエブゲニ砦を攻略する作戦について話している。メルディエズ学園から此処までの道中でも作戦について色々話し合っていたため、問題無く話を進めることができた。
「今夜はこの広場で一夜を過ごし、夜が明けたら砦に攻撃を仕掛ける。それまでは砦に近づかず、戦いの準備をするよう自分の部隊の生徒たちに伝えてくれ」
「分かりました」
カムネスの指示を聞いたロギュンは小さく頷きながら返事をし、トムズもカムネスを見ながら「了解」と言いたそうに笑う。
ベーゼの転移門を封印するためにもカムネスは万全な状態で作戦を実行したいと思っている。成功率を上げるため、生徒たちには作戦前に怪我や問題を起こないよう大人しくしてもらいたいと思っていた。
「夕食が済んだら、各隊にスローネ先生の開発したマジックアイテムを配り、就寝時間まで明日の戦いの準備をする。眠っている間にモンスターや盗賊に襲撃される可能性もあるので三つの隊で交代しながら夜襲の警戒をする。それもしっかり生徒たちに伝えてくれ」
「モンスターはともかく、盗賊に襲われる可能性は低いんじゃないか? エブゲニ砦にベーゼが棲みつくようになってからはこの辺りには誰も近づかないようにしてるんだろう?」
「確かに情報を知っている帝国民や旅人は近づかないようにしている。だが、盗賊のような連中は町や村に近づけないため、そう言った情報を得るのが難しい。何も知らずに砦に近づく者もいるはずだ」
「だから、何も知らずに砦に近づいた盗賊と遭遇し、襲撃されるかもしれないから警戒しておくってことか」
カムネスの説明を聞いたトムズは納得しながら腕を組んだ。
近くに町や村が無い場所で野宿をすればモンスターや盗賊に遭遇する可能性は高い。ベーゼと戦う前にモンスターや盗賊に襲われて負傷したり、武器や道具を奪われてしまったらベーゼの転移門を封印することは愚か、ベーゼとまともに戦うこともできなくなってしまう。
モンスターや盗賊に襲撃されたなどという理由で依頼を失敗したくないカムネスはあらゆる可能性を計算して作戦や段取りを決めていた。
「次に砦に移動する時間だが、明るくなる直前に広場を出発する。夜が明けた直後に攻撃を仕掛けるのなら日が昇る前に砦に近づく必要があるからな。暗いうちに砦に接近し、明るくなった直後に攻撃を仕掛ける」
「どうしてわざわざ暗いうちに砦に向かう必要があるんだ? 暗い時に移動するよりも明るくなってから移動した方が安全だと思うが?」
「それでは意味がありません」
トムズがカムネスの作戦に疑問を抱いているとロギュンが会話に参加してきた。トムズはロギュンの方を向くと不思議そうに小首を傾げる。
「明るくなってから移動しては砦に近づいていることがベーゼにバレてしまいます。ベーゼたちに気付かれずに接近し、奇襲を仕掛けるのなら暗いうちに砦に近づいた方がいいんです」
「そのとおりだ。ベーゼは我々人間と比べて力は若干強いかもしれないが、夜目が利くわけではない。暗闇の中で敵を見つけ難いという点は我々はと同じだ」
「しかもベーゼは私たちと比べるて知能が低く、暗い中で何かが動いたのを見つけて、ハッキリと確認するまではそれが敵だとは考えないでしょう。それなら敵が護りを固めることは無く、こちらも慌てずに攻撃の準備を行えるという訳です」
カムネスとロギュンの説明を聞いたトムズは「ほほぉ」と言う顔をする。敵の情報をしっかりと把握した上で自分たちが有利になるようなに作戦を練る二人を見て、流石は頭の良い生徒会長と副会長だと感心した。
「夜が明ける前に僕らは自分たちが攻撃を担当する入口近くに移動し、夜が明けたら入口に攻撃を仕掛ける。攻撃するタイミングは各自で判断してくれ」
エブゲニ砦を効率よく攻略するための作戦を考えながらカムネスはロギュンとトムズに説明し、二人はそれを黙って聞きながら忘れないように頭の中に叩き込む。その後、作戦の説明と確認が終わり、カムネスたちは作戦などを説明するために生徒たちを集めた。
集まった生徒たちはカムネスから夜襲の警戒と見張りをする順番、エブゲニ砦に向かう時間と攻撃を仕掛けるタイミングなどを聞かされる。明日の夜明けと共に攻撃を仕掛けると聞かされた生徒たちは緊張したのか表情を鋭くした。その中にはユーキとアイカもおり、黙って話を聞いている。
明日の作戦では今までとは違い、多くのベーゼと遭遇するとユーキは確信しており、腰の月下を握りながら気を引き締める。アイカも若干緊張したような顔をしているが、その目には闘志が宿っており、絶対に負けないと心の中で誓った。
その後、夜襲の警戒と交代するまでの時間が説明され、全ての説明が終わるとカムネスは生徒たちを解散させた。
「さてと、夕飯までまだちょっと時間があるし、高台の上から砦の様子でも見てみるか」
カムネスの説明を聞き終えたユーキはベーゼの棲み処と化しているエブゲニ砦がどんな状態になっているか確かめるために砦を確認できる高台へ向かう。
高台には坂道があり、ユーキは一番上を目指すために坂を上っていく。その後ろにはグラトンがおり、ゆっくりとユーキの後をついて行った。
一番上まで来るとそこには先客と思われる男子生徒と女子生徒の姿があった。二人はユーキとは違う部隊らしく、上がってきたユーキとグラトンを見て目を丸くして驚く。ユーキは自分を見る二人に挨拶をすると、男子生徒と女子生徒は苦笑いを浮かべながらそそくさと高台から下りていった。残されたユーキは去って行く二人を見ながらまばたきをする。
「……やっぱりまだグラトンを警戒してるみたいだな」
未だにグラトンは警戒されていることを残念に思いながらユーキはポーチから望遠鏡を取り出してエブゲニ砦を確認する。グラトン自身は警戒されていることを気にしていないのかユーキの後ろで座り込み、自分の腹を搔いていた。
望遠鏡を覗くとエブゲニ砦とその上空を何かが飛び回っているのが見えた。ユーキは飛び回っているのは間違い無くベーゼだと考えて目を鋭くする。
「よく見えないけど、飛んでるのはルフリフだろうな。数はざっと見てもニ十体はいる……空中にいる敵がニ十体近くってことは、地上のベーゼはそれ以上いる可能性が高い。会長の予想どおり、敵は三十体を超えてるな」
望遠鏡を下ろしたユーキは面倒そうな顔をしながら遠くのエブゲニ砦を見つめる。既にベーゼの転移門が開いてから数日が経過しており、大量のベーゼがこちらの世界に転移していることは予想していたが、実際に増えているベーゼを目にするとユーキも衝撃を受けてしまう。
ユーキはもう一度望遠鏡を覗いてベーゼの様子を確認する。空中だけでなく、砦の見張り台や城壁の上にも大勢のベーゼがおり、何体かは城壁の上の通路を移動している。
地上にいるベーゼの内、数体は姿を確認することができたが、既に周囲は暗くなりかかっているため、全てのベーゼの姿を確かめることはできなかった。
「普通に見てもハッキリと確認できないな……なら、混沌術を使って視力を強化してみるか。それなら多少は見やすくなるはずだし……」
強化の力で夜目が利くようにし、もう一度エブゲニ砦を確認してみることにしたユーキは混沌術を発動しようとする。そんな時、高台の近くを数人の生徒が走って通過するのに気付き、ユーキは望遠鏡を覗くのを止めて振り返った。
「……? 何だ?」
生徒たちが走っていく方角を確認すると広場の中央に十数人の生徒が集まっているのが見え、ユーキは目を細くしながら生徒たちが集まっている場所を見つめる。
「何か起きたのか?」
エブゲニ砦を攻撃する直前に問題が発生したのではと感じたユーキは坂道を下って高台から下り、何故生徒たちが集まっているのか確認に向かう。確認するだけなら強化の力で視力を強化すればいいのだが、混沌術を使わなくても確認できる状態なら使わずに確認しようとユーキは思っていた。
ユーキが高台から下りるのを見たグラトンはその場でジャンプし、一気に高台から下りる。そして、走っていくユーキの後を追ってグラトン自身も走り出した。
集まっている生徒たちの下にやって来たユーキは周囲を見回して何が起きているのか確かめる。ユーキの近くにいる生徒たちは皆、深刻そうな顔をしながら同じ方角を見ており、それを見たユーキは楽しいことが起きているわけではないと確信した。
ユーキは集まっている生徒たちの間を通って奥へ進んでいく。一番前に出て前を見ると、そこには二人の男子生徒と向かい合っているフィランの姿があった。
フィランは無表情のまま男子生徒たちを見上げており、男子生徒たちは若干目を鋭くしながらフィランを睨んでいる。周りにいる生徒たちは不安そうな顔でフィランと男子生徒たちを見ていた。ユーキもフィランたちを見ており、そこにグラトンも遅れてやって来る。
「……いったい何があったんだ?」
「ユーキ!」
ユーキが小首を傾げながらフィランたちを見ていると左の方からアイカが近づいてくる。アイカに気付いたユーキは視線をフィランたちからアイカに向けた。
「アイカ、何かあったのか?」
「……実はフィランと同じ部隊の男子がフィランの態度が気に入らないって揉めてるみたいなの」
「は? どういうことだよ」
上手く理解できないユーキは目を細くしながら尋ね、アイカはフィランと男子生徒たちの方を向いて説明する。
「フィランは他の生徒と一緒に依頼を受ける時、必要な時以外は自分以外の生徒と触れ合ったりしないでしょう? 今回もフィランは同じ部隊の生徒たちと殆ど喋ってないみたいなの。それだと戦闘中に問題が生じるってフィランと同じ部隊の生徒たちがフィランとコミュニケーションを取ろうとしたらしいんだけど、フィランはそれを拒否したみたいなの」
「……その時のフィランの態度が癇に障り、フィランと向かい合っている男子たちが文句を言ってる、というわけか」
「ええ」
状況を理解したユーキは困ったような顔をしながら腕を組み、男子生徒と向かい合うフィランを見た。
共に依頼を受ける仲間を拒み続ければ何時かは口論や喧嘩が起きるとユーキは確信しており、それが現実となったことにユーキは心の中で呆れていた。しかもフィランの表情や声には感情が無いため、それが更に相手を不愉快な気分にしてしまったのではとユーキや想像する。
ユーキたちは見守る中、二人の男子生徒はフィランを睨み続けており、フィランは無表情のまま男子生徒たちを見ていた。
「……何度も言うけど、私は貴方たちと触れ合う気は無い。だから貴方たちと不必要な会話をする気も無い」
「そういう言い方が気に入らないって言ってるんだよ! 俺たちを邪魔に思っているような言い方が!」
「俺らは一緒に依頼を受ける仲間として声を掛けたってのに、何でそんな見下したような態度を取るんだ!」
フィランの感情の籠っていない言葉が小馬鹿にしているような言い方に聞こえたのか男子生徒たちは力の入った声を出す。怒鳴る男子生徒たちを目にするフィランは相変わらず無表情のままだった。
「……別に貴方たちを見下したりしていない。ただ、会話や接触することに意味が無いと感じているだけ」
「だからその言い方が俺たちを弱く見てるようで気に入らないって言ってるんだ!」
「神刀剣に選ばれただけのチビが調子に乗りやがって!」
男子生徒たちはフィランに悪気が無いことが理解できないため、フィランの発言で更に頭に血が昇った奥歯を噛みしめたり、拳を強く握ったりする。
興奮する男子生徒たちを見て、見守っていた生徒たちはそろそろ限界なのではとざわつきだす。その中でユーキとアイカは慌てることなくフィランを見つめている。
「ユーキ、このまま放っておいたらフィランは更に二人を怒らせてしまうような気がするんだけど……」
「ああ、フィランにその気は無くても、向こうは挑発してるって受け止めるだろうね」
「……私、あの二人を止めるつもりだけど、貴方はどうする?」
アイカがユーキに顔を近づけて尋ねると、ユーキはしばらく黙り込んでから腕を組むのを止めて軽く息を吐く。
「しょうがない、助けてあげよう。せめてフィランに悪気が無いってことをあの二人に伝えないとな」
ユーキはそう言うとフィランたちの方に歩き出す。アイカもユーキの後をついて行き、フィランの下へ向かい、グラトンもそれに続いた。
男子生徒たちがフィランを睨んでいるところにユーキがアイカとグラトンと共にやって来る。二人の存在に気付いたフィランと男子生徒たちはユーキたちの方を向いた。周りの生徒たちもフィランたちに近づいたユーキとアイカ、そしてグラトンに注目する。
「何だよ、お前たちは?」
「なぁ、アンタたち。もうそれぐらいにしてあげてくれないか? フィランはアンタたちは馬鹿にしてるわけじゃないんだ」
「何だと?」
男子生徒の一人はユーキからフィランの本心を聞くと思わず訊き返す。もう一人の男子生徒はユーキの言っていることが信じられないような顔をしていた。
「フィランは感情を表に出すのが苦手なんだ。だから会話する時も相手を誤解させるような話し方をしてしまうんだよ」
「……私は苦手としては……」
フィランがユーキの発言を否定しようとした時、アイカがフィランの顔の前に手を持ってきて黙っているよう目で伝える。フィランはアイカの顔を見ると表情を変えずに口を閉じ、ユーキに視線を向ける。
「だから、別にアンタたちを見下していっているわけじゃないんだ。だから許してあげてくれ」
「フン、どうだろうな。こういった奴ほど口には出さず、心の中で相手を見下してるんだよ」
男子生徒はユーキの言ったことを信じようとはせず、フィランが本心では自分たちを馬鹿にしていると語り、もう一人も「同感だ」と言いたそうに頷く。
フィランに悪気が無いことを伝えても信じず、自分たちの考えが正しいと言うように語る男子生徒たちを見てユーキは軽く溜め息を付く。この手の相手を納得させるのは難しいとユーキは心の中で面倒に思っていた。
「これは俺たちとこのチビの問題なんだ。関係無い奴は引っ込んでろ」
「やめてください。私たちにはベーゼの門を封印する重要な仕事があるのですよ? その前に仲間同士で揉めるなんて……」
「仲間だと思ってないのはこのチビだろうが! それに俺たちもこんなコミュニケーションも取れない人形みたいな奴を仲間とは思ってない」
「ッ! 人形?」
男子生徒の言葉にアイカは反応して目を僅かに鋭くする。ユーキもフィランを睨んでいる男子生徒たちを見て同じように目を鋭くしていた。
最初は自分たちが馬鹿にされていると思い込んでいる男子生徒たちの誤解を解こうと思っていたが、今は誤解を解く気は無くなり、フィランを物扱いする男子生徒たちに対して苛立ちだけを感じていた。
アイカはフィランを人形扱いする男子生徒に文句を言ってやろうと前に出る。だが、アイカが喋るよりも先にユーキが口を開いた。
「幼稚だな、アンタたち」
「何?」
ユーキの言葉を聞いた男子生徒たちは鋭い目でユーキを睨む。ユーキはそんな男子生徒たちに怯むことなく睨み返す。
「相手の本心も知らずに一方的に馬鹿にされていると思い込み、相手を悪者扱いした挙句に人形扱いするなんて、幼稚な子供みたいだ」
「何だと!? もう一度言ってみろ!」
「相手が何を思っているのかも知らないのに勝手なことばかり言う奴は子供だって言ったんだ」
再び挑発するユーキに男子生徒の一人は我慢できなくなったのか、ユーキに掴みかかろうと腕を伸ばす。だがユーキは素早く姿勢を低くして男子生徒の懐に入り込み、右足で男子生徒の足を払う。足を払われた男子生徒はバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
男子生徒は倒れた時の痛みで表情を歪ませており、もう一人の男子生徒は倒れた仲間を見て目を見開く。ユーキは倒れる男子生徒を哀れむような目で見ており、アイカは素早く動くユーキを見ながら心の中で流石、と感心する。フィランは表情を変えることなくユーキの身のこなしを見ていた。
「コ、コイツゥ!」
ユーキたちが倒れる男子生徒を見ていると、我に返ったもう一人の男子生徒がユーキの背後から両手を伸ばして捕まえようとする。
男子生徒の行動に気付いたユーキは男子生徒に背を向けたまま右へ移動して男子生徒の両手をかわす。
腕をかわしたユーキは素早く男子生徒の右手首を掴んで背後に回り、軽く捻りながら右腕を男子生徒の背中に回して動きを封じた。
「ああっ! イテテテッ!」
「おいおい、子供じゃないなら手は出さずに言葉で勝負しなよ」
ユーキは男子生徒の右手首を掴みながら冷静に喋り、その様子を見ていた周りの生徒たちは意外そうな顔をする。体の小さなユーキが男子生徒をアッサリと黙らせたことに驚いたようだ。
「そこまでです」
突如声が聞こえ、ユーキたちは一斉の声が聞こえた方を向く。そこには真剣な表情を浮かべているロギュンと彼女に付き添うように立っているカムネスとトムズの姿があった。カムネスたちも集まっている生徒たちを見て、何か問題が起きたのではと様子を見に来たのだ。
カムネスたちの姿を見たユーキは掴んでいる手首を放して男子生徒を解放し、アイカとフィランもカムネスたちを見ている。男子生徒たちは自分たちに都合の悪い状況だと感じているのか、驚きの表情を浮かべていた。
ロギュンは黙ってユーキたちに近づき、ユーキをチラッと見た後に二人の男子生徒を見て静かに口を開いた。
「話は集まっている生徒たちから聞きました。フィランさんの態度が気に入らなくて口論になったそうですね?」
「え、えっと、それは……」
副会長であるロギュンの迫力に押された男子生徒はハッキリとは答えず、目を逸らしながら小さく俯く。倒れていたもう一人の男子生徒も立ち上がり、気まずそうな顔で目を逸らしていた。
「明日には転移門を封印するという重要な仕事があるのですよ? それなのに生徒同士、それも同じ部隊の仲間と揉めるなんて何を考えているんですか」
「で、ですが、副会長。アイツは俺たちに対して失礼な態度を取ったんですよ? まるで俺たちを弱く見ているような顔や喋り方をして、だから俺たちは……」
「フィランさんは決して貴方たちを見下しているわけではありません。彼女は普段から誰と接する時もあのようにしているんです。貴方たちにだけそんな態度を取っているわけではありません」
ユーキと同じことを言うロギュンを見て、男子生徒たちは俯いたまま黙り込む。児童であるユーキが言った時は信じられなかったが、副会長であるロギュンが言うのなら嘘ではないと感じ、男子生徒たちは何も言い返すことができなかった。
黙る男子生徒たちを見た後、ロギュンは軽く溜め息を付き、後ろにいるトムズの方を向いた。
「トムズさん、彼らは貴方の部隊の生徒です。問題を起こさないよう、しっかり言い聞かせてもらわないと困ります。あと、フィランさんが感情を表に出さないと言うことも生徒たちに伝えておいてください。そうじゃないとまた今回と同じことが起きてしまいますよ?」
「ああ、分かったよ。後でちゃんと言っておく」
トムズは目を閉じながら手を軽く振り、それを見たロギュンは「本当に分かっているのか」と思いながらトムズを見つめる。それからロギュンは男子生徒たちに注意し、終わると男子生徒たちを解放した。
男子生徒たちは若干暗い顔をしながら去って行き、周りにいた生徒たちも問題が解決すると散り散りになる。ユーキとアイカ、フィランは黙って離れていく生徒たちを見ていた。
すると、男子生徒たちを注意していたロギュンが今度はユーキとアイカの前にやって来る。今度は自分が説教されるのかと思いながら二人は近づいてきたロギュンを見上げた。
「ユーキさん、アイカさん、フィランさんたちの口論を止めてくれてありがとうございます。ですが、こういった問題の場合は最初に私や会長、もしくは生徒会の生徒に声を掛けてください。普通の生徒が止めに入ると先程のように状況が悪くなってしまう可能性がありますから」
「分かりました、以後気を付けます」
「すみません」
ユーキとアイカの返事を聞いたロギュンは小さく頷き、今度は黙っているフィランに視線を向けた。
「フィランさん、貴女も自分が何を考えているのかちゃんと仲間の生徒たちに伝えておかなくてはいけませんよ? でないと先程の二人のように勘違いした生徒と口論になってしまいます」
「……話す必要は無い。私は周りからどんな風に見られても気にならないし、口論になっても相手が納得するように説明するから」
フィランは冷たい声でそう言うと歩き出してユーキたちから離れていく。ロギュンは話がまだ終わってないのに去ろうとするフィランを呼び止めようとするが、カムネスがロギュンの肩に手を置いて止めた。
「会長?」
「何を言っても無駄だ。ドールスト自身が自分を変えようと思わない限り、何を言っても彼女の心には響かない。ドールストの心に変化が出るまでは放っておいた方がいい」
「……会長がそう仰るのなら」
カムネスとロギュンは離れていくフィランを見つめる。仲間と口論になっても何も感じず、一人でいることを選ぶフィランが変わる機会があるのか、ロギュンはそう思いながらフィランの背中を見ていた。
「んじゃ、俺も行くわ。部隊の連中にドールストのことを説明しないといけないからな」
ユーキたちがフィランに注目する中、トムズはニッと笑いながら去って行き、ユーキの近くで座っているグラトンは大きく口を開けて欠伸をする。ロギュンはフィランのことをあまり気にしていない様子のトムズとグラトンを見て、若干不快な気分になった。
「それじゃあ、俺も行きます。夕食まで周囲の見張りや道具の整理とかしようと思ってるんで……」
「私も夕食作りの手伝いをしようと思ってますので、これで失礼します」
問題が解決したのでユーキとアイカもカムネスとロギュンに挨拶をして歩き出す。グラトンも歩き出すユーキとアイカの後に続いて歩き出した。
「……ルナパレス、ちょっと待て」
歩き出した直後、突然カムネスに呼び止められたユーキは足を止めてカムネスの方を向く。アイカとグラトンもユーキにつられるように立ち止まった。
「何ですか、会長?」
「さっき言ってた見張りや道具の整理というのは誰かにやるよう指示されたことなのか?」
「いいえ、そういうわけではありませんけど」
「つまり、君はこの後、大切な用事や仕事があるわけではないのだな?」
「……? ええ、まぁ」
カムネスが何を言いたいのか分からず、ユーキは小首を傾げながら答える。アイカとロギュンも不思議に思いながらカムネスを見ていた。
「もし時間があるなら、僕と手合わせしないか?」
「え? 会長と?」
突然カムネスから手合わせを申し込まれたユーキは意外に思い、アイカとロギュンも軽く目を見開く。
手合わせをする理由が分からないユーキは呆然としながらカムネスを見つめる。すると、カムネスはユーキの前にやって来てジッとユーキの顔を見つめた。
「君が学園に入学してきた時から僕は君がどれ程の実力を持っているのか少々興味があった。君がモルキンの町の依頼を終えて戻った後、パーシュとフレードから君が中位ベーゼを倒せるほどの実力を持っていると聞かされた時、少なくとも下級生以上の実力を持っていると感じ、どれ程の腕なのか直接確かめてみたいと思っていたんだ」
「だから、手合わせをしてみないかと?」
「パーシュとフレードが高く評価するほどだ。並の中級生よりも強いと僕は思っている」
「いや、俺は会長が思っているほどの実力は……」
カムネスの評価を聞かされたユーキは頬を指で掻きながら謙遜する。カムネスは高く評価されても決して調子に乗らず、嬉しそうな顔もしないユーキを見て精神も予想していたよりしっかりしているとカムネスは感じた。
「強要する気は無い。君にその気が無ければ断っても構わない」
拒否権があることを聞かされたユーキは俯きながら考え込む。普通ならベーゼの転移門を封印する日の前日に体力の使うべきではないが、手合わせするくらいなら依頼に支障を出ないだろうとユーキは感じていた。
同時にユーキは生徒会長であり、神刀剣に選ばれたカムネスがどれ程の実力を持っているのか気にはなっていたため、カムネスと手合わせできるチャンスがあれば勝負したいと思っていた。
しばらく考えたユーキは顔を上げ、真剣な表情を浮かべながらカムネスを見上げる。
「……分かりました。お願いします」
ユーキの答えを聞いたカムネスは小さく笑う。まるで自分が予想していたとおりの結果になって喜んでいるように見える。
一方でアイカとロギュンはユーキがカムネスと手合わせすると知って驚きの表情を浮かべている。メルディエズ学園で注目されている児童剣士のユーキと生徒会長であるカムネスが勝負するなど、色々な意味でとんでもないことだからだ。
「ユ、ユーキ、大丈夫なの?」
アイカは姿勢を低くしてユーキに小声で話しかける。ユーキはアイカの方を見ると不思議そうな表情を浮かべた。
「大丈夫って、何が?」
「会長は学園の生徒の中でも最高の実力を持っていると言われているわ。噂だけど、以前フレード先輩と勝負をして先輩に圧勝したことがあるみたいよ」
「えっ、フレード先輩に勝ったことがあるのか?」
カムネスがフレードよりも実力が上だと知ってユーキは意外に思う。フレードが優れた戦闘能力をを持っていることはユーキも知っている。そのフレードに圧勝するほどの力を持っていると知れば、驚くのは当然だった。
「それだけ強い会長に勝つ自信はあるの?」
「……さあな、何とも言えない」
勝てるかどうかハッキリ答えないユーキにアイカは不安そうな顔をする。ユーキはメルディエズ学園でも優れた実力を持っているとアイカは思っているが、カムネスが相手では流石のユーキも勝つのは難しいのではと思っていた。
「勝てるかどうかは分からない。だけど、手は抜かないつもりだ。手を抜いて戦うのは相手に対して失礼だからな」
「それって、お爺さんからの教えなの?」
「まあね」
アイカを見ながらユーキは微笑み、アイカはユーキの顔を見ながら「大丈夫だろうか」と思いながら複雑そうな顔をする。




