第三十話 襲い掛かる黒い凶剣
正門の近くで戦っていたアイカとパーシュは周りにいるベーゼを一通り片付け、他にベーゼがいないか見回していた。そんな時、離れた所でユーキと共にベーゼと戦うヒポラングを見つけ、次々とベーゼを倒していく姿を目にして驚く。
「凄いですね、下級モンスターのヒポラングがベーゼをあんなに簡単に倒すなんて……」
「まぁ、アイツは普通のヒポラングと違って中級モンスターと同等の強さを持ってるからね。下位ベーゼなら簡単に倒せても不思議じゃないよ」
パーシュは遠くでユーキと共にベーゼと戦うヒポラングを頼もしく思っているのか小さく笑い、アイカはパーシュの隣でまばたきをしながらヒポラングを見ている。
モンスターがベーゼと戦うことは珍しいことではない。自分たちの縄張りに踏み込んだり、危害を加えてきたら獣のように本能に従って敵を攻撃する。そして、モンスターとベーゼ以外に人間などの第三の種族がいる場合はその第三の種族も敵だと考え、高い確率で襲い掛かるのだ。
しかし、ヒポラングは町の中でベーゼと人間の二つの種族を前にしてもベーゼだけを攻撃し、警備兵や冒険者たちには一切危害を加えない。その光景を見たアイカとパーシュはヒポラングの行動に驚かされていた。
「……不思議に思ってましたけど、どうしてヒポラングはベーゼだけを攻撃してるのでしょう?」
ヒポラングの行動を不思議に思いながらアイカはパーシュに声を掛ける。パーシュはヒポラングを見つめながら構えているヴォルカニックを下ろした。
「多分、自分が懐いているユーキを襲ったからベーゼはユーキの敵だと思って攻撃したんだろうね。自分が懐いているユーキの敵は自分の敵、と考えたんだと思うよ」
「では、周りの警備兵や冒険者を攻撃しないのも、警備兵たちがユーキの味方だから自分の味方だと考えて攻撃しないのでしょうか?」
「あたしはそう思ってるよ」
アイカは意外そうな顔をしながら視線をパーシュからヒポラングに向ける。月下と月影を振るユーキの近くで腕を振り回してベーゼたちと戦うヒポラングを見て、アイカは目の前にいるヒポラングは自分が思っている以上に賢いのだと感じた。
最初は警戒していたが、ヒポラングの様子から人間に危害を加える可能性は低いと感じてアイカは少しだけ安心する。すると、アイカの右側から一体のベーゼゴブリンが飛び掛かり、それに気付いたアイカは素早く左へ移動してベーゼゴブリンの側面に回り込む。
隙だらけのベーゼゴブリンに向かってアイカはプラジュとスピキュを素早く振り、ベーゼゴブリンを切り裂く。斬られたベーゼゴブリンは鳴き声を上げながら黒い靄と化して消えた。
アイカは軽く息を吐きながらプラジュとスピキュを下ろす。そこへ今度はインファがアイカの左側から剣を振り上げて走ってきた。
インファを迎撃しようとアイカはプラジュとスピキュを構え直す。すると、インファの左側からパーシュが走って来て炎を纏ったヴォルカニックでインファの脇腹を貫く。インファは脇腹の痛みと炎の熱さに声を上げ、パーシュはインファが怯むとヴォルカニックを抜いて袈裟切りを放ってインファを斬る。インファは崩れるように倒れて消滅した。
パーシュはインファを倒すとアイカの方を向き、「大丈夫か?」と目で確かめる。アイカはパーシュを見ると小さく頷いて問題無いことを伝えた。
「少しずつだけど、またベーゼどもが集まって来やがった。警備兵たちに手を出す前にちゃっちゃと片付けるよ?」
「ハイ!」
アイカとパーシュは改めて周囲を見回して近づいて来ているベーゼがいないか確認すると、いつの間にか二人の周りには三体とインファと二体とベーゼゴブリンが集まっており、アイカとパーシュを取り囲んでいた。
自分たちの周りに五体のベーゼがいるのを見たアイカとパーシュはお互いに背を向けてベーゼたちを睨む。その直後、二体のベーゼゴブリンが一体ずつアイカとパーシュに真正面から突撃し、持っている短剣で斬りかかった。
アイカはスピキュでベーゼゴブリンの短剣を払い、プラジュで袈裟切りを放ってベーゼゴブリンを返り討ちにする。斬られたベーゼゴブリンは鳴き声を上げながら後ろに倒れ、そのまま黒い靄と化した。
パーシュはベーゼゴブリンの攻撃を右に移動してかわし、ヴォルカニックを持たない左手をベーゼゴブリンの左側頭部に近づける。すると、パーシュの手の中に小さな火球が作られ、ベーゼゴブリンは視線だけを動かしてパーシュの手の中にある火球を見た。
「魔力掌打」
低い声でパーシュが呟くと手の中の火球が弾け、その衝撃でベーゼゴブリンは体勢を崩し、パーシュが立っている方角とは正反対の方に倒れる。同時にベーゼゴブリンの頭部は炎に包まれた。
ベーゼゴブリンは炎の熱さと痛みに苦しみ、倒れたまま暴れる。だが、すぐに頭部は黒焦げになってベーゼゴブリンはそのまま息絶えて消滅した。ベーゼゴブリンを倒すとパーシュはニッと小さく笑う。
実はパーシュはフレードと同じマナード剣術の使い手でフレードと同じ技を使うことができる。フレードは得意魔力が水属性なので魔力掌打を使う時、手の中に水球が作られたが、パーシュは炎属性が得意魔力であるため、手の中に火球が作られたのだ。
パーシュとフレードは同じ村の出身で二人の村にはマナード剣術の使い手が住んでおり、二人は幼い時にその使い手から剣術を教わって優れた戦闘技術を得た。この時、既にパーシュとフレードはお互いをライバル視しており、相手に追い抜かれないよう必死に剣術の腕を磨いていたのだ。
ベーゼゴブリンを倒したアイカとパーシュはすぐに体勢を整えて残っている三体のインファを警戒する。インファたちはベーゼゴブリンを倒した二人に怯むことなく、呻き声を上げながら二人に近づく。
アイカとパーシュは攻撃されたらすぐ反撃できるように得物を構えた。だがその直後、パーシュの前にいたインファの左側から水球が飛んで来てインファに命中する。
インファは大きく飛ばされ、パーシュは目の前の出来事に驚き、水球が飛んで来た方を見る。そこには右手にリヴァイクスを握り、左手をこちらに向けて伸ばすフレードの姿があった。どうやら先程の水球はフレードが魔法を発動させて放ったもののようだ。
「よぉ、随分苦戦してるようだな?」
「……勝手に苦戦してるって決めんじゃないよ」
小馬鹿にするような笑みを浮かべるフレードをパーシュはジッと睨む。自分が倒すはずのベーゼをフレードに倒されたことで気分を悪くしたようだ。
普通はフレードがパーシュを助けるためにインファを攻撃したと考えられるが、二人の関係上、それはあり得ない。フレードはパーシュを助けたのではなく、彼女の獲物を横取りするためにインファを攻撃したのだ。勿論、パーシュもそのことは分かっていたので腹を立てていた。
パーシュがフレードを睨んでいる間、二体のインファはアイカに正面から迫ってくる。アイカは二体の内、どちらのインファが先に攻撃してくるのか予想しながら警戒していた。
アイカから見て左にいるインファが剣を振り上げてアイカに襲い掛かり、アイカはインファの方を向いて迎撃しようとする。だが、インファが剣を振り下ろそうとした瞬間、左の方から一つの樽が飛んで来て左側のインファに直撃した。
樽を受けたインファは飛ばされ、もう一体のインファに激突。二体は2mほど飛ばされて地面に体を強く叩きつけられる。アイカは何が起きたのか分からずに樽が飛んできた方を見ると、少し離れた所にユーキと尻尾を振るヒポラングの姿があった。
ユーキはアイカを見ながら月下を持つ右手を振り、それを見たアイカはユーキが助けてくれたのかと感じた。そんな中、倒れていたインファたちが立ち上がり、再びアイカに襲い掛かろうとする。インファたちに気付いたアイカは構え直し、ユーキもアイカに加勢しようと走り出した。
ヒポラングはユーキが走るのを見た後にインファたちの方を向き、ベーゼたちがまだ生きているのを確認すると長い尻尾を動かして近くに置いてある別の樽を尻尾で掴む。そして、尻尾を器用に動かして掴んだ樽をインファたちに向かって投げた。
樽は勢いよく飛び、走るユーキを追い越してインファたちに命中し、再びインファたちを倒す。ヒポラングはユーキの仲間であるアイカのことも自分の仲間だと考えており、アイカに襲い掛かろうとしていたインファに樽を投げて攻撃したのだ。
また樽が飛んできたことにアイカは目を見開くが、すぐに表情を鋭くしてインファたちに近づき、プラジュとスピキュを倒れているインファたちに突き刺して止めを刺した。刺されたインファたちは黒い靄と化して消滅し、インファが消えるとアイカはプラジュとスピキュを抜いて構え直す。そこへ駆け寄ってきたユーキが合流した。
「アイカ、大丈夫か?」
「ええ、私は平気よ。ありがとう」
「いや、お礼は俺じゃなくってアイツに言ってくれ」
そう言ってユーキは振り返り、遠くにいるヒポラングを見る。ヒポラングはゆっくりと歩いて来ており、アイカはヒポラングを見て微笑んだ。
「そうね。あの子が樽を投げたおかげでインファたちを倒せたんだものね。後でちゃんとお礼を言わないとね」
笑うアイカを見てユーキも小さく笑みを浮かべる。二人はパーシュとフレードの二人と違い、助けた相手を見下したり、助けてくれた相手に文句を言ったりなどは一切しない。素直に仲間を心配し、助けてくれた者に感謝していた。
ヒポラングが合流するとユーキはパーシュとフレードの方を向く。二人は先程のことでまだ喧嘩しているのか睨み合っており、それを見たユーキは呆れながら溜め息を付く。すると、正門の方から叫び声が聞こえ、ユーキとアイカは正門の方を向き、喧嘩していたパーシュとフレードも叫び声を聞いて正門の方を確認した。
正門の前では後方で待機していたはずの四体のフェグッターの姿があり、町の中に侵入していた。両手で黒い大剣を振り回して正門の近くに集まっている警備兵と冒険者たちを攻撃し、ゆっくりと奥へ進んでいく。警備兵や冒険者たちは侵入してきた中位ベーゼに驚きながら自分たちの武器を構えていた。
「フェグッター! まだ遠くにいると思ってたのにもう町に辿り着いたなんて……」
「町に侵入したベーゼたちに気を取られて皆アイツらを警戒し忘れちまったんだ……」
フェグッターを見つめながらユーキは低い声を出し、アイカも悔しそうにフェグッターを睨んでいる。ヒポラングは中位ベーゼと下位ベーゼの違いが理解できないのか、ただジッとフェグッターを見ていた。
ユーキたちがフェグッターを見ていると先程まで言い合いをしていたパーシュとフレードが合流し、ユーキとアイカの隣でフェグッターを睨んだ。
「面倒なことになったね。アイツらはインファやルフリフたちと比べると手強い。しかも今回攻めてきたベーゼたちの指揮官的な存在だ。アイツらが合流したことで残りの下位ベーゼたちの士気も高まるかもしれないね」
「逆に警備兵や冒険者たちは中位ベーゼが町に侵入したことで士気が低下し、俺らが不利になるかもしれねぇ」
フェグッターが町に侵入したことで戦況がどう変わるかパーシュとフレードは語り、それを聞いたユーキとアイカは面倒そうな顔でフェグッターたちを見つめる。
パーシュとフレードの言うとおり、フェグッターが侵入したことで生き残っているベーゼたちは士気が高まったのか興奮して警備兵や冒険者たちを襲っている。警備兵と冒険者たちはフェグッターと興奮する下位ベーゼたちに驚愕して次々と後退を始めていた。中には既に襲われて倒れている者もおり、戦況はベーゼ側に傾きかけている。
「ケッ! 奴らが来る前に雑魚どもを片付けておきたかったんだがな」
「今更そんなこと言ってもしょうがないだろう? 今はベーゼたちを倒すことだけを考えな」
「そんなことは言われなくても分かってらぁ」
若干興奮してるような口調で話すフレードとパーシュだが、冷静さを失ったり仲間割れなどはせずにベーゼたちの数や位置、戦況を確認する。そんな二人の姿を見たユーキは流石は上級生と心の中で感心した。
「それで、この後はどうしますか?」
アイカが尋ねるとパーシュは周囲を見回して警備兵や冒険者たちの状況とベーゼの様子を確認し、その後で正門の近くにいるフェグッターを見た。
「……フェグッターたちを倒すよ。アイツらを倒せば下位ベーゼたちの士気も低下し、ベーゼたちの指揮を取る奴もいなくなる。そうなれば一気に連中を倒すことができるはずだ」
「それが一番でしょうね」
現状から指揮官を倒すのが得策だと考えるユーキはパーシュの答えに賛同する。アイカとフレードも異議は無いらしく、他の作戦などは口にせずにパーシュを見ていた。
「今町にいる連中じゃ、中位ベーゼを倒すのは難しい。アイツらの相手はあたしらがするしかない。丁度あっちも四体だ、あたしらで一体ずつ相手をするのがいいだろうね」
「そうですね、その方が効率よく倒せますし、俺たちが相手をすれば奴らが他の人たちに危害を加える可能性も低くなりますしね」
警備兵や冒険者たちに被害が出ないようにするためにも全員で同時にフェグッターたちに戦いを挑んだ方がいいとユーキは考えて月下と月影を構える。アイカたちも得物を握って近づいて来るフェグッターたちを見つめた。
「分かってると思うけど、中位ベーゼは下位ベーゼよりも強力だ。此処にいる四人は皆それなりの実力者だけど、油断すれば隙をつかれて大変なことになる。気を付けなよ?」
「了解です」
「ハイ」
ユーキとアイカは得物を構えながら力の入った声で返事をし、二人の返事を聞いたパーシュもヴォルカニックを両手で握り中段構えを取った。
「お前こそ、油断してるとさっきみてぇに苦戦するから気を付けな?」
「あれは苦戦してたわけじゃないってさっきから言ってるだろう!」
フレードが先程のインファとの戦闘のことを再び話し出し、パーシュは不愉快そうな口調でフレードの言ったことを否定する。ユーキとアイカはこれから中位ベーゼと戦うのに大丈夫なのかと小さな不安を感じながらフェグッターを見ていた。
ユーキたちがフェグッターたちの下に向かおうとしていると、後ろで待機していたヒポラングが顔を前に出して離れた所にいるフェグッターを見つめる。好奇心の強いヒポラングは今まで戦ったベーゼと雰囲気の違うフェグッターに興味が湧いたようだ。ユーキはヒポラングに気付くと構えている月下と月影を下ろしてヒポラングの方を向いた。
「お前は広場にいる他のベーゼたちの相手をしてくれ。俺たちがフェグッターと戦っている間も奴らは警備兵や冒険者を襲うはずだ。お前は俺たちがフェグッターたちを倒すまで皆を護ってくれ」
「ブオォォ」
ヒポラングはユーキを見ながら大きく口を開けげ鳴く。ユーキはヒポラングの反応を見るとヒポラングの顔をジッと見つめる。
正直なところ、ヒポラングが自分の言葉を理解したのかどうかは分からない。もしかすると、言ったことを理解せずに自分の後をついて来るのではとユーキは思っていた。だが、今はヒポラングが自分の指示を理解したと信じるしかない。ユーキはヒポラングに警備兵や冒険者たちのことを任せることにした。
「……それじゃあ、任せるぞ?」
ユーキが再度確認するとヒポラングは再び返事をするように鳴き、ユーキはフェグッターの方を向いて月下と月影を構え直す。ユーキの隣でやり取りを見ていたアイカもヒポラングが理解してくれたと信じ、フェグッターと戦うことに集中した。
「よし、行くよ」
パーシュはフェグッターに向かって走り出し、ユーキたちもパーシュの後に続く。残ったヒポラングはユーキたちが走る姿を黙って見つめていた。
――――――
正門の近くに集まっている警備兵と冒険者たちはフェグッターを相手に苦戦を強いられている。自分たちの町を護るために必死に戦っているが、下位ベーゼを倒すのに苦労している彼らにはフェグッターを止めることはできなかった。
警備兵たちはゆっくり近づいて来るフェグッターたちに恐怖を感じながらも武器を構えて迎え撃つ。冒険者たちも警備兵たちの後ろで緊迫した表情を浮かべている。中には警備兵と共に戦う冒険者もいたが、力の差があり過ぎて殆どの者が返り討ちに遭ってしまい、その光景を見て怖気づいている冒険者たちは士気を更に低下させた。
「一人で挑むな! 三人以上で一体に攻撃するんだ」
警備兵の一人が周りの仲間たちに単独で行動しないよう指示を出し、他の者たちも一人では勝てないと感じているのか警備兵の指示どおり仲間と協力し合って戦う。
フェグッターたちは周りにいる人間たちを無言で見つめながら距離を詰めていく。すると、一体のフェグッターに三人の冒険者が同時に攻撃を仕掛けた。
三人の警備兵の内、一人はフェグッターの正面から槍を持って突撃し、残り二人は剣を持って左右からフェグッターに攻撃を仕掛けようとする。フェグッターは視線だけを動かして警備兵たちの位置を確認すると、最初に正面から向かってきた槍を持つ警備兵に向かって大剣を勢いよく振って攻撃した。
警備兵はフェグッターの攻撃をかわそうとするが、予想以上にフェグッターの攻撃が速く、回避が間に合わずに真正面から大剣で斬られてしまう。斬られた警備兵は崩れるように倒れ、左右に回り込んだ二人の警備兵は仲間が殺されたのを見て固まってしまった。
正面の警備兵を倒したフェグッターは続けて右側の警備兵に向かって大剣を振り下ろし、頭頂から警備兵を両断する。両断された警備兵はその場に倒れ、周囲は血の海と化す。
生き残っている警備兵は仲間が無惨に殺されたのを目にして恐怖に呑まれたのか、その場に立ったまま動けなくなってしまった。周囲にいる他の警備兵や冒険者たちもその殆どが驚愕している。
周囲の者たちが固まる中、フェグッターは生き残っている警備兵の方を向き、血が付着した大剣を構えながらゆっくりと警備兵に近づく。
近づいて来るフェグッターを見て、警備兵は逃げなくてはと思っていたが、恐怖で体が思うように動かず、逃げることができない。周りにいる者たちは警備兵が逃げられなくなっていると気付いているが、助けようとすれば自分が殺されると思っているのか、誰一人警備兵を助けようとしなかった。
フェグッターは震える警備兵の前までやって来ると大剣を振り上げる。警備兵はもう助からないと感じ、剣を握ったまま目を閉じた。だが次の瞬間、大剣を振り上げるフェグッターの左側からユーキが跳び込んで来て、月下でフェグッターに攻撃する。フェグッターはユーキに気付くと警備兵への攻撃を中断し、大剣で月下を防いだ。
「反応が早いな。流石は中位ベーゼ、と言ったところか」
自分の攻撃を難なく防いだフェグッターを見てユーキは小さく笑う。逆にフェグッターは突然攻撃してきたユーキを無言で見つめており、落ち着いた様子で大剣を振って月下を払った。
ユーキは月下が払われるとフェグッターの反撃を警戒し、すぐに後ろに移動して距離を取る。ユーキは月下と月影を強く握りながら双月の構えを取り、フェグッターもユーキの方を向いて中段構えを取った。周りにいる警備兵や冒険者たち、フェグッターに殺されそうになった警備兵は目を見開きながらユーキを見ている。
「おい、アンタ! コイツは俺が相手をする。アンタは後方に下がってな!」
フェグッターを警戒しながらユーキは怯えている警備兵に指示を出す。声を掛けられた警備兵は我に返り、自分がユーキに助けられたこと、逃げるチャンスを得たことを知ると慌ててその場から移動する。
警備兵が離れたのを確認するとユーキは改めてフェグッターに意識を向ける。フェグッターは中段構えのままユーキを見つめており、僅かに足の位置をずらしたり、膝を曲げたりて構えを少しだけ変えた。
(……自分が戦いやすくなるよう、構えは変えずに足の位置なんかをさり気なく変えてやがる。剣士系のベーゼだけあって、剣での戦い方は得意みたいだな)
フェグッターの動きを観察しながらユーキは心の中で呟く。戦いを有利に進めるにはまず敵の情報を集めなくてはならないため、ユーキは構えを解かずにフェグッターの体形や構え方、大剣の間合いなどの情報を集めた。
ユーキがフェグッターを見ながらどう戦うか考えていると、ユーキの後ろから別のフェグッターが近づいて来る。もう一体のフェグッターに気付いたユーキが後ろを向と、自分と近づいて来るフェグッターの間に笑みを浮かべたフレードが入り、ユーキに背中を向けながらフェグッターと向かい合い、リヴァイクスを両手で握って中段構えを取った。
「よぉ、ユーキ。お楽しみのとこ悪いが、お前の近くで戦わせてもらうぜ?」
「フレード先輩……驚きましたよ。てっきり俺一人でもう一体も相手にしなくちゃいけないと思っちゃいました」
「馬鹿言うな、俺が大切な獲物を他人に譲るなんてことするわけねぇだろう。それにパーシュの奴も一人一体ずつって言ったじゃねぇか」
「フフ、そうでしたね」
目の前のフェグッターだけに集中できるとユーキは安心し、改めて自分の前にいるフェグッターを睨む。フレードも正面にいるフェグッターを見ながら楽しそうな笑みを浮かべており、フェグッターたちはユーキとフレードを見つめながら目を赤く光らせた。
――――――
正門から少し離れた場所でも二体のフェグッターが警備兵や冒険者たちと交戦していた。剣など近接戦闘用の武器を持つ者は前に出て、魔法や弓矢を扱う者たちは後方から攻撃して前衛の仲間を援護している。しかし、殆どの攻撃はフェグッターに防がれてしまい、運よく命中しても決定的なダメージを与えることはできなかった。
剣や槍、斧を持つ警備兵や冒険者は緊迫した表情を浮かべながら目の前で横に並んでいる二体のフェグッターを見ており、その後ろにいる弓兵や魔導士も微量の汗を流しながらフェグッターを警戒していた。
「もう一度俺たちが攻撃を仕掛けて隙を作る。後ろにいる連中はベーゼが隙を見せたら弓や魔法で攻撃してくれ!」
警備兵の一人は仲間たちに指示を出しながら剣を構え、彼の周りにいる別の警備兵や冒険者たちも自分の武器を構える。後方の者たちも弓矢や杖を構えてフェグッターを攻撃する態勢に入った。
仲間たちの準備が整ったのを確認した警備兵は剣を強く握ってフェグッターに向かって走り出し、他の警備兵や冒険者たちもその後に続く。すると、二体のフェグッターは八相の構えを取り、大剣の剣身を薄っすらと紫色に光らせた。
大剣が光るのを見た先頭の警備兵はフェグッターたちが何か仕掛けてると感じ、先に動かれる前に攻撃しようと走る速度を上げる。だがその直後、左側になっているフェグッターが大剣を勢いよく斜めに振り、剣身から紫色の斬撃を警備兵たちに向けて放った。続けて右側のフェグッターも大剣を横に振って紫色の斬撃を放つ。
真正面から迫って来た二つの斬撃を見て先頭の警備兵は目を見開き、斬撃をかわそうとする。だが、距離を詰めるために全力で走っていたせいで回避行動が間に合わずに斬撃の一つを受けてしまう。二つの斬撃は走ってきた警備兵や冒険者たちの体をすり抜けるように命中し、一番後ろにいる者の体を通過すると消滅した。
斬撃が消えると、最初に斬撃を受けた先頭の警備兵は右肩から左腰まで斬られ、上半身は前に倒れて足元に落ちる。その直後に警備兵の体は崩れるように倒れた。
更に後ろにいた警備兵や冒険者たちも体を斬られており、次々と糸の切れた人形のように倒れていく。どうやら全員、フェグッターが放った斬撃を受け、気付かないうちに体を斬られてしまったようだ。
前衛の仲間が全員殺された光景を見て、後衛にいた弓兵や魔導士たちは言葉を失う。大勢の仲間がたった二体のベーゼに倒されたのだから驚くのは当然だ。二体のフェグッターは後衛の者たちの方を見ると大剣を構え直してゆっくりと近づいて行く。
「お、おい、アイツら、こっちに来るぞ。どうするんだ!?」
「お、落ち着け! 魔法や弓矢で迎撃するんだ!」
魔導士風の格好をした冒険者が隣にいる弓矢を持つ警備兵に尋ねると、警備兵は動揺しながらも迎撃するよう周りに伝え、仲間たちは言われたとおり弓矢や杖を構えてフェグッターたちを狙った。
「く、来るな、化け物! 火球!」
「水撃ち!」
魔導士たちは杖の先から火球や水球を放ちフェグッターたちに攻撃する。他にも少し大きめの石や真空波を放つ魔導士もおり、魔法が使える者は一斉に攻撃魔法を放つ。魔法が使えない冒険者や警備兵は矢を放って応戦した。
フェグッターたちは正面から飛んでくる魔法や矢を見ると立ち止まり、大剣で次々と矢と魔法を叩き落していく。中位ベーゼの使う武器は優れているのか下級魔法を防いでも傷一つ付かなかった。
魔法と矢を簡単に防いだフェグッターたちを見て警備兵と冒険者たちは驚愕する。接近しても、離れても攻撃を当てることができない現実にその場にいる全員が絶望の表情を浮かべた。そんな中、フェグッターの一体が八相の構えを取り、再び大剣の剣身を紫色に光らせる。また紫色の斬撃を放つつもりのようだ。
フェグッターの動きを見た警備兵と冒険者たちは自分たちにも斬撃を放とうとしていることに気付き、慌ててその場から逃げようとする。フェグッターは背を向けて逃げ出す者たちを見て目を光らせ、大剣を横に振って斬撃を放った。
斬撃は逃げる警備兵と冒険者たちに勢いよく迫っていき、警備兵の一人が背後から迫ってくる斬撃を見てもう逃げられないと恐怖する。だがその時、右の方から火球が飛んできて斬撃とぶつかり爆発した。爆発によって斬撃は消滅し、斬撃が消えるのを見た警備兵や他の者たちは驚きながら足を止める。
何が起きたのか分からずに火球が飛んで来た方を向くと、左手を前に伸ばすパーシュとその隣でプラジュとスピキュを握るアイカの姿あり、警備兵と冒険者たちは先程の火球はメルディエズ学園の生徒が放ったもので、自分たちを助けてくれたのだと知った。
「フゥ、危なかったねぇ」
斬撃を消滅させることに成功したパーシュは軽く息を吐きながら安心する。そして、驚いている警備兵と冒険者たちの方を向くとウインクしながら笑う。
警備兵たちは助けてくれパーシュを見て安心と感謝の笑みを浮かべているが、冒険者たちは商売敵であるメルディエズ学園の生徒に助けられたことが悔しいのか、若干不満そうな顔をしていた。中には感謝の表情を浮かべる冒険者もいるが僅かしかいない。
パーシュは助けた者たちが無事なのを確認するとフェグッターたちの方を向いてヴォルカニックを両手で持ち、霞の構えを取る。アイカもプラジュを上段に構え、スピキュを前に出して横に構えた。
「さてと、ちゃっちゃとアイツらを倒してこの騒ぎを終わらせるかね。……アイカ、準備はいいかい?」
「ハイ、いつでも行けます」
「よし」
気合いの入っているアイカを見てパーシュは笑みを浮かべる。だが、フェグッターに視線を向けるとすぐに真剣な表情になった。
「……さっきも言ったようにあたしらは一体ずつフェグッターと戦う。あたしが一体の相手をしている間、アンタももう一体の相手をすることになる。相手は中位ベーゼだ、油断するんじゃないよ?」
「ハイ!」
パーシュの警告を聞いてアイカは力強い声で返事をする。パーシュはアイカが気を抜いていないこと、敵を軽く見ていないことを確認すると左側のフェグッターに向かって走り、アイカもそれに続いて右側のフェグッターに向かって走り出した。
フェグッターたちは走ってくるアイカとパーシュを敵と判断し、迎え撃つために二人に向かって突撃した。




